説明

Nb3Sn超伝導線材及びその製造方法

【課題】良好な加工性を有し、Nb3Sn相の生成を促進し、超伝導特性に優れたNb3Sn超伝導線材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】SnとNbとCuを含む第1の基材2と、前記第1の基材に隣接して配置されたNbを含む第2の基材3と、NbとSnとの拡散反応により前記第1の基材と前記第2の基材との間に生成されたNb3Sn化合物層とを有する。シート状の第1の基材とシート状の第2の基材とを交互に積層して複合化し、該複合体5を捲回する加工を行い、前記捲回体を線材に引抜加工S4するNb3Sn超伝導線材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NMR分析装置、核融合炉、高密度エネルギ貯蔵等の種々の新技術開発を可能にする高磁界発生用のNb3Sn超伝導線材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高い臨界磁界Bc2と臨界電流密度Jcを持つ超伝導線材は、エネルギ分野では核融合炉のコンパクト化、バイオ分野では核磁気共鳴装置の高分解能化等に必要不可欠であり、現時点では本発明者が先に発明した非特許文献1のブロンズ法Nb3Sn線材が広く用いられている。
【0003】
また、本発明者は、特許文献1の方法を先に発明しているが、この方法で作製されたSn基合金を用いて製造されたNb3Sn線材では最高レベルの26.9テスラという記録的な臨界磁界Bc2を得ることができた。また、この製造方法では中間焼鈍を全く必要としないため線材の作製が容易であり、現在その実用化が進められている。
【0004】
さらにブロンズ法において、本発明者はCu-Sn合金マトリックスに少量のTiを添加することにより上部臨界磁界Bc2が改善されることを見出し、非特許文献2に発表した。その後この製法は工業化された。この線材を用いて4.2Kで18.8テスラ、1.5Kで21.9テスラの磁界が発生し、2005年にたんぱく質の構造解析等に有用な世界最高の930MHzNMR分析装置が完成した。しかし、ブロンズ法線材の特性は限界に達しており、次世代の高磁界超伝導線材の開発が待望されている。
【0005】
本発明者は、Ti,Zr,Hf,V及びTaの群から選ばれた1種または2種以上の金属とSnの合金または金属間化合物をコア材とし、NbまたはNb合金をシース材として前記コア材を充填して得た複合体を線材に加工後、熱処理することにより高磁界特性に優れたNb3Sn線材を作製する方法(粉末コア法)を特許文献2において提案している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K.Tachikawa, Filamentary A15 Superconductors, Plenum Press(1980)p1
【非特許文献2】関根久,飯嶋安男,伊藤喜久男,太刀川恭治:日本金属学会誌,第49巻,10号(1985)913頁
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4193194号公報
【特許文献2】特許第3945600号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、従来のブロンズ法による線材では線材加工する際に材料の加工硬化が著しく、その加工硬化を緩和するために中間熱処理を繰り返し行う必要があり、多くの時間とコストが掛かる。さらに、ブロンズ法線材では残留ブロンズにより線材のJcが低下するため、その特性は限界近くに達している。このため、次世代の新しい高性能Nb3Sn超伝導線材の開発が待望されている。
【0009】
Sn基合金基材を線材作製に用いることは上記の課題を解決する有力な手段である。Sn基合金基材に対して要求される特性として次の4つが挙げられる。
【0010】
1)Snと溶融反応後、凝固したときに1つのまとまりのある塊りを形成する凝固性(結合性)を有すること
2)加工性(圧延加工性、プレス成形性、引抜加工性など)が良好であること
3)Nb3Sn相の生成を促進すること
4)作製した線材の超伝導特性が優れていること
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、良好な加工性を有し、Nb3Sn相の生成を促進し、超伝導特性に優れたNb3Sn超伝導線材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
現在広く用いられている超伝導線材として、Nb-Ti合金線材やブロンズ法により作製されたNb3Sn化合物線材があり、Ti添加ブロンズ法(Nb,Ti)3Sn線材を用いて1.5K運転で世界最高性能の930MHz級NMR分析装置が開発されている。しかし、ブロンズ法線材の性能は限界に達しており、超伝導線材の更なる高磁界特性の向上が期待されている。本発明者はそのような期待に応えるべく鋭意研究した結果、最近次世代超伝導線材としてSn-Nb-Cu系の第1の基材とNb(Nb-Ti,Nb-Ta)系の第2の基材とを用いた本発明のNb3Sn超伝導線材を開発した。
【0012】
本発明の線材では熱処理により第2の基材のNbが第1の基材ヘと移動し、それにより第1の基材に含まれるSnの第2の基材ヘの拡散が促進されるため、従来法(ブロンズ法)の線材よりも厚く均一なNb3Sn層が形成される。これは第2の基材のNbが第1の基材に拡散するため原子位置に空きを生じ、第1の基材から第2の基材へのSnの拡散を促進するNbとSnの相互拡散という本発明者が見出した新たな知見に基づくものである。また、本発明の線材では、第1の基材にNbを添加することにより第1の基材を強化して第1の基材の強度レベルを引き上げ、第2の基材の強度と第1の基材の強度との差を縮めて複合成形性(加工性)を向上させている。さらに、本発明では、具体的には加工性に富むSn-Nb-Cuシートまたはマルチロッド複合体を作製し、これらを線材に引き抜き加工することによりNb3Sn超伝導線材を製造する。
【0013】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものであり、以下の構成を備えている。
【0014】
(1)本発明に係るNb3Sn超伝導線材は、SnとNbとCuを含む第1の基材と、前記第1の基材に隣接して配置されたNbを含む第2の基材と、NbとSnとの拡散反応により前記第1の基材と前記第2の基材との間に生成されたNb3Sn化合物層と、を有する。
【0015】
第1の基材に含まれるSnは、第2の基材を構成するNbに比べて軟らかいので、第1の基材に強化元素としてNbを添加することにより第1の基材の硬さを調整する。第1の基材に添加されるNbは、溶融Snの核となり、タイトに凝固したSn基合金を生成させる。また、Nbは溶融Snのなかに溶け込み、これを冷却して凝固させると固溶して強固なSn-Nb合金相を生成する。これらのNb添加効果により第1の基材の伸びと第2の基材の伸びとが揃い(伸び差の低減)、実質的に伸びが一様な伸線加工を行うことが可能になる。すなわち、第1の基材にNbを添加することにより第1の基材中のSn合金相が強化され、第1の基材と第2の基材との複合成形性(加工性)が向上する。
【0016】
(2)上記(1)において、第1の基材は0.1原子%以上30原子%以下のNbを含む合金とすることができる。Nbは、第1の基材中のSn合金相の強度を向上させ、線材化におけるNbとの複合加工性を改善する効果がある。第1の基材にNbを添加すると、合金の成形性が飛躍的に向上し、ボタン状、円板状、シート状、棒状などの様々な形状に容易に加工することができる。Nb含有量が0.1原子%未満になると、複合成形性の改善効果が得られなくなる。一方、Nb含有量が30原子%を超えると、加工性が劣化する。
【0017】
(3)上記(1)又は(2)のいずれかにおいて、第1の基材は、Cuを0.5原子%以上10原子%以下含む合金からなることが好ましい。第1の基材に添加されたCuは、Nb3Sn化合物層を生成する熱処理温度を従来の950℃から750℃以下の温度域まで低下させる。Cu添加量が0.5原子%を下回ると、熱処理温度を低下させる効果が得られなくなる。一方、Cu添加量が10原子%を超えると、超伝導特性の低下を生じる。なお、Cuは、線材の熱処理温度を950℃から725〜750℃に低下させるのに必要な添加元素であるが、本発明の製造方法ではその添加量は3質量%で十分である。
【0018】
(4)上記(1)乃至(3)のいずれかにおいて、第3の添加元素として0.5原子%以上10原子%以下のTiを第1の基材に含ませることができる。第1の基材に添加されたTiは、Nb粒子とSnマトリックスとの結合を強めて伸線加工性を改善する。0.5原子%未満のTi添加量ではSn基合金の加工性改善が不十分である。一方、10原子%を超えるTi添加量ではSn基合金が硬くなりすぎ、かえって伸線加工性を阻害するおそれがある。
【0019】
(5)上記(1)乃至(4)のいずれかにおいて、第2の基材がTi及びTaのうち少なくとも一方を0.5原子%以上10原子%以下含むことが好ましい。第2の基材に添加されたTi及びTaは、線材の超伝導特性を向上させる。TiまたはTaのいずれか一方の単体添加であっても、TiとTaの複合添加のいずれの場合であっても所望の効果が得られる。(Ti,Ta)添加量が0.5原子%未満であると、所望の超伝導特性の向上効果が得られない。一方、(Ti,Ta)添加量が10原子%を超えると、第2の基材が硬くなりすぎて複合線材の加工性を劣化させる。
【0020】
(6)本発明に係るNb3Sn超伝導線材の製造方法は、(a)SnとNbとCuの混合体を500℃以上1500℃以下の温度域で反応させることにより0.1原子%以上30原子%以下のNbを含む可塑性を有する合金からなる第1の基材を得る工程と、(b)前記第1の基材とNbまたはNb系合金からなる第2の基材とを隣接配置して複合体を作製する工程と、(c)前記複合体を線材に加工する工程と、(d)前記線材を熱処理することによりNb3Sn化合物層を生成する工程とを有する。
【0021】
本発明ではSnにNbを固溶させると強度が上昇して硬くなり、第1の基材と第2の基材との伸びの差が減少し、複合体を伸線加工しやすくなる。Sn-Nb二元合金状態図によれば、Nbは920℃あたりから溶融Snに溶け込みはじめ、これを冷却凝固させるとNbがSnに固溶して強固なSn-Nb合金相となる。Sn-Nb混合体の温度を1500℃まで上げると十分量のNbが溶融Snに溶け込み、第1の基材が強化されるので上限温度を1500℃とした。一方、Sn-Nb混合体の温度が500℃を下回ると、好ましい凝固性と機械的特性を備えた合金を得にくくなるので下限温度を500℃とした。
【0022】
本発明方法を用いて作製されるNbを含有する第1の基材は、加工性に優れているため様々な形状に成形することができる。Nb含有量が0.1原子%未満になると、成形性の改善効果が得られなくなる。一方、Nb含有量が30原子%を超えると、粉末が残留して加工性が劣化する。
【0023】
(7)上記(6)において、工程(a)では溶製した前記合金を圧延してシート状の第1の基材を作製し、前記工程(b)では前記シート状の第1の基材とシート状の第2の基材とを交互に積層して複合化し、該複合体を捲回する加工を行い、前記工程(c)では前記捲回体を線材に引抜加工することが好ましい。いわゆるジェリーロール法(JR法)に対応する製造方法である(図1)。
【0024】
(8)上記(6)において、工程(a)では溶製した前記合金をプレスして棒状の第1の基材を作製し、前記工程(b)では前記棒状の第1の基材を筒状の第2の基材のなかに挿入して複合化し、該複合体を複数束ねて一体化する加工を行い、前記工程(c)では前記一体加工体を線材に引抜加工することが好ましい。いわゆるマルチロッド法(MR法)に対応する製造方法である(図10)。
【0025】
(9)上記(6)乃至(8)のいずれかにおいて、第3の添加元素として0.5原子%以上10原子%以下のTiを第1の基材に含ませることができる。第1の基材に添加されたTiは、Nb粒子とSnマトリックスとの結合を強めて伸線加工性を改善する。TiはNb及びSnの両元素に対して結合性に優れているからである。0.5原子%未満のTi添加量ではSn基合金の加工性改善が不十分である。一方、10原子%を超えるTi添加量ではSn基合金が硬くなりすぎ、かえって伸線加工性を阻害するおそれがある。
【発明の効果】
【0026】
本発明方法で製造された線材は、従来のブロンズ法で作製された線材と比較して格段に高い磁界特性が得られ、蛋白質の構造解析などに必要なNMR分析装置、クリーンなエネルギ源として期待される核融合、冷凍機直冷型超伝導マグネットなどの幅広い分野に応用することができる。
【0027】
本発明方法によれば、粉末法によるようなSnとNbとCuの合金あるいは金属間化合物を作製し、さらにこれをシース材に充填するため粉末に粉砕する工程を省略することができるので、線材作製コストが大幅に削減されるとともに、望ましい組成のコア材を容易に作製することができる。
【0028】
また、本発明の方法は、従来のブロンズ法において必要とされていた多くの中間熱処理を省略することができ、加工時間が大幅に短縮するので、製造コストを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施形態に係るNb3Sn超伝導線材の製造方法(ジェリーロール法;JR法)を示すブロック工程図。
【図2】本発明の方法で作製した凝固後のボタン状サンプルとプレス成形後の板状およびシート状サンプルをそれぞれ示す外観写真。
【図3】シートサンプルのSn分布、Nb分布、Cu分布、Ti分布をそれぞれ示すEPMA分析写真。
【図4】(a)と(b)は第1の基材と第2の基材との間において相互拡散を説明するための模式図。
【図5】JR法線材サンプルのミクロ組織とNb分布、Sn分布、Ti分布、Cu分布をそれぞれ示すEPMA分析写真。
【図6】ブロンズ法線材のSn濃度勾配、Ta濃度勾配、Ti濃度勾配をそれぞれ示す特性線図。
【図7】各種線材サンプルの臨界磁界Tc遷移を示す特性線図。
【図8】各種JR法線材サンプルのBc2遷移を示す特性線図。
【図9】高磁界領域における各種線材サンプルの臨界電流Ic-磁界の相関を示す特性線図。
【図10】本発明の実施形態に係るNb3Sn超伝導線材の製造方法(マルチロッド法)を示すブロック工程図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、添付の図面を参照して本発明の好ましい実施の形態を説明する。
【0031】
先ず本発明の線材を作製する場合を説明するが、そのうちのNbシートを用いるJR法について図1と図2を参照して説明する。Nbメッシュシートを用いる改良型JR法(MJR法)も同様な方法で行うことができる。
【0032】
JR法またはMJR法では、Sn粉末とCu粉末とNb粉末を混合し、真空中または不活性ガス中500〜1500℃の温度範囲で5〜20時間反応させることによりSn-Nb-Cu合金を作製する。マルチロッド(MR)法でも同様の条件で第1の基材を溶製する。Sn-Nb-Cu合金の最適組成はSnが75〜90原子%の範囲、Cuが0.5〜10原子%の範囲、Nbが0.1〜30原子%(より好ましくは5〜15原子%)の範囲である。
【0033】
Sn含有量が75原子%未満であると生成される凝固性と加工性が劣化する一方、90原子%を超えるとSn基合金の強度が低下する。Nb含有量が0.1原子%未満であるとSn基合金の強化効果が不足して成形性の改善効果が得られなくなる一方、30原子%を超えると加工性が劣化する。とくにNb含有量が5原子%以上になると、Sn基合金が強化されて硬くなり、伸線加工時における第1の基材と第2の基材の伸びが揃うので、線材に加工しやすくなる。また、とくにNb含有量が15原子%以下になると、凝固性と加工性が最も良好になる。
【0034】
さらに0.5原子%以上10原子%以下のTiを第1の基材に添加すると、Sn基合金の機械的性質が改善されて、線材の引抜加工性が改善される。
【0035】
上記の混合粉末を石英るつぼに容れて加熱溶融し、凝固させると図2に示すボタン状のSn-Nb-Cu合金サンプルが得られる。このボタン状のサンプルをプレスして円板状に拡張する。円板状サンプルをさらに圧延して大面積のシートを得る。このSn-Nb-Cu合金シートは第1の基材として用いられる。図1に示すようにシート状の第1の基材2を市販のNbシート(第2の基材)3とコア材4の周りに重ね巻きしてジェリーロール複合体5を作製する(工程S1)。このジェリーロール複合体5をNb-Taチューブからなる外筒6(シース)のなかに挿入し(工程S2)、溝ロール加工または平ロール加工し(工程S3)、さらに引抜加工して所望の線径の線材に加工する(工程S4)。この線材加工工程S3〜S4では中間焼鈍をまったく必要としないため線材の作製時間の短縮とコストの低減が達成される。これらの線材を真空中700℃〜750℃の温度範囲で100時間前後熱処理して、図4(b)および図5に示すようにNb3Sn超伝導層を生成させる。この熱処理工程S5ではSnとNbとの相互拡散という本発明者が見出した新しい反応機構により化学量論比組成をもち、かつ濃度勾配がないNb3Sn層が得られるため、臨界温度Tcや臨界磁界Bc2等の本質的超伝導特性に優れたNb3Sn層が効率よく生成される。また、残留ブロンズが少ないため線材の臨界電流密度Jcを高めることができる。
【0036】
JR法線材ははじめ溝ロール加工を行うと、内部組織に四角いあとが残るが、線引き後に良好な組織が得られることが判明した。MJR法線材においては、Nbメッシュシートを用いることで容易に多芯形式線材の作製が可能であることが判明した。
【0037】
本発明のNb3Sn超伝導線材の製造方法では、SnとNbとCuの混合体を500℃以上1500℃以下の温度域で反応させることにより0.1原子%以上30原子%以下のNbを含む可塑性を有する合金からなる第1の基材を得た後に、この第1の基材とNbまたはNb系合金からなる第2の基材とを隣接配置して複合体を作製し、この複合体を線材に加工し、この線材を熱処理することによりNb3Sn化合物層を生成する。第1の基材においてSnにNbを固溶させると強度が上昇して硬くなる。Sn-Nb二元合金状態図によればNbは920℃あたりから溶融Snに溶け込みはじめ、Sn-Nb混合体の温度を1500℃まで上げると十分量のNbが溶融Snに溶け込み、冷却凝固した後にNbがSnに固溶した強固なSn-Nb合金相が得られる。これにより第1の基材と第2の基材(Nb系シース材)との伸びの差が減少し、複合体を伸線加工しやすくなる。
【0038】
本発明方法は上記のジェリーロール法(JR法)ばかりでなく、マルチロッド法(MR法)にも適用することができる。図10を参照してMR法の概要について説明する。MR法では上記組成のSn-Nb-Cu混合粉末を舟型(ボート型)るつぼに容れて加熱溶融し、凝固させ、棒状のSn-Nb-Cu合金サンプルを作製し、この棒状サンプルを切削して丸棒の形状のロッド11に加工し、このロッド11をNb管(第2の基材)12のなかに挿入して複合体とし、この複合体を六角ダイスに通して横断面形状がほぼ正六角形状の一次複合体10を作製する(工程K1)。
【0039】
複数本の一次複合体10をNbバリヤ13が内張りされたCuジャケット管14のなかに装入し、二次複合体15を作製する(工程K2)。二次複合体15を所定条件下で静水圧押出加工し、複数の一次複合体10とCuジャケット管14のNbバリヤ13とを密着させて一体化する(工程K3)。この工程K3は静水圧押出加工に限られるものではなく、部材10,13,14間を相互に密着させて一体化する加工手段であれば他の手段、例えば温間引抜加工でもよい。一体化した二次複合体15を引抜加工して所望の線径の線材に加工する(工程K4)。この線材加工工程K3〜K4では中間焼鈍をまったく必要としないため線材の作製時間の短縮とコストの低減が達成される。これらの線材を所定条件下で熱処理して、第1の基材と第2の基材との境界エリアに所望の厚さのNb3Sn化合物層を生成させる(工程K5)。
【実施例】
【0040】
以下、図2〜図10および表1を参照して本発明の好ましい実施例を比較例と対比して説明する。
【0041】
(実施例1)
実施例1として可塑性を有するSn基合金を利用するジェリーロール(JR)法を用いて線材を作製した。Sn粉末にSn/Nb原子比で4/1,6/1,8/1のNb粉末を混合し、各種混合比のSn/Nb混合粉末を得た。そのSnのうち4原子%をTiで置換した。この混合粉末に3質量%のCu粉末をさらに添加した。Tiの添加は合金の凝固性と加工性をともに高める。また、Cuの添加は線材の熱処理温度を低下させる上で有効である。使用した各粉末の粒度は−325メッシュであった。この混合粉末を石英るつぼに入れて真空中で650℃×10時間加熱した。この反応により図2に示すタイトに凝固したSn基合金が得られた。その寸法は直径約30mm、厚さ約6mmであった。これをプレスにより図2に示すプレート形状に加工した。プレートの寸法は直径約45mm、厚さ約2.5mmであった。このプレートを平ロール圧延により図2に示すシート形状に加工した。シートの厚さは80μm、幅は70mm、長さは250mmであった。このシートを市販の厚さ100μmのNbシートと重ねて、Nbの芯棒の周りに巻きつけてSn基合金/Nbの複合体を作製した。この複合体を外径/内径10.0/7.3mmのNb管に挿入し、2.7mm角まで溝ロールにより一次加工を行った。この加工は線引き加工に必要な試料長を得るためである。次いで直径1.4mmまでカセットローラダイスによる引抜加工を行い、丸線材を作製した。なお、一次加工は押出加工によるほうが試料断面が円形のまま加工されてさらに良好な断面形状がえられると思われる。この線材から短尺の試料を切り出し、真空中で750℃×100時間の熱処理を行った。この線材に用いられたSn基合金シートのSn/Nb原子比は6/1であった。この熱処理によりSn基合金/Nbの間の拡散反応によりNb3Sn超伝導層が生成される。Nb3Sn層の厚さは線材各部で若干異なるが、Nbシースの内側に所望厚さのNb3Sn層が生成される。なお、Sn/Nb原子比が4/1及び8/1のSn基合金シートを用いても生成されるNb3Sn層の厚さはほぼ同じであった。
【0042】
この線材の超伝導臨界電流密度Jcを4.2Kで20Tと22Tの垂直磁界下でそれぞれ測定したところ、表1に示すようにそれぞれ約720A/mm2と400-410A/mm2であり、高磁界下で大きい超伝導電流を流せることが確認された。また、Sn/Nb原子比4/1及び8/1のシートを用いた線材でも同じ条件で同等の臨界電流密度Jc値が得られた。ここで、臨界電流密度Jcは、線材断面におけるNb3Sn層の面積S(mm2)で臨界電流Ic(A)を割った値である。
【表1】

【0043】
図3にNbシース上に生成されたNb3Sn層のEPMA組成マッピングを示した。図中にて左上図はSnの分布、右上図はNbの分布、左下図はCuの分布、右下図はTiの分布をそれぞれ示す。原図はカラーマッピングであるが、この組織からNbを含む均質で厚いNb3Sn層(平均厚み65μm)が生成されていることが確認された。
【0044】
(実施例2)
実施例2として可塑性を有するSn基合金を利用するマルチロッド(MR)法を用いて線材を作製した。Sn粉末にSn/Nb原子比で4/1,6/1,8/1の割合でNb粉末を混合した。それらの混合粉末の調合において、Sn粉末のうち4原子%をTi粉末で置換した。この粉末に5質量%のCuをさらに添加した。調合したSn/Nb混合粉末を舟型るつぼに装入し、650℃の温度で反応溶融拡散させ、棒状のロッド合金を作製した。作製したロッドを機械切削により丸棒に加工し、この丸棒ロッドを外径/内径が10.0/7.3mmのNbシースに挿入した一次複合体を六角ダイスに通して図11に示す六角断面ロッド10を作製した(工程K1)。この六角断面ロッド10を19本束ねたものにバリヤ層13となるべきNbシートを巻き付け、これを更にジャケット14となるべきCu管のなかに充填し、二次複合体15を作製した(工程K2)。二次複合体15を所定条件下で静水圧押出加工し(工程K3)、さらに引抜加工して所望の線材を得た(工程K4)。得られた線材を真空中で750℃×100時間の熱処理を行った(工程K5)。いずれの線材においても熱処理後NbシースとSn/Nb系ロッドの反応により平均厚さ30μmのNb3Sn層が均一に生成されるのが認められた。
【0045】
この線材のNb3Sn層当たりの超伝導臨界電流密度Jcを4.2Kで20Tと22Tの垂直磁界下でそれぞれ測定したところ、表1に示すようにそれぞれ約700A/mm2と約400A/mm2であり、高磁界下で大きい超伝導電流を流せることが確認された。また、Sn/Nb原子比4/1及び8/1のロッドを用いた線材でも同じ条件で同等の臨界電流密度Jc値が得られた。
【0046】
(比較例1)
比較例1としてブロンズ法を用いて線材を作製した。Cuに8原子%のSnと0.6原子%のTiとを含むブロンズ合金を溶製して10mmφの丸棒に加工した。この棒に5.1mmφの孔をあけて管を作製し、このなかに5.0mmφのNb棒を挿入した。この複合体を溝ロールと引抜加工とにより1.4mmφの線材に加工した。次いで線材を真空中で750℃×100時間の熱処理を行ったところ、Nb芯の周囲に平均厚さ20μmのNb3Sn層が生成された。この比較例1の線材は、4.2Kで20Tの垂直磁界下で約400A/mm2の臨界電流密度Jcを示した。
【0047】
比較例1の線材の加工ではブロンズの加工硬化が著しいため、真空中で500℃×2時間の中間熱処理を18回行った。一方、上記実施例1,2の線材では中間熱処理をまったく必要としなかった。そのため、比較例1の線材加工には6日間を要したのに対して、実施例1,2の線材加工はそれぞれ僅か3時間程で完了した。このように本発明方法を用いる線材加工時間は比較例1のそれに比べて大幅に短縮された。その結果、従来法に比べて本発明法では製造コストを大幅に削減することができる。
【0048】
次に図4〜図6を参照して各種線材において生成されるNb3Sn層について説明する。
【0049】
図4はJR法線材のNbシース(第2の基材),Sn/Nbシート(第1の基材),Nbシート(第2の基材)を模式的に示す断面図である。熱処理前の組織では図4の(a)に示すようにSn/Nbシート(第1の基材)のSn基合金中にNb粒子が分散しているが、熱処理後の組織では図4の(b)に示すようにNbとSnとの相互拡散によりSn/Nbシート(第1の基材)とNbシート(第2の基材)との境界領域およびNbシース(第2の基材)とSn/Nbシート(第1の基材)との境界領域の各々にNb3Sn層が生成される。
【0050】
図5は、8/1(Sn/Nb)-4Ti+3Cu組成のJR法線材(750℃×100hr熱処理)のNb3Sn層とその近傍組織をEPMA分析したときの各成分分布およびミクロ組織をそれぞれ示す図である。この組成表示は、Sn/Nb原子比が8/1で、Snのうち4原子%をTiで置換し、さらに全体に対して3質量%のCuを添加したものである。図中の表はNb3Sn層の丸数字1,2,3の部位を成分分析した結果を示す。これから明らかなように、全厚にわたりほぼ均一なNb濃度を有するNb3Sn層が生成されていることが確認された。
【0051】
ところで、JR法線材ではNb3Sn層の平均厚さが約65μmとなったのに対して、MR法線材(19芯)では約30μmとなり、前者は後者のおよそ2倍の層厚さとなった。この原因としては、JR法線材とMR法線材の拡散形態の差に起因するもの、あるいは線材設計におけるSn含有量の違いに起因するものなどが考えられる。
【0052】
図6は、IEEE TRANSACTIONS ON APPLIED SUPERCONDUCTIVITY, VOL.15, NO.2, pp3482-3485; V.Abacherli, D.Uglietti, P.Lezza, B.Seeber, R.Flukiger, M.Cantoni, and P.-A.Buffatに記載されたブロンズ法線材の成分分布(EDXプロファイル)を示す特性線図である。図から明らかなようにブロンズ法線材のNb3Sn層ではコア材からシース材に向けてSnが漸次増加する大きいSn濃度勾配を生じる。この原因は、ブロンズ法ではSnの一方向のみの拡散が発生し、Nbの拡散は促進されないためと考えられる。
【0053】
実施例1のJR法線材および実施例2のMR法線材の特性を比較例1のブロンズ法線材の特性と比べてみると、実施例1では比較例1の約1.8倍、実施例2では比較例1の約1.75倍の臨界電流密度Jcをそれぞれ示すことが認められた。表1の結果からMR法線材でもJR法線材に近い高磁界特性が得られることが分かった。
【0054】
図7は、横軸にJR法線材の温度とブロンズ法線材の温度(K)をそれぞれとり、縦軸にJR法線材の電圧とブロンズ法線材の電圧(μV)をそれぞれとって、線材温度と電圧との相関を調べることにより各線材の超伝導特性をそれぞれ調べた結果を示す特性線図である。図中の特性線Aは{4/1(Sn/Ta)-7Ti+2Cu}シートをNb-Taシース材とともに伸線加工して750℃×100hr熱処理したJR法線材の温度-電圧特性を、特性線Bは{8/1(Sn/B)-4Ti+3Cu}シートをNb-Taシース材とともに伸線加工して750℃×100hr熱処理したJR法線材の温度-電圧特性を、特性線Cは{8/1(Sn/Nb)-4Ti+3Cu}シートをNb-Taシース材とともに伸線加工して750℃×100hr熱処理したJR法線材の温度-電圧特性を、特性線Dは比較例1のブロンズ法線材の温度-電圧特性をそれぞれ示す。これらのうちブロンズ法線材(特性線D)は、上側の横軸に温度をとって表示しているが、onsetが17.2K、offsetが16.8Kの遷移を示した。
【0055】
これに対して、JR法線材(特性線A,B,C)は、下側の横軸に温度をとって表示しているが、いずれもoffsetが18.1K前後で、遷移幅は0.1K以下と格段にシャープで高い臨界磁界Tc遷移を示した。これらの結果は、JR法線材のNb3Sn層のSn組成が化学量論比に近く、またその濃度分布がブロンズ法線材に比べてはるかに均一で本質的なNb3Sn層の特性が得られることによるものと考えられる。
【0056】
Sn/Ta系シートJR線材(特性線A)は、磁化変化でも約18.1Kで鋭い遷移を示した。また、Sn/B系シートJR線材(特性線B)は、offsetが18.15Kであり、Sn/Ta系シートJR線材(特性線A)より僅かに高いoffset Tcを示した。さらに、Sn/Nb系シートJR線材(特性線C)は、offsetが18.1K弱であり、Sn/Ta系シートJR線材(特性線A)とほぼ同じoffset Tcを示した。
【0057】
図8は、横軸に磁界(T)をとり、縦軸にJR線材の電圧(μV)をとって、Sn/Ta系、Sn/B系およびSn/Nb系の各シートを用いて750℃で100時間熱処理したJR法線材の4.2Kにおける臨界磁界Bc2遷移をそれぞれ示した特性線図である。図中の特性線E1は4/1(Sn/Ta)-7Ti+2CuシートJR線材のBc2遷移を、特性線E2は8/1(Sn/Nb)-4Ti+3CuシートJR線材のBc2遷移を、特性線E3は8/1(Sn/B)-6Ti+3CuシートJR線材のBc2遷移をそれぞれ示す。これらの組成表示は、上述の図5で説明した組成表示の決まりと同様である。図から明らかなように、Sn/Nb系シート線材のBc2遷移が他の二者(Sn/Ta系とSn/B系)のそれを僅かに上回っていることが確かめられた。
【0058】
図9は、横軸に磁界(T)をとり、縦軸に臨界電流Ic(A)および無Cu臨界電流密度Jc(A/mm2)をとって、Sn/Nb系、Sn/Ta系およびSn/B系の各シートJR線材の高磁界における臨界電流Ic(または無Cu臨界電流密度Jc)−磁界の関係を示す特性線図である。図中の特性線F1(白丸プロット連絡線)は8/1(Sn/Nb)-4Ti+3CuシートJR線材の結果、特性線F2(黒丸プロット連絡線)は4/1(Sn/Ta)-7Ti+2CuシートJR線材の結果、特性線F3(白三角プロット連絡線)は8/1(Sn/B)-4Ti+3CuシートJR線材の結果をそれぞれ示す。これらの結果からSn/Nb系とSn/Ta系とは類似した結果を示し、4.2K,22Tにおける無Cu臨界電流密度Jcが実用可能な約125A/mm2となった。これらのSn/Nb系やSn/Ta系と比べてSn/B系シートJR線材(特性線F3)では23〜24Tの極めて高い磁界における臨界電流Icが若干小さく、21〜22TでSn/Nb系またはSn/Ta系線材と同等になる。
【符号の説明】
【0059】
2…第1の基材(Sn/Nb シート)、3…第2の基材(Nbシート)、4…コア材(Nb棒)、
5…複合体(Sn/Nb・Nbシート捲回体)、6…外筒(Nb-Taチューブ、シース)、
10…一次複合体(六角断面ロッド)、11…第1の基材(Sn/Nbロッド)、12…第2の基材(Nbシース)、
13…Nbバリア層、14…Cuジャケット、15…二次複合体(超伝導線材)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SnとNbとCuを含む第1の基材と、前記第1の基材に隣接して配置されたNbを含む第2の基材と、NbとSnとの拡散反応により前記第1の基材と前記第2の基材との間に生成されたNb3Sn化合物層と、を有することを特徴とするNb3Sn超伝導線材。
【請求項2】
前記第1の基材がNbを0.1原子%以上30原子%以下含む合金からなることを特徴とする請求項1記載の超伝導線材。
【請求項3】
前記第1の基材がCuを0.5原子%以上10原子%以下含む合金からなることを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項記載の超伝導線材。
【請求項4】
前記第1の基材がTiを0.5原子%以上10原子%以下含む合金からなることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の超伝導線材。
【請求項5】
前記第2の基材がTi及びTaのうち少なくとも一方を0.5原子%以上10原子%以下含むことを特徴とする請求項1乃至4のうちのいずれか1項記載の超伝導線材。
【請求項6】
(a)SnとNbとCuの混合体を500℃以上1500℃以下の温度域で反応させることにより0.1原子%以上30原子%以下のNbを含む可塑性を有する合金からなる第1の基材を得る工程と、
(b)前記第1の基材とNbまたはNb系合金からなる第2の基材とを隣接配置して複合体を作製する工程と、
(c)前記複合体を線材に加工する工程と、
(d)前記線材を熱処理することによりNb3Sn化合物層を生成する工程と、
を有することを特徴とするNb3Sn超伝導線材の製造方法。
【請求項7】
前記工程(a)では溶製した前記合金を圧延してシート状の第1の基材を作製し、前記工程(b)では前記シート状の第1の基材とシート状の第2の基材とを交互に積層して複合化し、該複合体を捲回する加工を行い、前記工程(c)では前記捲回体を線材に引抜加工することを特徴とする請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記工程(a)では溶製した前記合金をプレスして棒状の第1の基材を作製し、前記工程(b)では前記棒状の第1の基材を筒状の第2の基材のなかに挿入して複合化し、該複合体を複数束ねて一体化する加工を行い、前記工程(c)では前記一体加工体を線材に引抜加工することを特徴とする請求項6記載の方法。
【請求項9】
前記第1の基材がTiを0.5原子%以上10原子%以下含む合金からなることを特徴とする請求項6乃至8のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−181408(P2011−181408A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−45717(P2010−45717)
【出願日】平成22年3月2日(2010.3.2)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】