説明

Ni−Cu−Zn系フェライト材料及びその製造方法

【課題】SnO添加による効果が最大限発揮されたNi−Cu−Zn系フェライト材料の提供を目的とする。
【解決手段】主成分の組成が、Fe:45〜49.8mol%、CuO:10mol%未満、ZnO:10〜40mol%、NiO:残部である焼結体からなり、この焼結体は、副成分として主成分に対して0.2〜4wt%のSnOを含み、かつSnの変動係数CVが0.2%以上であることを特徴とするNi−Cu−Zn系フェライト材料により上記課題を解決する。本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料において、副成分として主成分に対して0.5〜3wt%のSnOを含有し、Snの変動係数CVが0.25〜0.5%であることが好ましい。さらに、主成分のCuOが、1〜mol%であることが本発明にとって好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni−Cu−Zn系フェライト材料に関し、特に外部応力に対するインダクタンスLの変化が小さく、さらに温度変化に対するインダクタンスLの変化が小さいNi−Cu−Zn系フェライト材料に関する。
【背景技術】
【0002】
Ni−Cu−Zn系フェライト材料は、インダクタ、トランス、ノイズ除去のコアとして使用され、携帯電話やノート型パソコン等の携帯機器に広く使用されている。しかしながら、フェライト材料は、圧縮応力等の応力が加わると、インダクタンスL(又は透磁率μ)が変化して、磁気特性が悪化する傾向がある。そのため、フェライト材料を用いた製品に応力が加わると、磁気特性に変化が生じ、製品の特性が変動するという問題点を抱えている。従って、外部応力が負荷されても、インダクタンスL(又は透磁率μ)の変化が少ないNi−Cu−Zn系フェライト材料を得る必要がある。このように外部応力に対する特性の安定性であることを、抗応力特性ということがある。
【0003】
また、携帯電話やノート型パソコン等の携帯機器は、様々な環境で使用される為、その内部に組み込まれる部品は環境に対する高い耐性が必要である。特に温度変化に対しての耐性が重要である。温度は季節や使用される場所により大きく変化するため、温度変化に対してインダクタンスL(又は透磁率μ)が安定したNi−Cu−Znフェライト材料が必要とされる。
【0004】
この問題点に関し、特許文献1(特開2003−272912号公報)は、Ni−Cu−Zn系フェライト材料の主成分組成を、Fe:45〜50mol%、ZnO:1〜32mol%、CuO:5〜15mol%、NiO:残部、とし、且つ主成分組成の組成比総和に対し、SnOを0.2〜3wt%添加することにより、40MPaの圧縮応力が負荷された場合でも初透磁率の変化率を±10%以内に抑制し、且つ良好な直流重畳特性が得られることを開示している。
特許文献2(特開2004−172396号公報)は、Ni−Zn系またはNi−Cu−Zn系フェライト材料に特定量のZrO、SiOを同時に添加することにより、インダクタンス素子のL値に相当するフェライト材料の透磁率において、直流重畳時の変化が小さくなり、素子の構造上の変更等がなく、該素子の小型化、低背化を実現できることを開示している。また、温度特性改善のためにSnOを0.1〜1.0wt%添加することが有効であるとしている。
【0005】
また、特許文献3(特許第3147496号公報)は、Fe、CuO、ZnO、及びNiOを、Fe:46.5〜49.5mol%、CuO:5.0〜12.0mol%、ZnO:2.0〜30.0mol%、NiO:残部の割合で含有するNi−Cu−Zn系フェライト材料に対して、Co、Bi、SiO、及びSnOを、その含有率が、Co:0.05〜0.60重量%、Bi:0.50〜2.00重量%、SiOとSnOの合計量:0.10〜2.00重量%(但し、SiO、SnOのどちらか一方が0重量%である場合を除く)となるような割合で配合すると、樹脂モールド処理時の収縮等の応力によるインダクタンスLの変化を小さくできることを開示している。
さらに、特許文献4(特開2002−124408号公報)は、所定のモル比のNi−Cu−Zn系フェライト材料に、SnOを0.4〜3.0wt%単独か、さらにLiCOを0.3〜0.5wt%添加することにより、外部応力に対して特性の変動の少ない積層インダクタ等が得られることを開示している。
【0006】
【特許文献1】特開2003−272912号公報
【特許文献2】特開2004−172396号公報
【特許文献3】特許第3147496号公報
【特許文献4】特開2002−124408号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上説明したように、Ni−Cu−Zn系フェライト材料にSnOを添加することにより抗応力特性向上、さらには温度特性向上に有効であることはよく知られていることである。しかるに、抗応力特性、さらには温度特性をより向上することが望まれており、したがって、本発明はSnO添加による効果が最大限発揮されたNi−Cu−Zn系フェライト材料の提供を目的とする。また本発明は、そのようなNi−Cu−Zn系フェライト材料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
通常、Ni−Cu−Zn系フェライト材料は、原料の混合・粉砕、仮焼き、粉砕、成形及び焼成という過程を経て製造される。そして、成形に至るまでに各原料成分がより均一に分散することが、高い特性を得るために必要と考えられていた。例えば、原料の1つであるSnO添加に基づくSnの化合物についても同様であり、他の原料であるFe、CuO、ZnO及びNiOに対して均一に分散することが必要と認識されていた。このことは、特許文献1等において、SnOを他の原料であるFe、CuO、ZnO及びNiOとともに混合・粉砕し、仮焼きを行っていることからも伺える。なお、SnOを原料として添加し、焼結した後の存在形態が不明確なところがあるが、便宜上、焼結体においてもSnOと表記する場合がある。
ところが、本発明者等の検討によれば、後述する実施例から明らかなように、Ni−Cu−Zn系フェライトの焼結体において、SnOを偏析させた方が抗応力特性、温度特性がよいという驚くべき結果が得られた。本発明はこのような新たな知見に基づくものであり、主成分の組成が、Fe:45〜49.8mol%、CuO:10mol%未満、ZnO:10〜40mol%、NiO:残部である焼結体からなり、この焼結体は、副成分として主成分に対して0.2〜4wt%のSnOを含み、かつSnの変動係数CVが0.2%以上であることを特徴とするNi−Cu−Zn系フェライト材料である。
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料において、副成分として主成分に対して0.5〜3wt%のSnOを含有し、Snの変動係数CVが0.25〜0.5%であることが好ましい。さらに、主成分のCuOが、1〜5mol%であることが本発明にとって好ましい。
【0009】
以上の本発明によるNi−Zn−Cu系フェライト材料を得るには、製造上の工夫を要するが、その中で、SnO原料の添加を、主成分を構成する原料を仮焼きした後に行うことが有効な手段として掲げられる。主成分を構成する原料とともに仮焼きを行うと、SnOの分散状態が均一になりやすいため、これを回避して主成分を仮焼きした後にSnO原料を添加するのである。すなわち本発明は、Fe:45〜49.8mol%、CuO:10mol%未満、ZnO:10〜40mol%、NiO:残部の組成を有する主成分の原料混合物を仮焼きする工程と、仮焼きにより得られた反応物に対して0.2〜4wt%のSnO原料粉末を添加し、反応物と混合、粉砕する工程と、得られた粉砕物を加圧成形して成形体を得る工程と、成形体を焼成して焼結体とする工程と、を備えることを特徴とするNi−Cu−Zn系フェライト材料の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料によれば、SnOの焼結体における分散状態を制御することにより、SnO添加による抗応力特性及び温度特性の向上効果を十分に引き出すことができる。また、本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料の製造方法によれば、SnOの分散状態をあえて低く制御することにより、抗応力特性及び温度特性が向上されたNi−Cu−Zn系フェライト材料を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明によるNi−Cu−Zn系フェライト材料は、Snの変動係数CV(Coefficient of Variance)が0.2%以上であることを特徴としている。ここで、変動係数CVとは、標準偏差を平均で割った値である。本発明におけるSnの変動係数CVは、後述する実施例で示す条件によりEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)でSnについて元素マッピングを行い、全分析点のSnの濃度の標準偏差を全分析点のSnの濃度の平均値で割ることにより求めた値とする。この値が低いほどSnの分散性が優れ、逆にこの値が高いほどSnの分散性が劣ることを示す。なお、元素マッピングの対象はSnであるが、このSnは焼結体中でSn化合物、例えばSnOとして存在しているものである。
【0012】
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料は抗応力特性を向上することができる。ここで、本発明における抗応力特性とは、圧縮応力に対するNi−Cu−Zn系フェライト材料のインダクタンスLの変化の程度を言う。樹脂モールドタイプのインダクタンス素子ではNi−Cu−Zn系フェライト材料を樹脂モールドするが、樹脂硬化時にNi−Cu−Zn系フェライト材料に圧縮応力が加わる。Ni−Cu−Zn系フェライト材料は圧縮応力の大きさに応じてインダクタンスLが変化するため、樹脂モールドタイプのインダクタンス素子では圧縮応力に対してインダクタンスLの変化の少ない、抗応力特性に優れたNi−Cu−Zn系フェライト材料であることが望まれる。
【0013】
本発明では、抗応力特性について、1ton/cm(98MPa)の一軸圧縮応力印加前後のインダクタンスLの変化率ΔLを±7%以下とすることを目標とする。インダクタンスLの変化率ΔLは±5%以下であることが好ましく、±3%以下であることがより好ましい。インダクタンスLの変化率ΔLは、後述する実施例で使用する角柱の試料にワイヤを30回巻線した後、これに一定速度で一軸圧縮応力を印加し、このときのインダクタンスLを連続的に測定し、得られた測定値からインダクタンス変化率ΔLを算出する。このときの一軸圧縮応力は1ton/cmとし、インダクタンス変化率ΔLは以下の式により求める。
ΔL=(L−L)/L×100(%)
:一軸圧縮応力印加時のインダクタンス値
:一軸圧縮応力印加なしのインダクタンス値
【0014】
また、本発明では、初透磁率μiについて温度特性を評価した。具体的には、−20〜20℃における温度特性αμir(αμir(−20〜20℃))及び20〜100℃における温度特性αμir(αμir(20〜100℃))を下記式により求め、各々、±7ppm/℃以下、±6ppm/℃以下とすることを目標とする。好ましいαμir(−20〜20℃)及びαμir(20〜100℃)は、各々、±5ppm/℃以下、±4ppm/℃以下、より好ましいαμir(−20〜20℃)及びαμir(20〜100℃)は、各々、±4ppm/℃以下、±2ppm/℃以下である。
αμir(−20〜20℃)=(μ−20℃−μ20℃)/(μ20℃
αμir(20〜100℃)=(μ100℃−μ20℃)/(μ20℃
【0015】
Snの変動係数CVを0.2%以上とすることにより抗応力特性、温度特性をともに向上することができる。しかし、Snの変動係数CVが高くなりすぎると、磁気特性、特に初透磁率μiの低下が無視できなくなる。したがって、Snの変動係数CVは0.5%以下とすることが好ましい。より好ましいSnの変動係数CVは0.25〜0.5%、さらに好ましいSnの変動係数CVは0.3〜0.5%である。なお、Snの変動係数CVを制御する手法は、後述するようにいくつか存在するが、SnOの原料を仮焼き後に添加すること、さらにはこのときに加えられるSnO原料の粒径を大きくすることがもっとも効果的である。
【0016】
次に、本発明によるNi−Cu−Zn系フェライト材料の組成限定理由について説明する。
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料は、Fe、CuO、ZnO及びNiOが主成分を構成し、SnOが副成分を構成する。
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料の主成分を構成するFe2の含有量は、45〜49.8mol%とする。Fe2の含有量が45mol%未満だと、初透磁率μi及び飽和磁束密度Bsが低くなる。一方、Fe2の含有量が49.8mol%を超えると焼結密度が低くなり、初透磁率μi及び飽和磁束密度Bs、さらには抗応力特性が劣化する。したがって、本発明ではFe2の含有量を45〜49.8mol%とする。好ましいFe23の含有量は46〜49.5mol%、さらに好ましいFe2の含有量は47〜49mol%である。
【0017】
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料は、主成分を構成するCuOの含有量を10mol%未満(ただし、0を含む)とする。CuOの含有量は、抗応力特性及び磁気特性にも影響を及ぼす。CuO含有量が10mol%以上になると初透磁率μiが低くなるとともに、抗応力特性の向上を期待することができない。好ましいCuOの含有量は0.5〜8mol%、さらに好ましいCuOの含有量は1.5〜5mol%、より好ましくは2〜4.8mol%である。
【0018】
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料の主成分を構成するZnOの含有量は、10〜40mol%である。ZnOの含有量が10mol%未満だと、初透磁率μiが低くなる。一方、ZnOの含有量が40mol%を超えると、初透磁率μiは高くなるが、飽和磁束密度Bsが低くなる。したがって、本発明ではZnOの含有量を10〜40mol%とする。好ましいZnOの含有量は15〜35mol%、さらに好ましいZnOの含有量は20〜30mol%である。
【0019】
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料の主成分の残部がNiOである。ZnO及びNiOの含有量は、一方を増やすと他方を減らすという関係にあり、互いの含有量を制御することにより、初透磁率μi及び飽和磁束密度Bsを調整することができる。一つの基準としてNiOは10〜40mol%とすることができる。NiOの含有量が10mol%未満だと、飽和磁束密度Bsが低くなる。一方、NiOの含有量が40mol%を超えると、初透磁率μiが低くなる。好ましいNiOの含有量は15〜35mol%、さらに好ましいNiOの含有量は20〜30mol%である。
【0020】
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料は、上記の主成分に対してSnOを0.2〜4wt%の範囲で含有することができる。SnOは、磁気特性を損なうことなく、抗応力特性及び温度特性を向上できる効果を有する。つまり、SnOを含む本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料は、応力無負荷時及び応力負荷時のインダクタンスLの変化が小さく、かつ温度変化に対する初透磁率μiの変動が小さい。ただし、前述したように、この効果は、Snの変動係数CVを0.2%以上としたときに顕著となる。したがって、本発明によれば、より少ない量のSnOの含有量でインダクタンスLについての抗応力特性、さらには初透磁率μiの温度特性を向上できる。ただし、SnOの含有量が0.2wt%未満では、Snの変動係数CVを0.2%以上としても、その効果を十分に得ることができない。一方で、SnOの含有量が4wt%を超えると、抗応力特性が劣化するとともに、初透磁率μiが低下する。したがって本発明では、主成分に対するSnOの量を0.2〜4wt%とする。好ましいSnOの量は0.25〜3.5wt%、さらに好ましいSnOの量は0.4〜3wt%である。
【0021】
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料において、原料由来の不純物、及び製造工程上不可避であるSiO、Al、MgO、MnO、CaO、Cr、Y、ZrO等の酸化物が含有されていても、本発明の技術的範囲に含まれることは言うまでもない。
【0022】
本発明におけるNi−Cu−Zn系フェライト材料は、焼結体として提供される。抗応力特性及び磁気特性を兼備するためには、この焼結体が高い密度を有していることが好ましい、本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料によれば、5.1Mg/m以上の焼結密度を有することができる。焼結体密度は5.2Mg/m以上、さらには5.25Mg/m以上とすることができる。本発明で規定する組成において、このような密度を得るためには、焼結温度を1000℃以上とすることが望まれる。この点については、後述する製造方法の説明にて言及する。
【0023】
次に、本発明によるNi−Cu−Zn系フェライト材料の好適な製造方法を説明する。
本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料は、Snの変動係数CVが0.2%以上であることを特徴としている。Snの変動係数CVが高いほど、焼結体内におけるSnが偏析していることを示す。本発明は、このようにSnの分散性を良くするのではなく、偏析させるところに特徴がある。
【0024】
Snの分散性を制御する手法はいくつかある。1つは、Snの原料であるSnO粉末の粒径を大きくすることである。粒径の大きいSnO粉末を用いると、焼結体においてSnOが偏析することになり、変動係数CVは高くなる。ただし、粒径の大きなSnO粉末を用いても、混合、粉砕を必要以上に行うと、微細化されてしまうので注意を要する。2つめとして、原料であるSnO粉末を所謂仮焼き後に添加する。他の原料が仮焼きされた後に添加して焼成するほうが、他の原料とともに混合、粉砕、仮焼きし、次いで焼成する場合よりも、焼結体におけるSn(SnO)の分散性は低くなることを利用するものである。ただし、他の原料とともに混合、粉砕、仮焼きする工程を採用しても、混合、粉砕の条件を制御することによって、焼結体におけるSn(SnO)の分散性を調整することもできる。
【0025】
以下、工程順に説明する。
主成分をなす原料粉末として、例えば、Fe粉末、CuO粉末、ZnO粉末及びNiO粉末を用意する。これらの主成分をなす粉末に加えて、副成分をなすSnO粉末を用意する。
用意する各原料粉末の粒径は0.1〜10μmの範囲で適宜選択すればよい。ただし、SnO粉末については、比較的粒径の大きなものを選択することが本発明にとって好ましい。
用意された原料粉末は例えばボールミルを用いて湿式混合する。混合は、ボールミルの運転条件にも左右されるが、20時間程度行なえば均一な混合状態を得ることができる。副成分であるSnO粉末の添加はこの湿式混合時ではなく、後述する仮焼き後に行うことが本発明にとって好ましいのは上述の通りである。
なお、本発明では、上述の主成分の原料に限らず、2種以上の金属を含む複合酸化物の粉末を主成分の原料としてもよい。例えば、塩化鉄、塩化Niを含有する水溶液を酸化培焼することによりFe、Niを含む複合酸化物の粉末が得られる。この粉末とZnO粉末を混合して主成分原料としてもよい。このような場合には、後述する仮焼きは不要である。
【0026】
原料粉末を混合した後、仮焼きを行なう。仮焼きは、保持温度を700〜950℃の範囲とし、また、雰囲気を大気とすればよい。仮焼き後に、好ましくはSnO粉末を添加した後に、例えば平均粒径0.5〜2μm程度まで粉砕される。この粉砕を短時間で終了することが、Snの変動係数CVを0.2%以上とするうえで好ましい。
【0027】
主成分及び副成分からなる粉砕粉末は、後の成形工程を円滑に実行するために顆粒に造粒することが好ましい。粉砕粉末に適当な結合剤、例えばポリビニルアルコール(PVA)を少量添加し、これをスプレードライヤで噴霧、乾燥することにより顆粒を得ることができる。得られる顆粒の粒径は60〜200μm程度とすることが好ましい。
【0028】
得られた顆粒は、例えば所定形状の金型を有するプレスを用いて所望の形状に成形され、この成形体は焼成工程に供される。焼成は、1010〜1240℃の範囲とすることが好ましい。1010℃未満では高い焼結密度を得ることが困難であり、1240℃を超えると異常粒成長が起こり、初透磁率μiが低下する。好ましい焼成温度は1020〜1210℃、さらに好ましい焼成温度は1040〜1190℃である。
【0029】
本発明によるNi−Cu−Zn系フェライト材料は、樹脂モールドタイプのインダクタンス素子のコアとして用いることができることは上述の通りである。この場合、コアに巻線を施した上から樹脂をモールドするが、樹脂の硬化、収縮によって、コアに圧縮応力が印加される。この圧縮応力の印加によっても、本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料は、インダクタンスLの変動が小さい。また、本発明のNi−Cu−Zn系フェライト材料は、温度の変動に対する初透磁率μiの変化が小さい。
【実施例1】
【0030】
主成分をなす原料粉末として、Fe23粉末、ZnO粉末、NiO粉末及びCuO粉末を表1に示す組成(mol%)に秤量した。
次に、これらの原料を鋼鉄製のボールミルを用いて湿式混合し、得られた混合粉末を900℃で2時間仮焼きした。得られた仮焼き粉に対して、表1に示すSSA(Specific Surface Area)のSnO粉末を表1に示す量を添加し、鋼鉄製のボールミルにて混合粉砕した。得られた粉砕粉末は、平均粒径が0.5μmであった。
【0031】
次いで、得られた各粉砕粉に、バインダとしてポリビニルアルコール水溶液を添加して造粒した。こうして得られた平均粒径70μmの顆粒を用いて、電磁気特性評価用のトロイダル形状試料(外径20mm、内径10mm、高さ5mm)をプレス成形により得た。また、抗応力特性評価用の角柱試料(幅5mm、厚さ5mm、長さ30mm)をプレス成形により得た。なお、いずれも成形密度が3.20Mg/mとなるように成形した。成形体を大気中、1150℃で2時間焼成し、表1に示す試料No.1〜7のNi−Cu−Zn系フェライト材料を得た。
【0032】
得られたトロイダル形状試料及び角柱試料を用いて、Snの変動係数CV、焼結密度、初透磁率μi、飽和磁束密度Bs、抗応力特性ΔL及び温度特性αμirを測定した。測定条件は以下の通りである。得られた結果を表1に示す。また、SnO粉末のSSAとSnの変動係数CVとの関係を図1に、Snの変動係数CVと抗応力特性ΔLの関係を図2に、さらにSnの変動係数CVと温度特性αμirの関係を図3に示す。
【0033】
Snの変動係数CV:以下の条件によりEPMAでSnについて元素マッピングを行い、全分析点のSnの濃度の標準偏差を全分析点のSnの濃度の平均値で割ることにより変動係数CVを求めた。
EPMA測定条件
使用機器:フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ(FE−EPMA)
日本電子(株)製 JXA−8500F
加速電圧:15kV
照射電流:0.2μA
照射時間:45msec/point
測定領域(X=Y):204.8μm×204.8μm(0.8μmステップ)
【0034】
焼結密度:上記トロイダル形状の焼結体の重量を測定した。外径、内径、厚さの測定値より焼結体の体積を求め、この値と測定された重量より焼結密度を求めた。
初透磁率μi:上記トロイダル形状試料にワイヤを20回巻線した後、LCRメータ(ヒューレットパッカード社製 HP4192)にて100kHzにおける初透磁率μiを測定した。
飽和磁束密度Bs:上記トロイダル形状試料にワイヤを40回巻線した後に印加磁界4000A/mに設定し、飽和磁束密度Bsを直流磁化特性試験装置(メトロン技研製 SY110)で測定した。
【0035】
抗応力特性ΔL:上記角柱試料にワイヤを30回巻線した後、LCRメータ(ヒューレットパッカード社製 HP4192)にて100kHzでのインダクタンス値Lを測定した。角柱試料の長軸方向に圧縮応力(1ton/cm=98MPa)を負荷し、圧縮応力負荷時のインダクタンス値Lを測定し、インダクタンスの変化率ΔL(ΔL=(L−L)/L)を算出した。
温度特性αμir:初透磁率μiを−20〜120℃の範囲で測定し、下記の式にてαμir求めた。
αμir:−20〜20℃=(μ−20℃−μ20℃)/(μ20℃
αμir:20〜100℃=(μ100℃−μ20℃)/(μ20℃
【0036】
【表1】

【0037】
図1に示すように、Snの変動係数CVは原料として用いられたSnO粉末のSSAによって変わり、SSAの低いSnO粉末を用いることにより、Snの変動係数CVを高くすることができる。ただし、図1の結果からすると、SnO粉末のSSAを試料No.7より低くしても、より高いSnの変動係数CVを得ることは難しくなりつつある。
【0038】
次に、図2に示すように、Snの変動係数CVが高くなると、ΔLの絶対値が小さくなって抗応力特性が向上することがわかる。本発明では、1ton/cm(=98MPa)の圧縮応力を印加したときのΔLが±7%以下であることを基準としており、Snの変動係数CVが0.2%以上になるとΔLの絶対値を7%以下にすることができる。Snの変動係数CVを0.25%以上にするとΔLの絶対値を5%以下にすることができ、さらにSnの変動係数CVを0.35%以上にするとΔLの絶対値を3%以下にすることができることが、図1より理解されよう。
【0039】
また、図3に示すように、Snの変動係数CVが高くなると、初透磁率μiの温度特性αμirも向上する。ただし、温度特性αμirは、Snの変動係数CVの増加に伴って、正の数から負の数に変わることから、好ましい範囲があるといえる。もっとも、Snの変動係数CVが0.5%程度まで増加しても、温度特性αμirは±2ppm/℃の範囲に留まっている。したがって、温度特性αμirにとって好ましいSnの変動係数CVは0.25〜0.5%、さらに好ましいSnの変動係数CVは0.3〜0.5%である。
【0040】
一方で、Snの変動係数CVが高くなると初透磁率μiは小さくなる傾向にあるから、抗応力特性、温度特性をも考慮して、Snの変動係数CVを設定するように製造することが必要である。
【実施例2】
【0041】
SnO粉末を他の原料粉末混合時に添加(仮焼き前添加)した以外は、実施例1の試料No.1及び4(仮焼き後添加)と同様にして同様にNi−Cu−Zn系フェライト材料を作製し、やはり実施例1と同様にSnの変動係数CV、焼結密度、初透磁率μi、飽和磁束密度Bs、抗応力特性ΔL及び温度特性αμirを測定した。その結果を表2に示す。なお、試料No.8が試料No.1に対応し、試料No.9が試料No.4に対応している。
【0042】
【表2】

【0043】
表2に示すように、仮焼き後にSnOを添加することにより、Snの変動係数CVを高くすることができる。ただし、添加するSnOのSSAを低くすれば、仮焼き前に添加しても変動係数CVを0.2%以上にできる。また、表2の結果より、混合、粉砕の条件が一緒であれば、実施例1の試料No.5及び6においても、仮焼き前にSnOを添加しても、0.2%以上の変動係数CVを得ることができるものと解される。
【実施例3】
【0044】
表3に示す組成とする以外は、実施例1と同様にしてNi−Cu−Zn系フェライト材料を作製し、やはり実施例1と同様にSnの変動係数CV、焼結密度、初透磁率μi、飽和磁束密度Bs、抗応力特性ΔL及び温度特性αμirを測定した。その結果を表3に示す。また、図4にSnOの含有量と抗応力特性ΔLの関係を、図5にSnOの含有量と温度特性αμirの関係を示す。
【0045】
【表3】

【0046】
表3、図4及び図5に示すように、SnOを含有することにより、抗応力特性ΔL及び初透磁率の温度特性αμirを向上することができる。ただし、その量が5wt%に達すると抗応力特性ΔLが著しく劣化するとともに、初透磁率μiの低下も無視できなくなる。さらに、比抵抗ρも著しく低くなる。以上の結果より、SnOの含有量は0.2〜4wt%、好ましくは0.25〜3.5wt%、より好ましくは0.4〜3wt%である。
【実施例4】
【0047】
表4に示す組成とする以外は、実施例1と同様にしてNi−Cu−Zn系フェライト材料を作製し、やはり実施例1と同様にSnの変動係数CV、焼結密度、初透磁率μi、飽和磁束密度Bs、抗応力特性ΔL及び温度特性αμirを測定した。その結果を表4に示す。
【0048】
【表4】

【0049】
表4に示すように、CuO含有量が多くなると初透磁率μiが低くなるとともに、抗応力特性ΔL及び温度特性αμirが劣化する傾向にある。したがって、CuO含有量は8mol%以下、さらには5mol%以下とすることが好ましい。
【実施例5】
【0050】
表5に示す組成とする以外は、実施例1と同様にしてNi−Cu−Zn系フェライト材料を作製し、やはり実施例1と同様にSnの変動係数CV、焼結密度、初透磁率μi、飽和磁束密度Bs、抗応力特性ΔL及び温度特性αμirを測定した。その結果を表5に示す。
【0051】
【表5】

【0052】
表5に示すように、Fe含有量が少ないと初透磁率μi及び飽和磁束密度Bsが低い。また、Fe含有量が多くなると初透磁率μiが低くなるとともに、抗応力特性ΔLが劣化する。そこで本発明では、Fe含有量を45〜49.8mol%とする。
【実施例6】
【0053】
表6に示す組成とした以外は実施例1と同様にNi−Cu−Zn系フェライト材料を作製し、やはり実施例1とにSnの変動係数CV、焼結密度、初透磁率μi、飽和磁束密度Bs、抗応力特性ΔL及び温度特性αμirを測定した。その結果を表6に示す。
【0054】
【表6】

【0055】
表6に示すように、NiO含有量が少ないと飽和磁束密度Bsが低くなる傾向にある。また、NiO含有量が多くなると初透磁率μiが低くなるとともに、抗応力特性ΔLが劣化する。そこで本発明では、NiO含有量を10〜40mol%とすることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】SnO粉末のSSAとSnの変動係数CVとの関係を示すグラフである。
【図2】Snの変動係数CVと抗応力特性ΔLの関係を示すグラフである。
【図3】Snの変動係数CVと温度特性αμirの関係を示すグラフである。
【図4】SnOの含有量と抗応力特性ΔLの関係を示すグラフである。
【図5】SnOの含有量と温度特性αμirの関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主成分の組成が、Fe:45〜49.8mol%、CuO:10mol%未満(ただし、0を含む)、ZnO:10〜40mol%、NiO:残部である焼結体からなり、
前記焼結体は、
副成分として前記主成分に対して0.2〜4wt%のSnOを含み、かつ
Snの変動係数CVが0.2%以上であることを特徴とするNi−Cu−Zn系フェライト材料。
【請求項2】
前記焼結体は、
前記副成分として前記主成分に対して0.4〜3wt%のSnOを含有し、
Snの変動係数CVが0.25〜0.5%であることを特徴とする請求項1に記載のNi−Cu−Zn系フェライト材料。
【請求項3】
前記主成分のCuOが、1〜5mol%であることを特徴とする請求項1又は2に記載のNi−Cu−Zn系フェライト材料。
【請求項4】
Fe:45〜49.8mol%、CuO:10mol%未満(ただし、0を含む)、ZnO:10〜40mol%、NiO:残部の組成を有する主成分の原料混合物を仮焼きする工程と、
前記仮焼きにより得られた反応物に対して0.2〜4wt%のSnO原料粉末を添加し、前記反応物と混合、粉砕する工程と、
得られた粉砕物を加圧成形して成形体を得る工程と、
前記成形体を焼成して焼結体とする工程と、
を備えることを特徴とするNi−Cu−Zn系フェライト材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−269503(P2007−269503A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−93725(P2006−93725)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】