説明

Ni基合金溶接金属、Ni基合金被覆アーク溶接棒

【課題】良好な耐割れ性及びビード外観を有するNi基合金溶接金属、及びこれを得るために使用され溶接作業性が良好なNi基合金被覆アーク溶接棒を提供する。
【解決手段】Ni基合金溶接金属中のCr、Fe、Mn、Ti、Si、Cu、N、Al、C、Mg、Mo、B、Zr、Nb+Taの含有量を適正に規定し、不可避的不純物中のCo、P及びS量を規制する。特に、Mnの含有量を適正な範囲で規定することにより、耐割れ性が高い溶接金属が得られ、B及びZrを規制成分として適正に規制することにより、ピット及びブローホール等の溶接欠陥の発生も抑制される。Ni基合金被覆アーク溶接棒については、フラックス成分としてのスラグ形成剤、金属弗化物及び炭酸塩の含有量を適正な範囲で規定し、フラックス中のMn、Nb+Ta及びFe量を規制することにより、溶接作業性が良好であり、良好なビード外観を有する溶接金属が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子炉及び圧力容器等の溶接に好適なNi基合金溶接金属及びこれを得るために使用されるNi基合金被覆アーク溶接棒に関し、特に、良好な耐割れ性及びビード外観を有するNi基合金溶接金属、及びこれを得るために使用され溶接作業性が良好なNi基合金被覆アーク溶接棒に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、加圧水型原子力発電プラント等に代表される高温高圧用容器の材料としては、高温高圧水中の環境下で耐応力腐食割れ性が優れたNi−15Cr系合金が使用されてきた。しかし、近時、更なる耐応力腐食割れ性の向上を目的として、Ni−30Cr系合金等のNi基高Cr合金が採用されている。この高圧用容器の溶接には、母材と同等の耐食性が求められることから、母材と同一成分系の溶加材が必要となる。
【0003】
しかしながら、Ni−30Cr系溶加材を使用して肉盛溶接又は継手溶接をした場合、多パス溶接による溶着金属が積層される溶接部の内部において、微小な割れが発生しやすいという問題点がある。この粒界割れは、溶接金属が凝固する過程で発生する凝固割れと区別して、「延性低下再熱割れ」と呼ばれ、凝固が完了した温度域において発生するという特質がある。この延性低下再熱割れは、約30%以上のCrを含む高Cr系Ni基合金の溶接金属において、溶接時に繰り返し再熱を受けると、結晶粒界に粗大なCr炭化物が析出し、粒界強度、即ち隣り合う結晶粒同士の結合力が弱くなった結果、溶接時に引張熱応力又は剪断熱応力が粒界に作用すると、粒界が開口するというものである。
【0004】
この延性低下再熱割れを防止する従来技術として、特許文献1においては、Mn及びNbを添加している。この特許文献1には、Cr:27乃至31質量%、Fe:6乃至11質量%、C:0.01乃至0.04質量%、Mn:1.5乃至4.0質量%、Nb:1乃至3質量%、Ta:3質量%以下、Nb+Ta:1乃至3質量%、Ti:0.01乃至0.50質量%、Zr:0.0003乃至0.02質量%、B:0.0005乃至0.004質量%、Si:0.50質量%未満、Al:最大0.50質量%、Cu:0.50質量%未満、W:1.0質量%未満、Mo:1.0質量%未満、Co:0.12質量%未満、S:0.015質量%未満、P:0.015質量%以下、Mg:0.004乃至0.01質量%を含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなるNi−Cr−Fe合金溶接金属が開示されている。
【0005】
特許文献2には、ボイラ等の高温装置に使用されるオーステナイト系溶接継手及び溶接材料が開示されており、1乃至5質量%のCuを添加することによって耐食性を確保する技術が開示されている。また、特許文献2の技術においては、脱酸剤として添加するMnの含有量を溶接継手又は溶接材料の全質量あたり3.0質量%以下とすることにより、高温長時間の使用における金属間化合物の生成を抑制し、脆化を防止することが開示されている。
【0006】
特許文献3には、耐溶接割れ性が優れた溶接金属を得るために、被覆アーク溶接棒に添加するSi、Mn、Cu、Nb、W、V等の成分範囲を規定している。また、不可避的不純物としてNを積極的に(0.03乃至0.3質量%)添加することにより、Ti等との間にTiN等の窒化物を生成させて、溶接金属の引張強度を向上させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2008−528806号公報
【特許文献2】特開2001−107196号公報
【特許文献3】特開平8−174270号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述の特許文献1の溶接金属は、脱酸剤として添加されるMg量が多く、溶接作業時に、スラグの被包性及び剥離性等の溶接作業性が劣化する。また、特許文献1の溶接金属は、Mnの含有量が少なく、耐再熱割れ性を十分に確保できるものではない。また、特許文献1の溶接金属は、B及びZrを多量に含有させた場合には、溶接金属の耐凝固割れ性が低下してしまう場合がある。
【0009】
一般的に、母材と同様の化学組成を有する溶接材料を使用して溶接する場合においては、溶接金属の耐食性及び強度が母材に比して劣化したり、硫酸環境下における溶接継手の耐食性が十分に得られないという問題点がある。特許文献2においては、1乃至5質量%のCuを添加することによって耐食性を確保しているが、Cuを含有するオーステナイト鋼は、溶接割れ感受性が高く、凝固割れ以外に、多層盛り溶接した際、溶接金属内に極めて微少な割れが発生し、健全な溶接継手が得られないという問題点がある。また、特許文献2の溶接継手及び溶接材料も、特許文献1と同様に、Mnの含有量が少なく、耐再熱割れ性を十分に確保できるものではない。
【0010】
そして、上記特許文献1,2の技術は、溶接材料として被覆アーク溶接棒も包含する技術であると考えられるが、被覆アーク溶接棒に適用した場合におけるスラグ剤等についての記載が十分ではない。よって、スラグ剤の構成によっては、良好な溶接作業性を確保することが困難である。
【0011】
特許文献3の被覆アーク溶接棒は、溶接金属の引張強度を高めるためにNを添加しているものの、その添加量が多く、高温環境下における窒化物の析出量が多量になり、溶接金属の脆化の原因となる。また、Nの多量の添加により、ブローホール等の溶接欠陥が発生しやすくなる。
【0012】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、良好な耐割れ性及びビード外観を有するNi基合金溶接金属、及びこれを得るために使用され溶接作業性が良好なNi基合金被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係るNi基合金溶接金属は、Cr:28.0乃至31.5質量%、Fe:7.0乃至11.0質量%、Nb及びTa:総量で1.0乃至2.0質量%、C:0.05質量%以下、Mn:4.0乃至5.5質量%、N:0.005乃至0.08質量%、Si:0.70%質量以下、Mg:0.0010%質量以下、Al:0.50%質量以下、Ti:0.50%質量以下、Mo:0.50%質量以下及びCu:0.50%質量以下を含有し、Bの含有量をB:0.0010%質量以下、Zrの含有量をZr:0.0010質量%以下に規制した組成を有し、残部がNi及び不可避的不純物からなり、前記不可避的不純物中のCoの含有量をCo:0.10質量%以下、Pの含有量をP:0.015質量%以下、Sの含有量をS:0.015質量%以下に規制した組成を有することを特徴とする。
【0014】
本発明に係るNi基合金被覆アーク溶接棒は、フラックス成分を含有する被覆剤をNi基合金からなる心線の外周に被覆してなるNi基合金被覆アーク溶接棒において、前記心線は、心線の全質量あたりCr:28.0乃至31.5質量%、Fe:7.0乃至11.0質量%、Nb及びTa:総量で1.0乃至2.0質量%、C:0.05質量%以下、Mn:4.0乃至5.5質量%、N:0.001乃至0.02質量%、Si:0.70質量%以下、Mg:0.0010質量%以下、Al:0.50質量%以下、Ti:0.50質量%以下、Mo:0.50質量%以下、Cu:0.50質量%以下を含有し、Bの含有量をB:0.0010質量%以下、Zrの含有量をZr:0.0010質量%以下に規制した組成を有し、残部がNi及び不可避的不純物からなり、前記不可避的不純物中のCoの含有量をCo:0.10質量%以下、Pの含有量をP:0.015質量%以下、Sの含有量をS:0.015質量%以下に規制した組成を有し、前記被覆剤は、前記フラックス成分として、被覆アーク溶接棒の全質量あたりスラグ形成剤:3.5乃至6.5質量%、金属弗化物(F量換算値):2乃至5質量%、炭酸塩(CO量換算値):2.5乃至6.5質量%を含有し、前記フラックス中のMnの含有量をMn:2.0質量%以下、Nb及びTaの含有量を総量でNb+Ta:1.5質量%以下、Feの含有量をFe:2.5質量%以下に規制した組成を有することを特徴とする。本発明においては、前記被覆剤は、前記フラックス成分として、被覆アーク溶接棒の全質量あたりアルカリ金属の酸化物:0.7乃至1.8質量%を含有することが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るNi基合金溶接金属は、Cr、Fe、Mn、Ti、Si、Cu、N、Al、C、Mg、Mo、B、Zr、Nb+Taの含有量が適正に規定されており、不可避的不純物中のCo、P及びSの含有量も適正な範囲で規制されている。そして、これらの成分のうち、Mnの含有量を適正な範囲で規定し、更にB及びZrを規制成分として、適正に規制している。これにより、溶接金属の耐割れ性は良好であり、溶接欠陥も抑制され、また、ビード外観も良好である。
【0016】
本発明に係るNi基合金被覆アーク溶接棒は、B及びZrの量が適正な範囲で規制されており、N量も少ないため、ピット及びブローホール等の溶接欠陥の発生が抑制され、耐割れ性が良好な溶接金属を得ることができる。
【0017】
また、本発明に係るNi基合金被覆アーク溶接棒は、被覆剤がフラックス成分として含有するスラグ形成剤、金属弗化物、炭酸塩及びアルカリ金属の酸化物の含有量が適正な範囲で規定されており、フラックス中のMn、Fe、Nb及びTaを規制成分として、適正に規制している。これにより、溶接作業性も良好であり、良好なビード外観を有する溶接金属が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】多層肉盛り溶接を説明する図である。
【図2】高温割れ試験におけるT字継手を示す図である。
【図3】Mn含有量と多層肉盛溶接において発生した割れの個数との関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明について、詳細に説明する。本願発明者等は、従来の溶接材料を使用した場合に、良好な耐割れ性が確保できないという問題点を解決するために、種々実験検討を行った。そして、溶接金属の耐割れ性を向上させる成分として、Mn、B及びZrの含有量に着目し、Mnを従来よりも多く含有させることにより、耐再熱割れ性が向上し、B及びZrを規制成分として、その含有量を適正な範囲で規制すれば、耐凝固割れ性の低下も防止できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0020】
また、本願発明者等は、被覆アーク溶接棒においては、被覆剤中が含有するスラグ形成剤、金属弗化物、炭酸塩及びアルカリ金属の酸化物を適正な範囲で規定することにより、上記のような耐割れ性が優れた溶接金属を得る際に、溶接作業性の低下も防止できることを見出した。
【0021】
以下、本発明のNi基合金溶接金属及びNi基合金被覆アーク溶接棒の組成限定理由について説明する。溶接金属及び被覆アーク溶接棒の心線の組成は、Nを除いて他の元素は同一である。先ず、この溶接金属及びワイヤ心線の組成限定理由について説明する。なお、組成限定理由について述べる以下の段落において、被覆アーク溶接棒の心線の組成については、心線の全質量あたりの含有量とし、溶接金属の組成については、溶接金属の全質量あたりの含有量として記載する。
【0022】
「Cr:全質量あたり28.0乃至31.5質量%」
Crは、高温高圧水中での耐応力腐食割れ性を向上させる主要元素であり、また耐酸化性および耐食性の確保のために有効であり、その効果を十分に発揮させるためには、全質量あたり28.0質量%以上が必要である。一方、被覆アーク溶接棒に、Crを心線の全質量あたり31.5%を超えて添加すると、被覆アーク溶接棒の製造時における心線の加工性が劣化する。よって、本発明においては、Crの含有量を心線の全質量あたり28.0乃至31.5質量%と規定する。このCrの含有量は、AWS A5.11 ENiCrFe−7に規定される範囲を満足する。
【0023】
「Fe:全質量あたり7.0乃至11.0質量%」
Ni合金に固溶したFeは、引張強度を向上させるため、7.0質量%以上を添加する。しかし、Feは低融点のラーベス相FeNbとして粒界に析出し、多パス溶接時の再熱により、再溶融して粒界の再熱液化割れの原因となる。このため、Feは11.0質量%以下とする。
【0024】
「C:全質量あたり0.05質量%以下」
Ni合金中のCは固溶強化元素であり、引張強度及びクリープ破断強度の向上に有効である。しかし、Cは、Cr及びMoと炭化物を生成し、溶着金属の耐粒界腐食性及び耐高温割れ性を劣化させるので、Cは0.05質量%を超えて添加しない。Cの添加による固溶強化の効果を得るには、Cの含有量は0.03乃至0.05質量%であることが好ましい。
【0025】
「Mn:全質量あたり4.0乃至5.5質量%」
溶接時の組織が完全なオーステナイト系であるNi基合金においては、その凝固時に、粒界に不純物が偏析して粒界の融点を低下させ、再熱割れ発生の原因となる。本発明においては、被覆アーク溶接棒の心線中のMnの含有量が4.0質量%以上である場合に、溶接凝固部における低融点化合物の生成が抑制され、同様の組成を有する溶接金属において、耐再熱割れ性が著しく向上する。一方、被覆アーク溶接棒がMnを心線の全質量あたり5.5質量%を超えて多量に含有すると、被覆アーク溶接棒の製造時における心線の加工が困難となり、また、溶接後のスラグ剥離性が劣化する。よって、Mnの含有量は、4.0乃至5.5質量%と規定する。本発明においては、Mnの含有量は、心線又は溶接金属の全質量あたり4.5乃至5.5質量%以下であることが好ましい。この理由については、実施例2にて後述するが、Mnの含有量を4.5質量%以上とすることにより、溶接金属の耐割れ性が飛躍的に向上する。
【0026】
「N:全質量あたり0.001乃至0.02質量%(心線)、0.005乃至0.08質量%(溶接金属)」
Ni合金中のNは固溶強化元素であり、0.001質量%含有させることにより、溶接金属の引張強度の向上に寄与するが、0.02質量%を超えて多量に添加すると、ブローホール、ピット等の溶接欠陥の発生に繋がる。よって、本発明においては、Nの含有量は0.001乃至0.02質量%とする。なお、溶接金属の場合においても、0.005質量%以上のNを含有させることにより、その引張強度が高くなり、好ましいが、0.08質量%を超える多量のNを含有させると、ブローホール、ピット等の溶接欠陥の発生原因となるため、溶接金属中のN量の上限値を0.08質量%と規定する。
【0027】
「Si:全質量あたり0.70質量%以下」
Siは、脱酸剤として添加することにより、合金内の清浄度を高めるが、多量に添加すると、耐高温割れ性が低下するため、Siの含有量の上限値を0.70質量%以下と規定する。
【0028】
「Mg:全質量あたり0.0010質量%以下」
Mgは、Siと同様に、脱酸剤として添加することにより、合金内の清浄度を高める。一方、被覆アーク溶接棒が多量のMgを含有すると、スラグ剥離性等の溶接作業性が劣化する。本発明においては、溶接作業性を劣化させずに全溶着金属中の清浄度を高められるMg量の上限値を0.0010質量%と規定する。
【0029】
「Al、Ti及びCu:全質量あたり夫々0.50質量%以下」
Al、Ti及びCuの含有量は、AWS A5.11 ENiCrFe−7に規定される範囲を満足させるため、夫々0.50質量%以下と規定する。
【0030】
「Mo:全質量あたり0.50質量%以下」
Moは、溶接金属の強度を向上させるために添加する。しかし、0.50質量%を超える多量のMoを添加すると、溶接金属の耐高温割れ感受性が低下する。なお、このMoの含有量は、AWS A5.11 ENiCrFe−7に規定される範囲を満足する。
【0031】
「Nb及びTa:全質量あたり総量で1.0乃至2.0質量%」
Nb及びTaは、いずれも合金中のCと優先的に結合してNbC及びTaC等の安定な炭化物を形成する。そして、粒界における粗大Cr炭化物の生成を抑制することにより、耐再熱割れ感受性が著しく向上する。よって、本発明においては、Nb及びTaを総量で1.0質量%以上含有させる。しかし、Nb及びTaを総量で2.0%を超えて多量に含有させると、凝固偏析により粒界に濃化し、低融点の金属間化合物相(ラーベス相)を形成するため、溶接時の凝固割れや、再熱割れの原因となる。また、Nb炭化物の粗大化による靭性及び加工性の劣化が発生しやすくなる。好ましくは、Nb及びTaの含有量は、心線又は溶接金属の全質量あたり総量で1.0乃至1.7質量%である。
【0032】
「B及びZr:全質量あたり夫々0.0010質量%以下に規制」
Ni基合金中のB及びZrは、微量添加により粒界の強度を向上させ、熱間圧延性を良好にし、溶接金属の耐再熱割れ性を向上させる効果があり、ワイヤの加工を容易にすることができると一般的にいわれている。しかし、本発明においては、B及びZrは積極的には添加せず、規制成分とする。即ち、B及びZrを被覆アーク溶接棒及び溶接金属に多量に添加すると、溶接金属の凝固割れ感受性が高くなるため、これらの成分の含有量を夫々0.0010質量%以下に規制する。
【0033】
「不可避的不純物中のCo:全質量あたり0.10質量%以下に規制」
不可避的不純物として含まれるCoは、炉内における中性子照射により、半減期の長い同位体Co60に変化し、放射線源となるため、その含有量は少ないほど好ましい。本発明においては、Coの含有量を0.10質量%以下に規制する。好ましくは、Coの含有量は、0.05質量%以下に規制する。
【0034】
「不可避的不純物中のP及びS:全質量あたり0.015質量%以下に規制」
不可避的不純物として含まれるP及びSは、溶接金属の凝固時に粒界に偏析して、偏析(高濃度に濃縮した)部分に低融点化合物を形成しやすくなり、溶接割れ感受性を高め、凝固割れの原因となる。よって、本発明においては、不可避的不純物中のP及びSを0.015質量%以下に規制する。
【0035】
次に、本発明のNi基合金被覆アーク溶接棒における被覆剤中のフラックス成分の組成限定理由を説明する。
【0036】
「スラグ形成剤:被覆アーク溶接棒の全質量あたり3.5乃至6.5質量%」
フラックス中のスラグ形成剤は、アークの安定性、スパッタ発生量、スラグの剥離性、ビード形状等、良好な溶接作業性を確保するために、3.5質量%以上添加する。一方、フラックス成分として被覆アーク溶接棒の全質量あたり6.5質量%を超える多量のスラグ形成剤を含有させると、スパッタの発生量が過多となったり、アーク安定性が低下する等、溶接作業性が低下する。従って、本発明においては、スラグ形成剤の添加量を被覆アーク溶接棒の全質量あたり3.5乃至6.5質量%の範囲でコントロールする。
【0037】
「金属弗化物(F量換算値):被覆アーク溶接棒の全質量あたり2乃至5質量%」
金属弗化物はアーク強度を高めると共に、スラグの粘性及び凝固温度を下げて流動性を向上させ、スラグ剥離性の向上、融合不良防止、ピット・ブローホール防止に効果があるので、被覆アーク溶接棒の全質量あたりF量換算値で2質量%以上添加する。しかし、金属弗化物の添加量が過多になると、アーク強度が強くなり過ぎてスパッタが増加し、アンダーカットが生じ易くなって、ビード形状が凸になる。よって、本発明においては、金属弗化物の含有量の上限値をF量換算値で5質量%と規定する。金属弗化物は、フッ化ソーダ(NaF)を被覆アーク溶接棒の全質量あたりF量換算値0.7乃至1.8質量%含有することが好ましく、これにより、スラグ剥離性が著しく向上する。
【0038】
「炭酸塩(CO量換算値):被覆アーク溶接棒の全質量あたり2.5乃至6.5質量%」
炭酸塩は、高温分解により発生したガスにより、アークをシールドし、また、溶接金属を高塩基性に保って、健全な溶接金属を確保する。また、炭酸塩の添加は、スラグの流動正の適正化に寄与し、良好な溶接作業性の確保に有効である。本発明においては、これらの効果を十分に得るために、炭酸塩の含有量は、被覆アーク溶接棒の全質量あたりCO量換算値で2.5質量%以上とする。一方、炭酸塩の多量の添加は、スラグ剥離性及びビード外観等を劣化させるため、本発明においては、炭酸塩の含有量の上限値を被覆アーク溶接棒の全質量あたりCO量換算値で6.5質量%とする。
【0039】
「アルカリ金属の酸化物:被覆アーク溶接棒の全質量あたり0.7乃至1.8質量%」
LiO、NaO及びKO等のアルカリ金属の酸化物は、適正範囲で添加することにより、アーク安定性が向上し、スパッタ発生量の低減及びスラグ被包性の改善に寄与する。本発明においては、アルカリ金属の上記適正範囲を被覆アーク溶接棒の全質量あたり0.7乃至1.8質量%と規定する。なお、アルカリ金属の酸化物としては、被覆アーク溶接棒の被覆剤中に含まれる水ガラス由来のアルカリ金属の酸化物も含まれる。
【0040】
「フラックス中のMn:被覆アーク溶接棒の全質量あたり2.0質量%以下に規制」
フラックス中のMnは、添加によりスラグ剥離性等の溶接作業性を劣化させる。よって、本発明においては、フラックス中のMnの含有量を、被覆アーク溶接棒の全質量あたり2.0質量%以下に規制する。
【0041】
「フラックス中のNb及びTa:被覆アーク溶接棒の全質量あたり総量で1.5質量%以下に規制」
フラックス中のNbは、Mnと同様に、添加によりスラグ剥離性等の溶接作業性を劣化させる。よって、本発明においては、フラックス中のNbの含有量を、被覆アーク溶接棒の全質量あたり1.5質量%以下に規制する。
【0042】
「フラックス中のFe:被覆アーク溶接棒の全質量あたり2.5質量%以下に規制」
フラックス中のFeは、Mn、Nb及びTaと同様に、添加によりスラグ剥離性等の溶接作業性を劣化させる。よって、本発明においては、フラックス中のFeの含有量を、被覆アーク溶接棒の全質量あたり2.5質量%以下に規制する。
【0043】
このように、本発明においては、スラグ剥離性等の溶接作業性の劣化を防止するために、被覆剤中のMn、Nb、Ta及びFeを規制成分としている。即ち、被覆剤中のMn、Nb、Ta及びFe成分は、被覆剤(保護筒)の溶け方に影響し、これにより、スラグ剥離性が低下すると推察される。又は、被覆剤の原料として添加されるMn、Nb、Ta、Fe成分及びこれらの合金に含まれる不純物成分がスラグ剥離性の低下に影響していると推察される。
【実施例】
【0044】
(実施例1)
次に、本発明の実施例の効果について、本発明の範囲から外れる比較例と比較して説明する。真空溶解炉において、Crを28.0乃至31.5質量%含有するNi合金インゴットを溶製した後、鍛造及び圧延を経て、伸線加工を行い、被覆アーク溶接棒用の心線を作製した。溶製工程では、使用する原料の添加比率を変更することにより、Ni、Cr、Fe、Mn、Ti、Si、Cu、N、Al、C、Nb+Taの各元素の濃度を調整し、P、S、Mo、Co、Zr、B、Mgの各規制元素については、原料の添加比率の変更の他に、使用する主原料(Ni及びCr)の純度によってもその濃度を調整した。これにより、種々の組成を有する9種類の心線を作製した。各心線A乃至Iの組成を表1−1及び表1−2に示す。
【0045】
【表1−1】

【0046】
【表1−2】

【0047】
作製した心線A乃至Iに種々の組成を有する被覆剤を被覆した後、乾燥させて、実施例及び比較例の被覆アーク溶接棒とした。作製した被覆アーク溶接棒の直径は4.0mm、フラックス率は34.1%である。各心線A乃至Iの種類、被覆剤成分の組成及び被覆アーク溶接棒全体の金属成分の組成について、表2−1乃至表2−4に示す。なお、被覆アーク溶接棒の心線及び被覆剤の組成が本発明の請求項2を満足するものについては、表中の「溶接棒」の欄に符号「A」、請求項2を満足しないものについては、「溶接棒」の欄に符号「B」を付して示す。
【0048】
【表2−1】

【0049】
【表2−2】

【0050】
【表2−3】

【0051】
【表2−4】

【0052】
各実施例及び比較例の被覆アーク溶接棒を用いて溶接した際の溶接作業性及びビード外観等について、評価した。また、各実施例及び比較例の被覆アーク溶接棒による溶接金属について、耐再熱割れ性、高温割れの有無及びピットの発生頻度の評価を行った。評価試験の方法は以下のとおりである。
【0053】
「多層肉盛溶接試験」
図1に示すように、ASTM A533B CL.2(対応JIS規格:JIS G 3120/SQV2B)に規定されているMn−Ni−Mo系の圧力容器用低合金鋼板を母材1として、その上に5層の肉盛溶接を行った。溶接条件は、極性がDC+、溶接電流が130A、溶接電圧が25V、溶接速度が150乃至200mm/分である。なお、母材の厚さは50mm、肉盛溶接の深さは25mm、底部の幅は50mmである。各実施例及び比較例の被覆アーク溶接棒による溶接金属の組成について、表3−1及び表3−2に示す。そして、各実施例及び比較例について、溶接ビード表面に対して垂直方向に6.5mm厚の試験片5枚を切り出し、曲げ半径が約50mmの条件で曲げ加工を施した断面について、浸透探傷試験を施して、割れの発生頻度を評価した。そして、曲げ試験片の10断面について、長さが0.1mm以上の割れの個数をカウントし、10断面の総割れ個数が、1個未満の場合をA、1.0個以上5.0個未満の場合をB、5.0個以上15個未満の場合をC、15個以上の場合をDとして、耐再熱割れ性を評価した。この際に、ピットの発生個数についても、同様にカウントし、上記と同様の評価を行った。なお、各実施例及び比較例の被覆アーク溶接棒による溶接作業時には、スパッタ発生量、溶接金属のビード外観及びスラグ剥離性を目視にて評価した。スパッタ発生量については、少なかった場合をA、やや多かった場合をBと評価した。ビード外観及びスラグ剥離性については、以下の評価基準に最も近いものにより評価した。評価Aは、なじみが良好であるため、ビードの揃いが良く、ビードのラインが直線であり、スラグ剥離性も良好である。評価Bは、なじみがやや悪く、ビードの揃いが乱れるため、ビードラインがやや波打ち、スラグ剥離性もやや劣化している。評価Cは、なじみが極めて悪く、ビードの揃いが大きく乱れるため、ビードラインが波打ち、スラグ剥離性も悪い。
【0054】
「高温割れ試験」
高温割れ試験は、JIS Z3153に準じて行った。この高温割れ試験に使用した試料の形状を図2に示す。図2に示す2枚の試験片によりT字状の継手を形成し、隅肉部の2箇所を全長にわたって隅肉溶接した。供試棒の直径は4.0mm、溶接条件は、極性がDC、溶接電流が150A、溶接電圧が25V、溶接速度が300mm/分である。そして、隅肉溶接部における高温割れの発生率を評価した。なお、割れが発生しなかった場合をA、割れが発生し、溶接部の全長に対する割れ率が5.0%未満であった場合をB、割れ率が5.0%以上10.0%未満であった場合をC、割れ率が10.0%以上で有った場合をDと評価した。各実施例及び比較例の試験片について、高温割れ試験結果を表3−3にあわせて示す。
【0055】
そして、総合判定欄は、耐再熱割れ性、高温割れの有無、ビード外観及びスラグ剥離性、スパッタ発生量、並びにピットの発生頻度のいずれかでC又はDの評価がある場合に、×とし、C又はDの評価がない場合を○とし、全ての評価がAの場合を◎とした。
【0056】
【表3−1】

【0057】
【表3−2】

【0058】
【表3−3】

【0059】
表3−1乃至表3−3に示すように、実施例No.1乃至14は、溶接金属の組成が本発明の範囲を満足するので、耐再熱割れ性、耐高温割れ性が優れており、ピットも発生しなかった。これらの実施例のうち、実施例No.1乃至7は、溶接に使用した被覆アーク溶接棒の組成が、本発明の請求項2の範囲を満足する実施例である。よって、溶接作業時に、スパッタの発生量が少なく、得られた溶接金属は、ビード外観及びスラグ剥離性も良好であり、溶接作業性が良好であった。このように、請求項1の範囲を満足する良好な耐割れ性及びビード外観を有するNi基合金溶接金属を得る際に、請求項2の範囲を満足するNi基合金被覆アーク溶接棒を使用すれば、その溶接作業性も良好である。
【0060】
これに対して、比較例No.15乃至25は、溶接金属の組成が本発明の範囲を満足しないので、耐再熱割れ性、耐高温割れ性、ビード外観/スラグ剥離性、ピットの発生及びスパッタ発生量の1以上の項目において、性能の劣化が見られた。即ち、比較例No.15は、溶接に使用した被覆アーク溶接棒の組成のうち、フラックス中のMn量が多く、得られた溶接金属中のMnの含有量も本発明の範囲を超え、スラグ剥離性が低下した。比較例No.16は、心線中のMnの含有量が本発明の範囲未満である被覆アーク溶接棒を使用したので、得られた溶接金属中のMnの含有量が本発明の範囲未満となり、溶接金属の耐再熱割れ性が低下した。
【0061】
比較例No.17は、心線中のNb及びTaの総量が本発明の範囲未満である被覆アーク溶接棒を使用したので、溶接金属中のNb及びTaの総量も本発明の範囲未満となり、溶接金属の耐再熱割れ性が低下した。比較例No.18は、被覆アーク溶接棒のフラックス中のNb及びTaの総量が多く、スラグ剥離性が劣化し、得られた溶接金属において、Nb及びTaの含有量の総量が本発明の範囲を超え、耐再熱割れ性が低下し、高温割れ性も低下した。比較例No.19は、心線中に多量のCを含有する被覆アーク溶接棒を使用したので、得られた溶接金属中のC量が過多となり、耐高温割れ性が低下した。比較例No.20は、心線中に多量のSiを含有する被覆アーク溶接棒を使用したので、得られた溶接金属中のSi量が過多となり、耐高温割れ性が低下した。
【0062】
比較例No.21は、被覆アーク溶接棒の心線中のB量が多く、得られた溶接金属中のB量が過多となり、耐高温割れ性が低下した。同様に、比較例No.22は、被覆アーク溶接棒の心線中のZr量が多く、溶接金属中のZr量が過多となり、耐高温割れ性が低下した。
【0063】
比較例No.23は、心線中のMgの含有量が本発明の範囲を超える被覆アーク溶接棒を使用したので、溶接金属中のMg量過多により、スラグ剥離性が劣化し、溶接作業性が劣化した。比較例No.24は、被覆アーク溶接棒の組成のうち、フラックス中のFeの含有量が多く、得られた溶接金属中のFe量が過多となり、耐再熱割れ性及び耐高温割れ性が低下し、スラグ剥離性も劣化した。比較例No.25は、心線中に多量のNを含有する被覆アーク溶接棒を使用したので、溶接金属中のN量が過多となり、発生したピットの数が多くなった。
【0064】
(実施例2)
次に、本発明のNi基合金被覆アーク溶接棒及び溶接金属におけるMnの含有量について説明する。図3は、Ni基合金被覆アーク溶接棒及びNi基合金溶接金属について、Mnの含有量を種々変化させた場合に、上記実施例1と同様の多層肉盛溶接試験によって長さが0.1mm以上の割れが発生した個数を示す。この図3に示すNi基合金被覆アーク溶接棒及びNi基合金溶接金属は、Mn、Nb+Ta以外の含有量については、AWS A5.11 ENiCrFe−7に規定される範囲を満足し、Nb及びTaの総量は、本発明の範囲(全質量あたり1.0乃至2.0質量%)を満足する。
【0065】
図3に示すように、Mnを全質量あたり4.0乃至5.0質量%含有する溶接金属において、耐割れ性が向上し、特にMnの含有量が4.5以上である場合に、耐割れ性が著しく向上していることが分かる。このように、本発明においては、Mnを4.0質量%以上(好ましくは4.5質量%以上)含有する溶接金属を形成することにより、溶接金属の耐割れ性を向上させることができる。
【符号の説明】
【0066】
1:母材
2:肉盛溶接

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr:28.0乃至31.5質量%、Fe:7.0乃至11.0質量%、Nb及びTa:総量で1.0乃至2.0質量%、C:0.05質量%以下、Mn:4.0乃至5.5質量%、N:0.005乃至0.08質量%、Si:0.70%質量以下、Mg:0.0010%質量以下、Al:0.50%質量以下、Ti:0.50%質量以下、Mo:0.50%質量以下及びCu:0.50%質量以下を含有し、Bの含有量をB:0.0010%質量以下、Zrの含有量をZr:0.0010質量%以下に規制した組成を有し、残部がNi及び不可避的不純物からなり、前記不可避的不純物中のCoの含有量をCo:0.10質量%以下、Pの含有量をP:0.015質量%以下、Sの含有量をS:0.015質量%以下に規制した組成を有することを特徴とするNi基合金溶接金属。
【請求項2】
フラックス成分を含有する被覆剤をNi基合金からなる心線の外周に被覆してなるNi基合金被覆アーク溶接棒において、
前記心線は、心線の全質量あたりCr:28.0乃至31.5質量%、Fe:7.0乃至11.0質量%、Nb及びTa:総量で1.0乃至2.0質量%、C:0.05質量%以下、Mn:4.0乃至5.5質量%、N:0.001乃至0.02質量%、Si:0.70質量%以下、Mg:0.0010質量%以下、Al:0.50質量%以下、Ti:0.50質量%以下、Mo:0.50質量%以下、Cu:0.50質量%以下を含有し、Bの含有量をB:0.0010質量%以下、Zrの含有量をZr:0.0010質量%以下に規制した組成を有し、残部がNi及び不可避的不純物からなり、前記不可避的不純物中のCoの含有量をCo:0.10質量%以下、Pの含有量をP:0.015質量%以下、Sの含有量をS:0.015質量%以下に規制した組成を有し、
前記被覆剤は、前記フラックス成分として、被覆アーク溶接棒の全質量あたりスラグ形成剤:3.5乃至6.5質量%、金属弗化物(F量換算値):2乃至5質量%、炭酸塩(CO量換算値):2.5乃至6.5質量%を含有し、前記フラックス中のMnの含有量をMn:2.0質量%以下、Nb及びTaの含有量を総量でNb+Ta:1.5質量%以下、Feの含有量をFe:2.5質量%以下に規制した組成を有することを特徴とするNi基合金被覆アーク溶接棒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−115889(P2012−115889A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−269775(P2010−269775)
【出願日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】