説明

TIG溶接装置

【課題】 TIG溶接装置の小型化。TIG溶接アーク起動用カップリングコイルをアーク起動の信頼性を向上しかつ小型化する。
【解決手段】 外シールドキャップ12,内シールドキャップ10、および、電極棒4、を備える2重シールドTIG溶接トーチ;電極棒4と溶接対象材17との間に溶接電力を供給する溶接電源20;一端が内シールドキャップ10に接続された2次コイル、を持つカップリングコイル22;一端が電極棒4に、他端が前記2次コイルの他端に接続された第1カップリングコンデンサ23;および、カップリングコイル22の1次コイルに高周波電流を給電するための高周波発生器21;を備える。さらに、一端が溶接対象材17に、他端が前記2次コイルの他端に接続される第2カップリングコンデンサ24;を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TIG溶接装置に関し、特に、TIG溶接アークの起動回路に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載のTIG溶接装置は、電極棒/母材(溶接対象材)間に溶接電力を給電する溶接電源と該電極棒との間に、カップリングコイルの2次コイルを介挿し、該カップリングコイルの1次コイルに高周波発生器から高周波電流を流す。これにより2次コイルに発生する高電圧高周波が、電極棒/母材間に高電圧放電を生じ、この放電が溶接アークを起動する。このTIG溶接装置の給電系統の概要を図4の(a)に示す。高周波発生器21がカップリングコイルCCpの1次コイルに高周波電流を通電すると、カップリングコイルCCpの2次コイルに発生する高周波高電圧が、バイパスコンデンサCpを介して電極棒4/母材17間に印加されて電極棒4/母材17間に放電を生ずる。この放電により電極棒4/母材17間空間が絶縁破壊し、すなわち導通状態となり、溶接電源20から電極棒4/母材17間に溶接電流(TIGアーク)が流れる。すなわち、カップリングコイルCCpの2次コイルに発生する高周波高電圧が、TIG溶接アークを起動する。カップリングコイルCCpの2次コイルが溶接電源と電極棒との間に介挿されているので、該2次コイルには、大電流である溶接アーク電流(例えば300A,500A)が流れる。
【0003】
亜鉛メッキ鋼板の溶接では、亜鉛が蒸発してノズルの先端に付着するので、これを防止するために、TIGトーチを2重シールド構造にして内シールドキャップ内に吹き込む内シールドガスをHを5〜10パーセント含むものとすることが行われている。この2重シールドTIG溶接の、給電系統の概要を図4の(b)に示す。10pが内シールドキャップ、12pが外シールドキャップであって、SH2がノズル先端への亜鉛蒸気の付着を防止する内シールドガス流、SH1が外シールドガス流である。これにおいても、カップリングコイルCCpの2次コイルに発生する高周波高電圧が、バイパスコンデンサCpを介して電極棒4/母材17間に印加されて電極棒4/母材17間に放電を生ずる。この放電により、溶接アークが起動する。カップリングコイルCCpの2次コイルにはやはり、大電流の溶接アーク電流(例えば300A,500A)が流れる。
【0004】
特許文献2には、2重シールド構造のTIG溶接装置の外側シールドキャップを電離用の導電体とするか、絶縁体の外側シールドキャップの外周に電離用電極板を固着して、該電離用導電体又は電離用電極板と電極棒との間に高周波高電圧を印加して電界電離により溶接アークを起動するとの提案が記載されている(第6頁左下欄)。しかし、電極棒/外側シールドキャップ間の間隙が広いので、電界電離による溶接アークの起動は難しくアーク起動の信頼性が低いと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3618434号明細書
【特許文献2】特開昭59−125271号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
TIG溶接アークを起動するためにTIG溶接装置に備える従来のカップリングコイルCCpは、高周波発生器21が与える高周波電流を高周波放電を起こすに十分な高電圧に昇圧するだけでなく、大電流のTIG溶接アーク電流が流れても十分に耐えられる高電流容量が必要であるので、太径のコイルを用いており、大型で高価である。また、近年は電源のインバータ化が進み小形化されてきたが、直流溶接電流が流れるカップリングコイルは小形化ができず、溶接電源全体の小形化の弊害になっていた。更に、着火用高周波放電を電極棒4と溶接対象材17との間で直接放電させることから、電極棒先端の消耗変形や溶接対象材表面の汚れ等の影響で、高周波放電の飛び付きが悪くなり、アーク起動の失敗(着火ミス)で自動溶接ラインの生産性低下の要因となっている。
【0007】
本発明はTIG溶接装置の小型化を目的とする。具体的には、TIG溶接アークを起動する為に備えるカップリングコイルを、アーク起動の信頼性を損なうことなく小型化可能にすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)外シールドガスが通流する内空間が中心部にある外シールドキャップ(12),該外シールドキャップの内空間に、該外シールドキャップとの間に外シールドガスが通流する間隙を置いて配置された、内シールドガスが通流する電極挿通空間が中心部にある、導電性の内シールドキャップ(10)、および、該電極挿通空間の中心部を、該内シールドキャップとの間に内シールドガスが通流する間隙を置いて配置された電極棒(4)、を備える2重シールドTIG溶接トーチ;
前記電極棒(4)と溶接対象材(17)との間に溶接電力を供給するための溶接電源(20);
一端が前記内シールドキャップ(10)に接続された2次コイル、を持つカップリングコイル(22);
一端が前記電極棒(4)に、他端が前記2次コイルの他端に接続された第1カップリングコンデンサ(23);および、
前記カップリングコイル(22)の1次コイルに高周波電流を給電するための高周波発生器(21);
を備える2重シールドTIG溶接装置。
【0009】
なお、理解を容易にするために括弧内には、図面に示し後述する実施例の対応要素又は相当要素の記号を、例示として参考までに付記した。以下も同様である。
【発明の効果】
【0010】
上記(1)によれば、高周波発生器(21)がカップリングコイル(22)の1次コイルに高周波電流を通電すると、カップリングコイル(22)の2次コイルに発生する高周波高電圧が、第1バイパスコンデンサ(23)を介して電極棒(4)/内シールドキャップ(10)間に印加されて両者間に放電を生ずる。この放電により両者間の空間が絶縁破壊し、図3の(a)に示すごとく最初に発生した高周波放電アーク30は、それによって電離した内シールドガスの流れにしたがって31〜34と電極棒4の先端に運ばれ、また、図3の(b),(c)に示すごとく、高周波放電電流によって誘起される磁束φ1,φ2およびφ3の相対的な影響によって生ずる、トーチ先端側に向かうローレンツ力Fにより高周波放電アークがトーチ先端に移動する、という2つの効果によって高周波放電アークが溶接対象材(17)に接触し、電極棒先端と溶接対象材(17)との間の電離を介して、溶接電源(20)から電極棒(4)/溶接対象材(17)間に溶接電流(TIGアーク)が流れる。すなわち、カップリングコイル(22)の2次コイルに発生する高周波高電圧が、TIG溶接アークを起動する。カップリングコイル(22)にはTIG溶接アーク電流は流れず、カップリングコイル(22)は、TIG溶接アークを起動する高周波高電流は数百mAしか流れず、2次コイルの導体は極細い電線でよいので小型にすることができる。また、導電体の内シールドキャップ(10)と電極棒(4)との間の間隙は狭く該間隙での対抗面の状態は長時間の高周波放電アークでも変化せず一定で、TIG溶接アークを起動するときは、内シールドキャップ/電極棒(4)間に容易に高周波高電圧による放電を起こして該放電を長時間継続することができ、TIG溶接アーク起動の信頼性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の一実施例のTIG溶接装置の、縦断面図である。
【図2】図1に示すTIG溶接装置の給電系統の概要を示す電気回路図である。
【図3】(a)は図1に示す内シールドキャップ10/電極棒4間に高周波高電圧が加わると発生する高周波放電アーク推移30〜34を示す拡大断面図、(b)は内シールドキャップ10/電極棒4間の高周波高電圧が電極棒4がプラスの期間のローレンツ力Fの方向を、(c)はマイナスの期間の方向を、それぞれ示す。
【図4】(a)は従来の代表的なTIG溶接装置の給電系統の概要を示す電気回路図、(b)は従来の2重シールドTIG溶接装置の給電系統の概要を示す電気回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(2)前記第1カップリングコンデンサ(23)の前記他端と前記溶接対象材(17)との間に介挿される第2カップリングコンデンサ(24);をさらに備える上記(1)に記載の2重シールドTIG溶接装置。高周波放電アークが溶接対象材(17)に到達し接触した時に、第2カップリングコンデンサ(24)を介して内シールドキャップ(10)/溶接対象材(17)間に加わっている高周波高電圧が両者間放電を起こすので、TIG溶接アーク起動がより確実になりTIG溶接アーク起動の信頼性がさらに向上する。
【0013】
本発明の他の目的および特徴は、図面を参照した以下の実施例の説明より明らかになろう。
【実施例】
【0014】
図1に、本発明の一実施例のTIG溶接装置を示し、図2には、該TIG溶接装置の給電系統の概要を示す。TIG溶接トーチの本体ケース1には電極台2が固定されており、該電極台2に挿入された導電性チャック3が、電極棒4の上端部分を保持し固定している。該電極台2との間に絶縁ブッシュ5を挟んで、水路金具受け台6が、本体ケース1内に固定されている。水路金具受け台6には導電性の水路金具7が挿入され、受け台6にねじ込まれた袋ナット8で、受け台6に対して締付けて固定されている。
【0015】
水路金具7には、センタリングストーン9を装着した導電性の内シールドキャップ10が、センタリングストーン9の中心部貫通穴に電極棒4を通してから、ねじ込まれている。袋ナット8には外周面に雄ねじがあり、外シールドキャップ12には該雄ねじに螺合する雌ねじがある。外シールドキャップ12は、袋ナット8にねじ締めで固定され、シールドパッキング11を締付けている。外シールドキャップ12は導電体でも絶縁体でも良い。
【0016】
上記構造において、外シールドキャップ12の中心部の内空間に導電性の内シールドキャップ10があり、該内シールドキャップ10の中心部に電極挿通空間がありそこを電極棒4が貫通して電極棒4の先端が内シールドキャップ10から突出して母材17(溶接対象材)に対向する。
【0017】
水路金具7は2重円筒形状であって、その中心部内空間を電極棒4が縦に貫通している。この空間には、内シールドガスパイプ13から、内シールドガスが送り込まれる。この実施例では、TIG溶接中の亜鉛蒸気のノズル(キャップ10下端)への付着を防止するために、ArにHを5〜10パーセント加えた内シールドガスが、パイプ13に供給される。この内シールドガスは内シールドキャップ10とその中心位置にある電極棒4の間の空隙を通って、母材17に向けて噴出する。
【0018】
水路金具7の2重筒内の筒状空間は縦割りで2区分されており、一方の区画に、冷却水注入パイプ14から冷却水が注入される。この冷却水は該一方の区画から他方の区画に流入し、該他方の区画から冷却水排水パイプ15に流出する。
【0019】
外シールドキャップ12と、その中心の内シールドキャップ10との間の間隙には、外シールドガスパイプ16から外シールドガス(Ar)が送り込まれ、この外シールドガスは、外シールドキャップ12と内シールドキャップ10との間の筒状空間(空隙)から母材17に向けて噴出する。
【0020】
カップリングコイル22の2次コイルの一端に、導電性の水路金具7を通して導電性の内シールドキャップ10が接続され、第1カップリングコンデンサ23の一端が電極台2およびチャック3を通して電極棒4に接続され、第1カップリングコンデンサ23の他端は、前記2次コイルの他端に接続されている。第2カップリングコンデンサ24の一端は溶接対象材に接続される。第2カップリングコンデンサ24の他端は、カップリングコイル22の2次コイルの他端に接続されている。溶接電源20のプラス出力端は母材17に接続される。溶接電源20のマイナス出力端は電極台2およびチャック3を通して電極棒4に接続されている。このような接続が、図2に示す給電回路を構成している。
【0021】
高周波発生器21がカップリングコイル22の1次コイルに高周波電流を通電すると、カップリングコイル22の2次コイルに発生する高周波高電圧が、第1バイパスコンデンサ23を介して電極棒4/内シールドキャップ10間に印加されて両者間に放電を生ずる。この高周波放電アークは、図3に示すように、内シールドガスの流れで電離ガスがトーチ先端に運ばれることと、電極棒4,電極棒4/内シールドキャップ10間および内シールドキャップ10を流れる電流に基づく磁束φ1〜φ3の相関干渉により発生するローレンツ力Fが高周波放電アークに作用することにより、30〜34と推移して電極棒4の先端に運ばれ、電極棒4直下の溶接対象材17に接触すると、高周波放電アーク34を介して電極棒4/溶接対象材17間にTIG溶接アークが発生する。この時、第2バイパスコンデンサ24を介して内シールドキャップ10/溶接対象材17間に加わる高周波高電圧が両者間に放電を生ずる。この放電により、より確実にTIG溶接アークが起動する。
【0022】
カップリングコイル22にはTIG溶接アーク電流は流れず、カップリングコイル22には、TIG溶接アークを起動する高周波高電流(数百mA)しか流れず、カップリングコイル22の2次コイルの導体は、断面積が0.75mmと極く細い電線となり、極く小型にすることができる。そのようにしても、導電体の内シールドキャップ10と電極棒4との間の間隙は狭いので、両者間に容易に高周波高電圧による放電を起こしてTIG溶接アークを起動することができる。また、たとえば、5mmまでの電極棒4/溶接対象材17間距離で安定してTIG溶接アークを起動できるし、板厚1.6mmの亜鉛メッキ鋼板の突き合せ溶接で、溶接長が250mm,400枚の溶接でも、TIG溶接アーク起動の失敗(着火ミス)は一度もなかった。従来法では、200枚を超えると電極先端の消耗変形にともない着火ミスが発生していた。
【符号の説明】
【0023】
1:本体ケース
2:電極台
3:電極棒チャック
4:電極棒
5:絶縁ブッシュ
6:水路金具受け台
7:水路金具
8:袋ナット
9:センタリングストーン
10,10p:内シールドキャップ
10pp:インサートチップ
11:シールドパッキング
12,12p:外シールドキャップ
13:内シールドガスパイプ
14:冷却水注入パイプ
15:冷却水排水パイプ
16:外シールドガスパイプ
20:TIG溶接電源
21:高周波発生器
22:カップリングコイル
23:第1バイパスコンデンサ
24:第2バイパスコンデンサ
CCp:カップリングコイル
Cp,Cp1,Cp2:バイパスコンデンサ
SH1:シールドガス
SH2:内シールドガス
PG:プラズマガス
SG:シールドガス
30〜34:高周波放電アーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外シールドガスが通流する内空間が中心部にある外シールドキャップ,該外シールドキャップの内空間に、該外シールドキャップとの間に外シールドガスが通流する間隙を置いて配置された、内シールドガスが通流する電極挿通空間が中心部にある、導電性の内シールドキャップ、および、該電極挿通空間の中心部を、該内シールドキャップとの間に内シールドガスが通流する間隙を置いて配置された電極棒、を備える2重シールドTIG溶接トーチ;
前記電極棒と溶接対象材との間に溶接電力を供給するための溶接電源;
一端が前記内シールドキャップに接続された2次コイル、を持つカップリングコイル;
一端が前記電極棒に、他端が前記2次コイルの他端に接続された第1カップリングコンデンサ;および、
前記カップリングコイルの1次コイルに高周波電流を給電するための高周波発生器;
を備える2重シールドTIG溶接装置。
【請求項2】
前記第1カップリングコンデンサの前記他端と前記溶接対象材との間に介挿される第2カップリングコンデンサ;をさらに備える請求項1に記載の2重シールドTIG溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−130933(P2012−130933A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−284334(P2010−284334)
【出願日】平成22年12月21日(2010.12.21)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】