説明

X線撮像装置

【課題】 人体をはじめとする被検体と回折格子の間での熱の伝達を従来よりも低減させることができるX線撮像装置を提供すること。
【解決手段】 被検体105を撮像するX線撮像装置は、X線源からのX線を回折して干渉パターンを形成する回折格子102と、回折格子の温度調節をする温度調節部と、回折格子からのX線を検出する検出器と、を備える。温度調節部は、被検体設置前の回折格子の温度Taが下記式を満たすように回折格子の温度調節をする。
a×b×|(Ta−Tb)|<(d/2)
a:回折格子の周期方向における、回折格子の固定位置から回折格子のX線照射範囲の端部までの長さ
b:回折格子の線膨張係数
d:回折格子のピッチ
Tb:被検体撮像時の回折格子の温度

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はX線撮像装置に関し、特にタルボ干渉方式を用いて被検体を撮像するX線撮像装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、医療分野や産業分野での利用を目指し、被検体を透過したX線の位相変化を利用して像を形成する位相コントラストイメージングの研究が行なわれている。位相コントラストイメージングの一つとして、タルボ干渉を用いた方法が提案されている。
【0003】
タルボ干渉法の概要を説明する。まず、X線源からのX線が被検体を透過し、それに伴ってX線の位相が変化する。被検体を透過したX線は、回折格子に回折されることによって所定の位置に干渉パターンを形成する。この干渉パターンを検出器で検出し、その検出結果を用いて計算機によって計算すると、被検体によるX線の位相変化の情報から被検体の微分位相像、位相像、散乱像、といった、被検体の情報を得ることができる。
【0004】
また、一般に、干渉パターンは非常に周期が小さいため、干渉パターンを直接検出することが難しいことがある。そこで、干渉パターンが形成される位置に遮蔽格子を配置する方法が提案されている。遮蔽格子は干渉パターンを形成するX線の一部を遮ることでモアレを形成し、このモアレを検出器で検出すれば、被検体の情報を得ることができる。
【0005】
特許文献1には、タルボ干渉方式を用いたX線撮像システム(X線タルボ干渉撮像装置)が記載されている。
【0006】
特許文献1に記載されているX線撮像装置は、回折格子と遮蔽格子に温度を測定する温度センサがそれぞれ備えられており、回折格子と遮蔽格子の温度をモニタしている。また、回折格子と遮蔽格子の格子面内での温度が均一となるように、加熱や冷却を行うことができるペルチェ素子のような、温度を調節する手段を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−200360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1において、被検体はX線源と回折格子の間に配設された被検体台に設置されて撮影される。被検体が人体の場合、被検体の体温は一般的に36℃前後である。一方、被検体の撮像は、一般的に室温20℃〜25℃前後の室内で行われる。このとき、被検体の温度と撮像する室内の温度(環境温度)の差は11℃〜16℃になる。このように環境温度と温度差のある被検体が被検体台に設置されると、被検体の温度は被検体台を経由し、熱伝達・熱放射(輻射)・熱伝導といった伝熱手段で回折格子に伝わる。回折格子の温度が上昇すると、温度が上昇した部分(回折格子の一部または全体)が熱膨張する。回折格子が熱膨張すると、回折格子のピッチが変化し、それに伴い回折格子により形成される干渉パターンのピッチも変化する。
【0009】
干渉パターンのピッチが変化すると、干渉パターンと検出器の画素または干渉パターンと遮蔽格子の位置合わせがずれることにより、得られる被検体の微分位相像、位相像、又は散乱像の解像度が低下する可能性がある。
【0010】
また、X線タルボ干渉撮像装置は、被検体設置前の干渉パターンまたはモアレと、被検体設置後の干渉パターンまたはモアレを用いて被検体の情報を得るための計算を行う場合がある。このような計算を行う場合、被検体設置前と設置後で回折格子のピッチが変化すると、被検体設置前後の干渉パターンまたはモアレの変化が回折格子のピッチ変化によるものなのか、被検体によるものなのか区別するのが難しい。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑み、人体をはじめとする被検体と回折格子の間での熱の伝達を従来よりも低減させることができるX線撮像装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
その目的を達成するために、本発明の一側面としてのX線撮像装置は、被検体を撮像するX線撮像装置であって、X線源からのX線を回折して干渉パターンを形成する回折格子と、前記回折格子の温度調節をする温度調節部と、前記回折格子からのX線を検出する検出器と、を備え、前記温度調節部は、前記被検体設置前の前記回折格子の温度Taが下記式を満たすように前記回折格子の温度調節をすることを特徴とする。
a×b×|(Ta−Tb)|<(d/2)
a:前記回折格子の周期方向における、前記回折格子の固定位置から前記回折格子のX線照射範囲の端部までの長さ
b:前記回折格子の線膨張係数
d:前記回折格子のピッチ
Tb:前記被検体撮像時の前記回折格子の温度
本発明のその他の側面については、以下で説明する実施の形態で明らかにする。
【発明の効果】
【0013】
本発明では、特にタルボ干渉方式を用いて被検体を撮像するX線撮像装置において、人体をはじめとする被検体と回折格子の間での熱の伝達を従来よりも低減させることができるX線撮像装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施形態に係る撮像装置の構成を示した模式図
【図2】本発明の実施形態に係る回折格子の詳細形状図
【図3】本発明の実施形態に係る遮蔽格子の詳細形状図
【図4】本発明の実施例2に係る撮像装置の構成を示した模式図
【図5】本発明の実施例3に係る撮像装置の構成を示した模式図
【図6】本発明の実施例4に係る撮像装置の構成を示した模式図
【図7】本発明の実施形例5に係る撮像装置の構成を示した模式図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好ましい実施の形態について添付の図面に基づいて説明する。なお、各図において、同一の部材については同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。
【0016】
(実施形態1)
本実施形態では、回折格子の温度調節を行う温度調節手段を備えたX線タルボ干渉撮像装置について説明する。但し、本明細書においてX線とはエネルギーが2〜100keVの電磁波を指す。
【0017】
図1は本実施形態におけるX線撮像装置の構成を示した模式図である。図1に示したX線撮像装置1は、X線を発生させるX線源101と、X線を回折する回折格子102、X線の一部を遮る遮蔽格子103、X線を検出する検出器104と、回折格子の温度を調節する温度調節部を備えている。更にこのX線撮像装置は計算機(不図示)と、接続されており、この計算機はX線撮像装置の撮像結果(検出器による検出結果)に基づいて計算を行う。さらに計算機は、計算機による計算結果に基づいた画像を表示する画像表示装置(不図示)と接続されてX線撮像システムを構成している。
【0018】
以下、各構成について説明をする。
【0019】
本実施形態のX線源101の出射するX線は、発散X線でも平行X線でも良く、連続X線でも、特性X線でも良い。また、X線源101から出射したX線の経路上に、X線を細いビームに分割するための線源格子または波長選択フィルタを配置してもよい。
【0020】
但し、X線源101から出射されるX線は以降説明する回折格子102で回折されることにより、干渉パターンを形成する必要があるため、干渉パターンを形成できる程度の空間的コヒーレンス性が求められる。
【0021】
本実施形態の回折格子102の形状を図2(a)、(b)に示した。図2(a)は回折格子102の上面図であり、図2(b)は図2(a)のA−Aで切断した断面図である。
回折格子102は位相型の回折格子であり、図2(a)に示したように位相進行部201と、位相遅延部202が周期P1で2次元に配列されている。回折格子102はX線の照射を受けて明部と暗部が周期的に配列された干渉パターンを形成する。回折格子として振幅型の回折格子を用いることもできるが、位相型の回折格子の方がX線量の損失が少ないので有利である。但し、本明細書では、X線の強度が大きい所を明部、小さい所を暗部とする。
【0022】
図2(b)に示したように、回折格子102は、基板面内に矩形の開口が周期P1で配列されている。X線源101側から見た時、格子を形成している個所は位相進行部201、開口の部分は位相遅延部202であり、位相進行部201を透過したX線と位相遅延部202を透過したX線で、位相が一定量シフトしている。
【0023】
一般的に、位相のシフト量がπラジアン又はπ/2ラジアンの回折格子が良く用いられるが、その他のシフト量の回折格子を用いることもできる。
尚、図2(b)では、位相遅延部202の矩形の開口は貫通していないが、貫通していても良い。回折格子102を構成する材料はX線の透過率が高く、屈折率が小さい物質が好ましく、例えば、シリコンを用いることができる。
【0024】
また、回折格子102は位相進行部201と位相遅延部202が周期的に配列されていれば良く、図2に示した構造以外の構造をとることもできる。また、1次元の周期をもつ、スリット状の回折格子を用いることもできる。
【0025】
本実施形態の遮蔽格子103の形状を図3(a)、(b)に示す。図3(a)は遮蔽格子103の上面図であり、図3(b)は図3(a)のB−Bで切断した断面図である。
図3(a)に示したように、遮蔽格子103は透過部303と遮蔽部304が周期P2で2次元に配列されている。また、図3(b)に示したように、遮蔽格子103は、X線透過率が高い材料からなり、X線透過率が高い材質からなる基板301上に矩形状の構造物302を設置する。矩形状の構造物302は、X線透過率が低い材質からなり、X線を遮蔽するのに充分な高さh1を持つ。X線源側から見た時、矩形波状の構造物302が存在する個所が遮蔽部304、矩形波状の構造物302が存在しない個所が透過部303である。
尚、遮蔽部はX線を完全に遮蔽しなくても良い。但し、干渉パターンに遮蔽格子を重ねることでモアレが形成される程度にX線を遮蔽する必要がある。その条件を満たせば、矩形波状の構造物302の材質や高さは問わない。例えば、矩形波状の構造物を金で作る場合、その高さは30μm程度あればよい。また、遮蔽格子は透過部と遮蔽部が周期的に配列されていれば良く、図3(a)、(b)に示した構造以外の構造をとることもできる。例えば、X線透過率が低い材質からなる凹凸が形成された基板の凹部にX線透過率が高い材質を充填した構造を持つ遮蔽格子を用いても良い。
【0026】
遮蔽格子103の周期P2は回折格子102によって形成される干渉パターンの周期と同一または僅かに異なる値をとることができ、形成したいモアレの周期によって決めることができる。
尚、本明細書におけるモアレとは、その周期が無限長か、もしくは無限長に限りなく近い場合も含む。
【0027】
検出器104は、X線を検出する検出器(例えばCCD)であり、2次元に画素が配列した2次元検出器である。検出器104は、遮蔽格子103からのX線を検出できる位置に設置されている。なお、検出器104は遮蔽格子103に近接しているほうが画像解像度を高めることができるため好ましい。
【0028】
被検体105はX線源101と回折格子102の間に設置され、被検体105により位相の変調を受けたX線が回折格子102により回折されることで被検体105の情報を有する干渉パターンが形成される。尚、本実施形態では被検体105はX線源101と回折格子102の間に設置されるが、回折格子102と遮蔽格子103の間に設置しても良い。また、本実施形態では、被検体105は人体として説明するが、被検体は動物であっても良く、また、X線を透過するものであれば制限は無い。
【0029】
温度調節部は、回折格子を収める容器106と、容器106に流体を輸送する輸送手段として配管107と、回折格子の温度を測る温度センサ108と、流体の温度を調節し、その流体を容器106内で循環させる流体温度調節手段としてのヒーター109を備える。
【0030】
容器106は、回折格子102の周囲を覆うカバーの役割を果たす。ここでは、回折格子102は不図示の支持部材を介して容器106に固定されている。ここで、不図示の支持部材は回折格子102に対して断熱構造となっていることが好ましい。また、容器106の材料はX線を透過するものが好ましく、例えば、アルミニウムのような軽金属を用いることができる。さらに、容器106の被検体105側は被検体105と接触する可能性を有するので、断熱素材をコーティングしたり、貼り付けたりした方が好ましい。なお、この素材もX線の吸収係数が小さい素材がより好ましい。
【0031】
容器106にはヒーター109から送出された流体が配管107を通って輸送され、容器106内に輸送された流体は容器106内で循環する。そのため、容器106から流体が漏れないような構成をとる。具体的には、容器を構成する部材の結合箇所にシール部材、例えばOリングやシリコン接着剤、を介在させたり、部材同士を溶接したりしている。
また、容器106はX線を透過させるため、容器106の構造の強度が保たれる範囲で出来るだけ薄い方が好ましい。
【0032】
輸送手段としての配管107は、容器106に接続されている。配管107は樹脂・金属・ゴム等の材質で出来ており、配管107の外周は配管内の流体の放熱を防止するため断熱材が巻かれている。また、配管107の送出側出口は可能な限り回折格子102に近い方が好ましく、直接回折格子102に流体が吹き付けられる配置であっても良い。
【0033】
温度センサ108は、回折格子102の温度を計測するための温度センサである。温度センサ108は回折格子102のX線照射範囲の外部に固定または埋設しており、回折格子の温度を計測する。温度センサ108は回折格子のX線照射範囲に隣接するように固定または埋設されていると、回折格子の撮像に用いられる部分に隣接する部分の温度を計測することができるため好ましい。この、X線照射範囲に隣接する部分の温度を本明細書における回折格子の温度とする。また、回折格子上でX線照射範囲に隣接する部分の温度は均一であるとみなし、回折格子上のX線照射範囲に隣接する部分のうち1点の温度を計測すれば回折格子の温度が計測できるものとする。
【0034】
但し、本実施形態では容器106内を温度調節された流体が循環しているため、回折格子上のX線照射範囲から離れた位置で温度を計測しても、その計測結果が回折格子の温度とみなすことができる。尚、複数の位置で温度を計測した場合、その平均値を回折格子の温度とみなしても良い。温度センサ108の種類は必要な精度で温度を計測出来れば種類を問わない。例えば、サーミスタ、白金測温抵抗体、熱電対などであり、後述の使用流体に応じて選定されることが好ましい。尚、流体の温度を調節すれば回折格子102の温度を計測しなくても良い場合は温度センサは不要である。
【0035】
本実施形態において、流体温度調節手段としてのヒーター109は温度センサ108と接続されており、温度センサ108で計測した温度を基に流体の温度を調節し、その流体を配管107に送出することにより容器106内で流体を循環させる。また、ヒーター109は、容器106に送出されて容器内を循環した流体を回収し、再度温度調節する機能を有する。本図において、流体は矢印で示した循環を行う。なお、本実施形態において、流体は気体が好ましく、例えば空気が好ましいが、画像取得に影響を及ぼさないものであれば、この限りでなく、ヘリウム、窒素などの不活性ガスでも良い。また、気体に限らず、液体でも良く、例えば水などを用いても良い。また、本実施形態においては流体温度調節手段はヒーターであり、流体の温度を温めることで流体の温度を調節するが、環境温度によっては流体の温度を冷却するクーラーであっても良い。
【0036】
以上本実施形態のX線撮像装置の主な構成を説明したが、各々の構成要素はX線撮像装置としての性能を発揮するよう不図示の機械部品で結合されている。
【0037】
本実施形態のX線撮像装置における撮像方法を具体的に説明する。
【0038】
X線源101から出力されたX線は被検体105を通過する。この際、X線は被検体105によって屈折する。被検体105を通過したX線は容器106に収納された回折格子102を通過し、遮蔽格子103上に干渉パターンを形成する。遮蔽格子103上に形成された干渉パターンを形成するX線の一部は遮蔽格子103により遮蔽され、モアレを形成する。形成されたモアレは検出器104により検出され、この検出結果と被検体設置前のモアレを比較し、計算を行うことによって被検体によるX線の位相変化の情報を得ることが出来る。
【0039】
既に述べたように回折格子102には温度センサ108が取り付けられており、回折格子の温度が被検体105の表面温度(被検体が人の場合、体温)近傍となるように温度調節部が回折格子の温度を調節する。それゆえ、回折格子102の近くに被検体105が配置されても、被検体からの熱伝達・熱放射・熱伝導などによる回折格子の受熱(又は冷却)を低く抑えることが出来る。これによって、被検体が配置されたことによる回折格子102の熱膨張(又は収縮)を従来よりも抑制出来る。尚、被検体が人の場合、回折格子の温度が30℃以上40℃以下程度であることが好ましい。回折格子の温度がこの範囲であれば、被検体から回折格子への受熱による撮像に与える影響を低く抑えることができる。
【0040】
(比較例1)
比較例として、温度調節部以外は実施形態1と同じ構成のX線撮像装置を仮定する。
【0041】
本比較例の温度調節部は、被検体設置前の回折格子の温度が面内で20℃の均一になるように必要に応じて加熱・冷却をする。
【0042】
また、本比較例のX線撮像装置の各パラメーターを以下に示す。
・X線のエネルギー 17.5keV
・線源格子開口部サイズ 5μm
・線源格子のピッチ 45.4μm
・回折格子のピッチ 5.3μm
・遮蔽格子のピッチ 4.0μm
・線源格子と回折格子の間の距離1200mm
・回折格子と遮蔽格子の間の距離108mm
・得られるモアレ縞ピッチ200μm
シリコン(線膨張係数b=2.55×10−6(1/K))からなる回折格子を用い、X線照射範囲が250mm角の正方形になるように回折格子のX線照射範囲の中心を固定する。回折格子をこのように固定すると、回折格子の周期方向における回折格子の固定位置からX線照射範囲の端部までの長さaは250mm/2=125mmとなる。
【0043】
被検体設置前の回折格子の温度Teを20℃、被検体設置後の回折格子の温度Tfを36℃とすると、回折格子の周期方向における回折格子の固定位置からX線照射範囲の端部までの長さの変化ΔL1は以下のように計算される。
ΔL1=a×b×|(Te―Tf)|=125×2.55×10−6×16=5.1μm
尚、回折格子の周期方向における回折格子の固定位置からX線照射範囲の端部までの長さaとは、回折格子の固定位置を通り、回折格子の配列方向と垂直をなす直線上における固定位置とX線照射範囲の端部との距離の最大値である。
【0044】
例えば、X線照射範囲が250mm角の正方形であり、回折格子の固定位置をX線照射範囲の下端にしたとき、aはX線照射範囲の下端から上端までの距離であり、250mmとなる。X線照射範囲が250mm角の正方形であり、回折格子の固定位置をX線照射範囲の下端からさらに10mm下方にしたとき、aは260mmとなる。
【0045】
また、2次元周期を有する回折格子をX線照射範囲がx方向に250mm、y方向に300mmの長方形になるようにX線照射範囲の中心で固定したとき、a=150mmである。つまりΔL1は、回折格子の熱膨張(熱収縮)による位置ずれ量の最大値を示す。
【0046】
温度変化に伴い回折格子は膨張し、回折格子の固定位置からX線照射範囲の端部までの長さの変化ΔL1は回折格子ピッチとほぼ等しい値になっている。回折格子のピッチが1/2ピッチずれると、干渉パターンと遮蔽格子の位置合わせがずれ、検出結果から被検体によるX線の位相変化が計算出来ない。
【0047】
また、回折格子のピッチのずれ量が1/2以下でも、干渉パターンと遮蔽格子の位置合わせのずれにより、得られる被検体の微分位相像、位相像、又は散乱像の解像度の低下を生じさせる可能性がある。尚、遮蔽格子を用いずに干渉パターンを直接検出器で検出するX線撮像装置の場合も、回折格子のピッチのずれにより干渉パターンと検出器の位置合わせにずれが生じ、得られる被検体の微分位相像、位相像、又は散乱像の解像度の低下を生じさせる可能性がある。
【0048】
また、本比較例のX線撮像装置における撮像においては、被検体設置時のモアレと被検体が設置されていない時のモアレを比較し、計算を行うことによって被検体によるX線の位相変化の情報を得る。被検体が設置されていない時のモアレは、被検体の撮像毎に検出しても良いし、実際の検出結果またはシミュレーションによる結果をあらかじめ記憶させておいても良い。
【0049】
被検体設置時のモアレと被検体が設置されていない時のモアレを比較しても、そのモアレの変化が温度変化による回折格子の熱膨張によるものなのか、又は被検体によるものなのか、を分離できない。そのため、回折格子の熱膨張によるモアレの変化を被検体によるモアレの変化とみなして計算を行うことで、誤った被検体の情報が得られる可能性が
ある。
【0050】
(実施例1)
実施例1では、実施形態1と同じ構成のX線撮像装置について、より具体的に説明をする。
【0051】
本実施例では、被検体設置前の回折格子の温度が面内で36℃の均一になるように必要に応じて加熱・冷却をする点が比較例1と異なる。
【0052】
本実施例のX線撮像装置の各パラメーターは、回折格子の温度以外は比較例1と同じなので省略する。
【0053】
ここで、被検体設置前の回折格子の温度が36℃、被検体撮像時の回折格子の温度が39℃と仮定すると、回折格子の温度差は3℃である。
【0054】
比較例1同様、回折格子はシリコンからなる250mm角の正方形なので、回折格子の固定位置から回折格子のX線照射範囲の端部までの長さの変化ΔL2は以下のように計算される。
ΔL2=a×b×|(36−39)|=0.96μm
本実施例では、回折格子の周期方向における回折格子の固定位置からX線照射範囲の端部までの長さの、温度変化に伴う変化ΔL2は、回折格子ピッチの約1/5となる。比較例1と比較すると、本実施例の温度変化に伴う干渉パターンの位相の変化は微小であり、比較例1と比較して高精度な画像の復元が可能である。
【0055】
つまり、温度調節部による回折格子の温度調節を数式で表現すると、回折格子の配列方向における回折格子の固定位置からX線照射範囲の端部までの長さをa、回折格子の線膨張係数をb、被検体設置前の回折格子の温度をTa、撮像時の回折格子の温度をTb、回折格子のピッチをdとするとき、
a×b×|(Ta−Tb)|<d/2 (式1)
が成り立てば干渉パターンの明部と暗部が反転せず、被検体の撮像により被検体の情報を得ることができる。尚、上式は干渉パターンの明部と暗部が反転しない条件であるが、温度変化に伴う回折格子の固定位置からX線照射範囲の端部までの長さの変化は、d/4以下であることが好ましく、さらにd/10以下であることがより好ましい。
【0056】
また、X線撮像装置に被検体が設置された直後の回折格子の温度が上記式1のTbを満たせば、被検体を設置後直ちに撮像を行うことができる。そのためには、予め被検体の温度近くに回折格子の温度を調節しておくことが好ましく、被検体が人の場合、回折格子を予め30℃以上40℃以下に調節しておくことが好ましい。より好ましくは、回折格子を予め32℃以上38℃以下に調節しておくことが好ましい。
尚、回折格子は温度調節部により温度が調節される。そのため、被検体設置前の回折格子の温度は製造時の温度と異なることがある。従って、回折格子は使用温度で仕様の寸法となるように決定されることが好ましい。
【0057】
また、本明細書において、被検体設置前とはX線撮像装置がスタンバイ状態にあり、被検体が設置されていない時のことを指す。
X線撮像装置の電源が入っていても回折格子の温度調節部の電源を入れていない場合は、このX線撮像装置はスタンバイ状態ではないとみなす。
【0058】
(実施例2)
実施例2は、実施形態1の容器106に開口を設けたX線撮像装置の例である。本実施例のX線撮像装置を図4に示す。本実施例の容器401は回折格子の位相進行部と位相遅延部が配列している部分の少なくとも一部に開口が設けられている。402は給気口、403は排気口であり、ヒーター109で温度調節された気体が給気口402から排気口403に向けて吹き出している。本実施例に用いられる気体は、容器401の開口より漏れ出す可能性があるため、被検体に影響を及ぼさないものでなくてはならず、例えば空気が好ましい。
【0059】
容器401に開口が設けられていることにより、撮像範囲内においてX線が容器に吸収されなくなる。それゆえ、実施例1よりも撮像に必要なX線の出力を低下させることが出来、被検体の被曝量を抑制することが出来る。尚、実施形態1と同様に容器401の被検体105側は断熱資材で形成されている方が好ましい。
【0060】
(実施例3)
実施例3は、実施形態1のX線撮像装置に、流体噴出口を設けたX線撮像装置の例である。本実施例のX線撮像装置を図5に示す。本実施例の流体噴出口501は容器106の外部に設けられている。流体噴出口501は、配管107の送出側から分岐され、容器106の被検体105側にX線を遮らないように固定されている。本図において、流体は矢印で示した循環を行う。また、流体噴出口から噴き出される流体は、気体であり、被検体に影響を及ぼさないものでなくてはならない。例をあげれば、空気である。ここで、流体噴出口501は1箇所のみ記載しているが、複数設けても良い。
【0061】
流体噴出口501の流体が噴き出す方向は被検体105に向けられており、被検体105の温度が回折格子102の設定温度と差があった場合でも、被検体105を加熱又は冷却することにより被検体105と回折格子の温度差を小さくすることができる。これにより、被検体105と回折格子102との間で熱の授受がさらに小さくなるので、実施形態1のX線撮像装置と比較してより回折格子102の熱による変形、位置ずれを抑制することが出来る。この際、噴き出す流体の流量は分岐にバルブ等を設けることにより調整が可能となる。
【0062】
尚、本実施例では流体噴出口501が配管107の送出側から分岐されているため、被検体105に噴出される気体の温度は回折格子の温度とほぼ同じである。しかし、例えば流体噴出口501から噴出する流体の温度を調節する流体温度調節手段を別途設け、容器106内を循環させる流体と異なる温度の異なる流体を流体噴出口501から噴出させても良い。回折格子102の温度よりも被検体の温度の方が高いときは、被検体に噴出する気体の温度を被検体の温度よりも低くすればよく、回折格子の温度よりも被検体の温度の方が低いときは、被検体に噴出する気体の温度を被検体よりも高くすれば良い。尚、被検体が人体または動物の場合、被検体に噴出される気体の温度は被検体の温度と回折格子の温度の間の温度であるほうが被検体に与える不快感が小さくて済む。
【0063】
(実施例4)
実施例4は、実施形態1の容器に開口を設け、さらに流体噴出口を設けたX線撮像装置である。
本実施例のX線撮像装置を図6に示す。本実施例のX線撮像装置は、実施例2で述べた効果と実施例3で述べた効果を併せて有することが可能となる。
【0064】
(実施例5)
実施例5は遮蔽格子103の温度調節を行う遮蔽格子温度調節部を備える点で実施例1と異なる。実施例5のX線撮像装置を図7に示した。遮蔽格子温度調節部以外は実施例1と同じ構成である。
遮蔽格子温度調節部は回折格子の温度調節部と同様の構成である。つまり、遮蔽格子温度調節部は、遮蔽格子を収める容器701と、配管702と、遮蔽格子の温度を測る温度センサ703と、ヒーター704を備える。
【0065】
以下、遮蔽格子温度調節部について説明をする。
【0066】
本実施例において、遮蔽格子103は不図示の支持部材を介して容器701に固定されている。不図示の支持部材は遮蔽格子103に対して断熱構造となっていることが好ましい。また、容器701の材料はX線を透過するものが好ましく、例えば、アルミニウムなどである。さらに、容器701の検出器104側は検出器104と近接しているので、断熱素材をコーティングしたり、貼り付けたりした方が好ましい。なお、容器701にコーティングまたは貼り付ける素材はX線の吸収係数の小さい素材が好ましい。
【0067】
回折格子の温度調節部の容器106同様、容器701にはヒーター704から送出された流体が配管702を通って輸送され、容器701内に輸送された流体は容器701内で循環する。そのため、容器701は流体が漏れないような構成としている。
【0068】
また、容器701はX線を透過させるため、構造の強度が保たれる範囲で出来るだけ薄い方が好ましい。
【0069】
配管702は容器710に流体を輸送する輸送手段である。配管702は樹脂・金属・ゴム等の材質で出来ており、その外周は放熱を防止するため断熱材が巻かれている。
【0070】
遮蔽格子103の温度を計測するための温度センサ703はX線照射範囲外の基板301上に固定または埋設しており、遮蔽格子の温度を計測する。
【0071】
回折格子の温度調節部同様、温度センサ703は遮蔽格子のX線照射範囲に隣接するように固定または埋設されていると好ましい。X線照射範囲に隣接する部分の温度を本明細書における遮蔽格子の温度とする。また、遮蔽格子上でX線照射範囲に隣接する部分の温度は均一であるとみなし、遮蔽格子上のX線照射範囲に隣接する部分のうち1点の温度を計測すれば遮蔽格子の温度が計測できるものとする。
【0072】
但し、本実施形態では容器701内を温度調節された流体が循環しているため、遮蔽格子上のX線照射範囲から離れた位置で温度を計測しても、その計測結果が回折格子の温度とみなすことができる。温度センサ703の種類は温度を計測出来れば種類を問わない。例えば、サーミスタ、白金測温抵抗体、熱電対などであり、必要精度や後述の使用流体に応じて選定されることが好ましい。尚、流体の温度を調節すれば遮蔽格子103の温度を計測しなくても良い場合は温度センサは不要である。
【0073】
本実施例において、ヒーター704は流体の温度を調節しその流体を容器701内で循環させる流体温度調節手段である。このヒーター704は、遮蔽格子103の温度を一定にするために流体の温度を調節し、配管702に送出することにより容器701内で流体を循環させる機能を有する。また、本実施例のヒーター704は、温度センサ703に接続されており、温度センサで計測した温度を元に流体を再度温度調節し、配管702に送出する機能を有する。ここで、流体は矢印で示した循環を行う。なお、本実施形態において、流体は気体が好ましく、例えば空気が好ましいが、画像取得に影響を及ぼさないものであれば、この限りでない。流体として例えば、ヘリウム、窒素などの不活性ガスを用いることもできる。また同様に、気体に限らず、液体でも良く、例えば水などを用いても良い。また、環境温度と設定温度によっては、流体温度調節手段はクーラーでも良い。
【0074】
上記の構成により、遮蔽格子103は遮蔽格子の温度調節部により一定温度に温度調節される。上述のように、遮蔽格子103は検出器104と近接しているため、検出器104が動作に伴い発熱をすると、その熱が輻射・伝達・伝導される。しかし、遮蔽格子103は検出器104の動作に伴う発熱を考慮して予め温められているため、検出器104の熱による変形または位置ずれを抑えることが出来る。また、図1の構成では、温度環境の変動による影響は加味していなかったが、本実施例のように遮蔽格子にも温度調節部を設けることにより、急激な温度変動にも対応することが出来る。
【0075】
また、本実施例のように遮蔽格子にも温度調節部を設けると、被検体が回折格子102と遮蔽格子103の間に設置されたときでも被検体による温度変化の影響を抑えることができる。
【0076】
尚、遮蔽格子の温度は回折格子の温度と同じにする必要はなく、設定した遮蔽格子のピッチが変化しないような温度が保たれれば良い。
【0077】
回折格子同様、遮蔽格子の固定位置から遮蔽格子のX線照射範囲の端部までの距離変化Δ3は以下のように計算される。
ΔL3=c×d×|(Tc−Td)|
遮蔽格子の温度調節部による遮蔽格子の温度調節を数式で表現すると、下記のようになる。遮蔽格子の配列方向と垂直な方向における遮蔽格子の固定位置から遮蔽格子のX線照射範囲の端部までの距離をc、遮蔽格子の線膨張係数をd、被検体設置前の遮蔽格子の温度をTc、撮像時の遮蔽格子の温度をTd、遮蔽格子のピッチをeとするとき、
c×d×|(Tc−Td)|<e/2
が成り立てば干渉パターンの明部と遮蔽格子の透過部との相対位置が反転せず、被検体の撮像により被検体の情報を得ることができる。尚、上式は干渉パターンの明部と暗部が反転しない条件であるが、温度変化に伴う遮蔽格子の固定位置から遮蔽格子のX線照射範囲の端部までの距離変化は、d/4以下であることが好ましく、さらにd/10以下であることがより好ましい。
【0078】
また、本実施例の説明に用いた図7において、回折格子102の温度調節部は図1の構成を元にしたが、既に述べた他の構成としても良いことは言うまでもない。
【0079】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明はこれらの実施形態に限定されず、その要旨の範囲内で種々の変形および変更が可能である。例えば、回折格子の温度調節部は流体により回折格子の温度を調節するものに限定されず、ペルチェ素子を用いて回折格子の温度調節をしても良い。
【符号の説明】
【0080】
101 X線源
102 回折格子
103 遮蔽格子
104 検出器
105 被検体
106 容器
107 配管
108 温度センサ
109 ヒーター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体を撮像するX線撮像装置であって、
X線源からのX線を回折して干渉パターンを形成する回折格子と、
前記回折格子の温度調節をする温度調節部と、
前記回折格子からのX線を検出する検出器と、を備え、
前記温度調節部は、前記被検体設置前の前記回折格子の温度が下記式を満たすように前記回折格子の温度調節をすることを特徴とするX線撮像装置。
a×b×|(Ta−Tb)|<(d/2)
a:前記回折格子の周期方向における、前記回折格子の固定位置から前記回折格子のX線照射範囲の端部までの長さ
b:前記回折格子の線膨張係数
d:前記回折格子のピッチ
Ta:前記被検体設置前の前記回折格子の温度
Tb:前記被検体撮像時の前記回折格子の温度
【請求項2】
前記温度調節部は、
前記被検体設置前の前記回折格子の温度が下記式を満たすように前記回折格子の温度調節をすることを特徴とする請求項1に記載のX線撮像装置。
a×b×|(Ta−Tb)|<(d/4)
【請求項3】
前記温度調節部は、
前記回折格子の少なくとも一部を収める容器と、
前記容器に流体を輸送する輸送手段と、
前記流体の温度を調節し、且つ前記流体を前記容器内で循環させる流体温度調節手段と、を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載のX線撮像装置。
【請求項4】
前記温度調節部は、
前記被検体に気体を吹き出すことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のX線撮像装置。
【請求項5】
前記気体の温度と前記回折格子の温度との差は、前記被検体の温度と前記回折格子の温度との差よりも小さいことを特徴とする請求項4に記載のX線撮像装置。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれか1項に記載のX線撮像装置は、
前記干渉パターンを形成するX線の一部を遮蔽する遮蔽格子を備え、
前記検出器は、前記遮蔽格子からのX線を検出することを特徴とするX線撮像装置。
【請求項7】
請求項6に記載のX線撮像装置は、
前記遮蔽格子の温度調節をする温度調節部を備え、
前記遮蔽格子の前記温度調節部は、
前記遮蔽格子の前記被検体設置前の前記回折格子の温度が下記式を満たすように前記遮蔽格子の温度調節をすることを特徴とするX線撮像装置。
c×d×|(Tc−Td)|<(e/2)
c:前記遮蔽格子の周期方向における、前記遮蔽格子の固定位置から前記遮蔽格子のX線照射範囲の端部までの長さ
d:遮蔽格子の線膨張係数
e:遮蔽格子のピッチ
Tc:前記被検体設置前の前記回折格子の温度
Td:前記被検体撮像時の前記遮蔽格子の温度
【請求項8】
被検体を撮像するX線撮像装置であって、
X線源からのX線を回折して干渉パターンを形成する回折格子と、
前記回折格子からのX線を検出する検出器と、
前記回折格子の温度調節をする温度調節部と、
前記回折格子からのX線を検出する検出器と、を備え、
前記温度調節部は、前記被検体設置前の前記回折格子の温度を30℃以上40℃以下に調節することを特徴とするX線撮像装置。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれか1項に記載のX線撮像装置と、
前記X線撮像装置の撮像結果に基づいて計算を行う計算機と、
前記計算機の計算結果に基づいた画像を表示する画像表示装置と、を備えたX線撮像システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−42779(P2013−42779A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−180363(P2011−180363)
【出願日】平成23年8月22日(2011.8.22)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】