説明

siRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法

【課題】siRNAによる遺伝子発現抑制効果を、迅速かつ簡便に評価する方法の提供。
【解決手段】(a)siRNAのセンス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のRNA鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAを準備する工程と、(b)前記蛍光標識siRNAを含む反応溶液に、励起光を照射し、蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、一分子蛍光解析法により解析する工程と、(c)RNAヘリカーゼ又はRISCと、ATPとを含む反応溶液に、前記蛍光標識siRNAを添加して反応させた後、当該反応溶液に、励起光を照射し、蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、一分子蛍光解析法により解析する工程と、(d)工程(b)において得られた解析結果と工程(c)において得られた解析結果とを比較し、前記siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する工程とを有するsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNA干渉において用いられるsiRNAによる遺伝子発現抑制効果を、一分子レベルの解析により評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
RNA干渉法は、線虫、ハエ、植物、動物等の様々な生物の細胞に、二本鎖RNAが取り込まれることにより、該二本鎖RNAと相補的な塩基配列を有するmRNAが分解される結果、任意の遺伝子発現が抑制される現象である。切断された長い(一般的に200塩基対以上)の二本鎖RNAは、細胞内で、リボヌクレアーゼの一種であるDicerにより、21〜25塩基対の短い二本鎖RNA(siRNA:short interfering RNA)に切断される。この短い二本鎖RNAであるsiRNAは、細胞質内でヘリカーゼによる巻き戻しを受けて一本鎖になり、この一本鎖RNAと、複数のタンパク質からなるRISC(RNA induced silencing complex)とがRISC複合体を形成する。その後、該RISC複合体中の一本鎖RNAと、相補的な塩基配列を有するmRNAがさらに該RISC複合体に取り込まれ、RISCのリボヌクレアーゼ活性により、該mRNAが分解され、ジーンサイレンシング(遺伝子の発現抑制)が起こる。RNA干渉により、相同組み換えによるノックアウトマウス作製のような設備と時間を必要とせず、培養細胞やモデル動物の実験系で、標的遺伝子のmRNAの分解によるノックダウンを簡単に行うことができるため、RNA干渉は、遺伝子の機能解析や標的遺伝子のスクリーニング等に活用されている。
【0003】
但し、ヒト等の哺乳動物においては、長い二本鎖RNAにより、インターフェロン応答が引き起こされるため、長い二本鎖RNAをそのまま細胞に導入することはできない。このため、例えば、二本鎖RNAを組み込んだ発現ベクターとして細胞に導入する手法等がある。該手法では、プロモーター配列の下流にshRNA(short hairpin RNA)の塩基配列を挿入した発現ベクターを用い、細胞内でshRNAからプロセッシングを経てsiRNAを発現させてRNA干渉を起こさせるというものである。また、発現ベクターの構築には一定の時間がかかるため、より早く簡便に遺伝子発現抑制効果の確認を行いたい場合には、21塩基対程度の化学合成されたsiRNAを、直接細胞に導入する方法が用いられている。
【0004】
RNA干渉においては、細胞内に導入された合成siRNAは、目的のmRNAと相互作用し、これを切断することによって目的のタンパク質が翻訳されるのを抑制する。より詳細には、細胞内に導入されたsiRNAが、Dicer等のRISCローディングコンプレックスと相互作用し、RISCへと運ばれる。RISCは、二本鎖のsiRNAを開裂し、生じた一本鎖RNAを取り込む。このとき、RISCへアンチセンス鎖が取り込まれることにより、RISC−アンチセンス鎖複合体が形成される。該複合体がアンチセンス鎖と相補的な塩基配列を有する目的のmRNAを認識して結合し、RISCによって該mRNAは切断され、目的の遺伝子(標的遺伝子)の発現を抑制することができる。(例えば、非特許文献1参照。)
【0005】
また、近年の一分子蛍光分析技術の進歩により、細胞内に導入したsiRNAの挙動を直接観察することもできるようになってきている。例えば、蛍光標識したsiRNAを細胞内に導入した後、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)や蛍光相互相関分光法(Fluorescence Cross−Correlation Spectroscopy:FCCS)を用いて、当該siRNAの挙動を観察することができる。(例えば、非特許文献2参照。)その他、蛍光共鳴エネルギー移動(Fluorescence resonance energy transfer:FRET)を用いて、細胞内に導入したsiRNAの状態や挙動を観察することもできる。(例えば、非特許文献3参照。)
【0006】
siRNAの細胞内への導入による標的遺伝子の発現抑制効果を確認するための手法としては、リアルタイムPCRを用いた手法が一般的である。該手法は、まず、siRNAを導入した細胞を一定期間培養する。この培養した細胞からmRNAを抽出し、逆転写反応によりcDNAを調製する。得られたcDNAを用いてリアルタイムPCRを行い、標的遺伝子由来のmRNA量を定量的に測定し、標的遺伝子の発現が抑制されているか否かの評価を行う。標的遺伝子の発現が抑制されている場合には、標的遺伝子由来のmRNA量が減少している。このため、siRNAの細胞内への導入前と比較し、該mRNA量の減少傾向が高いsiRNAほど、標的遺伝子の発現抑制効果が高いと評価することができる。
【0007】
一方で、siRNAによる標的遺伝子発現抑制までの過程において、細胞に導入されたsiRNAがヘリカーゼによって播き戻され、開裂により生じた一本鎖RNAがRISCに取り込まれる際に、アンチセンス鎖ではなくセンス鎖が取り込まれ、RISC−センス鎖複合体が形成されてしまう場合がある。この場合には、RISC−センス鎖複合体によって、センス鎖と相補的な塩基配列を有するmRNAが切断されてしまい、標的遺伝子とは別の遺伝子の発現が抑制される。このような、標的遺伝子以外の遺伝子が発現抑制される効果を、オフターゲット効果と呼ぶ。その他、RISC−アンチセンス鎖複合体が形成された場合に、ミスマッチにより、アンチセンス鎖と非相補的な配列を有するmRNAを認識して切断してしまい、標的遺伝子とは別の遺伝子の発現が抑制されることもある。このような効果もオフターゲット効果として知られている。
【0008】
このようなオフターゲット効果を回避するために、導入するsiRNAの設計に関していくつかの工夫がなされている。RISC−アンチセンス鎖複合体を優先的に形成するためには、RISCを構成するRNAヘリカーゼによるsiRNAの開裂を、siRNAのセンス鎖側から行うことが好ましい。そこで、例えば、siRNAの設計において、アンチセンス鎖の3’末端及びセンス鎖の5’末端の塩基配列を、グアニンやシトシンの多い配列(G/Cリッチ配列)とする一方で、アンチセンス鎖の5’末端及びセンス鎖の3’末端の塩基配列を、アデニンやウラシルの多い配列(A/Uリッチ配列)とすることにより、アンチセンス鎖とセンス鎖との結合力を、センス鎖の5’末端側のほうがセンス鎖の3’末端側よりも弱くなるようにし、RISCによる開裂を、優先的にセンス鎖側から行うようにする方法がある。その他、siRNAのセンス鎖の塩基に修飾を行うことにより、RISCによる開裂を、優先的にセンス鎖側から行うようにする方法もある。
【非特許文献1】マルチネズ(Martinez)、外4名、セル(Cell)、2002年、第110巻、563〜574ページ。
【非特許文献2】オート(Ohrt)、外7名、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Research)、2008年、第36巻第20号、6439〜6449ページ。
【非特許文献3】ジャーヴ(Jarve)、外11名、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Research)、2007年、第35巻第18号、e124。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
いずれにせよ、あるsiRNAがオフターゲット効果を有するか否かの確認は、siRNAの細胞内への導入、該細胞の培養、mRNAの抽出、cDNAの合成、リアルタイムPCRによるmRNAの定量又は発現産物(タンパク質)の解析等の、一連の工程を必要とする。これらの作業は、非常に煩雑であるうえに、siRNA導入から細胞培養までの工程に2〜3日を要し、さらにその後の作業にも半日〜1日程度を要する。
【0010】
一方で、siRNAの標的遺伝子発現抑制効果やオフターゲット効果は、主にsiRNAの設計(塩基配列や修飾)に依存する。このため、例えば、ある標的遺伝子に対してRNA干渉を行うために合成したsiRNAが、オフターゲット効果の影響が大きいものであった場合には、新たなsiRNAを設計し、この新しいsiRNAに対して、上記一連の確認工程を再度行い、効果の評価を行う。これを、標的遺伝子発現抑制効果が高く、オフターゲット効果の低い良好なsiRNAが得られるまで繰り返すことになる。一般的には、複数の候補siRNAについて、上記工程を繰り返し、それぞれの効果を評価して、最適なsiRNAを選抜する。
しかしながら、複数のsiRNAに対して、上記工程を繰り返すことは、非常に時間と労力を要する、という問題がある。そこで、siRNAの標的遺伝子発現抑制効果やオフターゲット効果を、より迅速かつ簡便に評価し得る方法の開発が求められている。
【0011】
本発明は、RNA干渉において用いられるsiRNAによる遺伝子発現抑制効果を、迅速かつ簡便に評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、siRNAの開裂とそれにより生じたアンチセンス鎖のRISCへの取り込み状態を調べることにより、siRNAによる標的遺伝子の遺伝子発現抑制効果を評価し得ること、及び、一分子蛍光分析技術を応用することにより、mRNAの抽出、cDNAの合成、リアルタイムPCRによるmRNAの定量等の一連の煩雑な作業を要することなく、当該効果を評価し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は、
(1) siRNAによる遺伝子発現抑制効果を評価する方法であって、(a)評価対象であるsiRNAの、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のRNA鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAを準備する工程と、(b)前記蛍光標識siRNAを含む反応溶液に、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、(c)RNAヘリカーゼ又はRISCと、ATPとを含む反応溶液に、前記蛍光標識siRNAを添加して反応させた後、当該反応溶液に、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、(d)前記工程(b)において得られた解析結果と前記工程(c)において得られた解析結果とを比較し、前記siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する工程と、を有することを特徴とする、siRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法、
(2) 評価対象であるsiRNAが2種類以上あり、各siRNAに対して、前記工程(a)〜(d)を行うことを特徴する前記(1)記載のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法、
(3) siRNAによる遺伝子発現抑制効果を評価する方法であって、(a’)評価対象であるsiRNAの、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のRNA鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAを準備する工程と、(b’)前記蛍光物質により標識されたRNAヘリカーゼの巻き戻しを受けないsiRNA、又は前記蛍光物質により標識されたRISCに取り込まれないsiRNAを、細胞に導入した後、当該細胞に対して、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、(c’)前記蛍光標識siRNAを細胞に導入して反応させた後、当該細胞に対して、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、(d’)前記工程(b’)において得られた解析結果と前記工程(c’)において得られた解析結果とを比較し、前記siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する工程と、を有することを特徴とする、siRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法、
(4) 前記蛍光標識siRNAが、センス鎖が蛍光物質により標識されたものであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか記載のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法、
(5) 前記一分子蛍光分解析法が、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)や蛍光強度分布解析法(Fluorescence−Intensity Distribution Analysis:FIDA)、及び蛍光偏光解析法(FIDA polarization:FIDA−PO)からなる群より選択されるものであることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれか記載のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法は、siRNAのRISCへの取り込み状態を、蛍光標識したsiRNAを用いて、一分子蛍光分析法により測定することにより、オフターゲット効果の程度を確認することができる。このため、本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法を用いることにより、siRNAの遺伝子発現抑制効果を、mRNAの抽出、cDNAの合成、リアルタイムPCRによるmRNAの定量等の一連の煩雑な作業を要することなく、迅速かつ簡便に評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法は、siRNAによる遺伝子発現抑制効果を評価する方法であって、下記の工程を有することを特徴とする。
(a)評価対象であるsiRNAの、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のRNA鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAを準備する工程と、
(b)前記蛍光標識siRNAを含む反応溶液に、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、
(c)RNAヘリカーゼ又はRISCと、ATPとを含む反応溶液に、前記蛍光標識siRNAを添加して反応させた後、当該反応溶液に、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、
(d)前記工程(b)において得られた解析結果と前記工程(c)において得られた解析結果とを比較し、前記siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する工程。
【0016】
RISC等の影響を受ける前(RNA干渉前)と、RISC等の影響を受けた後における、蛍光標識されたsiRNAの状態を、一分子蛍光解析法により解析して比較することにより、蛍光標識siRNAを構成するセンス鎖とアンチセンス鎖のどちらがRISCへ取り込まれたのかを確認することができる。RISCへアンチセンス鎖が優先的に取り込まれる場合には、当該siRNAは、オフターゲット効果が小さく、標的遺伝子の遺伝子発現抑制効果(オンターゲット効果)が大きく、遺伝子発現抑制効果が高いと評価することができる。一方、RISCへセンス鎖が優先的に取り込まれる場合には、当該siRNAは、オフターゲット効果が大きく、オンターゲット効果が小さく、遺伝子発現抑制効果が低い、と評価することができる。
【0017】
以下、工程ごとに説明する。
まず、工程(a)として、評価対象であるsiRNAの、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のRNA鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAを準備する。
【0018】
本発明において用いられるsiRNAは、標的遺伝子(RNA干渉により、当該遺伝子又は当該遺伝子の発現産物の機能を抑制・阻害する対象である遺伝子)から転写されるmRNA(標的遺伝子由来mRNA)の一部又は全部と相同的な塩基配列を有する一本鎖RNAであるセンス鎖と、該センス鎖と相補的な塩基配列を有する一本鎖RNAであるアンチセンス鎖とからなる二本鎖RNAである。該センス鎖には、標的遺伝子由来mRNAと相同的な塩基配列以外にも、付加的な塩基配列を有していてもよく、また、リン酸化や2’−O−メチル化等による修飾がされていてもよい。アンチセンス鎖も、同様に、修飾がされていてもよい。
【0019】
なお、標的遺伝子は、構造遺伝子であってもよく、非構造遺伝子であってもよい。また、標的遺伝子の由来する生物種は特に限定されるものではなく、線虫、ハエ等の昆虫、植物、動物のいずれであってもよい。本発明においては、ヒトをはじめとする哺乳動物由来の遺伝子であることが好ましい。
【0020】
本発明において用いられるsiRNAの塩基対長は、RNA干渉において有効な長さであれば特に限定されるものではなく、標的遺伝子の種類や塩基配列、標的遺伝子が由来する生物種、細胞等への導入方法等を考慮して、適宜決定することができる。ヒト等の哺乳動物に対するRNA干渉において用いられるsiRNAとしては、標的遺伝子由来mRNAと相補的な配列部分が15〜25塩基対長であることが好ましい。
【0021】
本発明において用いられるsiRNAは、当該技術分野において公知のいずれの手法により設計し、合成してもよい。例えば、標的遺伝子由来mRNAの塩基配列情報に基づき、siRNAの塩基配列を常法により設計した後、該設計に基づき、公知の核酸合成反応により合成することができる。siRNAの合成は、例えば、市販の合成機を用いて独自に合成してもよく、受託サービスを利用して合成することもできる。例えば、センス鎖とアンチセンス鎖とを別個に合成した後、両者をアニーリングさせることによっても、siRNAを合成することができる。なお、アニーリング後には、残存する一本鎖RNAはエキソヌクレアーゼ処理等により除去しておくことが好ましい。
【0022】
本発明において用いられるsiRNAは、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のRNA鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAである。蛍光物質により標識されるRNA鎖中の部位は、ヘリカーゼによる巻き戻しや、RISCによる開裂、標的遺伝子由来mRNAの認識、及び標的遺伝子由来mRNAの切断等の、RNA干渉の一連の工程を阻害しない領域であれば、特に限定されるものではなく、蛍光標識の方法、用いられる一分子蛍光解析法の種類等を考慮して、適宜決定することができる。具体的には、例えば、5’末端に蛍光物質を結合させたプライマーを用いて、一本鎖RNAを合成することにより、5’末端が蛍光標識されたセンス鎖又はアンチセンス鎖を得ることができる。
【0023】
siRNAの蛍光標識に用いられる蛍光物質としては、特に限定されるものではなく、一般的に核酸の蛍光標識に用いられる蛍光物質の中から適宜決定することができる。このような蛍光物質としては、例えば、TAMRA、ローダミングリーン、Alexa Fluor(登録商標)(インビトロジェン社製)、ATTO663等のATTO dyeシリーズ(ATTO−TEC社製)、FITC(フルオレセインイソチオシアナート)、フルオレセイン、ローダミン、NBD、TMR(テトラメチルローダミン)等がある。特に、TAMRA、TMR等のように、連続して光照射を行った場合でも比較的安定して蛍光を発する色素であることが好ましい。このように退色し難い蛍光物質を標識として用いることにより、光照射の時間や回数の影響を抑えて、計測値ごとのばらつきを防止し、より安定した解析結果を得ることができる。
【0024】
本発明においては、センス鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAであることが好ましい。RNA干渉において、標的遺伝子の発現抑制効果が得られるためには、RISCにアンチセンス鎖が優先的に取り込まれる必要がある。一本鎖RNAとなったセンス鎖は、エキソヌクレアーゼ等により切断され、細分化される。このように、オンターゲット効果が奏される場合には、アンチセンス鎖よりもセンス鎖のほうが、RNA干渉の工程において、分子の大きさ等の変化が大きい。このために、センス鎖を蛍光標識したほうが、アンチセンス鎖を蛍光標識した場合よりも、一分子蛍光解析法により、RISCに取り込まれたRNA鎖がセンス鎖かアンチセンス鎖かの判別が比較的容易であるためである。
【0025】
次に、工程(b)として、前記蛍光標識siRNAを含む反応溶液に、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する。この工程により、RISC等の影響を受ける前(RNA干渉前)の蛍光標識されたsiRNAの状態を調べることができる。
【0026】
工程(b)において用いられる反応溶液は、蛍光標識siRNAを含む溶液であって、RNA干渉の生じない反応溶液であれば特に限定されるものではなく、核酸試料の調製等において一般的に用いられる溶液の中から、適宜選択して用いることができる。なお、「RNA干渉の生じない反応溶液」とは、RNAヘリカーゼを含まない反応溶液やRISCを含まない反応溶液等のように、RNA干渉、特にsiRNAの開裂とRISCへの取り込みに必須の構成成分の少なくとも1種を含まない反応溶液を意味する。その他、ATPを含まない反応溶液であることも好ましい。一般的に、siRNAの巻き戻しが行われるためには、ATPによりRISCが活性化されることを要するためである。
【0027】
本発明においては、工程(b)において用いられる反応溶液としては、バッファーに蛍光標識siRNAを添加したものであることが好ましい。siRNAの標識に用いた蛍光物質の種類によっては、pH等の影響を受けやすいことがあるためである。該バッファーとして、例えば、pH7〜8の、リン酸バッファー、10−200mMのトリスバッファー、HEPESバッファー、Hunksバッファー等が挙げられる。その他、工程(b)において用いられる反応溶液には、RNasin等のRNA分解酵素インヒビター等を添加されていることも好ましい。
【0028】
さらに、工程(c)として、RNAヘリカーゼ又はRISCと、ATPとを含む反応溶液に、前記蛍光標識siRNAを添加して反応させた後、当該反応溶液に、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する。この工程により、RISC等の影響を受けた後の蛍光標識されたsiRNAの状態を調べることができる。
【0029】
工程(c)において用いられる反応溶液としては、RNAヘリカーゼ又はRISCと、ATPとの両方を含む以外は、工程(b)において用いられる反応溶液として挙げられた反応溶液と同様のものを使用することができる。本発明においては、工程(c)において用いられる反応溶液は、RNAヘリカーゼ又はRISCとATPとの両方を含む以外は、工程(b)において用いられる反応溶液と同じ組成であることが好ましい。
【0030】
RISCは、Argonaute2やRNAヘリカーゼ等の複数のタンパク質からなる複合体である。本発明において用いられるRISCは、培養細胞等から常法により抽出・精製したものを用いることができる。
【0031】
また、本発明においては、siRNAの開裂と、それにより生ずる一本鎖RNAのRISCへの取り込みの観測を行うことによって、siRNAのオフターゲット効果やオンターゲット効果の程度を確認し、遺伝子発現抑制効果を評価する。このため、特にsiRNAと直接相互作用して、二本鎖を巻き戻し開裂させる機能を持つRNAヘリカーゼ又はこれを含むRISCのユニットのみを反応溶液に添加してもよい。RNAヘリカーゼ又はこれを含むRISCのユニットは、RISCと同様に、培養細胞等から常法により抽出・精製したものを用いることができる。また、RNAヘリカーゼは、市販の酵素を用いてもよい。
【0032】
その他、工程(b)において用いられる反応溶液に細胞抽出液を添加したものを、RNAヘリカーゼ又はRISCとATPと蛍光標識siRNAとを含む反応溶液としてもよい。細胞抽出液中には、通常、RISCやRNAヘリカーゼ、ATP等が含まれているためである。細胞抽出液は、Dignamらの方法(Nucleic Acids Research、1983年、第11巻、第1475〜1489ページ参照。)等の常法により調製することができる。
【0033】
なお、工程(b)において蛍光シグナルを検出した反応溶液に、さらにRNAヘリカーゼ又はRISCを添加して、工程(c)を行ってもよく、工程(b)における反応溶液と、工程(c)における反応溶液とは別個に調製したものであってもよい。後者の場合、工程(b)の後に工程(c)をしてもよく、工程(c)の後に工程(b)をしてもよく、両工程を同時にしてもよい。
【0034】
また、工程(b)及び(c)における反応溶液は、細胞外の溶液であってもよく、細胞内溶液であってもよい。すなわち、工程(b)及び(c)における反応や蛍光シグナルの検出をin vivoで行っても良い。細胞内におけるsiRNAの状態を観測することによって、より生理的な環境下におけるsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価が得られる。
【0035】
例えば、工程(b)における反応溶液としては、RNAヘリカーゼ又はRISCを発現していない細胞を使用し、工程(c)における反応溶液としては、RNAヘリカーゼ又はRISCを発現している細胞を使用することにより、細胞外溶液を用いた場合と同様に、RISC等の影響を受ける前(RNA干渉前)と、RISC等の影響を受けた後における、蛍光標識されたsiRNAの状態を観測することができる。RNAヘリカーゼ又はRISCを発現していない細胞としては、例えば、Dhamaconや、RISCノックダウン細胞、RISCを構成しているRNAヘリカーゼに絞り込んでノックダウンした細胞等を用いることができる。一方、RNAヘリカーゼ又はRISCを発現している細胞としては、通常用いられている培養細胞等を用いることができる。なお、一般的に、核酸導入効率は、培養細胞株の種類によって異なる傾向がある。このため、工程(b)において用いられる細胞は、工程(c)において用いられる細胞と同種の細胞株から作製されたノックダウン細胞等であることが好ましい。
【0036】
工程(b)における反応溶液として、細胞外溶液であって、細胞質の環境に近似した溶液を用い、工程(c)における反応溶液としては、RNAヘリカーゼ又はRISCを発現している細胞を使用してもよい。このような細胞外溶液としては、例えば、高濃度(300〜400mg/ml)のBSA(ウシ血清アルブミン)溶液等が挙げられる。このように、工程(b)における反応溶液を細胞外溶液とすることにより、RNAヘリカーゼ又はRISCを発現していない細胞を入手することが困難である場合であっても、細胞内という、実際にRNA干渉が生じる環境におけるsiRNAの状態を観測することができる。
【0037】
工程(b)及び(c)における細胞への蛍光標識siRNAの導入は、当該技術分野において公知のいずれの手法により行ってもよい。該手法としては、リポフェクチン等の脂質を用いた手法、エレクトロポレーション等の電気的な手法、マイクロインジェクション法等が挙げられる。その他、lipofectamine 2000(Invtrogen社製)等の市販の核酸導入試薬を用いることにより簡便に行うことができる。例えば、培養液と脂質とで調整した蛍光標識siRNAを、終濃度が10nMとなるように調製したものを、培養細胞へ導入する。導入処理後、全反射蛍光顕微鏡等を用いることにより、一分子レベルで蛍光観測することによって、導入の状態を確認することも可能である。
【0038】
工程(c)において、RNAヘリカーゼ又はRISCと、ATPとを含む反応溶液に、前記蛍光標識siRNAを添加して反応させる反応時間は、当該蛍光標識siRNAが、RNAヘリカーゼにより巻き戻されて開裂するのに十分な時間であれば、特に限定されるものではなく、反応溶液の種類、反応温度、使用するRNAヘリカーゼやRISCの活性、蛍光標識siRNAの濃度等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、反応溶液が細胞外の溶液である場合(in vitroで行う場合)の反応時間としては、37℃では、10分間〜2時間程度が好ましく、15分間〜1時間程度がより好ましい。一方、反応溶液が細胞内溶液である場合(in vivoで行う場合)の反応時間としては、37℃の培養条件において、蛍光標識siRNA導入後、1〜10時間程度が好ましく、1〜5時間程度が好ましい。
【0039】
但し、in vivoで行う場合には、蛍光標識siRNAを導入後から、経時的に蛍光シグナルの検出を行うことが好ましい。細胞内においては、導入されたsiRNAは異物と判断され、細胞内に存在する二本鎖RNA特異的RNase等により分解されたり、エキソサイトーシスにより細胞外へ排出されたりすることにより代謝されてしまう場合がある。このため、細胞内に導入されたsiRNAの全てがDicerやRISCとの相互作用からプロセッシングを受けて、標的遺伝子のmRNAの分解に寄与するとは限らないが、導入後すぐに蛍光シグナルの検出を行うことにより、蛍光標識siRNAの細胞への導入状況や細胞内での分解状況等を知ることができる。経時的に蛍光シグナルの検出を行う場合、検出を開始する時期は特に限定されるものではなく、蛍光標識siRNAの導入直後からであってもよく、蛍光標識siRNAの導入方法等を考慮して適宜決定してもよい。例えば、蛍光標識siRNAの導入をエレクトロポレーション法により行った場合には、パルス処理後から30分間ほど経過した時点から、リポフェクチンを用いたリポフェクション法により行った場合には、細胞培養培地にリポフェクチン添加処理後1時間ほど経過した時点から、経時的に蛍光シグナルの検出を行ってもよい。
【0040】
例えば、工程(b)及び(c)を、蛍光標識siRNAを細胞内に導入した後、経時的に蛍光シグナルの検出を行うことにより、当該蛍光標識siRNAがRISCに取り込まれるタイミングを知ることができる。その他、エキソヌクレアーゼによる分解が行われるかどうかといった、当該蛍光標識siRNAがRISCに取り込まれなかった場合の挙動も明らかにすることが可能である。
【0041】
その他、工程(c)をin vivoで行う場合には、RNAヘリカーゼによる巻き戻しや、開裂により一本鎖RNAとなったアンチセンス鎖がRISCへ取り込まれることが確認されている蛍光標識されたsiRNAをポジティブコントロールsiRNAとしてもよい。具体的には、工程(c)において蛍光標識siRNAを導入する細胞に対して、当該ポジティブコントロールsiRNAを導入して反応させた後、工程(c)と同様にして、適当な波長の光を照射して検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する。ポジティブコントロールsiRNAを標識する蛍光物質は、工程(c)において導入される蛍光標識siRNAと同種の蛍光物質であってもよく、異種の蛍光物質であってもよい。このようなポジティブコントロールsiRNAとして、例えば、positive control GAPDH siRNA(Ambion社製)等の、RNA干渉のポジティブコントロールとして一般的に用いられている蛍光標識されたsiRNAを用いることができる。
【0042】
工程(b)及び(c)における蛍光シグナルの検出は、具体的には、共焦点(コンフォーカル)光学系を有する蛍光光度計に、該反応溶液を設置し、常法により蛍光シグナルを検出することができる。また、該反応溶液が細胞内溶液である場合には、蛍光標識siRNAを導入した細胞を、共焦点光学系を有する蛍光顕微鏡に設置し、常法により蛍光シグナルを検出することができる(例えば、非特許文献2参照。)。なお、FCS等の一分子蛍光解析法により解析される蛍光シグナルの検出は、一般的には、共焦点光学系を利用するものであるが、一分子蛍光解析を行うための一分子由来の蛍光シグナルを取得することができる光学系であれば、特に限定されるものではなく、共焦点光学系以外の他の光学系を用いることも可能である。
【0043】
蛍光シグナルの計測条件は、使用する蛍光光度計や蛍光顕微鏡の仕様により、適宜決定することができるが、例えば、1サンプル当たり、15秒間で5回程度行う。計測時間はこれ以上長くても良く、回数もこれ以上多くても良い。但し、検出に用いる装置の種類によっては、計測時間が10秒間以下等の短時間である場合や、測定回数が1回程度のみである場合には、データの再現性、信頼性が低下するおそれがある。また、蛍光シグナルを計測するサンプルに対して焦点位置を走査させることにより、より多数の分子から情報(蛍光シグナル)を取得することができ、統計的な精度を高めることも可能である。
【0044】
本発明において用いられる一分子蛍光解析法としては、例えば、蛍光相関分光法(FCS)や蛍光強度分布解析法(Fluorescence−Intensity Distribution Analysis:FIDA)、蛍光偏光解析法(FIDA polarization:FIDA−PO)等がある。
【0045】
FCSは、反応溶液中の蛍光標識された分子(蛍光標識分子)の拡散する時間(並進拡散時間)を求めることができる手法である。並進拡散時間は、分子の大きさによって異なる。例えば、大きな分子の並進拡散時間は、小さな分子の並進拡散時間よりも長い。このため、FCSは、分子の相互作用や、分解、凝集等による大きさの変化をモニターするために利用される手法である。また、観測領域中に、並進拡散時間の異なる蛍光標識分子(すなわち、大きさの異なる分子)が存在する場合には、2成分解析を行うことにより、それぞれの大きさの分子の数や割合を算出することも可能である。
【0046】
図1は、センス鎖の5’末端に蛍光物質を結合させたsiRNAの、RISCへの取り込み示した概念図である。5’末端に蛍光物質(F)が結合したセンス鎖(1s)と、これと相補的なアンチセンス鎖(1a)とからなるsiRNA(1)に対して、RNAヘリカーゼ(2)を含むRISC(3)が、センス鎖(1s)の3’末端側から作用した場合には、アンチセンス鎖(1a)がRISC(3)に取り込まれ、センス鎖(1s)が解離する。その後、アンチセンス鎖(1a)と相補的な塩基配列を有する標的遺伝子のmRNA(4)がRISC(3)に取り込まれ、切断される(オンターゲット効果)。解離したセンス鎖(1s)は、エキソヌクレアーゼ(6)等の働きにより分解される。一方、siRNA(1)に対して、RNAヘリカーゼ(2)を含むRISC(3)が、センス鎖(1s)の5’末端側から作用した場合には、センス鎖(1s)がRISC(3)に取り込まれ、アンチセンス鎖(1a)が解離する。その後、センス鎖(1s)と相補的な塩基配列を有する標的遺伝子以外の遺伝子のmRNA(5)がRISC(3)に取り込まれ、切断される(オフターゲット効果)。解離したアンチセンス鎖(1a)は、エキソヌクレアーゼ(6)等の働きにより分解される。
【0047】
このため、センス鎖の5’末端に蛍光物質を結合させた蛍光標識siRNAを用いて本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法を行った場合に、オンターゲット効果が生じる場合、すなわち、アンチセンス鎖がRISCへ取り込まれた場合や、RNAヘリカーゼがセンス鎖の3’末端側から作用することにより開裂された場合には、センス鎖は解離して一本鎖となるため、工程(b)における解析によって得られた並進拡散時間(t1)よりも、工程(c)における解析によって得られた並進拡散時間(t2)のほうが短くなる。さらに、反応溶液中にエキソヌクレアーゼ等の一本鎖RNA特異的な分解酵素等が存在している場合には、遊離の一本鎖RNAであるセンス鎖が分解される結果、工程(c)における解析によって得られた並進拡散時間(t2)はより短くなる。逆に、オフターゲット効果が生じる場合、すなわち、センス鎖がRISCへ取り込まれた場合や、RNAヘリカーゼがセンス鎖の5’末端側から作用することにより開裂された場合には、センス鎖は、RNAヘリカーゼ又はRISCと結合しているため、工程(b)における解析によって得られた並進拡散時間(t1)よりも、工程(c)における解析によって得られた並進拡散時間(t2)のほうが長くなる。
【0048】
よって、工程(d)においては、並進拡散時間(t1)よりも並進拡散時間(t2)のほうが短い場合には、当該蛍光標識siRNAは、アンチセンス鎖が優先的にRISCに取り込まれ、オンターゲット効果が大きく、遺伝子発現抑制効果が高いと評価する。逆に、並進拡散時間(t1)よりも並進拡散時間(t2)のほうが長い場合には、センス鎖が優先的にRISCに取り込まれ、オフターゲット効果が大きく、遺伝子発現抑制効果が低いと評価する。
【0049】
ある蛍光標識siRNAに対して、オンターゲット効果とオフターゲット効果の両方が生じている場合には、反応溶液中に、並進拡散時間の異なるこれらの分子が混在するが、2成分解析を行うことにより、それぞれの並進拡散時間を有する分子の割合を算出することができる。このため、siRNAのRISCへの取り込み効率を算出することが可能である。なお、本発明において、「siRNAのRISCへの取り込み効率」とは、[オンターゲット効果が生じたsiRNA分子の数]/{[オンターゲット効果が生じたsiRNA分子の数]+[オフターゲット効果が生じたsiRNA分子の数]}を意味する。
【0050】
FIDAは、反応溶液中の蛍光標識分子の一分子当たりの蛍光強度と、その数を求めることができる手法である。蛍光物質の種類によって、蛍光特性は異なるため、結合している核酸の状態によって、一分子当たりの蛍光強度が変化する場合がある。すなわち、蛍光標識されたRNAは、塩基配列や長さ、二本鎖RNAか、一本鎖RNAか等の、蛍光物質の環境状態によって、一分子当たりの蛍光強度が異なる場合がある。
【0051】
このため、FIDAを用いて解析することにより、工程(b)における解析によって得られた蛍光強度(Q1)(すなわち、二本鎖RNAである蛍光標識siRNAの一分子当たりの蛍光強度)と、工程(c)における解析によって得られた蛍光強度(Q2)とを比較することにより、工程(c)の反応溶液中に存在する蛍光標識分子が、開裂により一本鎖RNAとなった状態であるのか、分解によりさらに短鎖の一本鎖RNAとなった状態であるのか、又はRNAヘリカーゼ等のタンパク質と結合した状態であるのかを推測することができる。例えば、蛍光物質としてTAMRAを用いた場合には、蛍光強度(Q2)が蛍光強度(Q1)より小さい場合は、工程(c)の反応溶液中に存在する蛍光標識分子が、開裂により一本鎖RNAとなった状態であると考えられる。さらにエキソヌクレアーゼ等によって分解されると、一分子当たりの蛍光強度が小さくなる。
【0052】
よって、蛍光物質としてTAMRAを用いた場合には、工程(d)においては、蛍光強度(Q1)よりも蛍光強度(Q2)のほうが小さい場合には、当該蛍光標識siRNAは、アンチセンス鎖が優先的にRISCに取り込まれ、オンターゲット効果が大きく、遺伝子発現抑制効果が高いと評価する。逆に、蛍光強度(Q1)よりも蛍光強度(Q2)のほうが大きい場合には、センス鎖が優先的にRISCに取り込まれ、オフターゲット効果が大きく、遺伝子発現抑制効果が低いと評価する。
【0053】
なお、FIDAにおいても、観測領域中に、蛍光強度の異なる蛍光標識分子(すなわち、状態の異なる分子)が存在する場合には、2成分解析を行うことにより、それぞれの状態の分子の数や割合を算出することも可能である。よって、FIDAを用いて解析した場合にも、FCSと同様に、siRNAのRISCへの取り込み効率を算出することが可能である。
【0054】
FIDA−POは、蛍光強度分布と蛍光偏光解析を複合させた手法であり、蛍光標識分子の蛍光偏光度とその分子数を求めることができる。蛍光偏光度は、分子の大きさによって異なり、例えば、小さな分子は、大きな分子よりも分子の回転運動が速く、蛍光偏光度が小さくなる。
【0055】
このため、センス鎖の5’末端に蛍光物質を結合させた蛍光標識siRNAを用いて本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法を行った場合に、オンターゲット効果が生じる場合、すなわち、アンチセンス鎖がRISCへ取り込まれた場合や、RNAヘリカーゼがセンス鎖の3’末端側から作用することにより開裂された場合には、センス鎖は解離して一本鎖となるため、工程(b)における解析によって得られた蛍光偏光度(mP1)よりも、工程(c)における解析によって得られた蛍光偏光度(mP2)のほうが小さくなる。さらに、反応溶液中にエキソヌクレアーゼ等の一本鎖RNA特異的な分解酵素等が存在している場合には、遊離の一本鎖RNAであるセンス鎖が分解される結果、工程(c)における解析によって得られた蛍光偏光度(mP2)はより小さくなる。逆に、オフターゲット効果が生じる場合、すなわち、センス鎖がRISCへ取り込まれた場合や、RNAヘリカーゼがセンス鎖の5’末端側から作用することにより開裂された場合には、センス鎖は、RNAヘリカーゼ又はRISCと結合しているため、工程(b)における解析によって得られた蛍光偏光度(mP1)よりも、工程(c)における解析によって得られた蛍光偏光度(mP2)のほうが大きくなる。
【0056】
よって、工程(d)においては、蛍光偏光度(mP1)よりも蛍光偏光度(mP2)のほうが小さい場合には、当該蛍光標識siRNAは、アンチセンス鎖が優先的にRISCに取り込まれ、オンターゲット効果が大きく、遺伝子発現抑制効果が高いと評価する。逆に、蛍光偏光度(mP1)よりも蛍光偏光度(mP2)のほうが大きい場合には、センス鎖が優先的にRISCに取り込まれ、オフターゲット効果が大きく、遺伝子発現抑制効果が低いと評価する。
【0057】
また、FIDA−POにおいても、観測領域中に、蛍光偏光度の異なる蛍光標識分子(すなわち、大きさの異なる分子)が存在する場合には、2成分解析を行うことにより、それぞれの大きさの分子の数や割合を算出することも可能である。よって、FIDA−POを用いて解析した場合にも、FCSと同様に、siRNAのRISCへの取り込み効率を算出することが可能である。
【0058】
工程(b)又は(c)における反応溶液として、細胞内溶液を用いた場合、つまり、蛍光標識siRNAを細胞に導入して蛍光シグナルを検出する場合には、解析に分子の拡散運動のパラメータを含まないFIDAやFIDA−POを用いることにより、データの解釈が容易となる。これは、細胞内は均一な媒質ではなく、細胞骨格や小胞体やミトコンドリア等のオルガネラで満たされた状態であるため、細胞内の蛍光標識分子は均一な拡散運動をしているわけではない。FCSにおいては、分子の拡散を観測しているが、これは自由拡散を前提としているため、細胞内の蛍光分子から検出された蛍光シグナルをFCSにより解析する場合には、データの解析が複雑になる場合がある。
【0059】
評価対象であるsiRNAが、工程(d)において遺伝子発現抑制効果が低いと評価された場合には、再度siRNAの設計をやり直して新たなsiRNAを合成し、これについて、同様に工程(a)〜(d)を行い、遺伝子発現抑制効果を評価することができる。この操作を繰り返すことにより、標的遺伝子のRNA干渉を行うために最適なsiRNAを得ることができる。
【0060】
また、評価対象であるsiRNAが2種類以上ある場合には、各siRNAに対して、前記工程(a)〜(d)を行い、各siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価することにより、これらのsiRNAの中から、最も評価の高いsiRNAを、標的遺伝子のRNA干渉を行うために最適なsiRNAとして選択することもできる。
【0061】
本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法を用いることにより、siRNAを導入した細胞からmRNAを抽出し、逆転写反応及びリアルタイムPCR等の作業をすることなく、迅速にsiRNAの遺伝子発現抑制効果を評価することができる。特に、反応溶液として細胞外溶液を用いて、工程(b)又は(c)をin vitroで行う場合には、煩雑な細胞培養操作等を要さず、単にsiRNA等の試薬を添加して混合し、蛍光シグナルを検出して解析することができるため、評価対象であるsiRNAが多数である場合にも、迅速に評価を行うことができる。
【0062】
本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法を用いることにより、細胞を使うことなくオフターゲット効果の確認ができるため、複数の候補となる目的のsiRNAの中から最適なsiRNAを絞りこむことができ、簡便にsiRNAの設計精度を向上させることが可能である。また、工程(b)又は(c)を細胞内において行う場合にも、細胞を破砕することなくRISCへの取り込みを簡便に確認することが可能となり、RNA干渉をより容易に行うことができる。
【0063】
なお、工程(b)又は(c)をin vitroで行う場合のほうが、in vivoで行う場合よりも簡便であり、かつRISC以外のタンパク質等の影響が除かれた評価を得ることができる。このため、一のsiRNAを評価する場合において、工程(b)又は(c)をin vitroで行い、遺伝子発現抑制効果が高いと評価されたsiRNAについてのみ、工程(b)又は(c)をin vivoで行い、本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法により評価することもできる。
【0064】
なお、本発明においては、RISCへのアンチセンス鎖の取り込み工程を対象として遺伝子発現抑制効果を評価しており、その後の工程については評価の対象とされてはいない。このため、本発明において遺伝子発現抑制効果が高いと評価されたsiRNAについて、当該siRNAが導入された細胞から、常法により、mRNAを抽出し、逆転写反応及びリアルタイムPCR等の常法により、標的遺伝子のmRNA量が減少していることを確認することも好ましい。
【0065】
図2は、センス鎖の5’末端に蛍光物質TAMRAを結合させた蛍光標識siRNAを用いて、細胞外溶液を反応溶液とした場合の、本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法の一態様を示したフローチャート図である。なお、本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法が、該態様に限定されるものではないことは言うまでもない。まず、工程(a)として、遺伝子発現抑制効果の評価対象となるセンス鎖の5’末端にTAMRAを結合させた蛍光標識siRNA(TAMRA−siRNA)の塩基配列を設計し(ステップ01)、これを合成する。次に、工程(b)として、TAMRA−siRNAを含む反応溶液を調製し(ステップ02)、この反応溶液に対して、TAMRAの励起光を照射し、蛍光シグナルを検出し、一分子蛍光解析法により解析する(ステップ03−1〜3)。FCSを用いて解析した場合には並進拡散時間(t1)を、FIDAを用いて解析した場合には蛍光強度(Q1)を、FIDA−POを用いて解析した場合には蛍光偏光度(mP1)を、それぞれ算出する。次に、工程(c)として、RISCとATPとを含む反応溶液に、TAMRA−siRNAを添加して反応させた後(ステップ04)、当該反応溶液に対して、TAMRAの励起光を照射し、蛍光シグナルを検出し、一分子蛍光解析法により解析する(ステップ05−1〜3)。FCSを用いて解析した場合には並進拡散時間(t2)を、FIDAを用いて解析した場合には蛍光強度(Q2)を、FIDA−POを用いて解析した場合には蛍光偏光度(mP2)を、それぞれ算出する。さらに、工程(d)として、TAMRA−siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する(ステップ06−1〜3)。並進拡散時間(t1)よりも並進拡散時間(t2)のほうが長い場合、蛍光強度(Q1)よりも蛍光強度(Q2)のほうが大きい場合、蛍光偏光度(mP1)よりも蛍光偏光度(mP2)のほうが大きい場合には、遺伝子発現抑制効果が低いと評価し、再度siRNAを設計し直し(ステップ01)、ステップ02〜ステップ06を繰り返す。一方、並進拡散時間(t1)よりも並進拡散時間(t2)のほうが短い場合、蛍光強度(Q1)よりも蛍光強度(Q2)のほうが小さい場合、蛍光偏光度(mP1)よりも蛍光偏光度(mP2)のほうが小さい場合には、遺伝子発現抑制効果が高いと評価し、2成分解析を行い(ステップ07)、siRNAのRISCへの取り込み効率(反応効率)を求める(ステップ08)。反応効率が良好なsiRNAについては、培養細胞に導入し、より生理的な条件における遺伝子発現抑制効果を確認することもできる。
【0066】
図3は、センス鎖の5’末端に蛍光物質TAMRAを結合させた蛍光標識siRNAを用いて、細胞内溶液を反応溶液とした場合の、本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法の一態様を示したフローチャート図である。なお、本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法が、該態様に限定されるものではないことは言うまでもない。まず、工程(a)として、遺伝子発現抑制効果の評価対象となるセンス鎖の5’末端にTAMRAを結合させた蛍光標識siRNA(TAMRA−siRNA)の塩基配列を設計し(ステップ101)、これを合成する。次に、工程(b)として、RISCノックダウン細胞にTAMRA−siRNAを導入し(ステップ102)、該細胞を培養し(ステップ103)、細胞を観察し、導入の状態を確認する(ステップ104)。ステップ102〜104に換えて、細胞外溶液を用いてTAMRA−siRNAを含む反応溶液を調製してもよい(ステップ105)。TAMRA−siRNAが導入された細胞又はTAMRA−siRNAを含む細胞外溶液に対して、TAMRAの励起光を照射し、蛍光シグナルを検出し、一分子蛍光解析法により解析する(ステップ106−1〜3)。FCSを用いて解析した場合には並進拡散時間(t1)を、FIDAを用いて解析した場合には蛍光強度(Q1)を、FIDA−POを用いて解析した場合には蛍光偏光度(mP1)を、それぞれ算出する。次に、工程(c)として、RISCを発現している細胞にTAMRA−siRNAを導入し(ステップ107)、細胞を観察し、導入の状態を確認する(ステップ108)。TAMRA−siRNAが導入された細胞に対して、TAMRAの励起光を照射し、蛍光シグナルを検出し、一分子蛍光解析法により解析する(ステップ109−1〜3)。FCSを用いて解析した場合には並進拡散時間(t2)を、FIDAを用いて解析した場合には蛍光強度(Q2)を、FIDA−POを用いて解析した場合には蛍光偏光度(mP2)を、それぞれ算出する。さらに、工程(d)として、TAMRA−siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する(ステップ110−1〜3)。並進拡散時間(t1)よりも並進拡散時間(t2)のほうが長い場合、蛍光強度(Q1)よりも蛍光強度(Q2)のほうが大きい場合、蛍光偏光度(mP1)よりも蛍光偏光度(mP2)のほうが大きい場合には、遺伝子発現抑制効果が低いと評価し、再度siRNAを設計し直し(ステップ101)、ステップ102〜ステップ109を繰り返す。一方、並進拡散時間(t1)よりも並進拡散時間(t2)のほうが短い場合、蛍光強度(Q1)よりも蛍光強度(Q2)のほうが小さい場合、蛍光偏光度(mP1)よりも蛍光偏光度(mP2)のほうが小さい場合には、遺伝子発現抑制効果が高いと評価する。その後、さらに、該細胞のmRNAを抽出し、実際に標的遺伝子のmRNA量が減少していることを確認してもよい(ステップ111)。
【0067】
前述したように、RNAヘリカーゼ又はRISCを発現していない細胞を入手することが困難である場合が多い。一方、一分子蛍光解析においては、RNA干渉が生じない状態の細胞内における蛍光標識分子の挙動は、同種の蛍光物質により標識されている二本鎖RNA同士ではほぼ等しい。
そこで、工程(b)に換えて、RNAヘリカーゼにより巻き戻しや開裂がなされず、RISCに取り込まれないsiRNAであって、同種の蛍光物質により標識されたsiRNAを用いることにより、RNAヘリカーゼ等を発現している細胞を用いて、RISC等の影響を受ける前(RNA干渉前)の細胞内における蛍光標識siRNAの蛍光シグナルを検出し、解析することができる。
【0068】
具体的には、siRNAによる遺伝子発現抑制効果を評価する方法であって、下記の工程(a’)〜(d’)を有することを特徴とする。
(a’)評価対象であるsiRNAの、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のRNA鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAを準備する工程。
(b’)前記蛍光物質により標識されたRNAヘリカーゼの巻き戻しを受けないsiRNA、又は前記蛍光物質により標識されたRISCに取り込まれないsiRNAを、細胞に導入した後、当該細胞に対して、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程。
(c’)前記蛍光標識siRNAを細胞に導入して反応させた後、当該細胞に対して、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程。
(d’)前記工程(b’)において得られた解析結果と前記工程(c’)において得られた解析結果とを比較し、前記siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する工程。
【0069】
ここで、工程(a’)は、前述の工程(a)と同様である。
工程(b’)は、前述の工程(b)において、評価対象である蛍光標識siRNAに換えて、RNAヘリカーゼの巻き戻しを受けないsiRNA又はRISCに取り込まれないsiRNA(ネガティブコントロールsiRNA)を評価対象であるsiRNAの標識と同種の蛍光物質により蛍光標識したsiRNAを用いた以外は、反応溶液が細胞内溶液である場合と同様である。
【0070】
ネガティブコントロールsiRNAとして、RNAヘリカーゼによる巻き戻しを受けないsiRNAや、RNAヘリカーゼにより巻き戻され開裂された一本鎖RNAがRISCへ取り込まれないsiRNAを用いることにより、工程(c’)と同じ細胞を用いた場合であっても、RISC等の影響を受ける前の細胞内における蛍光標識されたsiRNAの挙動を観測することができる。このようなネガティブコントロールsiRNAとしては、例えば、鎖間を共有結合させたsiRNA等を用いることができる。
【0071】
ネガティブコントロールsiRNAの塩基対長は、特に限定されるものではないが、評価対象であるsiRNAの塩基対長と同程度(±5bp程度)であることが好ましく、同じ塩基対長であることがより好ましい。塩基対長が同程度である場合のほうが、大きく相違する場合よりも、ネガティブコントロールsiRNAの細胞内における蛍光標識分子の挙動が、よりRNA干渉が生じない状態の細胞内における評価対象である蛍光標識siRNAとより近似するためである。
【0072】
工程(c’)は、前述の工程(c)において、反応溶液が細胞内溶液である場合と同様である。
さらに、工程(d’)における評価も、工程(b’)において得られた解析結果と前記工程(c’)において得られた解析結果とを、工程(d)と同様にして比較することにより、評価対象である蛍光標識siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価することができる。
【0073】
評価対象であるsiRNAが、工程(d’)において遺伝子発現抑制効果が低いと評価された場合には、再度siRNAの設計をやり直して新たなsiRNAを合成し、これについて、同様に工程(a’)〜(d’)を行い、遺伝子発現抑制効果を評価することができる。この操作を繰り返すことにより、標的遺伝子のRNA干渉を行うために最適なsiRNAを得ることができる。
【0074】
また、評価対象であるsiRNAが2種類以上ある場合には、各siRNAに対して、前記工程(a’)〜(d’)を行い、各siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価することにより、これらのsiRNAの中から、最も評価の高いsiRNAを、標的遺伝子のRNA干渉を行うために最適なsiRNAとして選択することもできる。
【0075】
なお、前述と同様に、工程(b’)及び(c’)においてsiRNAを導入する細胞に対して、前記のポジティブコントロールsiRNAを導入して反応させた後、工程(c)と同様にして、適当な波長の光を照射して検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析してもよい。
【0076】
図4は、センス鎖の5’末端に蛍光物質TAMRAを結合させた蛍光標識siRNAと、同じくTAMRAを結合させたネガティブコントロールsiRNAを用いた場合の、工程(a’)〜(d’)を有する本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法の一態様を示したフローチャート図である。なお、本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法が、該態様に限定されるものではないことは言うまでもない。まず、工程(a’)として、遺伝子発現抑制効果の評価対象となるセンス鎖の5’末端にTAMRAを結合させた蛍光標識siRNA(TAMRA−siRNA)の塩基配列を設計し(ステップ201)、これを合成する。次に、工程(b’)として、TAMRAを結合させたネガティブコントロールsiRNA(コントロールTAMRA標識siRNA)を、細胞に導入し(ステップ202)、該細胞を培養し(ステップ203)、細胞を観察し、導入の状態を確認する(ステップ204)。コントロールTAMRA標識siRNAが導入された細胞に対して、TAMRAの励起光を照射し、蛍光シグナルを検出し、一分子蛍光解析法により解析する(ステップ206−1〜3)。FCSを用いて解析した場合には並進拡散時間(t1)を、FIDAを用いて解析した場合には蛍光強度(Q1)を、FIDA−POを用いて解析した場合には蛍光偏光度(mP1)を、それぞれ算出する。次に、工程(c’)として、ステップ202で用いた細胞と同種の細胞に対してTAMRA−siRNAを導入し(ステップ207)、細胞を観察し、導入の状態を確認する(ステップ208)。TAMRA−siRNAが導入された細胞に対して、TAMRAの励起光を照射し、蛍光シグナルを検出し、一分子蛍光解析法により解析する(ステップ209−1〜3)。FCSを用いて解析した場合には並進拡散時間(t2)を、FIDAを用いて解析した場合には蛍光強度(Q2)を、FIDA−POを用いて解析した場合には蛍光偏光度(mP2)を、それぞれ算出する。さらに、工程(d’)として、TAMRA−siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する(ステップ210−1〜3)。並進拡散時間(t1)よりも並進拡散時間(t2)のほうが長い場合、蛍光強度(Q1)よりも蛍光強度(Q2)のほうが大きい場合、蛍光偏光度(mP1)よりも蛍光偏光度(mP2)のほうが大きい場合には、遺伝子発現抑制効果が低いと評価し、再度siRNAを設計し直し(ステップ201)、ステップ202〜ステップ209を繰り返す。一方、並進拡散時間(t1)よりも並進拡散時間(t2)のほうが短い場合、蛍光強度(Q1)よりも蛍光強度(Q2)のほうが小さい場合、蛍光偏光度(mP1)よりも蛍光偏光度(mP2)のほうが小さい場合には、遺伝子発現抑制効果が高いと評価する。その後、さらに、該細胞のmRNAを抽出し、実際に標的遺伝子のmRNA量が減少していることを確認してもよい(ステップ211)。
【0077】
その他、本発明においては、一分子蛍光解析法として、FCCSを行うことによっても、siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価することができる。例えば、評価対象であるsiRNAの標識に用いた蛍光物質とは異なる分光特性を有する蛍光物質を用いて標識したRISCを発現する細胞(蛍光標識RISC細胞)に、蛍光標識siRNAを導入し、各蛍光物質をそれぞれ励起し得る2種類の波長の光を照射し、それぞれの蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出してFCCSにより解析する。FCCS解析により、蛍光標識RISCと蛍光標識siRNAとが相互作用をするか否かが分かるため、FCS等を用いた場合と同様に、siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価することができる。なお、蛍光標識RISC細胞としては、例えば、RISCの構成タンパク質であるAgoをGFP等の蛍光タンパク質で修飾したキメラタンパク質を発現させた細胞を用いることができる(例えば、非特許文献2参照。)。
【0078】
経時的に蛍光シグナルの検出を行い、FCCS計測による相互相関の変化を時間計測することによって、蛍光標識RISCと蛍光標識siRNAとの相互作用をより詳細に測定することができる。例えば、センス鎖を標識した蛍光標識siRNAを導入した直後又は比較的早い時期に相互相関があり、その後の時間経過により相互相関がなくなった場合には、蛍光標識siRNAが蛍光標識RISCと相互作用してRNAヘリカーゼにより開裂され、その後、開裂により生じたアンチセンス鎖がRISCに取り込まれ、センス鎖が解離しており(オンターゲット効果)、当該siRNAの遺伝子発現抑制効果は高いと評価することができる。一方、導入した直後又は比較的早い時期に相互相関があり、その後の時間が経過した場合でも相互相関がある場合には、開裂により生じたセンス鎖がRISCに取り込まれており(オフターゲット効果)、当該siRNAの遺伝子発現抑制効果は低いと評価することができる。
【0079】
なお、本発明においては、RISC等の影響を受ける前(RNA干渉前)と、RISC等の影響を受けた後における、蛍光標識siRNAの状態を、別個の反応溶液中で観測し、それぞれの状態を比較することによってsiRNAの遺伝子発現抑制効果を評価しているが、RNAヘリカーゼ又はRISCと、ATPとを含む反応溶液に、評価対象である蛍光標識siRNAを添加した直後から、経時的に蛍光シグナルを検出し、一分子蛍光解析を行うことにより、当該反応溶液中の蛍光標識siRNAの経時変化のみから、siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価することも可能である。当該反応溶液に添加した直後の標識siRNAの状態は、RISC等の影響を受ける前(RNA干渉前)の状態に相当し、添加直後の解析結果は、前述の工程(b)において得られる解析結果に相当するためである。この方法においては、前述の工程(c)における反応溶液と同様に、細胞外溶液中で行ってもよく、細胞に蛍光標識siRNAを導入して、細胞内において行ってもよい。
【実施例】
【0080】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0081】
[実施例1]
<RNAヘリカーゼの調製>
ATP−dependent RNA helicaseのFLJ10383(TOYOBO、NCBI ccessionNo: K001245)のcDNA配列のうち、全長1〜1362までの部分領域を、大腸菌におけるタンパク質の発現ベクターpET21a(novagen社製)のマルチクローニングサイトに組み込み、RNAヘリカーゼ発現ベクター(pET21a−RNAhelicase)を構築した。
このpET21a−RNAhelicaseを大腸菌BL21(DE3)株(novagen社製)に導入し、一晩培養することによってRNAヘリカーゼを発現した大腸菌を含む培養液を得た。その後、該培養液から回収した大腸菌を、bugbuster protein extraction reagent(novagen社製)を添加して大腸菌を破砕し、タンパク質を可溶化し、さらにプロテアーゼインヒビターを添加して、24℃で20分間処理することによって、細胞抽出液を得た。His−Spintrap(GEヘルスケア社製)を用いたHis−Tag精製を行うことにより、該細胞抽出液からRNAヘリカーゼを精製した。His−SpintrapカラムからのRNAヘリカーゼの溶出には、Imidazole Solutionを用いた。SDS−PAGEにてバンドを確認(分子量48647Da、約48KDa)することによって、発現させたRNAヘリカーゼが精製されていることを確認した。
【0082】
<蛍光標識siRNAとの反応>
蛍光標識siRNAとしては、FAM−GAPDH siRNA positive control(FAM−siRNA)(Ambion社製)を用いた。このFAM−siRNAは、RNA干渉における陽性コントロールとして市販されているものであり、オフターゲット効果は小さいと考えられる。なお、FAM−siRNAにおいて、FAMはセンス鎖の5’末端に結合している。
このFAM−siRNAと上記で調製したRNAヘリカーゼを用いて、FAM−siRNAのGAPDH遺伝子発現抑制効果の評価を行った。RNAヘリカーゼによる反応は、Huangらの方法(Journal of Biological Chemistry、2002年、第277巻第12810ページ参照。)を参考にして行った。
まず、最終濃度が表1記載の濃度となるように、バッファー(70mM Tris−HCl、200mM NaCl、1mM MgCl、5mM DTT、40units RNasin(N2111 Promega社製))に、FAM−siRNA、ATP(A3377 Sigma社製)、及びRNAヘリカーゼを添加することにより、FAM−siRNAを含む4種類の反応溶液(試料1〜4;最終容量20μl)を調製した。なお、表中、RNAヘリカーゼの濃度は、上記で調製したRNAヘリカーゼ精製物の総タンパク質あたりの濃度を意味する。
【0083】
【表1】

【0084】
調製された試料1〜4を、37℃で60分間インキュベートして反応させた後、一分子蛍光分析装置MF20(オリンパス社製)を用いて、これらの試料に、488nmのレーザ光(レーザパワー:100μW)を照射し、蛍光シグナルを検出した。計測メソッドは、FCS又はFIDAを用いて、1サンプルあたり15秒間5回計測した。
【0085】
図5(A)は、各試料から、FCS解析により得られた並進拡散時間(μ秒)を示した図である。また、図5(B)は、試料1におけるFAM−siRNAの状態を、図5(C)は、試料2におけるFAM−siRNAの状態を、図5(D)は、試料3及び4におけるFAM−siRNAの状態を、模式的に示した図である。
【0086】
試料1が、RNAヘリカーゼの影響を受ける前の二本鎖RNAであるFAM−siRNAの並進拡散時間である。ATP濃度が0nMである試料2では、試料1よりも並進拡散時間が長くなった。これは、試料2中のRNAヘリカーゼがFAM−siRNAに結合したため、一分子当たりの大きさが大きくなったためと推察される。一方、ATPを添加した試料3及び4では、試料2よりも並進拡散時間が減少していた。これは、ATPによってRNAヘリカーゼが活性化され、二本鎖のFAM−siRNAが巻き戻されており、より分子量の小さい一本鎖RNAとして存在しているためと推察される。なお、ATPを16mM添加した試料4においても、試料1よりも並進拡散時間が長かったが、これは、試料中にRISCが存在していないため、RNAヘリカーゼがFAM標識されたセンス鎖と、標識されていないアンチセンス鎖のどちらかに結合している状態のものが混在しており、そのため、並進拡散時間は平均的に、FAM標識されたセンス鎖のみで存在している場合よりも、長くなっていると考えられる。
【0087】
図6(A)は、各試料から、FIDA解析により得られた蛍光強度Q(kHz)を示した図である。また、図6(B)は、試料1におけるFAM−siRNAの状態を、図6(C)は、試料2におけるFAM−siRNAの状態を、図6(D)は、試料3及び4におけるFAM−siRNAの状態を、模式的に示した図である。
【0088】
FCSと同様に、試料1が、RNAヘリカーゼの影響を受ける前の二本鎖RNAであるFAM−siRNAの蛍光強度である。ATP濃度が0nMである試料2では、試料1よりも蛍光強度が増加なった。これは、試料2中のRNAヘリカーゼがFAM−siRNAに結合したため、FAMの周囲の環境が疎水的になり、蛍光強度が増加したと推察される。一方、ATPを添加した試料3及び4では、試料2よりも蛍光強度が減少していた。これは、ATPによってRNAヘリカーゼが活性化され、二本鎖のFAM−siRNAが巻き戻されており、かつ、RNAヘリカーゼが、FAM標識されたセンス鎖よりも標識されていないアンチセンス鎖に結合しているものが多いため、FAMの周囲の環境が親水的になり、蛍光強度が減少したと推察される。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法を用いることにより、RNA干渉において用いられるsiRNAによる遺伝子発現抑制効果を、迅速かつ簡便に評価することができるため、多数の候補分子の中から、RNA干渉効果の高いsiRNAを簡便にスクリーニングすることも可能であり、学術研究分野のみならず、siRNAを応用した核酸医薬の開発の分野においても利用が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】センス鎖の5’末端に蛍光物質を結合させたsiRNAの、RISCへの取り込み示した概念図である。
【図2】細胞外溶液を反応溶液とした場合の、本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法の一態様を示したフローチャート図である
【図3】細胞内溶液を反応溶液とした場合の、本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図4】センス鎖の5’末端に蛍光物質TAMRAを結合させた蛍光標識siRNAと、同じくTAMRAを結合させたネガティブコントロールsiRNAを用いた場合の、工程(a’)〜(d’)を有する本発明のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法の一態様を示したフローチャート図である。
【図5】図5(A)は、実施例1において、各試料から、FCS解析により得られた並進拡散時間(μ秒)を示した図である。また、図5(B)は、試料1におけるFAM−siRNAの状態を、図5(C)は、試料2におけるFAM−siRNAの状態を、図5(D)は、試料3及び4におけるFAM−siRNAの状態を、模式的に示した図である。
【図6】図6(A)は、実施例1において、各試料から、FIDA解析により得られた蛍光強度Q(kHz)を示した図である。また、図6(B)は、試料1におけるFAM−siRNAの状態を、図6(C)は、試料2におけるFAM−siRNAの状態を、図6(D)は、試料3及び4におけるFAM−siRNAの状態を、模式的に示した図である。
【符号の説明】
【0091】
F…蛍光物質、1…siRNA、1s…センス鎖、1a…アンチセンス鎖、2…RNAヘリカーゼ、3…RISC、4…標的遺伝子のmRNA、5…標的遺伝子以外の遺伝子のmRNA、6…エキソヌクレアーゼ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
siRNAによる遺伝子発現抑制効果を評価する方法であって、
(a)評価対象であるsiRNAの、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のRNA鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAを準備する工程と、
(b)前記蛍光標識siRNAを含む反応溶液に、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、
(c)RNAヘリカーゼ又はRISCと、ATPとを含む反応溶液に、前記蛍光標識siRNAを添加して反応させた後、当該反応溶液に、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、
(d)前記工程(b)において得られた解析結果と前記工程(c)において得られた解析結果とを比較し、前記siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する工程と、
を有することを特徴とする、siRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法。
【請求項2】
評価対象であるsiRNAが2種類以上あり、各siRNAに対して、前記工程(a)〜(d)を行うことを特徴する請求項1記載のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法。
【請求項3】
siRNAによる遺伝子発現抑制効果を評価する方法であって、
(a’)評価対象であるsiRNAの、センス鎖又はアンチセンス鎖のいずれか一方のRNA鎖が蛍光物質により標識された蛍光標識siRNAを準備する工程と、
(b’)前記蛍光物質により標識されたRNAヘリカーゼの巻き戻しを受けないsiRNA、又は前記蛍光物質により標識されたRISCに取り込まれないsiRNAを、細胞に導入した後、当該細胞に対して、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、
(c’)前記蛍光標識siRNAを細胞に導入して反応させた後、当該細胞に対して、前記蛍光物質を励起し得る波長の光を照射し、当該蛍光物質から発生する蛍光を蛍光シグナルとして検出し、検出された蛍光シグナルを一分子蛍光解析法により解析する工程と、
(d’)前記工程(b’)において得られた解析結果と前記工程(c’)において得られた解析結果とを比較し、前記siRNAの遺伝子発現抑制効果を評価する工程と、
を有することを特徴とする、siRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法。
【請求項4】
前記蛍光標識siRNAが、センス鎖が蛍光物質により標識されたものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法。
【請求項5】
前記一分子蛍光分解析法が、蛍光相関分光法(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)や蛍光強度分布解析法(Fluorescence−Intensity Distribution Analysis:FIDA)、及び蛍光偏光解析法(FIDA polarization:FIDA−PO)からなる群より選択されるものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載のsiRNAの遺伝子発現抑制効果評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−151550(P2010−151550A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−328767(P2008−328767)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】