説明

質量分析法

質量分析、特にマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)質量分析を使用して、非消化で非断片化状態の共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体の無傷のイオンの存在を分析もしくは他の方法で検出する、又はそのイオンの正体を決定する方法ならびに種々の生物学的用途、たとえば抗体の特性解析、薬物発見及び自動化又はより高スループットの用途を含むタンパク質複合体形成研究におけるこれらの方法の使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析、特にマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)質量分析を使用して、多成分マトリックスからの非消化で非断片化状態の共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体からの無傷のイオンの存在を分析もしくは他の方法で検出する又はそのイオンの正体を決定する方法に関する。
【0002】
本発明はまた、抗体特性決定、薬物発見のフレームにおける薬物スクリーニング及びプロファイリングならびに自動化又はより高スループットの用途を含むタンパク質複合体形成研究をはじめとする種々の生命科学用途におけるこれらの方法の使用を提供する。
【0003】
発明の背景
標的分子とそのリガンドとの間の広い範囲の非共有結合的相互作用、たとえばタンパク質間の生体特異的相互作用又は薬物と特定の結合タンパク質との間の相互作用の同定及び特性決定は、生化学研究及び薬物発見において意義を増している。たとえば細胞レベルにおけるタンパク質−タンパク質相互作用は、シグナル伝達イベント、ひいては外部刺激に対する細胞応答及び罹患細胞の病態生理学的変化において大きな役割を演じる。そのような非共有結合的複合体の特異的直接検出のための従来技術としては、タンパク質抽出物をゲル電気泳動によって分離するウェスタンブロット法(Kemeny, D. M. and Challacombe, S.J. (eds.), "ELISA and other Solid Phase Immunoassays"; John Wiley & Sons, Chichester (1988))、ELISA及び放射性リガンド結合検定法(Berson et al., Clin. Chim. Acta, 22:51-60 (1968)、Chard, T. "An Introduction to Radioimmunoassay and Related Techniques," Elsevier Biomedical Press, Amsterdam, p95-110 (1982))、表面プラズモン共振(Karlsson et al., J. Immunol. Methods, 145:229-240 (1991)、Jonsson et al., Biotechniques, 11(5):620- 627 (1991))又はシンチレーション近接検定法(Udenfriend et al, Anal. Biochem., 161 :494-500 (1987))がある。放射性リガンド結合検定法は、一般に、結合部位における未知物質の競合的結合を放射性リガンドのそれに関して評価する場合のみ有用であり、放射能の使用を要する。表面プラズモン共振技術は、結合速度を計測するのに有用な技術であり、そのような計測から導出される解離及び会合定数は、標的−リガンド相互作用の性質を解明する際に役立つ。しかし、これらの検定法のすべては通常、労力と時間を要する実験を伴うか、特別に訓練を受けた個人によって実行されなければならない。また、これらの検定法はすべて、それぞれが標的又はリガンド分子の何らかの下準備(すなわち標識又は固定化)を要するため、ユーザが分析の前に標的分子又はリガンドを知っておくことを要する。
【0004】
近年、バイオポリマーの質量分析の方法(Hillenkamp et al. (1991) Anal. Chem. 63:1193A-1202A、US2004/0229369A1、US6,558,902)をはじめとして、生命科学における質量分析の応用が報告されている(Meth. Enzymol., Vol. 193, Mass Spectrometry (McCloskey, ed.; Academic Press, NY 1990)、McLaffery et al., Acc. Chem. Res. 27:297-386 (1994)、Chait and Kent, Science 257:1885-1894 (1992)、Siuzdak, Proc. Natl. Acad. Sci, USA 91:11290-11297 (1994))。マトリックス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI)及び電気スプレーイオン化法(ESI)をはじめとするいわゆる「ソフトイオン化」質量分析法は、大きな分子、すなわち質量が300kDaを十分に超える分子の無傷のイオン化、検出及び質量分析を可能にする(Fenn et al., Science 246:64-71 (1989)、Karas and Hillenkamp, Anal. Chem. 60:2299-3001 (1988))。
【0005】
MALDI質量分析法(MALDI−MS、Nordhoff et al., Mass Spectrom. Rev. 15:67-138 (1997)で考察)及びESI−MSは、非共有結合的タンパク質複合体を分析するために使用されている(Cohen et al, J. Am. Soc. Mass Spectrom. 8:1046-1052 (1997)、Rosinke et al, J. Mass: Spec 30:1462-1468 (1995)、Schar, M. Chimia 51:782-785 (1997)、Woods et al. Anal. Chem. 67:4462-4465 (1995)、Tito et al, Biophysical Journal 81:3503-3509 (2001)、US6,329,146)。しかし、質量分析による非消化で非断片化状態のタンパク質複合体の研究の場合、試料準備プロトコル及び計器セットアップが、標的化されるタンパク質複合体のために適合されなければならない。タンパク質複合体からの無傷のイオンを観察するのに好ましい条件を見いだすには時間を要し、さらに、このような研究を一度に一つずつからより高いスループットにするためにこのような計測を簡単にすることにとって大きな難題である。MALDI MSの場合、非共有結合的複合体を検出するためには、特殊な条件、たとえば有機溶媒なしのマトリックス溶液又はソフトレーザ分析(すなわち、第一ショット分析)を決定しなければならない(Farmer and Caprioli, J. Mass Spectrom., (1998)、Zehl and Allmaier, Rapid Commun. Mass Spectrom., (2003)、Cohen, et al., JASMS, (1997))。さらには、これらの研究の大部分は、これらの非共有結合的複合体の不安定性ならびに試料準備及び複合体イオン化の際の解離しやすさのせいで、個々の成分のシグナル強度に比較して低いシグナル強度の欠点に悩まされる。
【0006】
質量分析による無傷の非消化で非断片化状態の複合体に関する研究は非常に限られている。さらには、架橋した無傷のタンパク質複合体の研究はホモ多量体複合体の分析に限定されている。これら特定の複合体は、当然、MALDI MSを使用するイオン検出に関連する分析の問題、たとえば脱離プルーム中でのイオン化の競合又は低質量イオンのせいで複合体の検出を低下させる検出器飽和を最小限にする。しかし、そのようなホモ多量体タンパク質複合体は生物学的例外であり、その方法は、他の関連する生物学的複合体には適用されていない(T. B. Farmer, R. M. Caprioli, Biol Mass Spectrom 20, 796 (Dec, 1991))。
【0007】
他方、消化されたタンパク質複合体の研究は、非共有結合的タンパク質複合体を検出するための効果的かつ間接的な方法である(Parker, C. E. and Tomer K.B, Molecular Biotechnology 20:49-62 (2002)、WO2002/058533A2)。方法は、選択的脱離/イオン化現象及びタンパク質複合体のタンパク質分解後に得られるペプチド混合物の複雑さによる重なり現象によって制約を受ける。また、スペクトルは、複合体の多くのペプチド断片の分析であるため、多くの場合、スペクトルを解釈するために複雑なコンピュータソフトウェアを要する。ペプチド断片の同定を支援するために、分子タグが複合体にリンクされることもある(US2005/0095654A1、EP0850320B1、EP1150120A2、US6,635,452)。
【0008】
上記で参照した技術は、特定のタイプの一般的分析を実施する際にある程度の有用性を示すが、明らかに、高い感度、操作又は理解のしやすさ及び分析適合性における欠点が残る。
【0009】
したがって、上記欠点を解消する、精製された多成分試料又は不均一生物学的マトリックスからの非消化で非断片化状態の超分子標的−リガンド複合体から無傷のイオンを簡単に検出し、分析するためのロバストで正確で高感度で信頼しうる方法の開発が要望されている。
【0010】
本出願人は、質量分析、特に、ロバストで簡単な分析のために高感度の高質量検出を使用するMALDI ToF質量分析を使用して、精製された多成分混合物又は不均一生物学的マトリックスからの非消化で非断片化状態の超分子標的−リガンド複合体の無傷のイオンの存在又は正体を高い感度及び精度で分析するための方法を発見した。
【0011】
特に、本出願の方法は、まず、非共有結合的に結合した標的−リガンド複合体を架橋させ、続いて、それを、消化又は断片化ステップなしで、質量分析、特に、感度のある高質量検出を使用するMALDI ToF質量分析に付すことにより、標的分子とそのリガンドとの間の無傷の非共有結合的相互作用の分析を高感度かつ高精度で可能にする。
【0012】
本発明の方法の使用は、直接的な質量分析を可能にするだけでなく、標的分子とその結合リガンドとの特異的結合、リガンドと標的との相互作用の部位及び標的に対するリガンドの相対的結合親和性の決定をも可能にする。
【0013】
本出願はさらに、種々の生物学的用途、たとえば抗体の特性決定、薬物発見及び自動化又はより高スループットの用途において非常に万能なツールとしてのこれらの方法の使用を提供する。
【0014】
発明の概要
本発明の目的は、質量分析(MS)を使用して、試料の消化又は断片化なしに、精製された多成分試料又は不均一生物学的マトリックスからの共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体の存在を分析もしくは他の方法で検出する、又はその正体を決定する方法を提供することである。
【0015】
特に、本発明は、質量分析を使用して、非消化で非断片化状態の超分子標的−リガンド複合体の無傷のイオンを分析する方法であって、
a)非共有結合的に結合した超分子標的−リガンド複合体を架橋試薬と接触させて共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体を形成するステップ、及び
b)共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体からの無傷のイオンを質量分析によって分析するステップ
を含む方法を提供する。
【0016】
具体的な実施態様では、超分子標的−リガンド複合体は、消化又は断片化ステップなしで、精製された多成分試料又は不均一生物学的マトリックスから分析される。
【0017】
さらなる具体的な実施態様では、超分子標的−リガンド複合体は、標的分子とそのリガンドとの複合体を表し、前記標的分子及び/又はリガンドは、ある特定の又は複数のタンパク質(たとえば抗体、受容体又は酵素)、核酸、合成有機化合物(たとえば薬物、ポリマー)又は粒子(たとえばウイルス粒子)などであることができる。したがって、形成される複合体は、タンパク質−薬物、タンパク質−核酸、タンパク質−ウイルス粒子又はタンパク質−タンパク質相互作用、たとえば抗体−抗原、酵素−基質相互作用などの結果として得られる。
【0018】
本発明のさらなる目的は、本発明の方法を種々の生化学及び分子/細胞生物学用途、たとえば抗体−抗原相互作用の生化学的特性解析(たとえば抗体スクリーニング、エピトープマッピング、反応速度)、細胞シグナル伝達経路マッピング及び薬物発見用途、たとえば薬物スクリーニング(たとえば餌タンパク質を使用する直接標的フィッシング又は競合的検定法)、インビトロ結合検定法、ストレスを加えたときのタンパク質−タンパク質相互作用をマッピングすることによる薬物プロファイリングならびに自動化及びより高スループットの用途を含む錯滴定で使用することである。
【0019】
これらの目的及び本発明の有利な実施態様は、請求の範囲の特徴を有する方法によって達成される。
【0020】
本発明の方法は、消化又は断片化なしに、標的分子とその結合リガンドとの複合体の直接質量分析を提供し、したがって、標的分子の変異体を認識し、それらの性質を解明する能力及び標的分子と相互作用する種々のリガンドを求めて分析し、それを同定する能力を含む。
【0021】
本発明は、本発明の好ましい実施態様の以下の記載から明確に理解されるであろう。当業者は、本明細書で示し、記載された具体的な実施態様に対する改変及び/又は変形を認めることができるものと理解される。本明細書の範囲に入るそのような改変又は変形もまた、本発明に含まれるとみなされる。出願の時点で出願人が知る本発明の好ましい実施態様及び最良の形態の記載を提示したが、それは、例示及び説明を目的とするものである。網羅的であること又は本発明を開示したとおりの形態に限定することを意図するものではなく、上記開示を考慮して数多くの改変及び変形が可能である。実施態様は、本発明の原理及びその実用化を実証し、当業者が、考慮される特定の用途に適するような様々な改変を加えながら本発明を様々な実施態様で最良に利用することを可能にする。
【0022】
発明の詳細な説明
本明細書で引用するすべての特許、特許出願及び刊行物を引用例として本明細書に取り込む。以下、本明細書で使用する特定の語句の意味を説明する。断りない限り、本明細書で使用するすべての科学技術用語は、対象が属する技術の当業者によって一般に理解される意味と同じ意味を有する。
【0023】
本発明の方法は、質量分析を使用して、たとえば精製された多成分試料又は不均一生物学的マトリックスからの非消化で非断片化状態の超分子標的−リガンド複合体の無傷のイオンの検出、同定又は特性解析を可能にする。
【0024】
質量分析による超分子標的−リガンド複合体の分析のための本発明の方法の基本的概要を説明するボックス図が図1に示されている。
【0025】
本発明の方法は、たとえば精製された多成分試料又は不均一生物学的マトリックス中、非共有結合的に形成された超分子標的−リガンド複合体を架橋によって安定化すると、それらのイオンの質量分析を、消化又は断片化なしで、それらが無傷のままである間に実施することができるという発見に基づく。したがって、本発明は、質量分析を使用して、非消化で非断片化状態の超分子標的−リガンド複合体の無傷のイオンを分析する方法であって、
a)非共有結合的に結合した超分子標的−リガンド複合体を架橋試薬と接触させて共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体を形成するステップ、及び
b)共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体からの無傷のイオンを質量分析によって分析するステップ
を含む方法を提供する。
【0026】
具体的な実施態様では、超分子標的−リガンド複合体は、精製された多成分試料又は不均一生物学的マトリックスから分析される。
【0027】
本明細書で使用する「超分子標的−リガンド複合体」とは、標的分子とその結合リガンドとの特異的結合から生じる複合体であって、前記標的分子及び/又は結合リガンドがある特定の又は複数のタンパク質(たとえば抗体、受容体又は酵素)、核酸、合成有機化合物(たとえば薬物、ポリマー)又は粒子(たとえばウイルス粒子)などであって、前記超分子標的−リガンド複合体、たとえばタンパク質−タンパク質、タンパク質−核酸、タンパク質−薬物、タンパク質−ウイルス粒子、抗体−抗原、酵素−基質複合体などを形成することができる複合体をいう。
【0028】
本明細書で使用する「無傷のイオン」とは、質量分析の前又は最中に共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体からその超分子標的−リガンド複合体のタンパク質分解、分解又は解離なしで質量分析のために生成された荷電分子をいう。
【0029】
本明細書で使用する「共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体」とは、公知(たとえば図2)及び未だ見いだされていない手段によって複合体の空間的配置を乱すことなく架橋された、上記で定義したような複合体をいう。
【0030】
本明細書で使用する「消化」とは、たとえばトリプシンのようなタンパク質分解酵素を使用してタンパク質又はタンパク質複合体をそのペプチドサブユニットに消化することにより、分子をより小さな成分に崩壊させる過程をいう。
【0031】
本明細書で使用する「断片化」とは、たとえば質量分析計内の衝突セルを使用してタンパク質又はタンパク質複合体をそのペプチドサブユニットに断片化することにより、分子をより小さな成分に崩壊させる過程をいう。
【0032】
本明細書で使用する「標的」又は「標的分子」とは、通常は生物学的原料中に見いだすことができるが、天然分子に基づく又はそれから誘導される合成分子であることもできる高めの質量の分子をいい、特に、タンパク質(抗体及び非抗体タンパク質)、ポリペプチド、糖ポリペプチド、リンポリペプチド、ペプチドグリカン、多糖、ペプチド様物質、脂質、炭水化物、ポリヌクレオチド及び他の天然又は合成高分子、好ましくはタンパク質、ポリペプチド、多糖、ペプチド様物質、脂質、炭水化物、ポリヌクレオチド、より好ましくはタンパク質、ポリペプチド、ペプチド様物質、ポリヌクレオチドを含む。標的は、天然の原料から誘導することもできるし、化学合成することもできる。
【0033】
本明細書で使用する「リガンド」(又は「結合リガンド」)とは、その標的に特異的に結合することができる分子、たとえば抗体に対する抗原、酵素に対する基質、エピトープに対するポリペプチド、タンパク質又はタンパク質の群に対するタンパク質をいう。リガンド及び標的として記される分子は互換的に使用することができる。したがって、リガンドは、本質的には、いかなるタイプの分子、たとえば小分子薬物、ペプチドもしくはポリペプチド、タンパク質、核酸もしくはオリゴヌクレオチド、炭水化物、たとえば多糖、ウイルス粒子又は他の小さな有機誘導化合物及び合成高分子であることもできる。リガンドは、天然の原料から誘導することもできるし、化学合成することもできる。
【0034】
本明細書で使用する「精製された多成分試料」とは、タンパク質、ポリペプチド、糖ポリペプチド、リンポリペプチド、ペプチドグリカン、多糖、ペプチド様物質、脂質、炭水化物、ポリヌクレオチド又は有機化合物の不均一又は均一混合物を含有する、部分的又は完全に精製された試料をいう。
【0035】
本明細書で使用する「不均一生物学的マトリックス」とは、固体材料、たとえば組織、細胞又は細胞ペレットの溶解から得られる混合物、生物学的流体、たとえば尿、血液、唾液、羊膜液又は感染もしくは炎症の部位からの滲出物、細胞抽出物もしくは生検試料又は生きた原料、たとえばヒトもしくは他の哺乳動物のような動物、植物、バクテリア、真菌もしくはウイルスから得られる混合物をはじめとする粗反応混合物をいう。
【0036】
上記で定義した「精製された多成分試料」及び「不均一生物学的マトリックス」はまた、一連の潜在的な結合リガンドを標的分子と接触させることによって合成的に得られる混合物をいうこともある。
【0037】
本明細書で使用する「特異的」又は「特異的に相互作用」とは、定量可能な検定法によって結合相互作用が非特異的相互作用に対して検出可能であることをいう。
【0038】
本明細書で標的及びそのリガンドとの複合体を参照して使用する「高い質量又は高めの質量」とは、約5kDaよりも大きい、たとえば約5kDa〜約100MDaの範囲、より具体的には約50kDa〜約50MDa、もっとも好ましくは約100kDa〜約10Mdaである標的及びそのリガンドとの複合体をいう。
【0039】
本明細書で使用する「分析」とは、無傷のイオンとしてのそのような共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体の存在、不在もしくは変化を特定もしくは検出する、又はその正体を決定することをいう。
【0040】
本明細書で使用する「より高いスループット」とは、1日に二つ以上の、より具体的には1日に複数の、もっとも好ましくは1日に何百もの分析を行うことをいう。
【0041】
本発明の方法は、特に、精製試料又は粗試料、すなわち何らかの精製を受けていてもよいし、受けていなくてもよいが、外部汚染物質をなおも含有するおそれのある生物学的試料の質量分割を高い精度、高い感度及び高いSN比で可能にするため、非常に有用である。したがって、本発明の方法は、有意な量では存在しないかもしれない複合体を汚染物質から明確に分割することができる。
【0042】
したがって、混合物、汚染物質又は不純物の存在のせいで他のやり方では分析が困難である、生物学的試料からの共有結合的に安定化した高分子量複合体の質量分析が本発明の方法によって可能になり、さらに、大規模プロセスで望まれるような自動化に適合可能にすることができる。これは、データの分析、検出及び/又は解釈のためのソフトウェアの使用ならびに試料準備及び/又は分析の制御のためのロボット工学の使用を含んでいてもよい。
【0043】
本発明の方法の実施態様を実践する際には、まず、質量分析の前に、図2に示すように、分析される非共有結合的に結合した標的−リガンド複合体を含有する試料を、公知又は新規な架橋化学を使用する架橋条件、たとえば非共有結合的複合体を安定化させるために使用される標準的なアミン反応性架橋化学反応に付す。通常、望みの架橋試薬を含有する溶液を、複合体を含有する試料に加えたのち、指定の時間、たとえば30分間インキュベートして反応の完了を確実にする。一般的な架橋剤としては、アミン、炭水化物、カルボキシル、ヒドロキシル及びスルフヒドリルをはじめとする多様な反応基に対して特異的な試薬ならびに非特異的に反応するか、光不安定性であり、当該技術で周知の試薬がある(たとえば、Wong, Chemistry of Protein Conjugation and Cross-Linking (CRC Press 1991)、Hermanson, Bioconjugate Techniques (Academic Press 1996)を参照)がこれらに限定されない。可能な架橋剤としては、ホモ及びヘテロ多官能架橋剤の両方を含み、イミドエステル、N−ヒドロキシスクシンイミド−エステル(NHS−エステル)、マレイミド、ハロアセチル、ピリジルジスルフィド、ヒドラジド、カルボジイミド、アリールアジド、イソシアナート、ビニルスルホンなどを含む。使用することができる一般的なホモ二官能試薬としては、たとえば、アルファ−1−酸糖タンパク質、(3−[(2−アミノエチル)ジチオ]プロピオン酸HCl)、(ビス−[β−(4−アジドサリチルアミド)エチル]ジスルフィド、(1,4−ビス−マレイミドブタン)、(1,4−ビス−マレイミジル−2,3−ジヒドロキシブタン)、(ビス−マレイミドヘキサン)、(ビス−マレイミドエタン)、(1,8−ビス−マレイミドジエチレングリコール)、(1,11−ビス−マレイミドトリエチレングリコール)、(ビス[スルホスクシンイミジル]スベラート)、(ビス[2−スクシンイミドオキシカルボニルオキシ)エチル]スルホン)、(1,5−ジフルオロ−2,4−ジニトロベンゼン)、(ジメチルアジピミダート2HCl)、(ジメチルピメリミダート2HCl)、(ジメチルスベリミダート2HCl)、(1,4−ジ−[3′−(2′−ピリジルジチオ)−プロピオンアミド]ブタン)、(ジスクシンイミジルグルタラート)、(ジチオビス[スクシンイミジルプロピオナート])、(ジスクシニミジルスベラート)、(ジスクシンイミジルタルタラート)、(ジメチル3,3′−ジチオビスプロピオンイミダート2HCl)、(ジチオ−ビス−マレイミドエタン)、(3,3′−ジチオビス[スルホスクシンイミジルプロピオナート]、(エチレングリコールビス[スクシンイミジルスクシナート])、(1,6−ヘキサン−ビス−ビニルスルホン)、(エチレングリコールビス[スクシンイミジルスクシナート])、(p−アジドベンゾイルヒドラジド)、N−(a−マレイミドアセトキシ)スクシンイミドエステル)、(N−5−アジド−2−ニトロベンゾイルオキシスクシンイミド)、(N−[4−(p−アジドサリチルアミド)ブチル]−3′−(2′−ピリジルジチオ)プロピオンアミド)、(4−[p−アジドサリチルアミド]ブチルアミン)、(N−β−マレイミドプロピオン酸)、(N−[β−マレイミドプロピオン酸]ヒドラジドTFA)、(N−[b−マレイミドプロピルオキシ]スクシンイミドエステル)、(1−エチル−3−[3−ジメチルアミノプロピル]カルボジイミドヒドロクロリド)、(N−e−マレイミドカプロン酸)、([N−e−マレイミドカプロン酸]ヒドラジド)、([N−e−マレイミドカプロイルオキシ]スクシンイミドエステル)、(N−k−マレイミドウンデカン酸)、(N−[k−マレイミドウンデカン酸]ヒドラジド)、(N−[g−マレイミドブチリルオキシ]スクシンイミドエステル)、(スクシンイミジル4−[N−マレイミドメチル]シクロヘキサン−1−カルボキシ−[6−アミドカプロアート])、(スクシンイミジル6−(3−[2−ピリジルジチオ]−プロピオンアミド)ヘキサノアート)、(m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル)、4−(4−N−マレイミドフェニル)酪酸ヒドラジドヒドロクロリド、(メチルN−スクシンイミジルアジパート)、(N−ヒドロキシスクシンイミジル−4−アジドサリチル酸)、(3−(2−ピリジルジチオ)プロピオニルヒドラジド)、(N−[p−マレイミドフェニル]イソシアナート)、(N−スクシンイミジル(4−アジドフェニル)−1,3′−ジチオプロピオナート)、(N−スクシンイミジル−6−[4′−アジド−2′−ニトロフェニルアミノ] ヘキサノアート)、(N−スルホスクシンイミジル−6−[4′−アジド−2′−ニトロフェニルアミノ]ヘキサノアート)、(N−スクシンイミジル−S−アセチルチオアセタート)、(N−スクシンイミジル−S−アセチルチオプロピオナート)、(スクシンイミジル3−[ブロモアセトアミド]プロピオナート)、(N−スクシンイミジルヨードアセタート)、(N−スクシンイミジル[4−ヨードアセチル]アミノベンゾアート)、(スクシンイミジル4−[N−マレイミドメチル]シクロヘキサン−1−カルボキシラート)、(スクシンイミジル4−[p−マレイミドフェニル]ブチラート)、(スクシンイミジル−6−[β−マレイミドプロピオンアミド]ヘキサノアート)、(4−スクシンイミジルオキシカルボニル−メチル−a−[2−ピリジルジチオ]トルエン)、(N−スクシンイミジル 3−[2−ピリジルジチオ]−プロピオンアミド)、([N−e−マレイミドカプロイルオキシ]スルホスクシンイミドエステル)、(N−[g−マレイミドブチリルオキシ]スルホスクシンイミドエステル)、(N−ヒドロキシスルホスクシンイミジル−4−アジドベンゾアート)、(N−[k−マレイミドウンデカノイルオキシ]スルホスクシンイミドエステル)、(スルホ−スクシンイミジル6(3−[2−ピリジルジチオ]−プロピオンアミド)ヘキサノアート)、(m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスルホスクシンイミドエステル)、(スルホスクシンイミジル[4−アジドサリチルアミド]−ヘキサノアート)、(N−スルホスクシンイミジル(4−アジドフェニル)−1,3′−ジチオプロピオナート、スルホ−SAED(スルホスクシンイミジル2−[7−アミノ−4−メチルクマリン−3−アセトアミド]エチル−1,3′ジチオプロピオナート)、スルホ−SAND(スルホスクシンイミジル2[m−アジド−o−ニトロベンザミド]−エチル−1,3′−ジチオプロピオナート)、スルホ−SASD(スルホスクシンイミジル−2−[p−アジドサリチルアミド]エチル−1,3′−ジチオプロピオナート)、スルホ−SFAD(スルホスクシンイミジル−[ペルフルオロアジドベンザミド]エチル−1,3′−ジチオプロピオナート)、(N−スルホスクシンイミジル[4−ヨードアセチル]アミノベンゾアート)、(スクシンイミジル4−[N−マレイミドメチル]シクロヘキサン−1−カルボキシラート)、(スルホスクシンイミジル4−[p−マレイミドフェニル]ブチラート)、(4−スルホスクシンイミジル−6−メチル−a−(2−ピリジルジチオ)トルアミド]ヘキサノアート))、(N−[e−トリフルオロアセチルカプロイルオキシ]スクシンイミドエステル)(スルホスクシンイミジル−2−[6−(ビオチンアミド)−2−(p−アジドベンザミド)ヘキサノアミド]エチル−1,3′−ジチオプロピオナート)、(β−[トリス(ヒドロキシメチル)ホスフィノ]プロピオン酸(ベタイン)、(トリス[2−マレイミドエチル]アミン)、(トリス−スクシンイミジルアミノトリアセタート)を含む。標的−リガンド複合体はまた、ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド又はグリオキサールを使用して好都合に架橋させることができる。好ましくは、ホモ二官能アミン反応性架橋剤、たとえば(エチレングリコールビス[スクシンイミジルスクシナート])、(エチレングリコールビス[スルホスクシンイミジルスクシナート])、(ビス[2−(スクシンイミドオキシカルボニルオキシ)エチル]スルホン)、(ジチオビス[スクシンイミジルプロピオナート])、(3、3′−ジチオビス[スルホスクシンイミジルプロピオナート]、(ジメチル3,3′−ジチオビスプロピオンイミダート2HCl)、(ジスクシンイミジルスベラート)、(ビス[スルホスクシンイミジル]スベラート)、(ジメチルスベリダート2HCl)、(ジメチルピメリミダート2HCl)、(ジメチルアジピミダート2HCl)、(ジスクシンイミジルグルタラート)、(メチルN−スクシンイミジルアジパート)、(ジスクシンイミジルタルタラート)、(1,5−ジフルオロ−2,4−ジニトロベンゼン)。もっとも好ましくは、質量分析と適合性を有することが示されている二つ以上の異なる架橋剤の混合物。多官能架橋剤はまた、不均一生物学的マトリックス又は他の複合溶液から架橋生成物を選択的に除去するための精製タグとして使用することもできる。
【0044】
架橋反応の完了ののち、液体は、MSセットアップ、好ましくはMALDI MSセットアップで使用されることになる。好ましい実施態様では、共有結合的に安定化した複合体を含有する試料のアリコートたとえば1マイクロリットルを、マトリックス溶液のアリコートたとえば1マイクロリットルと混合して試料/マトリックス混合物を得るか、マトリックスの薄い層で覆われたプレートに直接スポッティングするか、当業者に公知の他のMALDI試料堆積技術によって堆積させた。本明細書に開示される方法で使用するための典型的なマトリックス溶液は、脱離及びイオン化を実行する際に使用されるレーザの波長で十分な吸収を有し、室温(20℃)で液体であり、ガラス質又はガラス固体を形成することができる。好ましいマトリックスとしては、置換又は非置換の(1)アルコール、たとえばグリセロール、糖、多糖、1,2−プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール及びトリエタノールアミン、(2)カルボン酸、たとえばギ酸、乳酸、酢酸、プロピオン酸、ブタン酸、ペンタン酸及びヘキサン酸又はそれらのエステル、(3)第一級又は第二級アミド、たとえばアセトアミド、プロパンアミド、ブタンアミド、ペンタンアミド及びヘキサンアミド(分岐状又は非分岐状)、(4)第一級又は第二級アミン、たとえばプロピルアミン、ブチルアミン、ペンチルアミン、ヘキシルアミン、ヘプチルアミン、ジエチルアミン及びジプロピルアミン、(5)ニトリル、ヒドラジン及びヒドラジド、ならびに(6)アルファ−シアノケイ皮酸、シナピン酸がある。MS分析中の真空条件下での急速な蒸発を避けるためには、比較的低い揮発性の材料が好ましい。好ましくは、液体は、単独で又は試料溶液と混合した状態で、マイクロリットル〜ナノリットル量のマトリックスの分注を容易にするのに適切な粘度を有する。上記性質の一つ以上を与えるためには異なる液体マトリックス及びそのようなマトリックスへの添加物の混合物が望ましいかもしれない。好ましくは、分析の前に試料/マトリックス混合物を乾燥させることによって溶液の調製に使用した液体を除去して、均一な「固溶体」、すなわち、マトリックス中に分散した分析対象物複合体を含む固溶体を形成する。好ましい実施態様では、マトリックス溶液は、たとえば、アセトニトリル:水:0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)を7:3:1で含有する溶液中にシナピン酸(10mg/mL)を含有する。架橋ステップによって達成される安定化のおかげで、「ソフトな」条件、たとえば有機溶媒又はソフトレーザ分析なしでマトリックス溶液を最適化する労力のかかる工程を受けることは不要である(すなわち、低レーザ出力使用又は第一ショット分析)。
【0045】
上記の好ましい実施態様は、乾燥した溶液を使用することを含むが、当該技術で周知であるような他の方法、たとえば液MALDI、オンラインAP−MALDI、固相調製及び他の試料調製技術を使用することもできる。
【0046】
本明細書で開示されるようなMSによって分析される試料/マトリックス混合物は一般に、複合体及び液体マトリックスを、分析される複合体の約20femtomol〜5picomolの比で含有する。
【0047】
続いて、MALDI MSに付される得られた試料/マトリックス混合物のアリコート、たとえば1マイクロリットルを薄い層として基材に堆積させる。
【0048】
真空マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)が好ましいイオン化技術であるが、電気スプレーイオン化(ESI)ならびに当該技術で周知であるような質量分析のための他のタイプのイオン化、たとえば大気圧化学イオン化(APCI)、大気圧MALDI(APMALDI)、化学イオン化(CI)、高速原子衝撃(FAB)、二次イオン質量分析(SIMS)、電子衝撃(EI)、電場脱着(FD)及びイオン化(FI)又は他のイオン化ソースを使用することもできる。
【0049】
好ましい実施態様では、発生したイオン粒子は、質量分析装置中での分離及び検出の前に、質量分析装置による分析のために遅延的に抽出される。好ましくは、分離フォーマットは、線形及び非線形電場、たとえば局面電場リフレクトロンを有する線形型又はリフレクトロン飛行時間型(ToF)、単一又は複数の四重極、単一又は複数の磁気又は電気センサ、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)、イオントラップ質量分析計、もっとも好ましくは線形飛行時間型(ToF)を含むが、これらに限定されない。
【0050】
超伝導トンネル接合(STJ)検出器が好ましいが、当該技術で周知であるような、高い質量イオンに対して高感度であり、したがって、化学的に安定化した多成分イオンを検出することができる他の公知の検出器、たとえばイオン変換ダイノード(ICD)検出器、光学デカップリング、増幅又は特殊コートされた電子増倍管又はMCP及び他のクリオ検出器又は高感度高質量検出器を使用することもできるが、これらに限定されない。
【0051】
本発明の方法にしたがって得られる個々のスペクトルから非共有結合的相互作用を認識することができるが、架橋相互作用から非架橋相互作用への直接比較が、より正確な、一般には示差表示を使用してなされる分析を可能にする。示差分析及び多数の試料の分析はまた、試料取り扱いロボット工学及び/又は分析ソフトウェアの使用によって支援されてもよい。
【0052】
本明細書に開示する方法はまた、一つ以上の共有結合的に安定化した複合体をそれぞれ含有する複数の試料組成物を固体支持体、たとえばチップにアレイの形態で堆積させることにより、多数の複合体を含む一つ以上の複合体をたとえばMALDI−MSで分析するのに適している。分析は、一つの試料中の多数の複合体の検出、同じ試料内の多数の成分もしくは成分の組み合わせの分析又はアレイ形態の多数の試料の分析を含むことができる。これは、他の質量分析装置と同様に適用し、その具体的なセットアップに適合させることができることが理解される。さらには、試料は、本来、溶液状態であり、分析のために非常に少量(マイクロリットル)しか要らず、ひとたび架橋すると十分に安定である。したがって、本明細書に開示される方法は、自動化又はより高いスループットの検定フォーマットに容易に適合可能である。
【0053】
さらには、本明細書に開示された方法は、薬物開発及び診断において非常に重要である種々の分析用途において重要なツールを提供することができる。これらの分析用途は、特に相互作用の特異性、交差反応性、結合強度、速度論及び化学量論に関する抗体−抗原相互作用の特性解析(試薬開発及び抗体薬最適化で有意義な話題)、基本的分子生物学研究及び試薬開発で有意義なエピトープマッピング、シグナル伝達経路マッピングで有意義なタンパク質の酵素誘発重合又は開裂及び相互作用するタンパク質の翻訳後修飾、たとえばリン酸化、脱リン酸化、グリコリル化、アセチル化、メチル化、ユビキチン結合など、薬物発見で有意義なリード発見検定法、たとえば餌タンパク質又は競合検定を使用するリガンドフィッシング、バイオマーカ発見、妥当性検査及び初期薬物プロファイリングで有意義な薬物プロファイリング検定、たとえば薬物又は他のストレス因子を適用したときの細胞中のタンパク質複合体形成のマッピング、タンパク質−タンパク質相互作用のより高いスループットの直接分析(タンパク質複合体形成研究、タンパク質相互作用研究又はシステム生物学)、インビボ又はインビトロでの、結合動態、結合部位、同定又は成分の化学量論のような性質を決定するための自動化又はより高いスループット分析、同定された又は未知の複合体の存在を区別するための、発現、励起又は摂動された超分子複合体を有するものもある多数の細胞系の比較、これらの方法を使用するリン酸化/脱リン酸化部位、たとえばタンパク質キナーゼの検出ならびに別の実体を通過する、たとえば細胞又は細胞の一部を通過するタンパク質輸送の計測を含む。
【0054】
以下の具体的な実施態様は、様々な用途を例示するものであり、本発明の範囲をいかなる方向にも限定するものではない。
【0055】
実験
質量分析
すべての質量計測は、マクロマイザ計器(Comet AG、Flamatt、スイス)で実行した。マクロマイザ計器は、本質的には、クリオ検出器アレイの小さな区域におけるイオン透過を最適化するように設計されたMALDI−TOF質量分析計である。すべての必要なイオン光学部品、レーザ及び電子部品を含む計器の各部品は、高質量イオンの検出を高めるように設計されていた。より詳細な計器の説明に関しては、Wenzel, et al. Anal. Chem. (2005)を参照すること。
【0056】
実施例1:架橋安定化を実施する場合と実施しない場合とでの、MALDIを使用する非共有結合的(抗体)タンパク質−タンパク質相互作用の質量分析
この実施例は、非架橋条件(図3A)及び架橋安定化を使用する条件(図3B)下の抗体−抗原反応を実証する。反応は、650nMのヒト血清アルブミン(HSA)5μLを1μMの抗ヒト血清アルブミン(抗HSA)5μLと反応させることを含む。図3Bは、図3Aと同じ試料であったが、1mg/mLの架橋混合物1μLの使用を含み、架橋ピークの容易な特定を可能にした。標準的な作動条件下、マクロマイザ(Comet AG、Flamatt、スイス)MALDI質量分析計を使用して分析を実行した。シナピン酸1μL(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中10mg/mL)と混合した試料1μLを使用し、乾燥小滴技術を使用して1uLをスポッティングすることにより、試料を調製した。
【0057】
実施例2:架橋安定化を実施する場合と実施しない場合とでの、MALDIを使用する非共有結合的(非抗体)タンパク質−タンパク質相互作用の質量分析
この実施例は、非架橋条件(図4A)及び架橋安定化を使用する条件(図4B)下の細胞分裂周期42ホモログ(CDC42)とサルモネラ外タンパク質E(SopE)との間の(非抗体)タンパク質−タンパク質反応を実証する。反応は、1nMのSopE5μLを1μMのCDC42 5μLと反応させることを含む。図4Bは、図4Aと同じ試料であったが、1mg/mLの架橋混合物1μLの使用を含み、架橋ピークの容易な特定を可能にした。標準的な作動条件下、マクロマイザ(Comet AG、Flamatt、スイス)MALDI質量分析計を使用して分析を実行した。シナピン酸1μL(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中10mg/mL)と混合した試料1μLを使用し、乾燥小滴技術を使用して1uLをスポッティングすることにより、試料を調製した。
【0058】
実施例3:架橋安定化した場合での、MALDIを使用する複合体試料中の非共有結合的タンパク質−タンパク質相互作用の質量分析
この実施例は、タンパク質の多成分混合物内の特異的タンパク質複合体を検出することが可能であることを実証する。反応は、6種の異なるタンパク質(インスリン、HetS、リボヌクレアーゼA、SopE、CDC42、HSA)それぞれ10μL、1μMを含む(図5A)。1mg/mLの架橋混合物1μLによる架橋安定化ののち、特異的複合体[CDC42・SopE]を検出した(図5B)。標準的な作動条件下、マクロマイザ(Comet AG、Flamatt、スイス)質量分析計を使用して分析を実行した。シナピン酸1μL(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中10mg/mL)と混合した試料1μLを使用し、乾燥小滴技術を使用して1uLをスポッティングすることにより、試料を調製した。
【0059】
実施例4:架橋安定化した場合での、MALDIを使用するヒト血清中の非共有結合的タンパク質−タンパク質相互作用の質量分析
この実施例は、ヒト血清(1:200希釈)の試料内の10μM濃度のスパイクのとき架橋安定化を使用する抗体−抗原反応が特異的であることを実証する。反応は、650nMの抗プリオンタンパク質(6H4、Prionics、スイス)5μLを1pm/μLのマウスプリオンタンパク質(mPrP(121−230))の球状サブセクション5μL及び2mg/mLの架橋混合物1μLと反応させることを含み、架橋ピークの容易な特定を可能にした(図6)。標準的な作動条件下、マクロマイザ(Comet AG、Flamatt、スイス)MALDI質量分析計を使用して分析を実行した。シナピン酸1μL(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中10mg/mL)と混合した試料1μLを使用し、乾燥小滴技術を使用して1uLをスポッティングすることにより、試料を調製した。
【0060】
実施例5:架橋安定化した場合での、MALDIを使用する多成分非共有結合的複合体の質量分析
この実施例は、多数の結合パートナーを一つの無傷の複合体として安定化できる方法を実証する。反応は、650nMの抗プリオンタンパク質(6H4、Prionics、スイス)5μLを1μMのウシプリオンタンパク質(bPrP)5μL及び1.3μMの抗プリオンタンパク質(3B8、Roboscreen、Leipzig、ドイツ)2.5μLと反応させることを含む。2mg/mLの架橋混合物1μLを使用して混合物を安定化して、架橋ピークの容易な特定を可能にした(図7)。標準的な作動条件下、マクロマイザ(Comet AG、Flamatt、スイス)MALDI質量分析計を使用して分析を実行した。シナピン酸1μL(70%アセトニトリル:30%水:0.1%トリフルオロ酢酸中10mg/mL)と混合した試料1μLを使用し、乾燥小滴技術を使用して1μLをスポッティングすることにより、試料を調製した。
【0061】
実施例6:動態学的実験
bPrP(23−230)(6H4、600nM、300μl、H2O)に対するモノクロナール抗体の溶液をbPrP(23−230)(1μM、300μl、H2O)の溶液と時間0で混合した。インキュベート後、1〜30分の1分ごとに、次いで、30〜80分の5分ごとに10μlアリコートを抜き取り、10分間、架橋反応に付した。次いで、架橋した試料1μlをマトリックス(シナピン酸、7:3:1アセトニトリル:H2O:0.1%TFA中10mg/ml)1μlと混合することにより、反応を停止させた。インキュベート時間ごとに、反応生成物をマクロマイザ質量分析によって分析した。結果を図8及び9に図示する。図8は、t=0では、主ピークが非結合6H4ピークであり、5分後、主ピークが1個の6H4と1個のbPrPとの単一の結合であることを示す。60分後、反応は完了し、主ピークは、2個のbPrP分子と結合した1個の6H4である。図9は、異なるインキュベート時間で起こる非結合、結合及び多重結合タンパク質−タンパク質相互作用の強度を示す上記質量スペクトルのグラフ表示である。グラフは、各ピークに対応するイオン強度を計算し、バックグラウンドイオン強度を差し引き、各スペクトル内でピークの強度を正規化することによって得られた。そして、これらの修正され、正規化されたイオン強度が時間とともにグラフ化されている。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の質量分析によって超分子標的−リガンド複合体を分析する方法の基本的な概要である。
【図2】質量分析の前に非共有結合的複合体を安定化するために使用される典型的な標準アミン反応性架橋化学反応である。
【図3】従来の条件の下で分析された簡単な非共有結合的抗体−抗原相互作用からの質量分析結果(図3A)及び安定化ののち本発明の高質量MALDI質量分析技術によって分析した質量分析結果(図3B)である(実施例1)。
【図4】従来の条件の下で分析された二つの(非抗体)タンパク質の間の非共有結合的相互作用の質量分析結果(図4A)及び安定化ののち本発明の高質量MALDI質量分析技術によって分析した質量分析結果(図4B)である(実施例2)。
【図5】従来の条件の下で分析された非共有結合的タンパク質−タンパク質相互作用を含有する複合体試料からの質量分析結果(図4A)及び架橋混合物を使用する安定化ののち本発明の高質量MALDI質量分析技術によって分析した質量分析結果(図4B)である(実施例3)。
【図6】架橋混合物を使用して安定化し、本発明の高質量MALDI質量分析技術によって計測したヒト血清内の非共有結合的タンパク質−タンパク質相互作用を含む複合体試料からの質量分析結果である(実施例4)。
【図7】架橋混合物を使用して安定化し、本発明の高質量MALDI質量分析技術によって計測した多成分非共有結合的複合体からの質量分析結果である(実施例5)。
【図8】多重結合タンパク質−タンパク質複合体の形成の質量分析の時間経過である(実施例6)。
【図9】質量分析中の異なる時点における非結合、結合及び多重結合タンパク質−タンパク質相互作用の強度である(実施例6)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析を使用して、非消化で非断片化状態の超分子標的−リガンド複合体の無傷のイオンを分析する方法であって、
a)非共有結合的に結合した超分子標的−リガンド複合体を架橋試薬と接触させて共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体を形成するステップ、及び
b)共有結合的に安定化した非消化で非断片化状態の超分子標的−リガンド複合体からの無傷のイオンを質量分析によって分析するステップ
を含む方法。
【請求項2】
質量分析を使用して、非消化で非断片化状態の超分子標的−リガンド複合体の無傷のイオンを分析する方法であって、(a)非共有結合的に結合した超分子標的−リガンド複合体を含む第一の試料を得ること、(b)前記第一の試料を架橋試薬と接触させて、共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体を含む第二の試料を得ること、(c)前記第二の試料をマトリックス溶液と混合して試料/マトリックス混合物を得ること、(d)前記試料/マトリックス溶液を基材に堆積させ、それによって均一な薄層を形成すること、(e)基材にレーザからの放射線を照射して、試料/マトリックス混合物中の前記共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体を脱離させ、無傷のイオンを発生させること、及び(f)質量分離及び分析フォーマットを使用して、非消化で非断片化状態の共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体の前記無傷のイオンを質量分離し、検出することを含む方法。
【請求項3】
超分子標的−リガンド複合体が標的分子とその結合リガンドとの複合体を表し、前記標的分子が、タンパク質、ポリペプチド、糖ポリペプチド、リンポリペプチド、ペプチドグリカン、多糖、ペプチド様物質、脂質、炭水化物、ポリヌクレオチド及び他の天然又は合成高分子から選択され、前記結合リガンドが、小分子薬物、ペプチドもしくはポリペプチド、核酸もしくはオリゴヌクレオチド、炭水化物、たとえばオリゴ糖、ウイルス粒子、タンパク質又は他の有機誘導化合物から選択される、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
超分子標的−リガンド複合体が、精製された多成分試料又は不均一生物学的マトリックスから分析される、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
イオン化が、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)、電気スプレーイオン化(ESI)、大気圧化学イオン化(APCI)、大気圧MALDI(APMALDI)、化学イオン化(CI)、高速原子衝撃(FAB)、二次イオン質量分析(SIMS)、電子衝撃(EI)、電場脱着(FD)及びイオン化(FI)又は他のMSイオン化技術、好ましくはマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)又は電気スプレーイオン化(ESI)を使用して実施される、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
架橋試薬が、ホモ及びヘテロ多官能架橋剤から選択される架橋試薬の一つ又は混合物であり、イミドエステル、N−ヒドロキシスクシンイミド−エステル(NHS−エステル)、マレイミド、ハロアセチル、ピリジルジスルフィド、ヒドラジド、カルボジイミド、アリールアジド、イソシアナート、ビニルスルホンなどを含む、請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
質量分離及び分析フォーマットが、線形及び非線形電場、たとえば曲面電場リフレクトロンを有する線形型又はリフレクトロン飛行時間型(ToF)、単一又は複数の四重極、単一又は複数の磁気又は電気センサ、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)、イオントラップなど又はこれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項2〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
質量分離及び分析フォーマットが、高質量イオンに対して高感度であり、非飽和性である検出器、たとえば超伝導トンネル接合(STJ)検出器、イオン変換ダイノード(ICD)検出器、光学デカップリング、増幅又は特殊コートされた電子増倍管又はMCP及び他のクリオ検出器又は高感度高質量検出器を含む、請求項2〜7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
試料/マトリックス混合物が固体支持体上に二次元配列で堆積され、MS分析がより高いスループット又は自動化されたやり方で実施される、請求項2〜8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
薬物開発及び診断のための種々の分析用途における、請求項1〜9のいずれか1項記載の方法の使用。
【請求項11】
非消化で非断片化状態の共有結合的に安定化した超分子標的−リガンド複合体の無傷のイオンを分析するための、質量分析の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2008−541021(P2008−541021A)
【公表日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−509289(P2008−509289)
【出願日】平成18年5月4日(2006.5.4)
【国際出願番号】PCT/CH2006/000245
【国際公開番号】WO2006/116893
【国際公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【出願人】(506160846)
【氏名又は名称原語表記】Eidgenossische Technische Hochschule Zurich
【Fターム(参考)】