説明

α−グルコシダーゼ阻害剤およびその製造方法

【課題】安全で効果的なα−グルコシダーゼ阻害剤を迅速に効率よく製造する方法を提供する。
【解決手段】亜臨界水反応を用いることにより短時間で効率よくアルギン酸を分子量1〜30万の範囲で低分子化できる。得られた低分子量アルギン酸はα−グルコシダーゼ阻害活性を示し、α−グルコシダーゼ阻害剤として、また、血糖値上昇抑制のための食品として利用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α−グルコシダーゼ阻害剤およびその製造方法、並びにこの阻害剤を含有する、健康食品や特定保健用食品として使用できる食品または飲料に関する。
【背景技術】
【0002】
α−グルコシダーゼは2糖類を単糖類に分解する分解酵素であり、分解された単糖類は小腸壁より体内に吸収され血糖値が上昇する。即ち、α−グルコシダーゼを阻害して2糖類から単糖類への分解を抑制することによって、食後の血糖値の上昇を抑え適正な範囲に保つことが可能である。従って、α−グルコシダーゼ阻害剤は、血糖値上昇を抑制して糖尿病を治療するための経口糖尿病薬の1つとして使用されている。
【0003】
現在、α−グルコシダーゼ阻害剤は医薬品としてはアカルボース、ボグリボースが利用され糖尿病患者の血糖値上昇抑制のために用いられているが、これら合成系の糖尿病薬には副作用などの問題がある。
【0004】
一方、日常の食生活において糖尿病の予防、改善を図るために、糖尿病予防・改善効果をもつ食品の開発を目的として安全性の高い天然物由来の成分の検討がなされてきた。これまで食品分野においては、例えば、天然物由来のα−グルコシダーゼ阻害剤として、トウチ(特許文献1)や杜仲茶(非特許文献1)などを用いることが報告されている。しかし、これらの有効成分を抽出するのは困難な場合が多い。また、微生物によるアルギン酸分解物を含む血糖値上昇抑制組成物が特許文献2に開示されているが、このアルギン酸分解物はエタノール75%で沈殿しない小分子であり、Sephadex G- カラムによって測定した分子量は約1000程度であると説明されている。そして、このアルギン酸分解物は二糖類水解酵素活性阻害作用を有するというものの、澱粉由来の二糖の代謝に関与するマルターゼに対しては阻害効果は低い。しかも、微生物の分解による低分子化は時間がかかり、分子量のコントロールも困難である。
【0005】
厚生労働省の患者調査による糖尿病患者数は年々増加傾向にあり、1965年の患者数3.3万人に対し、2002年の調査では21.9万人と、37年間で6.6倍にも増えている。従って、血糖値上昇抑制作用を有する、安全で有効なα−グルコシダーゼ阻害剤の開発が強く望まれている。
【特許文献1】特開2000−72687号公報
【特許文献2】特開平2006−193448号公報
【非特許文献1】Watanabe,J., Kawabarta,J.,Kurihara,H., Niki,R., Biosci.Biotechnol.Biochem., 61, 177-178 (1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、安全で有効なα−グルコシダーゼ阻害剤を効率よく製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、亜臨界水反応を用いることによりアルギン酸を迅速に効率よく低分子化できること、および、こうして得られた低分子化アルギン酸が優れたα−グルコシダーゼ阻害作用を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
アルギン酸は褐藻類などから抽出される多糖類であり、D-マンヌロン酸とL-グルロン酸が種々の割合で結合した高分子量のポリウロニド多糖である。遊離のアルギン酸は水に難溶性でゲル化し易いため、通常は水溶性のアルカリ金属塩、例えばナトリウム塩とし、水溶液の形態で使用する。本明細書においてアルギン酸という場合、アルギン酸の塩 (例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩や、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩) 、およびアルギン酸エステル (例えば、アルギン酸プロピレングリコールエステル) などの誘導体も包含する。
【0009】
本発明は、高分子量の原料アルギン酸を亜臨界水反応により低分子化し、得られる低分子量アルギン酸を使用することを特徴とする、α−グルコシダーゼ阻害剤の製造方法に関する。この方法においては、GPC(ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー)法で測定したアルギン酸の平均分子量が1万〜30万となるように低分子化するのが好ましい。
【0010】
また、本発明は、亜臨界水反応により低分子化して得られるアルギン酸を有効成分とするα−グルコシダーゼ阻害剤にも関し、特に、GPC法で測定した平均分子量が1万〜30万であるアルギン酸を用いるのが好ましい。
【0011】
本発明はさらに、上記α−グルコシダーゼ阻害剤を含有する食品または飲料、並びに、亜臨界水反応により低分子化したアルギン酸を使用することを特徴とする、アルギン酸を含有する食品または飲料の製造方法にも関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、アルギン酸を含有するα−グルコシダーゼ阻害剤の製造において、亜臨界水反応を用いることにより、極めて短時間で効率的にアルギン酸の低分子化を行うことができ、分子量のコントロールも反応条件の変更により可能である。また、亜臨界水反応は有機溶剤や触媒を用いる必要がなく、水のみで反応が進行するため経済性や環境への配慮という点からも優れた方法である。
【0013】
そして、亜臨界水反応により低分子化したアルギン酸、特に、平均分子量が1万〜30万であるアルギン酸は、α−グルコシダーゼ阻害活性を有し、安全で効果的なα−グルコシダーゼ阻害剤として使用できる。また、低分子化によりアルギン酸水溶液の粘度を低下させることができるため摂取が容易となり、血糖値上昇を抑制する食品、特に飲料として利用することが容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のα−グルコシダーゼ阻害剤は、高分子量アルギン酸を亜臨界水反応により処理して低分子化した分解物を用いて製造する。
原料となる高分子量アルギン酸は、GPC法で測定して平均分子量が40万以上のものであればよく、褐藻類から既知の方法で抽出したものを用いるか、あるいは市販品を利用することができる。アルギン酸の塩としてはナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩など任意の塩が挙げられる。アルギン酸エステルとしてはプロピレングリコールエステルが例示される。
【0015】
原料アルギン酸の分解に用いる亜臨界水反応とは、臨界点近傍で、臨界点よりも温度・圧力の低い熱水である亜臨界水を用いる反応である。本発明において用いる反応条件は、反応温度150℃〜250℃、圧力15MPa〜40MPa、反応時間10ms〜100msが好ましく、特に、反応温度175℃〜225℃、圧力20MPa〜30MPa、反応時間15ms〜90msが好ましいが、使用する装置の規模により適宜変更できる。
【0016】
アルギン酸の分解に亜臨界水反応を用いると、酵素法に比べ極めて短時間に低分子化することができ、しかも、反応条件を変えることにより分子量の制御が容易に行える。このような利点に加え、反応条件によりアルギン酸分子における特定の結合を選択的に分解することができるので、アルギン酸の構成成分であるグルロン酸(G)とマンヌロン酸(M)の含有率が異なる低分子アルギン酸を製造することが可能となる。即ち、使用目的に応じてG-rich アルギン酸やM-rich 水溶性アルギン酸を得ることができる。
【0017】
このように、亜臨界水反応は、アルギン酸のG/M制御分解法として検討されている酵素法に比べ極めて短い時間 (1秒以下) で分解を行うことができ、また、現在の工業的手法であるオートクレーブ法にはないG/M制御能力をもったアルギン酸低分子化法として利用できる。
【0018】
亜臨界水反応には、例えば図1に示すような連続流通系の亜臨界水マイクロ空間反応(sub-H2O-μR)システムを使用できる。図1において詳しく説明すると、脱気した蒸留水をヒーターで加熱しながら高圧ポンプBにより連続的に送液し、同様に高圧ポンプAにて連続送液された原料アルギン酸塩は、反応部の入り口の混合ティーで加熱蒸留水と精密混合され、所定の反応温度まで昇温され分解反応が完結する。このとき、アルギン酸塩を0.01秒以下で急速昇温し反応部の混合物温度を一定にするためには、蒸留水の流量をアルギン酸塩の流量の3倍以上とすればよい。反応部出口を急速冷却することにより速やかに反応を終了しうる。これにより1秒以下の精密な反応時間制御が可能となる。また、圧力は背圧弁にて調整する。このような亜臨界水マイクロ空間反応システムを用いて高分子量の原料アルギン酸を分解する場合、使用する原料アルギン酸溶液の濃度は1〜5wt%程度が好ましいが、この範囲に限らず任意の濃度が使用できる。
【0019】
亜臨界水反応によるアルギン酸の低分子化は、GPC法で測定してアルギン酸の平均分子量が1〜30万、特に2〜25万となるように行うのが好ましい。平均分子量が30万より大きいと、水溶液の粘度が高くなり食品としての利用が難しく、特に飲料としての摂取に不適当である。また、平均分子量が1万未満では、α−グルコシダーゼ阻害活性が不十分であり、α−グルコシダーゼ阻害剤としての使用に適さなくなる。低分子化により得られた溶液はそのまま使用することもできるが、使用目的に応じた濃度に希釈あるいは濃縮しても、あるいは噴霧乾燥法や凍結乾燥法などの乾燥法により粉末状としてもよい。
【0020】
上記方法により得られる低分子量のアルギン酸は、以下の試験例において実証されるように、α−グルコシダーゼ阻害作用を有するので、単独で、あるいは必要に応じ適宜添加剤や他の食品成分を添加してα−グルコシダーゼ阻害剤として使用できる。さらに、このα−グルコシダーゼ阻害剤をそのままで、あるいは各種賦形剤や食品添加物などを加えるか、通常の食品中に含有させて、血糖値の上昇を抑える食品素材や食品として利用できる。例えば、本発明で得られる低分子量アルギン酸を含有する食品を、血糖値上昇抑制、または糖尿病の改善または予防のための機能性食品や健康食品などとして摂取することができる。その際の摂取量は、アルギン酸分解物として、体重60kgの人に対して1〜10g/日、好ましくは4〜6g/日である。
【0021】
本発明のα−グルコシダーゼ阻害剤を配合する食品としては、コーヒー、紅茶、ウーロン茶、緑茶などの嗜好飲料、ジュース、ミネラルウォーター、清涼飲料水などの飲料、ビスケット、クラッカー、パイなどのビスケット類、ポテトチップ、コーンパフ、コーンチップなどのスナック菓子、あられ、煎餅などの米菓、チョコレート、ココア、チューインガム、ドロップ、キャラメル、ヌガー、ゼリー、マシュマロ、金平糖、ラムネ菓子などのキャンディー、ワッフル、パイ、シュークリーム、タルト、ババロア、バウムクーヘン、生クリーム、ショートケーキ、バターケーキ、カステラ、ウエハース等の洋菓子、ういろう、桜餅、水ようかん、大福餅、串団子、練りようかん、最中、餡入り打菓子、焼饅頭、甘納豆、八つ橋などの和菓子、中華饅頭、ドーナツ、ピザ、クレープ、パン類、うどん、そば、ラーメン、冷や麦、そうめん、即席麺、マカロニ、スパゲッティー、ちくわ、かまぼこ、ソーセージ、揚げかまなどの水産練り製品、珍味、寒天、バター、チーズ、アイスクリーム、氷菓、マーガリン、ショートニング、ラード、惣菜、佃煮、ハンバーグ、カレー、スープ、冷凍食品、缶詰食品、レトルト食品、マヨネーズ、ドレッシング、調味料などが挙げられる。
【0022】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例1】
【0023】
図1の亜臨界水マイクロ空間反応(sub-H2O-μR)システムを用いて、高圧ポンプAよりアルギン酸カリウムの1wt%溶液を1ml/minで連続送液した。同様に、高圧ポンプBより脱気した蒸留水を、アルギン酸カリウム溶液との混合後に反応温度 (150 ℃) となるようヒーターで加熱しながら3ml/minで連続的に送液し、マイクロ空間の反応状態が定常になってから105 分間分解物の回収を行った。このとき反応部においては加熱蒸留水と混合されたアルギン酸カリウム溶液は圧力25MPa 、反応時間88msの条件で分解した。この分解物を含んだ溶液を凍結乾燥することによりアルギン酸カリウムの分解物を製造した。
【実施例2】
【0024】
反応部の温度、脱気した蒸留水の流量、アルギン酸カリウム溶液の流量、回収時間、反応時間を以下のようにする以外は実施例1と同様の操作を行い、アルギン酸カリウムの分解物を得た。
【0025】
【表1】

【0026】
実施例1〜5で得られたアルギン酸カリウム分解物の平均分子量をGPC(ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー)法により測定し、その結果を、以下の試験例1の結果とまとめて表2に示す。
【0027】
(試験例1)
実施例1〜5で得られたアルギン酸分解物のα−グルコシダーゼ阻害活性を以下のようにして測定した。
【0028】
キッコーマン社製糖化力分別定量キットの方法に改変を加えて測定した。基質溶液(p-nitrophenyl-α-D-glucopyranoside) 350 μlに試験サンプル溶液 (10mMリン酸緩衝液(pH7.0))20μL を添加し、37℃で10分間のプレインキュベーションを行った後、α−グルコシダーゼ (125 units/mL) を30μL 添加し、37℃で20分間インキュベーションした。反応停止液として炭酸ナトリウム溶液を 400 μL 添加し、400nm における吸光度を測定し、次式を用いてα−グルコシダーゼ阻害率 (%) を算出した。
【0029】
対照としてはサンプルの代わりに10mMリン酸緩衝液(pH7.2) を添加したものを使用した。なお、酵素失活させる場合は、酵素溶液を添加する前に予め反応停止液を添加しておく。
【0030】
阻害率 (%) =〔1−(A−B)/(C−D)〕×100
A:試料の吸光度
B:試料を先に酵素失活させた場合の吸光度
C:対照の吸光度
D:対照を先に酵素失活させた場合の吸光度
算出された阻害率から50%のα−グルコシダーゼを阻害するときの検体の濃度(IC50) を求めた。結果を表2に示す。
【0031】
【表2】

【0032】
表2に示す結果より、実施例1〜5のアルギン酸塩分解物がα−グルコシダーゼ阻害活性を有することが確認された。なお、反応条件を調節して得た分子量3966のアルギン酸分解物のα−グルコシダーゼ阻害活性はIC50が108.8 μg/mL であった。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】亜臨界水マイクロ空間反応システムを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子量の原料アルギン酸を亜臨界水反応により低分子化し、得られる低分子量アルギンを使用することを特徴とする、α−グルコシダーゼ阻害剤の製造方法。
【請求項2】
GPC法で測定したアルギン酸の平均分子量が1万〜30万となるように低分子化する、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
亜臨界水反応により低分子化して得られるアルギン酸を有効成分とするα−グルコシダーゼ阻害剤。
【請求項4】
GPC法で測定したアルギン酸の平均分子量が1万〜30万である、請求項3記載の阻害剤。
【請求項5】
請求項3または4記載のα−グルコシダーゼ阻害剤を含有する食品または飲料。
【請求項6】
亜臨界水反応により低分子化したアルギン酸を使用することを特徴とする、アルギン酸を含有する食品または飲料の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−215408(P2009−215408A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−59759(P2008−59759)
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【出願人】(391010460)共成製薬株式会社 (4)
【出願人】(591190955)北海道 (121)
【Fターム(参考)】