説明

α−フルオロ−β−アミノ酸類の製造方法

【課題】α−フルオロ−β−アミノ酸類の工業的な製造方法を提供する。
【解決手段】β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、有機塩基の存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、α−フルオロ−β−アミノ酸類を製造することができる。有機塩基として、炭素数が8から12で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ以上ある第三級アミン類、特にジイソプロピルエチルアミンを用いることにより、第四級アンモニウム塩体の副生が効果的に抑えられる。本発明の製造方法を適用することにより、医薬中間体として極めて重要な、(2R)−3−(ジベンジルアミノ)−2−フルオロプロピオン酸メチルエステルを、高い位置選択性で工業的にも格段に容易に製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬中間体として重要なα−フルオロ−β−アミノ酸類の工業的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明で対象とするα−フルオロ−β−アミノ酸類は、重要な医農薬中間体である。従来の製造方法としては、DASTを用いる、β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類の1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応が報告されている(スキーム1;非特許文献1)。
【0003】
【化1】

【0004】
また、同様の反応を、2工程で実施する例も開示されている(スキーム2;特許文献1)。
【0005】
【化2】

【0006】
さらに、本出願人は、スルフリルフルオリド(SO22)と有機塩基の組み合わせによる、アルコール類の脱ヒドロキシフッ素化反応を開示している(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開2006/038872号パンフレット
【特許文献2】国際公開2006/098444号パンフレット(特開2006−290870号公報)
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Journal of the American ChemicalSociety(米国),1982年,第104巻,p.5836−5837
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、α−フルオロ−β−アミノ酸類の工業的な製造方法を提供することにある。
【0010】
非特許文献1では、脱ヒドロキシフッ素化剤としてDASTが用いられているが、本反応剤は高価であり、また爆発の危険性もあるため、小スケールの合成に限られてきた。よって、大量規模での生産にも適した反応剤への置き換えが必要であった。
【0011】
特許文献1で用いられている反応剤は、大量規模での生産にも適しているが、反応を2工程で実施するため、後処理も含めて操作が煩雑となり、高い生産性が期待できない。さらに、目的とする1,2−転位体(α−F体)以外にも、ヒドロキシル基が共有結合した炭素原子上でフッ素原子に置換した位置異性体(β−F体)が相当量(α−F体:β−F体=15〜20:1)副生することが開示されている[具体的に、特許文献1の実施例1(ステップ3)では、粗生成物に5%の位置異性体が含まれると明記されている]。ターゲットが医薬中間体の場合には、必ずしも満足の行く位置選択性とは言えず、類似の物性を有する位置異性体の精製に負荷が掛かる。
【0012】
特許文献2に対しては、開示された脱ヒドロキシフッ素化の反応条件が、本発明で対象とするβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類の1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応に対しても、好適な反応条件になり得るかは全く不明であった。
【0013】
この様に、α−フルオロ−β−アミノ酸類を、高い位置選択性で且つ工業的に製造できる方法が強く望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記の課題を踏まえて鋭意検討した結果、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、有機塩基の存在下に、スルフリルフルオリドと反応させることにより、一般式[2]で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類が製造できることを新たに見出した。さらに本発明者らは、本方法が、ラセミ体だけでなく光学活性体の製造にも好適に適応できることも見出した。すなわち、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類として光学活性体(高い光学純度)を用いると、高い光学純度の一般式[2]で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類が製造できることが分かった。
【0015】
また、本発明の出発基質としては、β位が無置換のものを用いることにより、高い位置選択性で1,2−転位体が得られることも新たに明らかにした。特に、Ar1とAr2が共にフェニル基で、且つR2がメチル基、エチル基またはベンジル基の出発基質は、大量規模での入手や製造が容易であり、さらに得られたフッ素化生成物からの脱保護等の変換反応[例えば、−N(CH2Ph)2から−NH2への変換反応、−CO23から−CO2Hへの変換反応、光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類から光学活性2−フルオロ−3−アミノプロパノール類への変換反応(医農薬中間体として特に重要な光学活性2−フルオロ−3−置換プロピルアミン類のシントンに成り得る)、等]も容易に行うことができる。よって、一般式[3]で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類は好適な出発基質であり、さらに医薬中間体としての重要性を考慮すると、式[5]で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類、具体的には、L−セリンメチルエステルのN,N−ジベンジル体が特に好適である。
【0016】
本発明では、有機塩基を用いるが、その中でも、炭素数が8から12で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ以上ある、第三級アミン類が好適であり、さらにジイソプロピルエチルアミンが特に好適である。
【0017】
本発明の特に好適な出発基質である、L−セリンメチルエステルのN,N−ジベンジル体の1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応において、有機塩基としてトリエチルアミンを用いる反応例を示す(スキーム3;実施例2を参照)。本発明の1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応では、出発基質から変換されるフルオロ硫酸エステル体がアジリジニウム中間体を経て、α位で立体化学の反転を伴いながら開環フッ素化することにより、目的とする1,2−転位体を与える。有機塩基として、立体的な嵩高さがあまり期待できないトリエチルアミン(炭素数が6)を用いると、フルオロ硫酸エステル体からアジリジニウム中間体への分子内閉環や、アジリジニウム中間体から目的生成物への開環フッ素化において、トリエチルアミンがこれらの反応に部分的に関与し、第四級アンモニウム塩体(それぞれβ体またはα体に対応する)を副生することが新たに明らかになった。
【0018】
【化3】

【0019】
そこで、本発明者らは、有機塩基の立体的な嵩高さに着目した。その結果、本発明の1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応においては、「炭素数が8から12で、且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ以上ある、第三級アミン類」を用いることにより、第四級アンモニウム塩体の副生が効果的に抑えられることを新たに見出した。該第三級アミン類に要求される立体的な嵩高さは、炭素数が8以上で、且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ以上あれば所望の効果が十分に得られ、大量規模での入手容易性や反応の生産性等を考慮すると、炭素数が12までのものが好適であり、さらにジイソプロピルエチルアミンが特に好適である。
【0020】
この様に、α−フルオロ−β−アミノ酸類の工業的な製造方法として、極めて有用な方法を見出し、本発明に到達した。
【0021】
すなわち、本発明は、[発明1]から[発明3]を含み、α−フルオロ−β−アミノ酸類の工業的な製造方法を提供する。
【0022】
[発明1]
一般式[1]
【0023】
【化4】

【0024】
で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、有機塩基の存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[2]
【0025】
【化5】

【0026】
で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類を製造する方法。
[式中、R1は水素原子、アルキル基または芳香環基を表し、R2はアルキル基を表す。また、Ar1およびAr2はそれぞれ独立に芳香環基を表し、*は不斉炭素を表す(但し、R1が水素原子の場合は、β位の炭素原子は不斉炭素ではない)。該R1、R2、Ar1およびAr2のアルキル基または芳香環基は、任意の炭素原子上に置換基を有することもでき、さらに、該芳香環基はヘテロ原子を含む芳香族複素環基を採ることもできる]
[発明2]
一般式[3]
【0027】
【化6】

【0028】
で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、炭素数が8から12で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ以上ある第三級アミン類の存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[4]
【0029】
【化7】

【0030】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類を製造する方法。
[式中、R3はメチル基、エチル基またはベンジル基を表し、Phはフェニル基を表す。また、*は不斉炭素を表す]
[発明3]
式[5]
【0031】
【化8】

【0032】
で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、ジイソプロピルエチルアミンの存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、式[6]
【0033】
【化9】

【0034】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類を製造する方法。
[式中、Meはメチル基を表し、Phはフェニル基を表す]
【発明の効果】
【0035】
本発明が従来技術に比べて有利な点を、以下に述べる。
【0036】
非特許文献1に対しては、大量規模での生産にも適した脱ヒドロキシフッ素化剤に置き換えることができる。本発明で用いるスルフリルフルオリドは、燻蒸剤として広く利用されており、工業的に安価に入手でき、また爆発の危険性もない。
【0037】
特許文献1に対しては、反応を1工程(フルオロ硫酸エステル化、アジリジニウム中間体への分子内閉環、開環フッ素化が連続的に進行する)で実施でき、生産性が非常に高いため、大量規模での生産に好適である。
【0038】
また、本発明では、フルオロ硫酸エステル化において量論的に副生する「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」が、アジリジニウム中間体の開環フッ素化における、フッ素源[フッ素アニオン(F-)]として効果的に利用できる。よって、特許文献1の実施例1(ステップ3)で用いられている「トリエチルアミン・3フッ化水素錯体」の様な、フッ素源を新たに加える必要がない。
【0039】
さらに、特許文献1の実施例1においては、ステップ2のメシル化工程で量論的に副生する塩素アニオン(Cl-)が、ステップ3のフッ素化工程の反応系中に持ち込まれると、フッ素アニオンよりも求核性の高い塩素アニオンが優先的に反応することにより、対応する塩化物が不純物として副生する(特許文献1の実施例2を参照)。従って、メシル化工程の後処理においては、副生した塩素アニオンを完全に水洗除去する必要があり、それに伴い、次工程のフッ素化を効率的に行うための水分管理が必要となり、操作が煩雑となる。本発明においては、塩素アニオンを一切副生しないため、不純物として対応する塩化物を副生する可能性が全くない。さらに、反応が連続的に進行するため、ステップ2(特許文献1の実施例1)の後処理自体を必要としない。
【0040】
本発明で新たに見出した1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応は、非常に温和な反応条件で良好に進行するため、特許文献1および非特許文献1に比べて格段に高い位置選択性で、目的とする1,2−転位体(α−F体)を得ることができる。同一の出発基質に対する、従来技術の各種脱ヒドロキシフッ素化剤を用いる比較実験において、β位の置換基の有無に係わらず、本発明の方が、目的とするα−F体をより高い位置選択性で与える[スキーム4(β位無置換体);実施例1および比較例1を参照、スキーム5(β位メチル基置換体);実施例3および比較例2を参照。β位メチル基置換体は、元来、β−F体を与え易い出発基質であるため、ここでは、同一基質に対する、各種脱ヒドロキシフッ素化剤の、相対的な位置選択性を議論する]。よって、高い品質が要求される医薬中間体の製造方法という観点から見ると、本発明は、類似の物性を有する位置異性体の精製に負荷が少なくて済み、極めて好適な製造方法と言える。
【0041】
【化10】

【0042】
【化11】

【0043】
特許文献2に対しては、該特許文献で開示された脱ヒドロキシフッ素化の反応条件が、本発明で対象とするβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類の、1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応に対しても、好適な反応条件になり得ることを新たに見出した。特許文献2で得られる目的生成物(ヒドロキシル基が共有結合した炭素原子上でフッ素原子に置換した生成物;β−F体)は、本発明においても確かに生成するが、出発基質として本発明で開示したβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を採用すると、1,2−転位体(α−F体)が高い位置選択性で優先的に生成し、特許文献2の目的生成物(β−F体)がマイナーな生成物として得られることを新たに明らかにした。
【0044】
本発明では、分離の難しい不純物を殆ど副生することなく、高い化学純度で収率良く目的物を得ることができる。さらに、α位の立体化学は、極めて高い立体選択性で反転するため、α位の光学純度が高い出発基質を用いることにより、α位の立体化学が反転した目的物を高い光学純度で得ることができる。
【0045】
この様に、本発明は、従来技術の問題点を全て解決し、工業的にも実施容易な製造方法である。さらに、従来技術よりも高い位置選択性で1,2−転位体を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0046】
本発明のα−フルオロ−β−アミノ酸類の製造方法について、詳細に説明する。
【0047】
本発明は、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、有機塩基の存在下に、スルフリルフルオリドと反応させることにより、一般式[2]で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類を製造することができる。
【0048】
一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類のR1は、水素原子、アルキル基または芳香環基を表す。
【0049】
アルキル基は、炭素数が1から18の、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数が3以上の場合)を採ることができる。
【0050】
芳香環基は、炭素数が1から18の、フェニル基、ナフチル基、アントリル基等の芳香族炭素水素基、またはピロリル基、フリル基、チエニル基、インドリル基、ベンゾフリル基、ベンゾチエニル基等の窒素原子、酸素原子または硫黄原子等のヘテロ原子を含む芳香族複素環基を採ることができる。
【0051】
該アルキル基または芳香環基は、任意の炭素原子上に、任意の数でさらに任意の組み合わせで、置換基を有することもできる。係る置換基としては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素のハロゲン原子、アジド基、ニトロ基、メチル基、エチル基、プロピル基等の低級アルキル基、フルオロメチル基、クロロメチル基、ブロモメチル基等の低級ハロアルキル基、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等の低級アルコキシ基、フルオロメトキシ基、クロロメトキシ基、ブロモメトキシ基等の低級ハロアルコキシ基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジプロピルアミノ基等の低級アルキルアミノ基、メチルチオ基、エチルチオ基、プロピルチオ基等の低級アルキルチオ基、シアノ基、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基等の低級アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基(CONH2)、ジメチルアミノカルボニル基、ジエチルアミノカルボニル基、ジプロピルアミノカルボニル基等の低級アミノカルボニル基、アルケニル基、アルキニル基等の不飽和基、フェニル基、ナフチル基、ピロリル基、フリル基、チエニル基等の芳香環基、フェノキシ基、ナフトキシ基、ピロリルオキシ基、フリルオキシ基、チエニルオキシ基等の芳香環オキシ基、ピペリジル基、ピペリジノ基、モルホリニル基等の脂肪族複素環基、ヒドロキシル基の保護体、アミノ基(アミノ酸またはペプチド残基も含む)の保護体、チオール基の保護体、アルデヒド基の保護体、カルボキシル基の保護体等が挙げられる。
【0052】
なお、本明細書において、次の各用語は、それぞれ次に掲げる意味で用いられる。"低級"とは、炭素数が1から6の、直鎖または枝分れの鎖式、または環式(炭素数3以上の場合)を意味する。"不飽和基"が二重結合の場合(アルケニル基)は、E体、Z体、またはE体とZ体の混合物を採ることができる。"ヒドロキシル基、アミノ基(アミノ酸またはペプチド残基も含む)、チオール基、アルデヒド基およびカルボキシル基の保護基"としては、Protective Groups in Organic Synthesis,Third Edition,1999,John Wiley & Sons,Inc.に記載された保護基等を用いることができる(2つ以上の官能基を1つの保護基で保護することもできる)。
【0053】
また、"不飽和基"、"芳香環基"、"芳香環オキシ基"および"脂肪族複素環基"には、ハロゲン原子、アジド基、ニトロ基、低級アルキル基、低級ハロアルキル基、低級アルコキシ基、低級ハロアルコキシ基、低級アルキルアミノ基、低級アルキルチオ基、シアノ基、低級アルコキシカルボニル基、アミノカルボニル基、低級アミノカルボニル基、ヒドロキシル基の保護体、アミノ基(アミノ酸またはペプチド残基も含む)の保護体、チオール基の保護体、アルデヒド基の保護体、カルボキシル基の保護体等が置換することもできる。
【0054】
一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類のR1は、水素原子、アルキル基または芳香環基を表すが、その中でも水素原子およびアルキル基が好ましく、特に水素原子がより好ましい。R1が水素原子またはメチル基(炭素数が1のアルキル基)である、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類は、セリンまたは(アロ)スレオニンから容易に誘導できる。さらに、光学活性なβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類も、ラセミ化することなく同様に、光学活性なセリンまたは(アロ)スレオニンから誘導できる。光学活性なセリンまたは(アロ)スレオニンは、それぞれL体およびD体の両光学異性体が市販されている。特にL−セリンは、工業的に比較的安価に入手することができ、フッ素化生成物の有用性も鑑みると、本発明の原料基質として好都合である。
【0055】
一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類のR2は、アルキル基を表す。本アルキル基は、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類のR1で開示したアルキル基と同じであり、任意の炭素原子上に置換基を有することもできる。例えば、該アルキル基に1つ以上の芳香環基が置換されていても良い。該アルキル基の例として、メチル基、エチル基およびベンジル基が好ましく、特にメチル基がより好ましい。R2がメチル基、エチル基またはベンジル基である、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類は、公知の方法(実施例に記載した参考図書等)により、対応するカルボン酸から容易に誘導できる。特にメチル基は、工業的な誘導が最も簡便に且つ安価に行えるため、本発明の原料基質として好都合である。
【0056】
一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類のAr1およびAr2は、それぞれ独立に芳香環基を表す。本芳香環基は、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類のR1で開示した芳香環基と同じであり、任意の炭素原子上に置換基を有することもできる。さらに、該芳香環基はヘテロ原子を含む芳香族複素環基を採ることもできる。その中でもAr1とAr2が共にフェニル基が好ましい。Ar1とAr2が共にフェニル基である、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類は、特許文献1等を参考にして、対応するアミノ(−NH2)基から容易に誘導でき、工業的な誘導が最も簡便に且つ安価に行えるため、本発明の原料基質として好都合である。
【0057】
一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類の*は、不斉炭素を表す(但し、R1が水素原子の場合は、β位の炭素原子は不斉炭素ではない)。α位の立体化学は、反応を通して極めて高い立体選択性で反転するが、β位の立体化学は、出発基質と有機塩基の組み合わせ、および採用した反応条件により異なる。α位およびβ位の不斉炭素の絶対配置は、それぞれ独立にR体、S体、またはR体とS体の混合物を採ることができ、目的とする一般式[2]で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類の、α位とβ位の絶対配置に応じて適宜使い分ければ良い。
【0058】
一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類が光学活性体の場合には、その光学純度は、目的とする光学活性な医農薬中間体の用途にも依るが、エナンチオマー過剰率(ee)が80%ee以上を用いれば良く、通常は90%ee以上が好ましく、特に95%ee以上がより好ましい。また、α位とβ位の相対配置の指標である、ジアステレオマー過剰率(de)も80%de以上を用いれば良く、通常は90%de以上が好ましく、特に95%de以上がより好ましい。
【0059】
スルフリルフルオリド(SO22)の使用量は、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、通常は0.8から10モルが好ましく、特に0.9から5モルがより好ましい。
【0060】
本発明の脱ヒドロキシフッ素化剤としては、トリフルオロメタンスルホニルフルオリド(CF3SO2F)またはパーフルオロブタンスルホニルフルオリド(C49SO2F)を用いることもできる。しかしながら、これらの反応剤の、大量規模での入手容易性、フッ素の原子経済性や、廃棄物処理[スルフリルフルオリドを用いた場合には、蛍石(CaF2)や硫酸カルシウム等の無機塩に簡便に処理することができる]等を考慮すると、これらの反応剤を敢えて用いる優位性はない。
【0061】
本発明の1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応は、有機塩基の存在下に行うが、その中でも炭素数が8から12で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ以上ある第三級アミン類が好ましく、特にジイソプロピルエチルアミンがより好ましい。なお、本明細書においては、第三級アミンとは、アンモニアの3つの水素原子が全てアルキル基に置換したアミンを意味する。さらに、“炭素数”とは、3つのアルキル基の、炭素原子の合計数を意味する。
【0062】
有機塩基としては、トリメチルアミン[炭素数が3(炭素数が3以上のアルキル基はない)]、ジメチルエチルアミン[炭素数が4(炭素数が3以上のアルキル基はない)]、ジエチルメチルアミン[炭素数が5(炭素数が3以上のアルキル基はない)]、トリエチルアミン[炭素数が6(炭素数が3以上のアルキル基はない)]、ジn−プロピルメチルアミン(炭素数が7で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ)、ジイソプロピルエチルアミン(炭素数が8で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ)、トリn−プロピルアミン(炭素数が9で且つ炭素数が3以上のアルキル基が3つ)、ジイソプロピルイソブチルアミン(炭素数が10で且つ炭素数が3以上のアルキル基が3つ)、ジメチルn−ノニルアミン(炭素数が11で且つ炭素数が3以上のアルキル基が1つ)、トリn−ブチルアミン(炭素数が12で且つ炭素数が3以上のアルキル基が3つ)、ジn−ヘキシルメチルアミン(炭素数が13で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ)、ジメチルn−ドデシルアミン(炭素数が14で且つ炭素数が3以上のアルキル基が1つ)、トリn−ペンチルアミン(炭素数が15で且つ炭素数が3以上のアルキル基が3つ)、ピリジン、2,3−ルチジン、2,4−ルチジン、2,6−ルチジン、3,4−ルチジン、3,5−ルチジン、2,4,6−コリジン、3,5,6−コリジン等が挙げられる。
【0063】
その中でも、炭素数が8以上の有機塩基は、脂溶性が高いため、水を用いる後処理においても回収が容易に行え、反応性が低下することなく再利用できるため、工業的な製造方法に好適である。
【0064】
有機塩基の使用量は、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類1モルに対して0.7モル以上を用いれば良く、通常は0.8から10モルが好ましく、特に0.9から5モルがより好ましい。
【0065】
本発明の1,2−転位を伴う脱ヒドロキシフッ素化反応は、新たなフッ素源として「有機塩基とフッ化水素からなる塩または錯体」の存在下に反応を行うこともできる。しかしながら、本塩または錯体を加えなくても反応が良好に進行するため、敢えて加える必要はない。
【0066】
反応溶媒は、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタン等の脂肪族炭化水素系、ベンゼン、トルエン、エチルベンゼン、キシレン、メシチレン等の芳香族炭化水素系、塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素系、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル等のエーテル系、酢酸エチル、酢酸n−ブチル等のエステル系、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等のアミド系、アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル系、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。
【0067】
その中でもn−ヘキサン、n−ヘプタン、トルエン、キシレン、メシチレン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、酢酸エチル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、アセトニトリル、プロピオニトリルおよびジメチルスルホキシドが好ましく、特にトルエン、キシレン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、酢酸エチル、N,N−ジメチルホルムアミドおよびアセトニトリルがより好ましい。これらの反応溶媒は、単独または組み合わせて用いることができる。また、本発明は、無溶媒で反応を行うこともできる。反応溶媒の使用量は、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類1モルに対して0.1L(リットル)以上を用いれば良く、通常は0.2から10Lが好ましく、特に0.3から5Lがより好ましい。
【0068】
温度条件は、−100から+100℃の範囲で行えば良く、通常は−60から+60℃が好ましく、特に−50から+50℃がより好ましい。スルフリルフルオリドの沸点(−49.7℃)以上の温度条件で反応を行う場合には、耐圧反応容器を用いることができる。
【0069】
圧力条件は、大気圧から2MPaの範囲で行えば良く、通常は大気圧から1.5MPaが好ましく、特に大気圧から1MPaがより好ましい。従って、ステンレス鋼(SUS)またはガラス(グラスライニング)の様な材質でできた耐圧反応容器を用いて反応を行うことが好ましい。また、大量規模でのスルフリルフルオリドの仕込みとしては、初めに耐圧反応容器を陰圧にし、復圧しながら減圧下で、ガスまたは液体として導入する方法が効率的である。
【0070】
反応時間は、通常は72時間以内であるが、出発基質と有機塩基の組み合わせ、および採用した反応条件により異なるため、ガスクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、核磁気共鳴等の分析手段により反応の進行状況を追跡し、出発基質が殆ど消失した時点を反応の終点とすることが好ましい。
【0071】
後処理は、反応終了液に対して通常の操作を行うことにより、目的とする一般式[2]で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類を得ることができる。目的生成物は、必要に応じて、活性炭処理、蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等により、高い化学純度または光学純度に精製することができる。
【0072】
特に、反応終了液をトルエン等の有機溶媒で希釈し、炭酸カリウム等の無機塩基の水溶液で洗浄し、さらに水で洗浄し、回収した有機層を濃縮(必要に応じて、減圧濃縮、真空乾燥等)する操作が効果的である。この様な後処理を行うことにより、必要に応じて引き続いて実施する、脱保護等の変換反応に十分な品質の目的生成物を得ることができる。
【0073】
本発明では、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、有機塩基の存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[2]で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類が製造でき、さらにラセミ体だけでなく光学活性体の製造にも好適に適応することができる。
【0074】
好ましくは、一般式[1]で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類が光学活性体であり、R1が水素原子、Ar1とAr2が共にフェニル基、且つR2がメチル基、エチル基またはベンジル基である、一般式[3]で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、炭素数が8から12で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ以上ある第三級アミン類の存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[4]で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類を、高い位置選択性で工業的にも容易に製造することができる。
【0075】
より好ましくは、一般式[3]で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類の、R3がメチル基、α位の不斉炭素(*)の絶対配置がS体である、式[5]で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、ジイソプロピルエチルアミンの存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、医薬中間体として極めて重要な、式[6]で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類を、高い位置選択性で工業的にもさらに容易に製造することができる。
[実施例]
実施例により、本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0076】
なお、実施例および比較例における、略記号は以下の通りとする。 Bn;ベンジル基、Me;メチル基、Ms;メタンスルホニル基、Ac;アセチル基、n−Hep;n−ヘプチル基。
【0077】
[実施例1]
特許文献1を参考にして、下記式
【0078】
【化12】

【0079】
で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を製造した(α位絶対配置S体、光学純度97%ee以上、ガスクロマトグラフィー純度98.7%)。
【0080】
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、上記式で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類1.00g(3.34mmol、1.00eq)、アセトニトリル5mLとジイソプロピルエチルアミン0.52g(4.02mmol、1.20eq)を加え、−78℃の冷媒浴に浸し、スルフリルフルオリド(SO22)0.99g(9.70mmol、2.90eq)をボンベより吹き込み、室温で終夜攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィーより変換率は100%であった。反応終了液をトルエン20mLで希釈し、飽和炭酸カリウム水溶液20mLで洗浄し、水20mLで洗浄し、回収した有機層を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0081】
【化13】

【0082】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類(α−F体)と、下記式
【0083】
【化14】

【0084】
で示される光学活性β−フルオロ−α−アミノ酸類(β−F体)の混合物を0.94g得た。α−F体とβ−F体を合わせた収率は93%であった。α−F体とβ−F体のガスクロマトグラフィー純度はそれぞれ91.8%、1.4%(α−F体:β−F体=98.5:1.5)であった。光学純度はキラル液体クロマトグラフィーより98.1%eeであった。第四級アンモニウム塩体は殆ど副生しなかった(痕跡量以下)。α−F体の1H−NMRと19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CDCl3];δ ppm/2.97(ddd、24.4Hz、14.6Hz、3.2Hz、1H)、3.04(ddd、24.4Hz、14.6Hz、6.0Hz、1H)、3.52(d、13.6Hz、2H)、3.69(s、3H)、3.83(d、13.6Hz、2H)、5.04(ddd、51.9Hz、6.0Hz、3.2Hz、1H)、7.20−7.40(Ar−H、10H)。
19F−NMR(基準物質;C66、重溶媒;CDCl3);δ ppm/−28.76(dt、51.9Hz、24.4Hz、1F)。
【0085】
この様に、実施例1では、脱ヒドロキシフッ素化剤としてスルフリルフルオリドを用いて、有機塩基(ジイソプロピルエチルアミン)の存在下に、反応を行った結果、後述の比較例1に比べて、格段に高い位置選択性でα−F体を製造することができた。また、有機塩基としてトリエチルアミンを用いた実施例2と比較しても、実施例1では、第四級アンモニウム塩体の副生が効果的に抑えられた。
【0086】
[実施例2]
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、下記式
【0087】
【化15】

【0088】
で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類1.00g(3.34mmol、1.00eq、α位絶対配置S体、光学純度97%ee以上、ガスクロマトグラフィー純度98.7%)、アセトニトリル10mLとトリエチルアミン0.41g(4.05mmol、1.21eq)を加え、−78℃の冷媒浴に浸し、スルフリルフルオリド(SO22)1.08g(10.58mmol、3.17eq)をボンベより吹き込み、室温で終夜攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィーより変換率は100%であった。反応終了液をトルエン50mLで希釈し、飽和炭酸カリウム水溶液50mLで洗浄し、水50mLで洗浄し、回収した有機層を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0089】
【化16】

【0090】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類(α−F体)、下記式
【0091】
【化17】

【0092】
で示される光学活性β−フルオロ−α−アミノ酸類(β−F体)と、第四級アンモニウム塩体の混合物を0.82g得た。
【0093】
α−F体、β−F体と第四級アンモニウム塩体を合わせた収率は78%であった。α−F体とβ−F体のガスクロマトグラフィー純度はそれぞれ77.9%、2.0%(α−F体:β−F体=97.5:2.5)であった(第四級アンモニウム塩体は高沸点のためピークとして検出されない)。α−F体(β−F体も含む)と第四級アンモニウム塩体の生成比は、19F−NMRより92:8であった(フッ素化生成物のフッ素原子とフルオロ硫酸アニオンの積分比より)。第四級アンモニウム塩体のトリエチルアミンの置換位置は、大部分がα位と推定される[1H−NMRより−N+(CH2CH33のメチレン(−CH2−)プロトンが非等価に観測されるため]。α−F体の1H−NMRと19F−NMRは、実施例1と同様であった。
【0094】
[実施例3]
第4版 実験化学講座22 有機合成IV−酸・アミノ酸・ペプチド−(日本化学会 編、丸善、平成4年、p.214−228)と特許文献1を参考にして、下記式
【0095】
【化18】

【0096】
で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類(光学活性体)を製造した(α位絶対配置S体、β位絶対配置R体、光学純度99%ee以上、ガスクロマトグラフィー純度95.3%)。
【0097】
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、上記式で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類(光学活性体)8.00g(25.53mmol、1.00eq)、アセトニトリル26mLとジイソプロピルエチルアミン3.96g(30.64mmol、1.20eq)を加え、−78℃の冷媒浴に浸し、スルフリルフルオリド(SO22)10.42g(102.10mmol、4.00eq)をボンベより吹き込み、50℃で24時間攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィーより変換率は94%であった。反応終了液をトルエン100mLで希釈し、飽和炭酸カリウム水溶液50mLで2回洗浄し、水50mLで洗浄し、回収した有機層を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0098】
【化19】

【0099】
で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類(光学活性体、α−F体)と、下記式
【0100】
【化20】

【0101】
で示されるβ−フルオロ−α−アミノ酸類(光学活性体、β−F体)の混合物を8.21g得た。α−F体とβ−F体を合わせた収率は定量的であった(理論収量は8.05g)。α−F体とβ−F体のガスクロマトグラフィー純度はそれぞれ61.8%、25.5%であった(α−F体:β−F体=71:29)。β−F体はシン体とアンチ体の混合物合計であり、シン体:アンチ体=69:31であった。α−F体の1H−NMRと19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CDCl3];δ ppm/1.27(d、7.2Hz、3H)、3.29(m、1H)、3.33(d、13.6Hz、2H)、3.64(s、3H)、3.90(d、13.6Hz、2H)、4.84(dd、48.5Hz、3.6Hz、1H)、7.18−7.42(Ar−H、10H)。
19F−NMR(基準物質;C66、重溶媒;CDCl3);δ ppm/−39.59(dd、48.5Hz、30.5Hz、1F)。
【0102】
β−F体(シン体)の1H−NMRと19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CDCl3];δ ppm/1.35(dd、24.4Hz、6.0Hz、3H)、3.37(dd、24.4Hz、6.0Hz、1H)、3.77(d、13.4Hz、2H)、3.79(s、3H)、4.06(d、13.4Hz、2H)、5.13(d quintet、48.9Hz、6.0Hz、1H)、7.18−7.42(Ar−H、10H)。
19F−NMR(基準物質;C66、重溶媒;CDCl3);δ ppm/−19.69(d quintet、48.9Hz、24.4Hz、1F)。
【0103】
この様に、実施例3では、実施例1および2とは異なるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を出発基質としているが、後述の比較例2に比べて、格段に高い位置選択性でα−F体を製造することができた。
[実施例4]
実施例1を参考にしてD−セリンより同様に製造した、下記式
【0104】
【化21】

【0105】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類2.51g(8.33mmol、1.00eq)のメタノール溶液(溶媒使用量8mL)に、5%パラジウム炭素(含水率50%)789mg(0.185mmol、0.02eq)と酢酸1.00g(16.7mmol、2.00eq)を加え、水素(H2)圧を1.0MPaに設定し、室温で終夜攪拌した。反応終了液の19F−NMRより変換率は100%であった。反応終了液をセライト濾過し、濾洗液を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0106】
【化22】

【0107】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類の脱保護体(酢酸塩)を油状物として得た。該酢酸塩全量に、1N塩酸メタノール10.0mL(10.0mmol、1.20eq)を加え、室温で終夜攪拌した。反応終了液を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0108】
【化23】

【0109】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類の脱保護体(塩酸塩)を結晶として950mg得た。トータル収率は73%であった。該塩酸塩全量にイソプロパノール2mLを加え、室温で攪拌洗浄し、濾過し、真空乾燥することにより精製品を400mg得た。回収率は42%であった。光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類の脱保護体(塩酸塩)の1H−NMRと19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CD3OD];δ ppm/3.44(m、1H)、3.54(m、1H)、3.85(s、3H)、5.34(m、1H)、アミノ基と塩酸のプロトンは帰属できず。
19F−NMR(基準物質;C66、重溶媒;CD3OD);δ ppm/−34.31(m、1F)。
【0110】
この様に、−N(CH2Ph)2から−NH2への変換反応を容易に行うことができる。
【0111】
[実施例5]
実施例1を参考にして、下記式
【0112】
【化24】

【0113】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類500mg(1.66mmol、1.00eq)に、35%塩酸6.00g(57.6mmol、34.7eq)と水2mLを加え、室温で終夜攪拌した。反応終了液の1H−NMRより変換率は100%であった。反応終了液を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0114】
【化25】

【0115】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類の脱保護体(塩酸塩)を結晶として550mg得た。収率は定量的であった。光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類の脱保護体(塩酸塩)の1H−NMRと19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CD3OD];δ ppm/3.63(m、1H)、3.74(m、1H)、4.51(d、13.4Hz、2H)、4.56(d、13.4Hz、2H)、5.61(m、1H)、7.46−7.60(m、10H)、カルボキシル基と塩酸のプロトンは帰属できず。
19F−NMR(基準物質;C66、重溶媒;CD3OD);δ ppm/−26.26(m、1F)。
【0116】
この様に、−CO2Meから−CO2Hへの変換反応を容易に行うことができる。
【0117】
[実施例6]
実施例1を参考にして、下記式
【0118】
【化26】

【0119】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類3.01g(9.99mmol、1.00eq)のテトラヒドロフラン溶液(溶媒使用量10mL)に、水素化アルミニウムリチウム(LiAlH4)380mg(10.0mmol、1.00eq)を氷冷下で加え、同温度で2時間攪拌した。反応終了液の1H−NMRと19F−NMRより変換率は100%であった。反応終了液に水5mLを加え、45℃で30分間攪拌し、セライト濾過し、残渣を酢酸エチル10mLで洗浄し、濾洗液を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0120】
【化27】

【0121】
で示される光学活性2−フルオロ−3−アミノプロパノール類を3.10g得た。収率は定量的であった。ガスクロマトグラフィー純度は96.4%であった。光学活性2−フルオロ−3−アミノプロパノール類の1H−NMRと19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CDCl3];δ ppm/2.71−2.88(m、2H)、2.94(br、1H)、3.60(d、13.2Hz、2H)、3.65(m、2H)、3.72(d、13.2Hz、2H)、4.63(m、1H)、7.10−7.50(Ar−H、10H)。
19F−NMR(基準物質;C66、重溶媒;CDCl3);δ ppm/−29.61(dquin、44.2Hz、21.4Hz、1F)。
【0122】
この様に、光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類から光学活性2−フルオロ−3−アミノプロパノール類への変換反応を容易に行うことができる。
【0123】
[実施例7]
特許文献1を参考にして、下記式
【0124】
【化28】

【0125】
で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を製造した(n−ヘプチルエステル化はメチルエステル化に比べて反応速度が遅く、50℃で4日間の攪拌を要した。N,N−ジベンジル化はメチルエステル体と同様に行うことができた。L−セリンからのトータル収率は定量的であった)。光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類の1H−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CDCl3];δ ppm/0.91(t、7.0Hz、3H)、1.20−1.50(m、8H)、1.72(quin、7.4Hz、2H)、2.53(dd、7,4Hz、4.2Hz、1H)、3.55(t、7.6Hz、1H)、3.69(d、13.4Hz、2H)、3.76(m、2H)、3.92(d、13.4Hz、2H)、4.20(m、2H)、7.12−7.44(Ar−H、10H)。
【0126】
ステンレス鋼(SUS)製耐圧反応容器に、上記式で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類2.00g(5.21mmol、1.00eq)、アセトニトリル5mLとジイソプロピルエチルアミン0.81g(6.27mmol、1.20eq)を加え、−78℃の冷媒浴に浸し、スルフリルフルオリド(SO22)1.06g(10.4mmol、2.00eq)をボンベより吹き込み、室温で終夜攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィーより変換率は100%であった。反応終了液をトルエン50mLで希釈し、飽和炭酸カリウム水溶液50mLで洗浄し、水50mLで洗浄し、回収した有機層を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0127】
【化29】

【0128】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類(α−F体)と、下記式
【0129】
【化30】

【0130】
で示される光学活性β−フルオロ−α−アミノ酸類(β−F体)の混合物を1.82g得た。α−F体とβ−F体を合わせた収率は91%であった。α−F体とβ−F体のガスクロマトグラフィー純度(塩酸メタノールでメチルエステル体に誘導後分析)はそれぞれ94.8%、3.4%(α−F体:β−F体=96.5:3.5)であった。光学純度はキラル液体クロマトグラフィー(塩酸メタノールでメチルエステル体に誘導後分析)より98.3%eeであった。第四級アンモニウム塩体は殆ど副生しなかった(痕跡量以下)。α−F体の1H−NMRと19F−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CDCl3];δ ppm/0.89(t、6.8Hz、3H)、1.27(m、8H)、1.56(m、2H)、2.99(m、1H)、3.04(m、1H)、3.57(d、13.6Hz、2H)、3.82(d、13.6Hz、2H)、4.04(m、1H)、4.16(m、1H)、5.05(m、1H)、7.10−7.50(Ar−H、10H)。
19F−NMR(基準物質;C66、重溶媒;CDCl3);δ ppm/−28.48(dt、50.8Hz、25.1Hz、1F)。
【0131】
この様に、光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類のエステル部位がn−ヘプチルエステルでも所望の反応を良好に行うことができる。
【0132】
[比較例1(特許文献1追試)]
トルエン10mLに、下記式
【0133】
【化31】

【0134】
で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類1.00g(3.34mmol、1.00eq、α位絶対配置S体、光学純度97%ee以上、ガスクロマトグラフィー純度94.3%)とトリエチルアミン0.37g(3.66mmol、1.10eq)を加え、氷浴に浸し、メタンスルホニルクロリド0.42g(3.67mmol、1.10eq)を加え、0℃で35分攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィーより変換率は100%であった。反応終了液をトルエン50mLで希釈し、0.7M炭酸ナトリウム水溶液50mLで洗浄し、水50mLで洗浄し、飽和食塩水50mLで洗浄し、回収した有機層を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0135】
【化32】

【0136】
で示されるメタンスルホン酸エステル体を1.34g得た。収率は定量的であった(理論収量は1.26g)。ガスクロマトグラフィー純度は93.2%であった。1H−NMRを下に示す。
1H−NMR[基準物質;(CH34Si、重溶媒;CDCl3];δ ppm/2.90(s、3H)、3.65(d、13.8Hz、2H)、3.74(t、6.6Hz、1H)、3.83(s、3H)、3.86(d、13.8Hz、2H)、4.33(dd、10.0Hz、6.6Hz、1H)、4.48(dd、10.0Hz、6.6Hz、1H)、7.12−7.44(Ar−H、10H)。
【0137】
トルエン20mLに、上記式で示されるメタンスルホン酸エステル体全量(3.34mmolとする、1.00eq)とトリエチルアミン・3フッ化水素錯体0.54g(3.35mmol、1.00eq)を加え、90℃で2時間30分攪拌した。反応終了液のガスクロマトグラフィーより変換率は89%であった。反応終了液をトルエン30mLで希釈し、水30mLと28%アンモニア水20mLを加えて洗浄し(水層はpH10)、水30mLで2回洗浄し、回収した有機層を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0138】
【化33】

【0139】
で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類(α−F体)と、下記式
【0140】
【化34】

【0141】
で示される光学活性β−フルオロ−α−アミノ酸類(β−F体)の混合物を0.94g得た。α−F体とβ−F体を合わせた収率は93%であった。α−F体とβ−F体のガスクロマトグラフィー純度はそれぞれ81.7%、7.1%であった(α−F体:β−F体=92.0:8.0)。α−F体の1H−NMRと19F−NMRは、実施例1と同様であった。
【0142】
[比較例2/DAST]
テトラヒドロフラン20mLに、下記式
【0143】
【化35】

【0144】
で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類(光学活性体)3.00g(9.57mmol、1.00eq、α位絶対配置S体、β位絶対配置R体、光学純度99%ee以上、ガスクロマトグラフィー純度95.3%)を加え、氷浴に浸し、DAST[(CH3CH22NSF3]1.95g(12.10mmol、1.26eq)を加え、室温で30分攪拌した。反応終了液の1H−NMRより変換率は100%であった。反応終了液を酢酸エチル50mLで希釈し、飽和炭酸カリウム水溶液20mLで洗浄し、水20mLで洗浄し、回収した有機層を減圧濃縮し、真空乾燥することにより、下記式
【0145】
【化36】

【0146】
で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類(光学活性体、α−F体)と、下記式
【0147】
【化37】

【0148】
で示されるβ−フルオロ−α−アミノ酸類(光学活性体、β−F体)の混合物を2.79g得た。α−F体とβ−F体を合わせた収率は92%であった。α−F体とβ−F体のガスクロマトグラフィー純度はそれぞれ55.3%、43.8%であった(α−F体:β−F体=56:44)。β−F体はシン体とアンチ体の混合物合計であるが、殆どがシン体であった(アンチ体は痕跡量)。α−F体とβ−F体(シン体)の1H−NMRと19F−NMRは、実施例3と同様であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化38】

で示されるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、有機塩基の存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[2]
【化39】

で示されるα−フルオロ−β−アミノ酸類を製造する方法。
[式中、R1は水素原子、アルキル基または芳香環基を表し、R2はアルキル基を表す。また、Ar1およびAr2はそれぞれ独立に芳香環基を表し、*は不斉炭素を表す(但し、R1が水素原子の場合は、β位の炭素原子は不斉炭素ではない)。該R1、R2、Ar1およびAr2のアルキル基または芳香環基は、任意の炭素原子上に置換基を有することもでき、さらに、該芳香環基はヘテロ原子を含む芳香族複素環基を採ることもできる]
【請求項2】
一般式[3]
【化40】

で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、炭素数が8から12で且つ炭素数が3以上のアルキル基が2つ以上ある第三級アミン類の存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、一般式[4]
【化41】

で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類を製造する方法。
[式中、R3はメチル基、エチル基またはベンジル基を表し、Phはフェニル基を表す。また、*は不斉炭素を表す]
【請求項3】
式[5]
【化42】

で示される光学活性β−ヒドロキシ−α−アミノ酸類を、ジイソプロピルエチルアミンの存在下に、スルフリルフルオリド(SO22)と反応させることにより、式[6]
【化43】

で示される光学活性α−フルオロ−β−アミノ酸類を製造する方法。
[式中、Meはメチル基を表し、Phはフェニル基を表す]

【公開番号】特開2009−286779(P2009−286779A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−101506(P2009−101506)
【出願日】平成21年4月20日(2009.4.20)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】