説明

β−遮断薬を使用する心疾患の処置

本発明は、心疾患を有する動物の電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転させる方法に関する。より具体的には、本方法は、それを必要としている動物にβ−アドレナリン受容体遮断薬を投与することを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、β−アドレナリン受容体遮断薬を利用する、心疾患を有する動物の電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
β−アドレナリン受容体遮断薬は、主に心臓選択的β1−受容体の遮断を介して、心血管系に対してポジティブな作用を発揮すると知られている。数々の多様なβ−アドレナリン受容体遮断薬、例えば、プロプラノロール、アテノロール、メトプロロール、カルベジロールおよびビソプロロールが、ヒトの心血管疾患の処置に承認されている。それらの負の変力作用および変時作用のために、β−遮断薬は、心臓の作業負荷の血行動態的経済学を直接改善する。β−遮断薬は、ヒトにおいて、収縮期機能の限定を伴う安定慢性心不全、頻脈性不整脈、過動心症候群(hyperkinetic heart syndrome)の処置に、また、高血圧症、冠動脈疾患(CAD)の処置および心臓発作の予防に、使用される。
【0003】
イヌでは、僧帽弁逆流症(MR)としても知られている慢性心臓弁膜症(CVHD)は、最も一般的な心血管疾患であり、イヌの心血管疾患の全件の約75%を占める。この疾患は、年齢と強く相関し、典型的には、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、プードル、チワワ、フォックステリアおよびダックスフンドなどの小型種で発生する。この心血管疾患の病理形成には、3つの主な段階が含まれるように思われる。第1段階では、心臓の損傷があるが、多くの場合これは認識されず、無症候性である。第2段階では、進行する最初の損傷の代償があり、交感神経系の活性化(心拍数の増加=正の変時作用、伝導率=正の変伝導作用および収縮力の増加=正の変力作用)、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)により、そして、様々なサイトカインの生成により心拍出量を確保する。この段階は、通常、心拡大または心雑音などの心疾患の徴候を特徴とし、心エコー検査または胸部X線検査により診断的に明らかであるが、臨床的には無症候性である。第3段階では、心不全の発症がある。この段階では、慢性的代償メカニズム(交感神経活性化の増加)の不全による不適切な心拍出があり、運動不耐性、肺水腫または肺うっ血後の滲出による咳および呼吸困難などの臨床症状を特徴とする。
【0004】
現在、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤およびカルシウム感受性増強薬を用いる第1段階および第2段階のための臨床試験があるが、これらの薬物は、心疾患を有する動物の電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転させる徴候を示さない。第1段階の処置は、最初の損傷または根底にある分子メカニズムの修復、即ち、心臓のリモデリングを逆転または遅延させることからなり得るとも考えられるが、そのような修復は現在知られていない。典型的な第3段階(症候性の心不全)の処置は、例えば、肺水腫を解決するための利尿療法、および、ACE阻害剤(末梢血管拡張)による後負荷(心拍出量の増加)の低減からなる。ジゴキシンなどのジギタリス配糖体は、心房細動の場合、または正の変力作用が必要である場合に与えられる。β−遮断薬も、心不全のイヌの処置に使用されてきた。利尿剤およびACE阻害剤を用いるこれらの処置計画は、イヌにいくつかの問題を引き起こすことが知られてきた。第1に、各々のイヌに必要とされる利尿剤の正確な用量を定めることが難しい。一度定められると、その用量は、しばしば、電解質異常、脱水症および腎前性高窒素血症の発症をもたらし得る用量に近い。ACE阻害剤と利尿剤の併用は、過剰な利尿剤の投与が開始されると、腎臓の正常な代償メカニズムの1つ(輸出細動脈の血管収縮)を損ない、BUNおよびクレアチニンの上昇を導き得る。β−遮断薬は、以前に下方調節されたベータ−受容体の上方調節および心臓の能力の改善といったいくらかの利益をもたらすが、それらの利益は数ヶ月間見られない。最後に、これらの処置を用いても、心不全発症(第3段階)後のイヌの平均生存時間は、比較的短い。
【0005】
このように、第3段階(心不全の発症)を遅延または予防するように、第2段階のイヌを処置する方法の必要性がある。特に、心疾患を有するイヌの電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転させる方法の必要性がある。
【発明の概要】
【0006】
好ましい実施態様の詳細な説明
有利なことに、本発明は、心疾患を有するイヌの電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転させる方法を提供する。
【0007】
I. 電気生理学的な心臓のリモデリング
慢性心臓弁膜症(CVHD)は、房室(AV)弁の進行性の粘液腫性変性に起因する。上記の通り、心血管疾患は、3つの主な段階を含むと思われる。第1段階では、AV弁への最初の損傷があるが、典型的には認識されず、無症候性である。第2段階では、身体の代償メカニズム(交感神経系(SNS))は、最初は支えとなる;しかし、SNSの長期の活性化は、最終的には心臓に損傷を与え、心不全を導く有害作用を発揮する。SNSは心拍数、伝導率および収縮力を高めることにより、そして、RAASは様々なサイトカインの生成により、損傷を代償しようとする。ノルエピネフリン(NE)は、この段階での心臓のアドレナリン作動性活性化の主たるシグナル伝達分子であり、心毒性(病的な心筋の損傷)、心肥大の強力なメディエーター、および、強いアポトーシスの活性化因子である。交感神経の活動の増加は、また、心臓領域の偏心性肥大の原因であり、心疾患を有するイヌにおいて、左室肥大および心腔拡張(chamber dilation)、心臓重量の増加、線維のずれ(fiber slippage)、間質性コラーゲンの喪失および電気生理の変化をもたらす。生理学的見地からは病理的であり、心臓の作用の変化、特に、活動電位の曲線の形および持続時間の変化および心筋の細胞膜を横切るカリウム電流の変化を特徴とするこれらの全ての適応過程は、本明細書で使用されるように、電気生理学的な心臓のリモデリングと呼ばれる。
【0008】
典型的には、一度心臓のリモデリングが起こると、これは、血圧または量の過負荷のいずれに起因しても、心不全(第3段階)に至る最終的な共通の経路である。実験的に誘導されたイヌのMRにおいて、左室機能不全、心房および心室の拡大、心臓重量の増加、収縮不全およびコラーゲン喪失が観察され、最終的に症候性の心不全および死亡をもたらした。
【0009】
II. β−アドレナリン受容体遮断薬
心疾患を有する動物の電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転させる方法には、それを必要としている動物に、有効量のβ−アドレナリン受容体遮断薬、その医薬的に許容し得る誘導体または塩、またはそれらの混合物を投与することが含まれる。
【0010】
用語「β−アドレナリン受容体遮断薬」または「β−遮断薬」は、本明細書で使用される場合、β−アドレナリン作動性受容体に競合的かつ可逆的に結合するベータ−アドレナリン受容体遮断薬(「ベータ遮断薬」)を表す。β−アドレナリン作動性受容体に結合すると、β−遮断薬は、特に、内在性カテコールアミン(エピネフリン(アドレナリン)およびノルエピネフリン(ノルアドレナリン))によるアドレナリン作動性の刺激を防止する。
【0011】
β−遮断薬は、負の変力作用薬(心筋の収縮を低減する)、負の変時作用薬(心拍数を下げる)、負の変伝導作用薬(心房−心室の伝導率を下げる)、および、正の変弛緩作用薬(心筋の弛緩を支援する)である。この作用により、β−遮断薬は、常に「闘争か逃走か」の応答を媒介する、常に上昇した有害な内在性カテコールアミンに起因する悪循環を中断する。
【0012】
適するβ−アドレナリン受容体遮断薬には、プロプラノロール、メトプロロール、アテノロール、ビソプロロール、ピンドロール、アルプレノロール、カルベジロール、アセブトロール、ベタキソロール、エスモロール、ネビボロール、CGP20712、SR59230A、CGP−12177、ICI118551、これらの医薬的に許容し得る塩、誘導体、代謝物、プロドラッグおよびこれらの組合せが含まれる。ある実施態様では、β−遮断薬は、ビソプロロール、その医薬的に許容し得る塩、誘導体、代謝物、プロドラッグまたはこれらの組合せである。他の実施態様では、β−遮断薬は、フマル酸ビソプロロールであり得る。フマル酸ビソプロロールは、式(I):
【化1】

に相当する。
【0013】
フマル酸ビソプロロールは、Merck KgA, Darmstadt, Germany (EMD Pharmaceuticals in the US) から購入し得るか、または、当分野で一般的に知られている方法に従い製造し得る。
【0014】
β−遮断薬は、単独で、または、製剤の一部として投与し得る。製剤は、固体、気体または液体製剤であり得る。ある実施態様では、製剤は液体製剤である。他の実施態様では、液体製剤は、約0.001重量%ないし約1重量%のβ−遮断薬、約40重量%ないし約80重量%の溶媒、例えば水、および、約1重量%ないし約70重量%の増粘剤、例えばグリセリンまたはヒドロキシプロピルメチルセルロースを含み得る。製剤は、他の成分、例えば、とりわけ、防腐剤、溶媒および香味料も含み得る。他の実施態様では、製剤は、例えば、全体を出典明示により本明細書の一部とするPCT公開WO2007/124869に詳述されるものであり得る。さらに他の実施態様では、製剤は、約0.01ないし約0.5重量%のフマル酸ビソプロロールを含み得る。
【0015】
本発明のβ−遮断薬を、心疾患を有するイヌの電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転させるのに有効な量で投与する。ある実施態様では、β−遮断薬を1日1回投与する。他の実施態様では、β−遮断薬を1日に数回投与する。さらに他の実施態様では、β−遮断薬を約0.001mg/kgないし約100mg/kgの用量で投与する。さらなる実施態様では、β−遮断薬を約0.001mg/kgないし約10mg/kgの用量で投与する。他の実施態様では、β−遮断薬を、約0.001mg/kgないし約1mg/kgの用量で投与する。
【0016】
β−遮断薬は、例えば、錠剤、カプセル剤、液剤、ゲルカプセル剤、ペースト剤の形態で投与し得る。ある実施態様では、β−遮断薬は、経口用液剤の形態で投与し得る。あるいは、β−遮断薬は、非経腸投与により、例えば、注射(筋肉内、皮下、静脈内、腹腔内など)、インプラントにより、または、鼻腔投与により、投与し得る。
【0017】
β−遮断薬は、一度に、または、複数回の投与により、投与し得る。あるいは、β−遮断薬は、必要に応じて1日中連続的に投与し得る。
【0018】
その電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転し得る、心疾患を有する動物には、家畜、例えば、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ヤギ、ラクダ、スイギュウ、ロバ、ウサギ、ダマジカ、トナカイ、毛皮を有する動物、例えばミンク、チンチラ、アライグマ、鳥類、例えばニワトリ、ガチョウ、シチメンチョウ、アヒル、ハト、家庭および動物園で飼育されることを意図する鳥類の種、並びに魚類が含まれる。他の動物には、研究用および実験用の動物、例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、イヌ、ネコおよびMUMS(希少使用及び希少動物種)が含まれる。また他の動物には、愛玩動物および趣味の動物、例えば、ウサギ、ハムスター、モルモット、マウス、ウマ、爬虫類、対応する鳥類の種、イヌおよびネコが含まれる。ある実施態様では、動物はイヌである。
【0019】
II. 電気生理学的な心臓のリモデリングの逆転
電気生理学的な心臓のリモデリングを測定するいくつかの方法があり、とりわけ、心臓の筋細胞の活動電位およびカリウム電流が含まれる。活動電位持続時間は、50%再分極および90%再分極で測定し得る。静止膜電位および活動電位持続時間を調節する2つのカリウム電流、即ち、内向き整流性カリウム電流および一過性外向きカリウム電流がある。内向き整流性カリウム電流(IK1)は、静止膜電位(内向き電流)の主たる決定要因であり、再分極(外向き電流)の最終段階を調節する。内向き電流の低下は、静止電位の脱分極をもたらし、一方、外向き電流の低下は、活動電位持続時間の延長に寄与し得る。
【0020】
心疾患のない動物は、各々、約300−400msおよび約400−500msの活動電位持続時間(ADP)を有するであろう(各々、ADP50%およびADP90%、0.5−1Hzで測定)。電気生理学的な心臓のリモデリングが起こった心疾患/心不全を有する動物は、各々、約400−500msおよび約500−700msの活動電位持続時間を示す(各々、ADP50%およびADP90%、0.5−1Hzで測定)。有効量のβ−遮断薬の投与下で、活動電位持続時間は、損傷のない心臓の長さ、即ち、各々約300−400msおよび約400−500ms(各々、ADP50%およびADP90%、0.5−1Hzで測定)に戻るであろう。
【0021】
一旦、心疾患/心不全を有する動物に有効量のβ−遮断薬を投与すると、ピークの外向き電流は約1.25から約2.0(IK1(pKa/pF))に高まる。このことは、イヌの心臓の筋細胞の電流伝導性の正常化を導く。
【0022】
定義
本発明の理解を助けるために、本明細書で使用する数々の用語および略語を以下に定義する:
用語「CVHD」は、慢性心臓弁膜症を表す。
用語「DCM」は、拡張型心筋症を表す。
用語「MR」は、僧帽弁逆流症を表す。
用語「CAD」は、冠動脈疾患を表す。
本明細書で使用される用語「心疾患」は、心臓機能不全または心不全の発症に先立つ心臓の状態を表す。
本明細書で使用される用語「β−アドレナリン受容体遮断薬」または「β−遮断薬」は、ベータ−アドレナリン受容体遮断薬(「ベータ遮断薬」)を表し、これは、β−アドレナリン作動性受容体に競合的かつ可逆的に結合する。β−アドレナリン作動性受容体に結合すると、β−遮断薬は、特に、内在性カテコールアミン(エピネフリン(アドレナリン)およびノルエピネフリン(ノルアドレナリン))によるアドレナリン作動性の刺激を防止する。
【実施例】
【0023】
実施例
以下の実施例は、本発明の様々な実施態様を例示説明する。
実施例1
様々な用量のフマル酸ビソプロロールの耐容性および潜在的な効果を測定するために、ペーシングに誘導された心不全を有する2群の意識のあるイヌを用いて研究を実施した。このデータを、誘導された心不全のない、処置されない正常なイヌからの歴史的データと比較した。ECG(PQ、QRS、RR、QT、QTcFおよびQTcV間隔)、心エコー検査(左室内径短縮率(left ventricular shortening fraction)(LVSF)および全身の動脈圧(SBP、DBP、MAPおよび脈圧)を、2群でモニタリングした。左室内径短縮率(LVSF)をベースラインから15%まで下げる急速な心室ペーシングにより、心不全を引き起こした。
【0024】
第1群(保守的上向き用量設定研究(up-titration study))では、週毎に増加する経口用量、即ち、0.005、0.01、0.03、0.05および0.1mg/kgのフマル酸ビソプロロールで、イヌを処置した。第2群(積極的上向き用量設定研究)では、エナラプリル0.5mg/kg、フロセミド4mg/kgおよびジゴキシン0.003mg/kgの用量に加えて、週毎に増加する用量、即ち、0.01、0.05、0.1、0.5および1mg/kgのフマル酸ビソプロロールで、イヌを処置した。これらの2群を、同じ用量の標準的心不全治療薬(エナラプリル、フロセミドおよびジゴキシン)のみで処置したプラセボ群と比較した。
【0025】
この研究の結果は、フマル酸ビソプロロールの経口用液剤が、予想される目標処置用量を超える用量でさえ、ぺーシングに誘導された心不全を有するイヌにおいて良好に耐容されたことを示す。
【0026】
両群で使用した用量は、心不全を有するイヌにおいて、低用量のビソプロロールをゆっくりと増やして、また、最大の心臓選択的β−遮断作用(PQ間隔の延長および心拍数の低下)に近い用量で、β−遮断薬治療を安全に開始するという、両方の可能性をもたらした。
【0027】
全部で5週間の処置の後、イヌを標準的な獣医学の方法に従って麻酔し、Kubalova et al. により記載された単離方法(それは、心筋中層領域(midmyocardial region)からの筋細胞の単離をもたらす)を使用して、中央−外側(mid-lateral)の左心室自由壁からエクスビボで心室の筋細胞を直接単離した。その後、動物を人道的に安楽死させた。単細胞活動電位およびK+電流の記録を行った。Kubalova et al.,Abnormal intrastore calcium signaling in chronic heart failure, Proc Nat Acad Sci 2005; 102: 14104-14109 参照。
【0028】
活動電位の測定のために、筋細胞をラミニンで被覆した細胞チャンバーに置き、浴溶液で灌流した。鮮明な縁と明確な横紋を有する静止状態の筋細胞のみを、電気生理学的研究に使用した。ホウケイ酸ガラスのマイクロピペットを、7.2に調節したpHのピペット液で満たした。穿孔ホールセルパッチクランプを使用して、細胞内環境の変化を最小にした。活動電位(AP)を、穿孔ホールセルパッチクランプ法で記録した。活動電位を単離した心室の筋細胞で記録し、標準的な方法で50%および90%の再分極までの持続時間として特徴付けた。APを、各刺激速度で25回の一連のAPの間に得られた、最後の10回(定常状態)のAPの平均として測定した。2個ないし3個の筋細胞の平均を、各々の心不全のイヌから測定した。
【0029】
活動電位を4群で記録した。以下の数の記録を得、分析データにおいて使用した(数(n)は、筋細胞の数を示す):
−対照(CTRL、非処置、健康なイヌ)(n=10)
−HF−プラセボ(プラセボ処置した心不全のイヌ(HF−PL))(n=17)
−HF−C−Upビソプロロール、保守的上向き用量設定に従いビソプロロールで処置した心不全のイヌ(n=13)
−HF−A−Upビソプロロール、積極的上向き用量設定に従いビソプロロールで処置した心不全のイヌ(n=15)
【0030】
安静時心拍数の生理的範囲をまとめるために、静止膜電位を0.5Hzおよび1Hzで測定した(図1)。
【表1】

図1. 4群のエクスビボの心筋細胞の0.5および1Hzでの静止膜電位;(正常な対照群(CRTL);プラセボ処置した心不全の群(HF−PL);保守的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−C−Up);および、積極的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−A−Up)
【0031】
静止膜電位(図1)は、各群の間で相違せず、0.5および1Hzの静止膜電位に有意差は無かった。全群は、少なくとも−75mVの平均静止電位を有し、これは、単離した筋細胞の正常値と一致する。Szentadrassy et al., Apico-basal inhomogeneity in distribution of ion channels in canine and human ventricular myocardium, Cardiovasc Res 2005; 65: 851-860 参照。
【0032】
50%再分極での活動電位持続時間(APD)(APD50、図2)は、正常な対照値と比較して、心不全のプラセボ処置群において0.5Hzおよび1Hzで有意に延長された。
【0033】
0.5および1Hzで、保守的(HF−C−Up)および積極的(HF−A−Up)上向き用量設定プロトコールの両群において使用したビソプロロールの用量で、プラセボ処置した心不全の群と比較して統計的に有意なAPD50の減少が見られた。ビソプロロール処置群の値は、正常な対照の筋細胞で測定されたAPD50と相違しなかった。
【表2】

図2. 4群のエクスビボで50%再分極の心筋細胞の0.5および1Hzでの活動電位持続時間(APD)(正常な対照群(CRTL);プラセボ処置した心不全の群(HF−PL);保守的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−C−Up);および、積極的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−A−Up))。
【0034】
90%再分極での活動電位持続時間(APD90、図3)は、正常な対照値と比較して、心不全のプラセボ処置群において0.5Hzおよび1Hzで有意に延長された。
【0035】
0.5および1Hzで、保守的および積極的上向き用量設定のビソプロロール処置群(HF−C−UpおよびHF−A−Up)は、心不全に誘導されるAPD90の延長を、正常な対照と相違しない値まで、有意に減少させた。
【表3】

図3. 4群のエクスビボで90%再分極の心筋細胞の0.5および1Hzでの活動電位持続時間(APD)(正常な対照群(CRTL);プラセボ処置した心不全の群(HF−PL);保守的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−C−Up);および、積極的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−A−Up))。
【0036】
HFに誘導される活動電位の変化のまとめ
β−アドレナリン遮断中の生理的に意味のある心拍数(ヒトでは、目標心拍数はしばしば約60BPMまたは1Hzである)でのHFに誘導される活動電位持続時間の変化(特に、不整脈(特に、薬物に誘導される多形性心室頻拍)のリスクの増加に対応すると知られているAPD90の延長)は、保守的および積極的上向き用量設定投与計画の両方で使用されるビソプロロールの投与により、有意に減少し、生理的な正常値まで戻りさえする。
【0037】
静止膜電位および活動電位持続時間を調節していると予測され、心不全の間に変化すると知られている2つのK+電流、即ち、内向きおよび外向きK+電流がある。
【0038】
内向き整流性K+電流(IK1)は、静止膜電位(内向き電流)の主たる決定要因であり、再分極(外向き電流)の最終段階を調節する。内向き電流の低下は、静止電位の脱分極をもたらし、一方、外向き電流の低下は、活動電位持続時間の延長に寄与し得る。
【0039】
K1を4群の各々で記録し、データを記録し、分析した。平均電流密度−電圧の関係を、図4に示す。
【表4】

図4. 4群(正常な対照群(対照、n=10筋細胞);プラセボ処置した心不全の群(HP−プラセボ、n=16筋細胞);保守的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−C−UpBis、n=11筋細胞);積極的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−A−UpBis、n=16筋細胞))における内向き整流性K+電流(IK1)の平均密度−電圧の関係
【0040】
各群の間で、内向きIK1電流のコンダクタンスに統計的差異は見られなかった(図5、上)。しかしながら、積極的上向き用量設定プロトコールで使用した用量では、低い切線コンダクタンスの傾向が観察でき、それは、十分な規模のものであれば、静止膜電位の望まれない不安定化に寄与し得る。
【0041】
ピークの外向きK+電流を4群の各々で記録し(図5、下)、データを記録し、分析した。
ピークの外向きIK1電流(図5、下)は、プラセボ(HF PL)および積極的上向き用量設定プロトコール(HF−A−Up)のビソプロロール群の両方と比較して、HF−C−Up群で高かった。
【表5】

図5. 4群におけるK+電流の様々な成分の分析(図4に示すものと同じ細胞、正常な対照群(CRTL);プラセボ処置した心不全の群(HF−PL);保守的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−C−Up);および、積極的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−A−Up)
【0042】
一過性外向きK+電流、(Ito)を4群すべてで記録し、データを記録し、分析した。平均電流密度−電圧の関係を図6に示す。
【表6】

図6. 4群(正常な対照群(対照、n=8筋細胞);プラセボ処置した心不全の群(プラセボHF、n=16筋細胞);保守的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−C−UpBis、n=10筋細胞);積極的上向き用量設定でビソプロロール処置したHF群(HF−A−UpBis、n=18筋細胞))における一過性外向きK+電流(Ito)の平均密度−電圧の関係
【0043】
心不全は、全ての試験電圧で対照と比較してItoを低下させた(p<0.05)。積極的上向き用量設定プロトコールで使用したビソプロロール(HF−A−UpBis)の投与は、心不全のItoに対する作用を変化させなかったが、一方、2つの最高の試験電位(+40および+50mV)では、保守的上向き用量設定プロトコールで使用したビソプロロール(HF−C−UpBis)の投与は、心不全に誘導されるItoの低下を有意に減少させた。
【0044】
HFに誘導されるK+電流の変化のまとめ
まとめると、各群の間に、ビソプロロールによる処置下での安定な静止膜電位を示すものである内向きIK1電流コンダクタンスに差異は見られなかった(図5、上)と言うことができる。
【0045】
ピークの外向き電流(図5、下)は、保守的上向き用量設定プロトコールの群で使用された用量で、心不全のイヌを用いるプラセボ群と比較して増加した。このことは、心不全を有するイヌで再分極を正常化するという、フマル酸ビソプロロールの終末の再分極に対する潜在的に有利な効果を示唆する。
【0046】
心不全に誘導される一過性外向きK+電流Itoの減少は、保守的上向き用量設定プロトコールのビソプロロール処置群で有意に減じられた。
【0047】
この試験に使用したモデルは、心疾患の急速な発症を伴う急性モデルである。通常の条件下では、患者において、この病理的過程には、一般的に発症にもっと長い時間がかかる。
【0048】
電気生理学および電気生理学/膜電位と心収縮の電気機械的関連は、血行動態および心機能の中心的な生理的側面である。このことは、観察されたビソプロロールの特性が、イヌにおける心疾患および心不全の予防および/または治療の場合に非常に有利である可能性を最大にする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心疾患を有する動物の電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転させる方法であって、それを必要としている動物に有効量のβ−アドレナリン受容体遮断薬を投与することを含む方法。
【請求項2】
β−アドレナリン受容体遮断薬が、プロプラノロール、メトプロロール、アテノロール、ビソプロロール、ピンドロール、アルプレノロール、カルベジロール、アセブトロール、ベタキソロール、エスモロール、ネビボロール、CGP20712、SR59230A、CGP−12177、ICI118551、これらの医薬的に許容し得る塩、誘導体、代謝物、プロドラッグおよび組合せからなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
β−アドレナリン受容体遮断薬がビソプロロールである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
β−アドレナリン受容体遮断薬がフマル酸ビソプロロールである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
動物がイヌである、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
β−アドレナリン受容体遮断薬の有効量が、約0.001mg/kgないし約1mg/kgである、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
心疾患を有する動物の電気生理学的な心臓のリモデリングを逆転させる方法であって、それを必要としている動物に有効量のβ−アドレナリン受容体遮断薬の製剤を投与することを含む方法。
【請求項8】
製剤が経口用製剤である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
製剤が、
a. 約0.001重量%ないし1重量%のβ−遮断薬;
b. 少なくとも約40重量%の溶媒;および、
c. 約1ないし約70重量%の増粘剤
を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
β−遮断薬がフマル酸ビソプロロールであり、溶媒が水であり、増粘剤がヒドロキシプロピルメチルセルロースである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
動物がイヌである、請求項7に記載の方法。

【公表番号】特表2011−507918(P2011−507918A)
【公表日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−540055(P2010−540055)
【出願日】平成20年12月19日(2008.12.19)
【国際出願番号】PCT/EP2008/010892
【国際公開番号】WO2009/083177
【国際公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(508270727)バイエル・アニマル・ヘルス・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング (32)
【氏名又は名称原語表記】BAYER ANIMAL HEALTH GMBH
【Fターム(参考)】