説明

かみあい中,すべり率の正負が変化せず、歯元幅を大きく,さらに,かみあい点における歯形の相対曲率を小さくするピッチ円外インボリュート歯形内歯車対

【課題】 インボリュート内歯車対に、つぎの特長を与える歯形を提案することを主な課題とした。
1)かみあい始めから終わりまで,すべり率の正負が変わらない。
2)同一モジュール及び歯数の従来のインボリュート内歯車対に比し、ピニオンの歯元幅が大きく,さらに,かみあい点における歯形の相対曲率が小さい。
【解決手段】 内歯車対を構成する歯車は、それぞれの基準円の周上を転がる直線上の点が基準円上に描くインボリュート曲線にできるだけ漸近させた低圧力角インボリュート曲線の基準円外の一部を歯形とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,インボリュート歯形とサイクロイド歯形を融合させることにより、歯数及びモジュールが確定した平行軸インボリュート内歯車対において,低圧力角インボリュートの基準円より外側の部分を歯形とすることにより,下記の特長を与えて,強度を向上させ,摩擦損失を低減する.
1)すべり率の正負符号が変わらない
2)歯元円を基準円以上の大きな半径として、歯元幅を大きくする。
3)かみあい点での歯形の相対曲率半径を大きくする.
この明細書では,歯数及びモジュールが確定した平行軸インボリュート内歯車対を対象としている
なお,頂隙及び背隙については従来と同様である。そこで、頂隙については図示するにとどめ、背隙については歯の配置の際に触れる.
【背景技術】
【0002】
本発明は、実用されている代表的な平歯車の歯形であるインボリュートとサイクロイドの融合により,インボリュート歯形の性能を高めたものである。そこで、まず,それらの歯形の概要を述べる。
【0003】
図1はサイクロイド歯形歯車の歯形を示している。図示のように、サイクロイド歯形曲線は、半径rOの基準円の内と外をそれぞれころがる円RH及びREの上の点が基準円上に描く内及び外サイクロイド曲線HC及びECの一部をピッチ円上でつなげたもので,その一部を歯形として用いる。
サイクロイド歯形歯車の長所は次のように整理される。
1)歯面のすべり率が一定のため、歯面摩耗を均一化できる。
2)切り下げがなく、ピニオンの最小歯数を小さくでき、また、歯元を厚くできるため、強度や剛性を高くできる。
サイクロイド歯形歯車の短所は次のように整理される。
1)中心距離の誤差は歯のかみあいを損ない、伝動性能を低下させる。
2)歯面のすべり率はピッチ点でステップ状に正負を変えるため、ピッチング損傷や大きな摩擦損失を生じやすい。
3)規格化や高精度な歯形製作が難しい。
4)ころがり円とピッチが同じことが、歯車互換性の必要条件である。
(非特許文献1〜3参照)
【0004】
図2はインボリュート歯形歯車の歯形を示している。ここでは,図示のように、インボリュート歯形曲線は、半径rGの基礎円の上をころがる直線GL上の点が基礎円上に描くインボリュート曲線で、太線で示すように半径rOの基準円の内外でその一部を歯形として用いる。
インボリュート歯形歯車の長所は次のように整理される。
1)中心距離の誤差によって歯のかみあいは損なわれない。
2)直線切刃で歯面を製作できるため、高精度な歯形を製作できる。
3)基準ラックを用いて、実用性の高い規格化と設計自由度を高める転位歯車設計ができる。
4)モジュールmと基準圧力角αOの同じ歯車は、互換性をもつ。
そして、インボリュート歯形歯車の短所は次のように整理される。
1)歯面のすべり率は歯先と歯元で大きく、この間、連続的に変化し、ピッチ点で正負を変えるため、不均一な歯面摩耗、大きな摩擦損失及びピッチング損傷を生じやすい。
2)切り下げにより、ピニオンの最小歯数が制約され、また、歯数の少ない歯車では歯の強度や剛性が低下する。
(非特許文献1〜3参照)
【0005】
インボリュート及びサイクロイド歯形を組み合わせたものとして、インボリュート・サイクロイド合成歯形外平歯車対が提案されている。(非特許文献4〜7参照)これは、サイクロイドではかみ合わせが凹凸面であるため接触応力を低く抑えられること、切り下げがなく歯元を厚くできるため高強度・高剛性で伝達トルクを大きくできること、歯面のすべりが小さいため伝達効率を高いこと、すべり率が一定で歯形が維持される特長があるが、ピッチ点で高応力が発生する欠点がある。そこで、ピッチ点近傍をインボリュート曲線でつないでこの欠点を回避して、高性能な歯車を得る提案である。
このように、両歯形を合成して高性能な歯形を得る試みだが、インボリュートの特長が十分活かされておらず,すべり率がピッチ点で正負符号を替える短所も残されている.
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】歯車第1巻新版、仙波正荘、日刊工業新聞社、p.44&54−55(1971).
【非特許文献2】歯車の基礎と測定 第1版、両角宗晴、株式会社誠文堂新光社、p.8−68(1962).
【非特許文献3】歯車とホブ盤作業、小泉晋、株式会社古宇田印刷、p.14−16(1994).
【非特許文献4】インボリュート・サイクロイド合成歯形歯車の設計と性能、寺内喜男、永村和照、西條博光、日本機械学会論文集(C編)Vol.47,No.417,663−674(1981).
【非特許文献5】インボリュート・サイクロイド合成歯形歯車の歯面強度について、寺内喜男、永村和照、西條博光、日本機械学会論文集(C編)Vol.47.No.420,p.1082−1093(1981).
【非特許文献6】インボリュート・サイクロイド合成歯形歯車の摩擦損失、永村和照、池上清隆、齋藤敢、 日本機械学会2001年度年次大会講演論文集III(01−1),p.155−156(2001)2001−08−22.
【非特許文献7】インボリュート・サイクロイド合成歯形平歯車の強度と性能、永村和照、池上清隆、伊崎浩一、日本機械学会2004年度年次大会講演論文集,p.13−14(2004)2004−09−04.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
インボリュート内歯車対において、基準ラックを用いた設計製作を除きインボリュートの長所を損なわずに短所を除去し,さらに、歯数及びモジュールが同じインボリュート歯車より強度を高める新しいインボリュート歯形を提案する。これらの課題はつぎのように整理される.
1)中心距離の誤差によって歯のかみあいは損なわれない。
2)直線切刃で歯面を製作できるため、高精度な歯形を製作できる。
3)歯面のすべり率は正負符号を変えず、潤滑状態を良くしてピッチングや摩擦損失を低減する。
4)かみあい中,歯面のすべり率を小さくし、歯面摩耗を均一化する。
5)切り下げを防ぎ、ピニオンの最小歯数を小さくする。
6)ピニオン歯元幅を大きくし,曲げ強度を高める.
7)かみあい点における歯形の相対曲率を小さくし,面圧強度を高める.
【課題を解決するための手段】
【0008】
前項で示した課題を解決するため,低圧力角インボリュートの基準円より外の部分を歯形曲線とし,この歯形曲線をエビサイクロイド歯形曲線と同様な特長をもつ圧力角零のインボリュート歯形曲線に漸近させて課題に応える。
以後、この曲線を基準円外インボリュート歯形曲線といい、この曲線の一部を用いる歯形を基準円外インボリュート歯形と呼ぶ。なお、これは歯の片側の歯形であるが、歯の両側の歯形は、歯のピッチ,歯先の幅及び歯元隙間幅を考慮し,歯中央の半径線に関して対称に配置する。そして,この歯形の配置において,背隙を与える.
【0009】
前項に記載した手段を用いて、請求項1記載の内歯車対を具現する方法を述べる。
図3は,基準円外インボリュート内歯車対のかみあいを示している.
図4に基準円外インボリュート歯形内歯車対のピニオンの歯の基本的な諸量を示している。歯形の範囲は半径rT2の歯先円と半径rF2の歯元円の間である.なお,ギヤの歯の基本的な諸量は,図4において,図中記号のTとFを入れ替え,2を1に替えればこの図で説明されるので,提示を割愛する.
図3及び4を用いて、ピニオンとギヤにおける諸量の関係式,ピニオンとギヤの諸量の間の関係式,歯の成立要件,かみあいにおける歯の幾何学的特性をつぎに示す。
【0010】
ピニオン諸量の関係式は式(1)で与えられる.
【数1】

【0011】
ギヤ諸量の関係式は式(2)で与えられる.
【数2】

【0012】
ギヤとピニオンの諸量間の関係式は、背隙cを含め,式(3)で与えられる。
【数3】

【0013】
実用にあたっての必要条件であるトロコイド干渉を生じないための条件式は,式(4)で与えられる.ピニオン歯先円とギヤ歯先円の交点Bにピニオン歯先がきたときの01−xy座標系におけるピニオン及びギヤ歯先の角位置ηT2B及びηT1Bの間の関係である.
【数4】

【0014】
ピニオンの歯先尖りを生じないための条件は,式(5)で与えられる.
【数5】

【0015】
かみあい率εと歯車成立の条件は式(6)で与えられる.
【数6】

【0016】
ピニオンの歯元幅wF2と任意のかみあい点Uにおける相対曲率(1/ρ),すべり速度vU及びすべり率σは,それぞれ式(7),(8),(9)及び(10)で与えられる。
【数7】

【数8】

【数9】

【数10】

【0017】
式(1)から(6)を用いて、基準円外インボリュート歯形内歯車対を設計するための基準をつぎに述べる。まず,ISOで定められた歯の大きさの単位であるモジュールmを用いる.そして,実用されているインボリュート歯車に倣って、歯形の基準値を式(11)で与え、これを新歯形歯車の設計基準としている。
【数11】

なお,これらの基準値は用途などに応じて,適宜,変更できる.
【0018】
式(11)で与えられる基準値のとき、歯先、歯元及び歯底円の半径は次式となる。
【数12】

【0019】
式(11)で与えた基準値は、トロコイド干渉、トリミング干渉及び隅肉干渉の回避やかみあい率の選定などに向けて、従来のインボリュート歯車の場合と同様に、適宜、修整して使用する。この解析及び修整方法については従来のインボリュート歯車で周知なので説明を省略する。また、歯車対や個々の歯車の強度を考慮して、式(1)のk値も修整できる。
【0020】
請求項1に記載した内歯車対は、基準円外の低圧力角インボリュート曲線の一部を歯形として、圧力角零のインボリュート歯形を近似することにより課題に応えた基準円外インボリュート内歯車対である。
【発明の効果】
【0021】
請求項1記載の発明に拠れば,[0007]項で示した課題に応える,新しいインボリュート歯形の内歯車対が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】 基準円で接続されるエビサイクロイド及びハイポサイクロイド曲線及びその一部を歯形とするサイクロイド歯車の歯を示している。
【図2】 インボリュート曲線及びその一部を歯形とする歯車の歯を示している.
【図3】 基準円外インボリュート歯形内歯車対のかみあいを示している。
【図4】 基準円外インボリュート歯形内歯車対のピニオンの歯の諸量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は,下記の実施例により開示されている。なお,実施にあたっては、まず、歯数比及びモジュールを定め、式(11)のもとで,圧力角を変数として,式(1)から式(6)を用いて歯車諸量を求め,出来るだけ圧力角零の歯形に漸近させた低圧力角のものを採用する。なお,[0017]項で述べた事項を考慮して新歯形曲線の歯形としての使用範囲を,用途に応じて、適宜、修整して使用できるが,これら修整は本発明の本質ではなく従来のインボリュート歯車で周知なので、ここでは、実施の際の基本となる基準値での歯車諸量を求めた設計例を示す。
【実施例】
【0024】
下記の歯数,モジュール及び中心距離をもつ内歯車対を設計している.なお,ギヤとピニオンの角速度は,ω1=104.72 rad/s,ω2=209.44 rad/s とする.
Z1=40, Z2=20, m=3, a=60mm
発明の妥当性を具体例で検証するため,基準円外インボリュート内歯車対の設計結果を実用されている圧力角20degのインボリュート内歯車対の設計結果と比較する.なお,後者は,トロコイド干渉を避けた,転位係数0.5の転位歯車である.
ここでは,発明の妥当性の検証のため,両者のかみあい率ε,ピニオンの歯元円弧幅wF2mm,かみあい点における歯面の相対曲率半径ρmm,すべり率σ及びすべり速度vm/sを,つぎに示す.
1)基準円外インボリュート内歯車対の設計結果
αO=12, ε=1.586, −0.54≦σ1<0, 0<σ2≦0.35,
12.48≦ρ≦90.58, 0<v≦1.53
2)圧力角20deg,転位係数0.5のインボリュート転位内歯車対の設計結果
αO=20, ε:1.643, −0.32≦σ1≦0.32, −0.46≦σ2≦0.24, 8.12≦ρ≦58.43, −05≦v≦1.01
この実施例のように,前者は後者と比べて,かみあい率は少し下がリ,すべり速度の大きさが少し大きくなるが, すべり率の正負は反転せず,かみあい点の相対曲率半径,歯元幅が大きくなっており,本発明の妥当性が検証されている.
【符号の説明】
【0025】
B :歯車対の歯先円の交点
BJ:ピニオン歯先が点Bのときの歯車Jの歯先
E :かみあい終わり
FJ:歯車Jの歯形歯元
OJ:歯車Jの中心
OJ−xJyJ:歯車Jの基準座標系
P :ピッチ点
QJ:歯車Jのインボリュート歯形起点
S :かみあい始め
TJ:歯車Jの歯形歯先
U :任意のかみあい点(U=E,U=P,U=Sを含む)
ZJ:歯車Jの歯数
a :中心距離
c :歯元円上の円弧背隙
d :ピニオン歯先が点Bのときのギヤ歯先円上の歯車対の円弧隙間 mm
e :ピニオンの歯元隙間及び歯先幅のなす中心角の和 deg
g :頂隙係数
h :歯丈 mm
he(=jm):有効歯丈 mm
i :ギヤとピニオンの歯数比
j :歯丈係数
k :ピニオンの歯先円と歯元円の半径比
m :モジュール
rOJ:歯車Jの基準円半径 mm
rFJ:歯車Jの歯元円半径 mm
rGJ:歯車Jの基礎円半径 mm
rRJ:歯車Jの歯底円半径 mm
rTJ:歯車Jの歯先円半径 mm
vU :点Uにおけるすべり速度 m/s
wF2:ピニオン歯元の円弧幅 mm
αO :歯車の基準圧力角 deg
αFJ:歯車Jの歯元圧力角 deg
αTJ:歯車Jの歯先圧力角 deg
ε :歯車対のかみあい率
δJ :歯車Jの円ピッチのなす中心角 deg
δFJ:歯車Jの歯元隙間幅がなす中心角 deg
δTJ:歯車Jの歯先幅がなす中心角 deg
θB :点Bの02−x2y2座標系における角位置 deg
θJB:歯先が点Bのときの歯車Jの回転角 deg
θJ :歯車Jの回転角を示す変数 deg
ρU :点Uにおける歯形の相対曲率半径 mm
σU :点Uにおけるすべり率
ηTJ:ピニオン歯先が点Bのときの01−x1y1座標系での歯車Jの歯先の角位置 deg
ωJ :歯車Jの角速度 rad/s
歯車J:J=1はギヤ、J=2はピニオンを示す

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インボリュート内歯車対に於いて,かみあい中にすべり率の正負が変わらず,また、同一歯数及びモジュールの従来のインボリュート歯車に比し,ピニオンの歯元幅を大きくし,さらに,かみあい点における歯形の相対曲率を小さくするため,基準円の周上を転がる直線上の点が基準円上に描くインボリュート曲線に出来るだけ漸近させた低圧力角インボリュート曲線の基準円外の一部を歯形とする基準円外インボリュート内歯車対

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−122602(P2012−122602A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293867(P2010−293867)
【出願日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【出願人】(508369995)
【Fターム(参考)】