説明

ゆり根の抽出分画を含む抗ストレス性組成物

【課題】うつ病を含むストレス性疾患の予防・治療等に有効な成分を含有する組成物等を提供。
【解決手段】(i)〜(iv)のいずれか1種以上の分画を含有する抗ストレス性組成物:(i)ユリ根を分画操作して得られた固形分画(ii)ユリ根を分画操作して得られた液体分画を親水性有機溶媒と混合して沈殿を生成させ、該混合により得られた混合液中の親水性有機溶媒の濃度を下げることで、前記沈殿の一部を溶解させて得られた可溶分画(iii)分画(i)を酸と混合して得られる酸可溶分画(iv)分画(i)を酸と混合して得られる酸不溶分画をアルカリ水溶液と混合して得られるアルカリ可溶分画。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえばうつ病の予防や治療に有用な抗ストレス性組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
WHOの統計によれば、我が国には300万人以上の「うつ病」羅患者がいると推定され、大きな社会問題となりつつある。また、このうつ病が原因で自殺に至るケースがここ数年2万件を超えており、交通事故での死亡者数の3倍以上に達してしている。
【0003】
うつ病は複雑化し、精神的なストレスにさらされる現代人の宿命ともいうべき病であり、その有効な検知法、有効な治療法が切望される。ところが、現在うつ病の診断は医師個人の技量にたよるカウンセリング以外にはなく、精神的ストレスやうつ病を定量的に検知する効果的なマーカーの開発が待たれており、またそれらのマーカーを利用した新規な抗うつ薬や抗ストレス性食品の開発が切にのぞまれている。
【0004】
生体が有害な環境や因子に曝されたときに生じる非特異的な反応が「ストレス」と定義されている。今日まで、数多くの疾患においてストレスで誘導される因子が同定され、その因子と病態との関連が指摘されているが、未だに精神的ストレス、およびそれが主要因となるうつ病の程度を正確に評価する方法は確立されていない。この理由は、精神的ストレスは、臨床心理学、社会学、生理学、臨床医学など多角的な観点からの評価が要求され、しかもそれぞれの評価法に確実な指標を欠いているためである。そのため、その性質上、精神的ストレスの評価は特に困難であるとされてきた。
【0005】
なお、特許文献1には、ユリ科の球根等の粉末またはエキスを含有する抗うつ病用食品が開示されている。また前記エキスを得る方法として、ユリ科の球根等を水やエタノール等の溶媒で抽出することも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−58450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記精神的ストレスの評価に有効なマーカーに関して、最近本発明者は血清中の幾つかのタンパク質が精神的ストレスの負荷により増加することを見出し、そのタンパク質を利用した精神的ストレス抑制物質又は精神的ストレス増強物質のスクリーニング方法等の発明について特許出願した(特願2009−031326)。
【0008】
これらのタンパク質を精神的ストレスのマーカーとして用いれば、被検物質を投与した際の、血清中に存在するそれらのたんぱく質の増加あるいは減少を測定することにより、うつ病を含めた精神的ストレスの蓄積に対して抑制効果のある物質を極めて容易に見出すことができる。
【0009】
そこで本発明は、上記先願に関する発明を利用して、うつ病を含むストレス性疾患の予防・治療等に有効な成分を含有する組成物とその有効成分を抽出する方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは特願2009−031326に係る発明を利用して多くの物質をスクリーニングした結果、極めて効果的な抗ストレス性成分およびその抽出法を見出し、本発明を完成した。
本発明は以下の発明を包含する。
【0011】
(1)以下の(i)〜(iv)のいずれか1種以上の分画を含有する抗ストレス性組成物:
(i)ユリ根を分画操作して得られた固形分画
(ii)ユリ根を分画操作して得られた液体分画を親水性有機溶媒と混合して沈殿を生成させ、該混合により得られた混合液中の親水性有機溶媒の濃度を下げることで、前記沈殿の一部を溶解させて得られた可溶分画
(iii)分画(i)を酸と混合して得られる酸可溶分画
(iv)分画(i)を酸と混合して得られる酸不溶分画をアルカリ水溶液と混合して得られるアルカリ可溶分画。
【0012】
(2)前記分画(i)または(ii)を得る際に行う分画操作として、ユリ根の粉砕処理、遠心分離および溶媒抽出を行うことを特徴とする(1)に記載の抗ストレス性組成物。
【0013】
(3)前記ユリが、コオニユリ(白銀)、オニユリ(八重咲)またはシンテッポウユリであることを特徴とする(1)または(2)に記載の抗ストレス性組成物。
(4)前記液体分画と前記親水性有機溶媒とを混合して得られた混合液中の親水性有機溶媒の濃度が、40〜90重量%であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の抗ストレス性組成物。
【0014】
(5)前記混合液中の前記親水性有機溶媒の濃度を、20〜50重量%まで下げることを特徴とする(4)に記載の抗ストレス性組成物。
(6)前記親水性有機溶媒がエタノールであることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の抗ストレス性組成物。
【0015】
(7)分画(ii)を含有することを特徴とする(1)〜(6)のいずれかに記載の抗ストレス性組成物。
(8)ユリ根を、該ユリ根の粉砕処理、遠心分離および溶媒抽出により分画操作する工程1と、工程1で得られた液体分画を親水性有機溶媒と混合して、沈殿を有する混合液を得る工程2と、該混合液中の前記親水性有機溶媒の濃度を下げることで、混合液中の沈殿の一部を溶解させ、ストレス抑制成分を含有する可溶分画を得る工程3とを有することを特徴とする、ストレス抑制成分の抽出方法。
【0016】
(9)前記ユリが、コオニユリ(白銀)、オニユリ(八重咲)またはシンテッポウユリであることを特徴とする(8)に記載のストレス抑制成分の抽出方法。
(10)前記工程2で得られた混合液中の親水性有機溶媒の濃度が、40〜90重量%であることを特徴とする(8)または(9)に記載のストレス抑制成分の抽出方法。
【0017】
(11)前記工程3において、前記混合液中の親水性有機溶媒の濃度を20〜50重量%まで下げることを特徴とする(8)〜(10)のいずれかに記載のストレス抑制成分の抽出方法。
【0018】
(12)前記親水性有機溶媒がエタノールであることを特徴とする(8)〜(11)のいずれかに記載のストレス抑制成分の抽出方法。
(13)(1)〜(7)のいずれかに記載の抗ストレス性組成物を含有するストレス性疾患抑制剤。
【0019】
(14)(1)〜(7)のいずれかに記載の抗ストレス性組成物を含有するストレス抑制用飲食品。
(15)(1)〜(7)のいずれかに記載の抗ストレス性組成物を含有するストレス性疾患予防・改善用飲食品。
【発明の効果】
【0020】
本発明により、ゆり根を分画操作して得られた特定の分画を含有する抗ストレス性組成物、うつ病等のストレス性疾患抑制剤等が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は試験例1において、特願2009−031326の発明で利用されるストレスマーカー3種(ハプトグロビンα鎖、血清アミロイドP、血清アミロイドA1)及び公知のマーカー(ハプトグロビンβ鎖)をウェスタンブロッティングによって検出したバンドとそれらのストレス依存性を示している。ストレス負荷の有無で各3匹のマウスを飼育したが、ここではそれらの各1匹からの血清を代表例として分析した。
【図2】図2は試験例1において、1日当たり12時間で3日間のマウスへのストレス負荷による血清中のハプトグロビンβ鎖と血清アミロイドPの増加が、ユリ根により抑制されるかを検証した結果を示す。マウス群A〜Fは各3匹から構成され、全群に同様なストレスを負荷した。A〜C群は通常餌のみでの飼育を行い、D〜Fはストレス負荷の前日から生ユリ根を前投与し、ストレス負荷時間帯及びそれ以後も半日だけ生ユリ根を投与した。各マウスで1日当たり平均3.3gの生ユリ根を摂取させた。血液採取はストレス負荷終了から1日目(A,D群)、2日目(B,E群)、4日目(C,F群)に行い、個々のマウスについて血清中のハプトグロビンβ鎖と血清アミロイドPの存在を検証した。尚、A群は1匹からの血液採取が行えず、2匹のみの結果となっている。
【図3】図3左パネルは試験例2において、ストレス負荷をされたマウス群A,Bの行動変化を明暗探索法で評価した結果を示す。A群には通常餌のみでの飼育を行い、B群にはストレス負荷の前日から生ユリ根を前投与し、ストレス負荷時間帯及びそれ以後も半日だけ生ユリ根を与えた。行動試験は、ストレス負荷を始める前日、および負荷1日目、3日目に行った。各群は3匹のマウスから成り、個々のマウスについて5分間の試験を行い、明室滞在時間の平均と標準偏差を示した。図3右パネルは3回のストレス負荷とその後の行動試験を終えたマウス群A、Bについて、3種のストレスマーカーを評価した結果を示す。C群はストレス負荷を行っていないコントロールである。
【図4】図4は試験例3における、生ユリ根の摂取量と抗ストレス効果の関係を示している。5群のマウス(各3匹)にストレスを負荷し、その時間帯には各群に対し図中に示した量、すなわち0〜2.4g/匹の生ユリ根を与えた。1日12時間のストレス負荷を3日間繰り返した後に血清中の3種のマーカーHpβ、SAP、SAA1の量を評価した。結果は3匹のマウスの平均と標準偏差で示している。
【図5】図5は実施例1において、ユリ根の成分を水可溶分画と不溶分画に分離し、各分画の抗ストレス機能を2種のマーカーHpβおよびSAPを用いて評価した結果である。マーカー量は通常餌のみで飼育した場合の3匹の平均値を100とし、それに対する相対値をプロットした。また3匹の値の標準偏差も示した。
【図6】図6は、実施例1で得られた水可溶分画を、エタノール濃度が80重量%になるまでエタノールを加えることでまず沈殿させ、次にその液に水を加えることで、エタノール濃度を40、 20、0%と段階的に下げながら、前記沈殿に含まれる機能性成分の再溶解を試みた結果を示す図である(実施例2)。エタノール濃度について各条件で3匹のマウスを飼育し、2種のマーカーHpβおよびSAPについての平均値と標準偏差をプロットした。
【図7】図7は、実施例3で得られた水不溶分画に0.1M HClを加え、酸で可溶化された成分のストレス抑制機能をマーカーHpβおよびSAPによって評価した結果を示す図である。酸に不溶な成分は、0.1M NaOHに可溶化し、それでも残った成分は不溶分画としてそれらの分画(アルカリ可溶分画および酸・アルカリ不溶分画)のストレス抑制機能も併せて評価した。これらの結果も図7に示されている。また摂取した各分画量はグラフ内に示してある。マーカー量は通常餌のみで飼育したマウスのマーカー量を100として、その相対値を示した。測定対象としたマウスは、各分画ごとに3匹であり、個々のマウスでの標準偏差も図7に示した。
【図8】図8は、実施例4において、6品種のユリ根から40%エタノール分画を調製し、生ユリ根3.3gから得られる量をマウスに経口投与した結果を示す図である。抗ストレス機能は2種のマーカーHpβおよびSAPを用いて評価した。水を40%エタノール分画と同体積投与した場合のマーカー量を100として、各ユリ種での相対値をマウス3匹の平均値と標準偏差で示した。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明は、特願2009−031326に係る発明を利用して完成したものである。
特願2009−031326に係る発明とは、マウスに精神的ストレス負荷をかける前後において、二次元電気泳動法により血液中の発現タンパク質の解析を行い、精神的ストレス負荷の前後で、異なるスポット群の発現を確認し、これらのスポットのうち精神的ストレスの負荷により特に大きな増大が見られ、且つ再現性に優れた3つのスポット群を、等電点4.5
〜6.4、分子量9〜27kDa付近に見出し、血清アミロイドP,血清アミロイドA1,ハプ
トグロビンα鎖と同定したことに基づくものである。
【0023】
すなわち、上記発明とは、精神的ストレスを負荷され、該精神的ストレスを負荷される前から負荷中に亘り被験物質を投与された哺乳動物由来の血液、血清、あるいは血漿中の血清アミロイドP,血清アミロイドA1,ハプトグロビンα鎖の3種のタンパク質のうち
のいずれか1種以上を定量し、その量を、
前記被験物質が投与されず、前記精神的ストレスを負荷された哺乳動物由来の血液、血清あるいは血漿中の前記3種のタンパク質の量と比較して前記被験物質を評価することを特徴とする精神的ストレス抑制物質又は精神的ストレス増強物質のスクリーニング方法である。なお、本発明の抗ストレス性組成物等に含有されるユリ根の各分画を評価するに当たっては、ハプトグロビンα鎖の代わりに、同様に、精神的ストレスを負荷されることにより、血液中の量が増加するハプトグロビンβ鎖をストレスマーカーとして利用した。
【0024】
[本発明の抗ストレス性組成物]
本発明の抗ストレス性組成物は、上記のユリ根由来の分画(i)〜(iv)のいずれか1種以上を含有している。ゆり根は古来漢方薬として用いられ鎮静効果があるとされているが、その効果が科学的に実証された例はない。
【0025】
特許文献1には、ゆりの球根が抗うつ病作用を有する旨の記載があるが、それはラットを用いた実験において鎮静効果が認められたという結果に基づくものである。しかしながら、この鎮静効果には数値的裏付けが全く欠けている。またゆり根を抽出処理することにより、ユリ根そのもの以上のうつ抑圧作用を発揮する分画が複数得られることは、本発明者が新たに見出したものである。さらに、本発明の抗ストレス性組成物は長く安全に使用されている天然食品素材に由来する成分を有効成分としていることから、副作用を引き起こす可能性が低く安全である。
【0026】
さらに、ユリには多くの種類があるが、後述する実施例から明らかなように、コオニユリ(白銀)、オニユリ(八重咲)およびシンテッポウユリがストレス抑制作用に非常に優れている。
【0027】
本発明の抗ストレス性組成物に含有される所定の分画を得るに当たっては、たとえばゆ
り根を適当な大きさに粉砕された状態で分画処理することで、分画された液体分画および固形分画を得る。これらの両分画にストレス抑制作用があるが、これらをさらに抽出していくと、得られるいくつかの分画成分のうち、ストレス抑制効果のあるもの、ないものに分画され、特に有効な分画成分はその一部である。以下、これらの分画方法および抽出分画について説明する。
【0028】
<ユリ根からのストレス抑制成分の分画>
ユリ根を分画操作することにより、液体分画と固形分画とに分離する。なお、後述する抽出操作における抽出効率を向上させる目的で、予めゆり根試料に適当な処理を施すことができる。このような処理としては、例えば脱脂が挙げられる。
【0029】
分画操作においては、液体分画と固形分画とに分離しやすいように、通常まずユリ根を粉砕処理する。粉砕処理は、フードプロセッサーなどにより簡便に行うことができる。前記粉砕処理では、たとえばユリ根試料を2mm程度の大きさに粉砕する。
【0030】
次に、得られた粉砕物を搾る、つぶす、おろすなどすることにより、粉砕物中の液体成分を固形分(残渣)からある程度分離させることができる。
得られた液体成分中には、わずかに固形分が混入しているので、液体成分を遠心分離することにより、混入した固形分を沈殿として分離することができる。遠心分離の条件に特に制限はないが、通常5000〜20000x gで5〜20分程度である。遠心分離によ
り得られた液体成分に対しては、さらに遠心分離を繰り返し行ってもよい。遠心分離操作を繰り返すことにより、よりきれいな液体分画が得られる。なお、このようにして得られた沈澱は、上記残渣と合わせ、固形分画を得るのに使用される。
【0031】
一方前記粉砕物を搾るなどして得られた固形分(残渣)の方には、液体成分がわずかに混入している。そこで、たとえば固形分に水などの溶媒を加えることで、固形分に含まれる液体成分を抽出する。なお、前記のように、この残渣には、前記液体分画を得る過程で生成した沈殿を加えてもよい。前記抽出操作の方法は特に限定されず、常法に従って行えばよい。抽出効率を向上させるため、抽出操作中に加熱、攪拌、振とう等を行ってもよい。また遠心分離を行ってもよい。遠心分離を行うと、液体成分と固形分とがきれいに分離するので、好ましい。なお、この際の遠心分離の条件は上記の場合と同様である。以上の操作により、固形分画が得られる。
【0032】
前記抽出に用いる溶媒は、水、親水性有機溶媒、又はこれらの2種以上からなる混合物のいずれであってもよい。また、超臨界流体を用いた抽出も可能である。
前記水の種類には特に限定がなく、純水、水道水等のいずれであってもよい。また水には精製、殺菌、滅菌、ろ過、浸透圧調整、緩衝化等の通常の処理が施されていてもよく、例えば、生理的食塩水、ならびに、リン酸緩衝液等の緩衝液なども抽出溶媒として使用可能である。抽出溶媒としては、精製水、生理的食塩水および緩衝液が好ましく、精製水が特に好ましい。
【0033】
前記親水性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、ブタノール、グリセリン、プロピレングリコールおよび1,3-ブチレングリコール等のアルコール、アセトン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、1,4-ジオキサン、ピリジン、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、酢酸等が挙げられる。
【0034】
このようにしてユリ根を分画操作して液体分画および固形分画を得る。後述の実施例から明らかなように、これらの分画の両者は驚くべきことに、同じ効果を達成するのに必要な用量を基準として考えると、ユリ根そのものよりもストレス抑制効果が高い。
【0035】
この理由は、後述の実施例で考察するように、ユリ根には多くの成分が混在し、ストレス抑制作用を有する成分は一種ではなく、さらにその有効成分の効果を阻害する成分も存在し、これらが、上記の分画操作によって、ユリ根そのものよりもストレス抑制効果が高くなるような、有効成分・阻害成分の組み合わせに分離されていくからなのではないかと考えられる。
なお、本発明においては、固形分画に対して種々の処理を施してもよい。たとえば、この分画を乾燥したものも、本発明における固形分画に含まれる。
【0036】
<液体分画からのストレス抑制成分の抽出>
上記抽出で得られた液体分画を親水性有機溶媒と混合すると、液体分画中の種々の成分(ストレス抑制成分を含む)の溶解度が低下し、沈殿が生成する。そして、この混合液中の前記親水性有機溶媒の濃度を下げていくと、生成した沈殿が再溶解していく。この親水性有機溶媒の濃度を適切に低下させることで、ストレス抑制成分が再溶解し、かつストレス抑制成分の活性を阻害すると考えられる夾雑物の含有量が非常に少ないと考えられる可溶分画Aを得ることができる。この可溶分画Aは、後述の実施例から明らかなように、ユリ根そのものよりも、前記液体分画および前記固形分画よりも、はるかにストレス抑制効果が高い。
【0037】
前記親水性有機溶媒としては、「ユリ根からのストレス抑制成分の分画」の説明で述べた親水性有機溶媒と同様のものを用いることができるが、ストレス抑制効果の高い分画を得る観点からは、アルコールが好ましく、エタノールが特に好ましい。
【0038】
親水性有機溶媒は、液体分画と混合して得られた混合液において、その濃度が、通常30〜95重量%、好ましくは40〜90重量%である。このように混合液中の親水性有機溶媒の濃度を高くすることで、ストレス抑制成分を含む種々の成分の溶解度が低下するのである。
【0039】
次に、混合液中の親水性有機溶媒の濃度を下げていく方法について特に制限はないが、典型的には、上記固形分からの液体成分の抽出に用いられた溶媒(たとえば水)を前記混合液に加えることで、混合液中の親水性有機溶媒の濃度を下げていく。
【0040】
このような方法で、通常混合液中の親水性有機溶媒の濃度は通常10〜60量%の濃度まで、好ましくは20〜50重量%の濃度まで低下する。前記濃度まで親水性有機溶媒の濃度が低下すると、混合液中の沈殿が再溶解する。親水性有機溶媒の濃度を下げすぎると、ストレス抑制成分以外の、ストレス抑制成分の活性を阻害すると考えられる夾雑物も溶解してしまうと考えられるので注意が必要である。
【0041】
上記のようにして親水性有機溶媒による沈殿・再溶解を行うことによって、ストレス抑制成分を含有し、かつストレス抑制成分の活性を阻害すると考えられる夾雑物の含有量が非常に少ないと考えられる可溶分画Aを得ることができる。
【0042】
本発明においては、可溶分画Aに対して種々の処理を施してもよい。たとえば、可溶分画Aを乾燥し、前記再溶解に使用した抽出溶媒等を揮発させたもの、可溶分画Aを水などの溶媒で希釈したもの、も本発明における可溶分画Aに含まれる。
【0043】
<固形分画からのストレス抑制成分の抽出>
ユリ根を分画操作して得られた固形分画を酸と混合することにより、酸可溶分画と酸不溶分画とが得られる。
【0044】
(酸可溶分画)
前記酸としては、無機酸および有機酸のいずれも使用可能である。酸の例としては、塩酸、硫酸および酢酸が挙げられる。これらの中でも、ストレス抑制効果の高い分画を得る観点から、塩酸が好ましい。
【0045】
酸の濃度は、十分な酸性を発現し、またストレス抑制成分を破壊することのないよう、通常0.02〜1Mに設定される。
このようにして得られた酸可溶分画には、後述の実施例から明らかなように、高いストレス抑制効果がある。この酸可溶分画には、アルカリによる中和処理を施してもよいし、エタノール等の親水性有機溶媒を加え、ストレス抑制成分の溶解度を低下させ、ストレス抑制成分を沈殿として回収してもよい。本発明においては、このような沈殿自体も前記酸可溶分画に含まれる。また酸可溶分画は水などの溶媒で希釈して使用してもよい。
【0046】
また前記固形分画と酸とを混合した後、遠心分離をすることにより、酸可溶分画と酸不溶分画とをより高度に分離することができる。遠心分離の条件は通常5000〜20000x gで5〜20分程度である。
【0047】
(酸不溶分画)
一方、酸不溶分画にもストレス抑制成分が含まれている。このストレス抑制成分は、酸不溶分画をアルカリ水溶液と混合することにより、抽出可能である。前記酸不溶分画をアルカリ水溶液と混合することで、アルカリ可溶分画とアルカリ不溶分画とが得られる。
【0048】
前記アルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム水溶液および水酸化カリウム水溶液などが挙げられる。これらの中でも、ストレス抑制効果の高い分画を得る観点から、水酸化ナトリウム水溶液が好ましい。
【0049】
アルカリ水溶液の濃度は、十分なアルカリ性を発現し、またストレス抑制成分を破壊することのないよう、通常0.05〜1Mに設定される。
また酸不溶分画から酸を除去しておくと、アルカリ水溶液の使用量を少なくすることができる。
【0050】
このようにして得られたアルカリ可溶分画には、酸可溶分画ほどではないが、ストレス抑制効果がある。このアルカリ可溶分画には、酸による中和処理を施してもよいし、エタノール等の親水性有機溶媒を加え、ストレス抑制成分の溶解度を低下させ、ストレス抑制成分を沈殿として回収してもよい。本発明においては、このような沈殿自体も前記アルカリ可溶分画に含まれる。またアルカリ可溶分画は水などの溶媒で希釈して使用してもよい。
【0051】
<抗ストレス性組成物>
本発明の抗ストレス性組成物は、以上説明した、ストレス抑制効果のある分画、すなわち以下の(i)〜(iv)の分画のうち、いずれか1種以上を含有している。
【0052】
(i)ユリ根を分画操作して得られた固形分画
(ii)ユリ根を分画操作して得られた液体分画を親水性有機溶媒と混合して沈殿を生成させ、該混合により得られた混合液中の親水性有機溶媒濃度を下げることで、前記沈殿の一部を溶解させて得られた可溶分画
(iii)分画(i)を酸と混合して得られる酸可溶分画
(iv)分画(i)を酸と混合して得られる酸不溶分画をアルカリ水溶液と混合して得られるアルカリ可溶分画。
【0053】
注目すべきは、分画(iv)を除くすべての分画が、同じストレス抑制作用を示すのに
必要な用量で考えた場合に、ユリ根そのものよりも高い効果を有しているということである。特に分画(ii)の効果は顕著である。
【0054】
このように多くの分画がユリ根そのものよりも高いストレス抑制効果を有している理由は、上述のように、ユリ根中に混在するストレス抑制成分および当該有効成分の効果を阻害する成分が、上記の分画操作によって、ユリ根そのものよりもストレス抑制効果が高くなるような、有効成分・阻害成分の組み合わせに分離されていくからなのではないかと考えられる。
【0055】
ユリ根についてのこのような知見は本発明者によってはじめて得られたものであり、特許文献1には、このような分画操作によって、ユリ根そのものよりも高いストレス効果を有する分画がいくつも得られることについては、何ら記載も示唆もない。
【0056】
[本発明のストレス性疾患抑制剤]
本発明の抗ストレス性組成物は、常法により製剤化され得る。前記製剤の剤形に特に制限はなく、必要に応じ適宜選択されるが、一般的には、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、液剤、シロップ剤、懸濁剤、乳剤、エリキシル剤等の経口剤、または注射剤、点滴剤、坐剤、吸入剤、経皮吸収剤、経粘膜吸収剤、貼付剤、軟膏剤等の非経口剤である。
【0057】
前記経口剤は、本発明の抗ストレス性組成物と、例えばデンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等の賦形剤とを用いて常法に従って製造することができる。
【0058】
この種の製剤には、適宜前記賦形剤の他に、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を含有させることができる。
前記結合剤の具体例としては、結晶セルロース、結晶セルロース・カルメロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、カルメロースナトリウム、エチルセルロース、カルボキシメチルエチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、コムギデンプン、コメデンプン、トウモロコシデンプン、バレイショデンプン、デキストリン、アルファー化デンプン、部分アルファー化デンプン、ヒドロキシプロピルスターチ、プルラン、ポリビニルピロリドン、アミノアルキルメタクリレートコポリマーE、アミノアルキルメタクリレートコポリマーRS、メタクリル酸コポリマーL、メタクリル酸コポリマー、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ポリビニルアルコール、アラビアゴム、アラビアゴム末、寒天、ゼラチン、白色セラック、トラガント、精製白糖、マクロゴールが挙げられる。
【0059】
前記崩壊剤の具体例としては、結晶セルロース、メチルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルメロース、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、クロスカルメロースナトリウム、コムギデンプン、コメデンプン、トウモロコシデンプン、バレイショデンプン、部分アルファー化デンプン、ヒドロキシプロピルスターチ、カルボキシメチルスターチナトリウム、トラガントが挙げられる。
【0060】
前記界面活性剤の具体例としては、大豆レシチン、ショ糖脂肪酸エステル、ステアリン酸ポリオキシル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール、セスキオレイン酸ソルビタン、トリオレイン酸ソルビタン、モノステアリン酸ソルビタン、モノパルミチン酸ソルビタン、モノラウリン酸ソルビタン、ポリソルベート、モノステアリン酸グリセリン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウロマクロゴール
が挙げられる。
【0061】
前記滑沢剤の具体例としては、コムギデンプン、コメデンプン、トウモロコシデンプン、ステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、含水二酸化ケイ素、軽質無水ケイ酸、合成ケイ酸アルミニウム、乾燥水酸化アルミニウムゲル、タルク、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、リン酸水素カルシウム、無水リン酸水素カルシウム、ショ糖脂肪酸エステル、ロウ類、水素添加植物油、ポリエチレングリコールが挙げられる。
【0062】
前記流動性促進剤の具体例としては、含水二酸化ケイ素、軽質無水ケイ酸、乾燥水酸化アルミニウムゲル、合成ケイ酸アルミニウム、ケイ酸マグネシウムが挙げられる。
上記のように本発明の抗ストレス性組成物と賦形剤等の添加剤とを用いて常法によって製造することのできる本発明のストレス性疾患抑制剤は、抗ストレス性組成物のストレス抑制作用に基づき、種々のストレス性疾患の予防、治療または改善に使用することができる。
【0063】
前記ストレス性疾患としては、うつ病、ストレス起因性の胃潰瘍、十二指腸潰瘍、不眠症などが挙げられる。これらの中でも本発明のストレス性疾患抑制剤は、うつ病患者に好適に用いることができる。
【0064】
また本発明のストレス性疾患抑制剤の有効成分は、ユリ根に由来するものであり、ユリ根は従来天然食品素材として広く安全に使用されているものであるから、副作用もほとんどなく、非常に安全であると期待される。
【0065】
本発明のストレス性疾患抑制剤の用量は、該抑制剤が上記で説明したいずれの分画を含有するかにもよるが、通常1日10g〜1000gであり、通常1日に1〜3回投与される。またこれらの用量および投与回数等の用法は、患者の年齢、性別、体重、症状等を考慮して適宜変更し得る。
【0066】
[本発明のストレス抑制用飲食品およびストレス性疾患予防・改善用飲食品]
本発明の抗ストレス性組成物は、前記のように、従来天然食品素材として使用されているユリ根に由来する成分をストレス抑制成分として含有している。したがって、本発明の抗ストレス性組成物は、安全に飲食品に適用することができると期待される。すなわち、本発明の抗ストレス性組成物は、常法により飲食品の形態に調製され得る。
【0067】
前記「飲食品」は、例えば、飴、トローチ等を含む錠剤(タブレット)や糖衣錠の形態、顆粒の形態、粉末飲料、粉末スープ等の粉末の形態、ビスケット等のブロック菓子類の形態、カプセル、ゼリー等の形態、ジャムのようなペーストの形態、チューイングガムのようなガムの形態、サプリメントの形態のようにいかなる形態であってもよく、特定保健用食品(例えばうつ病症予防食品)にもなり得る。また飲料の形態としては、茶を含む清涼飲料水、アルコール飲料、乳酸菌飲料、コーヒー飲料等が挙げられる。
【0068】
このような種々の形態をとり得る本発明のストレス抑制用飲食品は、含有される抗ストレス性組成物のストレス抑制効果に基づき、種々のストレス性疾患の予防・改善のために用いることができる。前記ストレス性疾患の例は、前述のとおりである。
【0069】
本発明のストレス抑制用飲食品およびストレス性疾患予防・改善用飲食品には、本発明の効果が損なわれない範囲で、通常、飲食品原料として用いられる種々の他の成分を配合することができる。
【0070】
前記他の成分としては例えば水、アルコール類、甘味料、酸味料、着色料、保存剤、香料、賦形剤、安定化剤、pH調整剤、糖類、各種ビタミン類、ミネラル類、抗酸化剤、可溶化剤、結合剤、滑沢剤、懸濁剤、湿潤剤、皮膜形成物質、矯味剤、矯臭剤、界面活性剤、流動性促進剤等が挙げられる。これらの成分は単独で、または組み合わされて使用され得る。
【実施例】
【0071】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0072】
[試験例1]
[生ユリ根が有する抗ストレス機能の検証]
(ユリ根の入手)
根茎部分に抗ストレス性機能を有するユリの品種は数多くあるが、その強さは品種間で異なる(後述する実施例4参照)。食用として最も流通している「コオニユリ」の白銀には高い活性が認められるため、本出願ではこの品種により得られた結果を主に示す。白銀は富良野町や由仁町等の北海道産のものを収穫後の秋から冬にかけて入手し、春過ぎまで4℃で保存した。それ以上の保存は根が伸びることと、鱗茎が変色するために避けること
が望ましい。また長期保存したものは、外側の大きな鱗茎の甘味が低下しマウスの摂取量が減る傾向が見られた。その場合にはむしろ内部の芯に近い小さな鱗片を用いた。
【0073】
(マウスの飼育、ストレス負荷、ユリ根投与、および採血)
ストレスを負荷したマウスにユリ根を与えることによって、ユリ根の抗ストレス活性を評価した。用いたマウスは5週齢のCD1(ICR)雄性マウス(体重26〜31g)で、1ケージ当た
り3匹ずつ入れて7日間予備飼育を行った。飼育ケージ(28cm x 17cm)には床敷を入れ、
通常の固形飼料と水を自由に摂取させた。
【0074】
ストレスは飼育8日から10日目にかけて負荷した。この場合、ケージには床敷きの代わ
りに水深2mm程度の浅い水(25℃)を張り、マウス3匹を昼間あるいは夜間だけ10〜12時間このケージに移すことによりストレスを負荷した。現在までの本発明者の検討により、夜間の方がやや強いストレスとなるという結果が得られている。ストレスを負荷しないコントロールマウスについては、そのまま通常の飼育を継続した。
【0075】
ユリ根の機能試験を行うマウスには、ストレスを負荷している時間帯のみユリ根を与え、その抗ストレス機能を評価した。ユリ根は鱗片を通常の固形飼料の代わりに金網の上に置いて自由に摂取させた。ユリ根の減少重量から、ユリ根の摂取量を求めた。制限をしなければ12時間でマウス1匹当りユリ根を2.3-3.3g摂取する。統計的かつ対照を用いた評価のためには、少なくとも各群3匹から成る3群のマウス(ストレス無負荷/通常餌、スト
レス負荷/通常餌、ストレス負荷/ユリ根+通常餌)の血清評価が必要である。
【0076】
マウスへの3日間のストレス負荷(各10〜12時間)を終了した翌日、エーテル麻酔の下
で心臓より全血を採取した。低侵襲的な採血が必要な場合には尾静脈からの微量採血も可能である。得られた血液は室温で1時間静置した後に遠心分離(11,000 x g, 10 分)し、その上清を血清として-80℃で保存した。
【0077】
(ストレスマーカーによるユリ根の抗ストレス機能の評価)
本発明者は特願2009−031326において、マウス血清中のハプトグロビンα鎖(以後Hpα)、血清アミロイドP(以後SAP)、あるいは血清アミロイドA1(以後SAA1)が、ストレスバイオマーカーとして利用できることを示した(これらの血清中の量が、ストレスの負荷により増加する)。また以下で説明されるように、ハプトグロビンβ鎖(以後Hpβ)もストレ
スバイオマーカーとして利用することができる。ここではその内Hpβ、SAP、SAA1を利用
してユリ根の抗ストレス機能を検証した結果を示す。
【0078】
ストレスが負荷されたマウスおよびストレスを負荷されていないマウスの血清1.1mLに
含まれる蛋白質をSDS-ポリアクリルアミド電気泳動(12.5%アクリルアミド)により分離
した。泳動後のゲルをニトロセルロース膜に重ね、Protein Transfer Buffer (25mM Tris, 192mM Glycine, 20%メタノール)の中で、30Vの電圧をゲル表面に垂直方向に加え、13時間の泳動により蛋白質を膜上に移動(ブロッティング)させた。
【0079】
ブロッティング後のニトロセルロース膜を、ブロッキング溶液(2%スキムミルクを含むTBS Buffer(50mM Tris-HCl pH7.6, 150mM NaCl))中に1時間浸してブロッキングした後、抗体を1:1000で含むブロッキング溶液中で1時間反応させた。ここで用いる抗体は、抗
ハプトグロビンβ鎖抗体(ニワトリ・ポリクローナルIgY、Abcam社)、抗血清アミロイドP抗体(ヤギ・ポリクローナルIgG、Santa Cruz社)あるいは抗血清アミロイドA1抗体(ヤギ・ポリクローナルIgG、R&D Systems社)である。
【0080】
抗体と反応させた膜を洗浄後、IgYから成る抗体に対してはHRP(西洋わさびペルオキシダーゼ)標識された抗IgY抗体(ヤギ・ポリクローナル、Santa Cruz社)、IgGから成る抗体に対してはHRP標識されたProtein Gを各1:1000で含むブロッキング溶液中で45分間反応させ、その後0.1%Tween20を含むTBS Bufferで洗浄した。
【0081】
膜上においてHRPが存在する(これはHpβ、SAPまたはSAA1が存在することを意味する)場所を、HRP活性を利用した化学発光試薬ECL(GEライフサイエンス社)による発光によって検出した。発光はフォトンカウンティングによる高感度カメラARGUS(浜松ホトニクス社)
により撮影し検出した(図1)。
【0082】
図1より、Hpα、Hpβ、SAPおよびSAA1の血清中の量が、ストレスの負荷により増加す
ること、したがって、これらがストレスバイオマーカーとして利用できることがわかる。
この結果を応用し、ユリ根の抗ストレス機能を検証した(図2)。この機能試験では、ストレス負荷の前日から生ユリ根を前投与し、ストレス負荷時間帯およびそれ以後も半日だけ生ユリ根を投与した。マウスは1匹当たり1日約3.3g のユリ根を摂取する。ユリ根投
与群(右パネル)ではHpβとSAPに対応するバンドの濃度が薄いが、ユリ根非投与群(左
パネル)ではストレス負荷終了後4日目まではバンドが消えずに残っていることがわかる
。この結果から、ユリ根はストレスを緩和し回復を早める作用をもった成分を有することが検証された。
【0083】
[試験例2]
[マウスの行動試験に基づいたユリ根の抗ストレス機能の確認]
試験例1では、本発明者が開発したストレスバイオマーカーによる生化学的評価法によりユリ根の抗ストレス機能を検証した。しかし、これまでストレス蓄積の評価はマウスの行動試験に基づくものが常法として用いられて来た。そこでストレス負荷の前後のマウスの行動、またユリ根投与の有無がマウスの行動に及ぼす影響を調べ、試験例1におけるマーカーによる評価法と行動試験に基づく評価法との整合性を検証した。
【0084】
精神的ストレスを反映すると考えられているマウスの行動試験は種々知られているが、このうち本発明者が実施したところ最も個体差が少ないものは、「明暗探索試験」であった。この方法は、マウスを明室と暗室に分かれた箱(各縦20x横30x高さ20cm)に入れ、2室の間にマウスが通れる通路(4cmx4cm)を設け、マウスがストレスを感じていると、暗い
場所に逃げ込むため、マウスが明室(200lux)で活動する時間が少なくなる習性を利用した試験である(山口 拓, 吉岡充弘. 日薬理誌, 2007; 130: 105-111)。
【0085】
ストレス負荷(夜間)およびユリ根投与の条件は試験例1と同様である。1回目の行動試験はストレス負荷の前日16時、2回目の試験は第1日目のストレス負荷終了5時間後に相当する16時、また3回目の試験は第3日目ストレス負荷が終了してから5時間後に行った。また3回目の行動試験の後には採血を行い、マーカーを分析した。
【0086】
図3はそれらの結果である。ユリ根投与群(B群、3匹)は非投与群(A群、3匹)に比べ、明室に滞在する時間が顕著に伸びているのがわかる(図3左)。したがって従来法によるストレス評価によっても、ユリ根は抗ストレス機能を有することが明らかになった。個々のマウスにおける3種のストレスマーカーを検出した結果が図3右パネルの写真で
ある。ユリ根投与群BのうちNo.3のマウスについては、3種のマーカーのうちHpβとSAP
のバンドが無視できない程度に残っており、その原因として、ストレスからの回復が遅れていることが考えられる。このことは行動試験にもよく反映されており、3匹のうちでこのマウスだけは、明室への滞在時間が短く、そのために滞在時間の標準偏差が大きくなった。
【0087】
[試験例3]
[抗ストレス効果を得るために必要な生ユリ根摂取量]
本試験例では、生ユリ根がストレス抑制効果を示すために必要な摂取量を知るため、摂取量を0〜2.4g/day/匹で5段階にコントロールした試験を行った。マウスが所定量生ユリ
根を摂取した後は、通常の固形飼料に切り替えた。図4はその結果を示す。各マーカーによってユリ根の抑制効果に幅はあるが、およそ1.5〜2.4g/day/匹の摂取でマーカー量の増加が20%以下に抑制された。
【0088】
また試験例1において示したように、摂取量が3.3gにまで増加すると両マーカー共に
検出限界以下にまで抑制される。
[実施例1]
[抗ストレス成分の抽出(1): 水への可溶性成分と不溶性成分への分画]
生ユリ根1.7kgをフードプロセッサーで粉砕したものを、2重のガーゼで搾り、液成分
と残渣とに分けた。
【0089】
液成分を4℃で一晩置いた後、遠心分離(10,000 x g、10分)により可溶分画(上静)と不溶分画(沈殿物)とに分けた。上清には入らず不溶分画に残ってしまった可溶成分を回収するため、ここで得られた沈澱物および先に得られた残渣を水200mLに懸濁混合した
後、再度遠心分離(10,000 x g、10分)することによって可溶分画(上清)と不溶分画(沈澱物および残渣)とに分けた。最終的に可溶分画(液体分画372g )及び不溶分画(固
形分画)1510gが回収された。
【0090】
したがって生ユリ根1.7kgは残渣約1.5kgと液成分約0.17kg(抽出に用いた水を
含めると約0.37kg)とから成り立っていると推定される。
可溶分画は水で希釈後、給水ボトルによりストレス負荷の時間帯(12時間)だけマウスに自由に摂取させた。マウスは1匹で半日平均3.3mLの水を飲むため、前記可溶分画は、3.3mL当り生ユリ根3.3gに由来した可溶分画1.5gが含まれるように希釈した。
【0091】
可溶分画投与の、ストレスを負荷されたマウス血清中のストレスバイオマーカーに対する効果を図5(上段)に示す。可溶分画は、HpβよりもSAPに与える影響が強いが、どち
らに対しても1日0.6〜0.8g(希釈のための水を含む)の投与により80%以上の抑制効果を示した。
【0092】
試験例3では1日1.5〜2.4gの生ユリ根の投与によりストレス抑制効果が見られたが、可
溶分画では、ユリ根投与と同じ効果を発揮するのに必要な用量を基準とすると、ストレス抑制作用が少なくとも2〜4倍に上がっていることが分かる(後述の[ユリ根成分の抽出結
果まとめ]も参照)。
【0093】
一方、不溶分画については、別の2.8kgの生ユリ根に対して、回収率が高いミキサーに
よる素材の粉砕を行い、その後約800mLの水による可溶成分の抽出と遠心分離による上清
の除去により新たに調製した。その結果、2.8kgの生ユリ根から2.58kgの不溶分画が
得られた。
【0094】
1ケージ(3匹)当たり7.5gの不溶分画(生ユリ根約8.5gから得られる量)を粉末給餌器に入れマウスに与えた。摂取量は与える時間を2段階に変えて調節し、不溶分画を投与することによる、ストレスを負荷されたマウス血清中のストレスバイオマーカーに対する影響を調べた。
【0095】
図5(下段)にその結果を示した。両マーカー共に、1日約1.1gの不溶分画摂取によっ
て80%以上の抑制が見られた。試験例3によると、1日1.5〜2.4gの生ユリ根の接種により80%以上のストレス抑制機能が見られたが、これと比較すると、不溶分画ではこのストレス抑制作用が約1.5〜2.2倍に上がったことが分かる。
【0096】
[実施例2]
[抗ストレス成分の抽出(2): 液体分画のエタノール分画]
実施例1で述べたように、可溶分画はSAPの増加を抑制する機能がHpβを抑制する機能
よりも強い(図5上段)。可溶分画に含まれる成分はエタノールにより沈澱させることができるが、その沈殿物を、該沈殿物を含む混合液に水を加えることによって、40,20,約0
重量%と段階的にエタノール濃度を下げることによって再溶解させ、エタノール濃度が各
濃度になった時点で可溶分画を沈殿から分離し(したがって可溶分画は3つ得られた)、どの分画に抗ストレス成分が含まれるかを調べた。結果を図6に示す。
【0097】
可溶分画に含まれる成分を再溶解させた各分画を、ストレス負荷期間中に1日1回0.15mL(溶媒である水を含めて約0.15g)マウスに経口投与した結果、ストレス抑制機能を有す
る成分の多くは40%エタノール可溶分画に存在することが明らかとなった(図6参照)。
【0098】
この分画は試験例3と比較すると、Hpβ抑制作用については生ユリ根約0.7gと同等な
作用(50%抑制)が0.15mL(溶媒である水を含めて約0.15g)によって発揮されると推定され、約5倍の効果がこの段階までで達成されたことになる。他方、SAP抑制作用については生ユリ根2.4g相当の機能をこの分画0.15gが持っており、16倍の効果となっている(後述の[ユリ根成分の抽出結果まとめ]も参照)。
【0099】
尚、ここでマウスに投与した分画は、溶媒として加えた水の重量が大部分を占め、ユリ根成分(0.023g)だけを考えれば、ストレス抑制作用は、Hpβ抑制作用については約30倍、SAP抑制作用については約100倍になっている。
【0100】
[実施例3]
[抗ストレス成分の抽出(3):水不溶分画の酸・アルカリ抽出]
実施例1と同様にしてユリ根80gを粉砕し、水20mlを加え十分に水抽出を行ったのち、遠心分離(10000 x g、10分)によって22gの液状成分と77グラムの固形分を得た。これ
ら液状成分および固形分のストレス抑制活性は、実施例1で述べたとおりである。
【0101】
前記液状成分にエタノールを加え、その溶液中のエタノール濃度が80重量%となったところで得た沈澱を含む溶液に、水を加えてエタノール濃度を40重量%まで下げて、沈
殿を再度溶解して得られた液体部分を蒸発乾固し、7gの固体分を得た。このエタノール分画のストレス抑制活性は、実施例2で述べたとおりである。
【0102】
一方上記の77gの固形分に74mL の0.1M HClを加え、氷上で30分間撹拌した。酸で可
溶化された成分を遠心分離(15,000 x g、 4℃、15分)により上清(上澄み)として回収し、1M NaOHによって中和した。機能成分を80%エタノール沈澱として回収(13g)し供試
材料とした。
【0103】
酸不溶分画は水により酸を除去後、0.1M NaOH 74mLに懸濁撹拌し、その可溶化成分を80%エタノール沈澱物(7g)として回収した。また最後に残った酸・アルカリ不溶物40gも
供試材料とした。
【0104】
各分画は1匹当たり生ユリ根3.3gから得られた量に相当する量、即ち酸可溶分画では0.53g(3.3g/80g×13g)、アルカリ可溶分画では0.3g(3.3g/80g×7
g)、不溶分画では1.7g(3.3g/80g×40g)を、通常固形飼料1gを砕いたものと混合して給餌器に入れた。ストレスを負荷している時間帯にこの飼料をマウスに与え、通常飼育の時間帯には通常餌のみを与えた。
【0105】
図7にこれら3つの分画の抗ストレス機能をマーカーにより評価した結果をまとめたが、酸可溶分画がHpβおよびSAPの両マーカーの増加を効果的に抑制することが明らかとな
った。
【0106】
まずHpβ抑制作用については、酸可溶分画0.53gがほぼ100%抑制しており(図7左)、
それと同等な効果を示す生ユリ根3.3g(図2のマウスグループD参照)との比から、酸可
溶分画ではストレス抑制作用が生ユリ根の約6倍に増加していることが分かった。
【0107】
一方SAPについては、酸可溶分画0.53gにより約80%抑制された(図7右)。それと同等
な効果を示す生ユリ根2.4g(図4参照)との比から、酸可溶分画とすることにより、ユリ
根そのものから約4.5倍の効果上昇が見られた。
【0108】
アルカリ可溶分画にもストレス抑制機能は残っているが、主としてHpβの増加を抑制する作用であり、SAPの抑制効果は顕著には見られなかった。また酸・アルカリ不溶分画に
はストレス抑制機能は見られなかった。
【0109】
[ユリ根成分の抽出結果まとめ]
実施例1〜3においてストレス抑制機能を持ったユリ根成分の抽出結果を段階的に示したが、これらの結果を各分画のストレス抑制効果に着目してまとめたものが下記表1である。
【0110】
【表1】

抽出する過程で明らかになったことは、ユリ根には、少なくとも化学構造的に異なる2種のストレス抑制性成分(水に可溶、あるいは不溶な成分)が存在していることである。表1の総活性の比較からわかるとおり、これ等の成分がほぼ同等に2の水による抽出分に
も、また3のエタノール・塩酸による抽出分にも含まれている。
【0111】
さらに注目すべき点は、2つの分画それぞれの活性の和が、元の生ユリ根の活性(この
表では1に設定してある)を大幅に超えていることである。その原因は、多くの成分が混在する生ユリ根では、有効成分に対し阻害効果を持った成分も存在しているためであると考えられ、本実施例の結果は、ユリ根の抽出精製の重要性を示している。
【0112】
またマーカーHpβとSAPが各分画で必ずしも同程度に抑制されるのではなく、一方がよ
り効果的に抑制される場合がある。つまり各マーカーはストレスにより単一の機構で誘導されるのではなく、各マーカーの誘導に、異なる経路が関与しているものと考えられる。
【0113】
そこで表1ではマーカー別の抑制活性についてまとめた。その結果、エタノールあるいは塩酸抽出を行って得られた分画は、ストレス抑制効果がユリ根そのものに比べて4.7〜16.7倍程度に上がっていることが分かった。しかしながら40%エタノール可溶分画については、摂取量0.15gのうちの大部分が一旦固化させた成分(前述のように0.023g)を
再溶解させるために加えた水である。この点を考慮すると、実質的な効果は30倍〜100倍になっている。
【0114】
[実施例4]
[ユリ根品種間での機能性の比較]
食用ユリとして現在主として流通しているのはコオニユリに属する「白銀」である。
【0115】
本明細書における実施例においても白銀を用いた結果を示して来た。ところが味に加え、機能性という面でも白銀が他の品種より優れているか否かは不明である。また栽培の容易さ、あるいはコスト面からは他の品種が優れている可能性も考えられる。そこで花卉用も含めて幾つかの品種について、実施例2と同様の方法でストレス抑制作用(HpβおよびSAPの抑制作用)を検討し、その効果を比較した。花卉用の場合、ユリ根が渋味を有する
ことが多いため、渋味が弱い40%エタノール分画のみでストレス抑制作用を比較した。結
果を図8に示す。
【0116】
食用品種であるコオニユリ(白銀)とオニユリ(八重咲)は抗ストレス機能が高いが、同じ食用でもコオニユリ(丹後)やヤマユリではその機能が見られなかった。一方、花卉用のシンテッポウユリでは白銀などとほぼ同等の抗ストレス機能が見られた。しかしながらその親品種であるタカサゴユリには活性が認められないという結果も得られ、品種選択の重要性が示唆された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(i)〜(iv)のいずれか1種以上の分画を含有する抗ストレス性組成物:
(i)ユリ根を分画操作して得られた固形分画
(ii)ユリ根を分画操作して得られた液体分画を親水性有機溶媒と混合して沈殿を生成させ、該混合により得られた混合液中の親水性有機溶媒の濃度を下げることで、前記沈殿の一部を溶解させて得られた可溶分画
(iii)分画(i)を酸と混合して得られる酸可溶分画
(iv)分画(i)を酸と混合して得られる酸不溶分画をアルカリ水溶液と混合して得られるアルカリ可溶分画。
【請求項2】
前記分画(i)または(ii)を得る際に行う分画操作として、ユリ根の粉砕処理、遠心分離および溶媒抽出を行うことを特徴とする請求項1に記載の抗ストレス性組成物。
【請求項3】
前記ユリが、コオニユリ(白銀)、オニユリ(八重咲)またはシンテッポウユリであることを特徴とする請求項1または2に記載の抗ストレス性組成物。
【請求項4】
前記液体分画と前記親水性有機溶媒とを混合して得られた混合液中の親水性有機溶媒の濃度が、40〜90重量%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の抗ストレス性組成物。
【請求項5】
前記混合液中の前記親水性有機溶媒の濃度を、20〜50重量%まで下げることを特徴とする請求項4に記載の抗ストレス性組成物。
【請求項6】
前記親水性有機溶媒がエタノールであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の抗ストレス性組成物。
【請求項7】
分画(ii)を含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の抗ストレス性組成物。
【請求項8】
ユリ根を、該ユリ根の粉砕処理、遠心分離および溶媒抽出により分画操作する工程1と、
工程1で得られた液体分画を親水性有機溶媒と混合して、沈殿を有する混合液を得る工程2と、
該混合液中の前記親水性有機溶媒の濃度を下げることで、混合液中の沈殿の一部を溶解させ、ストレス抑制成分を含有する可溶分画を得る工程3と
を有することを特徴とする、ストレス抑制成分の抽出方法。
【請求項9】
前記ユリが、コオニユリ(白銀)、オニユリ(八重咲)またはシンテッポウユリであることを特徴とする請求項8に記載のストレス抑制成分の抽出方法。
【請求項10】
前記工程2で得られた混合液中の親水性有機溶媒の濃度が、40〜90重量%であることを特徴とする請求項8または9に記載のストレス抑制成分の抽出方法。
【請求項11】
前記工程3において、前記混合液中の親水性有機溶媒の濃度を20〜50重量%まで下げることを特徴とする請求項8〜10のいずれかに記載のストレス抑制成分の抽出方法。
【請求項12】
前記親水性有機溶媒がエタノールであることを特徴とする請求項8〜11のいずれかに記載のストレス抑制成分の抽出方法。
【請求項13】
請求項1〜7のいずれかに記載の抗ストレス性組成物を含有するストレス性疾患抑制剤。
【請求項14】
請求項1〜7のいずれかに記載の抗ストレス性組成物を含有するストレス抑制用飲食品。
【請求項15】
請求項1〜7のいずれかに記載の抗ストレス性組成物を含有するストレス性疾患予防・改善用飲食品。

【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−105627(P2011−105627A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−261034(P2009−261034)
【出願日】平成21年11月16日(2009.11.16)
【出願人】(507234438)公立大学法人県立広島大学 (24)
【Fターム(参考)】