説明

アクティブ・マスダンパの制御方法及び制御装置

【課題】機器D等の対象物にAMD3を取り付けてその振動を減殺するようにフィードバック制御する場合に、AMD3の取付部のコンプライアンスによる影響をできるだけ受けないようにして、制御の不安定化を防止しつつ制振効果を高める。
【解決手段】振動センサ7により検出した機器Dの振動状態に基づいて、コントローラ8の基本制御部8aによりリニアモータ5へ制御信号を出力する。これにより錘4が駆動される反力として、機器Dの振動を減殺するような制御力が得られる。この制御のフィードバックループに、AMD3の取付部のコンプライアンスによる共振の影響を打ち消すような補償フィルタ(補正制御部8b)を介挿する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物に取り付けてその振動を減殺する制御力を付加するためのアクティブ・マスダンパの制御に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば特許文献1に記載の如く、対象物において局所的に振動が大きくなりやすい部位にアクティブ・マスダンパ(Active Mass Damper:以下、AMDと略称する)を取り付けることは知られている。AMDは、マス部材をばね要素及び減衰要素を介して対象物に支持し、これをアクチュエータによって駆動する際の反力を、対象物にその振動を減殺する制御力として付加するものである。
【0003】
前記の文献には、対象物の振動状態を検出するセンサからの信号をフィードバックしてアクチュエータを制御する際に、負の剛性及び負の減衰を与えることで、付加質量部材(マス部材)を支持するばね要素のばね特性を打ち消し、かつダンパ要素の減衰力を0に近づけることができ、これにより理想的なスカイフックダンパを実現できると記載されている。
【0004】
一方で本願の出願人は、前記文献のものと同様にセンサ信号をフィードバックしてAMDを制御する場合に、そのフィードバックループにデジタルフィルタを介挿して、AMDの錘(マス部材)及び板ばねからなる付加振動系の共振の影響を排除することを提案し、既に特許出願をしている(特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−285430号公報
【特許文献2】特開2008−303997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、AMDは前記したように、対象物において局所的に振動が大きくなりやすい部位に後付けすることが多く、その取付剛性が不足すると十分な制振効果が得られない。すなわち、機器等に後からAMDを取り付けるとすれば、そもそも締結スペースを十分に確保できない場合があるし、ボルトを通す孔も望ましい位置に形成できるとは限らないからである。
【0007】
そうしてAMDの取付部において十分な剛性が得られないと、AMDの錘だけでなく、これを支持するばね要素やケース、或いは一体の振動センサ等も含めたAMD全体が可動質量となって機器等を加振するようになり、その影響でAMDの制御が不安定化し発振する虞れがあるから、フィードバックゲインを十分に大きく設定することができない。
【0008】
斯かる知見は、本発明の発明者らがAMDの制振効果を高めるために鋭意、研究を重ねる過程で見出したものである。すなわち、前記のようなAMD制御の開ループ伝達関数には、図4に示すように例えば100Hz付近に反共振が現れ、これを境に高周波側に向かってゲインが増大するようになる。一方、図では300Hz付近に位相交点があり、ここでのゲイン余裕が小さいことから、これ以上、フィードバックゲインを大きくすることができない。
【0009】
つまり、図の例では100Hz付近の反共振の影響によって、フィードバックゲインを十分に大きく設定することができなくなっており、この反共振の原因を探るために実験、考察を重ねた結果として発明者らは、前記の如くAMD全体が可動質量となり、それを機器等に取り付ける部位のコンプライアンスにより当該機器等を加振することが原因になって、前記の反共振が生じているものと推定した。
【0010】
斯かる新規な知見に基づいて本発明の目的は、AMDの機器等(対象物)への取付剛性が不足する場合でも、その取付部のコンプライアンスによる悪影響を受けないようにして、AMD制御の不安定化を防止しつつ制振効果を高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の目的を達成するために本発明では、対象物の振動状態に基づいてAMDを制御するフィードバックループから、当該AMDの対象物への取付部におけるコンプライアンスの影響を排除するようにした。
【0012】
具体的に請求項1の発明は、対象物にAMD(アクティブ・マスダンパ)を取り付けて、その振動を減殺する制御力を付加するように制御する場合に、当該対象物の振動状態を検出するためのセンサを準備し、該センサからの信号をフィードバックして、前記対象物の振動状態に基づいてコントローラによりAMDを制御するとともに、前記センサにより検出される対象物の振動状態のうち、AMDの対象物への取付部におけるコンプライアンスの影響は無視するように、前記コントローラによるAMDの制御を補正することを特徴とする。
【0013】
前記の方法によると、まず、対象物の振動状態がセンサにより検出され、このセンサからの信号をフィードバックしてコントローラによりAMDが制御されることにより、当該AMDのマス部材を駆動する反力が対象物に、その振動を減殺するような制御力として付加されるようになる。
【0014】
その際、AMDの取付部のコンプライアンスが大きいと当該AMD全体が可動質量となって対象物を加振するようになり、この影響で前記AMDの制御が不安定化する虞れがある。そこで、センサにより検出される対象物の振動状態のうち、前記取付部のコンプライアンスによる悪影響、即ち前記のようなAMD全体の振動による影響については無視することによって、制御の不安化を防止することができる。
【0015】
具体的には、前記のようにコンプライアンスによる共振特性を打ち消すために、伝達関数G(s)が以下の式(A)によって表されるフィルタをフィードバック・ループに介挿すればよい(請求項2)。
【0016】
【数1】

【0017】
尚、前記の式(A)において、mは対象物の質量、k及びcはそれぞれ対象物のばね定数及び減衰係数であり、k及びcはそれぞれ、アクティブ・マスダンパの取付部におけるばね定数及び減衰係数である。
【0018】
見方を変えれば本発明は、アクティブ・マスダンパによって対象物の振動を減殺する制御力を付加するようにした制御装置であって、前記対象物の振動状態を検出するためのセンサと、該センサからの信号をフィードバックし、前記対象物の振動状態に応じてアクティブ・マスダンパを制御する制御手段と、前記センサにより検出される対象物の振動状態のうち、前記アクティブ・マスダンパの対象物への取付部におけるコンプライアンスの影響を無視するように、前記制御手段による制御を補正する補正手段と、を備えるものである(請求項3)。
【0019】
この制御装置を用いれば、前記請求項1の発明に係る制御方法を容易に実行することができ、その作用効果が得られる。尚、補正手段は前記請求項2に記載のフィルタによって実現することができる(請求項4)。
【発明の効果】
【0020】
以上、説明したように本発明に係るAMD制御によると、対象物の振動状態に応じてAMDを作動させ、その振動を減殺するような制御力を発生させるフィードバックループに、上述の伝達関数式(A)で表されるフィルタを介挿する等することで、対象物との取付部におけるコンプライアンスの影響を排除することができる。これによりAMD制御の不安定化を招くことなく、フィードバックゲインを十分に大きく設定できるようになり、制振性能が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係るAMDを除振台上の機器に適用した構成を示す模式図である。
【図2】AMDの内部構造の一例を示す斜視図である。
【図3】AMD制御の簡略化したブロック図である。
【図4】AMD制御の開ループ伝達関数を実測したグラフ図である。
【図5】AMDの機器への取付部のコンプライアンスに着目したモデル図である。
【図6】コンプライアンスのシミュレーション(a)、及び実測結果(b)のグラフ図である。
【図7】実施形態の補償フィルタを用いた場合の図6(a)相当図である。
【図8】実施形態の補償フィルタを用いた場合の図4相当図である。
【図9】実施形態における振動伝達率の低下を示すグラフ図である。
【図10】補償フィルタを実現するアナログ回路の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0023】
図1には、本発明に係るアクティブ・マスダンパを除振台上の機器Dに適用した実施形態を模式的に示す。図の例では機器Dは例えば電子顕微鏡であって、試料を載せるステージ等が収容される筐体d1と、その天井部から上方に延びる鏡塔d2とを備えている。また、図の例では機器Dは所謂パッシブ除振台の定盤1上に載置されて、図には2つのみ示すが複数の防振体2,2,…によって床上に支持されている。防振体2としては空気ばねを用いたものが好ましいが、防振ゴムやコイルばねであってもよい。
【0024】
そして、図の例では機器Dの鏡塔d2の頂部にアクティブ・マスダンパ3(以下、AMD)を取り付けている。これは、図示のように上下に長い鏡塔d2の頂部では構造的に水平方向の振動が大きくなりやすく、これにより光学系の位置が微妙にずれてしまうという問題に対処するためである。こうして局所的に振動の大きくなりやすい部位にAMD3を取り付ければ、振動を低減する効果が高い。
【0025】
−AMDの構造例−
一例としてAMD3は、その内部に収容した錘4をリニアモータ5によって駆動するもので、その駆動力の反力が機器Dに対してその振動を減殺する制御力として付加される。図の例では、錘4とリニアモータ5のハウジングとが一体化されており、この一体のマス部材が軸線X方向に離れた2箇所にて板ばね6,6により支持されている。また、図の例ではAMD3に振動センサ7も一体化されており、これにより検出される機器Dの振動状態、即ち加速度、速度ないし変位を示す信号が、コントローラ8に向けて出力される。
【0026】
より詳しくは図2を参照すると、AMD3のケース30は、図には仮想線で示すように四角筒状であり、その筒軸(軸線X)の方向の一端側(図の左手前側)に振動センサ7が配設されている。錘4は全体としては円柱状で、隣接する振動センサ7の端部を包囲するように開口する円形断面の凹部4aを有している。この凹部4aを囲む周壁の先端に、板ばね6の内周部を挟持するように締結リング41がねじ留めされている。
【0027】
一方、錘4の反対側にはリニアモータ5のハウジングを兼ねたヨークが取り付けられている。ヨークは図の右奥側に開口する有底円筒状で、図示しないボビンを取り囲むように非接触状態で組み合わされており、それらの間に電磁力が作用するようになっている。ヨークの筒壁部の先端(図の右奥端)には締結リング51がねじ留めされて、前記した締結リング41と同じく板ばね6の内周部を挟持している。
【0028】
すなわち、図示のAMDにおいては一体化された錘4とリニアモータ5のヨークとが、2枚の板ばね6,6によってケース30の周壁に支持されて、該ケース30の筒軸方向に移動可能なマス部材を構成している(正確には2つの締結リング41,51も含まれる)。一方で、リニアモータ5のボビンはケース30の他端壁に固定されており、前記のマス部材、即ち錘4やヨーク等を駆動する反力は、ケース30を介して機器Dの鏡塔d2に伝えられ、当該鏡塔d2の振動を減殺する制御力となる。
【0029】
−AMDの制御−
次にコントローラ8によるAMD3の制御について説明する。この実施形態のコントローラ8は、基本的に振動センサ7からの信号をフィードバックしてAMD3のリニアモータ5を制御し、これにより錘4を駆動する反力として前記のように制御力を得るもので、そのような基本的な制御を行う基本制御部8a(制御手段)をソフトウエア・プログラムの態様で備えている(図1参照)。
【0030】
この基本制御部8aは、一例としてブロック図3に示すように、振動センサ7からの信号、即ち対象物の振動状態を表す信号をフィードバックし、必要に応じてノイズを除去するためのフィルタ処理や種々の演算処理を行った上でフィードバックゲインを乗算して、反転した後に制御信号としてプラントに入力する。プラントには機器Dの他にリニアモータ5や振動センサ7の特性も含まれている。
【0031】
そうして振動センサ7からの信号をフィードバックして、リニアモータ5を制御することで、機器Dにはその実際の振動状態に対応する適切な制御力を付加することができ、プラントの共振倍率が低下する。図4には実際にAMD制御の開ループ伝達関数を実測した結果のグラフ、即ち上段に位相曲線を、下段にゲイン曲線をそれぞれ示し、機器Dの共振によってゲイン曲線の20Hz付近に現れる筈のピークが抑えられていることが分かる。
【0032】
また、そのゲイン曲線の100Hz付近にはノッチ(反共振点)があり、ここを境に高周波側に向かってゲインが増大している。一方、位相曲線を見ると100Hzよりも高周波側で位相遅れが大きくなっていて、図の例では300Hz付近に位相交点が現れている。これは、デジタル信号処理を行うためのアンチエイリアシングフィルタの影響である。
【0033】
図の例では前記の位相交点におけるゲイン余裕が5dBくらいしかなく、これ以上はフィードバックゲインを大きくすることができないが、実測時のAMD制御のフィードバックゲインは10程度であり、十分なものとはいえない。つまり、図の例では前記の100Hz付近の反共振の影響で、コントローラ8の基本制御部8aによるフィードバック制御のゲインを十分に大きく設定することができず、制振効果が不十分なものになっている。
【0034】
そこで、この実施形態では、前記の開ループ伝達関数から100Hz付近の反共振が無くなるように、コントローラ8の基本制御部8aによるAMD3の制御を補正する補正制御部8b(補正手段:図1参照)を設けている。具体的には補正制御部8bは、前記した図3に示すように、AMD制御のフィードバック・ループに反共振の影響を打ち消すようなデジタルフィルタ(補償フィルタ)を介挿したものである。
【0035】
−補償フィルタ−
詳しくは、まず、本発明の発明者らは、前記の開ループ伝達関数における100Hz付近の反共振の原因を探るべく図5のような振動系のモデルを想定した。図示のモデルでは、AMD3のケース30を機器Dの頂部に取り付けるブラケット等(取付部)のコンプライアンスに着目している。尚、取付部はブラケット等に限らず、ケース30を機器Dの頂部に直接、締結してもよいし、締結が難しい場合には接着することも考えられる。
【0036】
同図においてmは、制振対象である機器Dや定盤1等の質量であり、これを支持する防振体2のばね定数及び減衰係数をそれぞれk1、c1としている。尚、機器Dの弾性変形を考慮してその剛性や内部損失も加味してばね定数や減衰係数を決めることもできる。また、図においてmは、錘4だけでなくリニアモータ5や板ばね6、振動センサ7まで含めたAMD3全体の質量を表し、このAMD3の取付部におけるコンプライアンスの影響を、ばね定数k2及び減衰係数c2で表している。
【0037】
さらに、図においてf2は、AMD3のリニアモータ5によって錘4が駆動されるときにその反力として生じる慣性力であり、変位x0、x、x2はそれぞれ、床(基礎)、機器D及びAMD3の変位を表す。尚、同図では便宜上、変位x0、x、x2を上下方向に示しているが、実際には上下、前後及び左右のいずれであってもよい。
【0038】
図5のような2自由度系の運動方程式は以下の式(1)、(2)のようになる。尚、両式において変位xの上に黒点「・」を付しているのは周知の如く時間で微分したこと、即ち速度や加速度を表すものであるが、これを本文中では「′」に置き換えて表記している。そして、それらの運動方程式(1)、(2)にそれぞれラプラス演算子sを導入し、変数X1を消去して整理すると以下の式(3)が得られる。
【0039】
【数2】

【0040】
よって、AMD3の機器Dへの取付部のコンプライアンスX2/F2の伝達関数、即ち、AMD3の作動によって生じる慣性力f2が当該AMD3自体を振動させて、これが振動センサ7によって検出されるまでの応答が、以下の式(4)として表される。
【0041】
【数3】

【0042】
前記式(4)によるコンプライアンスの周波数応答をシミュレーションした結果は図6(a)のようになり、同図(b)に示す実測結果とよく一致している。両者はいずれも20Hz付近に共振点が現れており、これは機器D及び除振台からなる主振動系の固有振動数に一致する。また、100Hz付近には反共振点が現われていて、これが、上述した開ループ伝達関数の100Hz付近の反共振の原因である、という仮定が成り立つ。
【0043】
ここで、前記コンプライアンスの周波数応答における反共振の周波数fnは、前記式(4)の分子の式の特性根として以下の式(5)のように求められるが、AMD3の取付部の剛性は弾性体2に比べてかなり高いから(k1≪k2)、反共振周波数fnは、機器Dの質量m1と取付部の剛性(ばね定数k2)とによって殆ど決まることになり、AMD3の質量mには依存しない。
【0044】
【数4】

【0045】
言い換えると、前記の仮定の通りAMD3の取付部のコンプライアンスの影響で、AMD3のフィードバック制御の開ループ伝達関数に反共振が現れているのであれば、この反共振の周波数も、AMD3の質量が変わっても変化しない筈である。
【0046】
そこで、本発明者らはAMD3の錘4やリニアモータ5、さらには振動センサ7も取り外して、その重量を大幅に軽減した状態で再度、開ループ伝達関数を実測し、反共振の周波数(100Hz付近)に変化がないことを確認した。これにより、前記の仮定通りAMD3の取付部のコンプライアンスが、開ループ伝達関数における反共振の原因であると推定できる。
【0047】
そして、斯かる新規な知見に基づいて発明者らは、前記式(4)によって表されるコンプライアンスX2/F2の分子を1にするような、以下の式(6)のように表されるデジタルフィルタを用いることとした。この場合、低周波のオフセットを補償する必要があり、式(6)の分母においてs=0とすると分母がωn2になることを考慮すれば、このωn2を分子に乗じて、フィルタの伝達関数anti_compは、以下の式(7)のように表される。
【0048】
【数5】

【0049】
尚、この実施形態では、上述したようにAMD3のフィードバック制御を行う基本制御部8aをソフトウエア・プログラムによって実現しており、同様に補正制御部8bとなるデジタルフィルタ(補償フィルタ)もソフトウエア・プログラムによって実現することができる。前記式(7)の伝達関数式から等価なデジタルフィルタのプログラムを導出する手法は種々、知られている(例えばZ変換等)。
【0050】
以上、要するにこの実施形態では、コントローラ8に前記式(7)として表される補償フィルタを設けて、振動センサ7からの信号をフィードバックするAMD制御のフィードバックループに介挿し、このAMD3の機器Dへの取付部のコンプライアンスによる反共振の影響を打ち消すようにしている。換言すれば、AMD3のフィードバック制御において前記コンプライアンスの影響は無視されることになる。
【0051】
図7は、前記の補償フィルタを用いた場合のコンプライアンスのシミュレーション結果であり、補償フィルタを用いない場合(点線で示す)と対比すると、補償フィルタにより100Hz付近のノッチ(反共振)が解消され、高周波側でもゲインが低下していることが分かる。同様に図8に示す開ループ伝達関数においても100Hz付近の反共振がなくなり、その高周波側でゲインが緩やかに低下していて、位相交点においても十分なゲイン余裕のあることが分かる。
【0052】
すなわち、図8のように補償フィルタを用いた場合でも、アンチエイリアシングフィルタの影響は残るので、位相曲線において100Hz以上では位相の遅れが増加している。この実施形態では一例として4次のバターワースフィルタを用いており、そのカットオフ周波数である300Hz付近で360°の位相遅れが発生するから、130Hz付近に位相交点が現れている。しかし、図の例では位相交点におけるゲイン余裕が15dBくらいあり、まだまだフィードバックゲインを大きくできることが分かる。
【0053】
したがって、この実施形態によると、まず、定盤1上に載置した機器Dの振動状態がAMD3の振動センサ7により検出され、この振動センサ7からの信号を受けたコントローラ8の基本制御部8aにおいてリニアモータ5への制御信号が演算される。そして、その制御信号を受けて作動するリニアモータ5が錘4を駆動し、この駆動力の反力が機器Dにその振動を減殺するような制御力として付加されるようになる。
【0054】
その際に、フィードバックループに介挿されている補償フィルタ(補正制御部8b)によって、前記のように振動センサ7により検出される機器Dの振動状態のうち、当該機器DとAMD3との取付部のコンプライアンスに起因する共振の影響が打ち消されているから、この共振の影響でAMD制御が不安定化することはなく、十分にフィードバックゲインを大きくして制振性能を高めることができる。
【0055】
図9は、この実施形態のAMD制御による制振効果を補償フィルタのない場合等と対比して示した振動伝達率の実測結果であり、同図には点線のグラフで示すように、AMD3を取り付ければ補償フィルタのない場合でも、所謂パッシブのもの(仮想線のグラフ)に比べて機器Dの共振倍率が低下することが分かる。
【0056】
但し、補償フィルタを用いない場合は上述したようにフィードバックゲインが例えば10程度に規制され、それ以上は大きくすることができない。これに対して補償フィルタを用いれば、図の例ではフィードバックゲインを30くらいまで上げることができ、このときの振動伝達率は図に実線のグラフで示すようになって、補償フィルタのない場合(点線のグラフ)よりも大幅に低下している。
【0057】
以上、説明した実施形態のAMD3や除振台の構成はあくまでも例示であり、これらが本発明の構成を限定することはない。例えばAMD3には振動センサ7を一体化する必要はない。また、リニアモータ5に代えて圧電素子等のアクチュエータを用いることもできる。
【0058】
また、コントローラ8の補正制御部8bをソフトウエア・プログラムではなく、アナログ回路にて構成することも可能である。すなわち、前記の式(7)の補償フィルタは一般的な2次のローパスフィルタになり、これをアナログ回路で実現すると図10に示すようになる。このローパスフィルタの伝達関数は、以下の式(8)として表される。
【0059】
【数6】

【0060】
式(8)において、ω0、ω02、ω0/Qは、それぞれ以下の式(9)として表される。
【0061】
【数7】

【0062】
さらに、前記の実施形態では機器Dを除振台上に搭載する例に付いて説明しているが、こうして除振台を用いて設置された機器Dだけでなく、より簡易な手法で設置された機器にAMD3を取り付ける場合にも、本発明は適用可能である。この場合、対象物のばね定数k1や減衰係数c2はいずれも機器D自体の剛性や減衰特性に対応するものとなる。
【0063】
また、AMD3の基本的なフィードバック制御については前記実施形態に例示した所謂古典制御の手法によるものには限定されず、例えばLQ制御やH∞制御等、現代制御の手法によるものとしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0064】
以上、説明したように本発明に係るアクティブ・マスダンパの制御によれば、その不安定化を招くことなく制御ゲインを十分に大きくして、制振効果を高めることができるので、特に精密機器を対象とする場合に好適である。
【符号の説明】
【0065】
D 機器(対象物)
3 アクティブ・マスダンパ(AMD)
7 加速度センサ(センサ)
8 コントローラ
8a 基本制御部(制御手段)
8b 補正制御部(フィルタ、補正手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物にアクティブ・マスダンパを取り付けて、その振動を減殺する制御力を付加するように制御する方法であって、
前記対象物の振動状態を検出するためのセンサを準備し、
該センサからの信号をフィードバックして、前記対象物の振動状態に基づいてコントローラにより前記アクティブ・マスダンパを制御するとともに、
前記センサにより検出される対象物の振動状態のうち、前記アクティブ・マスダンパの対象物への取付部におけるコンプライアンスの影響を無視するように、前記コントローラによるアクティブ・マスダンパの制御を補正する
ことを特徴とするアクティブ・マスダンパの制御方法。
【請求項2】
前記コンプライアンスによる共振特性を打ち消すように、伝達関数G(s)が以下の式(A)によって表されるフィルタをフィードバック・ループに介挿する、
【数1】

但し、mは対象物の質量、k及びcはそれぞれ対象物のばね定数及び減衰係数であり、k及びcはそれぞれ、アクティブ・マスダンパの取付部におけるばね定数及び減衰係数である、請求項1に記載のアクティブ・マスダンパの制御方法。
【請求項3】
対象物に取り付けたアクティブ・マスダンパによって、該対象物の振動を減殺する制御力を付加するようにした制御装置であって、
前記対象物の振動状態を検出するためのセンサと、
該センサからの信号をフィードバックして、前記対象物の振動状態に応じてアクティブ・マスダンパを制御する制御手段と、
前記センサにより検出される対象物の振動状態のうち、前記アクティブ・マスダンパの対象物への取付部におけるコンプライアンスの影響を無視するように、前記制御手段によるアクティブ・マスダンパの制御を補正する補正手段と、
を備えることを特徴とするアクティブ・マスダンパの制御装置。
【請求項4】
前記補正手段は、フィードバック・ループに介挿されて、前記コンプライアンスによる共振特性を打ち消すためのフィルタであって、その伝達関数G(s)が以下の式(A)によって表される、
【数1】

但し、mは対象物の質量、k及びcはそれぞれ対象物のばね定数及び減衰係数であり、k及びcはそれぞれ、アクティブ・マスダンパの取付部におけるばね定数及び減衰係数である、請求項3に記載のアクティブ・マスダンパの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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