説明

アクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法

【課題】乾湿式紡糸法にて紡糸するに際して、複雑な構造の紡糸装置を用いることなく、紡糸口金の吐出面と凝固浴の液面の間の気体層の雰囲気を均一に保ち、紡糸環境が変動しても表面が緻密で均質性の高いアクリロニトリル系前駆体繊維を製造できる方法の提供。
【解決手段】アクリロニトリルを90質量%以上含有するアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解し、重合体濃度を17〜25質量%とした紡糸原液を50〜80℃に保持する原液調製工程と、孔径0.02〜0.5mm、孔間ピッチ0.5〜3.5mmで配置された50〜500個の吐出孔を備えた紡糸口金から、吐出孔1個あたり0.2〜20g/時間で紡糸原液を吐出し、紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面の距離が2〜25mmである気体層中を走行させた後、直ちに凝固浴温度0〜30℃、有機溶剤濃度70〜90質量%の凝固浴に導入する紡糸工程を有する、アクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は航空機、スポーツ用品などの分野を中心にその用途展開がますます拡大している。それとともに炭素繊維に対する要求性能は年々高くなっており、特に航空機用途においては、機体の安全性を確保する必要性からより均質性の高い炭素繊維が望まれている。均質性の高い炭素繊維を得るには、炭素繊維用前駆体繊維の均質性を高めることが特に重要である。
【0003】
炭素繊維用前駆体繊維のうちアクリロニトリル系前駆体繊維(以下、「前駆体繊維」という。)の製造方法としては湿式紡糸法と乾湿式紡糸法が知られているが、湿式紡糸法に比べ、より均一性、緻密性に優れる前駆体繊維が得られる点で、前駆体繊維の製造方法として乾湿式紡糸法が採用される場合がある。
乾湿式紡糸法の場合、原料となるアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解させた紡糸原液を紡糸口金から一旦空気中(気体層)に吐出した後、凝固浴に導入して凝固糸とし、該凝固糸に延伸処理等を施すことで、アクリロニトリル系前駆体繊維が得られる。
【0004】
乾湿式紡糸法は、紡糸口金から吐出した紡糸原液が気体層(すなわち、紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面までの空間)を走行中に、気体層部分にドラフトが局在化できるので、その結果、高速あるいは高ドラフトでの紡糸が可能である。従って、乾湿式紡糸法では気体層が繊維形成過程において重要であり、気体層を安定化させて均質性の高い前駆体繊維を得る方法が提案されている。
【0005】
気体層の安定化の方法として、例えば特許文献1には、紡糸口金の原液吐出面から凝固浴の液面までの距離の変動を0.05mm/sec以下に保ちながら紡糸する方法が開示されている。この方法は、気体層の距離を一定にすることにより前駆体繊維の品質を安定化するものである。
また、特許文献2では、原液吐出面を取り囲む筒状フランジを有する紡糸口金の原液吐出面と凝固面との距離を一定にするとともに、さらにフランジ内に不活性気体を供給する方法により原液吐出面と凝固面の間の気体を常に換気することで、品質斑を抑制することが提案されている。
【特許文献1】特開平11−350244号公報
【特許文献2】特開2007−162159号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、気体層は、紡糸口金近傍の温湿度や、人の動きによる気体層の空気の流れの変化など、通常の製造条件では制御し難い外的要因によって不安定になりやすい。そのため、特許文献1に記載のように、気体層の距離を一定にするのみでは気体層全体の雰囲気を均一にすることは困難であり、均質性の高い前駆体繊維を得ることは必ずしも容易ではなかった。
また、特許文献2に記載の方法では、紡糸口金にフランジを設けたり、気体経路を紡糸装置に設置したりする必要があり、装置構造が複雑になるといった問題があった。
【0007】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたもので、乾湿式紡糸法にて紡糸するに際して、複雑な構造の紡糸装置を用いることなく、紡糸口金の吐出面と凝固浴の液面の間の気体層の雰囲気を均一に保ち、紡糸環境が変動しても表面が緻密で均質性の高いアクリロニトリル系前駆体繊維を製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法は、紡糸口金から吐出した紡糸原液を気体層中に一旦走行させた後に、凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、アクリロニトリル系前駆体繊維を製造する方法において、重合体濃度が17〜25質量%となるように、アクリロニトリル単位を90質量%以上含有するアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解させて紡糸原液とし、該紡糸原液の温度を50〜80℃に保持する原液調製工程と、孔径が0.02〜0.5mmであり、孔間ピッチが0.5〜3.5mmとなるように配置された50〜500個の吐出孔を備えた紡糸口金から、吐出孔1個あたり0.2〜20g/時間の吐出量で前記紡糸原液を吐出し、該紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面までの距離が2〜25mmである気体層中を一旦走行させた後に、直ちに凝固浴温度が0〜30℃であり、かつ有機溶剤濃度が70〜90質量%である凝固浴に導入する紡糸工程とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法によれば、乾湿式紡糸法にて紡糸するに際して、複雑な構造の紡糸装置を用いることなく、紡糸口金の吐出面と凝固浴の液面の間の気体層の雰囲気を均一に保ち、紡糸環境が変動しても表面が緻密で均質性の高いアクリロニトリル系前駆体繊維を製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法は、乾湿式紡糸法によりアクリロニトリル系前駆体繊維(以下、「前駆体繊維」という。)を製造する方法であり、原液調製工程と紡糸工程とを有する。
【0011】
[原液調製工程]
原液調製工程は、原料となるアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解させて紡糸原液を調製する工程である。
本発明に用いるアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリル単位を90質量%以上含有する。該アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリル単位と共重合可能な他の単量体単位を1種類もしくは2種類以上含有してもよい。
【0012】
他の単量体としては、例えば(メタ)アクリル酸およびそのエステル類、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、(メタ)アクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、N−ヒドロキシメチルアクリルアミド、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、クロトン酸、無水マレイン酸、メタクリロニトリル、スチレン、α−メチルスチレン等が挙げられる。これらの中でも親水性・水溶性のコモノマーが、アクリロニトリル単位と共重合しやすいので好ましい。
なお、本明細書において「(メタ)アクリル酸」は、メタクリル酸またはアクリル酸を意味し、「(メタ)アクリルアミド」は、メタクリルアミドまたはアクリルアミドを意味する。
【0013】
アクリロニトリル系重合体の重合方法としては、溶液重合、懸濁重合等、公知の方法のいずれをも採用することができる。
重合によって得たアクリロニトリル系重合体からは、未反応モノマー、重合触媒残滓、その他の不純物類などを極力除くのが好ましい。
【0014】
アクリロニトリル系重合体を溶解する溶剤としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤や、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウム等の無機化合物の水溶液が挙げられる。特に、得られる繊維中に金属を含有せず、工程が簡略化される点で有機溶剤が好ましく、その中でも再利用しやすい点からジメチルアセトアミドやジメチルホルムアミドが好ましい。
【0015】
紡糸原液を調製する際は、重合体濃度が17〜25質量%となるように、前記アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解させる。重合体濃度の下限値は19質量%以上が好ましい。一方、重合体濃度の上限値は24質量%以下が好ましい。重合体濃度が17質量%以上であれば、後述の紡糸工程にて、繊維内部が緻密である凝固糸を得ることができる。一方、重合体濃度が25質量%以下であれば、紡糸原液の粘度が適度であり紡糸安定性に優れる。特に重合体濃度が19〜25質量%の範囲内であれば、紡糸安定性がより優れるようになる。
【0016】
原液調製工程では、得られた紡糸原液を50〜80℃に保持する。保持温度は55〜70℃が好ましい。保持温度が50℃以上であれば、紡糸原液の粘度上昇を抑制でき、取り扱い性が良好となる。一方、保持温度が80℃以下であれば、曳糸性の低下を抑制できるので、紡糸性を維持できる。
【0017】
[紡糸工程]
紡糸工程は、先の原液調製工程にて調製した紡糸原液を紡糸する工程であり、本発明においては、紡糸口金から吐出した紡糸原液を気体層中に一旦走行させた後に、直ちに凝固浴に導入する乾湿式紡糸法にて紡糸する。乾湿式紡糸法自体は、一般的に知られている乾湿式紡糸の技法に従って行えばよい。また、本工程では、1つの紡糸口金を用いてもよく、複数の紡糸口金を用いてもよい。
なお、本発明において「気体層」とは、紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面までの空間のことである。
【0018】
本発明に用いる紡糸口金は、吐出孔を備える。該吐出孔の口径は0.02〜0.5mmであり、好ましくは0.02〜0.25mmである。口径が0.02mm以上であれば、吐出された糸同士の融着が起こりにくいので、均質性に優れた前駆体繊維が得られるとともに、紡糸糸切れの発生を抑制し、紡糸安定性を維持できる。一方、口径が0.5mm以下であれば、気体層でのドラフトが適度に起こりやすくなり、繊維強度が低下しにくくなる。
吐出孔の口径は、所望の前駆体繊維の繊維径となるように、上述した範囲内で適宜設定すればよい。
【0019】
吐出孔は、孔間ピッチが0.5〜3.5mmとなるように配置されている。孔間ピッチは1.5〜3.5mmが好ましい。孔間ピッチが0.5mm以上であれば、糸同士の融着が起こりにくいので、均質性に優れた前駆体繊維が得られるとともに、紡糸糸切れの発生を抑制し、紡糸安定性を維持できる。一方、孔間ピッチが3.5mm以下であれば、紡糸口金が必要以上に大きくなるのを防げるので、結果として紡糸口金の外周部と内周部の糸条の収束角度差が大きくなりすぎず、外周部と内周部にかかるドラフトの差を軽減できるので、前駆体繊維の均質性を向上できる。
吐出孔は、孔間ピッチが上記範囲内となるように配置されていれば、その配列については特に制限されないが、均一に配置されているのが好ましい。
なお、本発明において「孔間ピッチ」とは、任意に選択された吐出孔と、該吐出孔に隣接する吐出孔のうち最も近い吐出孔との距離のことである。
【0020】
紡糸口金には、50〜500個の吐出孔が上述したように配置されている。孔数は、90〜300個が好ましい。孔数が50個以上であれば、生産性を維持できる。一方、孔数が500個以下であれば、気体層が十分に換気されるので、得られる前駆体繊維の均質性が向上する。
通常、気体層の空気の置換は、凝固浴の温度や紡糸原液の温度、紡糸原液の吐出量に影響を受けるが、特に紡糸口金近傍の温湿度や、人の動きによる気体層の空気の流れの変化など、通常の製造条件では制御し難い外的要因の影響も想像以上に受けやすい。そのため、前駆体繊維の均質性が低下しやすかった。
しかし、本発明のように吐出孔の孔数が500個以下であれば、紡糸口金の中心部から外周部にかけての気体層の置換が容易に行われるため、これらの外的要因の影響を受けにくくなり、結果として前駆体繊維の均質性の低下を抑制できる。
なお、本発明において「紡糸口金近傍」とは、紡糸口金の最外側部から0〜5cm離れた箇所のことである。
【0021】
本発明に使用する紡糸口金は、乾湿式紡糸の溶媒耐蝕性の観点から、少なくともその表面材質が金−白金合金、タンタル、ハステロイや、オーステナイト系、オーステナイト−フエライト系、析出硬化系等の耐食性ステンレス鋼などからなることが好ましい。
また、紡糸口金は紡糸開始を容易にするため、ポリマーとの離型性がよい材質を適用し、更にフッ素系やシリコーン系の離型剤をコ−テイングしたり、塗布したりしてもよい。また、紡糸口金表面に離型性、耐蝕性の良好な材質な使用し、基材として機械強度の優れた、安価な材質を選択し、それらをコ−テイングや貼合わせなどの手段によって複合したものを用いてもよい。
【0022】
紡糸口金から紡糸原液を吐出する際の吐出量は、重合体量として吐出孔1個あたり0.2〜20g/時間であり、0.5〜5g/時間が好ましい。吐出量が0.2g/時間以上であれば、生産性を維持できる。一方、吐出量が20g/時間以下であれば、気体層が十分に換気されるので、得られる前駆体繊維の均質性が向上する。
吐出量は、所望の前駆体繊維の繊維径となるように、上述した範囲内で適宜設定すればよい。
【0023】
紡糸口金から吐出した紡糸原液は、一旦気体層を走行した後、直ちに凝固浴に導入され、凝固浴中にて凝固して凝固糸となる。
気体層は、紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面までの距離が2〜25mmであり、3〜10mmが好ましい。距離が2mm以上であれば、凝固浴の液面が波立っても紡糸口金の吐出面と凝固浴の液面が接触した状態になりにくいので、紡糸の安定性を維持できる。一方、距離が25mm以下であれば、気体層で必要以上にドラフトがかかりにくくなるので、糸切れが発生しにくくなる。
【0024】
凝固浴としては、紡糸原液に用いられる溶剤、特に有機溶剤を含む水溶液が好適に使用される。凝固浴の有機溶剤濃度は70〜90質量%であり、75〜85質量%が好ましい。有機溶剤濃度が70質量%以上であれば、ドラフトが必要以上にかかりすぎるのを抑制できるので、糸切れの発生を防止できる。一方、有機溶剤濃度が90質量%以下であれば、紡糸された紡糸原液が十分に凝固して容易に凝固糸が形成される。
【0025】
凝固浴の温度は0〜30℃であり、5〜20℃が好ましい。温度が0℃以上であれば、紡糸された紡糸原液が十分に凝固して容易に凝固糸が形成される。一方、温度が30℃以下であれば、スキン層の形成が必要以上に遅くなるのを抑制でき、凝固糸同士が融着するのを防げる。
【0026】
[その他の工程]
紡糸工程にて得られた凝固糸は、通常、延伸および洗浄された後、油剤処理される。
延伸工程は、凝固浴中、または凝固浴中から凝固糸を取り出して空気中にて行われる。延伸工程を凝固浴中で行う場合は、沸水中で凝固糸に含まれる溶媒を洗浄しながら湿熱延伸するのが好ましい。一方、延伸工程を空気中で行う場合は、熱板延伸や乾熱延伸が好ましい。
洗浄工程は、公知の方法を採用できる。また、洗浄工程で使用する洗浄液としては、水などが挙げられる。また、水の温度については特に制限されず、冷水、温水、沸水などいずれを用いてもよい。
なお、本発明の製造方法により製造される前駆体繊維の表面の微細な凸凹は、紡糸原液を凝固浴に導いた段階ですでに形成されており、その後の延伸および洗浄工程によって大きく形態が変化するものではない。
【0027】
油剤処理工程は、公知の方法、例えば油浴中に工程糸(延伸および洗浄工程を施された凝固糸)をくぐらすことによって行われる。油剤の種類としては特に限定されるものではないが、アミノシリコーン系界面活性剤が好適に使用される。
【0028】
油剤処理工程の後、油剤処理された凝固糸を乾燥緻密化して前駆体繊維とする。乾燥緻密化の温度は、前駆体繊維のガラス転移温度を超えた温度に設定する。実質的には、凝固糸を含水状態から乾燥状態へと変化させ前駆体繊維とする際に、ガラス転移温度が異なることもあるため、温度が100〜200℃程度の加熱ローラーに凝固糸を接触させる方法で乾燥緻密化を行うことが好ましい。更に、乾燥緻密化後、後延伸を行ってもよい。
【0029】
以上、説明したように、本発明によれば、特定の紡糸口金から吐出した紡糸原液を、紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面までの距離が2〜25mmである気体層中に一旦走行させた後に、凝固浴に導入する乾湿式紡法により前駆体繊維を製造するので、紡糸口金近傍の温湿度や人の動きによる気体層の流れの変化など通常の製造条件では制御し難い外的要因の変動に対しても、乾湿式紡糸方法で重要な気体層の雰囲気を均質に保つことができ、表面が緻密で均質性の高いアクリロニトリル系前駆体繊維を得ることができる。
また、本発明によれば、複雑な構造の紡糸装置を用いなくても、気体層の雰囲気を均一に保つことができる。
【0030】
[炭素繊維およびその製造方法]
このようにして得られるアクリロニトリル系前駆体繊維からは、均質性の高い炭素繊維が得られる。該炭素繊維は、特に航空機用途に好適である。
前駆体繊維から炭素繊維を得る方法としては、公知の焼成方法を採用できる。焼成方法としては、例えば耐炎化処理、炭素化処理をこの順で行う方法を用いることができる。
【0031】
(耐炎化処理)
耐炎化処理では、本発明で得られた前駆体繊維を、220〜270℃の熱風耐炎化炉に通過させることで耐炎化繊維を得る。耐炎化工程における雰囲気については、空気、酸素、二酸化窒素、塩化水素などの各酸化性雰囲気を採用できるが、空気雰囲気が低コストであり、好ましい。
【0032】
(炭素化処理)
炭素化処理では、耐炎化処理で得られた耐炎化繊維を不活性雰囲気中で炭素化し、炭素繊維を得る。このとき、雰囲気温度は、得られる炭素繊維の性能を高める観点から、1000℃以上が好ましく、1200℃以上がさらに好ましい。さらに必要に応じて2000℃以上で炭化して、黒鉛化繊維とすることもできる。不活性雰囲気としては、窒素などが挙げられる。
【0033】
(その他の処理)
以上の方法で得られた炭素繊維は、電解液中で電解酸化処理を施したり、気相、または液相での酸化処理を施したりすることにより、炭素繊維の表面に酸素を含む官能基を導入し、複合材料における炭素繊維とマトリックス樹脂との親和性、接着性を高めることができる。
また、炭素繊維は、常法によりマトリックスと組み合わせて、中間基材であるプリプレグや、最終生産品である複合材料とすることができる。マトリックスとして使用する樹脂としては、特に制限はないが、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ビスマレイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリアミド樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂などが挙げられる。また、マトリックスには、前記樹脂以外に、セメント、金属、セラミックスなどを使用することもできる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
また、本実施例および比較例における測定は以下の方法で行った。
【0035】
<FE−SEM観察のための凝固糸の前処理>
凝固液/t−ブタノール=80/20、50/50、20/80、0/100、0/100の混合液に、試料(採取した凝固糸)を30分ずつ浸漬し、溶媒をt−ブタノール置換したのち、氷/メタノール浴で試料温度を−30〜−20℃に保ちながら、約3Pa abs.の減圧下、約24時間凍結乾燥し、乾燥試料とした。
【0036】
<FE−SEM観察>
(1)試料調製:凝固糸の前処理で得られた乾燥試料から無作為に単繊維を20本抜き取り、カーボンペーストでSEM用試料台に接着固定し、イオンビームスパッター(IBS/TM200S)で白金を約3nmの厚さにスパッターして観察した。
(2)使用装置:日本電子社製の走査型電子顕微鏡、「JSM−7400F」。
(3)観察条件
(a)加速電圧:3.0kV(Normal Mode)、
(b)照射電流:設定8、
(c)作動距離(WD):3mm、
(d)検出器:SEI(Mode 2)、
(e)観察倍率:5万倍。
【0037】
(4)評価方法:
単繊維1本に対して、上記観察条件にて1枚の画像を得、得られた画像を目視で観察し、単繊維の表面状態を以下の3種類の構造のいずれかに分類した。単繊維20本について同様に分類し、各構造に分類された単繊維の数を数えた。
平滑構造:図1に示すような、表面が平滑な構造をしている。
網目痕跡構造:図2に示すような、表面に網目の痕跡がある。
網目構造:図3に示すような、表面が開孔した網目状の構造をしている。
【0038】
[実施例1]
アクリロニトリル98質量%、メタクリル酸2質量%からなり、極限粘度〔η〕=200(cm/g)の重合体をジメチルホルムアミド(DMF)に溶解し、重合体の濃度が23.2質量%の紡糸原液を調製し、該紡糸原液を60℃に保持した。
ついで、口径が0.15mm、孔間ピッチが3.1mmで均一に配置された100個の吐出孔を備えた紡糸口金を1つ使用し、吐出孔1個あたり1.06g/時間の吐出量で、紡糸口金から紡糸原液を吐出し、一旦気体層を走行させた後、直ちに凝固浴に導入し、凝固糸を得た。
なお、紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面までの距離を3mm、紡糸口金から10cm離れた紡糸口金近傍の温湿度を49℃、1R.H.%とし、脱イオン水/DMF=20.5/79.5(質量%)、温度15℃の凝固浴を使用した。
【0039】
得られた凝固糸について、上述したように前処理し、表面をFE−SEM観察した。結果を表1に示す。
【0040】
[実施例2〜12]
紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面の距離、および紡糸口金から10cm離れた紡糸口金近傍の温湿度を表1に示す値に変更した以外は、実施例1と同様にして紡糸原液を紡糸し、得られた凝固糸について表面をFE−SEM観察した。結果を表1に示す。
【0041】
[比較例1〜3]
紡糸口金に備わる吐出孔の数を2000個に変更し、かつ、紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面の距離、および紡糸口金から10cm離れた紡糸口金近傍の温湿度を表1に示す値に変更した以外は、実施例1と同様にして紡糸原液を紡糸し、得られた凝固糸について表面をFE−SEM観察した。結果を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1から明らかなように、実施例で得られた各凝固糸は、無作為に選択した20本の単繊維のうち網目構造に分類されたものは3本以下であり、比較例に比べて表面が緻密であり平滑構造を有し、均質性の高いものであった。
一方、比較例1、2で得られた各凝固糸は、緻密な表面構造であったが、その全てが図2に示すような網目痕跡構造、または図3に示すような網目構造であり、実施例に比べて均質性が著しく劣っていた。
また、比較例3で得られた凝固糸は、紡糸原液を紡糸する際に、糸切れが発生し、安定して紡糸することが困難であった。なお、凝固糸の表面観察は実施しなかった。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】表面が平滑な平滑構造を有するアクリロニトリル系前駆体繊維の凝固糸の走査型電子顕微鏡像である。
【図2】表面に網目の痕跡がある網目痕跡構造を有するアクリロニトリル系前駆体繊維の凝固糸の走査型電子顕微鏡像である。
【図3】表面が開孔した網目構造を有するアクリロニトリル系前駆体繊維の凝固糸の走査型電子顕微鏡像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
紡糸口金から吐出した紡糸原液を気体層中に一旦走行させた後に、凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、アクリロニトリル系前駆体繊維を製造する方法において、
重合体濃度が17〜25質量%となるように、アクリロニトリル単位を90質量%以上含有するアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解させて紡糸原液とし、該紡糸原液の温度を50〜80℃に保持する原液調製工程と、
孔径が0.02〜0.5mmであり、孔間ピッチが0.5〜3.5mmとなるように配置された50〜500個の吐出孔を備えた紡糸口金から、吐出孔1個あたり0.2〜20g/時間の吐出量で前記紡糸原液を吐出し、該紡糸口金の吐出面から凝固浴の液面までの距離が2〜25mmである気体層中を一旦走行させた後に、直ちに凝固浴温度が0〜30℃であり、かつ有機溶剤濃度が70〜90質量%である凝固浴に導入する紡糸工程とを有することを特徴とするアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−287146(P2009−287146A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−142445(P2008−142445)
【出願日】平成20年5月30日(2008.5.30)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】