説明

アルカリ蓄電池用正極活物質およびアルカリ蓄電池

【課題】放電容量が大きく、かつ過放電時の性能劣化が小さいアルカリ蓄電池を提供する。
【解決手段】アルカリ蓄電池用正極活物質は、水酸化ニッケルを含む芯層と、前記芯層の表面を被覆する導電補助層とを有し、前記導電補助層はオキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とを含み、前記活物質はリチウムを含むことを特徴とする。導電補助層に二酸化セリウム相を含むことにより、過放電等の状況においてもオキシ水酸化コバルトの還元を抑制することができる。また、活物質がリチウムを含み、かつ導電補助層が二酸化セリウム相を含むことにより、電池の放電容量を増大させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ蓄電池の非焼結式正極に使用される活物質、およびアルカリ蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
アルカリ蓄電池の正極として、ニッケル発泡基材に活物質を含むペーストを充填する非焼結式電極が用いられている。その際、放電状態の活物質である水酸化ニッケルは導電性が低いので、活物質の利用率を上げるために、導電性の高いオキシ水酸化コバルト(CoOOH)を導電助剤として利用することが多い。例えば、酸化コバルト(CoO)、水酸化コバルト(Co(OH))、オキシ水酸化コバルト等の粉末を活物質を含むペーストに添加することが行われている。酸化コバルトや水酸化コバルトは、初回充電時に酸化されてオキシ水酸化コバルトとなって、導電助剤として作用する。また、コバルト化合物で水酸化ニッケル粒子の表面を被覆することも行われている。
【0003】
オキシ水酸化コバルトは通常の電池作動電圧範囲では安定で、アルカリ性電解液にも不溶である。しかし、電池が過放電となって正極電位と負極電位が近づいた場合、あるいは逆充電の状態になった場合は、オキシ水酸化コバルトは還元されてコバルト(Co)の酸化数が小さくなり、導電性が低下する。さらに還元されて水酸化コバルトに変化すると、電解液中に溶け出し、導電助剤としての機能を果たさなくなる。
【0004】
このような状況から、オキシ水酸化コバルトの還元を抑制するための試みも為されている。例えば、特許文献1には、コバルトの酸化化合物にアンチモン等を添加する構成が提案されている。ただし、特許文献1には、コバルトの酸化化合物に添加する物質が多数列挙されているものの、実際に実験データとして評価されているのはマグネシウムやアルミニウムのごく一部について電池容量の変化を測定しているのみで、それ以外の物質についてどのような特性になり得るのかを推測させるものではない。
【0005】
特許文献2には、水酸化ニッケルとその表面を被覆する2価より高次のコバルト化合物を有し、被覆層にカルシウム等の化合物を含むアルカリ蓄電池用ニッケル正極が記載されている。カルシウム等の化合物を含むことにより、酸素発生過電圧が上昇することが記載されている。
【0006】
一方、活物質自体の高容量化のために、γ型のオキシ水酸化ニッケルを利用する試みも行われている。通常のアルカリ蓄電池においては、水酸化ニッケル(Niの酸化数は2)は充電によりβ型オキシ水酸化ニッケル(同3)となるが、γ型オキシ水酸化ニッケルのNiの酸化数は約3.5〜3.7であるので、理論的には電池容量を大きくすることができる。
しかし、γ型オキシ水酸化ニッケルはその層間にアルカリ金属イオンや水分子が取り込まれた結晶構造を有し、β型オキシ水酸化ニッケルよりも高体積であるため、充電時にγ型オキシ水酸化ニッケルが生成すると正極の膨張現象が起こり、セパレータ中に保持されているアルカリ電解液を吸収して電池の内部抵抗を増大させ、もって電池のサイクル寿命が短くなるという問題が発生する。
【0007】
この問題に対して、特許文献3には、Ni(OH)を主成分とするアルカリ蓄電池用の活物質であって、Niの酸化数が2価より高次な水酸化ニッケルを備え、該水酸化ニッケルの表面に第1のアルカリカチオンを含む高次コバルト化合物を備え、前記2価より高次な水酸化ニッケルが第2のアルカリカチオンを含む正極活物質が提案されている。実施例には、水酸化ニッケル化合物が0.7質量%程度のリチウムイオンを含むものが開示されている。そして、水酸化ニッケルがアルカリイオンを含むことの効果として、充電時にγ型オキシ水酸化ニッケルが生成しても電解液中のアルカリカチオン濃度が変化しないとされている。
【0008】
また、特許文献4には、高次の水酸化ニッケルの主成分とする芯層粒子の表面にコバルトの酸化数が+2を超える高次コバルト化合物を主成分とする表面層を設けた複合粒子からなる活物質粒子であって、該活物質粒子中にリチウムを単体としての換算量で0.01〜0.5wt%固溶させたものが記載されている。水酸化ニッケルの結晶内にリチウムが取り込まれることによって、Niの酸化数が+3.2〜+3.4に至っても、活物質粒子が安定であるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−50308号公報
【特許文献2】特開平10−261412号公報
【特許文献3】特開2000−223119号公報
【特許文献4】国際公開第06/064979号
【特許文献5】特開平11−147719号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような点を考慮してなされたものであり、従来の電池よりも放電容量が大きく、かつ過放電時の性能劣化が小さいアルカリ蓄電池、およびそのためのアルカリ蓄電池用正極活物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のアルカリ蓄電池用正極活物質は、水酸化ニッケルを含む芯層と、前記芯層の表面を被覆する導電補助層とを有し、前記導電補助層はオキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とを含み、前記活物質はリチウムを含むことを特徴とする。
導電補助層に二酸化セリウム相を含むことにより、過放電等の状況においてもオキシ水酸化コバルトの還元を抑制することができる。また、活物質がリチウムを含み、かつ導電補助層が二酸化セリウム相を含むことにより、電池の放電容量を増大させることができる。
【0012】
また、好ましくは、水酸化ニッケルを含む芯層と、前記芯層の表面を被覆する導電補助層とを有するアルカリ蓄電池用正極活物質であって、前記導電補助層はオキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とを含み、前記活物質はリチウム含浸処理を経たことを特徴とする。
また、好ましくは、前記芯層および前記導電補助層がリチウムを含むことを特徴とする。
また、好ましくは、前記活物質に含まれるリチウムの量は、元素としての換算量で0.03質量%以上、0.36質量%以下であることを特徴とする。
【0013】
また、好ましくは、前記導電補助層における、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相の合計に対する二酸化セリウム相の存在割合は、6.5質量%以上、88.2質量%以下であることを特徴とする。
二酸化セリウム相の存在割合をこの範囲とすることによって、オキシ水酸化コバルトの耐還元性を向上させつつ、導電補助層の導電性を実用的な値とすることができる。
【0014】
本発明のアルカリ蓄電池用正極活物質製造方法は、上記のアルカリ蓄電池用正極活物質を製造するための方法であって、水酸化ニッケルを含む粒子を分散した水溶液にコバルトイオンとセリウムイオンとを含む水溶液を添加して、水酸化ニッケルを含む芯層の表面にコバルトとセリウムを含む水酸化物の被覆層を形成する工程を有し、前記コバルトイオンとセリウムイオンとを含む水溶液は、コバルトとセリウムの原子比(Co:Ce)が95:5から30:70の範囲にあることを特徴とする。
これによって、導電補助層におけるオキシ水酸化コバルトの耐還元性を向上させつつ、導電補助層の導電性を実用的な値とすることができる。
【0015】
また、好ましくは、前記水酸化ニッケルを含む芯層の表面にコバルトとセリウムを含む水酸化物の被覆層が形成された粒子を、水酸化ナトリウムを主成分とするアルカリ水溶液と酸素との共存下で、50〜150℃で加熱処理する酸化工程と、前記酸化処理された粒子を水酸化リチウム水溶液中に保持してリチウムを含浸させるリチウム処理工程とをさらに有することを特徴とする。
これらの工程を経ることによって、活物質内部に確実にリチウムを侵入させることができる。
【0016】
本発明のアルカリ蓄電池は、上記のいずれかのアルカリ蓄電池用正極活物質を備える。
あるいは、水酸化ニッケルを含む芯層と、前記芯層の表面を被覆する導電補助層とを有し、前記導電補助層はオキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とを含むことを特徴とするアルカリ蓄電池用正極活物質と、水酸化リチウムを含む電解液とを備えたことを特徴とする。
【0017】
また、好ましくは、上記のいずれかのアルカリ蓄電池用正極活物質を備え、さらに水酸化リチウムを含む電解液を備えたことを特徴とする。
また、好ましくは、電解液が0.25モル/リットル以上、1モル/リットル以下の水酸化リチウムを含むことを特徴とする。
これにより、従来よりも、放電容量が大きく、かつ過放電時の性能劣化が小さいアルカリ蓄電池を実現することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、従来の電池よりも放電容量が大きく、かつ過放電時の性能劣化が小さいアルカリ蓄電池を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例と比較例に係る電池の放電容量を示す図である。
【図2】実施例と比較例に係る電池の放電容量を示す図である。
【図3】実施形態に係る活物質の作製工程を示す図である。
【図4】コバルトセリウム化合物の還元電流量とセリウムイオンの含有割合との関係を示す図である。
【図5】コバルトセリウム化合物の比抵抗値とセリウムイオンの含有割合との関係を示す図である。
【図6】コバルトセリウム化合物の還元電流量と二酸化セリウム相の存在割合との関係を示す図である。
【図7】コバルトセリウム化合物の比抵抗値と二酸化セリウム相の存在割合との関係を示す図である。
【図8】コバルトセリウム化合物の評価装置の構成を示す図である。
【図9】コバルトセリウム化合物の一部を構成するオキシ水酸化コバルト相の結晶構造モデルである。
【図10】コバルトセリウム化合物の一部を構成する二酸化セリウム相の結晶構造モデルである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
まず、本発明に係るアルカリ蓄電池用正極活物質について、その実施形態を説明する。
【0021】
本発明に係る活物質は、水酸化ニッケルを含む芯層と、その表面を被覆する導電補助層からなる複合粒子である。
水酸化ニッケルは、アルカリ蓄電池の充放電に伴って酸化・還元される活物質である。芯層は、水酸化ニッケルの改質のために、他の成分を含んでいてもよい。例えば、電極の膨潤を防ぐためにZnを含んでいてもよい。また、高温時の充電効率の改善のために、Coを含んでいると好ましい。ZnとCoを足した濃度が高すぎると活物質の充填量が相対的に少なくなり容量が低下するので、7質量%以下とすることが好ましい。なお、この濃度は活物質粒子全体の質量に対するZnまたはCo元素の質量で表している。
【0022】
本発明に係る活物質はLiを含んでいる。
芯層を形成する水酸化ニッケルの結晶の安定性を高めるには、Liは水酸化ニッケルの結晶内に固溶していることが好ましい。しかし、水酸化ニッケルに含まれるリチウムの量が多すぎると、ペーストにした際にpHが高くなりすぎる、Liの潮解性によって活物質粒子が凝集して極板製造が困難になるという問題がある。
活物質に含まれるLiの量は、芯層および導電補助層を合わせた活物質粒子全体に対するLi単体としての換算量で、0.03質量%以上、0.36質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以上、0.15質量%以下であることがさらに好ましい。リチウムの量をこの範囲とすることによって、本発明の効果を発揮しながら、上記Liに起因する問題点を抑えることができる。
【0023】
導電補助層は、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相を含んでいる。導電補助層は、後述するように少量の四酸化三コバルト相を含んでいてもよい。また、導電補助層における、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相の合計に対する二酸化セリウム相の存在割合は、6.5質量%以上88.2質量%以下であることが好ましい。
【0024】
導電補助層であるコバルトセリウム化合物の使用量(水酸化ニッケル粒子表面への被覆量)としては、コバルトセリウム化合物と水酸化ニッケルとの合計に対して0.1質量%以上10質量%以下とすることが好ましい。水酸化ニッケル粒子の表面に導電補助層を析出させることにより、導電性のネットワークが形成されるので、内部抵抗の低いアルカリ蓄電池用電極を得ることができる。しかし、使用量が0.1質量%未満では、内部抵抗の十分に低いアルカリ蓄電池用電極を得ることができない。また、使用量が10質量%超では、電極に占めるニッケル活物質の量が相対的に減って、電池の体積効率が悪くなるからである。ただし、この使用量の好適範囲は、コバルトセリウム化合物に含まれるオキシ水酸化コバルト相および二酸化セリウム相の合計の含有割合が94質量%以上の場合には問題なく適用されるが、両相の含有割合が小さい場合には、オキシ水酸化コバルト相および二酸化セリウム相の合計量が同じ程度含まれるように、当該使用量範囲をより多い量を含む範囲に変更するのが好ましい。
【0025】
本発明に係る活物質においては、リチウムを含み、かつ導電補助層が二酸化セリウム相を含むことによって、これを用いて電池を作製したときに、放電容量が増大するという効果が得られる。詳細は実施例に基づいて後述する。
【0026】
また、導電補助層が二酸化セリウム相を含むことによって、過放電や逆充電の状態となった場合に、オキシ水酸化コバルトが還元されることを抑制する効果がある。
また、コバルトの化合物としてオキシ水酸化コバルトを使用しているので、電池を使用する状態に至っても、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相が製造当初のままにミクロに混在した状態を維持することができる。すなわち、コバルトの化合物として水酸化コバルト等を使用した場合には、水酸化コバルト等が電解液に溶解し、初回充電時に酸化されてオキシ水酸化コバルトとして再析出する過程を経るので、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相の分離が進むのに対して、オキシ水酸化コバルトの場合は電池を使用する状態で溶解・再析出の過程を経ないからである。
【0027】
本発明者らは、導電補助層が二酸化セリウム相を含むことの効果を確認し、適当な含有量を決定するために詳細な検討を行った。具体的には、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とを含む粒子(以下、コバルトセリウム化合物粒子ともいう)を作製し、粒子の結晶構造、比抵抗値および耐還元性を評価したので、以下に説明する。
【0028】
試料となるコバルトセリウム化合物粒子は、コバルト化合物とセリウム化合物とを溶解してCoイオンとCeイオンを含む水溶液(以下CoCe水溶液と略すことがある)を、pHを一定に調整した溶液中に滴下して、コバルトとセリウムを含む水酸化物を水溶液中に析出させ、その水酸化物を酸化処理して作製する。溶解するコバルト化合物とセリウム化合物の割合を変えることで、得られる粒子中の化合物の濃度を調整することができる。
【0029】
硫酸コバルトと硝酸セリウムとを、所定の比率で、Co原子とCe原子との合計が1.6モル/L(リットル)になるように水に溶解して、CoCe水溶液を調製した。硫酸コバルトと硝酸セリウムの比率は、CoとCeの原子数比(Co:Ce)を100:0〜30:70の範囲で変化させた。
NaOH水溶液をpHを9、温度を45℃で一定に制御し、激しく撹拌しながら、その中に上記CoCe水溶液を滴下して、コバルトとセリウムを含む水酸化物を析出させた。滴下浴となるNaOH水溶液のpH調整は、18質量%のNaOH水溶液を適宜加えることによって行った。析出物をろ過によって回収、水洗、乾燥して、コバルトとセリウムを含む水酸化物の粒子を得た。
コバルトとセリウムを含む水酸化物粒子50gに対して、48質量%のNaOH水溶液40gを添加して、120℃で1時間、大気中で加熱し、次いでこれをろ過、水洗、乾燥して、目的のコバルトセリウム化合物粒子が得られた。
【0030】
得られたコバルトセリウム化合物粒子について、X線回折装置による測定結果をリートベルト法によって解析することで、結晶構造を特定すると共に、特定した結晶構造を有する相の存在割合の特定を行った。X線回折装置はBrukerAXS社製、品番MO6XCEを用い、測定条件は40kV、100mA(Cu管球)とした。リートベルト法による解析は、解析ソフトとしてRIETAN2000(F.Izumi,T.Ikeda,Mater.Sci.Forum,321−324(2000),p.198)を用いて行った。
【0031】
比抵抗値は、粉体抵抗測定により得た値である。粉体抵抗測定は、半径4mmの円形の型に試料粉末を50mg入れて10MPaで加圧して行った。この測定結果から試料粉末の比抵抗値(導電率の逆数)を求めることができる。
【0032】
試料の還元のされやすさは、図8に示す装置を用いて、還元電流を測定することによって評価した。
試料であるコバルトセリウム化合物を発泡ニッケルに充填した作用極101と、参照極(Hg/HgO)102と、通常のニッケル水素電池の負極と同様の水素吸蔵合金極である対極103とを電解液(6.8モル/リットルのKOH水溶液)中に配置し、制御装置104によって参照極102を基準に作用極101の電位を設定した状態で、流れる電流を測定する。作用極101の電位はコバルトセリウム化合物が還元反応を起こしやすい−1V(対極103とほぼ同電位)に設定しておくことで、流れた電流は還元反応によって発生していることになり、その還元反応により流れる電流の積算値を求めることにより還元反応の起こりやすさを定量的に評価することができる。
【0033】
コバルトセリウム化合物を充填した作用極101は、次の方法で作製した。合成したコバルトセリウム化合物を1質量%のカルボキシルメチルセルロース(CMC)水溶液に添加混練し、そこへ40質量%のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)水分散液を混合した。このときの比率は,コバルトセリウム化合物:PTFE(固形分)=97:3とした。該正極ペーストを、厚さ1.4mm、面密度450g/mの発泡ニッケル基板に充填し、乾燥後ロール掛けして原板とした。該原板を2cm×2cmの寸法に裁断し、集電用タブを取り付け作用極101とした。該極板の充填量から算定されるコバルトセリウム化合物の量は0.2gであった。
【0034】
コバルトセリウム化合物の結晶構造を解析した結果、コバルトセリウム化合物は、菱面体構造で空間群R3m構造の結晶構造を有するオキシ水酸化コバルト相(以下において、単に「オキシ水酸化コバルト相」と称する)と、ホタル石構造で空間群Fm3m構造の結晶構造を有する二酸化セリウム相(以下において、単に「二酸化セリウム相」と称する)とを主体として、コバルトセリウム化合物の作製条件によっては若干量の四酸化三コバルト結晶相を含むことがわかった。
【0035】
これらの結晶相のうち、重要なオキシ水酸化コバルト相及び二酸化セリウム相の結晶構造のリートベルト解析による解析結果を更に詳細に説明する。
オキシ水酸化コバルト相は、図9に結晶構造モデルを示すように、菱面体構造で空間群R3m構造の結晶構造を有しており、少なくともコバルト原子、酸素原子および水素原子を構成元素として含んでいる。そして、本発明のコバルトセリウム化合物においては、オキシ水酸化コバルト相はセリウム原子を含むことができる。これらの原子は、図9で示す所定のサイトに配置されている。具体的には、3al,3a2サイトにCoまたはCe、3a3,9bサイトに酸素原子(水分子、水酸イオンを構成する酸素原子を含む)が配置されている。このようにセリウムが含まれる場合には3al,3a2サイトに配置される。なお、3a4サイトには、原子が配置されていなくても良いが、同図のようにNaを配置することが好ましい。3a4サイトへのNaの配置は、コバルトとセリウムとを含む水酸化物を加熱処理する際に水酸化ナトリウムを共存させることによっておこなうことができる。このようにNaを含むことで、製造工程における酸化処理において、酸化を容易に進行させることができる。
【0036】
二酸化セリウム相は、図10に結晶構造モデルを示すように、ホタル石構造で空間群Fm3m構造の結晶構造を有しており、少なくともセリウム原子および酸素原子を構成元素として含んでいる。そして、本試料のコバルトセリウム化合物においては、二酸化セリウム相はコバルト原子を含むことができる。これらの原子は、図10で示す所定のサイトに配置されている。具体的には、4aサイトにCoまたはCe、8cサイトに酸素原子が配置されている。このように、二酸化セリウム相においては、コバルトが含まれる場合には、コバルトはセリウムの一部を置換している。
【0037】
表4に、得られたコバルトセリウム化合物粒子の比抵抗および還元電流の測定結果、ならびに各結晶相の含有割合を示す。
表中「セリウムの含有割合」とは、コバルトセリウム化合物の製造過程におけるコバルトイオンとセリウムイオンを含む水溶液中の、CoイオンとCeイオンとの合計に対するCeイオンの含有割合を原子%で表したものである。比抵抗値とは、上記の粉体抵抗測定により得た値である。還元電流量とは、上記の方法によって測定したもので、1時間の積算電流量である。結晶相の含有割合とは、リートベルト解析によって求めた値で、コバルトセリウム化合物中のオキシ水酸化コバルト相、二酸化セリウム相および四酸化三コバルト相の含有割合を質量%で表したものである。また、二酸化セリウム相の存在割合とは、コバルトセリウム化合物中における、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相との合計に対する二酸化セリウム相の存在割合を、各相の含有割合から算出したものである。
【0038】
【表4】

【0039】
表4から還元電流量とセリウムの含有割合(表4の左端の欄)との関係をグラフにプロットしたものを図4に示す。図4にはアルミニウムを含有する化合物のデータを併記しているが、これについては後述する。
図4のデータから、セリウムの含有割合が1原子%であっても、還元電流量が急激に小さくなっている。すなわち、セリウムの含有割合が1原子%以上であると、急激に還元反応が起こりにくくなっていることを示している。還元電流量は、セリウムの含有割合が10原子%以上になるとさらに小さくなり、30原子%以上ではさらに小さく、データのある70原子%に至るまで低い値を維持している。
【0040】
表4から比抵抗値とセリウムの含有割合(表4の左端の欄)との関係をグラフにプロットしたものを図5に示す。図5でもアルミニウムを含有する化合物のデータを併記しているが、これについても後述する。
図5のデータから、比抵抗値は、セリウムの含有割合が1〜40原子%のときは、セリウムを全く添加していない状態とほとんど変わらない低い値を維持している。セリウムイオンの含有割合が50原子%以上になると比抵抗値が上昇するが、実用的には十分に小さい値である。
【0041】
次に、表4から還元電流量と二酸化セリウム相の存在割合(表4の右端の欄)との関係をグラフにプロットしたものを図6に示す。
図6のデータでも、図4のデータと対応して、二酸化セリウム相の存在によって、還元電流量が急激に小さくなっていることが分かる。すなわち、二酸化セリウム相の存在によって、還元反応が起こりにくくなっていることが分かる。二酸化セリウム相の存在割合が6.5質量%であっても還元電流量が急激に小さくなっている。還元電流量は、二酸化セリウム相の存在割合が13.4質量%以上になるとさらに小さくなり、40.0質量%以上ではさらに小さく、データのある88.2質量%に至るまで低い値を維持している。
【0042】
更に、表4から比抵抗値と二酸化セリウム相の存在割合(表4の右端の欄)との関係をグラフにプロットしたものを図7に示す。
図7のデータでも図5のデータと対応して、比抵抗値は、セリウムの含有割合が40原子%に対応する二酸化セリウムの存在割合が48.6質量%以下のときは、セリウムを全く添加していない状態とほとんど変わらない低い値を維持している。セリウムイオンの含有割合が50原子%に対応する二酸化セリウムの存在割合が88.2質量%では比抵抗値が上昇しているが、実用的には十分に小さい値である。
【0043】
次に、上記実験データとの比較のために、セリウム以外の物質を添加したコバルト化合物についての実験結果を示す。コバルト化合物に添加する物質として、アルミニウム(Al),マンガン(Mn)、マグネシウム(Mg)、イットリウム(Y)、及び、鉄(Fe)を用いた。これらの各物質について、上記のセリウムの場合と同様の処理を行ってコバルトとの化合物を作製し、上記と同様の比抵抗及び還元電流の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0044】
【表5】

【0045】
表5において「添加元素の含有割合」は、表4における「セリウムの含有割合」と同様に、製造過程におけるコバルトイオンと各元素のイオンを含む水溶液中の、コバルトイオンと各元素のイオンとの合計に対する各元素のイオンの含有割合を原子%で示したものである。比抵抗値及び還元電流量は表4と同様である。
表5に示すように、アルミニウムについては添加元素の含有割合を3段階に変化させており、他の元素については30原子%で代表させておおよその特性を把握した。
【0046】
表5におけるアルミニウムを添加したコバルト化合物すなわちコバルトアルミニウム化合物についてのデータは、上述の図4及び図5にコバルトセリウム化合物と併せて示している。
コバルトセリウム化合物とコバルトアルミニウム化合物とを比較すると、還元電流量に関しては、コバルトセリウム化合物よりもかなり高い値であるものの、アルミニウムの増加に対して一応の減少傾向を示している。従って、アルミニウムの含有割合を更に大きくすると還元電流量を更に小さくできることが期待される。
【0047】
しかしながら、図5の比抵抗値のグラフでコバルトセリウム化合物とコバルトアルミニウム化合物とを比較すると、アルミニウムの含有割合の増大に対して比抵抗値が急激に増大している。これは、本来の目的である導電助剤としての機能を著しく損なうことを意味している。
【0048】
更に、表5における他の元素に関しては、マンガンについては、比抵抗値の値は小さいが還元電流量が大きく耐還元性が低いことを示しており、マグネシウムやイットリウムについては比抵抗値が非常に大きく、更に、鉄については還元電流量が大となっている。
コバルトセリウム化合物をこのような種々の元素を添加したコバルト化合物と比較すると、還元電流量及び比抵抗値の双方で極めて良好な値を示している点でコバルトセリウム化合物は特異な存在であると言える。
【0049】
以上から、例えばアルカリ蓄電池用正極に用いる導電助剤等の耐還元性と低い比抵抗値との双方を要求される用途に用いられる物質としての観点から、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とを含み、二酸化セリウム相の存在割合がオキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相との合計に対して6.5質量%以上で88.2質量%以下となっているコバルトセリウム化合物がそのような要求に的確に応えるものであることが分かった。また、二酸化セリウム相の存在割合は、13.4質量%以上48.6質量%以下であることが好ましく、40.0質量%以上48.6質量%以下であることがさらに好ましい。
そして、コバルトセリウム化合物においては、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とが主体として存在していることが好ましく、具体的には、これら二つの相の合計が50質量%以上、好ましくは75質量%以上、さらに好ましくは94質量%以上、98質量%以上であることが好ましい。
【0050】
次に、本発明の一実施形態であるアルカリ蓄電池用正極活物質を作製する方法を説明する。この方法は、本発明に係るアルカリ蓄電池用正極活物質製造方法の一つの実施形態でもある。
図3に示すように、水酸化ニッケル粒子の作製、その表面へのコバルトとセリウムを含む水酸化物層の析出、コバルトとセリウムを含む水酸化物被覆層の酸化処理、リチウム含浸処理を行うことによって、本実施形態に係る水酸化ニッケル粒子を含む芯層の表面がオキシ水酸化コバルトおよび二酸化セリウムを含む導電補助層で被覆され、リチウムを含む活物質粒子を作製する。
【0051】
芯層となる水酸化ニッケルを含む粒子は、ニッケル化合物を溶解した水溶液(以下、Ni水溶液と略すことがある)のpHを変化させることによって、作製することができる。具体的には、硫酸ニッケルなどの強酸の塩の水溶液を作製し、この水溶液のpHをアルカリ性に変化させることによって、Ni(OH)の粒子を析出させることができる。析出物を、ろ過によって回収し、これを水洗、乾燥することによって、球状の水酸化ニッケル粒子が得られる。
【0052】
ニッケル化合物としては、硫酸ニッケルなどの、水溶性の各種化合物を用いることができる。また、水溶液にアンモニウム化合物を加えることで、ニッケルのアンミン錯体を生成してもよい。
【0053】
pHを変化させる方法としては、pHを一定に制御した析出浴中に前記Ni水溶液を滴下することや、Ni水溶液にアルカリ水溶液を添加することができる。
Ni水溶液を滴下する方法の具体的な例としては、硫酸ニッケルが溶解した水溶液を、激しく撹拌しながら、pHを12、温度を45℃で一定に制御した1モル/リットルの濃度の硫酸アンモニウム水溶液中に滴下することによって、水酸化ニッケルの粒子を析出させることができる。pHの調整は、例えば18質量%のNaOH水溶液を適宜添加することによって行うことができる。
Ni水溶液にアルカリ水溶液を添加する方法の具体的な例としては、Ni水溶液に、硫酸アンモニウムとNaOH水溶液を添加してアンミン錯体を生成させ、反応系を激しく撹拌しながら、さらにNaOH水溶液を滴下し、反応浴の温度を45±2℃、pHを12±0.2に制御することによって、水酸化ニッケルの粒子を析出させることができる。
【0054】
また、ニッケル以外の元素を添加する場合には、ニッケル化合物とともに、添加する元素の化合物を水溶液に溶解することができる。例えば、Ni化合物とともに、ZnやCoの各種水溶性の化合物を溶解しておき、水溶液のpHを変化させることで、NiとZnやCoとの共析出物を得ることができる。
【0055】
水酸化ニッケルを含む芯層粒子の表面にコバルトとセリウムを含む水酸化物層を析出させるには、水酸化ニッケル粒子を分散したpH調整済みの水溶液に、コバルトイオンとセリウムイオンを含む水溶液(以下、CoCe水溶液と略すことがある)を滴下する方法を用いることができる。その後に、固形分をろ過によって回収し、水洗、乾燥することによって、水酸化ニッケルを含む芯層粒子の表面にコバルトとセリウムを含む水酸化物層が被覆された複合粒子が得られる。
【0056】
CoCe水溶液は、コバルトの化合物とセリウムの化合物を水に溶解することで調製する。コバルトおよびセリウムの化合物としては、硫酸コバルト、硝酸セリウムなどの、各種の水溶性の化合物を用いることができる。このとき、溶解するコバルト化合物とセリウム化合物の割合を変えることで、析出物中のコバルトおよびセリウムの濃度を調整することができる。
【0057】
具体的な例は次の通りである。0.1モル/リットルの硫酸アンモニウム水溶液に、水酸化ニッケル粒子を混合・分散し、pHを9、温度を45℃で一定に制御し、激しく撹拌する。pHの調整には、例えば18質量%のNaOH水溶液を用いることができる。この溶液中に、硫酸コバルトと硝酸セリウムを、Co原子とCe原子との合計が1.6モル/リットルで、Co:Ceの原子数比を7:3として溶解した水溶液を滴下させる。これにより、水酸化ニッケルを含む芯層粒子の表面に、コバルトとセリウムを含む水酸化物層を析出させることができる。
【0058】
この水酸化ニッケルを含む芯層粒子の表面がコバルトとセリウムを含む水酸化物層で被覆された複合粒子を酸化処理して、その後固形分を回収、水洗、乾燥することによって、水酸化ニッケルを含む芯層粒子の表面がコバルトセリウム化合物で被覆された複合粒子を得ることができる。
コバルトセリウム化合物は、前述のX線回折による構造解析の結果から、空間群R3m構造の結晶構造を有するオキシ水酸化コバルト相と、ホタル石構造で空間群Fm3m構造の結晶構造を有する二酸化セリウム相とを主体として、若干量の四酸化三コバルト結晶相を含むことがあるものと考えられる。また、NaOH水溶液と共存させて酸化処理を行うと、オキシ水酸化コバルト相にはNa原子が侵入しているものと考えられる。
【0059】
酸化処理は、水酸化ナトリウムを主成分とするアルカリ水溶液と酸素との共存下で加熱することが好ましい。なぜなら、ナトリウムは水酸化物中のコバルトの酸化を促進する作用があるからである。
使用する水酸化ナトリウムの量は,Na/(Co+Ce+Ni)がモル比で0.5以上となるように混合することが好ましい。
加熱温度は、60℃以上で水酸化ナトリウム水溶液の沸点以下、好ましくは100℃以上で水酸化ナトリウム水溶液の沸点以下とすることができる。
【0060】
コバルトの酸化処理により、Niの価数が上がらない場合は、コバルトの酸化処理とLi含浸処理の間に、酸化剤を用いてNiの酸化数を2.1〜2.2の範囲にあげるNi部分酸化の工程を入れることができる。この工程により、放電リザーブを抑制することができる。
【0061】
より具体的な酸化処理の例としては、水酸化ニッケルを含む芯層粒子の表面がコバルトとセリウムを含む水酸化物層で被覆された粒子50gに対して、濃度が48質量%のNaOH水溶液40gを添加して、120℃で1時間、大気中で加熱することができる。なお、48質量%NaOH水溶液の沸点は、大気圧下で138℃である。
【0062】
前記酸化処理後の複合粒子をLiOH水溶液中に浸漬することによって、粒子中にリチウムを含有させることができる。この方法によって、水酸化ニッケルの芯層および導電補助層にリチウムを含有させることができると考えられる。得られた粒子を、ろ過・回収、水洗、乾燥することによって、本実施形態の活物質粒子を得る。このとき、LiOH電解液の濃度と水洗回数を変えることで最終的なLi含有量を制御することができる。
Li含浸処理の条件は、LiOH濃度、処理温度、処理時間等を適宜調整することができる。後述の実施例では、0.5〜1モル/リットルのLiOH水溶液を50℃に保持し、2時間撹拌した。量産工程では、液のpHや粘度等も考慮して、0.3〜0.4モル/リットル、50〜80℃で処理するのが好ましいと思われる。
【0063】
以上の方法によって、本発明の一実施形態であるアルカリ蓄電池用正極活物質を作製することができる。
次に、本発明のアルカリ蓄電池の実施形態として、巻回電極を有するニッケル水素電池の作製方法を示す。
【0064】
ニッケル水素電池の場合には、例えば、概略次の通りである。
上記活物質粒子にカルボキシルメチルセルロース(CMC)水溶液等を添加してペースト状とする。このペーストを多孔質のニッケル基材(ニッケル発泡基材)などの電子伝導性のある基材に充填して、その後乾燥処理し、所定の厚みにプレスしてアルカリ蓄電池用正極とする。
鉄にニッケルメッキを施したパンチング鋼板からなる負極基板に水素吸蔵合金粉末を主成分とするペーストを塗布し、乾燥した後に所定の厚みにプレスして負極を作製する。この負極とポリプロピレンの不織布製セパレータと上述の正極とを積層し、その積層体をロール状に捲回する。これに正極集電板及び負極集電板を取り付けた後、有底筒状の缶体に挿入し、電解液を注液する。この後、周囲にリング状のガスケットが取り付けられると共にキャップ状の端子等を備えた円板状の蓋体を、正極集電板と電気的に接触する状態で取り付け、前記缶体の開放端をかしめることで固定する。
【0065】
電解液はLiOHを含むのが好ましい。ただし、LiOHを使用する場合でも、溶解度の観点から、1.5モル/リットル程度までしか使用することができない。
電解液がLiOHを含む場合には、正極活物質粒子がLi含浸処理をされておらずLiを含まない場合でも、Liを含む電解液中で充放電を行う過程でLiが活物質中に取り込まれるため、放電容量向上の効果が得られる。このときの活物質のリチウム含有量は0.05〜0.1質量%程度である。
Li含浸処理を行ってLiを含む正極活物質を用いて、かつ電解液にもLiOHを含むことがさらに好ましい。
【実施例】
【0066】
(実施例1〜7)
硫酸ニッケルと硫酸亜鉛と硫酸コバルトが溶解した水溶液を、激しく撹拌しながらpHを12、温度を45℃で一定に制御した1モル/リットルの硫酸アンモニウム水溶液中に滴下することによって、平均粒径が10μm、水酸化ニッケルを主成分とする球状高密度粒子(以下単に水酸化ニッケル粒子ともいう)を得た。これを分離、洗浄、乾燥した。得られた粒子に含まれるNi,Zn,Coの割合は、元素の質量比で、Ni:Zn:Co=91:7:2であった。なお、硫酸アンモニウム水溶液のpH調整は18質量%NaOH水溶液を用いて行った。
【0067】
得られた水酸化ニッケル粒子を0.1モル/リットルの硫酸アンモニウム水溶液に加えて、水溶液のpHを9、温度を45℃で一定に制御し、激しく攪拌した。pH調整は18質量%のNaOH水溶液を用いて行った。この溶液中に、硫酸コバルトと硝酸セリウムを、Co原子とCe原子との合計が1.6モル/リットルで、Co:Ceの原子数比を7:3として溶解した水溶液を滴下させた。これにより、水酸化ニッケルを含む芯層粒子の表面に、コバルトとセリウムを含む水酸化物層が析出した。次いで、ろ過、水洗、乾燥して、セリウムとコバルトとを含む水酸化物がコートされた水酸化ニッケルの粒子が得られた。水酸化ニッケル粒子表面の析出物の量は、それに含まれるCoとCeの量(金属に換算した質量)が、水酸化ニッケルとCoとCeの合計の量に対して約4質量%であった。
【0068】
得られた複合粒子50gに対して、濃度が48質量%のNaOH水溶液40gを添加して、120℃で1時間、大気中で加熱して、酸化処理を行った。処理後の粒子は水洗、乾燥した。
【0069】
表面を被覆するコバルトセリウム化合物は、CoCe水溶液中のCo:Ceの原子数比が7:3であったので、表4より、約57質量%のオキシ水酸化コバルト相、約38%の二酸化セリウム相および約6%の四酸化三コバルト相を含み、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相との合計に対する二酸化セリウム相の存在割合は約40%と考えられる。
【0070】
酸化処理後の複合粒子50gを、0.5〜1モル/リットルの範囲で所定の濃度のLiOH水溶液1000mL中に分散させ、2時間攪拌し、この間分散液の温度を50℃に保持し、得られた粒子を常温の純水500mL中に分散させ傾斜法(デカンテーション)にて所定回数水洗し、その後乾燥して、目的とする活物質粒子を得た。
Liの濃度は、ICP−AES(誘導結合プラズマ発光分光光度法)によって分析した。最終的な活物質粒子のLi含有量は、Li含浸処理時のLiOH濃度および水洗条件を変更することによって制御することができる。本実施例では、0.03〜0.36質量%の範囲であった。
【0071】
上記活物質粒子とカルボキシルメチルセルロース(CMC)の濃度が1質量%の水溶液を添加混練し、そこへポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を混合し、ペースト状にした。このときの比率は,活物質粒子:PTFE(固形分)=97:3とした。該正極ペーストを、厚さ1.4mm、面密度380g/mの発泡ニッケル基板に充填し、乾燥後ロール掛けして原板とした。該原板を4cm×6cmの寸法に裁断した。また、この寸法の板の電極容量は500mAhになるように前記活物質粒子を充填した。この板を正極とし、水素吸蔵合金電極を負極とし、セパレータを介在させて、開放形セルを構成した。電解液は6.8モル/リットルのKOH水溶液を用いた。
【0072】
(比較例1〜9)
上記実施例との比較のために、以下の活物質およびそれを用いた開放形セルを作製した。
Ceを含まない活物質粒子(比較例2〜9)は、硫酸コバルトと硝酸セリウムを溶解した水溶液の代わりに硫酸コバルトのみを溶解した水溶液を用いた以外は、上記実施例1〜8と同じ方法により作製した。
Liを含まない活物質粒子(比較例1)は、LiOH水溶液中に分散・撹拌するLi処理を行わない以外は、上記実施例1〜8と同じ方法により作製した。
CeおよびLiを含まない活物質粒子(比較例2)は、硫酸コバルトと硝酸セリウムを溶解した水溶液の代わりに硫酸コバルトのみを溶解した水溶液を用い、LiOH水溶液中に分散・撹拌するLi処理工程を行わない以外は、上記実施例1〜8と同じ方法により作製した。
これらの比較のための活物質粒子を用いて、上記実施例1〜8と同じ方法により開放形セルを作製した。
【0073】
(試験方法)
上記の実施例試料及び比較例試料について、20℃の温度環境下、充電電流0.1ItAで15時間充電し、1時間休止した後、放電電流0.2ItAで終止電圧を0.0V(vs.Hg/HgO)として放電を繰り返すことで活物質のグラムあたりの放電容量を得た。
【0074】
(試験結果)
表1および図1に放電容量の測定結果を示す。表1の導電補助層の欄に「Co,Ce」とあるのは導電補助層が二酸化セリウム相を含むこと、「Co」とあるのは導電補助層が二酸化セリウム相を含まないことを表している。
Liを含まない試料の比較では、導電補助層が二酸化セリウム相を含まない比較例2よりも二酸化セリウム相を含む比較例1の方が放電容量が大きい。これは、二酸化セリウム相の存在によって、導電補助層が比抵抗が小さくなり活物質利用率が向上したものと考えられる。
活物質粒子中のLi含有率が大きくなるにしたがって放電容量は大きくなっている。導電補助層が二酸化セリウム相を含む比較例1および実施例1〜7では、導電補助層が二酸化セリウム相を含まない比較例2〜9と比べてもLi含有の効果が大きく、放電容量は顕著に増加している。Li含有率が0.03質量%ですでに顕著な効果があり、実験を行った0.36質量%まで、Li含有量が大きくなるほど放電容量は大きくなっている。
【0075】
図1において、Ceを含まないCo化合物で被覆した活物質の場合は、リチウム含有量の増加にしたがって放電容量が増加するものの、Li含有量が0.15〜0.2質量%を超えて増加しても放電容量は頭打ちになる傾向がある。この放電容量の増加は、水酸化ニッケルにLiを挿入することでγ型オキシ水酸化ニッケルを利用することによるもので、放電容量が頭打ちになるのは、あるLi含有量でγ型オキシ水酸化ニッケルの生成量が一定になるためと考えられた。
一方、CoCe化合物で被覆した活物質の放電容量は、リチウム含有量の増加にしたがって、Co化合物の場合よりも明らかに大きな増加を示し、データのある範囲では頭打ちの傾向は見られない。CoCe化合物を被覆した方が放電容量の増加が著しいのは、CoCe化合物の導電率の向上がCo化合物よりも著しいことに起因すると推定される。導電率が高くなると、ニッケルの深放電が可能となり放電容量の増加につながるからである。CoにLiが取り込まれると結晶構造が歪むことが知られているが、Coの一部がCeに置換されていることで、Li挿入による結晶構造の歪みが導電性向上に有利に働いたものと考えられる。
【0076】
【表1】

【0077】
(実施例8および9)
次に、電解液の組成を変えて開放形セルを作製して実験を行った。
実施例8は、実施例5と同じ活物質粒子(導電補助層が二酸化セリウム相を含み、Li含有率が0.194質量%である)を用い、電解液組成が7モル/リットルのKOHである以外は、前記の実施例1〜7と同じ方法により作製した。
実施例9は、電解液として6.5モル/リットルのKOH+0.5モル/リットルのLiOHを用いた以外は、実施例8と同じ方法により作製した。
【0078】
(比較例10、実施例10〜12)
比較例10および実施例10〜12は、比較例1と同じ活物質粒子(導電補助層が二酸化セリウム相を含み、Li含浸処理を施していない)を用い、電解液組成が6〜7モル/リットルのKOH+0〜1モル/リットルのLiOHである以外は、実施例1〜7と同じ方法により作製した。個々の電解液組成は表2に示した。
【0079】
(比較例11〜16)
比較例11は、比較例6と同じ活物質粒子(導電補助層が二酸化セリウム相を含まず、Li含有率が0.163質量%である)を用いた以外は、実施例8と同じ方法により作製した。
比較例12は、電解液として6.5モル/リットルのKOH+0.5モル/リットルのLiOHを用いた以外は、比較例11と同じ方法により作製した。
比較例13〜16は、比較例2と同じ活物質粒子(導電補助層が二酸化セリウム相を含まず、Li処理を施していない)を用いた以外は、比較例10、実施例10〜12と同じ方法により作製した。個々の電解液組成は表2に示した。
【0080】
(試験結果)
表2および図2に放電容量の測定結果を示す。試験方法は表1および図1と同じである。
比較例13〜16の結果(図2において△)から、電解液がLiOHを含むことによって放電容量が大きくなっていることが分かる。これは、電解液中のLiが活物質に取り込まれたためと考えられる。
比較例10、実施例10〜12の結果(図2において◇)でも同じく、電解液がLiOHを含むことによって放電容量が大きくなっている。そして、実施例10〜12と比較例14〜16について、LiOH濃度が同じ試料で比較を行うと、導電補助層に二酸化セリウム相を含む実施例10〜12の方がLiOHによる放電容量増大効果が大きく現れている。これは、CoCe化合物がLiを含有した場合に、導電率がよく大きく向上するためと考えられる。
【0081】
次に活物質粒子がLiを含有することについて、比較例13と比較例11、比較例15と比較例12、比較例10と実施例8、実施例11と実施例9の放電容量を比べると、活物質粒子がLiを含有する場合に放電容量が大きく、この結果は表1および図1と同じである。
【0082】
さらに、活物質粒子が導電補助層に二酸化セリウム相を含み、リチウムを含み、かつ電解液がLiOHを含んでいる実施例9では放電容量は顕著に大きく、これらの構成要素がもたらす相乗効果が明らかに示されている。
これは電解液中にLiがない場合には、活物質中に挿入されたLiが液中に拡散していき、活物質中のLi濃度が下がることによるとも考えられる。しかしながら図1および図2において、活物質がLi含浸処理をされた場合と、活物質が元々はLiを含まないがLiOHを含む電解液中で用いられた場合とを比較すると、後者ではLiOH濃度を上げていっても放電容量の増大効果が頭打ちとなるのに対して前者にはそのような傾向は見られない。このことから、予めLi含浸処理を行った場合と、LiOHを含む電解液中で充放電された場合では、正極活物質中に含まれるLiの形態が異なる可能性が高い。図2で実施例9が最も大きな放電容量を示したのは、Li含浸処理とLiOHの効果が合わさったためと考えられる。
【0083】
【表2】

【0084】
次に、コバルト化合物およびコバルトセリウム化合物(表4において「セリウムの含有割合」が0および30原子%のもの、以下この段落で両方をまとめて「コバルトセリウム化合物」という)について、Li含浸処理をしない場合とした場合の還元電流量を測定した。試料は、比較例2、比較例6、比較例1、実施例5で用いた正極活物質粒子の導電補助層に相当する。 装置は図8のものを用いた。コバルトセリウム化合物を充填した作用極101は、次の方法で作製した。合成したコバルトセリウム化合物を1.2質量%のCMC水溶液に添加混錬し、そこへ40質量%のPTFE水分散液を混合した。このときの比率は,コバルトセリウム化合物:PTFE(固形分)=99:1とした。該正極ペーストを、厚さ2.0mm、面密度320g/mの発泡ニッケル基板に充填し、乾燥後ロール掛けをして極板とした。該原板を2cm×2cmの寸法に裁断し、集電用タブを貼り付け作用極101とした。該極板の充填量から算定されるコバルトセリウム化合物の量は0.3gであった。印加電圧は、−0.9V(Hg/HgO)とした。
【0085】
結果を表3に示す。
還元電流に関して、すなわちオキシ水酸化コバルトの耐還元性に関しては、導電補助層が二酸化セリウム相を含むことと活物質がリチウムを含むことで、耐還元性が良くなる傾向が見られた。
【0086】
【表3】

【符号の説明】
【0087】
101 作用極
102 参照極
103 対極
104 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水酸化ニッケルを含む芯層と、前記芯層の表面を被覆する導電補助層とを有するアルカリ蓄電池用正極活物質であって、
前記導電補助層はオキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とを含み、
前記活物質はリチウムを含む
ことを特徴とするアルカリ蓄電池用正極活物質。
【請求項2】
水酸化ニッケルを含む芯層と、前記芯層の表面を被覆する導電補助層とを有するアルカリ蓄電池用正極活物質であって、
前記導電補助層はオキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とを含み、
前記活物質はリチウム含浸処理を経た
ことを特徴とする請求項1に記載のアルカリ蓄電池用正極活物質。
【請求項3】
前記芯層および前記導電補助層はリチウムを含むことを特徴とする請求項1または2に記載のアルカリ蓄電池用正極活物質。
【請求項4】
前記活物質に含まれるリチウムの量は、元素としての換算量で0.03質量%以上、0.36質量%以下である
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のアルカリ蓄電池用正極活物質。
【請求項5】
前記導電補助層における、オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相の合計に対する二酸化セリウム相の存在割合は、6.5質量%以上、88.2質量%以下である
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のアルカリ蓄電池用正極活物質。
【請求項6】
水酸化ニッケルを含む粒子を分散した水溶液に、コバルトイオンとセリウムイオンとを含む水溶液を添加して、水酸化ニッケルを含む芯層の表面にコバルトとセリウムを含む水酸化物の被覆層を形成する工程を有し、
前記コバルトイオンとセリウムイオンとを含む水溶液は、コバルトとセリウムの原子比(Co:Ce)が95:5から30:70の範囲にある
ことを特徴とする請求項5に記載されたアルカリ蓄電池用正極活物質を製造する方法。
【請求項7】
前記水酸化ニッケルを含む芯層の表面にコバルトとセリウムを含む水酸化物の被覆層が形成された粒子を、水酸化ナトリウムを主成分とするアルカリ水溶液と酸素との共存下で、50〜150℃で加熱処理する酸化工程と、
前記酸化処理された粒子を、水酸化リチウム水溶液中に保持して、リチウムを含浸させるリチウム処理工程とをさらに有する
ことを特徴とする請求項6に記載のアルカリ蓄電池正極活物質製造方法。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のアルカリ蓄電池用正極活物質を備えたアルカリ蓄電池。
【請求項9】
水酸化ニッケルを含む芯層と、前記芯層の表面を被覆する導電補助層とを有し、前記導電補助層はオキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相とを含むことを特徴とするアルカリ蓄電池用正極活物質と、
水酸化リチウムを含む電解液とを備えた
アルカリ蓄電池。
【請求項10】
水酸化リチウムを含む電解液を備えたことを特徴とする
請求項8に記載のアルカリ蓄電池。
【請求項11】
前記電解液は、0.25モル/リットル以上、1モル/リットル以下の水酸化リチウムを含む
ことを特徴とする請求項9または10に記載のアルカリ蓄電池。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2012−150947(P2012−150947A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−7696(P2011−7696)
【出願日】平成23年1月18日(2011.1.18)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】