説明

アルコキシジシラン

【解決手段】下記一般式(1)
[(RO)x(Me)y(Ph)zSi−]2 (1)
(式中、Rは置換又は非置換の炭素数3以上のアルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はアラルキル基を表す。Meはメチル基、Phはフェニル基である。x=1〜3、y=0〜2、z=0〜2の整数で、x+y+z=3を満たす値を表す。)
で示される構造を有するアルコキシジシラン。
【効果】本発明によれば、フォトレジスト材料、プレセラミックス材料、あるいは導電性材料用の素材などとして有用なアルコキシジシラン類を工業的有利に効率よく提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なアルコキシジシランに関する。
アルコキシジシランは、有機機能性中間体材料や機能性表面処理材料等に用いられるほか、高分子化してポリカルボシランとすることにより、光分解性ポリマー、耐酸素プラズマ性の高いレジスト材料、シリコンカーバイド前駆体等として用いられる有用な物質である。
【背景技術】
【0002】
≡Si−OR基は、空気中の湿度により穏やかな加水分解を起こし、様々な酸化物と結合する。多くの基材はその表面が酸化され、酸化物で覆われていることが多いため、≡Si−OR基を持つ化合物で処理した基材の表面は接着性を発現することが知られている。また、≡Si−Si≡結合は、還元性、光反応性といった機能性を発現できることが知られている。
【0003】
このため、≡Si−OR基と≡Si−Si≡結合とを同時に含有するアルコキシジシラン化合物は、機能性を様々な物体の表面に固定できる可能性があるので、非常に有用な化合物として注目されている。しかしながら、工業的に高収量で安価な方法によりアルコキシジシラン化合物を提供することは困難が伴っていた。
ヒドロシラン類を、高価な貴金属触媒を用いて脱水素縮合させて、ジシラン類を製造する方法は、既にロジウム触媒を用いる方法(非特許文献1)、白金触媒を用いる方法(非特許文献2)及びイリジウム触媒を用いる方法(非特許文献3)が知られている。
また、チタン触媒を用いる方法(非特許文献4〜6)が最近開発されてきた。
【0004】
しかしながら、これらの脱水素縮合を用いる方法は、いずれもジヒドロシランないしはトリヒドロシランを出発物質として用いる方法であって、1つのケイ素原子上に、2個以上の水素原子を有するシランを原料とする必要があった。従って、例えばTiの4族遷移金属錯体を触媒としてBuLiなどのリチウム反応剤との組み合わせにより1,2級シランをカップリングさせる場合には、反応点であるSi−H結合が複数存在するためにポリシランが生成してしまい、目的とするジシランのみを選択的に得ることは困難であった。
【0005】
1つのケイ素原子上に1個の水素原子を有するシラン、即ちモノヒドロシランに対しては、前述の従来技術をもってしては、脱水素縮合を行わしめることができなかった。一部の触媒でジシランが少量生成する場合があっても、触媒として用いる貴金属が高価格であるため、とうてい経済的に優れた方法とはいえなかった。
【0006】
従って、ジシラン類は、直接法によるハロシラン製造の際の副生物、あるいはその誘導体として得られる多種多様な構造のものを除いては、リチウム、ナトリウムなどのアルカリ金属の存在下、ハロシラン類を縮重合させるか、ハロシラン類とシリルリチウムなどのアルカリ金属シリサイドを反応させて製造する方法が一般的であった。しかし、この方法では、アルカリ金属を使用するため危険を伴う上、アルカリ金属と反応し得る置換基を有するジシラン類は、原理的に製造できなかった。
【0007】
【非特許文献1】Organometallics, 6, 1590 (1987)
【非特許文献2】Bull. Chem. Soc. Jpn., 68, 403, 1995
【非特許文献3】J. Organomet. Chem., 593−594, 154, 2000
【非特許文献4】J. Organomet. Chem., 521, 145, 1996
【非特許文献5】J. Organomet. Chem., 279, C11, 1985
【非特許文献6】Organosilicon Chemistry, VCH, Weinheim, p.253, 1994
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、≡Si−OR基と≡Si−Si≡結合と同時に含有する新規なアルコキシジシラン化合物を、ハロシラン類と危険を伴うアルカリ金属や高価な貴金属を使用することなく提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、種々のモノヒドロシラン化合物が鉄錯体触媒の存在下で容易に脱水素反応することを見出したが、特に、前記モノヒドロシラン化合物としてアルコキシジアルキルシランに適用することで、新規なアルコキシジシラン類を製造できることを見出した。本発明は、この知見に基づき完成に至ったものである。
【0010】
即ち、本発明は、下記アルコキシジシランを提供する。
請求項1:
下記一般式(1)
[(RO)x(Me)y(Ph)zSi−]2 (1)
(式中、Rは置換又は非置換の炭素数3以上のアルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はアラルキル基を表す。Meはメチル基、Phはフェニル基である。x=1〜3、y=0〜2、z=0〜2の整数で、x+y+z=3を満たす値を表す。)
で示される構造を有するアルコキシジシラン。
請求項2:
下記式(2)
iPrOMePhSi−SiMePhOiPr (2)
(式中、iPrはイソプロピル基、Meはメチル基、Phはフェニル基である。)
で示される構造を有する請求項1記載のアルコキシジシラン。
請求項3:
下記式(3)
tBuOMePhSi−SiMePhOtBu (3)
(式中、tBuはtert−ブチル基、Meはメチル基、Phはフェニル基である。)
で示される構造を有する請求項1記載のアルコキシジシラン。
請求項4:
下記式(4)
(iPrO)2PhSi−SiPh(OiPr)2 (4)
(式中、iPrはイソプロピル基、Phはフェニル基である。)
で示される構造を有する請求項1記載のアルコキシジシラン。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、フォトレジスト材料、プレセラミックス材料、あるいは導電性材料用の素材などとして有用なアルコキシジシラン類を工業的有利に効率よく提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に係るアルコキシジシランは、下記一般式(1)で示されるものである。
[(RO)x(Me)y(Ph)zSi−]2 (1)
(式中、Rは置換又は非置換の炭素数3以上、好ましくは3〜12、特に3〜10のアルキル基、シクロアルキル基、フェニル基やナフチル基等のアリール基、又はアラルキル基を表す。Meはメチル基、Phはフェニル基である。x=1〜3、y=0〜2、z=0〜2の整数で、x+y+z=3を満たす値を表す。)
【0013】
具体的には、Rがイソプロピル基(iPr)、tert−ブチル基(tBu)である下記式(2)、(3)のアルコキシジシランが挙げられる。
iPrOMePhSi−SiMePhOiPr (2)
tBuOMePhSi−SiMePhOtBu (3)
【0014】
また、Rがイソプロピル基(iPr)である一分子中に4つのアルコキシ基を持つ下記式(4)のアルコキシジシランが挙げられる。
(iPrO)2PhSi−SiPh(OiPr)2 (4)
【0015】
なお、Rのうち、アリール基には置換又は非置換のフェニル基、ナフチル基が包含されるが、この場合置換フェニル基、ナフチル基としては、2−メチルフェニル基、3−メチルフェニル基、α−ナフチル基、β−ナフチル基等が挙げられる。
【0016】
この場合、上記アルコキシジシランは、下記一般式(5)
(RO)x(Me)y(Ph)zSi−H (5)
(式中、R、Me、Phは上記の通りである。x=1〜3、y=0〜2、z=0〜2の整数で、x+y+z=3を満たす値を表す。)
で示されるモノヒドロシランを原料にして、鉄錯体触媒の存在下、有機溶媒中で光照射又は加熱することにより、製造することができる。
【0017】
この方法によれば、入手及び取扱いの容易なモノヒドロシラン化合物を、取扱い容易な反応条件により、従来は製造が困難であったアルコキシジシラン類を効率的に製造することができ、しかもその分離精製も容易である。
【0018】
この製造方法について更に詳述する。
本発明で用いる触媒は鉄錯体である。鉄錯体とは、配位子が鉄に対して少なくともl当量分子内に含む化合物で、炭素、窒素、リン、ケイ素又はヒ素が電子供与配位子として作用している鉄錯体である。
【0019】
これらの配位子は、あらかじめ鉄と錯体形成していなくても、鉄成分と配位子成分を、配位子成分が鉄に対して少なくとも1当量以上であるように、反応系中に共存させる方法によっても、有効に触媒として作用させ得る。
【0020】
本反応に用いられる鉄成分の添加時の形態は特に制限的ではなく、各種の有機又は無機塩、錯体のいずれの形態で仕込んでもよい。また、本発明の反応に好適な配位子は、炭素、窒素、リン、ケイ素又はヒ素化合物であり、シクロペンタジエニル類、アルキル類、カルボニル類、ホスフィン類、ホスファイト類、トリアルキルシリル類、アルシン類が包含され、特に好適な配位子としては、メチル、カルボニル、(置換)シクロペンタジエニル、トリメチルシリルなどが例示される。従って、本発明の反応に好適な錯体触媒としては、シクロペンタジエニル−ジカルボニル(メチル)鉄((C55)Fe(CO)2CH3)、(C55)Fe(CO)2Si(CH33、[C5(CH35]Fe(CO)2CH3などが例示される。これらの触媒の使用量は、いわゆる触媒量でよく、一般的には有機ケイ素化合物に対するモル比で0.5〜0.0001の範囲で選択される。
【0021】
本反応は、有機溶媒中で行うが、この場合、有機溶媒としては、ケトンなどヒドロシリル化を受けるもの、及びアルコールなど活性水素を含むものを除いて、通常用いられる溶媒の中から選ばれる。中でも、DMF、アセトニトリルのような含窒素有機溶媒が最も望ましい。なお、有機溶媒の使用量は適宜選定されるが、Si−H基を持つケイ素化合物の該有機溶媒中の濃度が1〜50質量%、特に5〜20質量%となるように使用することが好ましい。
【0022】
反応条件は、0℃以上、好ましくは25〜150℃の反応温度で実施される。室温においては、光照射、とりわけ可視光線よりも波長の短い紫外線などの電磁波を照射することにより、反応は良好に進行し、又は50〜150℃までの温度に加熱することでも反応を行うことができる。また、この光照射と50〜150℃の加熱を併用するようにしてもよい。
【0023】
具体的には、この反応は、50℃以上150℃以下の温度で、より好ましくは60℃以上120℃以下の温度で加熱するか、可視光線よりも波長の短い紫外線を照射することで反応させることがよい。紫外線を照射する場合は、365nmの波長を照射できる高圧水銀灯を用いることができる。
反応時間は、通常0.1〜500時間、特に0.5〜100時間である。
【0024】
また、反応混合物からの生成物の分離精製は、一般的には、蒸留、クロマトグラフィーなど有機化学的に通常用いられる手段により、容易に達せられる。
【0025】
上記の反応により、Si−H基を有するケイ素化合物は、その≡Si−H基が脱水素され、≡Si−Si≡結合が形成され、上記式(5)
(RO)x(Me)y(Ph)zSi−H (5)
で示されるモノヒドロシランから上記式(1)
[(RO)x(Me)y(Ph)zSi−]2 (1)
(式中、R、Me、Phは上記の通りである。x=1〜3、y=0〜2、z=0〜2の整数で、x+y+z=3を満たす値を表す。)
で示されるアルコキシジシラン化合物が得られるものである。
【0026】
本発明のアルコキシジシランは、入手及び取扱いの容易なモノヒドロシラン化合物を、安価な鉄錯体を触媒として容易に製造され、しかもその分離精製も容易な有機ケイ素化合物である。
【0027】
本発明の有機ケイ素化合物は、有機機能性中間体材料や機能性表面処理材料等に用いられるほか、耐酸素プラズマ性の高いレジスト材料、光分解性材料、シリコンカーバイド前駆体等の用途に用いられる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明の態様を実施例に基づき、更に詳細に説明する。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。なお、下記例で、Cpはシクロペンタジエニル基、Meはメチル基、Phはフェニル基、iPrはイソプロピル基、tBuはt−ブチル基を示す。
【0029】
[実施例1]
窒素で置換したシュレンク管に鉄錯体CpFe(CO)2Me38mg(0.20mmol)、イソプロポキシメチルフェニルシラン880mg(5.00mmol)及びジメチルホルムアミド4.6mLを加え、高圧水銀ランプ(理工科学産業(株)製高圧水銀ランプ:型式UVL−400HA、400W、主照射波長365nm)で光照射を室温で24時間行った。
減圧下で溶媒を留去した後、生成したジシランをカラムクロマトグラフィー(シリカゲル,ジクロロメタン:ヘキサン=1:3)で精製し、604mg(1.73mmol)のジイソプロポキシジメチルジフェニルジシランを得た。イソプロポキシメチルフェニルシランの転化率は69%であった。
1,2−ジイソプロポキシ−1,2−ジメチル−1,2−ジフェニルジシランの同定は、NMR(プロトン、C13、Si29)、GC−MSにより以下の通り得られた。
[(iPrO)PhMeSi]2のスペクトルデータ:
NMR
1HNMR(400MHz,C66,25℃):δ 0.36−0.58(m,6H,SiCH3),1.11−1.18(m,12H,SiOCH(CH32),4.13(sep,JHH=6Hz,2H,SiOCH(CH32),7.19−7.81(m,10H,SiC65
13C{1H}NMR(100.4MHz,C66,25℃):δ −2.71,−1.93,−0.10,0.08,0.29,1.54(s,SiCH3),25.98,26.00(s,SiOCH(CH32),65.4(s,SiOCH(CH32),129.88,130.01,130.38,130.44,130.52,133.54,133.61,133.67,134.49,134.75,136.57,136.60,137.04(s,SiC65
29Si{1H}NMR(79.1MHz,C66,25℃):δ −30.03,−28.54
EAfor.[(iPrO)PhMeSi]2
Calcd.:C,66.98;H,8.43
Found:C,66.86;H,8.09
GC−MSm/z:359
【0030】
[実施例2]
イソプロポキシメチルフェニルシラン880mg(5.00mmol)の代りにt−ブチルメチルフェニルシラン970mg(5.00mmol)を用いた他は、実施例1と同様に反応を行った結果、1,2−t−ブチル−1,2−ジメチル−1,2−ジフェニルジシラン164mg(0.42mmol)を得た。転化率は17%であった。このものも、文献未載の新規化合物であり、その物性値は以下の通りである。
[(tBuO)PhMeSi]2のスペクトルデータ:
NMR
1HNMR(400MHz,C66,25℃):δ 0.46(s,6H,SiCH3),1.28(s,18H,C(CH33),7.18−7.27(m,6H,SiC65),7.74−7.84(m,4H,SiC65
13C{1H}NMR(100.4MHz,C66,25℃):δ 1.62(s,SiCH3),32.26(s,C(CH33),73.04(s,C(CH33),127.84,129.49,134.38,139.93(s,SiC65
29Si{1H}NMR(79.1MHz,C66,25℃):δ −32.68
EAfor.[(tBuO)PhMeSi]2
Calcd.:C,68.34;H,8.86
Found:C,67.89;H,9.68
【0031】
[実施例3]
窒素で置換したシュレンク管に、ジイソプロポキシフェニルシラン1.12g(5.00mmol)及びジメチルホルムアミド4.6mLを入れ、触媒量の鉄錯体CpFe(CO)2Me96mg(シランに対して10mol%)を加え、高圧水銀ランプで光照射を室温で48時間行った。その後ヘキサンで数回抽出後、抽出液から溶媒を減圧下で留去することによりテトライソプロポキシジフェニルジシラン(収量1.09g、98%)を得た。
1HNMR(400MHz,C66,25℃):δ 1.17−1.23(m,24H,SiOCH(CH32),4.28−4.42(m,4H,SiOCH(CH32),7.18−7.24(m,6H,SiC65),7.83−7.97(m,4H,SiC65
13C{1H}NMR(100.4MHz,C66,25℃):δ 25.86,25.87(s,SiOCH(CH32),65.71,65.84(s,SiOCH(CH32),130.22,130.32,130.69,134.15,135.13,135.23(s,SiC65
29Si{1H}NMR(79.1MHz,C66,25℃):δ −67.73,−61.80

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
[(RO)x(Me)y(Ph)zSi−]2 (1)
(式中、Rは置換又は非置換の炭素数3以上のアルキル基、シクロアルキル基、アリール基又はアラルキル基を表す。Meはメチル基、Phはフェニル基である。x=1〜3、y=0〜2、z=0〜2の整数で、x+y+z=3を満たす値を表す。)
で示される構造を有するアルコキシジシラン。
【請求項2】
下記式(2)
iPrOMePhSi−SiMePhOiPr (2)
(式中、iPrはイソプロピル基、Meはメチル基、Phはフェニル基である。)
で示される構造を有する請求項1記載のアルコキシジシラン。
【請求項3】
下記式(3)
tBuOMePhSi−SiMePhOtBu (3)
(式中、tBuはtert−ブチル基、Meはメチル基、Phはフェニル基である。)
で示される構造を有する請求項1記載のアルコキシジシラン。
【請求項4】
下記式(4)
(iPrO)2PhSi−SiPh(OiPr)2 (4)
(式中、iPrはイソプロピル基、Phはフェニル基である。)
で示される構造を有する請求項1記載のアルコキシジシラン。

【公開番号】特開2009−107981(P2009−107981A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−282949(P2007−282949)
【出願日】平成19年10月31日(2007.10.31)
【出願人】(506122327)公立大学法人大阪市立大学 (122)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】