説明

アレルギー性接触性皮膚炎治療薬

本発明は、MEK阻害作用を有する物質を有効成分とするアレルギー性接触性皮膚炎治療薬に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明はアレルギー性接触性皮膚炎治療薬に関する。
【背景技術】
アレルギー性皮膚炎において、表皮細胞が重要な役割を担うことは良く知られている。すなわち、表皮角化細胞は抗原や化学物質などの刺激を受けて活性化し、granulocyte/macrophage colony−stimulating factor(GM−CSF)などの種々サイトカインを産生する(Lee et al;J Immunol,159:5084−5088(1997)及びSteinhoff et al;Curr Opin Allergy Clin Immunol,1:469−476(2001))。産生されたサイトカインは抗原提示細胞のランゲルハンス細胞を活性化し(Katz et al:Nature,282:324−326(1979))、活性化されたランゲルハンス細胞は所属リンパ節に移動してナイーブTリンパ細胞に抗原を提示する(Kripke et al:J Immunol,145:2833−2838(1990)及びBanchereau et al:Annu Rev Immunol,18:767−811(2000))。
アトピー性皮膚炎患者においてはGM−CSFの上昇が報告されており(Pastore et al:J Clin Invest,99:3009−3017(1997))、表皮角化細胞由来のGM−CSFはランゲルハンス細胞に作用し、その免疫刺激機能を高める(Witmer−Pack et al:J Exp Med,166:1484−1498(1987)、Heufler et al:J Exp Med,167:700−705(1988)、Salgado et al:J Invest Dermatol,113:1021−1027(1999))とともに接触性皮膚炎に関与するI型ヘルパーT細胞(Th1)誘導物質のIL−12の産生を抑制し(Toda et al:J Immunol,164:5113−5119(2000))、アトピー患者のII型ヘルパーT細胞(Th2)型免疫反応を引き起こすものと考えられている。また、GM−CSFの産生には、mitogen−activated protein kinase(MAPKs)のextracellular regulated kinase(ERK)が関与することが知られている(Kimata et al:Biochem Pharmacol,60:589−594(2000)、Hallsworth et al:Am J Respir Crit Care Med,164:688−697(2001)、Dumitru et al:Cell,103:1071−1083(2000))。
MAPKs系を介したシグナル伝達は、MAPK kinaseのMEK1/2からERK1/2を介するもの、MKK7やMKK4/SEK1からJNKを介するもの、MKK3/6からp38を介するものなど、それぞれ個々の経路を経て伝えられる(山中洋昭ら:実験医学、20:206−210(2002))。またERKとp38の相互作用については、細胞増殖刺激によるラット肺筋線維芽細胞のDNA合成やERK1/2の活性化がp38の選択的阻害薬のSB203580により増強されること(Rice et al:Am J Respir Cell Mol.Biol,27:759−765(2002))、破骨細胞形成においてp38の特異的阻害薬であるSB203580およびPD169316は抑制作用を、MEKの特異的阻害薬であるU0126およびPD98059は促進作用を示し、ERKのリン酸化はp38阻害薬により増強され、p38のリン酸化はMEK阻害薬により増強されること(Hotokezaka et al:J Biol Chem,277:47366−47372(2002))から、MEK/ERKはp38と拮抗的に作用しているものと考えられている。
以上の知見は、アトピー性皮膚炎においては、その発症機序にMEK/ERKを介した経路があることを示唆するものである。一方、MEK/ERKを介して産生されるGM−CSFはアレルギー性接触性皮膚炎に関与するTh1の誘導を抑制することを示唆するものである。従って、アトピー性皮膚炎と接触性皮膚炎とは、その発症機序において明らかに相違し、自ずとそれらの治療薬の開発も全く別の観点から行なわなければならなかった。
【発明の開示】
アトピー性皮膚炎の治療薬は種々開発されているが、接触性皮膚炎に有効な薬剤は少ない。従って本発明の目的はアレルギー性接触性皮膚炎治療薬を提供することにある。
そこで、本発明者はアレルギー性接触性皮膚炎に有効な治療薬を探索すべく種々検討したところ、前記のようにMEK/ERKはp38と拮抗的に作用することから、MEK/ERK阻害剤はアトピー性皮膚炎には有効であるものの、接触性皮膚炎には有効でないと考えられていたにもかかわらず、全く意外にもMEK阻害剤が、アレルギー性接触性皮膚炎モデルとして汎用されているマウス塩化ピクリル誘発皮膚炎モデルにおいて、優れた治療効果を示すことを見出し、本発明を完成した。
さらに、本発明は、MEK阻害作用を有する物質を有効成分とするアレルギー性接触性皮膚炎治療薬を提供するものである。
すなわち本発明は、MEK阻害作用を有する物質の、アレルギー性接触性皮膚炎治療薬製造のための使用を提供するものである。
また、本発明は、MEK阻害作用を有する物質の有効量を投与することを特徴とするアレルギー性接触性皮膚炎の処置方法を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
図1は、U0126のアレルギー性接触性皮膚炎治療効果を示す図である。
結果は、平均値±標準誤差を表す(*:p<0.05、N=8)。
図2は、PD98059のアレルギー性接触性皮膚炎治療効果を示す図である。
結果は、平均値±標準誤差を表す(*:p<0.05、**:p<0.01)。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明のアレルギー性接触性皮膚炎治療薬の有効成分は、MEK阻害作用を有する物質であれば特に限定されず、例えばMEK阻害剤として知られているビス[アミノ[(2−アミノフェニル)チオ]メチレン]ブタンジニトリル(U0126、J.Biol.Chem.,Vol.273,No.29,p18623−18632(1998)、2−(2−アミノ−3−メトキシフェニル)−4−オキソ−4H−[1]ベンゾピラン(PD98059、米国特許第5,525,625号)等が挙げられる。
これらのMEK阻害剤は、塩の形態で使用してもよく、当該塩としては、薬学上許容される塩であれば特に制限されないが、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩のような鉱酸の酸付加塩;安息香酸塩、メタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩、シュウ酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩、酢酸塩のような有機酸の酸付加塩を挙げることができ、これらのうち塩酸塩、硫酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩が好ましい。
また、これらのMEK阻害剤は、水和物に代表される溶媒和物の形態で存在し得るが、当該溶媒和物も本発明に包含される。
これらのMEK阻害剤は、後記実施例から明らかなように優れたアレルギー性接触性皮膚炎治療作用を有し、化学物質、ニッケル、ゴム等の鉱物、動物、植物、菌類等に接触することによって、誘発される即時型反応及び遅延型反応による皮膚炎等の接触性皮膚炎治療薬として有用である。
本発明のアレルギー性接触性皮膚炎治療薬は、MEK阻害剤を有効成分とするものであり、この投与形態は、特に限定されず治療目的に応じて適宜選択でき、例えば、経口剤、注射剤、坐剤等の他、経皮剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤等の外用剤のいずれでもよく、これらの投与形態に適した組成物は、薬学的に許容される担体を配合し、当業者に公知慣用の製剤方法により製造できる。
経口用固形製剤を調製する場合は、MEK阻害剤に賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、等を製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されているものでよく、例えば、賦形剤としては、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸等を、結合剤としては水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等を、崩壊剤としては乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等を、滑沢剤としては精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール等を、着色剤として、β−カロチン、黄色三二酸化鉄、カルメラ等を、矯味剤としては白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等を、矯臭剤としてケイソウ土、カオリン等を例示できる。
経口用液体製剤を調製する場合は、MEK阻害剤に矯味剤、緩衝剤、安定化剤、矯臭剤、保存剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。この場合矯味剤及び矯臭剤としては上記に挙げられたもので良く、緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム等が、安定化剤としてはトラガント、アラビアゴム、ゼラチン等が、保存剤としては、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル等が挙げられる。
注射剤を調製する場合は、MEK阻害剤にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下、筋肉及び静脈内注射剤を製造することができる。この場合のpH調節剤及び緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が挙げられる。安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸等が挙げられる。等張剤としては、塩化ナトリウム、ブドウ糖等が挙げられる。局所麻酔剤としては塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等が例示できる。
坐薬を調製する場合は、MEK阻害剤に当業界において公知の製剤用担体、例えば、ポリエチレングリコール、ラノリン、カカオ脂、脂肪酸トリグリセライド等を、さらに必要に応じてツイーン(登録商標)のような界面活性剤等を加えた後、常法により製造することができる。
軟膏剤、クリーム剤、ゲル剤、ローション剤、液剤、含水型貼付剤、非含水型貼付剤等の外用剤を調製する場合は、MEK阻害剤に通常使用される基剤、水溶性高分子、架橋剤、粘着剤、溶媒、安定剤、界面活性剤、pH調節剤、保存剤等が必要に応じて配合され、常法により混合、製剤化される。基剤としては、精製ラノリン、流動パラフィン、白色ワセリン、サラシミツロウ、オクチルドデシルアルコール、パラフィン等が挙げられる。水溶性高分子としては、カルボキシビニルポリマー、プルラン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アルギン酸ナトリウム、キサンタンガム等が挙げられる。架橋剤としては、ジヒドロキシアルミニウムアミノアセテート、乾燥水酸化アルミニウムゲル等が挙げられる。粘着剤としてはポリアクリル酸部分中和物、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリル酸2−エチルヘキシル、スチレン−イソプレン−スチレンブロック共重合体等が挙げられる。溶媒としては、グリセリン、1,3−ブチレングリコール、水、オレイン酸、ヒマシ油、ベンジルアルコール等が挙げられる。界面活性剤としては、ラウリル硫酸ナトリウム、モノステアリン酸グリセリル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル等が挙げられる。pH調節剤としては、水酸化ナトリウム、クエン酸等が挙げられる。保存剤としては、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル等が挙げられる。
点眼剤を調製する場合は、MEK阻害剤にpH調節剤、安定化剤、等張化剤、保存剤等を加えて常法により製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されているものでよく、例えば、pH調節剤としては、リン酸ナトリウム等を、安定化剤としては、ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA等を、等張化剤としては、塩化ナトリウム等を、保存剤としては、クロロブタノール等を例示できる。
点鼻剤を調製する場合は、MEK阻害剤にpH調節剤、安定化剤、等張化剤、保存剤等を加えて常法により製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されているものでよく、例えば、pH調節剤としてはリン酸ナトリウム等を、安定化剤としては、ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA等を、等張化剤としては、塩化ナトリウム等を、保存剤としては、塩化ベンザルコニウム等を例示できる。
点耳剤を調製する場合は、MEK阻害剤にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、保存剤等を加えて常法により製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されているものでよく、例えば、pH調節剤及び緩衝剤としてはリン酸ナトリウム等を、安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA等を、等張化剤としては、塩化ナトリウム等を、保存剤としては、塩化ベンザルコニウム等を例示できる。
本発明のアレルギー性接触性皮膚炎治療薬の投与量は年齢、体重、症状、投与形態及び投与回数などによって異なるが、通常は成人に対してMEK阻害剤として1日1〜1000mgを1回又は数回に分けて経口投与又は非経口投与するのが好ましい。
【実施例】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
A.試験方法
(1)感作および皮膚炎の惹起
雌性BALB/Cマウス(日本チャールスリバー社より購入)を用い、アセトンに溶解した7%塩化ピクリル(PC)0.1mLを剃毛した腹部に塗布して感作した。感作7日後、アセトンに溶解した1%PCを左耳介の表裏に0.01mLづつ計0.02mLを塗布し、皮膚炎を惹起した。
(2)皮膚炎の測定
皮膚炎惹起の前および24時間後に耳介厚を測定し、その差を耳介肥厚とした。
(3)被験物質の調整および投与
被験物質として、特異的MEK阻害剤として知られているU0126をジメチルスルホキシドに溶解して用いた。被験物質は、左耳介表裏に0.02mLづつ計0.04mLを、皮膚炎惹起の1時間前に塗布した。
(4)データ処理
結果は、平均値±標準誤差として示した。有意差の検定にはStudent’sのt検定を用い、危険率0.5%未満を有意差ありとした。
B.試験結果
図1に示すように、Mitogen−activated protein kinase(MAPK)の中のextracellular regulated kinase(ERK1/2)を活性化するMEK1/2の特異的阻害剤であるU0126は、0.1〜10μg/earで用量に依存したアレルギー性接触性皮膚炎抑制作用を示し、100μg/earの作用は10μg/earの作用とほぼ同じであった。
【実施例2】
A.試験方法
(1)感作および皮膚炎の惹起は実施例1と同様にして行った。
(2)皮膚炎の測定は実施例1と同様にして行った。
(3)被験物質の調整および投与
U0126をPD98059に置き換え、実施例1と同様にして調整投与した。
B.試験結果
図2に示すように、PD98059はアレルギー性接触性皮膚炎抑制作用を示した。
【図1】

【図2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
MEK阻害作用を有する物質を有効成分とするアレルギー性接触性皮膚炎治療薬。
【請求項2】
MEK阻害作用を有する物質が、ビス[アミノ[(2−アミノフェニル)チオ]メチレン]ブタンジニトリル又は2−(2−アミノ−3−メトキシフェニル)−4−オキソ−4H−[1]ベンゾピランである請求項1記載の治療薬。
【請求項3】
投与手段が、外用投与である請求項1又は2記載の治療薬。
【請求項4】
投与手段が、経皮、吸入、点眼、点鼻又は点耳である請求項1又は2記載の治療薬。
【請求項5】
MEK阻害作用を有する物質の、アレルギー性接触性皮膚炎治療薬製造のための使用。
【請求項6】
MEK阻害作用を有する物質が、ビス[アミノ[(2−アミノフェニル)チオ]メチレン]ブタンジニトリル又は2−(2−アミノ−3−メトキシフェニル)−4−オキソ−4H−[1]ベンゾピランである請求項5記載の使用。
【請求項7】
投与手段が、外用投与である請求項5又は6記載の使用。
【請求項8】
投与手段が、経皮、吸入、点眼、点鼻又は点耳である請求項5又は6記載の使用。
【請求項9】
MEK阻害作用を有する物質の有効量を投与することを特徴とするアレルギー性接触性皮膚炎の処置方法。
【請求項10】
MEK阻害作用を有する物質が、ビス[アミノ[(2−アミノフェニル)チオ]メチレン]ブタンジニトリル又は2−(2−アミノ−3−メトキシフェニル)−4−オキソ−4H−[1]ベンゾピランである請求項9記載の処置方法。
【請求項11】
投与手段が、外用投与である請求項9又は10記載の処置方法。
【請求項12】
投与手段が、経皮、吸入、点眼、点鼻又は点耳である請求項9又は10記載の処置方法。

【国際公開番号】WO2004/075915
【国際公開日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【発行日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−502879(P2005−502879)
【国際出願番号】PCT/JP2004/002114
【国際出願日】平成16年2月24日(2004.2.24)
【出願人】(000163006)興和株式会社 (618)
【Fターム(参考)】