説明

アーク溶接方法

【課題】溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物において、めっき施工時のめっき割れを防止し、構造物を高品質に製作できるアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】このアーク溶接方法は、溶融亜鉛めっきに先立ってアーク溶接により組立てる際のアーク溶接方法であって、溶融亜鉛めっきの施工時にめっき割れの発生しやすい箇所近傍を除いた部分を溶接する本溶接工程(溶接パスA)と、前記めっき割れの発生しやすい箇所近傍を溶接する回し溶接工程(溶接パスB)とを含み、両工程の間で一旦溶接を中断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄塔、橋梁、鉄骨等、大型の鋼製の構造物を製作するときの主要な溶接方法であるアーク溶接方法に係り、特に、溶融亜鉛めっきを施す構造物のめっき施工時のめっき割れを防止する上で好適なアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛めっきは防食性に優れ、メンテナンスフリー化が可能なことから、鉄塔、橋梁、鉄骨などの大型の鋼製の構造物に多く採用されている。
しかし、これら大型の鋼製の構造物においては、溶融亜鉛めっき施工時に、めっきによる鋼材の割れが発生する(めっき割れと呼ばれる)ことが知られている。例えば、図4〜6に示すように、鉄塔鋼管のスティフナ取り付け部10や(図4参照)、橋梁板桁の水平補剛材取り付け部20(図5参照)、あるいは鉄骨の柱−梁接合部30のスカラップ33周縁(図6参照)等では、溶接止端部の形状による応力集中や、溶接の熱影響による材質の劣化が生じ、めっき割れが発生し易い。
【0003】
例えば、図7に示すように、従来の柱−梁接合部30における柱31と梁36のウェブ32との溶接では、一端側のスカラップ33から隅肉溶接を開始し、他端側のスカラップ33まで連続して溶接し、スカラップ33の端部は回し溶接とする方法が用いられる。
この場合、スカラップ33端部の回し溶接止端部には、引張残留応力が生じることに加え、ビード形状の不整による応力集中が生じ易く、更に溶接熱影響部(HAZ: heat affected zone)の硬化により、延性が低下する。そして、鋼材に溶融亜鉛が接触している場合に、鋼材に引張応力(溶接残留応力及びめっき施工時の熱応力)が作用したとき、亜鉛が鋼材の粒界に侵入し、溶融金属脆化を引き起こすため、めっき割れが生じ易くなるものと考えられている。
【0004】
そこで、このようなめっき割れを防止する方策として、例えば特許文献1ないし2には、鋼板組成や組織を所定に制御することによって、めっき割れ性に優れた高張力鋼が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−291338号公報
【特許文献2】特開平8−158005号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、一般に、めっき割れは、構造物が大型化、高強度化するほど発生しやすい傾向にある。特に、近年、上記例示したような構造物が一層の大型化、高強度化するにつれて、めっき割れが発生し易くなる傾向にあり、大きな問題となっている。つまり、今後更に大型化、高強度化される傾向にある鋼製の構造物におけるめっき割れは、特許文献1ないし2に記載されたような鋼板組成や組織を制御する方策のみでは完全に防止することが困難である。また、特許文献1ないし2に記載されたような鋼板組成や組織を制御する方策は、溶接性や剛性等の鋼板の諸特性を劣化させる場合があり、鋼板の用途が限定されるという欠点もある。
【0007】
そこで、本発明は、このような問題点に着目してなされたものであって、めっき施工時の溶接部に発生するめっき割れを防止し、鋼製の構造物を高品質に製作し得るアーク溶接方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明者らは、めっき割れ、および上述したようなめっき割れの発生し易い部分のアーク溶接条件について鋭意研究した。その結果、溶融亜鉛めっきに先立って溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物にアーク溶接を行う際に、めっき割れの発生しやすい箇所近傍を除く部分を溶接する本溶接と、めっき割れの発生しやすい箇所近傍を溶接する回し溶接を分けて行うことにより、めっき施工時に溶接止端部近傍に発生するめっき割れが防止できることを見出した。
【0009】
また、本発明者らは、上記めっき割れの発生しやすい箇所近傍の回し溶接積層方法を、2パス以上で行えば、めっき割れ防止に一層有効であるとの知見を得た。更に、本発明者らは、めっき割れの発生しやすい箇所近傍の回し溶接は、その溶接ビード長を、10mm以上且つ100mm以下とすれば、めっき施工時の溶接部に発生するめっき割れを防止し、鋼製の鋼構造物を高品質に製作する上でより好ましいことを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物を、溶融亜鉛めっきに先立ってアーク溶接により組立てる際のアーク溶接方法であって、前記溶融亜鉛めっきの施工時にめっき割れの発生しやすい箇所近傍を除いた部分を溶接する本溶接工程と、前記めっき割れの発生しやすい箇所近傍を溶接する回し溶接工程とを含み、両工程の間で一旦溶接を中断することを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るアーク溶接方法によれば、溶融亜鉛めっき施工時に鋼製の構造物の溶接部に発生するめっき割れを安定して防止でき、鋼製の構造物を高品質に製作することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明のアーク溶接方法を適用した鋼製の構造物の第一の実施形態を説明する図であり、同図(a)は、本溶接工程の溶接を施した状態の図、同図(b)は回し溶接工程の溶接を左右のスカラップ端部に施した状態の図、同図(c)は、同図(b)でのZ−Z断面図である。
【図2】本発明のアーク溶接方法を適用した鋼製の構造物の第二の実施形態を説明する図であり、同図(a)は、本溶接工程の溶接を施した状態の図、同図(b)は回し溶接工程の1パス目の溶接を一方のスカラップ端部に施した状態の図、同図(c)は回し溶接工程の2パス目の溶接を一方のスカラップ端部に更に施した状態の図であり、また、同図(d)は、同図(b)でのY−Y断面図、同図(c)は、同図(e)でのY−Y断面図である。
【図3】本発明のアーク溶接方法を柱−梁溶接部に適用した場合の一実施例を説明する図であり、同図(a)はその正面図、同図(b)は平面図である。
【図4】溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物の一例を説明する図である。
【図5】溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物の一例を説明する図である。
【図6】溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物の一例を説明する図である。
【図7】従来のアーク溶接方法を適用した鋼製の構造物の一例を説明する図であり、同図(a)は、従来の溶接を施した状態の図、同図(b)は、同図(a)でのX−X断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態を、図面を適宜参照しつつ説明する。図1は、本発明のアーク溶接方法を適用した鋼製の構造物の第一の実施形態を説明する図である。なお、同図に示す例は、溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物として、鉄骨からなる柱−梁接合部での柱と梁のウェブとを溶接する例であり、同図(a)は、本溶接工程の溶接を施した状態の図、同図(b)はその後に回し溶接工程の溶接を左右のスカラップ端部に施した状態の図、同図(c)は、同図(b)でのZ−Z断面図である。
【0014】
図1に示すように、本発明のアーク溶接方法では、本溶接および回し溶接工程による溶接を行っている。つまり、同図(a)に示すように、まず、本溶接工程での溶接パスAは、めっき割れの発生しやすい左右のスカラップ33近傍部を除くウェブ32中央部のみに置いて、一旦溶接を中断する。次いで、同図(b)に示すように、続く回し溶接工程での溶接パスBは、左右のスカラップ33の端部から本溶接工程で形成されたウェブ32中央部のビードまでを短い溶接ビード長で溶接する。
【0015】
この溶接方法により、めっき割れを防止できる理由は、この構造物例の場合、柱−ウェブ隅肉溶接線全長を連続して溶接するのではなく、分割して溶接することにより、部材の溶接線方向、特に両スカラップ近傍部における温度分布を均等化し、それによって残留応力が極度に大きくなる部分の発生を防止する効果があると推定される。
なお、本発明において、本溶接工程と回し溶接工程の実施順序は上記例に限定されず、回し溶接を先に、本溶接を後から実施してもよい。その理由は、上記に述べた本発明がスカラップ近傍部の溶接残留応力を抑制する効果は本溶接工程と回し溶接工程の順序によらないためである。
【0016】
次に、第二の実施形態について説明する。図2は、本発明のアーク溶接方法を適用した鋼製の構造物の第二の実施形態を説明する図である。なお、同図に示す例は、溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物として、鉄骨からなる柱−梁接合部での柱と梁のウェブとを溶接する例であり、同図(a)は、本溶接工程の溶接を施した状態の図、同図(b)は回し溶接工程の1パス目(溶接パスB1)の溶接を一方のスカラップ端部に施した状態の図、同図(c)は回し溶接工程の2パス目(溶接パスB2)の溶接を、上記一方のスカラップ端部に更に施した状態の図であり、また、同図(d)は、同図(b)でのY−Y断面図、同図(c)は、同図(e)でのY−Y断面図である。
【0017】
この第二の実施形態は、上記第一の実施形態に対して、めっき割れの発生しやすい箇所近傍であるスカラップ33の端部に施す回し溶接工程の溶接を、2パス以上で行う点が異なっている。つまり、この第二の実施形態の例では、上記同様に本溶接工程の後に、スカラップ33端部の溶接積層方法を、溶接パスB1および溶接パスB2の2パスで行っている。これにより、回し溶接工程での溶接入熱を更に少なくしてスカラップ33周縁部近傍の残留応力を一層低減し、めっき割れをより確実に防止可能としている。ここで、本実施形態では回し溶接工程の溶接を2パスとした例であるが、3パスあるいはそれ以上としてもよい。また、本溶接と回し溶接の順序は、第一の実施形態同様、どちらを先に行ってもよい。
【0018】
なお、本発明においては、図1および図2に示す回し溶接工程での、めっき割れの発生しやすい箇所近傍であるスカラップ33の端部に置く溶接パス(B、B1、B2)による溶接ビード長W1を、10mm以上且つ100mm以下とするのが好ましい。この溶接ビード長W1が10mm未満であると安定したビードを得にくく、溶接欠陥が生じ易くなるのに加え、鋼板の温度が上昇しないため、冷却速度が過大となって溶接熱影響部が硬化するという問題があるからである。一方、溶接ビード長W1が100mmを越えると、上記に述べた本溶接工程の後に、回し溶接工程による溶接を行う効果、つまり、スカラップ近傍部の溶接と中央部の溶接とを分けて実施することによる、スカラップ近傍部の鋼板の温度上昇を均等化して残留応力を低減する効果が得られにくくなるからである。
【実施例】
【0019】
次に、本発明の一実施例を、図面を適宜参照しつつ説明する。
本実施例での試験体は、図3に示す形状の鉄骨からなる柱−梁接合部30であって、柱31は、□−450×450×22のBCR295材を用いており、また、梁36は、H形鋼800×350×16×32のSN490B材を用いている。そして、この柱−梁溶接部30の製作条件を以下の表1に示すように変化させ、11体の試験体をそれぞれ製作した。
【0020】
【表1】

【0021】
本発明例においては、上述した図1に示す第一の実施形態のように、ウェブ32の中央部とスカラップ33近傍の溶接とを分けて、まず、本溶接工程において、ウェブ32の中央部のみを溶接し、次いで、回し溶接工程において、スカラップ33近傍を溶接し、その溶接ビード長W1を、10mm〜150mmに変化させたもの(表1のNo.2〜6)をそれぞれ用意した。さらに、上述した図2に示す第二の実施形態同様に、本溶接および回し溶接工程によって、ウェブ32の中央部の溶接とスカラップ33近傍の溶接とを分けるとともに、スカラップ33近傍の回し溶接工程の溶接については2パスで溶接し、当該スカラップ33近傍の溶接ビード長W1を、10mm〜150mmに変化させたもの(表1のNo.7〜11)をそれぞれ用意した。
【0022】
また、比較例として、ウェブ32全長に亘って1回で溶接したもの(表1のNo.1)を用意した。
その後、各試験体に対して、浸潰速度2.0m/min、めっき浴温度450℃として溶融亜鉛めっき施工をそれぞれ行い、スカラップ33の溶接止端部近傍のめっき割れ発生頻度を評価した。結果を表1に合わせて示す。
【0023】
その結果、同表に示すように、本発明例(同表のNo.2〜11)についてはいずれも、比較例に比べてめっき割れ発生頻度が小さく、めっき割れの発生する可能性が少なくなり、高品質な鉄骨製作に適した溶接方法となっていることが確認された。特に、他の条件が同一の場合には、スカラップ近傍溶接(回し溶接)を2パスにしたほうが良好であり、また、スカラップ近傍溶接ビード長を100mm以下にしたほうが良好であることが確認された。
【0024】
これに対し、本発明の範囲を外れる比較例は、めっき割れの発生する可能性が高く、製作される鉄骨品質が本発明例に比べて低下していることが確認された。このように、溶接手順、および溶接ビード長のいずれかが本発明の好適範囲を外れるとめっき割れが発生し易くなり、製作される鉄骨品質が本発明例に比べて低下することが確認された。
なお、本発明に係る鋼構造物のアーク溶接方法は、上記各実施形態ないし実施例に限定されるものではなく、鉄塔、橋梁等や、上述した図4〜6に示す例のような、めっき割れを発生しやすい部分の溶接についても適用が可能である。一方、めっき割れが発生し難い部分については、例えば図7に示した従来の通常溶接方法を用い、鋼製の構造物を製作するコストの低減や、溶接作業の高効率化を図るのが望ましい。
【符号の説明】
【0025】
10 スティフナ取り付け部(溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物)
11 鋼管
12 鍛造フランジ
13 スティフナ
14 ガゼットプレート
15 平面プレート
20 水平補剛材取り付け部(溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物)
21 フランジ
22 腹板
23 垂直補剛材
24 水平補剛材
30 柱−梁接合部(溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物)
31 柱
32 ウェブ
33 スカラップ
34 フランジ
35 ダイヤフラム
36 梁
A 本溶接工程の溶接パス
B、B1、B2 回し溶接工程の溶接パス
C めっき割れ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融亜鉛めっきを施す鋼製の構造物を、溶融亜鉛めっきに先立ってアーク溶接により組立てる際のアーク溶接方法であって、
前記溶融亜鉛めっきの施工時にめっき割れの発生しやすい箇所近傍を除いた部分を溶接する本溶接工程と、前記めっき割れの発生しやすい箇所近傍を溶接する回し溶接工程とを含み、両工程の間で一旦溶接を中断することを特徴とするアーク溶接方法。
【請求項2】
前記回し溶接工程は、前記めっき割れの発生しやすい箇所近傍を、2パス以上の溶接積層で行うことを特徴とする請求項1に記載のアーク溶接方法。
【請求項3】
前記回し溶接工程は、前記めっき割れの発生しやすい箇所近傍を、その溶接ビード長を10mm以上且つ100mm以下で溶接することを特徴とする請求項1または2に記載のアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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