説明

イオンの抽出方法およびその装置

【課題】レーザーアブレーションにより生成した分子を構成する構成原子のイオンを、後段の分析や解析で良好な結果が得られるように抽出する。
【解決手段】分析対象に超短パルスレーザー光を照射して該分析対象をアブレーションすることにより、該分析対象を構成原子に原子化し、該原子化した構成原子をイオン化し、該イオン化した構成原子のイオンを抽出するイオンの抽出方法であって、逆電場をかけて上記アブレーションにより得られたイオンを減速した後に、順電場をかけて上記アブレーションにより得られたイオンから所定のイオンを加速することによりバックグラウンドイオンを除去して上記所定のイオンを抽出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンの抽出方法およびその装置に関し、さらに詳細には、例えば、質量分析などの分子の分析に用いて好適なイオンの抽出方法およびその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、物理・化学の分野や医学・生化学などのライフサイエンスの分野など幅広い分野において分子の分析に用いられている質量分析法の原理は、試料を様々な方法でイオン化して、イオン化により得られたイオンを質量/電荷に従って分離し、分離した各イオンの強度を測定するというものである。
【0003】
こうした質量分析法において、イオンを抽出する手法としては、例えば、ナノ秒レーザーアブレーションと共鳴イオン化レーザーとを利用した方法が知られている。この方法は、試料にナノ秒レーザー光を照射し、ナノ秒レーザーアブレーションによって原子化した固体試料の蒸気が拡散してくるタイミングで、アブレーション雲に共鳴イオン化レーザーを照射して、特定の元素の中性原子をイオン化し、正電場で引き出すことによりイオンを抽出するというものである。
【0004】
しかしながら、上記したイオンの抽出の手法によれば、波長を固定した共鳴イオン化レーザーにより元素を選択的にイオン化するため、1回のレーザー照射により全てがアブレーションされて吹き飛ばされる試料スポットに関しては、多種類の元素が同時に検出されるようになって定量することができないという問題点があった。
【0005】
また、SIMS(Secondary Ion Mass Spectrometry)などの微量元素分析法で通常用いられているイオンの抽出の手法は、イオンビーム照射やレーザーアブレーションにより生成されたイオンを順電場加速により一方向へ引き出すというものである。
【0006】
しかしながら、上記したイオンの抽出の手法によれば、クラスターイオンが多く生成されることになり、従って、アブレーション領域へ順電場を与えてイオンを引き出すと、これらのクラスターイオンがバックグラウンドとなって微量元素分析を妨げる恐れがあるという問題点があった。
【0007】

なお、本願出願人が特許出願時に知っている先行技術は、上記において説明したようなものであって文献公知発明に係る発明ではないため、記載すべき先行技術情報はない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記したような従来の技術の有する種々の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、レーザーアブレーションにより生成した分子を構成する構成原子のイオンを、後段の分析や解析で良好な結果が得られるように抽出することを可能にしたイオンの抽出方法およびその装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明は、イオンに対して逆電場と順電場とを順次に作用させることにより、逆電場でイオンを減速するとともに、当該減速したイオンの中から所望のイオンを順電場で加速するようにしたものである。
【0010】
従って、本発明によれば、バックグラウンドイオンを除去して所望のイオンを抽出することができる。
【0011】

即ち、本発明のうち請求項1に記載の発明は、分析対象に超短パルスレーザー光を照射して該分析対象をアブレーションすることにより、該分析対象を構成原子に原子化し、該原子化した構成原子をイオン化し、該イオン化した構成原子のイオンを抽出するイオンの抽出方法であって、逆電場をかけて上記アブレーションにより得られたイオンを減速した後に、順電場をかけて上記アブレーションにより得られたイオンから所定のイオンを加速することによりバックグラウンドイオンを除去して上記所定のイオンを抽出するようにしたものである。
【0012】
また、本発明のうち請求項2に記載の発明は、本発明のうち請求項1に記載の発明において、上記アブレーションにより得られたイオンは、プラズマを構成しており、上記プラズマに逆電場を作用させて上記プラズマを減速するとともに、上記プラズマに順電場を作用させて上記所定のイオンとして上記プラズマを構成するイオンを加速するようにしたものである。
【0013】
また、本発明のうち請求項3に記載の発明は、本発明のうち請求項1に記載の発明において、上記アブレーションにより得られたイオンは、プラズマを構成しており、上記プラズマは、外部電場のかからない高密度領域たる中心部と上記中心部の外周に位置する外部電場のかかる領域たるシース部とよりなり、上記シース部に逆電場が作用して上記プラズマを減速するとともに、上記シース部に順電場を作用させて上記所定のイオンとして上記シース部を構成するイオンのみを加速するようにしたものである。
【0014】
また、本発明のうち請求項4に記載の発明は、本発明のうち請求項1に記載の発明において、上記アブレーションにより得られたイオンは、クラスターイオンを含み、上記クラスターイオンに逆電場を作用させて上記クラスターイオンを減速し、上記バックグラウンドイオンとして上記クラスターイオンを除去するようにしたものである。
【0015】
また、本発明のうち請求項5に記載の発明は、本発明のうち請求項1、2、3または4のいずれか1項に記載の発明において、上記超短パルスレーザー光は、フェムト秒レーザー光、ピコ秒レーザー光またはナノ秒レーザー光であるようにしたものである。
【0016】
また、本発明のうち請求項6に記載の発明は、分析対象に超短パルスレーザー光を照射して該分析対象をアブレーションすることにより、該分析対象を構成原子に原子化し、該原子化した構成原子をイオン化し、該イオン化した構成原子のイオンを抽出するイオンの抽出装置において、分析対象に超短パルスレーザー光を照射する超短パルスレーザー装置と、上記超短パルスレーザー装置による上記分析対象への超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより得られたイオンを減速する逆電場を生成する逆電場生成手段と、上記逆電場生成手段により生成された逆電場により減速されたイオンに対して作用させて上記アブレーションにより得られたイオンから所定のイオンを加速する順電場を生成する順電場生成手段とを有するようにしたものである。
【0017】
また、本発明のうち請求項7に記載の発明は、本発明のうち請求項6に記載の発明において、上記逆電場生成手段は、上記分析対象に隣接して配置されるとともに第1の電圧が印加される第1の電極と、上記第1の電極から所定の第1の間隔を開けて配置されるとともに第2の電圧が印加される第2の電極とを有して構成され、上記順電場生成手段は、上記第2の電極と、上記第2の電極から所定の第2の間隔を開けて配置されるとともに第3の電圧が印加される第3の電極とを有して構成されるようにしたものである。
【0018】
また、本発明のうち請求項8に記載の発明は、本発明のうち請求項6または7に記載の発明において、上記超短パルスレーザー装置による上記分析対象への超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより得られたイオンは、プラズマを構成しており、上記逆電場生成手段は、上記プラズマに逆電場を作用させて上記プラズマを減速し、上記順電場生成手段は、上記プラズマに順電場を作用させて上記所定のイオンとして上記プラズマを構成するイオンを加速するようにしたものである。
【0019】
また、本発明のうち請求項9に記載の発明は、本発明のうち請求項6または7に記載の発明において、上記超短パルスレーザー装置による上記分析対象への超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより得られたイオンは、プラズマを構成しており、上記プラズマは、外部電場のかからない高密度領域たる中心部と上記中心部の外周に位置する外部電場のかかる領域たるシース部とよりなり、上記逆電場生成手段は、上記シース部に逆電場を作用させて上記プラズマを減速し、上記順電場生成手段は、上記シース部に順電場を作用させて上記所定のイオンとして上記シース部を構成するイオンのみを加速するようにしたものである。
【0020】
また、本発明のうち請求項10に記載の発明は、本発明のうち請求項6または7に記載の発明において、上記超短パルスレーザー装置による上記分析対象への超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより得られたイオンは、クラスターイオンを含み、上記逆電場生成手段は、上記クラスターイオンに逆電場を作用させて上記クラスターイオンを減速するようにしたものである。
【0021】
また、本発明のうち請求項11に記載の発明は、本発明のうち請求項6、7、8、9または10のいずれか1項に記載の発明において、上記超短パルスレーザー装置は、フェムト秒レーザー光を照射するフェムト秒レーザー装置、ピコ秒レーザー光を照射するピコ秒レーザー装置またはナノ秒レーザー光を照射するナノ秒レーザー装置であるようにしたものである。
【0022】
また、本発明のうち請求項12に記載の発明は、本発明のうち請求項6、7、8、9、10または11のいずれか1項に記載の発明において、上記逆電場の電位差は、0〜10kVであるようにしたものである。
【0023】
また、本発明のうち請求項13に記載の発明は、本発明のうち請求項7、8、9、10、11または12のいずれか1項に記載の発明において、上記第1の電圧、上記第2の電圧および上記第3の電圧は、それぞれ50kV以下であるようにしたものである。
【0024】
また、本発明のうち請求項14に記載の発明は、本発明のうち請求項7、8、9、10、11、12または13のいずれか1項に記載の発明において、上記第1の間隔は1〜20mmであり、上記第2の間隔は1〜30mmであり、上記第1の電圧は0〜+10kVであり、上記第2の電圧は0〜+10kVであり、上記第3の電圧は0Vであり、上記第1の電圧より上記第2の電圧が大きいようにしたものである。
【0025】
また、本発明のうち請求項15に記載の発明は、本発明のうち請求項14に記載の発明において、上記第1の間隔は6mmであり、上記第2の間隔は12mmであり、上記第1の電圧は+4600Vであり、上記第2の電圧は+5000Vであり、上記第3の電圧は0Vであるようにしたものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明によるイオンの抽出方法およびその装置は、レーザーアブレーションにより生成した分子を構成する構成原子のイオンを、後段の分析や解析で良好な結果が得られるように抽出することができるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明によるイオンの抽出方法およびその装置の実施の形態の一例を詳細に説明するものとする。
【0028】

図1には、本発明によるイオンの抽出方法およびその装置の実施の形態の一例として、本発明によるイオンの抽出方法およびその装置を実施した分子の質量分析を行う分析装置の構成の一例を表す概念構成説明図が示されている。
【0029】

この分析装置10は、所定の真空度に設定可能な真空槽12を備えている。そして、この真空槽12内には、分析対象たる試料100が配置されるイオン源部14と、イオン源部14の後段に配置された質量分析器16とが設けられており、イオン源部14ならびに質量分析器16内は、真空槽12により設定された真空度に維持されている。
【0030】
さらに、分析装置10は、超短パルスレーザー光を発生して試料100へ照射する超短パルスレーザー装置18を備えている。
【0031】

ここで、分析装置10において分析の対象となる試料100としては、例えば、DNA、蛋白質、アルブミン、RNA、PNA、脂質、糖などの各種の高分子、さらに、当該高分子に単数または複数の同位体元素で標識したもの、あるいは、生体組織切片、塗抹試料(血液、喀痰)、培養細胞などの生体試料など様々なものがある。つまり、試料100としては、溶液試料や固体試料、あるいは、無機分子、有機分子、生体分子など、その形態や元素の種類に依存せずに各種物質を用いることができる。
【0032】

そして、イオン源部14には、上記したような試料100が配設されるものであるが、より詳細には、表面に試料100を添設した試料基板20を固定的に支持するとともに所定の電圧V1が印加される第1の電極としての試料ホルダー22と、試料ホルダー22における試料基板20が支持される側と所定の間隔W1を有して対面するように平行して配設されるとともに所定の電圧V2が印加されるイオンの引き出し口となる第2の電極としての第1メッシュ電極24とが配設されている。
【0033】
なお、イオン源部14の後段の質量分析器16内には、所定の電圧V3が印加される第3の電極としての第2メッシュ電極26が、イオン源部14の第1メッシュ電極24と所定の間隔W2を有して対面するように平行して配設されている。
【0034】
これら一対の第1メッシュ電極24と第2メッシュ電極26とは、それぞれ同一の構成を備えており、例えば、メッシュ穴径500μmのメッシュ電極を用いることができる。
【0035】
即ち、この分析装置10においては、イオン源部14の第1メッシュ電極24を間に挟み込むようにして、第1メッシュ電極24の一方の面24aと所定の間隔W1を有して試料ホルダー22が配置され、第1メッシュ電極24の他方の面24bと所定の間隔W2を有して第2メッシュ電極26が配置されている。
【0036】
そして、イオン源部14内の第1メッシュ電極24と試料ホルダー22との間の空間E1が、超短パルスレーザー光による試料100のアブレーションにより試料100から飛び出したイオンの進行方向に対してイオンを減速する逆電場となり、かつ、第1メッシュ電極24と第2メッシュ電極26との間の質量分析器16内の空間E2が、超短パルスレーザー光による試料100のアブレーションにより試料100から飛び出したイオンの進行方向に対してイオンを加速する順電場となるように、電圧V1、V2、V3を所定の電圧に設定し、試料ホルダー22ならびに一対の第1メッシュ電極24および第2メッシュ電極26にそれぞれ所定の電圧V1、V2、V3が印加されるように設計されている。
【0037】
また、第1メッシュ電極24と試料ホルダー22との間の間隔W1ならびに第1メッシュ電極24と第2メッシュ電極26との間の間隔W2は、空間E1が逆電場となり空間E2が順電場となる範囲内でそれぞれ寸法設定されている。
【0038】

なお、分析装置10のその他の構成についてさらに詳細に説明すると、真空槽12は、例えば、10−8〜10−6Torrの真空度に設定可能なものであり、この実施の形態においては、1×10−6Torrの真空度に設定されているものとする。
【0039】
また、イオン源部14の後段に位置する質量分析器16には、上記したように第2メッシュ電極26が配設されている。この質量分析器16としては、例えば、図1に示すようにリフレクター(Reflector)16aやMCPイオン検出器16bを備えた反射型飛行時間質量分析器(TOF質量分析器)を用いることができる。
【0040】

また、超短パルスレーザー装置18としては、フェムト秒レーザーなどのような、例えば、パルス時間幅が1フェムト秒以上1ピコ秒以下であり、尖頭値出力が1メガワット以上10ギガワット以下である超短パルスレーザー光を照射可能なものを用いることができる。
【0041】
より詳細には、こうした超短パルスレーザー装置18は、例えば、チタンサファイアレーザーにより構成され、以下に示すようなパラメータを備えているものを用いることができる。即ち、
ピーク幅(パルス時間幅):〜120fs(フェムト秒)
出力 :50〜480μJ(マイクロジュール)
(尖頭値出力:0.5〜4GW(ギガワット))
波長 :〜800nm(ナノメートル)
繰り返し :1kHz(キロヘルツ)
そして、超短パルスレーザー装置18から照射された超短パルスレーザー光は、大気中に配設されたフォーカスレンズ(図示せず。)やミラー(図示せず。)や非線形結晶(図示せず。)などの光学系を介して、試料100上へ集光される。なお、超短パルスレーザー装置18から出射された超短パルスレーザー光を集光するフォーカスレンズの焦点距離は、例えば、25cmに設定されている。
【0042】

以上の構成において、上記した分析装置10を用いて実際に質量分析を行った実験結果について説明する。
【0043】
なお、この実験においては、超短パルスレーザー装置18として、パルス幅は120フェムト秒、波長は800nm、強度は600μJ/pulseのフェムト秒レーザー光を出射するフェムト秒レーザー装置を用いた。また、質量分析器16については、図1に示す反射型飛行時間質量分析器を用いた。
【0044】
一方、試料100として、硝酸Eu溶液、1mg/mL、10μL/4mmφを用い、また、試料基板20としてシリコンウェハーを用いており、この試料基板20に試料100を固定した。
【0045】
なお、試料100の調整は、次のようにして行った。即ち、上記した硝酸Eu溶液をスライドガラスの形状(75×25×1mm)のシリコンウェハーよりなる試料基板20に滴下し、真空容器内で瞬間的に蒸発させて固相化する。
【0046】
こうした方法により、均一、かつ、超短パルスレーザー装置18から出射された超短パルスレーザー光の1ショットのスポット当たり1013程度のEuの濃度で、4mmφの面積を覆う試料100が1つ以上固定された試料基板20を作ることができる。
【0047】

上記のようにして作成した試料100を、試料基板20とともに、イオン源部14内の試料ホルダー22に装着し、真空槽12内を真空に引いて、真空槽12内の真空度を1×10−6Torrに設定する。
【0048】
また、第1メッシュ電極24と試料ホルダー22との間隔W1を6mmとし、第1メッシュ電極24と第2メッシュ電極26との間隔W2を12mmとする。
【0049】
さらに、イオン源14内の試料ホルダー22には電圧V1として+4600Vの電圧を印加し、イオン源14内の第1メッシュ電極24には電圧V2として+5000Vの電圧を印加し、質量分析器16内の第2メッシュ電極26には電圧V3として0Vを設定する。
【0050】
上記のようにして電圧V1、V2、V3を設定すると、第1メッシュ電極24と試料ホルダー22との間の空間E1は、超短パルスレーザー光による試料100のアブレーションにより試料100から飛び出したイオンの進行方向に対してイオンを減速する逆電場となり、一方、第1メッシュ電極24と第2メッシュ電極26との間の空間E2は、超短パルスレーザー光による試料100のアブレーションにより試料100から飛び出したイオンの進行方向に対してイオンを加速する順電場となる。
【0051】

そして、超短パルスレーザー装置18から出射された超短パルスレーザー光を、フォーカスレンズや非線形結晶などの光学系により、イオン源部14内の試料100上に集光して、試料100をアブレーションする。
【0052】
この際に、超短パルスレーザー光として、パルス幅は120フェムト秒、波長は400nm、強度は200μJ/pulseのフェムト秒レーザー光が出射されることになる。この実験においては、超短パルスレーザー装置18から出射されるフェムト秒レーザー光を、試料100に対して1ショット(1パルス)だけ照射した。
【0053】
この実験においては、上記した試料100への超短パルスレーザー光の照射により発生されてイオン源部14から出たイオンの質量を、イオン源部14の直後に接続された質量分析器16によって飛行時間法で測定した。
【0054】

ここで、図2には、試料100に超短パルスレーザー装置18から出射されたフェムト秒レーザー光を照射してアブレーションした場合を模式的に示す説明図が示されている。
【0055】
試料基板20に固定されている試料100にフェムト秒レーザー光が照射されると、試料基板20の法線方向を中心に速い速度でイオンの塊であるプラズマ200が飛び出してくる。
【0056】
このプラズマ200は、フェムト秒レーザー光などの超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより発生される特有のプラズマであり、中心部200aと当該中心部200aの外周側に位置する周辺部たるシース部200bとでは異なる性質を有するものである。
【0057】
より詳細には、プラズマ200は高密度中性プラズマとなっており、イオン密度が非常に高くなっている高密度領域たる中心部200aには外部電場が作用せず、中心部200aは外部電場がかからない領域となっている。一方、プラズマ200の外周のシース部200bは、イオン密度が低くなっていて外部電場が作用し、外部電場がかかる領域となっている。
【0058】
また、プラズマ200は外部電場に対して集団として運動するものであり、有効電荷は全体の正電荷の数%程度である。
【0059】

試料100にフェムト秒レーザー光を照射してアブレーションすることにより、こうした特有のプラズマ200が試料100から飛び出すこととなるが、この際に、試料100を固定した試料基板20を支持する試料ホルダー22と第1メッシュ電極24との間の空間E1は逆電場となっているので、この外部電場たる逆電場がプラズマ200の外部電場のかかる領域であるシース部200bに作用する。
【0060】
即ち、空間E1には上記したように逆電場がかかっているので、プラズマ200の中心部200aは高密度中性プラズマで外部電場のかからない領域であるものの、逆電場がプラズマ200のシース部200bに作用して、プラズマ200全体が一つの塊として集団運動し、プラズマ200は試料ホルダー22と第1メッシュ電極24との間の空間E1に留まるようになる。つまり、プラズマ200は、フェムト秒レーザー光の照射により試料100から速い速度で飛び出すものの、そのシース部200bが空間E1の逆電場の影響を受けるので、この逆電場によりプラズマ200全体が減速して空間E1に押し留められるようになる。
【0061】
上記のようにして、試料ホルダー22に電圧V1を印加するとともに第1メッシュ電極24に電圧V2を印加することにより空間E1に生起された適当な逆電場によって、プラズマ200は試料ホルダー22と第1メッシュ電極24との間の空間E1に押し留められることになるが、この際に、プラズマ200の外周側に位置するシース部200b部分だけが第1メッシュ電極24から空間E2側に出るように、プラズマ200を押し留めてトラップする。
【0062】
このようにすると、シース部200bを構成するイオンのみが第1メッシュ電極24のメッシュ穴を通り抜けて、第1メッシュ電極24と第2メッシュ電極26との間の順電場である空間E2で加速され、プラズマ200から所定のイオンを引き出して抽出することができる。
【0063】
つまり、上記した逆電場の作用により、プラズマ200全体を減速して空間E1に押し留め、プラズマ200の外部電場のかからない中心部200aを空間E1に閉じ込め、プラズマ200の一部としてプラズマ200の外部電場のかかるシース部200bを構成するイオンのみを第1メッシュ電極24から突出させて空間E2で加速して、当該加速したイオンをバックグラウンドイオンの影響を受けることなく質量分析器16で測定することができる。
【0064】
ここで、シース部200bに含まれる運動エネルギーの低いクラスターイオンなどは空間E1から第1メッシュ電極24を越えることはできず、試料100の構成原子イオン(例えば、プラスイオンである。)のみが空間E1から第1メッシュ電極24を越えて空間E2で加速されることになり、当該加速されたイオンをバックグラウンドイオンの影響を受けることなくイオン源部14の後段に位置する質量分析器16によって検出することができる。
【0065】

次に、図3には、試料100に超短パルスレーザー装置18から出射されたフェムト秒レーザー光を照射してアブレーションした場合において、図2に示したプラズマ200が存在しない状態を模式的に示す説明図が示されている。
【0066】
以下、この図3に示す状態を説明するが、上記したようにして試料基板20に固定されている試料100にフェムト秒レーザー光が照射されると、試料100の分子はフェムト秒レーザーによるアブレーションにより原子化され、その原子化と同時にイオン化される。
【0067】
こうして試料100から飛び出してくる試料100の構成原子のイオン(例えば、プラスイオンである。)300は、数百eVもの高いエネルギーを持って試料基板20の法線方向を中心に飛び出してくるので、試料100を支持する試料ホルダー22と第1メッシュ電極24との間の空間E1が逆電場となっていても、それを打ち破って前方に進み、第1メッシュ電極24を通過して順電場の空間E2で加速される。
【0068】
一方、試料基板100に固定されている試料100にフェムト秒レーザー光を照射すると、フェムト秒レーザーの1パルス照射によるアブレーションでは試料100(または試料基板20)上の照射跡の深さは数十nmに達するので、試料100からのみならず、試料基板20からも試料基板20を構成する原子のイオンが飛び出すことがある。
【0069】
ただし、こうして試料基板20から飛び出してくる試料基板20を構成する原子のイオンは、運動エネルギーが比較的低く、かつ、プラズマ200中の原子や分子との衝突などによる生成過程でいくらか減速されクラスターイオン(例えば、プラスイオンである。)302となっている。このため、フェムト秒レーザーによるアブレーションで試料基板20から飛び出したクラスターイオン302は、試料ホルダー22と第1メッシュ電極24との間の逆電場により空間E1に留められ、第1メッシュ電極24を通過することはない。
【0070】

図2ならびに図3を用いて説明したように、イオン源部14内において第1メッシュ電極24と試料ホルダー22との間の空間E1に生起される逆電場は、空間E1にプラズマ200を留めるとともに、空間E1にエネルギーの低いイオン(例えば、図3に示す試料基板20のクラスターイオン302である。)を留めることができるものである。
【0071】
そして、プラズマ200が逆電場によって空間E1に留まるので、中心部200aが電場のかからない高密度中性プラズマで有効電荷が全体の正電荷の数%程度のプラズマ200であっても、そのまま加速して質量分析ができないという事態を回避することができる。つまり、空間E1の逆電場には、弱い電荷で電場が本来かからないプラズマ200を全体として押し留める効果がある(図2を参照する。)。
【0072】
また、エネルギーの低いイオンが逆電場によって空間E1に留まるので、エネルギーの高いものだけを選択的に空間E2に引っ張ることができ、第1メッシュ電極24を境界に分析したいものだけを取り出し、試料基板20から飛び出したものなどはバックグラウンドとしてイオン単体でカットすることができる。
【0073】
つまり、空間E1の逆電場には、電場のかかる範囲の中で、速度の速いものと遅いものとを弁別する効果がある(図3を参照する。)。
【0074】

そして、図4には、上記したようにして試料100にフェムト秒レーザー光を照射した際に質量分析器16によって測定された試料100の質量スペクトル(TOFスペクトル)が示されている。
【0075】
図4に示す波形Aが示すように、Euの同位体である151Euと153Euの2つのピークが検出され、試料基板20たるシリコンウェハーに由来するバックグラウンドイオンたるSiクラスターのSiとSiのピークは検出されていない。つまり、波形Aは、バックグラウンドイオンによるノイズが取り除かれており、試料100の構成元素の検出が非常に容易である。
【0076】
なお、波形Aが取得された際には、LIF(レーザー誘起蛍光)法により、イオンの集団であるプラズマが、イオン源部14の第1メッシュ電極24にかかるようにして第1メッシュ電極24周辺に留まっているのが確認され、図2を用いて説明した状態に対応する結果が得られている。
【0077】
次に、図5に示すLIF観測装置の構成説明図を参照しながら、上記におけるLIF測定の方法について説明する。なお、試料としては、基板の上に硝酸サマリウム溶液を塗布したものを用いた。
【0078】
試料をフェムト秒レーザーアブレーションすると、このフェムト秒レーザーアブレーションにより試料からプラズマが飛び出してくる。
【0079】
この際に、フェムト秒レーザー照射時を時間の原点として、ある一定時間だけ遅らせて誘起蛍光用の色素レーザー(パルスレーザー)を図5に示すように入射させる。この色素レーザーの形状は、円筒面レンズによりシート状(幅2cm、厚み1mm)に形成され、また、色素レーザーの波長は、基底状態にあるSm(サマリウムの一価イオン)の誘起蛍光波長である。
【0080】
そして、Smの発光をイメージインテンシファイヤー付きCCDカメラで撮影して、プラズマを形成するSmの分布の断層写真を撮影する。
【0081】
ここで、誘起蛍光用の色素レーザーを入れる時間を少しずつ変えていくと、Smの分布の変化、即ち、どのような速さで試料から飛び出し、外部電場によりどのように減速され、どこに留まるかなどを測定することができる。
【0082】
図6には、プラズマを減速させて閉じ込めた様子のLIF画像が示されている。なお、色素レーザーを入れた時間は、フェムト秒レーザーの照射後から1225ns経過後である。
【0083】
この図6は、外部電場がなければ200〜400nsで通過してしまうSmが、逆電場により1225ns後もまだ留まっていることを示している。なお、逆電場の大きさは、0.67kV/cmで、これは上記した実施の形態に示す分析装置10における逆電場(6mmの間隔W1へ400Vの電位差を与えている。)に相当する。
【0084】
なお、図6中に示した第1メッシュ電極24の位置は仮想であり、LIF観測装置のこの位置へ実際に電極を入れたわけではない。
【0085】

また、図4に示す波形Bは、上記した波形Aがイオン源14内の試料ホルダー22に+4600Vの電圧を印加していたのに代えて、イオン源14内の試料ホルダー22に+4700Vの電圧を印加した場合に、質量分析器16によって測定された試料100の質量スペクトルである。また、図4に示す波形Cは、イオン源14内の試料ホルダー22に+5000Vの電圧を印加した場合、即ち、電場を全くかけずに空間E1が逆電場になっていない場合に、質量分析器16によって測定された試料100の質量スペクトルである。
【0086】
即ち、波形A、波形Bならびに波形Cは、いずれも第1メッシュ電極24には+5000Vの電圧が印加されているものの、試料ホルダー22に印加されている電圧が異なる場合の測定結果である。なお、波形A、波形Bならびに波形Cを取得した際には、質量分析器16の感度などの設定を固定したため、逆電場の各条件に対して質量分解能が異なることがわかる。
【0087】

この図4に示す波形A、波形Bならびに波形Cを比較すると、試料100にフェムト秒レーザー光を1パルス照射する毎に第1メッシュ電極24を通り抜けてくるイオン群のうち、151Euと153Euの2つのピークはいずれでも検出されるものの、SiとSiのピークは、波形A、波形B、波形Cの順で大きくなっている。即ち、SiとSiのピークは、波形Aが最も小さく、波形Cが最も大きくなっている。
【0088】
つまり、試料基板20たるシリコンウェハーに由来するSiクラスターのバックグラウンドは、逆電位の大きさによって変化し、逆電位が強くなるのに従って減少していることが観察された。波形Bや波形Cでは、色々な質量のものが重なり合ってしまい、TOFスペクトルが幅広くなってしまい、試料100の構成元素の検出が困難なものとなっている。
【0089】

上記したようにして、本発明によるイオンの抽出方法によれば、分析装置10において試料100をフェムト秒レーザーアブレーションにより原子イオン化して質量分析する場合に、アブレーション領域たる空間E1へ適切な逆電位を印加するようにしたため、クラスターイオンなどのバックグラウンドイオンを大幅にカットできる。このため、本発明によれば、アブレーション雲中で生成したクラスターイオンなどのバックグラウンドを取り除き、試料100の構成原子イオンのみを抽出して、フェムト秒レーザーアブレーションにより試料表面を原子イオン化して微量元素分析を行う場合、測定質量範囲や検出感度が制限されることがなく、良好な分析結果を得ることができる。
【0090】
また、本発明によるイオンの抽出方法によれば、上記「背景技術」の項に記載したナノ秒レーザーアブレーションと共鳴イオン化レーザーとを利用した手法に比べて、フェムト秒レーザー光の1回の照射でイオン化される原子を、元素によらず一様に引き出すことができるため、1スポットに含まれる多種類の元素を同時に質量分析することができる。
【0091】
また、本発明によるイオンの抽出方法によれば、上記「背景技術」の項に記載した正電場加速によるイオン抽出法と比べて、アブレーションプラズマ中での原子や分子との衝突で減速したクラスターイオンなどのイオンを、逆電場によりカットすることができるため(図2ならびに図3を参照する。)、上記した実施の形態のようにクラスターイオンを生成しやすいシリコンウェハーを試料基板20として試料100がその上に塗布されていても、質量スペクトルのバックグラウンドは大きく軽減され(図4を参照する。)、微量元素分析が可能となる。
【0092】
つまり、本発明によるイオンの抽出方法は、フェムト秒レーザー光のパルス照射によるアブレーションで、試料100や試料基板20から、構成元素の単原子・フラグメント・クラスターといった大量のイオンが噴出しても、試料の構成元素の検出・測定を容易にしかも高精度にすることができる。
【0093】
なお、図7には、本発明によるイオンの抽出方法およびその装置を適用することができるプラズマ密度と電子温度eVの例であり、その時のデバイ長との関係を示す図表である ここで、プラズマの半径をPとし、第1メッシュ電極24のメッシュ穴径をMとし、デバイ長をDとすると、D<M<Pのときには、本発明によるイオンの抽出方法およびその装置を用いた場合にのみイオンを引き出すことができる。また、M<D<PのときやM<P<Dのときなどにおいても、本発明によるイオンの抽出方法およびその装置を用いるイオンを引き出すことができる。
【0094】

以上において説明した上記した実施の形態は、以下の(1)乃至(9)に説明するように変形してもよい。
【0095】
(1)上記した実施の形態においては、超短パルスレーザー光により分子をアブレーションする際には、分子に超短パルスレーザー光を1ショット(1パルス)照射するようにしたが、これに限られるものではないことは勿論であり、分子に超短パルスレーザー光を複数ショット(複数パルス)照射してもよく、分子への照射する超短パルスレーザー光のショット数(パルス数)は適宜に選択すればよい。
【0096】
なお、超短パルスレーザーとは、パルス時間幅が100ナノ秒以下であることが好ましく、特に、1フェムト秒以上1ピコ秒以下の通常はフェムト秒レーザーと称されるレーザーを用いるのが適当である。その尖頭値出力としては、10メガワット以上が好ましく、特に、1ギガワット以上10ギガワット以下が好ましい。
【0097】
なお、本願発明者による実験によれば、例えば、パルス時間幅が120フェムト秒、尖頭値出力2ギガワットの場合には、極めて良好な結果を得ることができた。
【0098】
また、上記したフェムト秒レーザーの他に、ピコ秒レーザーやナノ秒レーザーを用いることも可能である。
【0099】
なお、ナノ秒レーザーとしては、例えば、パルス時間幅が1ナノ秒以上100ナノ秒以下、尖頭値出力が10メガワット以上10ギガワット以下が好ましい。
【0100】
また、超短パルスレーザー光の波長は特に限定されるものではなく、分析対象などに応じて適宜に任意の波長を選択すればよい。即ち、超短パルスレーザー光としては、例えば、X線から遠赤外線までの波長領域、好ましくは、190nm〜11μmの波長領域のものを用いることができる。
【0101】
ここで、X線から遠赤外線までの波長領域は、自由電子レーザーで出力可能な波長領域あり、かつ、レーザーアブレーションのできる波長領域である。また、190nm〜11μmの波長領域は、大気側からレーザー光を導入可能な波長(190nm以上)であり、かつ、市販のパルスレーザーの波長(11μm以下)の波長領域である。
【0102】
(2)上記した実施の形態においては、質量分析器16として反射型飛行時間質量分析器を用いるようにしたが、これに限られるものではないことは勿論であり、四重極質量分析器やイオンサイクロトロン型フーリエ変換質量分析器などの各種の質量分析装置を使用可能なものである。
【0103】
また、上記した実施の形態においては、分子の分析方法として質量分析に関して説明したが、これに限られるものではないことは勿論であり、質量分析以外の分析に関して本発明を用いるようにしてもよい。
【0104】
(3)上記した実施の形態においては、試料100が試料基板20たるシリコンウェハーに固定されるようにしたが、これに限られるものではないことは勿論であり、試料100を支持する試料基板20の材質は、半導体、あるいは、金属や絶縁体であってもよい。超短パルスレーザー光を用いたレーザーアブレーションでは、熱伝導度の高い基板が、より高いイオン検出効率を与えるものである。なお、試料基板20としては固体を用いるものであり、この試料基板20として用いる固体の熱伝導率は0.1W・m−1・K−1以上であることが好ましい。また、試料100の種類に応じては、試料基板20を使用することに限定されないものである。
【0105】
(4)上記した実施の形態において、分子をアブレーションする短パルスレーザー光と分析の対象である分子とは、少なくともいずれか一方を移動させることにより、当該分子をアブレーションする短パルスレーザー光により当該分析の対象である分子を遺漏、重複なくアブレーションして分析を行うように構成してもよい。即ち、試料100を移動する移動手段や、超短パルスレーザー光のターゲットへの照射位置を移動する移動手段を設けるようにすれば、DNAマイクロアレイへの応用において、特に有効である。
【0106】
また、上記した分析装置10の構成も特に限定されるものではなく、例えば、試料100を観察するための顕微鏡装置と、当該顕微鏡装置で観察した試料100の像を解析するとともにその解析結果を表示する表示部を備えた画像解析装置とを配設するようにしてもよい。
【0107】
(5)上記した実施の形態においては、間隔W1として6mmを示し、間隔W2として12mmを示し、電圧V1として+4600Vを示し、電圧V2として+5000Vを示し、電圧V3として0Vを示し、逆電場をつくる電位差は−400Vとしたが、これらの数値は単なる一例に過ぎないものであり、これらは、真空槽12の大きさなどに応じて、例えば、上記の各電圧は500kV以下に、また、上記の各間隔は1m以下に設定することができ、より好ましくは、上記の各電圧は50kV以下に、また、上記の各間隔は10cm以下に設定することができる。
【0108】
即ち、電圧V1と電圧V2との電位差は、フェムト秒レーザー光などの超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより発生されるプラズマ200の中心部200aを第1メッシュ電極24の試料100側へ留まらせる程度でよく、レーザーアブレーションで生成したイオンの運動エネルギーに応じて電位差は、例えば、0〜10kVの範囲で適宜変更することができる。
【0109】
具体的には、例えば、間隔W1を1〜20mmに設定し、間隔W2を1〜30mmに設定し、電圧V1を0〜+10kVに設定し、電圧V2を0〜+10kVに設定し(ただし、電圧V1より電圧V2の電圧が大きいものとする。)、電圧V3を0Vに設定するようにしてもよい。
【0110】
なお、全ての電極において印加する電圧の大きさに制限はないが、放電・電圧リークを抑えることができ大気側から真空中への導入も比較的容易であるという点からは、上記したように50kV以下であることが好ましく、イオン源部14の後段に接続される質量分析器16のようなイオンの分析装置などの装置運用条件に応じて適宜変更すればよい。
【0111】
(6)上記した実施の形態においては、その詳細な説明は省略したが、電圧は常時印加するようにしてもよいし、パルス的に印加するようにしてもよい。
【0112】
即ち、電極間に存在しているイオンに対して定電圧で電場を与えてもよいが、電場はパルス電圧で時間的に区切って発生させるようにしてもよい。
【0113】
(7)上記した実施の形態においては、第2の電極として第1メッシュ電極24を用い、また、第3の電極として第2メッシュ電極26を用いたが、これに限られるものではないことは勿論であり、第2の電極や第3電極としては、イオンが通過可能な開口を備えたものであるならばいずれの形状のものも用いることができる。
【0114】
(8)上記した実施の形態においては、第1の電極としての試料ホルダー22と第2の電極として第1メッシュ電極24とにより形成される逆電場の領域には他の電極を配置しておらず、また、第2の電極として第1メッシュ電極24と第3の電極として第2メッシュ電極26とにより形成される順電場の領域には他の電極を配置していない。しかしながら、図8に示すように、第1の電極と第2の電極との間に第4の電極を配置して、逆電場の領域に多段的に電位勾配を設けるようにしてもよいし、同様に、第2の電極と第3の電極との間に第5の電極を配置して、逆電場の領域に多段的に電位勾配を設けるようにしてもよい。
【0115】
また、第1の電極と第2の電極との間に配置する電極の数は図8に示すように1個に限られるものではなく、第1の電極と第2の電極との間に電極を複数個配置するようにして、電位勾配を多段的に形成するようにしてもよい。同様に、第2の電極と第3の電極との間に配置する電極の数は図8に示すように1個に限られるものではなく、第2の電極と第3の電極との間に電極を複数個配置するようにして、電位勾配を多段的に形成するようにしてもよい。
【0116】
上記のように逆電場の領域に多段的に電位勾配を設けると、プラズマを変形させたり電荷と運動エネルギーに制限をかけ、電極通過時にフィルターをかけるという作用効果があり、また、上記のように順電場の領域に多段的に電位勾配を設けると、電圧をパルスで印加することにより選択的にイオンを加速でき、また、質量分解能を向上させるという作用効果がある。
【0117】
なお、第1の電極と第2の電極との間と第2の電極と第3の電極との間とのいずれか一方にのみ他の電極を配置するようにしてもよいし、第1の電極と第2の電極との間と第2の電極と第3の電極との間との双方に他の電極を配置する際には、双方の間で配置する他の電極の数は異なってもよい。
【0118】
(9)上記した実施の形態ならびに上記(1)乃至(8)に示す変形例は、適宜に組み合わせるようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明は、一般的な微量元素分析にとどまらず、医学や生化学などのライフサイエンスの分野における生体組織の分析に利用されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0120】
【図1】図1は、本発明によるイオンの抽出方法およびその装置の実施の形態の一例として、本発明によるイオンの抽出方法およびその装置を実施した分子の質量分析を行う分析装置の構成の一例を示す概念構成説明図である。
【図2】図2は、試料に超短パルスレーザー装置から出射されたフェムト秒レーザー光を照射してアブレーションした場合を模式的に示す説明図である。
【図3】図3は、試料に超短パルスレーザー装置から出射されたフェムト秒レーザー光を照射してアブレーションした場合において、図2に示したプラズマが存在しない状態を模式的に示す説明図である。
【図4】図4は、本願発明者による実験結果を示すグラフであり、試料にフェムト秒レーザー光を照射した際に質量分析器によって測定された試料の質量スペクトル(TOFスペクトル)を示す。
【図5】図5は、LIF観測装置の構成説明図である。
【図6】図6は、プラズマを減速させて閉じ込めた様子のLIF画像である。
【図7】図7は、本発明によるイオンの抽出方法およびその装置を適用することができるプラズマ密度と電子温度eVの例であり、その時のデバイ長との関係を示す図表である。
【図8】図8は、逆電場の領域と順電場の領域とに電位勾配を設けた例を示す構成説明図である。
【符号の説明】
【0121】
10 分析装置
12 真空槽
14 イオン源部
16 質量分析器
18 超短パルスレーザー装置
20 試料基板
22 試料ホルダー
24 第1メッシュ電極
26 第2メッシュ電極
100 試料
200 プラズマ
300 試料の構成原子イオン
302 クラスターイオン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析対象に超短パルスレーザー光を照射して該分析対象をアブレーションすることにより、該分析対象を構成原子に原子化し、該原子化した構成原子をイオン化し、該イオン化した構成原子のイオンを抽出するイオンの抽出方法であって、
逆電場をかけて前記アブレーションにより得られたイオンを減速した後に、順電場をかけて前記アブレーションにより得られたイオンから所定のイオンを加速することによりバックグラウンドイオンを除去して前記所定のイオンを抽出する
ことを特徴とするイオンの抽出方法。
【請求項2】
請求項1に記載のイオンの抽出方法において、
前記アブレーションにより得られたイオンは、プラズマを構成しており、
前記プラズマに逆電場を作用させて前記プラズマを減速するとともに、前記プラズマに順電場を作用させて前記所定のイオンとして前記プラズマを構成するイオンを加速する
ことを特徴とするイオンの抽出方法。
【請求項3】
請求項1に記載のイオンの抽出方法において、
前記アブレーションにより得られたイオンは、プラズマを構成しており、
前記プラズマは、外部電場のかからない高密度領域たる中心部と前記中心部の外周に位置する外部電場のかかる領域たるシース部とよりなり、
前記シース部に逆電場が作用して前記プラズマを減速するとともに、前記シース部に順電場を作用させて前記所定のイオンとして前記シース部を構成するイオンのみを加速する
ことを特徴とするイオンの抽出方法。
【請求項4】
請求項1に記載のイオンの抽出方法において、
前記アブレーションにより得られたイオンは、クラスターイオンを含み、
前記クラスターイオンに逆電場を作用させて前記クラスターイオンを減速し、前記バックグラウンドイオンとして前記クラスターイオンを除去する
ことを特徴とするイオンの抽出方法。
【請求項5】
請求項1、2、3または4のいずれか1項に記載のイオンの抽出方法において、
前記超短パルスレーザー光は、フェムト秒レーザー光、ピコ秒レーザー光またはナノ秒レーザー光である
ことを特徴とするイオンの抽出方法。
【請求項6】
分析対象に超短パルスレーザー光を照射して該分析対象をアブレーションすることにより、該分析対象を構成原子に原子化し、該原子化した構成原子をイオン化し、該イオン化した構成原子のイオンを抽出するイオンの抽出装置において、
分析対象に超短パルスレーザー光を照射する超短パルスレーザー装置と、
前記超短パルスレーザー装置による前記分析対象への超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより得られたイオンを減速する逆電場を生成する逆電場生成手段と、
前記逆電場生成手段により生成された逆電場により減速されたイオンに対して作用させて前記アブレーションにより得られたイオンから所定のイオンを加速する順電場を生成する順電場生成手段と
を有することを特徴とするイオンの抽出装置。
【請求項7】
請求項6に記載のイオンの抽出装置において、
前記逆電場生成手段は、前記分析対象に隣接して配置されるとともに第1の電圧が印加される第1の電極と、前記第1の電極から所定の第1の間隔を開けて配置されるとともに第2の電圧が印加される第2の電極とを有して構成され、
前記順電場生成手段は、前記第2の電極と、前記第2の電極から所定の第2の間隔を開けて配置されるとともに第3の電圧が印加される第3の電極とを有して構成された
ことを特徴とするイオンの抽出装置。
【請求項8】
請求項6または7に記載のイオンの抽出装置において、
前記超短パルスレーザー装置による前記分析対象への超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより得られたイオンは、プラズマを構成しており、
前記逆電場生成手段は、前記プラズマに逆電場を作用させて前記プラズマを減速し、
前記順電場生成手段は、前記プラズマに順電場を作用させて前記所定のイオンとして前記プラズマを構成するイオンを加速する
ことを特徴とするイオンの抽出装置。
【請求項9】
請求項6または7に記載のイオンの抽出装置において、
前記超短パルスレーザー装置による前記分析対象への超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより得られたイオンは、プラズマを構成しており、
前記プラズマは、外部電場のかからない高密度領域たる中心部と前記中心部の外周に位置する外部電場のかかる領域たるシース部とよりなり、
前記逆電場生成手段は、前記シース部に逆電場を作用させて前記プラズマを減速し、
前記順電場生成手段は、前記シース部に順電場を作用させて前記所定のイオンとして前記シース部を構成するイオンのみを加速する
ことを特徴とするイオンの抽出装置。
【請求項10】
請求項6または7に記載のイオンの抽出装置において、
前記超短パルスレーザー装置による前記分析対象への超短パルスレーザー光の照射によるアブレーションにより得られたイオンは、クラスターイオンを含み、
前記逆電場生成手段は、前記クラスターイオンに逆電場を作用させて前記クラスターイオンを減速する
ことを特徴とするイオンの抽出装置。
【請求項11】
請求項6、7、8、9または10のいずれか1項に記載のイオンの抽出装置において、
前記超短パルスレーザー装置は、フェムト秒レーザー光を照射するフェムト秒レーザー装置、ピコ秒レーザー光を照射するピコ秒レーザー装置またはナノ秒レーザー光を照射するナノ秒レーザー装置である
ことを特徴とするイオンの抽出装置。
【請求項12】
請求項6、7、8、9、10または11のいずれか1項に記載のイオンの抽出装置において、
前記逆電場の電位差は、0〜10kVである
ことを特徴とするイオンの抽出装置。
【請求項13】
請求項7、8、9、10、11または12のいずれか1項に記載のイオンの抽出装置において、
前記第1の電圧、前記第2の電圧および前記第3の電圧は、それぞれ50kV以下である
ことを特徴とするイオンの抽出装置。
【請求項14】
請求項7、8、9、10、11、12または13のいずれか1項に記載のイオンの抽出装置において、
前記第1の間隔は1〜20mmであり、
前記第2の間隔は1〜30mmであり、
前記第1の電圧は0〜+10kVであり、
前記第2の電圧は0〜+10kVであり、
前記第3の電圧は0Vであり、
前記第1の電圧より前記第2の電圧が大きい
ことを特徴とするイオンの抽出装置。
【請求項15】
請求項14に記載のイオンの抽出装置において、
前記第1の間隔は6mmであり、
前記第2の間隔は12mmであり、
前記第1の電圧は+4600Vであり、
前記第2の電圧は+5000Vであり、
前記第3の電圧は0Vである
ことを特徴とするイオンの抽出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−57432(P2007−57432A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−244648(P2005−244648)
【出願日】平成17年8月25日(2005.8.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度、文部科学省21世紀型革新的ライフサイエンス技術開発プログラム「フェムト秒レーザーを利用した高速・高精度遺伝子発現解析技術の開発」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】