説明

イオン交換ガラス物品の製造方法

【課題】化学強化処理において溶融塩の寿命を長く保つことができ、安定した特性の強化ガラス製品が得られるイオン交換ガラス物品の製造方法を提供する。
【解決手段】Li含有組成のガラス物品を、当該ガラスに含まれるLiよりもイオン半径が大きいアルカリ金属元素を含む溶融塩融解液と接触させることにより、前記ガラス物品中のLiと前記溶融塩融解液中のアルカリ金属とをイオン交換するイオン交換工程を含むイオン交換ガラス物品の製造方法である。ここで、上記溶融塩融解液には、NaF、KF、KAlF、NaCO、NaHCO、KCO、KHCO、NaSO、KSO、KAl(SO)、NaPO、KPOからなる群より選ばれる少なくとも1種類の添加物を添加して、当該添加物が固体状態で上記イオン交換工程を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハードディスクドライブ(HDD)等の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスク用ガラス基板や、強化ガラスを用いた配線基板、実装基板などの高い強度を要求されるガラス物品に好ましく適用できるイオン交換ガラス物品の製造方法に関するものであり、特に磁気ディスク用ガラス基板に好適な製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガラス物品の強度を向上させるため、通常、物理強化処理や、化学強化処理を行っている。このうち、化学強化処理とは、溶融させた化学強化塩とガラス物品とを接触させることにより、化学強化塩中の相対的に大きなイオン半径のアルカリ金属元素とガラス中の相対的に小さなイオン半径のアルカリ金属元素とをイオン交換して、ガラス物品の表面に圧縮応力を生じさせる処理のことである。たとえばガラス中にLi、Na、K等のアルカリ金属が存在する場合、より大きなイオン半径を持つアルカリ金属と置換(ガラス中のLiに対しては、イオン半径のより大きなNa、Kと、ガラス中のNaに対しては、イオン半径のより大きなKとそれぞれ置換)することにより、ガラス表面層に圧縮応力を形成して、ガラス物品の強度を向上させ、耐衝撃性を高めることができる。
【0003】
ところで、このような化学強化処理を行っていると、ガラスから溶出する例えばLiイオンが溶融塩中に蓄積され、溶融塩中のLiイオン濃度が次第に高くなってくると、イオン交換が進行し難くなるという問題が生じることが従来知られていた。
【0004】
特許文献1には、ソーダライムガラスを、KNO、KSO、KClの混合溶融塩で化学強化処理する際に、この混合溶融塩にKイオンに富むヘクトライトとして知られる特殊な粘土粒子を添加することで、ソーダライムガラスから出されるNaイオンの混合溶融塩中の濃度を低く維持できることが開示されている。また、この特許文献1には、上記ヘクトライト以外にも、強化処理液を再生する物質として、ベントナイトやモンモリロナイト等の粘土もしくは粘土鉱物や、ケイ酸塩、ホウ酸塩、ガラス質および非ガラス質のアルミノ珪酸塩、プロトンやアルカリ金属イオンを固定することのできる固体ゲル等が例示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭46−39117号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記特許文献1には、強化処理液を再生するためのメカニズムが開示されておらず、使用するガラスの種類や、溶融塩の種類によっては、再生が不十分であったり、使用できないものが含まれていた。また、使用されるガラス物品の用途によっては、用途によって求められる強度以外の特性等を満足することができないために使用できないという問題もある。
【0007】
特に、近年化学強化処理が施されるガラス物品としては、例えば、HDD等の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスク用のガラス基板や、強化ガラスを用いた配線基板、実装基板などが挙げられる。
このうち、磁気ディスク用ガラス基板は、高い強度や耐衝撃性に加えて、その主表面は、超平滑な表面性と清浄性が求められている。具体的には、例えば、原子間力顕微鏡(AFM)で測定したときのガラス基板主表面の表面粗さ(Ra)は0.15nm以下であることが要求されており、ヘッドクラッシュを起さないために主表面には付着物が存在しないことが求められており、従来と比べて著しく平滑かつ清浄な表面が求められている。
【0008】
このような状況下で、上記特許文献1に開示されたような化学強化処理液の再生方法を適用しても、粘土等の再生物質がガラス基板表面に付着してしまい、その後の洗浄処理で除去できなかったりして磁気ディスク用ガラス基板として使用できない虞がある。さらに、上記特許文献1に開示の再生物質を添加した場合でも、化学強化による内径ばらつきや強度ばらつきが大きかったりする虞があり、安定した特性の強化ガラスが得られ難いという問題がある。
【0009】
本発明はこのような従来の課題を解決すべくなされたものであって、その目的は、化学強化処理において溶融塩の寿命を長く保つことができ、安定した特性の強化ガラス製品が得られるイオン交換ガラス物品の製造方法を提供することである。特に、HDD等の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスク用のガラス基板に好適なイオン交換ガラス物品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、以下の構成を有する発明によれば上記課題を解決できることを見出した。
すなわち、本発明は以下の構成を有する。
【0011】
(構成1)
Li含有組成のガラス物品を、当該Liよりもイオン半径が大きいアルカリ金属元素を含む溶融塩融解液と接触させることにより、前記ガラス物品中のLiと前記溶融塩融解液中のアルカリ金属とをイオン交換する、イオン交換ガラス物品の製造方法であって、NaF、KF、KAlF、NaCO、NaHCO、KCO、KHCO、NaSO、KSO、KAl(SO)、NaPO、KPOからなる群より選ばれる少なくとも1種類の添加物を前記溶融塩融解液に添加して、前記添加物が固体状態で前記イオン交換を行うことを特徴とするイオン交換ガラス物品の製造方法である。
【0012】
(構成2)
Na含有組成のガラス物品を、当該Naよりもイオン半径が大きいアルカリ金属元素を含む溶融塩融解液と接触させることにより、前記ガラス物品中のNaと前記溶融塩融解液中のアルカリ金属とをイオン交換する、イオン交換ガラス物品の製造方法であって、KCl、KBr、KF、KAlF、KCO、KHCO、KSO、KAl(SO)、KPOからなる群より選ばれる少なくとも1種類の添加物を前記溶融塩融解液に添加して、前記添加物が固体状態で前記イオン交換を行うことを特徴とするイオン交換ガラス物品の製造方法である。
【0013】
(構成3)
Li含有組成のガラス物品を、当該Liよりもイオン半径が大きいアルカリ金属元素を含む溶融塩融解液と接触させることにより、前記ガラス物品中のLiと前記溶融塩融解液中のアルカリ金属とをイオン交換する、イオン交換ガラス物品の製造方法であって、前記溶融塩融解液の加熱温度よりも融点が高く、かつ、前記イオン交換工程によってガラスから前記溶融塩融解液中に溶出したLiと反応して、当該Liの化合物を前記溶融塩融解液中に固体として析出させる添加物を前記溶融塩融解液に添加して、前記添加物が固体状態で前記イオン交換を行うことを特徴とするイオン交換ガラス物品の製造方法である。
【0014】
(構成4)
前記イオン交換は、低温型イオン交換であることを特徴とする構成1乃至3のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法である。
【0015】
(構成5)
前記イオン交換工程によって前記溶融塩融解液中に析出する析出物がガラス物品の表面に付着しても、前記イオン交換工程後にガラス物品を洗浄することによって当該ガラス物品の表面に付着した析出物が除去可能であるような前記添加物を選択することを特徴とする構成1乃至4のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法である。
【0016】
(構成6)
前記イオン交換工程によって前記溶融塩融解液中に析出する析出物が前記溶融塩融解液とは比重が異なるように前記添加物を選択することを特徴とする構成1乃至5のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法である。
【0017】
(構成7)
前記添加物はアルカリ金属成分を含む化合物であることを特徴とする構成3乃至6のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法である。
【0018】
(構成8)
前記添加物に含まれるアルカリ金属成分が、前記溶融塩融解液に含まれるアルカリ金属と同じものを含むことを特徴とする構成7に記載のイオン交換ガラス物品の製造方法である。
【0019】
(構成9)
前記ガラス物品が、磁気ディスク用ガラス基板であることを特徴とする構成1乃至8のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明のイオン交換ガラス物品の製造方法によれば、化学強化処理において溶融塩の寿命を長く保つことができ、強度ばらつき等の小さい安定した特性の強化ガラス製品を得ることができる。特に、HDD等の磁気ディスク装置に搭載される磁気ディスク用のガラス基板に好適な、安定した特性のイオン交換ガラス物品を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態を詳述する。
本発明の実施の形態の1つは、上記構成1にあるように、Li含有組成のガラス物品を、当該ガラスに含まれるLiよりもイオン半径が大きいアルカリ金属元素を含む溶融塩融解液と接触させることにより、前記ガラス物品中のLiと前記溶融塩融解液中のアルカリ金属とをイオン交換するイオン交換工程を含むイオン交換ガラス物品の製造方法であって、NaF、KF、KAlF、NaCO、NaHCO、KCO、KHCO、NaSO、KSO、KAl(SO)、NaPO、KPOからなる群より選ばれる少なくとも1種類の添加物を前記溶融塩融解液に添加して、前記添加物が固体状態で前記イオン交換工程を行うことを特徴とするものである。
【0022】
また、本発明の実施の形態の2つ目は、上記構成2にあるように、Na含有組成のガラス物品を、当該ガラスに含まれるNaよりもイオン半径が大きいアルカリ金属元素を含む溶融塩融解液と接触させることにより、前記ガラス物品中のNaと前記溶融塩融解液中のアルカリ金属とをイオン交換するイオン交換工程を含むイオン交換ガラス物品の製造方法であって、KCl、KBr、KF、KAlF、KCO、KHCO、KSO、KAl(SO)、KPOからなる群より選ばれる少なくとも1種類の添加物を前記溶融塩融解液に添加して、前記添加物が固体状態で前記イオン交換工程を行うことを特徴とするものである。
【0023】
本発明の重要な特徴は、化学強化処理において溶融塩の寿命を長く保つことができ、安定した特性の強化ガラス製品が得られることである。すなわち、溶融塩の長寿命化と強化ガラス製品の特性の安定化である。
【0024】
前記したように、この化学強化処理とは、溶融させた化学強化塩とガラス物品とを接触させることにより、化学強化塩中の相対的に大きなイオン半径のアルカリ金属元素と、ガラス中の相対的に小さなイオン半径のアルカリ金属元素とをイオン交換し、ガラス物品の表面に圧縮応力を生じさせる処理のことである。
【0025】
例えば、アルカリ金属としてLi、Na、Kを含有するガラスの場合、それを例えばKNOとNaNOの混合溶融塩融解液中に浸漬することにより、イオン半径の小さなアルカリイオンの一部を、それよりイオン半径の大きなアルカリ金属と置換することで化学強化を行っている。なお、イオン半径の大きさの順番は、Li<Na<Kである。
【0026】
Liを含む組成のガラス物品をNaおよび/またはKを含む溶融塩融解液でイオン交換すると、ガラス中からLiイオンが溶出することとなる。そして、溶融塩融解液中のLiイオンが増加すると、イオン交換によってガラス中に導入されたガラス中のNa、Kと溶融塩融解液中のLiイオンが平衡状態になってしまい、これ以上時間をかけても溶融塩のNa、Kイオンはガラスの中に入らなくなってしまう。
【0027】
そこで、従来は、化学強化の妨害イオンとなる溶融塩融解液中のLiイオン濃度がある一定値に達する前に、溶融塩融解液を新しいものと交換する必要があった。従来の場合、新品の溶融塩融解液のストック量を多く保管しなければならないだけでなく、ガラスの強化度も溶融塩融解液中のLiイオン濃度と共に変化し、均一な特性の強化ガラスができないという問題が生じる。
【0028】
このような従来の課題を解決するため、本発明では、溶融塩融解液の加熱温度(溶融塩が融解している温度)、すなわち、イオン交換を行う温度では固体であり、ガラスから溶融塩融解液中に溶出したLiイオン(またはNaイオン)と反応して、当該Liイオン(またはNaイオン)を析出物として系外、すなわち、溶融塩融解液外(液体状態外)へ排出するための添加物を使用する。このような添加物として、例えばKNOとNaNOの混合溶融塩融解液や、KNOまたはNaNO単独の溶融塩融解液の加熱温度(イオン交換温度)では固体であるNa、Kの塩(例えば炭酸塩)を使用した場合、溶融塩融解液中では、これらNa、Kの炭酸塩は固体のままであるが、溶融塩融解液中に存在するLiイオンと炭酸塩のNa、Kと置換反応を起こし、LiCOを生成させ、固体として沈殿除去することができる。
【0029】
以上は、アルカリ金属としてLi、Na、Kを含有するガラスを化学強化する場合を例に説明したが、ガラス中にLiが入っておらず、NaとKが含まれているガラス、またはNaが含まれているガラスをイオン交換する場合には、例えば、溶融塩の組成(主剤)として、KNOを用い、添加剤としてKの炭酸塩であるKCOを添加すればよい。
【0030】
つまり、この場合、化学強化の妨害イオンは、Naイオンになるので、Naイオンを選択的に炭酸塩として沈殿させ、反応系から除去する。因みに、NaCOの融点は851℃、KCOの融点は891℃であるので、この温度以下でイオン交換を行うことにより、NaCOまたはKCOを析出物として、溶融塩融解液から固体として析出させることができる。
溶融塩融解液中にこのような添加剤を添加せずに化学強化処理を行うと(従来法)、溶融塩融解液中に次第にNaイオンが蓄積され、ガラス中に戻ってしまい、強化反応が進み難くなる。
【0031】
本発明は、化学強化が可能な、アルカリ金属としてLiとNaの少なくともいずれかを含有する組成のガラス物品に適用することが可能である。以上説明したLi、Na、Kを含有するガラス、NaとKを含有するガラスの他に、Liを含有するガラス、LiとNaを含有するガラス、LiとKを含有するガラス、Naを含有するガラス等の化学強化に適用することができる。
【0032】
以上のように、各種ガラスを化学強化するための溶融塩組成は、各ガラスの組成により異なり、また本発明において、溶融塩の寿命を長く保ち、化学強化の安定性を一定にするために加える添加物の物質も異なるが、例えばLi含有組成のガラス物品に対しては、要するに、溶融塩融解液の加熱温度(イオン交換温度)よりも融点が高く、かつ、イオン交換工程によってガラスから溶融塩融解液中に溶出したLiと反応して、当該Liの化合物を溶融塩融解液中に固体として析出させる添加物を溶融塩融解液に添加して、当該添加物が固体状態で上記イオン交換工程を行うことである。
【0033】
さらに望ましいことは、その生成物や添加物が例えば水に溶解することで洗浄により除去できるものが望ましく、また、添加物とガラスから溶出した妨害イオンとの反応から、溶融塩主剤が再生されるものが特に望ましい。
【0034】
本発明においては、溶融塩融解液中に添加する添加物としては、例えばNa、Kの炭酸塩、リン酸塩、硫酸塩、フッ化物などが好ましく挙げられる。
以下に、本発明におけるガラス強化塩組成と添加物の好ましい組み合わせの主な具体例を挙げるが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0035】
アルカリ金属としてLiを含有するガラス、LiとNaを含有するガラス、LiとKを含有するガラス、LiとNaとKを含有するガラスの化学強化においては、溶融塩の主剤の組成は、例えば、NaNO、KNO、NaNOとKNOの混合塩のいずれかを好ましく用いることができ、これらいずれの溶融塩に対しても、添加物としては、例えばNaF、KF、KAlF、NaCO、NaHCO、KCO、KHCO、NaSO、KSO、KAl(SO)、NaPO、KPOからなる群より選ばれる少なくとも1種類の添加物を好ましく用いることができる。
【0036】
また、Liを含まないガラス組成の場合であり、アルカリ金属としてNaを含有するガラス、NaとKを含有するガラスの化学強化においては、溶融塩の主剤の組成は、例えば、KNOを好ましく用いることができ、この溶融塩に対しては、添加物としては、例えばKCl、KBr、KF、KAlF、KCO、KHCO、KSO、KAl(SO)、KPOからなる群より選ばれる少なくとも1種類の添加物を好ましく用いることができる。
【0037】
また、上記添加物のうち、本発明においては、上記アルカリ金属の炭酸塩が最も好ましく、硫酸塩が特に好ましく、リン酸塩がより好ましく、次いでフッ化物が好ましい。このうち、イオン交換を行う化学強化槽にダメージを与えないためや、イオン交換を行った後の強化ガラス物品の洗浄によって当該ガラス物品の表面を侵したりしない点で、硫酸塩、炭酸塩、リン酸塩が好ましい。また、上記ガラス物品が磁気ディスク用ガラス基板である場合には、イオン交換工程およびその後の洗浄処理によって、表面粗さの増大を抑制するためには、中性である硫酸塩、弱塩基である炭酸塩を用いることが特に好ましい。
【0038】
また、上記添加物の選択に当たっては、イオン交換工程によってガラスから溶融塩融解液中に溶出したイオン半径の小さなアルカリ金属、例えばLiと上記添加物との反応により溶融塩融解液中に固体として析出される反応生成物が、化学強化処理後に基板表面に付着した化学強化溶融塩を除去する際(例えば化学強化処理後のガラス基板の温度を下げる冷却工程(ヒートショック工程とも呼ばれる)や、化学強化処理後の洗浄工程などの水と接触する際)に、ガラス基板表面上で中性溶液を形成する材料となるよう選択することが望ましい。その理由は、上記反応生成物が水と接触した際、例えば強アルカリ性になると、ガラス表面がエッチングされて表面粗さを悪化させる恐れがあるためである。
【0039】
上記のとおり、例えばアルカリ金属としてLiを含有するガラスの化学強化においては、上記添加物として、例えばNaやKの硫酸塩、炭酸塩などが用いられるが、このうちNaやKの硫酸塩を溶融塩融解液に添加した場合、以下の化学反応式で示されるように、溶融塩融解液中に存在するガラスから溶出したLiイオン(LiNOとして存在)と上記硫酸塩のNa、Kと置換反応を起こし、LiSOを生成させる。
2LiNO+ NaSO→ LiSO+ 2NaNO
2LiNO+ KSO→ LiSO+ 2KNO
この場合のLiSOは、溶融塩融解液中で固体として析出されるが、化学強化処理後のガラス基板の冷却工程や洗浄工程などにおいて水と接触した際、溶解して中性となり、ガラス基板表面上で中性溶液(PH=7付近)を形成するので、ガラス基板の表面粗さを悪化させることがなく好適である。
【0040】
一方、NaやKの炭酸塩を溶融塩融解液に添加した場合、以下の化学反応式で示されるように、溶融塩融解液中に存在するガラスから溶出したLiイオン(LiNOとして存在)と上記炭酸塩のNa、Kと置換反応を起こし、LiCOを生成させる。
2LiNO+ NaCO→ LiCO+ 2NaNO
2LiNO+ KCO→ LiCO+ 2KNO
この場合のLiCOは、溶融塩融解液中で固体として析出されるが、化学強化処理後のガラス基板の冷却工程や洗浄工程などにおいて水と接触した際、溶解して強アルカリ性となり、ガラス基板表面上で強アルカリ性溶液(PH>10)を形成するので、多少なりともガラス基板の表面粗さを悪化させたり、化学強化槽(一般的にはステンレス材料)を腐食させたりする恐れがある。
【0041】
従って、アルカリ金属としてLiを含有するガラスの化学強化においては、化学強化処理後のガラス基板の表面粗さの観点からは、上記添加物として特にNaやKの硫酸塩を用いるのが好ましい。このうち、Kの硫酸塩を用いると、上記化学反応式のとおり、KNOを生成するため、化学強化の進行とともに減少する溶融塩融解液中のKイオンの補給もできるのでより好ましい。
なお、NaやKの炭酸塩を溶融塩融解液に添加した場合は、冷却工程や洗浄工程などで水と接触する以前に、弱酸や緩衝溶液と接触させてガラス表面の溶液を中性領域にすると、表面粗さの悪化を抑制することができるため望ましい。
【0042】
また、添加物の添加量については、ガラスから溶融塩融解液に溶出してくるイオンを固体析出物として析出できる量であればよく、下に沈殿もしくは大量に浮遊などして強化の邪魔にならない程度の量であればよい。また、添加物の添加形態としては、例えば、イオン交換を行う前に添加していてもよく、また例えばバッチ処理によって多数のガラス物品をイオン交換する場合には、バッチ処理毎や、数バッチ毎に添加物を添加してもよい。なお、イオン交換を行う化学強化槽の構造としては、例えば、複数枚のガラスを一度にイオン交換した後、ガラスを入れ替えるバッチ式の強化槽としてもよく、連続的にガラスを搬送してイオン交換を行う連続式の強化槽としてもよい。
【0043】
以上説明したとおり、本発明においては、溶融塩融解液に添加する添加物が溶融塩融解液の加熱温度よりも融点が高く、当該添加物が固体状態でイオン交換工程を行うこと、かつ、当該添加物を溶融塩融解液に添加することで、イオン交換工程によってガラスから溶融塩融解液中に溶出したイオン半径の小さなアルカリ金属、例えばLiと反応して、当該Liの化合物を溶融塩融解液中に固体として析出させることが重要なポイントである。本発明においては、上記添加物を溶融塩融解液に添加することにより、ガラスから溶出した、化学強化を妨害するイオン半径の小さなアルカリ金属イオンがイオンとして溶融塩融解液中に存在することを防ぐため、当該イオンの化合物を固体として析出させて、これら妨害イオンの蓄積を抑えることができる。
【0044】
また、化学強化を行うガラスにLiが含まれている場合には、LiイオンはNaイオン等と比べて溶融塩融解液中に溶出しやすいため、本発明は、Liを含有する組成のガラスの化学強化に対して特に有効である。
【0045】
なお、イオン交換工程によって溶融塩融解液中に析出する析出物がガラス物品の表面に付着しても、イオン交換工程後にガラス物品を洗浄することによって当該ガラス物品の表面に付着した析出物が除去可能であるような添加物を選択することが特に好ましい。そのためには、析出物が例えば水や酸、弱アルカリ等に溶解するものであることが好ましい。
【0046】
また、イオン交換工程によって溶融塩融解液中に析出する析出物が溶融塩融解液とは比重が異なるように添加物を選択することが特に好ましい。フィルター等で濾過することにより、溶融塩融解液中から析出物を取り除くことが容易になるからである。
特に、上記析出物が、イオン交換を行う化学強化槽の底部に溜まる、または、溶融塩融解液中に浮くように、溶融塩の組成および添加物の組成を決定することが好ましい。析出物が化学強化槽の底部に溜まるように、溶融塩の組成および添加物を決定する場合には、イオン交換される物品の表面に上記析出物が付着することを防止できることができる。また、析出物が溶融塩融解液中に浮くように溶融塩の組成および添加物を決定する場合には、上記析出物の除去が容易になる。特に、磁気ディスク用ガラス基板の場合には、基板表面に異物が付着しないことが要求されており、上記析出物が付着しないことが特に好ましい。
【0047】
また、添加物の添加形態としては、例えば、粉体状で溶融塩融解液に添加してもよく、また、例えば、ペレットのような塊状で添加してもよい。特に、溶融塩融解液中に溶出してくるガラス組成中のアルカリ金属イオンとの反応表面積の観点および取り扱いの容易さの観点から、5〜50gの塊状で添加することがより好ましい。また、溶融塩融解液を循環式として、循環路の途中でフィルターを設けて、上記析出物を捕捉する構成としてもよい。
【0048】
また、本発明に用いる添加物はアルカリ金属成分を含む化合物であることが好ましく、とりわけ添加物に含まれるアルカリ金属成分が、溶融塩融解液に含まれるアルカリ金属と同じものを含むことが特に好ましい。添加物に含まれるアルカリ金属成分が、溶融塩融解液に含まれるアルカリ金属と同じものである必要は必ずしもないが、同じものである場合には、ガラス中のアルカリ金属イオンと溶融塩融解液中のアルカリ金属イオンとのイオン交換によって、減少した溶融塩融解液中のアルカリ金属イオンを、添加物中に含まれるアルカリ金属イオンで補うことができるためより好ましい。これについて、詳細に説明すると、ガラスから溶融塩融解液中に溶出されたアルカリ金属イオンは、添加物と固相反応を起して、析出物となる。このとき、添加物からはアルカリ金属イオンが放出されることになる。この添加物から放出されるアルカリ金属イオンを、ガラスとイオン交換を行う溶融塩融解液中のアルカリ金属イオンと同じものとしておくことにより、イオン交換によって減少した溶融塩融解液中のアルカリ金属イオンを補充することができる。つまり、上記とすることで、溶融塩主剤が再生され、溶融塩中のアルカリ金属イオン濃度を一定に保つという観点からは、同じものであることがより望ましい。この場合、溶融塩は原理的には半永久的に使用することができ、溶融塩を交換する必要がなく、必要に応じて追加及び時々不要な反応生成物を除去する程度でよい。
【0049】
以上説明したように、本発明においては、イオン交換工程によりガラスから溶出してくるイオン半径の小さなアルカリ金属イオンが溶融塩融解液中に蓄積して、イオン交換を妨害するのを抑えることができるので、溶融塩の寿命を長く保つことができ、溶融塩の交換回数を著しく減らすことが可能になる。上記のように、溶融塩の交換を実質的に無くすことも可能である。また、従来のような溶融塩中の妨害イオンの濃度変化によってガラスの強化度が変化するといった不都合が生じないので、強度のばらつきが小さく、均一な特性の強化ガラス製品が安定して製造できる。
【0050】
本発明は、磁気ディスク用ガラス基板の製造に特に好適である。磁気ディスク用ガラス基板は、他のガラス物品と比べても強い強度が求められており、強度向上のためには化学強化処理が必要不可欠である。以下に本発明を好適に用いることができる磁気ディスク用ガラス基板およびその製造方法について説明する。
【0051】
磁気ディスク用ガラス基板は、通常、粗研削工程(粗ラッピング工程)、形状加工工程、精研削工程(精ラッピング工程)、端面研磨工程、主表面研磨工程(第1研磨工程、第2研磨工程)、化学強化工程、等を経て製造される。
この磁気ディスク用ガラス基板の製造は、まず、溶融ガラスからダイレクトプレスにより円盤状のガラス基板(ガラスディスク)を成型する。なお、このようなダイレクトプレス以外に、ダウンドロー法やフロート法で製造された板ガラスから所定の大きさに切り出してガラス基板(ガラスディスク)を得てもよい。次に、この成型したガラス基板(ガラスディスク)に寸法精度及び形状精度を向上させるための研削(ラッピング)を行う。この研削工程は、通常両面ラッピング装置を用い、ダイヤモンド等の硬質砥粒を用いてガラス基板主表面の研削を行う。こうしてガラス基板主表面を研削することにより、所定の板厚、平坦度に加工するとともに、所定の表面粗さを得る。
【0052】
この研削工程の終了後は、高精度な平面を得るための鏡面研磨加工を行う。ガラス基板の鏡面研磨方法としては、酸化セリウムやコロイダルシリカ等の金属酸化物の研磨材を含有するスラリー(研磨液)を供給しながら、ポリウレタン等の研磨パッドを用いて行うのが好適である。
従来研磨加工に用いられていた研磨液は、基本的には研磨材と溶媒である水の組合せであり、さらに研磨液のpHを調整するためのpH調整剤や、その他の添加剤が必要に応じて含有されている。
【0053】
コロイダルシリカ砥粒等を含む研磨液を組成するには、純水、例えばRO水を用いて研磨液とすればよい。ここでRO水とは、RO(逆浸透圧膜)処理された純水のことである。RO処理及びDI処理(脱イオン処理)されたRO−DI水を用いると特に好ましい。RO水或いはRO−DI水は不純物、例えばアルカリ金属の含有量が極めて少ない上に、イオン含有量も少ないからである。
【0054】
研磨工程に適用される研磨液は、例えば酸性域に調整されたものが用いられる。例えば、硫酸を研磨液に添加して、pH=2〜4の範囲に調整される。酸性域に調整された研磨液を好適に用いる理由は、生産性及び清浄性の観点からである。
【0055】
研磨液に含有されるコロイダルシリカ等の研磨砥粒は、平均粒径が10〜100nm程度のものを使用するのが研磨効率の点からは好ましい。特に、仕上げ鏡面研磨工程(後述の後段の第2研磨工程)に用いる研磨液に含有される研磨砥粒は、本発明においては、表面粗さのいっそうの低減を図る観点から、平均粒径が10〜40nm程度のものを使用するのが好ましく、特に10〜20nm程度の微細なものが好ましい。
【0056】
研磨工程における研磨方法は特に限定されるものではないが、例えば、ガラス基板と研磨パッドとを接触させ、研磨砥粒を含む研磨液を供給しながら、研磨パッドとガラス基板とを相対的に移動させて、ガラス基板の表面を鏡面状に研磨すればよい。例えば、遊星歯車方式の両面研磨装置を用いることができる。
【0057】
特に仕上げ鏡面研磨用の研磨パッドとしては、軟質ポリッシャの研磨パッド(スウェードパッド)であることが好ましい。研磨パッドの硬度はアスカーC硬度で、60以上80以下とすることが好適である。研磨パッドのガラス基板との当接面は、発泡ポアが開口した発泡樹脂、取り分け発泡ポリウレタンとすることが好ましい。このようにして研磨を行うと、ガラス基板の表面を平滑な鏡面状に研磨することができる。
【0058】
磁気ディスク用ガラス基板を構成するガラス(の硝種)は、アモルファスのアルミノシリケートガラスとすることが好ましい。このようなガラス基板は表面を鏡面研磨することにより平滑な鏡面に仕上げることができ、また、イオン交換を好適に行うことができる。このようなアルミノシリケートガラスとしては、例えば、酸化物換算で、SiO2が58重量%以上75重量%以下、Al23が5重量%以上23重量%以下、Li2Oが3重量%以上10重量%以下、Na2Oが4重量%以上13重量%以下を主成分として含有するアルミノシリケートガラス(ただし、リン酸化物を含まないアルミノシリケートガラス)を用いることができる。さらに、例えば、SiO2 を62重量%以上75重量%以下、Al23を5重量%以上15重量%以下、Li2 Oを4重量%以上10重量%以下、Na2 Oを4重量%以上12重量%以下、ZrO2を5.5重量%以上15重量%以下、主成分として含有するとともに、Na2O/ZrO2 の重量比が0.5以上2.0以下、Al23 /ZrO2 の重量比が0.4以上2.5以下であるリン酸化物を含まないアモルファスのアルミノシリケートガラスとすることができる。なお、CaOやMgOといったアルカリ土類金属酸化物を含むガラスであってもよい。また、他の好適な例としては、酸化物換算で、SiO2:63〜70mol%、Al23: 4〜11mol%、Li2 O: 5〜11mol%、Na2O: 6〜14mol%、KO : 0〜2mol%、TiO : 0〜5mol%、ZrO :0〜2.5mol%、RO : 2〜15mol%、ただし、RO=MgO+CaO+SrO+BaOで、MgO : 0〜6mol%、CaO : 1〜9mol%、SrO: 0〜3mol%、BaO : 0〜2mol%、その他: 0〜3mol%、前記SiOと前記Alのそれぞれのモル分率(mol%)の差(SiO−Al)が56.5mol%以上であるアルミノシリケートガラスが挙げられる。
【0059】
また、次世代基板の特性として耐熱性を求められる場合もある。この場合の耐熱性ガラスとしては、例えば、モル%表示にて、SiOを50〜75%、Alを0〜6%、BaOを0〜2%、LiOを0〜3%、ZnOを0〜5%、NaOおよびKOを合計で3〜15%、MgO、CaO、SrOおよびBaOを合計で14〜35%、ZrO、TiO、La、Y、Yb、Ta、NbおよびHfOを合計で2〜9%、含み、モル比[(MgO+CaO)/(MgO+CaO+SrO+BaO)]が0.85〜1の範囲であり、且つモル比[Al/(MgO+CaO)]が0〜0.30の範囲であるガラスを好ましく用いることができる。また、Tgが650℃以上であり、モル%表示にて、SiOを50〜75%、Alを10〜20%、LiOを0〜3%、NaOを合計で5〜20%、MgO+CaOを8〜15%の範囲内であるガラスも好適に使用できる。
【0060】
本発明においては、上記鏡面研磨加工後のガラス基板の表面、すなわち、磁気ディスク用ガラス基板の主表面は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて1μm×1μmの範囲を512×256ピクセルの解像度で測定したときの、算術平均表面粗さRaが0.15nm以下とされることが好ましい。更に、最大粗さRmaxが1.0nm以下である鏡面とされることが好ましい。なお、本発明においてRa、Rmaxというときは、日本工業規格(JIS)B0601に準拠して算出される粗さのことである。
【0061】
上記のとおり、磁気ディスク用ガラス基板においては強度を向上させるため、化学強化処理を行うことが必須である。
本発明においては、鏡面研磨加工工程の前または後に、化学強化処理を施すことが好ましい。化学強化処理の方法としては、例えば、ガラス転移点の温度を超えない温度領域、例えば摂氏300度以上500度以下の温度で、イオン交換を行う低温型イオン交換法などが好ましい。
本発明における化学強化処理(イオン交換工程)の詳細は上記したとおりである。この化学強化処理は、一般にラックなどとも呼ばれている基板ホルダに多数枚のガラス基板を搭載して、化学強化塩を加熱溶融した溶融塩融解液(化学強化処理液)に浸漬させることにより行われる。化学強化処理後に、ガラス基板を基板ホルダに搭載したまま溶融塩融解液から取り出し、そのまま水溶液槽に浸漬させてガラス基板の温度を下げる冷却工程を含めてもよい。
【0062】
化学強化処理されたガラス基板は耐衝撃性に優れているので、例えばモバイル用途のHDDに搭載するのに特に好ましい。特に本発明では、化学強化による内径ばらつきや強度ばらつきが小さく、均一な特性の磁気ディスク用ガラス基板が安定して製造できる。
【0063】
本発明の製造方法によって製造された磁気ディスク用ガラス基板を用いて磁気ディスクを製造することができる。すなわち、磁気ディスク用ガラス基板の上に少なくとも磁性層を形成して製造される。磁性層の材料としては、異方性磁界の大きな六方晶系であるCoCrPt系やCoPt系強磁性合金を用いることができる。磁性層の形成方法としてはスパッタリング法、例えばDCマグネトロンスパッタリング法によりガラス基板の上に磁性層を成膜する方法を用いることが好適である。またガラス基板と磁性層との間に、下地層を介挿することにより磁性層の磁性グレインの配向方向や磁性グレインの大きさを制御することができる。例えば、RuやTiを含む六方晶系下地層を用いることにより、磁性層の磁化容易方向を磁気ディスク面の法線に沿って配向させることができる。この場合、垂直磁気記録方式の磁気ディスクが製造される。下地層は磁性層同様にスパッタリング法により形成することができる。
【0064】
また、磁性層の上に、保護層、潤滑層をこの順に形成するとよい。保護層としてはアモルファスの水素化炭素系保護層が好適である。また、潤滑層としては、パーフルオロポリエーテル化合物の主鎖の末端に官能基を有する潤滑剤を用いることができる。
本発明によって得られる磁気ディスク用ガラス基板を利用することにより、信頼性の高い磁気ディスクを得ることができる。
【実施例】
【0065】
以下に具体的実施例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
以下の(1)粗ラッピング工程(粗研削工程)、(2)形状加工工程、(3)精ラッピング工程(精研削工程)、(4)端面研磨工程、(5)主表面第1研磨工程、(6)化学強化工程、(7)主表面第2研磨工程、を経て本実施例の磁気ディスク用ガラス基板を製造した。
【0066】
(1)粗ラッピング工程
まず、溶融ガラスから上型、下型、胴型を用いたダイレクトプレスにより直径66mmφ、厚さ1.0mmの円盤状のアルミノシリゲートガラスからなるガラス基板を得た。なお、このようなダイレクトプレス以外に、ダウンドロー法やフロート法で製造された板ガラスから所定の大きさに切り出してガラス基板を得てもよい。このアルミノシリケートガラスとしては、SiO:58〜75重量%、Al:5〜23重量%、LiO:3〜10重量%、NaO:4〜13重量%を含有する化学強化用ガラスを使用した。
【0067】
次いで、このガラス基板に寸法精度及び形状精度の向上させるためラッピング工程を行った。このラッピング工程は両面ラッピング装置を用い、粒度#400の砥粒を用いて行った。具体的には、上下定盤の間にキャリアにより保持したガラス基板を密着させ、荷重を100kg程度に設定して、上記ラッピング装置のサンギアとインターナルギアを回転させることによって、キャリア内に収納したガラス基板の両面を面精度0〜1μm、表面粗さ(Rmax)6μm程度にラッピングした。
【0068】
(2)形状加工工程
次に、円筒状の砥石を用いてガラス基板の中央部分に孔を空けると共に、外周端面の研削をして直径を65mmφとした後、外周端面および内周端面に所定の面取り加工を施した。このときのガラス基板端面の表面粗さは、Rmaxで4μm程度であった。なお、一般に、2.5インチ型HDD(ハードディスクドライブ)では、外径が65mmの磁気ディスクを用いる。
【0069】
(3)精ラッピング工程
この精ラッピング工程は両面ラッピング装置を用い、粒度#1000のダイヤモンド砥粒をアクリル樹脂で固定したペレットが貼り付けられた上下定盤の間にキャリアにより保持したガラス基板を密着させて行なった。
具体的には、荷重を100kg程度に設定して、上記ラッピング装置のサンギアとインターナルギアを回転させることによって、キャリア内に収納したガラス基板の両面を、表面粗さRmaxで2μm程度、Raで0.2μm程度にラッピングした。
上記ラッピング工程を終えたガラス基板を、中性洗剤、水の各洗浄槽(超音波印加)に順次浸漬して、超音波洗浄を行なった。
【0070】
(4)端面研磨工程
次いで、ブラシ研磨により、ガラス基板を回転させながらガラス基板の端面(内周、外周)の表面の粗さを、Rmaxで1μm、Raで0.3μm程度に研磨した。そして、上記端面研磨を終えたガラス基板の表面を水洗浄した。
【0071】
(5)主表面第1研磨工程
次に、上述したラッピング工程で残留した傷や歪みを除去するための第1研磨工程を両面研磨装置を用いて行なった。両面研磨装置においては、研磨パッドが貼り付けられた上下研磨定盤の間にキャリアにより保持したガラス基板を密着させ、このキャリアを太陽歯車と内歯歯車とに噛合させ、上記ガラス基板を上下研磨定盤によって挟圧する。その後、研磨パッドとガラス基板の研磨面との間に研磨液を供給して回転させることによって、ガラス基板が研磨定盤上で自転しながら公転して両面を同時に研磨加工するものである。具体的には、ポリシャとして硬質ポリシャ(硬質発泡ウレタン)を用い、第1研磨工程を実施した。研磨液としては、酸化セリウム(平均粒径1μm)を研磨剤として10重量%分散したRO水中にさらにエタノール系の低分子量の界面活性剤を添加して中性に調整されたものを使用した。荷重は100g/cm、研磨時間は15分とした。
上記第1研磨工程を終えたガラス基板を、中性洗剤、純水、純水、IPA(イソプロピルアルコール)、IPA(蒸気乾燥)の各洗浄槽に順次浸漬して、超音波洗浄し、乾燥した。
【0072】
(6)化学強化工程
次に、上記洗浄を終えたガラス基板に化学強化を施した。化学強化は、溶融塩として硝酸カリウム(KNO)と硝酸ナトリウム(NaNO)の混合物(モル比 6:4)を使用し、添加物として炭酸ナトリウム(NaCO)を(添加量70g/4.5kg溶融塩主剤重量)の割合で添加し、この添加物を添加した溶融塩を360〜380℃に加熱して溶融塩融解液とした後、上記ガラス基板を溶融塩融解液に浸漬して化学強化処理を行なった。
化学強化を終えたガラス基板を硫酸、純水、IPA、IPA(蒸気乾燥)の各洗浄槽に順次浸漬して、超音波洗浄し、乾燥した。なお、上記化学強化工程終了後の溶融塩融解液中に析出した析出物を分析した結果、炭酸リチウムであることを確認した。
【0073】
(7)主表面第2研磨工程
次いで上記の第1研磨工程で使用したものと同じ両面研磨装置を用い、ポリシャを軟質ポリシャ(スウェード)の研磨パッド(アスカーC硬度で72の発泡ポリウレタン)に替えて第2研磨工程を実施した。この第2研磨工程は、上述した第1研磨工程で得られた平坦な表面を維持しつつ、例えばガラス基板主表面の表面粗さをRmaxで2nm程度以下の平滑な鏡面に仕上げるための鏡面研磨加工である。研磨液としては、コロイダルシリカ(平均粒径15nm)を研磨剤として15重量%分散したRO水中に、さらに硫酸を添加して酸性(pH=2)に調整されたものを使用した。なお、荷重は100g/cm、研磨時間は10分とした。
【0074】
こうして本実施例の磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
得られたガラス基板の主表面の表面粗さを原子間力顕微鏡(AFM)にて測定したところ、Ra=0.12nmと超平滑な表面を持つガラス基板を得た。なお、上記表面粗さの値は製造したガラス基板1000枚の平均値である。
【0075】
製造した1000枚の磁気ディスク用ガラス基板について、その強度ばらつきを評価した。
なお、強度ばらつきは、以下の方法で評価した。得られた磁気ディスク用ガラス基板の内径部分に、鋼球を置き、外周を保持した状態で、鋼球を押し下げて、磁気ディスク用ガラス基板が破壊したときの荷重を測定した。そして、各実施例共、1000枚の基板に対して上記試験を行い、6kgfの荷重を加えても破壊しなかったものの割合を評価した。強度測定には、島津製作所製「オートグラフAG−I5kN」を用いた。
【0076】
また、上記ガラス基板の内径ばらつきを確認した。具体的には、化学強化後の各基板の内径値を測定し、その値が所定の内径公差(20.00±0.025mm)の範囲内に入っているガラス基板の割合を算出し、内径ばらつきを評価した。
【0077】
また、化学強化処理前のガラス基板を、光学式欠陥検査装置(KLA-Tencor社製、商品名:OSA6100)を用いて、表面の欠陥を検査した。このとき、測定条件としては、レーザパワー25mWのレーザ波長405nm、レーザスポット径5μmとし、基板の中心から15mm〜31.5mmの間の領域を測定し、0.1μm以上0.3μm以下のサイズと検出された欠陥の個数をカウントした。そして、このガラス基板に対して上記化学強化処理とその後の水洗浄を行った後、上記と同じ条件で欠陥数の個数をカウントした。そして、その個数の差を化学強化処理によって、ガラス基板に付着した表面異物(表面の付着物)とした。
以上の得られた結果を纏めて以下の表1に示した。
【0078】
(実施例2)
実施例1における化学強化工程において、溶融塩融解液に添加する添加物としてリン酸ナトリウム(NaPO)を(添加量70g/4.5kg溶融塩主剤重量)の割合で添加したこと以外は、実施例1と同様にして化学強化工程を実施し、磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
【0079】
(実施例3)
実施例1における化学強化工程において、溶融塩融解液に添加する添加物として硫酸カリウム(KSO)を(添加量70g/4.5kg溶融塩主剤重量)の割合で添加したこと以外は、実施例1と同様にして化学強化工程を実施し、磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
【0080】
(実施例4)
実施例1における化学強化工程において、溶融塩融解液に添加する添加物としてフッ化カリウム(KF)を(添加量70g/4.5kg溶融塩主剤重量)の割合で添加したこと以外は、実施例1と同様にして化学強化工程を実施し、磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
【0081】
(実施例5)
実施例1における化学強化工程において、溶融塩融解液として、硝酸カリウムのみを用いた以外は実施例1と同様にして化学強化工程を実施し、磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
以上の実施例2〜5で得られた磁気ディスク用ガラス基板についても、実施例1と同様にして、強度ばらつき、内径ばらつき、表面付着物の有無を評価し、その結果を纏めて以下の表1に示した。
【0082】
(比較例1)
実施例1における化学強化工程において、溶融塩融解液に添加物を使用しなかったこと以外は、実施例1と同様にして化学強化工程を実施し、磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
【0083】
(比較例2)
実施例1における化学強化工程において、溶融塩融解液に添加する添加物としてヘクトライトを(添加量70g/4.5kg溶融塩主剤重量)の割合で添加したこと以外は、実施例1と同様にして化学強化工程を実施し、磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
以上の比較例1、2で得られた磁気ディスク用ガラス基板についても、実施例1と同様にして、強度ばらつき、内径ばらつき、表面付着物の有無を評価し、その結果を纏めて以下の表1に示した。
【0084】
【表1】

なお、上記表中「表面付着物」は、上記欠陥の個数がガラス基板1主表面あたり、◎:3個以下、○:3〜50個、×:50個以上としている。
【0085】
(実施例6)
重量%で表して、SiO2 :58〜66%、Al23 :13〜19%、Li2O :3〜 4.5%、Na2O :6〜13%、K2O :0〜 5%、R2O :10〜18%、(ただし、R2O=Li2O+Na2O+K2O)、MgO :0〜 3.5%、CaO :1〜 7%、SrO :0〜 2%、BaO :0〜 2%、RO :2〜10%、(ただし、RO=MgO+CaO+SrO+BaO)、TiO2 :0〜 2%、CeO2:0〜 2%、Fe23 :0〜 2%、MnO :0〜 1%、ただし、TiO2+CeO2+Fe23+MnO=0.01〜3%の範囲内のガラスを用いた以外は、実施例1および比較例1、2と同様にして、磁気ディスク用ガラス基板を製造した。そして、強度ばらつき、内径ばらつき、および、表面付着物を評価した結果、実施例1および比較例1、2と同様の結果が得られた。
【0086】
本発明の実施例においては、1000枚のガラス基板の化学強化処理を連続して行い、途中で溶融塩の交換は行わなかったが、上記表1の結果のとおり、いずれも内径ばらつき、強度ばらつきの小さなガラス基板が得られた。また、実施例1、比較例2で検出された表面付着物を分析した結果、実施例1で検出された表面付着物は、添加物由来のものではなかったが、比較例2で検出された検出された表面付着物には、添加物を添加しない場合に検出されるものとは異なる物質が検出された。本発明によれば、化学強化処理において溶融塩の寿命を長く保つことができ(溶融塩の劣化が少ない)、内径ばらつき、強度のばらつきが小さく、均一な特性の磁気ディスク用のガラス基板を安定して製造することができる。
【0087】
一方、溶融塩融解液に添加物を添加していない比較例1においては、得られたガラス基板の内径ばらつき、強度ばらつきが大きい。特に500枚目以降の製品においては、内径ばらつき、強度ばらつきが大きく、磁気ディスク用ガラス基板に要求される高い強度も得られていない。その理由は、1000枚のガラス基板の化学強化処理を連続して行ったが、溶融塩が途中で劣化し、化学強化のためのイオン交換工程が進まなくなってしまったことによるものと考えられる。また、添加物としてヘクトライト(粘土)を添加した比較例2においては、溶融塩融解液が懸濁状態となり、洗浄後のガラス基板においても表面の付着物となっている可能性があり、そのままでは使用できない結果となった。また、内径ばらつき、強度ばらつきも本発明の実施例と比べて大きい結果となり、均一な特性のガラス基板が得られない。
【0088】
(実施例7)
実施例1における化学強化工程において、化学強化を終えたガラス基板を溶融塩融解液から取り出し、ガラス基板の温度を下げる冷却工程を行った。冷却は、最初は空中で行い、次いでガラス基板を水中に浸漬させて急冷した。冷却後、ガラス基板の付着物を取り除くための洗浄を行った。以上の冷却工程を行ったこと以外は、実施例1と同様にして化学強化工程を実施した。溶融塩融解液に添加する添加物は実施例1と同じ炭酸ナトリウムを同一の添加量で用いた。
このようにして磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
【0089】
(実施例8)
溶融塩融解液に添加する添加物として炭酸カリウム(添加量は実施例7と同一)を用いたこと以外は実施例7と同様にして化学強化工程を実施し、磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
【0090】
(実施例9)
溶融塩融解液に添加する添加物として硫酸ナトリウム(添加量は実施例7と同一)を用いたこと以外は実施例7と同様にして化学強化工程を実施し、磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
【0091】
(実施例10)
溶融塩融解液に添加する添加物として硫酸カリウム(添加量は実施例7と同一)を用いたこと以外は実施例7と同様にして化学強化工程を実施し、磁気ディスク用ガラス基板(1000枚)を製造した。
以上の実施例7〜10で得られた磁気ディスク用ガラス基板について、実施例1と同様にして、強度ばらつき、内径ばらつき、表面付着物の有無を評価し、また得られたガラス基板の主表面の表面粗さを原子間力顕微鏡(AFM)にて測定し、これらの結果を纏めて以下の表2に示した。
【0092】
【表2】

【0093】
上記表2の結果から、溶融塩融解液に添加物としてNaまたはKの硫酸塩を添加することにより(実施例9,10)、NaまたはKの炭酸塩を添加した場合(実施例7,8)よりもさらに平滑なRa=0.10nmの表面のガラス基板が得られる。これは、前述したように、化学強化後の冷却工程や洗浄工程において、ガラス基板表面が中性となり、表面粗さの悪化が生じないためであると考えられる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Li含有組成のガラス物品を、当該ガラスに含まれるLiよりもイオン半径が大きいアルカリ金属元素を含む溶融塩融解液と接触させることにより、前記ガラス物品中のLiと前記溶融塩融解液中のアルカリ金属とをイオン交換するイオン交換工程を含むイオン交換ガラス物品の製造方法であって、
NaF、KF、KAlF、NaCO、NaHCO、KCO、KHCO、NaSO、KSO、KAl(SO)、NaPO、KPOからなる群より選ばれる少なくとも1種類の添加物を前記溶融塩融解液に添加して、前記添加物が固体状態で前記イオン交換工程を行うことを特徴とするイオン交換ガラス物品の製造方法。
【請求項2】
Na含有組成のガラス物品を、当該ガラスに含まれるNaよりもイオン半径が大きいアルカリ金属元素を含む溶融塩融解液と接触させることにより、前記ガラス物品中のNaと前記溶融塩融解液中のアルカリ金属とをイオン交換するイオン交換工程を含むイオン交換ガラス物品の製造方法であって、
KCl、KBr、KF、KAlF、KCO、KHCO、KSO、KAl(SO)、KPOからなる群より選ばれる少なくとも1種類の添加物を前記溶融塩融解液に添加して、前記添加物が固体状態で前記イオン交換工程を行うことを特徴とするイオン交換ガラス物品の製造方法。
【請求項3】
Li含有組成のガラス物品を、当該ガラスに含まれるLiよりもイオン半径が大きいアルカリ金属元素を含む溶融塩融解液と接触させることにより、前記ガラス物品中のLiと前記溶融塩融解液中のアルカリ金属とをイオン交換するイオン交換工程を含むイオン交換ガラス物品の製造方法であって、
前記溶融塩融解液の加熱温度よりも融点が高く、かつ、前記イオン交換工程によってガラスから前記溶融塩融解液中に溶出したLiと反応して、当該Liの化合物を前記溶融塩融解液中に固体として析出させる添加物を前記溶融塩融解液に添加して、前記添加物が固体状態で前記イオン交換工程を行うことを特徴とするイオン交換ガラス物品の製造方法。
【請求項4】
前記イオン交換は、低温型イオン交換であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法。
【請求項5】
前記イオン交換工程によって前記溶融塩融解液中に析出する析出物がガラス物品の表面に付着しても、前記イオン交換工程後にガラス物品を洗浄することによって当該ガラス物品の表面に付着した析出物が除去可能であるような前記添加物を選択することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法。
【請求項6】
前記イオン交換工程によって前記溶融塩融解液中に析出する析出物が前記溶融塩融解液とは比重が異なるように前記添加物を選択することを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法。
【請求項7】
前記添加物はアルカリ金属成分を含む化合物であることを特徴とする請求項3乃至6のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法。
【請求項8】
前記添加物に含まれるアルカリ金属成分が、前記溶融塩融解液に含まれるアルカリ金属と同じものを含むことを特徴とする請求項7に記載のイオン交換ガラス物品の製造方法。
【請求項9】
前記ガラス物品が、磁気ディスク用ガラス基板であることを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載のイオン交換ガラス物品の製造方法。


【公開番号】特開2013−67554(P2013−67554A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−196876(P2012−196876)
【出願日】平成24年9月7日(2012.9.7)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】