イオン偏向装置及び質量分析装置
【課題】低真空雰囲気中においても高い輸送効率で以てイオンを偏向させ、光や中性粒子を確実に除去する。
【解決手段】直方体の互いに平行な4辺に沿って4本のロッド電極11、12、13、14を配置し、第1、第2ロッド電極11、12を含む面をイオン入射面Pi、第1、第4ロッド電極11、14を含む面をイオン出射面Poとする。各ロッド電極11〜14にそれぞれ所定の直流電圧を印加することで、4本のロッド電極11〜14で囲まれる空間にイオンの軌道を略90°曲げる直流電場を形成し、さらに対向する2本のロッド電極11、13と他の2本のロッド電極12、14とに互いに逆相の高周波電圧を印加することで形成する高周波電場により、イオンを振動させて束縛する。これにより、イオンが残留ガスに衝突してその進行方向を変えても発散することを抑制することができ、屈曲した偏向軌道に沿って高い効率でイオンを輸送して後段に送ることができる。
【解決手段】直方体の互いに平行な4辺に沿って4本のロッド電極11、12、13、14を配置し、第1、第2ロッド電極11、12を含む面をイオン入射面Pi、第1、第4ロッド電極11、14を含む面をイオン出射面Poとする。各ロッド電極11〜14にそれぞれ所定の直流電圧を印加することで、4本のロッド電極11〜14で囲まれる空間にイオンの軌道を略90°曲げる直流電場を形成し、さらに対向する2本のロッド電極11、13と他の2本のロッド電極12、14とに互いに逆相の高周波電圧を印加することで形成する高周波電場により、イオンを振動させて束縛する。これにより、イオンが残留ガスに衝突してその進行方向を変えても発散することを抑制することができ、屈曲した偏向軌道に沿って高い効率でイオンを輸送して後段に送ることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置などに利用されるイオン偏向装置、及びこれをイオン輸送光学系として利用した質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
図11は一般的な質量分析装置の概略ブロック構成図である。イオン源部50は試料に含まれる各種成分をイオン化し、発生したイオンはイオン輸送部51により搬送されて質量分離部52に導入される。質量分離部52は導入されたイオンを質量(厳密には質量電荷比m/z)に応じて分離し、イオン検出部53は分離されたイオンを検出して検出信号を出力する。質量分離部52及びイオン検出部53は高真空雰囲気中に配設されるため、イオン源部50がICP(誘導結合プラズマ)イオン源やESI(エレクトロスプレイ)イオン源のように略大気圧雰囲気下でイオン化を行うものである場合、イオン輸送部51は、イオン源部50と質量分離部52との間の比較的低い真空度(高いガス圧)の低真空雰囲気の下でイオンを搬送することになる。
【0003】
質量分析装置では、イオン源部50で生成されたイオンをイオン輸送部51へと導入する際に、目的とするイオンのほかに中性分子や光などが同時に導入されてしまうことがある。例えばICPイオン源を用いた構成では、プラズマ光や、プラズマガス・残留ガスなどに起因する中性分子がイオン輸送部51に導入され易い。またESIイオン源を用いた構成では、イオン化室に噴霧される試料溶媒に起因する中性分子がイオン輸送部51に導入され易い。光や中性分子は質量分離部52では排除されないため、光や、中性分子のうち質量分析部52を通過した後にイオンとなったものがイオン検出部53に到達してしまうと、マススペクトル上でのバックグラウンドノイズとなる。また、中性分子がイオン輸送部51や質量分離部52に導入されると、それらを構成する電極にコンタミネーションとして付着し、装置の動作を不安定化する一因となることがある。
【0004】
質量分析装置において上述のような不所望の光や中性分子などを除去するために、従来から、イオン輸送部51において、軸ずらし(off-axis)と呼ばれるイオン光学系が利用されている。軸ずらしイオン光学系は、入射イオン光軸Ciと出射イオン光軸Coとが一直線上に配置されないように工夫された光学系であり、大別すると、図12(a)に示すように、入射イオン光軸Ciと出射イオン光軸Coとが斜交(直交を含む)するような構成と、図12(b)に示すように入射イオン光軸Ciと出射イオン光軸Coとが平行にずれたような構成とが考えられる。いずれにしても、軸ずらしイオン光学系では、入射して来たイオンの軌道を電場(又は磁場)の作用によって曲げる、つまりイオンの進行方向を偏向させるイオン偏向装置が用いられる。光や中性分子は電場や磁場の作用を受けないため入射イオン光軸Ciに沿ってそのまま直進し、途中で発散又は消失してしまって後段の質量分離部52には導入されない。
【0005】
従来より、軸ずらしイオン光学系として様々な構成が提案されている。これらのいくつかについて図13〜図18を参照して簡単に説明する。
【0006】
(1)軸ずらし静電レンズ
図13は静電レンズを利用した軸ずらしイオン光学系の構成の一例を示す概略図である。スキマー60の頂部のオリフィスを通過したイオンは、平行平板型の静電レンズ61により形成される静電場(直流電場)に導入される。静電場はイオン収束用静電場にイオン偏向用静電場が重畳されたものであり、これによりイオンを後方焦点に収束させながら偏向させ、入射イオン光軸Ciと出射イオン光軸Coとをずらしている。
【0007】
(2)Qデフレクタ
図14はQデフレクタと呼ばれる、四重極型静電偏向装置の概略図である(特許文献1など参照)。Qデフレクタ62は、図中、紙面に直交する方向に延伸するように互いに平行に配置された4本のロッド電極621、622、623、624で構成され、各ロッド電極621、622、623、624にはそれぞれ直流電圧Vd1、Vd2、Vd3、Vd4が印加される。正イオンを分析対象とする場合、第3ロッド電極623に印加される直流電圧Vd3は他の直流電圧Vd1、Vd2、Vd4よりも大きな値に設定され、これにより、図中に示すように第3ロッド電極623から第1ロッド電極621に向かう方向にイオンを押すような作用を有する静電場が形成される。これによって、入射イオン光軸Ciに沿って入射して来たイオンは紙面内でその進行方向を略90°曲げられ、出射イオン光軸Coに沿って出射する。一方、光や中性粒子は静電場の影響を受けないため直進して除去される。
【0008】
(3)イオンミラー
図15は、特許文献2などに記載されているイオンミラーの概略図である。イオンミラーでは、入射イオン光軸Ciに対し略45°傾斜した面内にリング状電極63を配置し、リング状電極63に所定の直流電圧Vdを印加する。入射イオン光軸Ciに沿って入射して来たイオンはリング状電極63により形成される直流電場により反射され、その軌道が略90°曲げられて出射イオン光軸Coに沿って出射する。一方、光や中性粒子は静電場の影響を受けないため、リング状電極63の開口を通過して除去される。
【0009】
(4)多重極型高周波イオンガイド
図16は、真っ直ぐに延伸するロッド電極を用いた軸ずらし高周波イオンガイドの概略構成図である(特許文献3など参照)。この高周波イオンガイド64は、複数(例えば4本)の円柱形状のロッド電極641を中心軸の周りに平行且つ対称配置した構成を有し、そのイオンガイド64の中心軸(光軸)とイオン源部50から出射されたイオンの光軸(入射イオン光軸Ci)とが適当な角度で以て交差するように配置されている。中心軸を挟んで対向するロッド電極641には同位相、同振幅の高周波電圧が印加され、周方向に隣接するロッド電極641には逆位相で同振幅の高周波電圧が印加される。イオン源部50から出射して高周波イオンガイド64に導入されたイオンは、上記のようにロッド電極641に印加される高周波電圧により形成される高周波電場に束縛されて振動しながらイオンガイド64の中心軸に沿って進む。そしてイオンガイド64を出た後、出射イオン光軸Coに沿って質量分離部52に導入される。
【0010】
図17は、長手方向に屈曲形状であるロッド電極651を用いた軸ずらし高周波イオンガイド65の概略構成図である(特許文献4など参照)。即ち、この高周波イオンガイド65はその前半部における中心軸(光軸)と後半部における中心軸(光軸)とが平行にずれており、前半部における光軸が入射イオン光軸Ciに一致し、後半部における光軸が出射イオン光軸Coに一致している。ロッド電極651に印加される高周波電圧により形成される高周波電場に束縛されて振動しながらイオンが進行する間に、前半の光軸から後半の光軸に移動するように斜行し、これによって平行な軸ずらしが達成される。
【0011】
図18(a)は、図17と同様の平行軸ずらしを達成するために屈曲形状のロッド電極を使用する代わりに、長手方向にロッド電極を複数に分割(セグメント化)し、分割された電極に印加する高周波電圧を変えるようにした高周波イオンガイド70の構成を示す概略図、図18(b)はA−A’矢視線断面図、図18(c)はB−B’矢視線断面図である(特許文献5など参照)。この例では、1本のロッド電極は6セグメントに分割され、入射端側の2つのセグメントと出射端側の2つのセグメントの小ロッド電極71には、図18(b)に示すように通常の四重極電場を形成するための高周波電圧±Vq・cosωtが印加される。つまり、対向する1組の小ロッド電極711、713には高周波電圧+Vq・cosωtが印加され、他の対向する1組の小ロッド電極712、714には高周波電圧−Vq・cosωtが印加される。
【0012】
一方、中央の2つのセグメントの小ロッド電極72には、図18(c)に示すように、上記高周波電圧±Vq・cosωtに加え、上下の小ロッド電極721、713には同周波数で逆位相、且つ振幅が相違する高周波電圧Vd1・cosωt、−Vd2・cosωtが重畳して印加される。これにより、中央の2つのセグメントの小ロッド電極72で囲まれる空間には、イオンを束縛しつつ2つのイオン光軸Ci、Coを含む面内で大きく振動させる力が作用し、イオンを入射イオン光軸Ciから出射イオン光軸Coに移行させることができる。
【0013】
上述のように従来より様々な構成の軸ずらしイオン光学系が提案されてはいるものの、略大気圧雰囲気と高真空雰囲気との間に配設される低真空雰囲気の下では必ずしも十分に満足する性能が得られない。即ち、こうした低真空雰囲気下では残留気体分子の密度が比較的高いため、輸送されるイオンが気体分子と衝突散乱する頻度が高い。上記のような従来の静電レンズ、Qデフレクタ、或いはイオンミラーを用いた場合、気体分子との衝突により軌道がイオン光軸から大きくそれたイオンを捉えておくことが困難であるため、イオンの損失が大きくイオン輸送効率が低くなる傾向にある。その結果、質量分離部52に導入されるイオンの量が減り、分析感度を上げることが難しくなる。
【0014】
これに対し、軸ずらし高周波イオンガイドでは高周波電場によるイオンの束縛が比較的強いため、気体分子との衝突によって軌道から外れたイオンの散逸を抑えることができる。ところが、真っ直ぐなロッド電極を用いた構成では、光や中性粒子の除去効率を上げるために軸ずらし量を大きくしようとするとロッド電極を長くしなければならない。そのため、装置のサイズが大きくなり小型化には不利である。また、屈曲形状のロッド電極やセグメント化したロッド電極を用いた構成では、電極形状や電極の保持構造が複雑になり、コストが高いものとなるという問題がある。
【0015】
【特許文献1】米国特許第6630665号明細書
【特許文献2】米国特許第6614021号明細書
【特許文献3】米国特許第5672868号明細書
【特許文献4】米国特許第6762407号明細書
【特許文献5】米国特許第6730904号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、特に低真空雰囲気の下でも高い輸送効率を達成し、且つコンパクトな構造で大きくイオン光軸をずらすことが可能なイオン偏向装置を提供することである。また、本発明の他の目的は、そうしたイオン偏向装置を用いて高感度、高精度の質量分析を行うことができる質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオンの進行方向を電場の作用により変化させるイオン偏向装置であって、
a)直線を取り囲むように互いに平行に配置された3本以上の複数本のロッド電極から成り、前記直線の周りに隣接する2本のロッド電極を含む面をイオン入射面とし、前記直線の周りに隣接する2本のロッド電極を含み前記イオン入射面とは異なる面をイオン出射面とした電極部と、
b)前記電極部の複数本のロッド電極で囲まれる空間に、該空間に入射したイオンを該空間内に留めるようにイオンに力を加える高周波電場と、前記イオン入射面を横切って前記空間に入射したイオンが前記イオン出射面を横切って出射するようにイオンの軌道を屈曲させるべくイオンに力を加える直流電場と、を形成するために、前記複数本のロッド電極のそれぞれに直流電圧と高周波電圧とを重畳させた電圧を印加する電圧印加手段と、
を備えることを特徴としている。
【0018】
ロッド電極の本数は3以上であれば制限はないが、一態様として、前記電極部は、直方体の互いに平行な3辺又は4辺上に配置された3本又は4本のロッド電極から成る構成とすることができる。
【0019】
また各ロッド電極に印加する直流電圧は少なくとも1つが他よりも大きい又は小さい電圧とすればよい。これによって、ロッド電極の延伸方向(上記直線の延伸方向)に直交する面内でイオンを曲げるような力をイオンに加える直流電場を形成することができる。一方、イオンを上記空間に留めるべく束縛するには、例えば、上記空間を挟んで対向する2本のロッド電極に同一振幅、同一周波数、同一位相の高周波電圧を印加し、隣接するロッド電極には同一振幅、同一周波数で位相が互いに反転した高周波電圧を印加するようにするとよい。
【0020】
イオン入射面を横切って(典型的には直交する方向に横切って)イオンが上記ロッド電極で囲まれる空間に入射すると、イオンは高周波電場による束縛を受けつつ直流電場によりその軌道を曲げ、イオン出射面に向かって進行する。低真空雰囲気の下ではイオンは残留気体分子に衝突する機会が多く、衝突によってイオンの軌道が変わるが、高周波電場による束縛を受けているためにイオンの進行方向は修正され、空間内で屈曲されたイオン光軸の周囲に集まり易い。それ故に、イオンが途中で発散してしまいにくく、高い輸送効率で以てイオンをイオン出射面から出射させることができる。
【0021】
但し、上記の高周波電場はロッド電極の延伸方向にはイオンの束縛作用を有さないため、残留気体分子との衝突によってロッド電極の延伸方向にイオンが軌道を変えると、イオンが発散してしまったりイオン出射面から出たとしても利用できなかったり(後段で受け容れられない)する可能性がある。
【0022】
そこで、本発明の好ましい一態様として、前記電極部は、前記複数本のロッド電極で囲まれる空間をその両側の開放端面から挟むように配設された補助電極をさらに備え、前記電圧印加手段は、前記補助電極に前記空間内のイオンが前記直線の延伸方向に発散するのを防止するための直流電場を形成する直流電圧を印加する構成とするとよい。
【0023】
この構成において、前記補助電極は例えば、前記直線と直交する方向に延伸するロッド状の電極、又は、前記直線と直交する方向に延展する平板状の電極とすることができる。こうした補助電極を設けた構成とすれば、イオンの輸送効率を一層向上させることが可能である。
【0024】
また、本発明に係るイオン偏向装置は、高真空雰囲気の下でも利用可能であるのは当然であるが、特に低真空雰囲気の下で有用である。そこで、本発明に係る質量分析装置は、大気圧雰囲気下で目的成分をイオン化するイオン源と、高真空雰囲気下でイオンを質量に応じて分離して検出する質量分析部と、前記イオン源で生成されたイオンを低真空雰囲気下で前記質量分析部に輸送するイオン輸送部と、を備え、上記発明に係るイオン偏向装置を前記イオン輸送部における軸ずらしイオン輸送光学系として用いたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係るイオン偏向装置によれば、残留気体分子の多い低真空雰囲気の下でも、高いイオン輸送効率を保ちつつイオンを大きく偏向させることができる。それによって、イオンと共に導入される光や中性粒子などを除去し、これらが後段に導入されることを防止することができる。また、ロッド電極の延伸方向と直交又は斜交する方向にイオンを偏向させるので、偏向量、つまりは軸ずらし量を大きくするために装置自体のサイズを大きくする必要がない。従って、装置の小形化に有利であり、軸ずらし量を大きくすることで光や中性粒子の除去をより確実に行うことができる。また、ロッド電極の構造も複雑にならずに済み、コストの増加を抑えることができる。
【0026】
また本発明に係る質量分析装置によれば、略大気圧雰囲気にあるイオン源で発生した光や中性粒子をイオン輸送部で確実に除去し、これが質量分離部に入ることを防止することができる。それによって、マススペクトルのバックグランドノイズを低減することができ、また質量分離部の電極などの汚染を軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明に係るイオン偏向装置及びこれを用いた質量分析装置の一実施例について図面を参照して説明する。
【0028】
[第1実施例]
図1は本発明に係るイオン偏向装置の一実施例(第1実施例)によるイオン輸送光学系を備えるICP質量分析装置の概略構成図、図2は本実施例のイオン輸送光学系の概略構成図、図3はイオン輸送光学系の電極部の上面図、図4はイオン輸送光学系の電極部の斜視図である。
【0029】
このICP質量分析装置において、イオン源部であるプラズマトーチ2で生成されるプラズマ炎中で発生したイオンは、サンプリングコーン3を経て第1中間真空室5に導入され、さらにスキマー4を経て第2中間真空室6に導入される。第2中間真空室6内には後述する偏向用のイオン輸送光学系1が配置され、このイオン輸送光学系1を通る際にイオンの進行方向は大きく(略90°の角度)曲げられ、入射イオン光軸Ciとほぼ直交する出射イオン光軸Coに沿ってイオンは出射されて後段の高真空室7に導入される。一方、プラズマ炎に由来する光や中性粒子などはイオン輸送光学系1で直進するため、高真空室7に導入されることはない。高真空室7内には質量分離部としての四重極質量フィルタ8とイオン検出器9とが配設されており、特定の質量を有するイオンのみが選択的に四重極質量フィルタ8を通過してイオン検出器9に到達して検出される。
【0030】
上記構成では、プラズマトーチ2は略大気圧雰囲気中に設置され、高真空室7内はターボ分子ポンプ等の真空ポンプにより高真空雰囲気に維持される。その両者の間に位置する第1中間真空室5、第2中間真空室6もそれぞれ図示しない真空ポンプにより真空排気され、高真空室7に向かって段階的に真空度が高くなるようにしている。
【0031】
次に、イオン輸送光学系1について図2〜図4により詳述する。イオン輸送光学系1は、4本の円柱(又は円筒)形状のロッド電極11、12、13、14が直方体の互いに平行な4辺に沿って配置された構成を有する。ここでは、互いに直交するx、y、zの三軸のうちのx軸方向に延伸するように配置されている。このイオン輸送光学系1において、第1ロッド電極11とこれに隣接する第2ロッド電極12とを含むようにイオン入射面Piが設定され、第1ロッド電極11とこれに隣接するもう一方の第4ロッド電極14とを含むようにイオン出射面Poが設定されている。従って、イオン入射面Piはx軸ーy軸平面上にあり、イオン出射面Poはx軸ーz軸平面上にあって、両者は直交している。ここでは、このイオン入射面Piに対しイオンは直交するように入射するものとする。即ち、入射イオン光軸Ciはz軸方向に設定され、イオン入射面Piに直交する。一方、出射イオン光軸Coはy軸方向に設定され、イオンはイオン出射面Poに対し直交するように出射するものとする。
【0032】
第1ロッド電極11には、第1直流電圧源31で生成される直流電圧Vd1と高周波電圧源40で生成される高周波電圧VRF・cosωtとを加算器21により加算した電圧Vd1+VRF・cosωtが印加され、これと対向配置された第3ロッド電極13には、第3直流電圧源33で生成される直流電圧Vd3と高周波電圧源40で生成される高周波電圧VRF・cosωtとを加算器23により加算した電圧Vd3+VRF・cosωtが印加される。また、第2ロッド電極12には、第2直流電圧源32で生成される直流電圧Vd2と高周波電圧源40で生成される高周波電圧VRF・cosωtとは逆相の(位相が180°反転した)高周波電圧−VRF・cosωtとを加算器22により加算した電圧Vd2−VRF・cosωtが印加され、これと対向配置された第4ロッド電極14には、第4直流電圧源34で生成される直流電圧Vd4と上記高周波電圧−VRF・cosωtとを加算器24により加算した電圧Vd4−VRF・cosωtが印加される。第1乃至第4直流電圧源31、32、33、34及び高周波電圧源40は制御部41に接続されており、各直流電圧の振幅と高周波電圧の振幅及び周波数とは制御部41で設定される。
【0033】
具体的には、イオン入射面Piを挟む第1、第2ロッド電極11、12には、入射イオン光軸Ciに沿って到来したイオンがロッド電極11〜14で囲まれる空間に入射できるように適切な直流電圧Vd1、Vd2を印加する。従って、この直流電圧Vd1、Vd2の値はその前段のスキマー4等に印加されている直流電圧の値などにも依存して決められる。また、4本のロッド電極11〜14に印加される直流電圧Vd1、Vd2、Vd3、Vd4の関係は、イオン入射面Piから入射してきたイオンがイオン出射面Poから出てゆくようにイオンの軌道をほぼ直角に曲げるような力をイオンに加える直流電場を形成するように設定される。従って、印加される直流電圧の値は分析対象のイオンの極性やイオンがロッド電極11〜14で囲まれる空間に入射する際に持っている運動エネルギの大きさにより異なる。
【0034】
正イオンを分析対象とする場合には、第3ロッド電極13に印加する直流電圧Vd3を第1、第2及び第4ロッド電極11、12、14に印加する直流電圧Vd1、Vd2、Vd4よりも大きくする。一方、負イオンを分析対象とする場合には、第3ロッド電極13に印加する直流電圧Vd3を第1、第2及び第4ロッド電極11、12、14に印加する直流電圧Vd1、Vd2、Vd4よりも小さくする。また、分析対象のイオンの運動エネルギに応じて直流電圧Vd1、Vd2、Vd3、Vd4を調整し、イオンが所望の屈曲軌道を辿るようにする。このような直流電圧により形成される直流電場の作用により、イオンをほぼ直角に屈曲させることが可能である。
【0035】
但し、イオン輸送光学系1が配設される第2中間真空室6の真空度は高真空室7に比べれば高くなく、残留ガスが比較的多いためにイオンが残留ガスに衝突する機会も多い。そうした衝突が生じるとイオンはその軌道を変えるため、イオンが散逸する要因となる。そこで、このイオン輸送光学系1ではイオンをできるだけロッド電極11〜14で囲まれる空間の中央付近に押し込めるように、各ロッド電極11〜14に上述のように高周波電圧VRF・cosωt又は−VRF・cosωtを印加している。これにより、ロッド電極11〜14で囲まれる空間には上記直流電場に重畳するように高周波電場が形成され、この高周波電場の作用によりイオンは所定の領域内で振動する。高周波電圧の振幅と周波数とを適切に決めることにより、イオンは振動しながら上述のようにほぼ直角に屈曲された偏向軌道に沿って進む。
【0036】
即ち、イオン入射面Piをほぼ垂直に横切って4本のロッド電極11〜14で囲まれる空間に入射したイオンは、直流電場によりその軌道が大きく屈曲されるとともに、高周波電場で束縛されることで直流電場が作用する領域からの逸脱が抑制される。それ故に、比較的真空度が低い雰囲気中であっても、高い輸送効率で以てイオンを出射イオン光軸Coに沿って送り出すことができる。
【0037】
なお、上記説明では、入射イオン光軸Ciをイオン入射面Piに直交するように設定していたが、イオン入射面Piに対し斜め方向からイオンが入射するように入射イオン光軸Ciを定めてもよい。直流電場や高周波電場はx軸方向にはイオンに対し力を及ぼさないため、斜め方向からイオンが入射した場合には、イオン出射面Poから斜め方向にイオンが出射することになる。
【0038】
[第2実施例]
図5は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第2実施例)によるイオン輸送光学系1Bの概略構成図、図6は第2実施例によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図である。図5、図6において第1実施例におけるイオン輸送光学系と同一の構成要素には同一の符号を付している。
【0039】
この第2実施例によるイオン輸送光学系1Bは、第1実施例において第4ロッド電極14を取り除いた残りの3本のロッド電極11、12、13で電極部を構成している。この構成では、イオン入射面Piは第1実施例と同様に第1ロッド電極11と第2ロッド電極12とを含む面上にあるが、イオン出射面Poは第1ロッド電極11と第3ロッド電極13とを含む面上に設定される。つまり、イオン入射面Piとイオン出射面Poとの成す角度は約45°となる。
【0040】
3本のロッド電極11、12、13に印加される電圧は第1実施例と同様に直流電圧に高周波電圧を重畳した電圧である。この場合、第1実施例における第4ロッド電極14に相当する電極はないものの、3本のロッド電極11、12、13で囲まれる空間には、y軸−z軸平面内で概ね第3ロッド電極13から第1ロッド電極11に向かうようにイオンに力を加える直流電場が形成され、且つ、その空間内にイオンを押し込めるように力を加える高周波電場が形成される。直流電圧Vd1、Vd2、Vd3の値を適宜に調整することで、入射イオン光軸Ciに沿って入射して来たイオンを約45°偏向させ、出射イオン光軸Coに沿って出射させることが可能である。また、直流電圧Vd1、Vd2、Vd3の値を適宜に調整することで、45°以外の角度でイオンを偏向させるようにすることもできる。また、3本のロッド電極11、12、13の配置を変更することによって、45°以外の角度でイオンを偏向させるようにすることもできる。
【0041】
[第3実施例]
図7は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第3実施例)によるイオン輸送光学系1Cの電極部の斜視図(a)及び上面図(b)である。
【0042】
上記第1及び第2実施例の構成では、高周波電場はロッド電極11、12、13、14の延伸方向(x軸方向)にはイオンを束縛する作用を有さない。そのため、イオンの偏向面(y軸−z軸平面)に直交する方向(x軸方向)にイオンの一部が発散して輸送効率が低下する場合がある。これを回避するために、この第3実施例のイオン輸送光学系1Cでは、4本のロッド電極11〜14で囲まれる空間のx軸方向の両縁端にy軸方向に延伸するロッド電極15、16を補助電極としてそれぞれ配設してある。この2本のロッド電極15、16には、イオンを出射イオン光軸Coの方向に押し戻すような直流電場を形成するように直流電圧を印加する。例えば、分析対象が正イオンである場合には正極性の直流電圧を、また分析対象が負イオンである場合には負極性の直流電圧をロッド電極15、16に印加する。これにより、偏向中及び輸送中にイオンが散逸しにくくなり、輸送効率を向上させることができる。
【0043】
[第4実施例]
図8は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第4実施例)によるイオン輸送光学系1Dの電極部の斜視図(a)及び上面図(b)である。
【0044】
この実施例では、第3実施例における2本のロッド電極15、16に代えて、y軸−z軸平面に平行に延展する2枚の平板電極17、18を補助電極として設けている。この平板電極17、18にそれぞれ所定の直流電圧を印加することで形成する直流電場により、第3実施例と同様に、イオンを出射イオン光軸Coの方向に押し戻し、イオンの輸送効率を上げることができる。
【0045】
[第5実施例]
図9は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第5実施例)によるイオン輸送光学系1Eの電極部の斜視図である。この実施例では、第2実施例に示したようにロッド電極11、12、13を3本とした上で、第3実施例のようにy軸方向に延伸する2本のロッド電極15、16を追加している。これにより、第2実施例のようにイオンを偏向させた上で輸送効率を高めることができる。
【0046】
[第6実施例]
図10は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第6実施例)によるイオン輸送光学系1Fの電極部の斜視図である。この実施例では、第2実施例に示したようにロッド電極11、12、13を3本とした上で、第4実施例のようにy軸−z軸平面に平行に延展する2枚の平板電極17、18を追加している。これにより、第2実施例のようにイオンを偏向させた上で輸送効率を高めることができる。
【0047】
なお、上記各実施例は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜に修正、変更、追加などを行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0048】
例えば、上記実施例におけるイオン輸送光学系ではロッド電極を3本又は4本用いていたが、5本以上のロッド電極を用いた構成とすることもできる。その場合、イオン入射面Piとイオン出射面Poとは或る1本のロッド電極を挟んでその両側に設けなくてもよい。即ち、同一面を除いて、任意の2本のロッド電極を含むようにイオン入射面Piとイオン出射面Poとをそれぞれ定めることができる。
【0049】
また、3本又は4本のロッド電極は互いに略平行に配置されている必要はあるが、必ずしも直方体の互いに平行な3辺又は4辺に沿って配置されていなくてもよい。即ち、第1実施例において、イオン入射面Piとイオン出射面Poとの成す角度が90°ではないような構成とすることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明に係るイオン偏向装置の一実施例(第1実施例)によるイオン輸送光学系を備えるICP質量分析装置の概略構成図。
【図2】第1実施例によるイオン輸送光学系の概略構成図。
【図3】第1実施例によるイオン輸送光学系の電極部の上面図。
【図4】第1実施例によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図。
【図5】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第2実施例)によるイオン輸送光学系の概略構成図。
【図6】第2実施例によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図。
【図7】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第3実施例)によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図(a)及び上面図(b)。
【図8】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第4実施例)によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図(a)及び上面図(b)。
【図9】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第5実施例)によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図。
【図10】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第6実施例)によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図。
【図11】一般的な質量分析装置の概略ブロック構成図。
【図12】軸ずらしイオン輸送光学系の概略構成図。
【図13】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図14】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図15】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図16】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図17】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図18】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【符号の説明】
【0051】
1、1B、1C、1D、1E、1F…イオン輸送光学系
2…プラズマトーチ
3…サンプリングコーン
4…スキマー
5…第1中間真空室
6…第2中間真空室
7…高真空室
8…四重極質量フィルタ
9…イオン検出器
11、12、13、14、15、16…ロッド電極
17、18…平板電極
21、22、23、24…加算器
31、32、33、34…直流電圧源
40…高周波電圧源
41…制御部
Ci…入射イオン光軸
Co…出射イオン光軸
Pi…イオン入射面
Po…イオン出射面
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置などに利用されるイオン偏向装置、及びこれをイオン輸送光学系として利用した質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
図11は一般的な質量分析装置の概略ブロック構成図である。イオン源部50は試料に含まれる各種成分をイオン化し、発生したイオンはイオン輸送部51により搬送されて質量分離部52に導入される。質量分離部52は導入されたイオンを質量(厳密には質量電荷比m/z)に応じて分離し、イオン検出部53は分離されたイオンを検出して検出信号を出力する。質量分離部52及びイオン検出部53は高真空雰囲気中に配設されるため、イオン源部50がICP(誘導結合プラズマ)イオン源やESI(エレクトロスプレイ)イオン源のように略大気圧雰囲気下でイオン化を行うものである場合、イオン輸送部51は、イオン源部50と質量分離部52との間の比較的低い真空度(高いガス圧)の低真空雰囲気の下でイオンを搬送することになる。
【0003】
質量分析装置では、イオン源部50で生成されたイオンをイオン輸送部51へと導入する際に、目的とするイオンのほかに中性分子や光などが同時に導入されてしまうことがある。例えばICPイオン源を用いた構成では、プラズマ光や、プラズマガス・残留ガスなどに起因する中性分子がイオン輸送部51に導入され易い。またESIイオン源を用いた構成では、イオン化室に噴霧される試料溶媒に起因する中性分子がイオン輸送部51に導入され易い。光や中性分子は質量分離部52では排除されないため、光や、中性分子のうち質量分析部52を通過した後にイオンとなったものがイオン検出部53に到達してしまうと、マススペクトル上でのバックグラウンドノイズとなる。また、中性分子がイオン輸送部51や質量分離部52に導入されると、それらを構成する電極にコンタミネーションとして付着し、装置の動作を不安定化する一因となることがある。
【0004】
質量分析装置において上述のような不所望の光や中性分子などを除去するために、従来から、イオン輸送部51において、軸ずらし(off-axis)と呼ばれるイオン光学系が利用されている。軸ずらしイオン光学系は、入射イオン光軸Ciと出射イオン光軸Coとが一直線上に配置されないように工夫された光学系であり、大別すると、図12(a)に示すように、入射イオン光軸Ciと出射イオン光軸Coとが斜交(直交を含む)するような構成と、図12(b)に示すように入射イオン光軸Ciと出射イオン光軸Coとが平行にずれたような構成とが考えられる。いずれにしても、軸ずらしイオン光学系では、入射して来たイオンの軌道を電場(又は磁場)の作用によって曲げる、つまりイオンの進行方向を偏向させるイオン偏向装置が用いられる。光や中性分子は電場や磁場の作用を受けないため入射イオン光軸Ciに沿ってそのまま直進し、途中で発散又は消失してしまって後段の質量分離部52には導入されない。
【0005】
従来より、軸ずらしイオン光学系として様々な構成が提案されている。これらのいくつかについて図13〜図18を参照して簡単に説明する。
【0006】
(1)軸ずらし静電レンズ
図13は静電レンズを利用した軸ずらしイオン光学系の構成の一例を示す概略図である。スキマー60の頂部のオリフィスを通過したイオンは、平行平板型の静電レンズ61により形成される静電場(直流電場)に導入される。静電場はイオン収束用静電場にイオン偏向用静電場が重畳されたものであり、これによりイオンを後方焦点に収束させながら偏向させ、入射イオン光軸Ciと出射イオン光軸Coとをずらしている。
【0007】
(2)Qデフレクタ
図14はQデフレクタと呼ばれる、四重極型静電偏向装置の概略図である(特許文献1など参照)。Qデフレクタ62は、図中、紙面に直交する方向に延伸するように互いに平行に配置された4本のロッド電極621、622、623、624で構成され、各ロッド電極621、622、623、624にはそれぞれ直流電圧Vd1、Vd2、Vd3、Vd4が印加される。正イオンを分析対象とする場合、第3ロッド電極623に印加される直流電圧Vd3は他の直流電圧Vd1、Vd2、Vd4よりも大きな値に設定され、これにより、図中に示すように第3ロッド電極623から第1ロッド電極621に向かう方向にイオンを押すような作用を有する静電場が形成される。これによって、入射イオン光軸Ciに沿って入射して来たイオンは紙面内でその進行方向を略90°曲げられ、出射イオン光軸Coに沿って出射する。一方、光や中性粒子は静電場の影響を受けないため直進して除去される。
【0008】
(3)イオンミラー
図15は、特許文献2などに記載されているイオンミラーの概略図である。イオンミラーでは、入射イオン光軸Ciに対し略45°傾斜した面内にリング状電極63を配置し、リング状電極63に所定の直流電圧Vdを印加する。入射イオン光軸Ciに沿って入射して来たイオンはリング状電極63により形成される直流電場により反射され、その軌道が略90°曲げられて出射イオン光軸Coに沿って出射する。一方、光や中性粒子は静電場の影響を受けないため、リング状電極63の開口を通過して除去される。
【0009】
(4)多重極型高周波イオンガイド
図16は、真っ直ぐに延伸するロッド電極を用いた軸ずらし高周波イオンガイドの概略構成図である(特許文献3など参照)。この高周波イオンガイド64は、複数(例えば4本)の円柱形状のロッド電極641を中心軸の周りに平行且つ対称配置した構成を有し、そのイオンガイド64の中心軸(光軸)とイオン源部50から出射されたイオンの光軸(入射イオン光軸Ci)とが適当な角度で以て交差するように配置されている。中心軸を挟んで対向するロッド電極641には同位相、同振幅の高周波電圧が印加され、周方向に隣接するロッド電極641には逆位相で同振幅の高周波電圧が印加される。イオン源部50から出射して高周波イオンガイド64に導入されたイオンは、上記のようにロッド電極641に印加される高周波電圧により形成される高周波電場に束縛されて振動しながらイオンガイド64の中心軸に沿って進む。そしてイオンガイド64を出た後、出射イオン光軸Coに沿って質量分離部52に導入される。
【0010】
図17は、長手方向に屈曲形状であるロッド電極651を用いた軸ずらし高周波イオンガイド65の概略構成図である(特許文献4など参照)。即ち、この高周波イオンガイド65はその前半部における中心軸(光軸)と後半部における中心軸(光軸)とが平行にずれており、前半部における光軸が入射イオン光軸Ciに一致し、後半部における光軸が出射イオン光軸Coに一致している。ロッド電極651に印加される高周波電圧により形成される高周波電場に束縛されて振動しながらイオンが進行する間に、前半の光軸から後半の光軸に移動するように斜行し、これによって平行な軸ずらしが達成される。
【0011】
図18(a)は、図17と同様の平行軸ずらしを達成するために屈曲形状のロッド電極を使用する代わりに、長手方向にロッド電極を複数に分割(セグメント化)し、分割された電極に印加する高周波電圧を変えるようにした高周波イオンガイド70の構成を示す概略図、図18(b)はA−A’矢視線断面図、図18(c)はB−B’矢視線断面図である(特許文献5など参照)。この例では、1本のロッド電極は6セグメントに分割され、入射端側の2つのセグメントと出射端側の2つのセグメントの小ロッド電極71には、図18(b)に示すように通常の四重極電場を形成するための高周波電圧±Vq・cosωtが印加される。つまり、対向する1組の小ロッド電極711、713には高周波電圧+Vq・cosωtが印加され、他の対向する1組の小ロッド電極712、714には高周波電圧−Vq・cosωtが印加される。
【0012】
一方、中央の2つのセグメントの小ロッド電極72には、図18(c)に示すように、上記高周波電圧±Vq・cosωtに加え、上下の小ロッド電極721、713には同周波数で逆位相、且つ振幅が相違する高周波電圧Vd1・cosωt、−Vd2・cosωtが重畳して印加される。これにより、中央の2つのセグメントの小ロッド電極72で囲まれる空間には、イオンを束縛しつつ2つのイオン光軸Ci、Coを含む面内で大きく振動させる力が作用し、イオンを入射イオン光軸Ciから出射イオン光軸Coに移行させることができる。
【0013】
上述のように従来より様々な構成の軸ずらしイオン光学系が提案されてはいるものの、略大気圧雰囲気と高真空雰囲気との間に配設される低真空雰囲気の下では必ずしも十分に満足する性能が得られない。即ち、こうした低真空雰囲気下では残留気体分子の密度が比較的高いため、輸送されるイオンが気体分子と衝突散乱する頻度が高い。上記のような従来の静電レンズ、Qデフレクタ、或いはイオンミラーを用いた場合、気体分子との衝突により軌道がイオン光軸から大きくそれたイオンを捉えておくことが困難であるため、イオンの損失が大きくイオン輸送効率が低くなる傾向にある。その結果、質量分離部52に導入されるイオンの量が減り、分析感度を上げることが難しくなる。
【0014】
これに対し、軸ずらし高周波イオンガイドでは高周波電場によるイオンの束縛が比較的強いため、気体分子との衝突によって軌道から外れたイオンの散逸を抑えることができる。ところが、真っ直ぐなロッド電極を用いた構成では、光や中性粒子の除去効率を上げるために軸ずらし量を大きくしようとするとロッド電極を長くしなければならない。そのため、装置のサイズが大きくなり小型化には不利である。また、屈曲形状のロッド電極やセグメント化したロッド電極を用いた構成では、電極形状や電極の保持構造が複雑になり、コストが高いものとなるという問題がある。
【0015】
【特許文献1】米国特許第6630665号明細書
【特許文献2】米国特許第6614021号明細書
【特許文献3】米国特許第5672868号明細書
【特許文献4】米国特許第6762407号明細書
【特許文献5】米国特許第6730904号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、特に低真空雰囲気の下でも高い輸送効率を達成し、且つコンパクトな構造で大きくイオン光軸をずらすことが可能なイオン偏向装置を提供することである。また、本発明の他の目的は、そうしたイオン偏向装置を用いて高感度、高精度の質量分析を行うことができる質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオンの進行方向を電場の作用により変化させるイオン偏向装置であって、
a)直線を取り囲むように互いに平行に配置された3本以上の複数本のロッド電極から成り、前記直線の周りに隣接する2本のロッド電極を含む面をイオン入射面とし、前記直線の周りに隣接する2本のロッド電極を含み前記イオン入射面とは異なる面をイオン出射面とした電極部と、
b)前記電極部の複数本のロッド電極で囲まれる空間に、該空間に入射したイオンを該空間内に留めるようにイオンに力を加える高周波電場と、前記イオン入射面を横切って前記空間に入射したイオンが前記イオン出射面を横切って出射するようにイオンの軌道を屈曲させるべくイオンに力を加える直流電場と、を形成するために、前記複数本のロッド電極のそれぞれに直流電圧と高周波電圧とを重畳させた電圧を印加する電圧印加手段と、
を備えることを特徴としている。
【0018】
ロッド電極の本数は3以上であれば制限はないが、一態様として、前記電極部は、直方体の互いに平行な3辺又は4辺上に配置された3本又は4本のロッド電極から成る構成とすることができる。
【0019】
また各ロッド電極に印加する直流電圧は少なくとも1つが他よりも大きい又は小さい電圧とすればよい。これによって、ロッド電極の延伸方向(上記直線の延伸方向)に直交する面内でイオンを曲げるような力をイオンに加える直流電場を形成することができる。一方、イオンを上記空間に留めるべく束縛するには、例えば、上記空間を挟んで対向する2本のロッド電極に同一振幅、同一周波数、同一位相の高周波電圧を印加し、隣接するロッド電極には同一振幅、同一周波数で位相が互いに反転した高周波電圧を印加するようにするとよい。
【0020】
イオン入射面を横切って(典型的には直交する方向に横切って)イオンが上記ロッド電極で囲まれる空間に入射すると、イオンは高周波電場による束縛を受けつつ直流電場によりその軌道を曲げ、イオン出射面に向かって進行する。低真空雰囲気の下ではイオンは残留気体分子に衝突する機会が多く、衝突によってイオンの軌道が変わるが、高周波電場による束縛を受けているためにイオンの進行方向は修正され、空間内で屈曲されたイオン光軸の周囲に集まり易い。それ故に、イオンが途中で発散してしまいにくく、高い輸送効率で以てイオンをイオン出射面から出射させることができる。
【0021】
但し、上記の高周波電場はロッド電極の延伸方向にはイオンの束縛作用を有さないため、残留気体分子との衝突によってロッド電極の延伸方向にイオンが軌道を変えると、イオンが発散してしまったりイオン出射面から出たとしても利用できなかったり(後段で受け容れられない)する可能性がある。
【0022】
そこで、本発明の好ましい一態様として、前記電極部は、前記複数本のロッド電極で囲まれる空間をその両側の開放端面から挟むように配設された補助電極をさらに備え、前記電圧印加手段は、前記補助電極に前記空間内のイオンが前記直線の延伸方向に発散するのを防止するための直流電場を形成する直流電圧を印加する構成とするとよい。
【0023】
この構成において、前記補助電極は例えば、前記直線と直交する方向に延伸するロッド状の電極、又は、前記直線と直交する方向に延展する平板状の電極とすることができる。こうした補助電極を設けた構成とすれば、イオンの輸送効率を一層向上させることが可能である。
【0024】
また、本発明に係るイオン偏向装置は、高真空雰囲気の下でも利用可能であるのは当然であるが、特に低真空雰囲気の下で有用である。そこで、本発明に係る質量分析装置は、大気圧雰囲気下で目的成分をイオン化するイオン源と、高真空雰囲気下でイオンを質量に応じて分離して検出する質量分析部と、前記イオン源で生成されたイオンを低真空雰囲気下で前記質量分析部に輸送するイオン輸送部と、を備え、上記発明に係るイオン偏向装置を前記イオン輸送部における軸ずらしイオン輸送光学系として用いたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係るイオン偏向装置によれば、残留気体分子の多い低真空雰囲気の下でも、高いイオン輸送効率を保ちつつイオンを大きく偏向させることができる。それによって、イオンと共に導入される光や中性粒子などを除去し、これらが後段に導入されることを防止することができる。また、ロッド電極の延伸方向と直交又は斜交する方向にイオンを偏向させるので、偏向量、つまりは軸ずらし量を大きくするために装置自体のサイズを大きくする必要がない。従って、装置の小形化に有利であり、軸ずらし量を大きくすることで光や中性粒子の除去をより確実に行うことができる。また、ロッド電極の構造も複雑にならずに済み、コストの増加を抑えることができる。
【0026】
また本発明に係る質量分析装置によれば、略大気圧雰囲気にあるイオン源で発生した光や中性粒子をイオン輸送部で確実に除去し、これが質量分離部に入ることを防止することができる。それによって、マススペクトルのバックグランドノイズを低減することができ、また質量分離部の電極などの汚染を軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明に係るイオン偏向装置及びこれを用いた質量分析装置の一実施例について図面を参照して説明する。
【0028】
[第1実施例]
図1は本発明に係るイオン偏向装置の一実施例(第1実施例)によるイオン輸送光学系を備えるICP質量分析装置の概略構成図、図2は本実施例のイオン輸送光学系の概略構成図、図3はイオン輸送光学系の電極部の上面図、図4はイオン輸送光学系の電極部の斜視図である。
【0029】
このICP質量分析装置において、イオン源部であるプラズマトーチ2で生成されるプラズマ炎中で発生したイオンは、サンプリングコーン3を経て第1中間真空室5に導入され、さらにスキマー4を経て第2中間真空室6に導入される。第2中間真空室6内には後述する偏向用のイオン輸送光学系1が配置され、このイオン輸送光学系1を通る際にイオンの進行方向は大きく(略90°の角度)曲げられ、入射イオン光軸Ciとほぼ直交する出射イオン光軸Coに沿ってイオンは出射されて後段の高真空室7に導入される。一方、プラズマ炎に由来する光や中性粒子などはイオン輸送光学系1で直進するため、高真空室7に導入されることはない。高真空室7内には質量分離部としての四重極質量フィルタ8とイオン検出器9とが配設されており、特定の質量を有するイオンのみが選択的に四重極質量フィルタ8を通過してイオン検出器9に到達して検出される。
【0030】
上記構成では、プラズマトーチ2は略大気圧雰囲気中に設置され、高真空室7内はターボ分子ポンプ等の真空ポンプにより高真空雰囲気に維持される。その両者の間に位置する第1中間真空室5、第2中間真空室6もそれぞれ図示しない真空ポンプにより真空排気され、高真空室7に向かって段階的に真空度が高くなるようにしている。
【0031】
次に、イオン輸送光学系1について図2〜図4により詳述する。イオン輸送光学系1は、4本の円柱(又は円筒)形状のロッド電極11、12、13、14が直方体の互いに平行な4辺に沿って配置された構成を有する。ここでは、互いに直交するx、y、zの三軸のうちのx軸方向に延伸するように配置されている。このイオン輸送光学系1において、第1ロッド電極11とこれに隣接する第2ロッド電極12とを含むようにイオン入射面Piが設定され、第1ロッド電極11とこれに隣接するもう一方の第4ロッド電極14とを含むようにイオン出射面Poが設定されている。従って、イオン入射面Piはx軸ーy軸平面上にあり、イオン出射面Poはx軸ーz軸平面上にあって、両者は直交している。ここでは、このイオン入射面Piに対しイオンは直交するように入射するものとする。即ち、入射イオン光軸Ciはz軸方向に設定され、イオン入射面Piに直交する。一方、出射イオン光軸Coはy軸方向に設定され、イオンはイオン出射面Poに対し直交するように出射するものとする。
【0032】
第1ロッド電極11には、第1直流電圧源31で生成される直流電圧Vd1と高周波電圧源40で生成される高周波電圧VRF・cosωtとを加算器21により加算した電圧Vd1+VRF・cosωtが印加され、これと対向配置された第3ロッド電極13には、第3直流電圧源33で生成される直流電圧Vd3と高周波電圧源40で生成される高周波電圧VRF・cosωtとを加算器23により加算した電圧Vd3+VRF・cosωtが印加される。また、第2ロッド電極12には、第2直流電圧源32で生成される直流電圧Vd2と高周波電圧源40で生成される高周波電圧VRF・cosωtとは逆相の(位相が180°反転した)高周波電圧−VRF・cosωtとを加算器22により加算した電圧Vd2−VRF・cosωtが印加され、これと対向配置された第4ロッド電極14には、第4直流電圧源34で生成される直流電圧Vd4と上記高周波電圧−VRF・cosωtとを加算器24により加算した電圧Vd4−VRF・cosωtが印加される。第1乃至第4直流電圧源31、32、33、34及び高周波電圧源40は制御部41に接続されており、各直流電圧の振幅と高周波電圧の振幅及び周波数とは制御部41で設定される。
【0033】
具体的には、イオン入射面Piを挟む第1、第2ロッド電極11、12には、入射イオン光軸Ciに沿って到来したイオンがロッド電極11〜14で囲まれる空間に入射できるように適切な直流電圧Vd1、Vd2を印加する。従って、この直流電圧Vd1、Vd2の値はその前段のスキマー4等に印加されている直流電圧の値などにも依存して決められる。また、4本のロッド電極11〜14に印加される直流電圧Vd1、Vd2、Vd3、Vd4の関係は、イオン入射面Piから入射してきたイオンがイオン出射面Poから出てゆくようにイオンの軌道をほぼ直角に曲げるような力をイオンに加える直流電場を形成するように設定される。従って、印加される直流電圧の値は分析対象のイオンの極性やイオンがロッド電極11〜14で囲まれる空間に入射する際に持っている運動エネルギの大きさにより異なる。
【0034】
正イオンを分析対象とする場合には、第3ロッド電極13に印加する直流電圧Vd3を第1、第2及び第4ロッド電極11、12、14に印加する直流電圧Vd1、Vd2、Vd4よりも大きくする。一方、負イオンを分析対象とする場合には、第3ロッド電極13に印加する直流電圧Vd3を第1、第2及び第4ロッド電極11、12、14に印加する直流電圧Vd1、Vd2、Vd4よりも小さくする。また、分析対象のイオンの運動エネルギに応じて直流電圧Vd1、Vd2、Vd3、Vd4を調整し、イオンが所望の屈曲軌道を辿るようにする。このような直流電圧により形成される直流電場の作用により、イオンをほぼ直角に屈曲させることが可能である。
【0035】
但し、イオン輸送光学系1が配設される第2中間真空室6の真空度は高真空室7に比べれば高くなく、残留ガスが比較的多いためにイオンが残留ガスに衝突する機会も多い。そうした衝突が生じるとイオンはその軌道を変えるため、イオンが散逸する要因となる。そこで、このイオン輸送光学系1ではイオンをできるだけロッド電極11〜14で囲まれる空間の中央付近に押し込めるように、各ロッド電極11〜14に上述のように高周波電圧VRF・cosωt又は−VRF・cosωtを印加している。これにより、ロッド電極11〜14で囲まれる空間には上記直流電場に重畳するように高周波電場が形成され、この高周波電場の作用によりイオンは所定の領域内で振動する。高周波電圧の振幅と周波数とを適切に決めることにより、イオンは振動しながら上述のようにほぼ直角に屈曲された偏向軌道に沿って進む。
【0036】
即ち、イオン入射面Piをほぼ垂直に横切って4本のロッド電極11〜14で囲まれる空間に入射したイオンは、直流電場によりその軌道が大きく屈曲されるとともに、高周波電場で束縛されることで直流電場が作用する領域からの逸脱が抑制される。それ故に、比較的真空度が低い雰囲気中であっても、高い輸送効率で以てイオンを出射イオン光軸Coに沿って送り出すことができる。
【0037】
なお、上記説明では、入射イオン光軸Ciをイオン入射面Piに直交するように設定していたが、イオン入射面Piに対し斜め方向からイオンが入射するように入射イオン光軸Ciを定めてもよい。直流電場や高周波電場はx軸方向にはイオンに対し力を及ぼさないため、斜め方向からイオンが入射した場合には、イオン出射面Poから斜め方向にイオンが出射することになる。
【0038】
[第2実施例]
図5は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第2実施例)によるイオン輸送光学系1Bの概略構成図、図6は第2実施例によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図である。図5、図6において第1実施例におけるイオン輸送光学系と同一の構成要素には同一の符号を付している。
【0039】
この第2実施例によるイオン輸送光学系1Bは、第1実施例において第4ロッド電極14を取り除いた残りの3本のロッド電極11、12、13で電極部を構成している。この構成では、イオン入射面Piは第1実施例と同様に第1ロッド電極11と第2ロッド電極12とを含む面上にあるが、イオン出射面Poは第1ロッド電極11と第3ロッド電極13とを含む面上に設定される。つまり、イオン入射面Piとイオン出射面Poとの成す角度は約45°となる。
【0040】
3本のロッド電極11、12、13に印加される電圧は第1実施例と同様に直流電圧に高周波電圧を重畳した電圧である。この場合、第1実施例における第4ロッド電極14に相当する電極はないものの、3本のロッド電極11、12、13で囲まれる空間には、y軸−z軸平面内で概ね第3ロッド電極13から第1ロッド電極11に向かうようにイオンに力を加える直流電場が形成され、且つ、その空間内にイオンを押し込めるように力を加える高周波電場が形成される。直流電圧Vd1、Vd2、Vd3の値を適宜に調整することで、入射イオン光軸Ciに沿って入射して来たイオンを約45°偏向させ、出射イオン光軸Coに沿って出射させることが可能である。また、直流電圧Vd1、Vd2、Vd3の値を適宜に調整することで、45°以外の角度でイオンを偏向させるようにすることもできる。また、3本のロッド電極11、12、13の配置を変更することによって、45°以外の角度でイオンを偏向させるようにすることもできる。
【0041】
[第3実施例]
図7は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第3実施例)によるイオン輸送光学系1Cの電極部の斜視図(a)及び上面図(b)である。
【0042】
上記第1及び第2実施例の構成では、高周波電場はロッド電極11、12、13、14の延伸方向(x軸方向)にはイオンを束縛する作用を有さない。そのため、イオンの偏向面(y軸−z軸平面)に直交する方向(x軸方向)にイオンの一部が発散して輸送効率が低下する場合がある。これを回避するために、この第3実施例のイオン輸送光学系1Cでは、4本のロッド電極11〜14で囲まれる空間のx軸方向の両縁端にy軸方向に延伸するロッド電極15、16を補助電極としてそれぞれ配設してある。この2本のロッド電極15、16には、イオンを出射イオン光軸Coの方向に押し戻すような直流電場を形成するように直流電圧を印加する。例えば、分析対象が正イオンである場合には正極性の直流電圧を、また分析対象が負イオンである場合には負極性の直流電圧をロッド電極15、16に印加する。これにより、偏向中及び輸送中にイオンが散逸しにくくなり、輸送効率を向上させることができる。
【0043】
[第4実施例]
図8は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第4実施例)によるイオン輸送光学系1Dの電極部の斜視図(a)及び上面図(b)である。
【0044】
この実施例では、第3実施例における2本のロッド電極15、16に代えて、y軸−z軸平面に平行に延展する2枚の平板電極17、18を補助電極として設けている。この平板電極17、18にそれぞれ所定の直流電圧を印加することで形成する直流電場により、第3実施例と同様に、イオンを出射イオン光軸Coの方向に押し戻し、イオンの輸送効率を上げることができる。
【0045】
[第5実施例]
図9は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第5実施例)によるイオン輸送光学系1Eの電極部の斜視図である。この実施例では、第2実施例に示したようにロッド電極11、12、13を3本とした上で、第3実施例のようにy軸方向に延伸する2本のロッド電極15、16を追加している。これにより、第2実施例のようにイオンを偏向させた上で輸送効率を高めることができる。
【0046】
[第6実施例]
図10は本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第6実施例)によるイオン輸送光学系1Fの電極部の斜視図である。この実施例では、第2実施例に示したようにロッド電極11、12、13を3本とした上で、第4実施例のようにy軸−z軸平面に平行に延展する2枚の平板電極17、18を追加している。これにより、第2実施例のようにイオンを偏向させた上で輸送効率を高めることができる。
【0047】
なお、上記各実施例は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜に修正、変更、追加などを行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0048】
例えば、上記実施例におけるイオン輸送光学系ではロッド電極を3本又は4本用いていたが、5本以上のロッド電極を用いた構成とすることもできる。その場合、イオン入射面Piとイオン出射面Poとは或る1本のロッド電極を挟んでその両側に設けなくてもよい。即ち、同一面を除いて、任意の2本のロッド電極を含むようにイオン入射面Piとイオン出射面Poとをそれぞれ定めることができる。
【0049】
また、3本又は4本のロッド電極は互いに略平行に配置されている必要はあるが、必ずしも直方体の互いに平行な3辺又は4辺に沿って配置されていなくてもよい。即ち、第1実施例において、イオン入射面Piとイオン出射面Poとの成す角度が90°ではないような構成とすることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明に係るイオン偏向装置の一実施例(第1実施例)によるイオン輸送光学系を備えるICP質量分析装置の概略構成図。
【図2】第1実施例によるイオン輸送光学系の概略構成図。
【図3】第1実施例によるイオン輸送光学系の電極部の上面図。
【図4】第1実施例によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図。
【図5】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第2実施例)によるイオン輸送光学系の概略構成図。
【図6】第2実施例によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図。
【図7】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第3実施例)によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図(a)及び上面図(b)。
【図8】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第4実施例)によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図(a)及び上面図(b)。
【図9】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第5実施例)によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図。
【図10】本発明に係るイオン偏向装置の他の実施例(第6実施例)によるイオン輸送光学系の電極部の斜視図。
【図11】一般的な質量分析装置の概略ブロック構成図。
【図12】軸ずらしイオン輸送光学系の概略構成図。
【図13】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図14】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図15】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図16】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図17】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【図18】従来の軸ずらしイオン輸送光学系の一例を示す概略構成図。
【符号の説明】
【0051】
1、1B、1C、1D、1E、1F…イオン輸送光学系
2…プラズマトーチ
3…サンプリングコーン
4…スキマー
5…第1中間真空室
6…第2中間真空室
7…高真空室
8…四重極質量フィルタ
9…イオン検出器
11、12、13、14、15、16…ロッド電極
17、18…平板電極
21、22、23、24…加算器
31、32、33、34…直流電圧源
40…高周波電圧源
41…制御部
Ci…入射イオン光軸
Co…出射イオン光軸
Pi…イオン入射面
Po…イオン出射面
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンの進行方向を電場の作用により変化させるイオン偏向装置であって、
a)直線を取り囲むように互いに平行に配置された3本以上の複数本のロッド電極から成り、前記直線の周りに隣接する2本のロッド電極を含む面をイオン入射面とし、前記直線の周りに隣接する2本のロッド電極を含み前記イオン入射面とは異なる面をイオン出射面とした電極部と、
b)前記電極部の複数本のロッド電極で囲まれる空間に、該空間に入射したイオンを該空間内に留めるようにイオンに力を加える高周波電場と、前記イオン入射面を横切って前記空間に入射したイオンが前記イオン出射面を横切って出射するようにイオンの軌道を屈曲させるべくイオンに力を加える直流電場と、を形成するために、前記複数本のロッド電極のそれぞれに直流電圧と高周波電圧とを重畳させた電圧を印加する電圧印加手段と、
を備えることを特徴とするイオン偏向装置。
【請求項2】
前記電極部は、直方体の互いに平行な3辺又は4辺上に配置された3本又は4本のロッド電極から成ることを特徴とする請求項1に記載のイオン偏向装置。
【請求項3】
前記電極部は、前記複数本のロッド電極で囲まれる空間をその両側の開放端面から挟むように配設された補助電極をさらに備え、前記電圧印加手段は、前記補助電極に前記空間内のイオンが前記直線の延伸方向に発散するのを防止するための直流電場を形成する直流電圧を印加することを特徴とする請求項1又は2に記載のイオン偏向装置。
【請求項4】
前記補助電極は前記直線と直交する方向に延伸するロッド状の電極であることを特徴とする請求項3に記載のイオン偏向装置。
【請求項5】
前記補助電極は前記直線と直交する方向に延展する平板状の電極であることを特徴とする請求項3に記載のイオン偏向装置。
【請求項6】
大気圧雰囲気下で目的成分をイオン化するイオン源と、高真空雰囲気下でイオンを質量に応じて分離して検出する質量分析部と、前記イオン源で生成されたイオンを低真空雰囲気下で前記質量分析部に輸送するイオン輸送部と、を備え、請求項1〜5のいずれかに記載のイオン偏向装置を前記イオン輸送部における軸ずらしイオン輸送光学系として用いたことを特徴とする質量分析装置。
【請求項1】
イオンの進行方向を電場の作用により変化させるイオン偏向装置であって、
a)直線を取り囲むように互いに平行に配置された3本以上の複数本のロッド電極から成り、前記直線の周りに隣接する2本のロッド電極を含む面をイオン入射面とし、前記直線の周りに隣接する2本のロッド電極を含み前記イオン入射面とは異なる面をイオン出射面とした電極部と、
b)前記電極部の複数本のロッド電極で囲まれる空間に、該空間に入射したイオンを該空間内に留めるようにイオンに力を加える高周波電場と、前記イオン入射面を横切って前記空間に入射したイオンが前記イオン出射面を横切って出射するようにイオンの軌道を屈曲させるべくイオンに力を加える直流電場と、を形成するために、前記複数本のロッド電極のそれぞれに直流電圧と高周波電圧とを重畳させた電圧を印加する電圧印加手段と、
を備えることを特徴とするイオン偏向装置。
【請求項2】
前記電極部は、直方体の互いに平行な3辺又は4辺上に配置された3本又は4本のロッド電極から成ることを特徴とする請求項1に記載のイオン偏向装置。
【請求項3】
前記電極部は、前記複数本のロッド電極で囲まれる空間をその両側の開放端面から挟むように配設された補助電極をさらに備え、前記電圧印加手段は、前記補助電極に前記空間内のイオンが前記直線の延伸方向に発散するのを防止するための直流電場を形成する直流電圧を印加することを特徴とする請求項1又は2に記載のイオン偏向装置。
【請求項4】
前記補助電極は前記直線と直交する方向に延伸するロッド状の電極であることを特徴とする請求項3に記載のイオン偏向装置。
【請求項5】
前記補助電極は前記直線と直交する方向に延展する平板状の電極であることを特徴とする請求項3に記載のイオン偏向装置。
【請求項6】
大気圧雰囲気下で目的成分をイオン化するイオン源と、高真空雰囲気下でイオンを質量に応じて分離して検出する質量分析部と、前記イオン源で生成されたイオンを低真空雰囲気下で前記質量分析部に輸送するイオン輸送部と、を備え、請求項1〜5のいずれかに記載のイオン偏向装置を前記イオン輸送部における軸ずらしイオン輸送光学系として用いたことを特徴とする質量分析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
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【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2008−192519(P2008−192519A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−27455(P2007−27455)
【出願日】平成19年2月7日(2007.2.7)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年2月7日(2007.2.7)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
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