説明

イサダ食用素材の製造方法

【課題】イサダを食用にする際に問題となる黒化や異臭を解消し、さらに血圧降下効果などの生理作用が期待されているγ−アミノ酪酸(GABA)を含有させた、イサダを原料とする食用素材を製造する方法を提供する。
【解決手段】イサダ原料をγ−アミノ酪酸生産能を有する乳酸菌を用いて乳酸発酵することにより、黒変および異臭がなく、γ−アミノ酪酸を含有するイサダ食用素材を製造することができる。用いる乳酸菌はラクトバチルス・カルバタスIWF 0034 (Lactobacillus curvatus IWF 0034)株 (NITE P-759として寄託) が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イサダを原料とする食用素材の製造方法に関し、より詳しくは、イサダの食用化にあたって、黒化や異臭を解消し、さらに生理活性物質の一種であるγ−アミノ酪酸 (GABA) を含有させることにより機能性を高めた高付加価値イサダ食用素材を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イサダはツノナシオキアミ(Euphausia pacifica) という、オキアミ目の甲殻類である。三陸沿岸の春季の小型漁船漁業における重要な魚種であり、例えば、岩手県では水揚量の約13%を占める。水揚げされたイサダのほとんどは、ハマチ、タイ等の養殖餌料や釣り餌など、食用以外の用途に利用されている。イサダが食用に向かない一要因として、死後の鮮度低下が急速におこることによる、黒化・異臭の発生が挙げられている。近年、食用メーカーや中食産業からイサダを食用として利用したいとのニーズがあるほか、イサダを漁獲する生産者からは単価アップを誘導するためにも食用への利用を望む声が出ている。
【0003】
イサダで発生する黒化に類似した黒変減少は、冷凍エビやカニの解凍に伴う現象としてよく知られており、チロシナーゼによるチロシンの酸化から始まるメラニンの形成によるものとされている。冷凍エビやカニの黒変を防止するためには、現在、亜硫酸塩が使用されており、また、フェルラ酸(特許文献1)などのチロシナーゼ阻害剤使用や、種々の天然物を用いる方法も提案されている。例えば、食用可能なタンパク質分解酵素阻害物質(特許文献2)、魚類白子からの抽出物(特許文献3)、藻類抽出物(特許文献4)、竹植物抽出物(特許文献5)を用いて甲殻類の黒変を防止することが提案されている。
【0004】
また、イサダで問題となる異臭については、近縁種である南極オキアミ (Euphausia superba)でも問題であり、除去法が検討されている。徳永らは生オキアミで発生する異臭の主成分はジメチルスルフィド (DMS)であるとし、山西らはDMS とともにトリメチルアミン、イソブチルアミン等が関与しているとした。
【0005】
一方、乳酸菌等の微生物を利用してγ−アミノ酪酸(GABA)を豊富に含むGABA含有食品や食品素材を製造することが知られていた。
GABAは、脊椎動物の中枢神経系において、主に抑制性の神経伝達物質として機能している物質である。また、GABAは、自然界に広く分布しているアミノ酸でもあり、生体内においては、L−グルタミン酸から一段階で合成され、組織に存在する。他の多くのアミノ酸と異なり、非タンパク質構成アミノ酸であるが、生理的には重要な働きをもっている。GABAの機能としては血圧上昇抑制効果が最もよく知られ、この他にも精神安定作用やリラックス作用などがあると考えられている。
【0006】
GABAの生合成としては、脊椎動物から細菌まで広範な生物に存在しているグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD酵素)により、L−グルタミン酸のα位のカルボキシル基が不可逆的に除かれて生成されることが知られている。GABAは、味噌、醤油、漬物、パンなどの発酵食品等に含有されており、物質として発見される以前から、我々の日常生活の中で自然に摂取されてきた。これらの発酵食品に含まれている乳酸菌の一部の株がGABA生産能をもっていることが明らかになっている。
【0007】
乳酸菌を利用してGABA含有食品素材を得る方法としては、例えば、特許文献6には、グルタミン酸含量 200mg%以上の糖化醪に乳酸菌を接種して乳酸発酵を行った後、得られた乳酸発酵液を用いたアルコール発酵および酢酸発酵を順次行い、GABA含量が60mg%以上の食酢を製造することが記載されている。また、果汁や野菜搾汁液にGABA生成能を有する乳酸菌を添加して飲料を製造する方法 (特許文献7) 、グルタミン酸を含有させた大豆においてGAD酵素を有する乳酸菌を培養してGABA高含有食品素材を製造する方法(特許文献8)が知られている。さらに、特許文献9にはGAD産生能を有する乳酸菌等を用いてGABA含有発酵乳を製造すること、特許文献10には海苔を原料としてGABA含有食品素材を製造することが開示されている。
【0008】
これらの技術はいずれも、血圧降下などの種々の生理作用を有するGABAの効果を期待して食品として摂取するために、食品中のGABAの含有量を増加させることを目的とするものであり、水産甲殻類などの食品素材の黒化や異臭防止を目的とするものではない。また、本発明前、水産甲殻類の乳酸発酵によるGABA生産については全く知られていなかった。水産甲殻類の多くは、乳酸菌の生育に必須である糖質が少なく、また、GABAの原料となる遊離L−グルタミン酸の量も少ない。従って、これまでGABA生産を目的として水産甲殻類を原料とする乳酸発酵について検討されたことはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2000−325015号公報
【特許文献2】特開平6−245690号公報
【特許文献3】特開2000−23615号公報
【特許文献4】特開2000−139434号公報
【特許文献5】特開2006−315969号公報
【特許文献6】特開2005- 13146号公報
【特許文献7】特開2006- 25669号公報
【特許文献8】特開2004−187501号公報
【特許文献9】特開2001−120179号公報
【特許文献10】特開2008−86292号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、イサダを食用にする際に問題となる黒化や異臭を解消し、さらに、血圧降下効果などの生理作用が期待されているGABAを含有させた、イサダを原料とする食用素材を製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、イサダの黒化現象の機構および異臭発生の原因について検討した結果、イサダの乳酸発酵により、イサダの黒化や異臭を解消でき、しかもGABAを含有させたイサダ食用素材を製造できること、および発酵の際の条件を検討することにより、GABA含有量を顕著に増加させ得ることを見出した。
【0012】
より詳しくは、本発明者らは、冷凍イサダの解凍時に、空気中に置くと数時間で表面から黒褐色に不可逆的に変色するが、解凍を窒素ガス置換環境で行うと、黒化現象は観察されないことを確認した。従って、黒化の防止には、嫌気条件下で進行する反応を選択することが有効であるとの知見を得た。また、異臭については、漁獲後速やかに進行するイサダの自己消化により生じる遊離アミノ酸を主な発生源としている可能性がある。従って、これらの遊離アミノ酸が異臭原因物質へ変化することを抑え、しかもその際、ヒトにとって有用な生理活性を示す物質を生成させることができれば、高付加価値の食品素材を提供できるとの着想を得て、本発明を完成した。
【0013】
即ち、本発明は以下の通りである。
(1) イサダを原料とする食用素材の製造において、イサダ原料をγ−アミノ酪酸生産能を有する乳酸菌を用いて乳酸発酵する工程を含む、イサダ食用素材の製造方法。
(2) 乳酸発酵に用いる乳酸菌を、L−グルタミン酸含有培地で前培養しておくことを特徴とする、上記(1) 記載の製造方法。
(3) 乳酸発酵の工程が、L−グルタミン酸供給源と、乳酸菌の増殖促進因子供給源とを含む混合液中に、イサダ原料および乳酸菌を添加し、培養することを含む、上記(1) または(2) 記載の製造方法。
(4) L−グルタミン酸供給源がイサダ由来アミノ酸混合液である、上記(3) 記載の製造方法。
(5) イサダ由来アミノ酸混合液が、塩漬けにしたイサダ原料から得られたものである、上記(4) 記載の製造方法。
(6) 乳酸菌の増殖促進因子供給源が麹抽出液である上記(3) 〜(5) のいずれかに記載の製造方法。
(7) 前記乳酸発酵において、乳酸菌として、γ−アミノ酪酸生産能を有するラクトバチルス・カルバタス(Lactobacillus curvatus) を用いることを特徴とする、上記(1) 〜(6) のいずれかに記載の製造方法。
(8) 乳酸菌がラクトバチルス・カルバタスIWF 0034 (Lactobacillus curvatus IWF 0034)株 (NITE P-759として寄託) である、上記(7) 記載の製造方法。
(9) 上記(1) 〜(8) のいずれかに記載の製造方法により得られる、γ−アミノ酪酸を含有する、イサダ食用素材。
(10)イサダの乳酸発酵によりイサダ食用素材を製造する際に、乳酸菌を、L−グルタミン酸含有培地で前培養しておくことを特徴とする、イサダ食用素材中のγ−アミノ酪酸含有量を増加させる方法。
(11)イサダの乳酸発酵によりイサダ食用素材を製造する際に、イサダ由来アミノ酸混合液と麹抽出液の混合溶液中に、イサダ原料および乳酸菌を添加し、培養することを含む、イサダ食用素材中のγ−アミノ酪酸含有量を増加させる方法。
(12)乳酸菌としてラクトバチルス・カルバタスIWF 0034 (Lactobacillus curvatus IWF 0034)株 (NITE P-759として寄託) を用いる、上記(10)または(11)記載の方法。
(13)イサダを乳酸発酵することを含む、イサダの黒化及び/又は異臭を防止する方法。
(14)前記乳酸発酵において、乳酸菌として、γ−アミノ酪酸生産能を有するラクトバチルス・カルバタス(Lactobacillus curvatus) を用いることを特徴とする、上記(13)記載の方法。
(15)乳酸菌がラクトバチルス・カルバタス IWF 0034 (Lactobacillus curvatus IWF 0034) 株 (NITE P-759として寄託) である、上記(14)記載の方法。
(16)水産甲殻類を乳酸発酵することを含む、水産甲殻類の黒化及び/又は異臭を防止する方法。
(17)γ−アミノ酪酸生産能を有する、NITE P-759として寄託された、ラクトバチルス・カルバタス(Lactobacillus curvatus)IWF 0034菌株。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、イサダを食用にする際に問題となる黒化や異臭を解消することができ、イサダの食用としての利用を拡げることができる。また、黒化および異臭がなく、かつ、血圧降下効果などの生理作用が期待されるGABAを高濃度に含んだイサダ食用素材を製造できるため、イサダを高付加価値の食品素材とすることができる。さらに、イサダの乳酸発酵に用いるのに適した、高いGABA産生能を有する新規乳酸菌株を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】昆布乳酸発酵由来遊離アミノ酸の薄層クロマトグラムである。星印は検出されたGABAを示す。レーンの説明:1.スターター乳酸菌を投与しなかった試料、2.IWF 0034株を投与した試料、3.IWF 0271株を投与した試料、4.IWF 0365株を投与した試料、5.IWF 0441株を投与した試料。
【図2】イサダ乳酸発酵由来遊離アミノ酸の薄層クロマトグラムである。星印は検出されたGABAを示す。レーンの説明:1.L−グルタミン酸標品、2.GABA標品、3.スターター乳酸菌を投与しなかったイサダ試料、4.MRS培地で培養したスターター乳酸菌を投与したイサダ試料、5.1%グルタミン酸を含むMRS培地で培養したスターター乳酸菌を投与したイサダ試料。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のイサダ食品素材の製造方法は、イサダをγ−アミノ酪酸 (GABA) 生産能を有する乳酸菌を用いて乳酸発酵する工程を含む。
本発明で用いる乳酸菌は、GABAを生産する乳酸菌であれば菌種としては特に限定されず、例えばラクトバチルス属 (Lactobacillus)、ラクトコッカス属 (Lactococcus)、エンテロコッカス属 (Enterococcus) 、ペディオコッカス属 (Pediococcus)やワイセラ属 (Weisella) に属する乳酸菌であり、イサダ発酵液中でL−グルタミン酸を原料としてGABAを生産することができる株を選択して使用すればよい。
【0017】
本発明において好適に使用できる菌株は、例えば以下のような方法によってイサダ発酵液中でのGABA生産能を検査することによって得ることができる。
イサダをミキサーで粉砕し、5容量/容量%のNaClを添加した状態で2〜4日間、50〜60℃で処理した後、遠心操作によって上澄み液(イサダ由来アミノ酸混合液)を得る。一方、400mL の水に市販の米麹100 gを細かく砕いて加え、1〜3日間、60℃で処理した後、遠心操作によって上澄み液(麹抽出液)を得る。イサダ由来アミノ酸混合液と麹抽出液を等量混ぜ合わせた液中に、少なくとも1×106 コロニー形成単位/mLになるように乳酸菌を添加し、適性の温度で1〜3日間保存した後、薄層クロマトグラフィーなどによってGABA生産の有無を検査する。GABA生産能の検査の対象としては、発酵食品製造に用いられている乳酸菌、自然界より分離された乳酸菌、また既存の微生物保存機関に保存されていて分譲可能な保存菌株などが利用できる。
【0018】
本発明において最も好適に使用できる菌株は、本発明者らによって、岩手県下閉伊郡山田町の有限会社木村商店で製造販売されたイカの塩辛から分離された乳酸菌ラクトバチルス・カルバタスIWF 0034 (Lactobacilus curvatus IWF 0034)株である。この菌株は16S リボソームRNA 遺伝子の塩基配列がラクトバチルス・カルバタスの基準株 DSM 20019株の16S リボソームRNA 遺伝子 (GenBank 登録番号 AM113777)と99.8% (1453塩基中1450塩基) 一致することなどから、ラクトバチルス・カルバタス(Lactobacilus curvatus) (例えば、「インターナショナル・ジャーナル・オブ・システマティック・バクテリオロジー (Inrernational Journal of Systematic Bacteriology) 」、46巻、p.367-376, 1996 年参照) と同定された株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター (千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に2009年5月19日付で受託番号NITE P-759として寄託されている。この菌株の菌学的性質は以下の通りである。
1.形態的特徴
細胞の形は桿菌。細胞の多形性なし。運動性なし。胞子なし。
2.培養性状
Lactobacilli MRS broth (Difco 社) に接種し、静置培養にて24〜48時間で、培養液が白濁し生育が確認できる。また、Lactobacilli MRS broth (Difco 社) に1.5 重量/容量%の寒天粉末を加えて調製した寒天平板培地上で、接種後24〜48で白色のコロニーが現れる。好気、嫌気の両条件下において上記のごとく生育が確認できる。
3.生理的性状
グラム陽性。カタラーゼ陰性。15〜30℃で良好に生育。NaCl濃度0〜7%で良好に生育。初期pH5〜8で良好に生育。リポース、ガラクトース、グルコース、フラクトース、マンノース、マルトース、シュークロース、トレハロースから酸を生成し、アラビノース、キシロース、ソルボース、ラムノース、ラクトース、メリビオース、ラフィノースから酸の生成は認められない。
【0019】
APIZYME(ビオメリュー社) 試験結果 (+:陽性、−:陰性、w:弱陽性)
Alkaline phosphatase +
Esterase (C4) −
Esterase lipase (C8) −
Lipase (C4) −
Leucine alylamidase +
Valine alylamidase +
Cystine alylamidase w
Trypsin −
α-Chimotrypsin −
Acid phosphatase +
Naphtol-AS-B1-phosphohydratase +
α-galactosidase −
β-galactosidase −
β-glucronidase −
α-glucosidase −
β-glucosidase −
N-acetyl- β-glucosaminidase −
α-mannosidase −
α-fucosidase −
4.化学分類学的性質
16S リボソームRNA 遺伝子の塩基配列がラクトバチルス・カルバタスの基準株 DSM 20019株の16S リボソームRNA 遺伝子の塩基配列 (GenBank 登録番号 AM113777)と99.8% (1453塩基中1450塩基) 一致する。
【0020】
本菌株 (IWF 0034) は、上記イサダ発酵液中でのGABA生産において、後出の実施例で述べるように良好な検査結果を示した。また、本菌株は、乳酸菌用培地Lactobacilli MRS Broth (Difco 社) に、L−グルタミン酸を5容量/容量%添加した培地において、24時間でほぼ完全にGABAに変換することができた。また、乳酸菌用培地Lactobacilli MRS Broth (Difco 社) に、L−グルタミン酸を1容量/容量%添加した培地において、pH5〜10、NaCl濃度0〜7%の幅広い条件において、ほぼ完全にGABAに変換することができた。
【0021】
イサダの乳酸発酵においてスターターとして用いる乳酸菌体は、凍結乾燥菌体や前培養直後に集めた菌体など、生育可能な乳酸菌体であればよい。スターターとして用いるのに特に好ましいのは、L−グルタミン酸をGABAに変換するグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD酵素)が十分に発現している菌株である。このような乳酸菌菌体は、例えば、以下に説明するように、乳酸菌用培地にL−グルタミン酸を添加した培地を用いて培養した場合に得られる。
【0022】
ラクトバチルス・カルバタスIWF 0034株では、GAD酵素遺伝子のmRNA量はL−グルタミン酸を添加した培地から得られた菌体からは1214コピーが検出されたが、L−グルタミン酸を添加せずに培養した菌体からは定量 PCR法では検出されなかった。この結果から、乳酸菌がもつGAD酵素遺伝子は、培地中のL−グルタミン酸によって強く誘導されることが分かる。
【0023】
従って、高濃度GABA含有イサダ食用素材を生産するためにスターターとして用いる乳酸菌は、例えば、Lactobacilli MRS Broth (Difco 社) の乳酸菌培地に0.5 〜1.0 容量/容量%でL−グルタミン酸を添加した培地において前培養しておくのが好ましい。培養温度や培養期間は菌株に適した条件を用いればよいが、ラクトバチルス・カルバタスIWF 0034の場合は、30℃で24〜48時間が適当である。GABAの変換能が低下しないよう48時間以内の培養が好ましい。また、培地のpHは通常pH5〜7の範囲とするのが適しており、pH5.5 〜6.5 の範囲が好ましい。培地のpHは各種酸、塩基、緩衝液等を用いて調整することができる。スターターとして用いる乳酸菌の培養法としては、静置培養法、嫌気培養法等の従来から乳酸菌の培養に利用されている方法が採用できるが、GABAを高濃度に生産させるためには、GABAの生産によって生じる二酸化炭素を培養液中に停留させないように、密封せずに、軽度に振盪を加える程度の静置培養が好ましい。培養終了後に、培養液から乳酸菌体を集菌する方法は、従来から行われている遠心分離法や濾過膜を用いた濃縮法などいずれの方法によってもよい。
【0024】
スターターとして用いる乳酸菌体の量としては、IWF 0034株では少なくとも1×107 コロニー形成単位以上、好ましくは1×108 コロニー形成単位以上にすることよって、試料中に5容量/容量%含まれたL−グルタミン酸を、2〜3日でほぼ完全にGABAに変換することができる。105 〜106 コロニー形成単位の添加では、処理日数を7〜14日に延長すれば、試料中に1容量/容量%含まれたL−グルタミン酸をほぼ完全にGABAに変換することができる。104 コロニー形成単位以下の添加では14日以内に十分なGABA変換量に達しない。
【0025】
本発明の製造方法において原料とするイサダは、生のイサダ、煮沸したイサダ、または冷凍品から解凍したイサダのいずれでもよい。ただし、煮沸したイサダ以外は、迅速に処理しないと、黒変や異臭の発生が見られるため注意が必要である。解凍は、室温で長くても数時間放置するか、冷蔵庫内で一晩放置することによって良好な解凍を行うことができる。特に、冷蔵庫内で、5重量%程度の食塩水中で解凍するのが、色合いの変化やえぐみの発生を抑える点で望ましい。煮沸については、3〜5%程度の食塩水中で30〜60秒煮沸すればよい。
【0026】
イサダ原料として煮沸したイサダを用いれば、発酵処理後もイサダの形が残るため、製品の都合上、イサダの姿を見せたい場合には都合がよい。
イサダの乳酸発酵により、GABAを含有させた食品素材を得るには、イサダ原料に上記乳酸菌を加え発酵処理を行えばよい。GABA含有量を顕著に高めるには、長時間の発酵処理を行えば可能であるが、長時間にわたって発酵処理過程を管理し良好な食用素材を得ることは、時間と手間がかかり容易ではない。そこで、L−グルタミン酸供給源と、乳酸菌の増殖促進因子供給源の混合液を加えて乳酸発酵を行えば、短時間で効率的に高濃度のGABAを含有させた食品素材を得ることができるため、産業上利用する上ではこの方法がより望ましい。
【0027】
L−グルタミン酸供給源としては、イサダ由来アミノ酸混合液、L−グルタミン酸を含有する旨味調味料や昆布などが使用できる。また、乳酸菌の増殖促進因子供給源としては、糖や火落酸 (メバロン酸) などを含む麹抽出液などが挙げられる。乳酸菌が、増殖促進因子供給源から供給される増殖促進因子を利用しながら生育する間に、L−グルタミン酸供給源から供給されるL−グルタミン酸をGABAに変換する結果、高濃度にGABAを含有したイサダ食品素材を製造することができる。また、その際に作用する乳酸菌の働きによってイサダ異臭が防止されるが、これは異臭原因物質が乳酸菌により代謝されるためと考えられる。黒変については、発酵することにより結果的に空気と遮断されることによって防ぐことができる。
【0028】
イサダ由来アミノ酸混合液は、イサダを塩漬けにして得ることができる。例えば、イサダに対して5〜15重量%のNaClを添加し、50〜60℃で2〜4日間静置後、遠心分離によって上澄み液を得る。こうして得たイサダ由来アミノ酸混合液には600 〜1500mg/Lの濃度のL−グルタミン酸が含まれている。処理する際に、例えば、天野エンザイム (株) のウマミザイムなどの食品加工用プロテアーゼを添加することによって、L−グルタミン酸濃度を1.5 倍に高めることもできる。こうして得られたイサダ由来アミノ酸混合液は、L−グルタミン酸の供給源として利用でき、処理するイサダ原料に対して通常10〜50容量/重量%、特に好ましくは約25容量/重量%添加する。
【0029】
L−グルタミン酸供給源としては、イサダ由来アミノ酸混合液に代え、L−グルタミン酸を主成分とする旨味調味料、または昆布などのL−グルタミン酸を豊富に含む天然素材を使用してもよい。昆布5gの煮出し液あるいは水抽出液100mL は、100 〜3000mg/Lの濃度でL−グルタミン酸を含む。昆布の種類によってはL−グルタミン酸と共に多糖が抽出され、イサダに加えた際に、高粘性のため乳酸菌を生育を阻害し、GABA生産が低くなる場合があるため、例えば羅臼コンブのように清澄な高濃度グルタミン酸液を得ることができる昆布を使用することが望ましい。
【0030】
また、乳酸菌の生育に必要な糖や火落酸などの増殖促進因子の供給源としては、麹抽出液が好ましい。麹抽出液は、例えば、次のような方法で調製できる。麹100 gを細かく砕いて、水400mL に懸濁する。次に、50〜60℃で1〜3日間静置する。その後、遠心操作によって上澄み液 (麹抽出液) を得る。麹抽出液は、処理するイサダに対して少なくとも10容量/重量%、好ましくは25〜50容量/重量%添加する。
【0031】
イサダの乳酸発酵の好ましい1態様としては、上記のようにして調製したイサダ由来アミノ酸混合液と麹抽出液を混合した溶液中に、生のイサダ、煮沸処理したイサダ、または冷凍品から解凍したイサダなどのイサダ原料を添加し、乳酸菌体を加えて一定期間静置することが挙げられる。乳酸菌を懸濁するための溶液のpHは、5.0 〜8.0 の範囲で乳酸菌によるGABA生産量が増加するため、この範囲とするのが好ましい。さらに好ましいのは、pH5.0 〜6.5 の範囲である。pHの調整には、酢酸やクエン酸などの有機酸、塩酸や硫酸などの無機酸、またはこれらの塩類を用いればよい。
【0032】
発酵処理方法は、特に限定されず、通常の発酵方法を使用できる。常時、振盪、通気、攪拌する必要はなく、静置して発酵処理可能であるが、1日に1回程度は全体を攪拌する必要がある。発酵処理する際の温度は、通常14〜38℃の範囲であり、GABAの生産量の点からは30℃以上が好ましい。発酵処理の際のNaCl濃度については、3〜7重量/容量%の範囲内とするのが望ましい。
【0033】
上記のようにして発酵処理を行って、GABA含有量を高めたイサダは、必要により乾燥などの処理を行った後、そのまま、あるいは破砕処理などの加工処理を行った後、種々の形態で利用することができる。本発明によれば、イサダ中のGABA含有量を大幅に増加させることができ、GABA含有量が300mg/L 以上のGABA含量のイサダ食用素材を得られることも実証されている。また、得られたイサダ食用素材は、黒化もみられず、イサダ異臭も消え、えびせん風味のにおいを呈するようになった。従って、血圧改善作用や精神安定作用、リラックス作用などの生理作用が期待できる食品素材として有用である。
【0034】
また、本発明はイサダを乳酸発酵することを含む、イサダの黒化及び/又は異臭防止方法にも関するが、この方法は、イサダと同様の機構により死後の鮮度低下が急激に起こることによる黒化・異臭の発生が問題となる、エビ、カニ、オキアミなどの水産甲殻類に対しても効果が期待てきる。
【0035】
以下の実施例および試験例により、本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例1】
【0036】
スターター乳酸菌の選抜
L−グルタミン酸を原料としてGABAを生産する能力をもつ乳酸菌株を以下の方法によって選抜した。
【0037】
岩手県内で収集した発酵食品などから分離した乳酸菌283株について、1%グルタミン酸ナトリウム1水和物を含むLactobacilli MRS Broth (Difco 社) で、30℃、48時間培養し、薄層クロマトグラフィーでGABAの生成が認められた菌株を選択した。薄層クロマトグラフィーには、TLC plastic sheets20×20cm Cellulose F (Merck 、カタログ番号
1.05565.0001) を用い、n-ブタノール/酢酸/水 (3/2/1,v/v)を展開溶媒として行った。発色試薬は薄層クロマトグラフィー用ニンヒドリンスプレー (和光純薬、カタログ番号145-08601)を用いた行った。その結果選抜された菌株を表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
さらに、以下のようにして昆布抽出液と麹抽出液を原料として乳酸発酵を行い、最もGABA生産能の高い株を選抜した。
(1) 麹抽出液の調製
市販の生米麹 (有限会社高善商店製、岩手県江刺市中町3-20) 300 gを手で細かくしてビーカーに入れ、そこに純水 1.2 Lを添加し、よくかき混ぜた後、密封して60℃で2昼夜静置した。その後、遠心操作 (8,000 g、10分) を2回繰り返して得た上澄み液を、121 ℃で15分間蒸気滅菌して、麹抽出液を得た。こうして得た麹抽出液が含有するグルコース濃度を、グルコース測定用Fキット (カタログ番号10 716 251 035、ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社) を用いて測定したところ、147 g/L であった。また、麹抽出液が含有するL−グルタミン酸濃度を、ヤマサL−グルタミン酸測定キット (製品コード7171) を用いて測定したところ、616mg/L であった。
(2) 昆布抽出液の調製
市販の羅臼産だし昆布 (株式会社ホッカン、札幌市白石区流通センター7丁目8-55) 2.5 gを50mLの水に懸濁し、一昼夜攪拌しながらL−グルタミン酸を抽出した。その後、遠心操作 (8,000 rpm 、10分) によって得られた昆布抽出液を100 分の1に希釈し、昆布抽出液が含有するL−グルタミン酸濃度をヤマサL−グルタミン酸測定キット (製品コード7171) を用いて測定したところ、2,119mg/L であった。
(3) 昆布抽出液と麹抽出液からのGABA製造
表1に示した乳酸菌株を5mLのLactobacilli MRS Broth (Difco 社) を用いて、30℃で2日間培養し、遠心操作 (8,000 rpm 、10分) によって集菌後、水10mLに再度懸濁し、遠心操作 (8,000 rpm 、10分) によって得られた乳酸菌の菌体を1mLの水に懸濁した。清澄な場所で、密封できる容器に、昆布抽出液5mLおよび麹抽出液5mLを添加し、さらに、スターターとしての乳酸菌の濃縮菌体を0.1mL 加えたのちに、よく攪拌し、密封して、30℃に3日間静置した。3日後に、遠心操作 (8,000 rpm 、10分) によって得られた上澄み液1μL を薄層クロマトグラフィーによって分析し、GABAの生産を確認した (図1) 。図1において、星印は検出されたGABAを示す。レーン1はスターター乳酸菌を投与しなかった試料、レーン2はIWF 0034株を投与した試料、レーン3はIWF 0271株を投与した試料、レーン4はIWF 0365株を投与した試料、レーン5はIWF 0441株を投与した試料である。
【0040】
図1の結果から、1%グルタミン酸ナトリウム1水和物を含むLactobacilli MRS Broth (Difco 社) を培地とした場合に、GABAの生産量にほとんど差がなかったIWF 0034、IWF 0271、IWF 0365、IWF 0441株でも、Lactobacilli MRS Broth (Difco 社) よりも栄養分が少ないと考えられる麹抽出液を用いた場合、IWF 0034のみがGABA生産活性を示したことから、イサダの乳酸発酵にもIWF 0034株が適していることが確認された。
【実施例2】
【0041】
乳酸菌投与による高GABA含有イサダ素材の製造
(1) 麹抽出液の調製
実施例1と同様にして行った。
【0042】
(2) イサダ由来アミノ酸混合液の調製
水を添加して凍結した凍結イサダ (東和水産株式会社大船渡工場製、大船渡市大船渡町字砂子前116-1)を電子レンジで解凍し、スパーテルなどで細かく砕いた後、解凍したイサダ 300gに対して、NaClを15重量/重量%になるように添加し、2分間家庭用ミキサーでジュース状にした。得られたジュース状の液体を密封可能なタッパーウェアに入れたのち、密封して50℃で2昼夜静置した。その後、遠心操作 (8,000 g 、10分) を2回繰り返して得た上澄み液を、121 ℃、15分で蒸気滅菌して、イサダ抽出液を得た。こうして得たイサダ抽出液が含有するグルコース濃度を、グルコース測定用Fキット (カタログ番号10 716 251 035、ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社) を用いて測定したところ、102 mg/Lであった。また、イサダ抽出液が含有するL−グルタミン酸濃度を、ヤマサL−グルタミン酸測定キット (製品コード7171) を用いて測定したところ、1,356 mg/Lであった。
【0043】
(3) スターター用乳酸菌体の調製
ラクトバチルス・カルバタスIWF 0034 (Lactobacilus curvatus IWF 0034)株 (NITE P-759) を、5mLのLactobacilli MRS Broth (Difco 社) に植菌し、30℃で24時間静置培養して前培養を行った。その後、前培養液を10mLのLactobacilli MRS Broth液体培地 (Difco 社) にL−グルタミン酸一ナトリウム (和光純薬工業194-02032)を1容量/容量%となるように添加した液体培地に1%植菌し、30℃で24時間静置培養して培養液10mLを得た。ここで得られた培養液を 8,000gで5分間遠心分離して乳酸菌体を回収し、等量の滅菌生理食塩水に懸濁し、再度遠心によって回収した菌体を1mLの滅菌生理食塩水に再懸濁して10倍菌体濃縮液を調製した。希釈した菌体懸濁液の濁度から、こうして得た菌体は2.4 ×109 コロニー形成単位であった。
【0044】
(4) スターター投与によるGABA含有イサダの製造
清澄な場所で、密封できる容器に、解凍したイサダ20g、イサダ由来アミノ酸混合液5mL、麹抽出液5mLを添加し、さらにスターターとしての乳酸菌の菌体濃縮液1mLを加えたのちに、よく攪拌し、密封して30℃に7日間静置した。反応液の1mLを取って、遠心操作 (15,000rpm ×5分) によって上澄み液を得て、これに残存するL−グルタミン酸濃度を、ヤマサL−グルタミン酸測定キット (製品コード7171) を用いて測定することよって、L−グルタミン酸からGABAへの変換反応の進行を追跡し、残存するL−グルタミン酸が、反応開始前のL−グルタミン酸濃度の1/10以下になった時点で反応を停止させるためにNaClの投与、-80 ℃での凍結処理を行った。イサダの発酵液から得られる遊離L−グルタミン酸の濃度の変化を表2に示す。
【0045】
【表2】

【0046】
2日目の発酵試料を1mL採取し、遠心操作 (15,000rpm ×5分) によって得られた上澄み液の5分の1希釈液1μL を、薄層クロマトグラフィーによって分析し、GABAの生産を確認した。薄層クロマトグラフィーは実施例1に示した方法と同様に行った。図2に結果を示す。レーン1はL−グルタミン酸標品、レーン2はGABA標品、レーン3はスターター乳酸菌を投与しなかったイサダ試料、レーン4はMRS 培地で培養したスターター乳酸菌を投与したイサダ試料、レーン5は1%グルタミン酸を含むMRS 培地で培養したスターター乳酸菌を投与したイサダ試料を用いた場合の薄層クロマトグラムである。星印が検出されたGABAを示す。
【0047】
表2および図2 の結果から、スターター乳酸菌体の前培養に用いる培地に1%グルタミン酸を添加することによって、L−グルタミン酸からGABAへの変換が促進されることが確認された。
【実施例3】
【0048】
乳酸菌投与によるイサダ異臭の除去
(1) 試験に供する乳酸菌体の調製
予備検討により、イサダ異臭の除去に顕著な効果が期待された2株と、L−グルタミン酸からGABAの生産能が顕著なIWF 0034を供試株として選抜した。菌株の前培養は次のようにして行った。
【0049】
ガラス製遠沈管 (50mL) にLactobacilli MRS Broth培地50mLを入れ、それぞれの乳酸菌をグルセロールストックから植菌し、30℃で65時間静置培養した。遠沈管は、それぞれの乳酸菌につき2本ずつ用意した。65時間後の各菌株の菌体量を反映する濁度は、ML 013が1.0781、1.0867;IWF 0028が0.6057、0.5796;IWF 0034が0.2601、0.2773であった。濁度計測後、遠心操作 (3,000rpm、15分) によって集菌し、滅菌生理食塩水12mLによって再懸濁し、遠心操作 (3,000rpm、15分) 後、上澄みを捨て、乳酸菌体を得た。
(2) 臭い試験に供した試料は以下のようにして作製した。
【0050】
NC-1:5%NaCl水1L を沸騰させ、解凍した冷凍イサダ (1ブロック) を加えて、約30秒間ゆでた。粗熱をとってからミキサーにかけペースト状にした。得られたペースト30gを蓋付きのガラスチューブに入れ、密封した。臭い分析の直前に調製した。
【0051】
NC-2:冷凍イサダを解凍後、NaClを5%になるように加え、ミキサーにかけペースト状にした。得られたペースト30gを蓋付きのガラスチューブに入れ、密封した。20℃に2週間静置し、1週間後および2週間後に、クリーンベンチ内で蓋を開け、ガラス棒でかき混ぜた。
【0052】
ML 013 、IWF 0028 、IWF 0034:上記(1) で調製した乳酸菌体に、NC-2で調製したイサダペースト30gを添加し、ガラス棒で混ぜ合わせ、密封して20℃に2週間静置した。1週間後および2週間後に、クリーンベンチ内で蓋を開け、ガラス棒でかき混ぜた。
(3) 臭気試験
上記のようにして調製した材料を、株式会社島津テクノリサーチ (京都市中京区西の京三条坊町2番地の13) に送付し、におい識別装置 (島津製作所製 FF-2A) による臭いの客観的評価を行った。同じく株式会社島津テクノリサーチによるにおい鑑定士による臭いの評価結果から、似た臭いとして選抜されたかっぱえびせん (カルビー株式会社製、市販品) を比較対象として同様の評価試験に供した (分析結果報告書、株式会社島津総合分析試験センター、平成21年2月26日) 。その結果の一部を表3に示す。
【0053】
【表3】

【0054】
表3に示すように、乳酸菌の添加は、5%NaCl含有イサダペーストに新たな臭いを生じさせた。特に、高濃度GABA生産活性を有するIWF 0034を添加した5%NaCl含有イサダペーストは、えびせん臭に極めて類似した臭気を与えることが明らかとなった。さらに、分析結果報告書 (株式会社島津総合分析試験センター、平成21年2月26日) によると、臭気の強さについても、IWF 0034を添加したイサダペーストの臭いは、かっぱえびせんの臭いに比べて100 倍の強さをもっているという結果が得られた。これらの結果から、乳酸菌で処理されたイサダは、食用にする際に問題になっていたイサダ異臭を防ぐことができ、えびせん臭をもたらす素材として利用できることが確認された。
【実施例4】
【0055】
GABAを含むイサダ粉末の黒変および異臭の評価
イサダの乳酸発酵物の粉末加工を行い、黒変の様子、異臭の有無を評価した。黒変の様子、異臭の有無については、食用の粉末の扱いに熟練している岩手県大船渡市の (株) 小川で実施された。イサダ発酵物を65℃で乾燥処理した。処理したイサダ発酵物は、実施例2に従って作製したものである。作製したイサダ発酵物10gを、直径9cmのガラスシャー
レに薄く広げたのち、温風乾燥機 (EYELA 社、Windy oven WFO-600ND) 中で乾燥した。乾燥処理時間は16時間とした。乾燥後の試料の一部の秤量値と、65℃でさらに6時間放置したのちの秤量値に違いがなかったことから、65℃16時間放置することにより完全に乾燥できたものと考えた。20gのイサダ乳酸発酵物から、6.4 gのイサダ乳酸発酵物の粉末が得られた。こうして得られた乾燥品を、岩手県大船渡市の (株) 小川に食品素材としての評価を依頼したところ、色、臭いの両方の点において食用加工に十分供することができると評価された。また、含有されるGABAの量が、乾燥処理によって大きく減少することもなかった。
【受託番号】
【0056】
NITE P-759

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イサダを原料とする食用素材の製造において、イサダ原料をγ−アミノ酪酸生産能を有する乳酸菌を用いて乳酸発酵する工程を含む、イサダ食用素材の製造方法。
【請求項2】
乳酸発酵に用いる乳酸菌を、L−グルタミン酸含有培地で前培養しておくことを特徴とする、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
乳酸発酵の工程が、L−グルタミン酸供給源と、乳酸菌の増殖促進因子供給源とを含む混合液中に、イサダ原料および乳酸菌を添加し、培養することを含む、請求項1または請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
L−グルタミン酸供給源がイサダ由来アミノ酸混合液である、請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
イサダ由来アミノ酸混合液が、塩漬けにしたイサダ原料から得られたものである、請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
乳酸菌の増殖促進因子供給源が麹抽出液である、請求項3〜5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記乳酸発酵において、乳酸菌として、γ−アミノ酪酸生産能を有するラクトバチルス・カルバタス(Lactobacillus curvatus) を用いることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
乳酸菌がラクトバチルス・カルバタスIWF 0034 (Lactobacillus curvatus IWF 0034)株 (NITE P-759として寄託) である、請求項7記載の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法により得られる、γ−アミノ酪酸を含有するイサダ食用素材。
【請求項10】
γ−アミノ酪酸生産能を有する乳酸菌を用いてイサダを乳酸発酵させることによりイサダ食用素材を製造する際に、該乳酸菌をL−グルタミン酸含有培地で前培養しておくことを特徴とする、イサダ食用素材中のγ−アミノ酪酸含有量を増加させる方法。
【請求項11】
γ−アミノ酪酸生産能を有する乳酸菌を用いてイサダを乳酸発酵させることによりイサダ食用素材を製造する際に、イサダ由来アミノ酸混合液と麹抽出液との混合液中に、イサダ原料および該乳酸菌を添加し、培養することを含む、イサダ食用素材中のγ−アミノ酪酸含有量を増加させる方法。
【請求項12】
乳酸菌としてラクトバチルス・カルバタスIWF 0034 (Lactobacillus curvatus IWF 0034)株 (NITE P-759として寄託) を用いる、請求項10または11記載の方法。
【請求項13】
イサダを乳酸発酵することを含む、イサダの黒化及び/又は異臭を防止する方法。
【請求項14】
前記乳酸発酵において、乳酸菌として、γ−アミノ酪酸生産能を有するラクトバチルス・カルバタス(Lactobacillus curvatus) を用いることを特徴とする、請求項13記載の方法。
【請求項15】
乳酸菌がラクトバチルス・カルバタス(Lactobacillus curvatus) IWF 0034株 (NITE P-759として寄託) である、請求項14記載の方法。
【請求項16】
水産甲殻類を乳酸発酵することを含む、水産甲殻類の黒化及び/又は異臭を防止する方法。
【請求項17】
γ−アミノ酪酸生産能を有する、NITE P-759として寄託された、ラクトバチルス・カルバタス(Lactobacillus curvatus)IWF 0034菌株。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−24495(P2011−24495A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−174414(P2009−174414)
【出願日】平成21年7月27日(2009.7.27)
【特許番号】特許第4605299号(P4605299)
【特許公報発行日】平成23年1月5日(2011.1.5)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】