説明

イソオキサゾリジン化合物

【課題】インフルエンザに対して優れた治療効果を有するザナミビルを効率的に製造するための製造用中間体として化合物を提供する。
【解決手段】下記の一般式(I):


(式中、R1、R2、R3、及びR4はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示し;R5は水素原子又はアミノ基の保護基を示し;R6は水素原子又はカルボン酸の保護基を示し;Xは保護されていてもよい水酸基又は保護されていてもよいアミノ基を示す)で表される化合物又はその塩。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はインフルエンザに対して優れた予防・治療効果を有するザナミビルを効率的に製造するための製造用中間体として有用なイソオキサゾリジン化合物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鳥インフルエンザウイルスの変異によりH5N1型などの新型インフルエンザが世界的に大流行して多数の死亡者が出ることが危惧されている。新型インフルエンザに対して抗ウイルス薬であるリン酸オセルタミビル(登録商標「タミフル」)が経口投与により著効を示すことが知られており、感染予防のためにこの薬剤を国家機関が大量に備蓄するようになっている。また、抗インフルエンザ薬としてザナミビル水和物(登録商標「リレンザ」)も知られている。ザナミビルは経口投与での生物学的利用率が低いことからドライパウダー吸入剤として用いられているが、近年、タミフルとインフルエンザ患者における異常行動との関連が危惧され始めたことから、非経口投与製剤であるリレンザの利用が拡大している。
【0003】
ザナミビルはノイラミニダーゼのX線結晶構造解析の結果に基づいて合理的に設計された化合物であり、ノイラミニダーゼの基質であるシアル酸に類似した化学構造を有していることから、従来、シアル酸誘導体を経由して合成する下記の方法が提案されている(J. Chem. Soc. Perkin Trans. I, 1173, 1995:下記スキーム中、Acはアセチル基、Meはメチル基、Etはエチル基を示す)。しかしながら、この方法では高度に官能基化されたシアル酸を用いて立体を制御する必要があることから、コストが高く、反応工程が煩雑であるという問題を有している。
【0004】
【化1】

【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、ザナミビルを効率的かつ安価に製造する手段を提供することにある。より具体的には、従来提案されているザナミビルの製造スキームにおいて重要な中間体化合物(上記スキームにおける化合物36)を効率的かつ安価に製造するために有用な化合物及びその製造方法を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記の課題を解決すべく、シアル酸を経由せずにザナミビルを効率的に製造する方法を鋭意検討した。その結果、下記の一般式(I)で表される化合物を利用することにより、ザナミビルを効率的かつ安価に製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明により、下記の一般式(I):
【化2】

(式中、R1、R2、R3、及びR4はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示し;R5は水素原子又はアミノ基の保護基を示し;R6は水素原子又はカルボン酸の保護基を示し;Xは保護されていてもよい水酸基又は保護されていてもよいアミノ基を示す)
で表される化合物又はその塩が提供される。
【0008】
上記発明の好ましい態様によれば、R1、R3、R4、及びR5がそれぞれ独立に置換又は無置換のベンジル基であり、R2が水素原子であり、R6がアルキル基であり、Xが保護された水酸基又は保護されたアミノ基である上記一般式(I)で表される化合物又はその塩;R1、R3、R4、及びR5が無置換ベンジル基であり、R2が水素原子であり、R6がアルキル基であり、Xがトリアルキルシリル基で保護された水酸基又はアルカノイル基で保護されたアミノ基である上記一般式(I)で表される化合物又はその塩;及び、R1、R3、R4、及びR5が無置換ベンジル基であり、R2が水素原子であり、R6がメチル基であり、Xがトリエチルシリル基で保護された水酸基又はアセチル基で保護されたアミノ基である上記一般式(I)で表される化合物又はその塩が提供される。
【0009】
別の観点からは、上記の一般式(I)で表される化合物の製造方法であって、一般式(II):
【化3】

(式中、R1、R3、R4、及びR5は上記と同義である)
で表される化合物と、一般式(III):
CH2=C(X)(COOR6)
(式中、R6及びXは上記と同義である)
で表される化合物とを反応させる工程を含む方法が提供される。
【0010】
上記発明の好ましい態様によれば、上記の一般式(I)で表される化合物においてR2が水素原子である化合物を製造する上記の方法;上記一般式(II)においてR1、R3、R4、及びR5がそれぞれ独立に置換又は無置換のベンジル基であり、上記一般式(III)においてR6がアルキル基であり、Xが保護された水酸基又は保護されたアミノ基である上記の方法;上記一般式(II)においてR1、R3、R4、及びR5が無置換ベンジル基であり、上記一般式(III)においR6がアルキル基であり、Xがトリアルキルシリル基で保護された水酸基又はアルカノイル基で保護されたアミノ基である上記の方法;及び、上記一般式(II)においてR1、R3、R4、及びR5が無置換ベンジル基であり、上記一般式(III)においR6がメチル基であり、Xがトリエチルシリル基で保護された水酸基又はアセチル基で保護されたアミノ基である上記の方法が提供される。
【0011】
さらに別の観点からは、本発明により、下記の一般式(IV):
【化4】

(式中、R11、R12、R13はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示し;R15は水素原子又はアミノ基の保護基を示し;R16は水素原子又はカルボン酸の保護基を示し;R17は水素原子又は水酸基を示す)で表される化合物の製造方法であって、
(a)一般式(I)で表される化合物におけるオキサゾリジン環を開裂して下記の一般式(V):
【化5】

(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示し;R5は水素原子又はアミノ基の保護基を示し;R6は水素原子又はカルボン酸の保護基を示し;R7は水素原子又は水酸基を示す)
で表される化合物を得る工程、及び
(b)上記工程(a)で得られた一般式(V)で表される化合物を閉環してテトラヒドロピラン環を形成させ、さらに脱水反応に付してジヒドロピラン環に変換する工程
を含む方法が提供される。
【0012】
この発明の好ましい態様によれば、上記一般式(I)においてR1、R3、R4、及びR5がそれぞれ独立に水酸基の保護基であり、R2が水素原子であり、R6がカルボン酸の保護基であり、Xが保護されたアミノ基である化合物において、オキサゾリジン環内の窒素−酸素結合を開裂して一般式(V)で表される化合物(ただしR7は水素原子である)を得た後、少なくともR4の保護基を除去することによりテトラヒドロピラン環を形成し、さらに脱水反応を行なってジヒドロピラン環を有する一般式(IV)で表される化合物を得る工程を含む上記の方法が提供される。
【0013】
また、別の好ましい態様によれば、上記一般式(I)においてR1、R3、R4、及びR5がそれぞれ独立に水酸基の保護基であり、R2が水素原子であり、R6がカルボン酸の保護基であり、Xが保護された水酸基である化合物において、オキサゾリジン環内の炭素−酸素結合を開裂して一般式(V)で表される化合物(ただしR7は水酸基である)を得た後、少なくともR4の保護基を除去することによりテトラヒドロピラン環を形成し、さらに脱水反応を行なってジヒドロピラン環を有する一般式(IV)で表される化合物を得る工程を含む上記の方法が提供される。
【0014】
別の観点からは、上記一般式(IV)で表される化合物又はザナミビルの製造用中間体である上記一般式(I)で表される化合物、及び上記一般式(I)で表される化合物の上記一般式(IV)で表される化合物又はザナミビルの製造用中間体としての使用が本発明により提供される。
【0015】
さらに本発明により、下記の一般式(VI):
【化6】

(式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、及びR7は前記と同義である)
で表される化合物又はその塩も提供される。この化合物は、一般式(V)においてR4が水素原子である開環化合物に対応する閉環体であり、ザナミビルの製造用中間体として有用である。
【0016】
また、本発明により、ザナミビルの製造方法であって、下記の工程:
(a)一般式(I)で表される化合物におけるオキサゾリジン環を開裂して一般式(V)で表される化合物を製造する工程;
(b)上記一般式(V)で表される化合物を閉環してテトラヒドロピラン環を形成させ、さらに脱水反応に付してジヒドロピラン環に変換し、必要に応じて水酸基の保護基及び/又はアミノ基の保護基を除去して一般式(IV)で表される化合物においてR11、R12、R13、R15、R16、及びR17が水素原子である化合物を得る工程;及び
(c)上記工程(b)で得られた化合物とアミノイミノメタンスルホン酸塩(AIMSA)と反応させる工程
を含む方法が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によりインフルエンザに対して優れた予防・治療効果を有するザナミビルを効率的に製造するための製造用中間体として有用なイソオキサゾリジン化合物及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本明細書に記載された化学式における立体配置は特に言及しない場合には絶対配置を示す。
本明細書において、アルキル基又はアルキル部分を有する置換基(例えばアルコキシ基やアラルキル基)のアルキル部分は直鎖状、分枝鎖状、環状、又はそれらの組合せからなるアルキル基のいずれでもよい。アルキル基としては、例えば、炭素数1〜6個程度のアルキル基が好ましい。アリール部分を有する置換基のアリール部分としてはフェニル基又はナフチル基などが好ましく、フェニル基がさらに好ましい。ハロゲン原子としては、フッソ原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を用いることができる。
【0019】
一般式(I)で表される化合物において、R1、R2、R3、及びR4はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示す。水酸基の保護基については、例えば、Greenら、Protective Groups in Organic Synthesis, 3rd Edition, 1999, John Wiley & Sons, Inc.などの成書を参照することができ、適宜の保護基を選択して導入及び除去することが可能である。例えば、アラルキル基(例えば、ベンジル基、p-メトキシベンジル基、p-アミノベンジル基など)、トリアルキルシリル基(例えばトリメチルシリル基、トリエチルシリル基など)、アルコキシアルキル基(例えばメトキシメチル基、エトキシメチル基など)、アルカノイル基(例えばアセチル基、トリフルオロアセチル基など)、又はアリールカルボニル基(例えばベンゾイル基や置換フェニルカルボニル基など)など、適宜の保護基を選択することができる。保護基におけるアリール環(ベンゼン環など)が置換基を有する場合には、置換基としてハロゲン原子やアルコキシ基などが挙げられる。
【0020】
R1、R2、R3、及びR4のいずれか2以上が水酸基の保護基を示す場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。R1、R2、R3、及びR4の全てが水素原子であってもよいが、環化反応などの副反応を抑制するためにR4は保護基であることが好ましいく、その場合、R1、R2、及びR3のうちの1以上が水素原子であってもよい。好ましくは、R2が水素原子であり、R4が保護基である場合である。より好ましくは、R1、R3、R4、及びR5がそれぞれ独立にアラルキル基、例えば置換又は無置換のベンジル基であり、R2が水素原子である場合であり、さらに好ましくはR1、R3、R4、及びR5が無置換ベンジル基であり、R2が水素原子である場合である。
【0021】
R5は水素原子又はアミノ基の保護基を示す。アミノ基の保護基については、例えば、Greenら、Protective Groups in Organic Synthesis, 3rd Edition, 1999, John Wiley & Sons, Inc.などの成書を参照することができ、適宜の保護基を選択して導入及び除去することが可能である。アミノ基の保護基として、例えば、アラルキル基(例えば、ベンジル基、p-メトキシベンジル基、p-アミノベンジル基など)、アルコキシカルボニル基(例えばエトキシカルボニル基、メトキシカルボニル基など)、アリールオキシカルボニル基(例えばフェノキシカルボニル基や置換フェニルオキシカルボニル基など)、トリアルキルシリル基(例えばトリメチルシリル基、トリエチルシリル基など)、アルカノイル基(例えばアセチル基、トリフルオロアセチル基など)、又はアリールカルボニル基(例えばベンゾイル基や置換フェニルカルボニル基など)などを挙げることができる。保護基におけるアリール環(ベンゼン環など)が置換基を有する場合には、置換基としてハロゲン原子やアルコキシ基などが挙げられる。これらのうち、アラルキル基が好ましく、無置換ベンジル基又は置換ベンジル基がさらに好ましく、無置換ベンジル基が特に好ましい。
【0022】
R6は水素原子又はカルボン酸の保護基を示す。カルボン酸の保護基については、例えば、Greenら、Protective Groups in Organic Synthesis, 3rd Edition, 1999, John Wiley & Sons, Inc.などの成書を参照することができ、適宜の保護基を選択して導入及び除去することが可能である。例えば、カルボン酸の保護基としてアルキル基、トリアルキルシリル基(例えばトリメチルシリル基、トリエチルシリル基など)などを挙げることができる。これらのうち、アルキル基を用いることが好ましく、メチル基又はエチル基がさらに好ましく、メチル基が特に好ましい。
【0023】
Xは保護されていてもよい水酸基又は保護されていてもよいアミノ基を示す。水酸基が保護基を有する場合の保護基の例としては、上記に説明した水酸基の保護基を挙げることができるが、好ましくは、トリアルキルシリル基(例えばトリメチルシリル基又はトリエチルシリル基など)を用いることができ、特に好ましいのはトリエチルシリル基である。アミノ基が保護基を有する場合の保護基の例としては、上記に説明したアミノ基の保護基を挙げることができるが、好ましくは、アルカノイル基(例えばアセチル基やトリフルオロアセチル基など)を用いることができ、特に好ましいのはアセチル基である。
【0024】
一般式(I)で表される化合物は、一般式(II)で表される化合物と一般式(III)で表される化合物とを反応させることにより容易に製造することができる。一般式(II)で表される化合物におけるR1、R3、R4、及びR5、並びに一般式(III)で表される化合物におけるR6及びXは上記の一般式(I)において説明したものと同様であり、好ましい基も上記に説明したものと同様である。一般式(II)で表される化合物は、例えば、(Dondori, A. et al. Tetrahedron Lett. 2003, 59, 4261.)に記載された方法により容易に製造することができ、必要に応じて水酸基及び/又はアミノ基の保護基を導入することができる。また、一般式(III)で表される化合物は、例えば、(Hoffman, R. V. et al. J. Org. Chem. 1997, 62, 2458.)に記載された方法により製造することができる。
【0025】
一般式(II)で表される化合物と一般式(III)で表される化合物との反応は、溶媒の存在下又は非存在下、好ましくは溶媒の非存在下で一般式(II)で表される化合物及び一般式(III)で表される化合物の混合物を加熱することにより行なうことができる。一般的には、一般式(II)で表される化合物に対して一般式(III)で表される化合物を1ないし10当量、好ましくは5当量程度の割合で用いることができる。反応温度は特に限定されないが、100℃〜200℃程度、好ましくは150℃程度である。溶媒を用いる場合には、不活性溶媒としてトルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類、ジメチルホルムアミドなどを用いることができるが、これらに限定されることはない。
【0026】
上記の製造方法において、好ましくは上記の一般式(I)で表される化合物においてR2が水素原子である化合物を製造することができる。R2が水酸基の保護基である化合物を製造する場合には、R2が水素原子である一般式(I)の化合物を上記製造方法により製造した後に、R2として適宜の保護基を導入すればよい。好ましい反応では、上記一般式(II)においてR1、R3、R4、及びR5がそれぞれ独立に置換又は無置換のベンジル基である化合物と、上記一般式(III)においてR6がアルキル基であり、Xが保護された水酸基又は保護されたアミノ基である化合物とを反応させることができる。この場合、R1、R3、R4、及びR5が無置換ベンジル基であり、R6がアルキル基であり、Xがトリアルキルシリル基で保護された水酸基又はアルカノイル基で保護されたアミノ基であることがさらに好ましい。
【0027】
上記一般式(I)で表される化合物は塩として存在する場合もある。塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸付加塩、シュウ酸塩、p-トルエンスルホン酸塩などの有機酸付加塩、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩などの金属塩、アンモニウム塩、トリエチルアミン塩などの有機アミン塩、アミノ酸との塩などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。また、上記一般式(I)で表される化合物は水和物又は溶媒和物として存在する場合もあるが、これらの物質も本発明の範囲に包含される。さらに、本発明の化合物は立体異性体の混合物として得られる場合もあるが、純粋な形態の立体異性体のほか、ジアステレオマー混合物やラセミ体などの立体異性体の任意の混合物も本発明の範囲に包含される。本発明により提供される一般式(VI)で表される化合物についても同様である。
【0028】
上記一般式(I)で表される化合物を用いて、インフルエンザに対して優れた予防・治療効果を有するザナミビルを効率的に製造することができる。その方法の具体例を以下に説明するが、本発明の化合物の用途は下記の反応における原料化合物としての利用に限定されることはない。
【0029】
上記の一般式(IV)で表される化合物において、R11、R12、R13、R15、R16、及びR17が水素原子である化合物は、ザナミビルの合成方法を開示したJ. Chem. Soc. Perkin Trans. I, 1173, 1995に記載された化合物36と同一である(上掲のスキームを参照のこと)。従って、一般式(I)で表される化合物を原料化合物として用い、一般式(IV)で表される化合物においてR11、R12、R13、R15、R16、及びR17が水素原子である化合物を合成し、得られた化合物を上掲刊行物に記載された方法に従って化合物37と反応させることによりザナミビル(化合物22)に容易に変換することができる。
【0030】
一般式(IV)で表される化合物は、一般式(I)で表される化合物のオキサゾリジン環を開裂して一般式(V)で表される化合物を製造した後、再度環化してテトラヒドロピラン環を有する化合物に変換し、さらに脱水反応に付してジヒドロピラン環を形成することにより製造することができる。
上記の方法において原料化合物として用いる一般式(I)で表される化合物の構造は特に限定されないが、上記開環反応において副生物を生じないように、R4が保護基であることが好ましい。もっとも、R4が水素原子である一般式(I)で表される化合物を原料化合物として用いることにより、開環反応とそれに続く閉環反応を同時に進行させることができる場合もある。
【0031】
一般式(IV)において、R11、R12、及びR13はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示し、R15は水素原子又はアミノ基の保護基を示し、R16は水素原子又はカルボン酸の保護基を示すが、水酸基の保護基、アミノ基の保護基、及びカルボン酸の保護基については一般式(I)で表される化合物において説明したとおりである。一般式(V)においてR1、R2、R3はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示し、R5は水素原子又はアミノ基の保護基を示し、R6は水素原子又はカルボン酸の保護基を示すが、これらの基は一般式(I)において説明したものと同様である。
【0032】
好ましい方法の一例として、上記一般式(I)においてXが保護されたアミノ基である化合物を用い、オキサゾリジン環内の窒素−酸素結合を開裂して一般式(V)(ただしR7は水素原子である)で表される化合物を得た後、少なくともR4の保護基を除去することにより環化を行ない、テトラヒドロピラン環が形成された一般式(VI)で表される化合物を製造する方法を挙げることができる。窒素−酸素結合の開裂は、例えば、溶媒の存在下又は非存在下に溶媒として酢酸を用いて亜鉛を作用させることにより行なうことができる。反応温度は特に限定されないが、例えば30〜100℃程度、好ましくは50℃程度で行なうことができる。あるいは、パラジウム炭素触媒の存在下で水素ガスを用いて接触還元する方法なども利用できる。
【0033】
また、別の好ましい方法の例として、上記一般式(I)においてXが保護された水酸基である化合物を用い、オキサゾリジン環内の炭素−酸素結合を開裂して一般式(V)(ただしR7は水酸基である)で表される化合物を得た後、少なくともR4の保護基を除去することにより環化を行ない、テトラヒドロピラン環が形成された一般式(VI)で表わされる化合物を製造する方法を挙げることができる。炭素−酸素結合の開裂は、例えば、Xがトリアルキルシリル基で保護された水酸基の場合には溶媒の存在下又は非存在下に試薬としてフッ化水素水溶液などを用い、室温から加温下、好ましくは室温程度の温度で反応を行なうことができる。溶媒を用いる場合、溶媒の種類は特に限定されないが、例えば、塩酸のメタノール溶液などが挙げられる。この反応において得られた一般式(V)で表される化合物においてアミノ基の窒素原子上に存在する水酸基(R7)は、上記に説明した窒素−酸素結合の開裂反応に準じて行なうことができる。好ましくは、エタノールを溶媒として用いて亜鉛で処理する方法を挙げることができる。
【0034】
テトラヒドロピラン環を有する一般式(VI)で表される化合物を脱水反応に付してジヒドロピラン環を形成することにより、一般式(IV)で表される化合物を製造することができる。脱水反応は通常の脱水条件で行なうことができるが、例えば、試薬として無溶媒下、無水酢酸と触媒量の過ヨウ素酸などを用い、溶媒の存在下又は非存在下で室温〜70℃、好ましくは50℃程度の温度下で行なうことができる。溶媒を用いる場合には、溶媒の種類は特に限定されないが、例えば、三フッ化ホウ素・エーテル錯体などのルイス酸を用いることができる。脱水反応に関しては、例えば、J. Chem. Soc. Perkin Trans. I 1995, 1173.(無水酢酸)、Eur. J. Org. Chem. 2006, 3326.(三フッ化ホウ素・エーテル錯体)などの文献を参照することができる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。以下の実施例中、Bnはベンジル基、TESはトリエチルシリル基、Meはメチル基、Acはアセチル基を示す。
例1
【化7】

【0036】
化合物3(30 mg, 0.0502 mmol)とTES-dipolarophile(108 mg, 0.502 mmol)を混合して150 ℃に加熱した。40分後、室温に戻すことで反応を停止して化合物4を得た。得られた化合物は精製をせずに次の反応に用いた。構造決定のため得られた化合物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに付したところ、2つの分画が得られた。また、それぞれの分画に2種類ずつの化合物が含まれていることを確認した。
TLC(シリカゲル、酢酸エチル/ヘキサン = 1:1)化合物3: RF = 0.10, 化合物4: RF = 0.30(2種の異性体の混合物)及びRF = 0.60(2種の異性体の混合物)
ESI-MS、835.3(Na付加体)
1H-NMR (500 MHz, CDCl3、δ ppm)
Rf = 0.60の異性体(1:4の混合物)
7.36-7.20 (m, 25H), 6.59 (d, J = 9.8 Hz, 0.25H), 6.15 (d, J = 9.8 Hz, 1H), 4.79-3.45 (m, 18.5H), 3.74 (s, 3H), 3.72 (s, 0.75H), 3.20-3.11 (m, 2H), 2.88 (dd, J = 7.3, 13.4 Hz, 1H), 2.83 (m, 0.25 H), 2.37 (dd, J = 7.3, 13.4 Hz, 1H), 1.69 (s, 3.75H), 0.83 (t, J = 7.9 Hz, 11.25 Hz), 0.50 (q, J = 7.9 Hz, 7.25 Hz)
Rf = 0.30の異性体(4:1の混合物)
7.40-7.13 (m, 25H), 6.59 (d, J = 9.8 Hz, 1H), 6.28 (d, J = 9.8 Hz, 0.25H), 4.71 (m, 1H), 4.60-4.29 (m, 10H), 4.13-4.00 (m, 4H), 3.85 (s, 3H), 3.71 (s, 0.75H), 3.37-3.19 (m, 5H), 2.98-2.69 (m, 3.5H), 1.60 (s, 3.75H), 0.96 (t, J = 7.9 Hz, 11.25H), 0.68 (q, J = 7.9 Hz, 7.5H)
【0037】
例2
【化8】

例1で得られた化合物4を、0.8 mlのテトラヒドロフランに溶解し、フッ化水素-ピリジン・コンプレックス(0.2 ml)を加えた。1分後、飽和重曹水を加えて反応を停止し、酢酸エチル(15 ml × 3)を用いて抽出を行った。有機層を飽和重曹水及び食塩水で洗い、硫酸ナトリウムで乾燥した後、酢酸エチルを減圧留去して粗生成物5(44 mg)を得た。この生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン = 1/1、続いて1/4)にて精製して化合物5(21 mg, 60%収率)を得た。
TLC(シリカゲル、酢酸エチル/ヘキサン = 2:1)化合物5: RF = 0.35
ESI-MS、721.2(Na付加体)
1H-NMR (500 MHz, CDCl3、δ ppm)
約1:0.67の異性体混合物
8.61 (s, 1H), 7.43-7.20 (m, 33.4H), 4.74-3.68 (m, 27.4H), 3.89 (s, 3H), 3.88 (s, 2H), 3.45 (m, 1H), 3.38 (dd, J = 6.9, 7.8 Hz, 1H), 3.29 (dd, J = 9.0, 19.8 Hz, 1H), 3.09 (dd, J = 9.0, 15.8 Hz, 0.67H), 2.86 (m, 1.34H), 1.79 (s, 5H)
【0038】
【化9】

化合物5(12 mg, 0.0172 mmol)を0.8 mlの塩化メチレンに溶解し氷浴にて冷却した。1分後、三臭化ホウ素(1.0 M塩化メチレン溶液、0.172 ml, 0.172 mmol)をゆっくり滴下し、滴下終了後、35分攪拌した。続いて塩酸-メタノール溶液を過剰量加えて反応を停止し、反応液の温度を室温まで戻して3時間攪拌した。その後、反応液を減圧留去し、残留物70 mgを得た。この生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(酢酸、続いて酢酸/イソプロピルアルコール5/1)にて粗精製して残留物24 mgを得た。粗生成物をプレパラティブTLC(酢酸エチル/イソプロピルアルコール/水 = 5/2/1)で精製して化合物6(5.9 mg、80%収率)を得た。
TLC(シリカゲル、酢酸エチル/イソプロピルアルコール/水 = 5:2:1)6 = 0.45
ESI-MS、721.2(Na付加体)
1H-NMR (500 MHz, CD3OD、δ ppm)
約1.4:1の異性体混合物
7.97 (s, 0.71 H), 7.44-7.21 (m, 8.6H), 4.35-4.17 (m, 3.9H), 3.78 (s, 2.1H), 3.75 (s, 3H), 3.93-3.30 (m, 14.3H), 2.64 (dd, J = 7.4, 13.7 Hz, 1H), 2.36 (dd, J = 5.7, 13.8 Hz, 0.71H), 2.00 (s, 2.1H), 1.98 (s, 3H)
【0039】
例3
【化10】

化合物3(15 mg, 0.0251 mmol)とNHAc-dipolarophile(36 mg, 0.251 mmol)を混合して150 ℃に加熱した。10分後、室温に戻して反応を停止し、反応混合物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル/ヘキサン = 4/1、続いて酢酸エチル)で精製して化合物7(7 mgの2種異性体混合物、11.2 mgの2種異性体混合物、合計98%収率)を得た。
TLC(シリカゲル、酢酸エチル/ヘキサン = 4:1)化合物3: RF = 0.6, 化合物4: RF = 0.12(2種の異性体)及びRF = 0.05(2種の異性体)
ESI-MS、762.2(Na付加体)
1H-NMR (500 MHz, CDCl3)
Rf = 0.12の異性体混合物(約1:1):
9.34 (s, 1H), 7.47-7.16 (m, 40H), 4.66-3.58 (m, 27H), 3.85 (s, 6H), 3.40 (dd, J = 3.4, 9.7 Hz, 1H), 3.29 (dd, J = 6.3, 9.2 Hz, 1H), 3.10 (dd, J = 6.9, 11.5 Hz, 1H), 2.91 (d, J = 9.2 Hz, 1H), 2.77 (dd, J = 6.9, 14.4 Hz, 1H), 2.62 (m, 1H), 2.32 (d, J = 14.4 Hz, 1H), 2.09 (s, 9H), 1.79 (s, 3H)
Rf = 0.05の異性体混合物(約1:1):
7.38-7.18 (m, 40 H), 6.64 (d, J = 9.2 Hz, 1H), 6.52 (m, 1H), 4.76 (m, 1H), 4.60-3.57 (m, 22H), 3.86 (s, 6H), 3.38 (m, 2H), 3.33 (m, 1H), 3.24 (m, 2H), 3.10 (m, 1H), 2.98 (d, J = 14.3 Hz, 1H), 2.88-2.74 (m, 2H), 1.99 (s, 6H), 1.66 (s, 6H)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I):
【化1】

(式中、R1、R2、R3、及びR4はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示し;R5は水素原子又はアミノ基の保護基を示し;R6は水素原子又はカルボン酸の保護基を示し;Xは保護されていてもよい水酸基又は保護されていてもよいアミノ基を示す)
で表される化合物又はその塩。
【請求項2】
R1、R3、R4、及びR5が無置換ベンジル基であり、R2が水素原子であり、R6がメチル基であり、Xがトリエチルシリル基で保護された水酸基又はアセチル基で保護されたアミノ基である請求項1に記載の化合物又はその塩。
【請求項3】
請求項1に記載の一般式(I)で表される化合物の製造方法であって、一般式(II):
【化2】

(式中、R1、R3、R4、及びR5は上記と同義である)
で表される化合物と、一般式(III):
CH2=C(X)(COOR6)
(式中、R6及びXは上記と同義である)
で表される化合物とを反応させる工程を含む方法。
【請求項4】
下記の一般式(IV):
【化3】

(式中、R11、R12、R13はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示し;R15は水素原子又はアミノ基の保護基を示し;R16は水素原子又はカルボン酸の保護基を示し;R17は水素原子又は水酸基を示す)で表される化合物の製造方法であって、
(a)請求項1に記載の一般式(I)で表される化合物におけるオキサゾリジン環を開裂して下記の一般式(V):
【化4】

(式中、R1、R2、R3はそれぞれ独立に水素原子又は水酸基の保護基を示し;R5は水素原子又はアミノ基の保護基を示し;R6は水素原子又はカルボン酸の保護基を示し;R7は水素原子又は水酸基を示す)で表される化合物を得る工程、及び
(b)上記工程(a)で得られた一般式(V)で表される化合物を閉環してテトラヒドロピラン環を形成させ、さらに脱水反応に付してジヒドロピラン環に変換する工程
を含む方法。
【請求項5】
上記一般式(I)においてR1、R3、R4、及びR5がそれぞれ独立に水酸基の保護基であり、R2が水素原子であり、R6がカルボン酸の保護基であり、Xが保護されたアミノ基である化合物において、オキサゾリジン環内の窒素−酸素結合を開裂して一般式(V)で表される化合物(ただしR7は水素原子である)を得た後、少なくともR4の保護基を除去することによりテトラヒドロピラン環を形成し、さらに脱水反応を行なってジヒドロピラン環を有する一般式(IV)で表される化合物を得る工程を含む請求項4に記載の方法。
【請求項6】
上記一般式(I)においてR1、R3、R4、及びR5がそれぞれ独立に水酸基の保護基であり、R2が水素原子であり、R6がカルボン酸の保護基であり、Xが保護された水酸基である化合物において、オキサゾリジン環内の炭素−酸素結合を開裂して一般式(V)で表される化合物(ただしR7は水酸基である)を得た後、少なくともR4の保護基を除去することによりテトラヒドロピラン環を形成し、さらに脱水反応を行なってジヒドロピラン環を有する一般式(IV)で表される化合物を得る工程を含む請求項4に記載の方法。
【請求項7】
請求項4に記載の一般式(IV)で表される化合物又はザナミビルの製造用中間体である請求項1に記載の一般式(I)で表される化合物又はその塩。
【請求項8】
下記の一般式(VI):
【化5】

(式中、R1、R2、R3、R4、R5、R6、及びR7は前記と同義である)
で表される化合物又はその塩。
【請求項9】
ザナミビルの製造方法であって、下記の工程:
(a)請求項1に記載の一般式(I)で表される化合物におけるオキサゾリジン環を開裂して請求項4に記載の一般式(V)で表される化合物を製造する工程;
(b)上記工程(a)で得られた一般式(V)で表される化合物を閉環してテトラヒドロピラン環を形成させ、さらに脱水反応に付してジヒドロピラン環に変換し、必要に応じて水酸基の保護基及び/又はアミノ基の保護基を除去して請求項4に記載の一般式(IV)で表される化合物においてR11、R12、R13、R15、R16、及びR17が水素原子である化合物を得る工程;及び
(c)上記工程(b)で得られた化合物とアミノイミノメタンスルホン酸塩と反応させる工程
を含む方法。

【公開番号】特開2009−132650(P2009−132650A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−310635(P2007−310635)
【出願日】平成19年11月30日(2007.11.30)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】