説明

イヌ用アルブミン製剤及びその製造方法

【課題】獣医療の廃棄物であるイヌの体液からのイヌ用アルブミン製剤の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明のイヌの体液からのイヌ用アルブミン製剤の製造方法は、該体液中に溶解しているタンパク質をポリエチレングリコールにより除去する工程と、その後に共雑成分をイオン交換樹脂により除去する工程と、最後に濃縮によりアルブミン濃度を上げる工程からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、獣医療の廃棄物であるイヌの体液を用いたイヌ用アルブミン製剤及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年社会環境の厳しさから癒しを求める風潮が高まり、イヌ,猫などの伴侶動物を飼育する人々が増加してきている。それに伴い、飼育されている伴侶動物の病気も多くなり、同時に彼らの老齢化に伴う治療の機会も増え、輸血の必要な手術も多くなってきている。
【0003】
ところが、代表的な伴侶動物であるイヌの場合、20種類近くの血液型が存在し、一般の動物病院ではイヌの手術に使用する輸血用血液の確保が困難になってきている。一方大きな動物病院では、かかる事態に適切に対応するため輸血確保用大型採血犬を数頭用意していることが多い。しかし、それでも20種類以上の血液型全てに対応することは困難で、複数回の投与に起因する拒絶反応を考慮して、輸血は一度しか行わないことが多く、充分な治療が施されているとは言いがたい状況である。
【0004】
更に、一般の動物病院ではとてもこのような採血犬を確保する余裕はなく、次善の策として、本来手術時あるいはその後の栄養補給の目的で血液中に点滴で添加されるべきアルブミン製剤を輸血用血液の代わりに使用することが多い。本来アルブミンは、動物の血液、特に血漿に多く含まれているタンパク質の一種で血液中の浸透圧の維持、栄養物質や代謝物質の運搬などの機能を果たすものである。
【0005】
かかる状況のためアルブミン製剤はもともと動物の血液から製造されるもので、ヒト用アルブミン製剤はヒトの血液から、イヌ用アルブミン製剤はイヌの血液から製造される。しかし近年のペットブームによる動物愛護の風潮の高まりで、イヌや猫などの愛玩動物の血液の確保が難しくなってきており、血液に代わる安定的アルブミン製剤用原料の確保が待たれていた。
【0006】
従来のアルブミン製剤は、動物の血液から血球などを取り除いた血漿から、アルブミン以外の溶解タンパク質を従来公知の方法で取り除き、次いでその中に混入している可能性のあるウイルスなどを加熱処理して不活性化して製造していた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明者は、血漿以外にアルブミンを多く含み、獣医療の過程で割合多く発生し、本来は廃棄物であるイヌの体液、特に腹水に注目し、かかる廃棄物の獣医療への再利用とイヌ用代替血液の確保を目指した。つまり本発明はイヌの体液、特に腹水からのアルブミン製剤の製造方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明の第1の観点によれば、イヌの体液にタンパク質沈殿剤を添加し、沈殿物からアルブミンをイオン交換樹脂で分離生成してなる、イヌ用アルブミン製剤の製造方法を提供する。
【0009】
また本発明の第2の観点によれば、タンパク質沈殿剤がポリエチレングリコールであることを特徴とする、イヌ用アルブミン製剤の製造方法を提供する。
【0010】
更に本発明の第3の観点によれば、イオン交換樹脂が陰イオン交換樹脂であることを特徴とする、イヌ用アルブミン製剤の製造方法を提供する。
【0011】
更に本発明の第4の観点によれば、前記イオン交換樹脂が、沈殿したタンパク質からアルブミンを吸着分離することを特徴とするイヌ用アルブミン製剤の製造方法を提供する。
【0012】
また本発明の第5の観点によれば、前記イオン交換樹脂に吸着したアルブミンを、溶出し、次いで濃縮することを特徴とするイヌ用アルブミン製剤の製造方法を提供する。
【0013】
更に本発明の第6の観点によれば、前記イヌの体液が、イヌの腹水であることを特徴とするイヌ用アルブミン製剤の製造方法を提供する。
【0014】
更に本発明の第7の観点によれば、前記イヌの体液から前記方法で製造したイヌ用アルブミン製剤を提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明により得られたアルブミン製剤は、獣医療行為からの廃棄物の獣医療薬品への再利用であるばかりでなく、イヌの各種手術用栄養補給剤の目的以外に輸血代替品としても血液型に関係なく用いることができるなど、非常に優れたイヌ用製剤である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、アルブミンを多く含み、獣医療廃棄物であるイヌの体液からアルブミン製剤を製造し得ることを見いだしたものである。本発明で使用されるイヌの体液は、腫瘍などを発症したイヌの腹部などに溜る体液の一種で、医療行為により腹部から逐次抜き取られ廃棄されているものを、複数集めて利用している。
【0017】
こうして複数頭のイヌから集められた体液の中では、発生する量が最も多く、またアルブミンが最も多く含まれるという観点からも、イヌの腹水が最も好適に利用される。これらは必要量の確保に時間がかかるため、一頭から採取するごとに冷凍保存しておき、必要に応じて解凍して使用することが好ましい。
【0018】
本発明で使用されるイヌの腹水は、イヌの体内から抽出された状態では、アルブミン以外にも多くのタンパク質が溶解しているので、必要なアルブミンをこれらタンパク質と一緒に沈澱分取しなければならない。そのアルブミン含有タンパク質の沈澱ためにはポリグリコール類の添加が好適であるが、特にポリエチレングリコールを水溶液として添加することが更に好適である。イヌの腹水は、ポリエチレングリコールの添加前にpH5〜pH8、好適にはpH6〜pH7、更に好適にはpH6.5に調整するのが良い。
【0019】
本発明で使用するポリエチレングリコールの分子量は特に制限は無いが、溶解性、溶液の粘度などを考慮すると分子量2000から6000のものが沈殿および分離生成処理には好適である。更に好適なものは分子量4000のもの(ナカライテスク社製PEG4000)である。ポリエチレングリコールの添加量としては、腹水に対し5重量%乃至20重量%が好適であるが、12%乃至17%が更に好適である。かかる処理で沈澱したアルブミン含有タンパク質成分は、従来公知の方法で分離除去できるが、効率的な製造の目的では遠心分離法を用いることが最適である。
【0020】
アルブミンを含むタンパク質を沈殿分取したもののなかには、不要タンパク質以外にヘモグロビンや凝集体形成因子も含まれるため、製剤として使用するにはこれらの除去も必要である。不要タンパク質や凝集体形成因子の除去方法としては、従来公知の各種の方法が利用可能であるが、特にイオン交換樹脂吸着法やクロマトグラフィー法が簡便で効率も良く、好適に推賞できる手法である。陰イオン交換樹脂で処理する前のアルブミン含有たんぱく質は、緩衝液で希釈し、アルブミン濃度10g/dl以下、好適には6g/dlに調整することが望ましい。
【0021】
本発明におけるイオン交換樹脂としては、陰イオン交換樹脂が好適に用いられる。かかる陰イオン交換樹脂による不要タンパク質および凝集体因子除去法としては、陰イオン交換樹脂を撹拌分散させた緩衝液内に、沈殿分取したアルブミンを含むタンパク質を添加し、必要なアルブミンを陰イオン交換樹脂に吸着させても良いし、クロマトグラフィー法と呼ばれる陰イオン交換樹脂をカラムに充填しておき、沈殿分取したアルブミンを含むタンパク質を緩衝液で希釈しカラム上部から滴下していってアルブミンを吸着させても良い。
【0022】
こうしてアルブミンを吸着した陰イオン交換樹脂は、次いで洗浄用緩衝液で溶出してアルブミン水溶液が得られる。陰イオン交換樹脂を緩衝液中に分散した場合は、アルブミンを吸着した陰イオン交換樹脂をろ過などの適当な方法で沈殿物水溶液から分離洗浄し、次いで陰イオン交換樹脂に洗浄用緩衝液を加えてアルブミンを溶出したあと、アルブミンが脱着した陰イオン交換樹脂を沈澱ろ過することでアルブミン水溶液を得ることができる。イオン交換樹脂をカラムに充填した場合は、溶出用緩衝液をカラムの上部から滴下し、溶出されたアルブミン水溶液はカラムの下部から適当な方法で分取される。
【0023】
こうして得られたアルブミン水溶液は、アルブミン製剤として用いるには濃度が低いため、濃縮してアルブミンの濃度を高めてやる必要がある。濃縮方法としては従来公知のいろいろな方法が採用可能であるが、特に限外ろ過膜による濃縮が最も好適に用いられる。濃縮により到達すべきアルブミン濃度としては、10g/dl以上、好適には30g/dl以上、更に好適には40g/dl以上である。
【0024】
こうして得られたアルブミン製剤はこのままでも使用可能であるが、混入している可能性のあるウイルスなどを不活性化するため、加熱滅菌処理してもよい。加熱滅菌条件としては、50℃〜80℃の温度で10時間〜15時間が好適である。また、この加熱処理に際し、安定剤を添加しておいても良い。
【実施例】
【0025】
以下に本発明を実施例で説明するが、本発明はこれらにより制限されるものではない。
【0026】
(実施例1)
アルブミン含有タンパク質の沈澱分離
冷蔵庫で冷凍保存してあったイヌ腹水を一晩かけて冷暗所で解凍し、沈殿物を除去後、0.1規程のHClでpH6.5に調整した。予め純水で濃度50重量%に調整しておいたポリエチレングリコール水溶液を、撹拌下腹水に滴下していき、最終的にポリエチレングリコール濃度が15重量%になるまで添加した。タンパク質の沈澱が明瞭に視認できるようになるまで撹拌を継続し、次いでこの溶液を3000×g/40分の条件で遠心分離し、沈殿物を分取した。
【0027】
(実施例2)
イオン交換樹脂吸着法
実施例1で得られた沈殿物を、酢酸ナトリウム緩衝液で希釈し、アルブミン濃度を6g/dl以下まで希釈し、0.1規程HClでpH6.5に再調整した。予め適当な緩衝液で洗浄・平衡化しておいた陰イオン交換樹脂水溶液中に、撹拌下濃度およびpH調整したアルブミン水溶液を静かに添加し、1時間撹拌を継続した後静置して陰イオン交換樹脂を沈澱させた。次いでアルブミンを吸着した陰イオン交換樹脂をろ過し、緩衝液で洗浄しアルブミンを溶出させた後、陰イオン交換樹脂をろ過してアルブミン水溶液を得た。
【0028】
(実施例3)
カラム分離法
実施例1で得られたアルブミン含有タンパク質をpH6.5の緩衝液で希釈し、アルブミン濃度を6g/dl以下まで希釈し、0.1規程HClでpH6.5に再調整した。予め適当な緩衝液で洗浄した陰イオン交換樹脂をカラム容器に充填し、pH6.5の緩衝液で平衡化しておいたものの上部から、濃度とpHを調整した腹水を滴下していき、陰イオン交換樹脂にアルブミンを吸着させた。アルブミン溶液の滴下終了後、アルブミンを溶出分取するため、pH6.5の緩衝液にNaClに0.15Mを溶解した溶出液を、カラム容器上部から滴下していきアルブミンを溶出した。
【0029】
(実施例4)
アルブミン製剤の調整
実施例2で得られたアルブミン水溶液は、次いで限外ろ過膜で水分を除去し、アルブミン濃度50mg/ml以上に濃縮した。最後にこの濃縮液に安定剤としてアセチルトリプトファンナトリウムとオクタノイン酸ナトリウムを添加し、60℃/10時間の条件で加熱滅菌して、イヌ用アルブミン製剤を得た。
【0030】
(実施例5)
実施例2で得られたアルブミン水溶液は、次いで60℃/12時間の条件で加熱滅菌した後、チューブに移して液体窒素で凍結し、次いで真空乾燥してイヌ用アルブミン製剤を得た。
【0031】
(実施例6)
得られたアルブミン製剤を肝臓疾患動物に連続投与した結果、発熱などの副次的影響は見られず、想定される体浸透圧の維持が可能であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イヌの体液にタンパク質沈殿剤を添加し、沈殿物からアルブミンをイオン交換樹脂で分離生成してなる、イヌ用アルブミン製剤の製造方法。
【請求項2】
タンパク質沈殿剤が、ポリエチレングリコールであることを特徴とする、請求項1に記載のイヌ用アルブミン製剤の製造方法。
【請求項3】
イオン交換樹脂が、陰イオン交換樹脂であることを特徴とする、請求項1に記載のイヌ用アルブミン製剤の製造方法。
【請求項4】
前記イオン交換樹脂が、沈殿したタンパク質からアルブミンを吸着分離することを特徴とする請求項1に記載のイヌ用アルブミン製剤の製造方法。
【請求項5】
前記イオン交換樹脂に吸着したアルブミンを、溶出し、次いで濃縮することを特徴とするイヌ用アルブミン製剤の製造方法。
【請求項6】
前記イヌの体液が、イヌの腹水であることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか一つに記載のイヌ用アルブミン製剤の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれか一つに記載の方法で製造したイヌ用アルブミン製剤。

【公開番号】特開2006−232702(P2006−232702A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−47618(P2005−47618)
【出願日】平成17年2月23日(2005.2.23)
【出願人】(000205627)大阪府 (238)
【Fターム(参考)】