説明

イリジウムルツボ及びそれを用いたタンタル酸リチウム単結晶の製造方法

【課題】低コストで、ボイドのような欠陥のないタンタル酸リチウム単結晶の製造に適したルツボを提供する。
【解決手段】チョクラルスキー法で融液から酸化物単結晶を育成するのに使用するイリジウムルツボであって、側面の板厚と底面の板厚をそれぞれt及びt’とした場合、t>t’であり、前記t’値が0.5t≦t’≦0.95t、前記t値が1.5mm〜10.0mmであり、さらに前記イリジウムルツボの底面の形状が丸味を帯びていることが好ましい。。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイリジウムルツボに関し、特に、チョクラルスキー法(Cz法)を用いたタンタル酸リチウム単結晶の製造に使用されるイリジウムルツボに関する。
【背景技術】
【0002】
表面弾性波素子等に好適に用いられるタンタル酸リチウム単結晶は、一般にチョクラルスキー法によって製造されている。チョクラルスキー法によってタンタル酸リチウム単結晶を製造する場合には、(1)炉の中で、イリジウム製のルツボのまわりを耐火物で囲み、該ルツボ又は耐火物の上に、ルツボ上部の温度勾配を適切に保つための熱反射の機能を持たせたアフターヒーター、及び、アフターヒーター蓋を有する貴金属製の構造物を設置し、(2)原料となるタンタル酸リチウム結晶塊をルツボの中で加熱溶融し、(3)得られた融液に種結晶を浸漬した後に、(4)所定の回転数で、種結晶及びルツボを回転させながら該種結晶を静かに引き上げ、(5)種結晶の下にタンタル酸リチウムの単結晶を成長させるのが一般的である。
【0003】
図4は、36度回転Y軸タンタル酸リチウムの単結晶、若しくは38度回転Y軸タンタル酸リチウムの単結晶の製造に用いられている、従来の、タンタル酸リチウム単結晶製造装置の縦概略断面図である。
【0004】
図4に示されるように、従来のタンタル酸リチウムの単結晶製造装置は、耐火性ルツボ台23と、ルツボ台23の底部に設けられたアルミナ台22と、アルミナ台22上に設けられたルツボ21と、ルツボ21を囲む断熱材24と、断熱材24の上部に設けられた耐火性アルミナ25を備え、更に、ルツボ21の上方に設けられたアフターヒーターと称される円筒状の熱反射板27と、アフターヒーター27の蓋であるアフターヒーター蓋28を備えている。必要に応じて、ルツボ21の上部には、リフレクターと称されるドーナツ型で円板状の熱反射板26を設けることもできる。
【0005】
図4に示されるように、耐火性ルツボ台23の周囲には、加熱コイル29が設けられ、ルツボ21を誘導加熱し、ルツボ21内の原料を融解して、融液30を調製し、シードホルダー31に取り付けた種結晶32を融液30に浸漬た後、種結晶32を引き上げる。これによって、円錐状の肩部35aと円柱状の胴部35bよりなる、タンタル酸リチウム単結晶35が生成される。
【0006】
近年、上記のような単結晶を製造するコストを低減するために、ルツボの使用回数をできる限り増やして長期間使用する試みがなされている。しかしながら、ルツボの使用回数を増加させるにつれてルツボの変形が進み、その変形の仕方によっては、歩留まりが低下したりボイド等が単結晶中に含まれたりするという問題があった。
【0007】
そこで、従来からルツボの改良について研究がなされ(例えば、特許文献1及び2)ているが、何れも融液の温度勾配を制御し、自然対流を強くすることに主眼がおかれており、ルツボ自身の構造を改良するものではない。したがってこれらの従来技術においては、ランガサイト単結晶について言及されているものの、異方性の強いタンタル酸リチウム結晶については全く言及されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-284853号公報
【特許文献2】特開2004-284854号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、タンタル酸リチウム結晶の様に異方性が強い場合には、タンタル酸リチウム融液が冷却される際、あるいは固体が加熱されて融液になる際に、前記異方性が原因となってルツボを変形させるという特有の問題がある。したがって、前記従来技術によって、タンタル酸リチウム単結晶の製造に使用するルツボの使用回数を増大させることは不可能であった。
【0010】
したがって本発明の第1の目的は、チョクラルスキー法を用いた、異方性の強い単結晶の製造に好適なイリジウムルツボを提供することにある。
本発明の第2の目的は、低コストで、ボイドのような欠陥のないタンタル酸リチウム単結晶を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の諸目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、ルツボが横方向に変形しやすいことに着目し、ルツボ底面側の板厚を側面方向の板厚よりも薄くして、底面側に変形を逃がすようなルツボ構造とし、ルツボが横方向に変形することを防いだところ、これによって、歩留まりを低下させることなく使用回数を増大させることができるだけでなく、底面に滞留するような融液がなくなり、自然対流によってルツボ内の融液が均一になるので、ボイド等の欠陥が発生しなくなることを見出し、本発明に到達した。
【0012】
即ち本発明は、チョクラルスキー法によって融液から単結晶を育成させるために使用するイリジウムルツボであって、側面のイリジウム金属の厚みと底面のイリジウム金属の厚みをそれぞれt、t’としたとき、t>t’であることを特徴とするイリジウムルツボ、及び、該ルツボを使用してタンタル酸リチウムの単結晶を育成することを特徴とするタンタル酸リチウム単結晶の製造方法である。
本発明においては、t’は0.5t≦t’≦0.95tの関係を満たすことが好ましく、tは1.5mm以上10.0mm以下であることが好ましい。また、底面の形状は、丸味を帯びていることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、低コストで、ボイドのような欠陥のないタンタル酸リチウム単結晶を製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明のイリジウムルツボの、断面図の一例である。
【図2】図2は、本発明のイリジウムルツボの、他の断面図の例である。
【図3】図3は、従来のイリジウムルツボの断面図である。
【図4】図4は、36度回転Y軸タンタル酸リチウム単結晶の製造方法、又は、38度回転Y軸タンタル酸リチウム単結晶の製造方法に好適に用いることができる、タンタル酸リチウム単結晶の製造装置の縦断面概略図である。
【図5】実施例1で200回使用した後の、本発明のルツボの形状である。
【図6】実施例2で200回使用した後の、本発明のルツボの形状である。
【図7】実施例3で200回使用した後の、本発明のルツボの形状である。
【図8】比較例1で200回使用した後の、従来のルツボの形状である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面に基づいて、本発明の好ましい実施態様につき、詳細に説明する。
【0016】
図1及び図2は、側面の肉厚より底面の肉厚の方が薄い、本発明のイリジウムルツボである。本発明においては、単にルツボ底面の肉厚が側面の肉厚より薄ければ良く、それ以外の形状は特に限定されない。例えば、図1は底面が平坦である場合であり、図2の場合には底面が丸くなっている。図3は従来のルツボであり、側面の肉厚と底面の肉厚は同じである。
【0017】
一般に、タンタル酸リチウムのような単結晶製造装置は、図4に示されるように、セラミックス製の耐火性ルツボ台23と、該耐火性ルツボ台23の底部に設けられたアルミナ台22と、該アルミナ台22上に設けられたルツボ21と、該ルツボ21を囲む断熱材24と、ドーナツ型で円板状の熱反射板であるリフレクター26と、該リフレクター26の上方に設けられた円筒状の熱反射板であるアフターヒーター27と、該アフターヒーター27の蓋であるアフターヒーター蓋28と、ルツボ台23の周囲に設けられた加熱コイル29を備えている。
【0018】
本発明にかかるイリジウムルツボは、図4中のルツボ21に相当する。タンタル酸リチウムの単結晶を製造する場合には、ルツボ21を誘導加熱し、ルツボ1内の原料を融解して融液30とし、シードホルダー31に取り付けた種結晶32であるタンタル酸リチウム単結晶を融液30に浸漬して、シードホルダー31を回転させながら、種結晶32を引き上げる。これによって、円錐状の肩部35aと円柱状の胴部35bよりなるタンタル酸リチウム単結晶35が生成される。
【0019】
本発明のイリジウムルツボは、ルツボ底面側の板厚を側面方向よりも薄くして板厚の薄い底面側に変形を逃がすようなルツボ構造となっているので、ルツボが横方向に変形し難い。これによって、歩留まりを低下させることなく使用回数を増大させることができる。また、底面に滞留するような融液がなくなり、自然対流によってルツボ内の融液が均一になるので、ボイド等の欠陥が発生しなくなる
以下、本発明を実施例に基づいて更に説明するが、本発明はこれによって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
図1に示された形状のイリジウムルツボであって、円筒部の板厚が2mm、底部の板厚1.5mm、内径150mm、高さ150mmのイリジウム製ルツボを、図4に示された38度回転Y軸タンタル酸リチウム単結晶の製造装置にセットし、38度回転Y軸タンタル酸リチウム単結晶を製造した。使用したリフレクターのサイズは、外径160mm、内径105mm、厚さ2mmであり、アフターヒーターとしては直径150mm、高さ180mmのイリジウム製アフターヒーターを使用した。
【0021】
具体的には、ルツボ内に、組成比がLi/Ta=0.943(モル比)のY軸タンタル酸リチウムの焼成原料4500gと結晶塊5500gの合計10000gを入れてルツボを加熱し、溶融した。溶融後、シードホルダーに取り付けた38度回転Y軸タンタル酸リチウムの種結晶を融液中に浸漬し、シードホルダーを7rpmの回転数で回転させながら種結晶をゆっくり引き上げて、直径が100mmで、円柱状の胴部の長さが約110mmのタンタル酸リチウム単結晶のサンプルを製造した。
【0022】
上記タンタル酸リチウム結晶の製造を、繰返し200回実施した。その時の歩留まりは80%で、得られた全てのタンタル酸リチウム単結晶サンプル中には、ボイドなどの欠陥(インクルージョンの発生)は認められなかった。また、200回使用した後のルツボの形状は図5に示した通りであり、横方向へのルツボの広がりが少ないことが確認された。
【実施例2】
【0023】
実施例1で使用されたイリジウムルツボを、円筒部の板厚が2mm、底部の板厚が1.9mmのルツボに替えた他は実施例1と同様にしてサンプルを製造した。その時の歩留まりは82%で、得られた全てのタンタル酸リチウム単結晶サンプル中には、ボイドなどの欠陥(インクルージョンの発生)は認められなかった。また、200回使用した後のルツボの形状は図6に示した通りであり、横方向へのルツボの広がりが少ないことが確認された。
【実施例3】
【0024】
図2に示された形状で、寸法及び板厚が実施例1で用いたイリジウムルツボと同じイリジウムルツボを用いた他は、実施例1と同様にしてサンプルを200回製造した。その時の歩留まりは86%で、得られた全てのタンタル酸リチウムの単結晶サンプル中には、ボイドなどの欠陥(インクルージョンの発生)は認められなかった。また、200回使用した後のルツボの形状は図7に示した通りであり、横方向へのルツボの広がりが少ないことが確認された。
【実施例4】
【0025】
実施例1で使用されたイリジウムルツボを、円筒部の板厚が3mm、底部の板厚が2.25mmのルツボに替えた他は実施例1と同様にして200回サンプルを製造した。その時の歩留まりは81%で、得られた全てのタンタル酸リチウム単結晶サンプル中には、ボイドなどの欠陥(インクルージョンの発生)は認められなかった。また、200回使用した後のルツボの形状は図6に示した通りであり、横方向へのルツボの広がりが少ないことが確認された。
【0026】
比較例1
円筒部及び底部の板厚が共に2mmである点だけが実施例1で用いたルツボと異なるルツボを使用した他は、実施例1と同様にして200回サンプルを製造した。この時の歩留まりは70%で、ルツボの使用回数が150回以降となったときに得られた全てのタンタル酸リチウム単結晶のサンプル中には、ボイドなどの欠陥(インクルージョンの発生)が認められた。また、200回使用した後のルツボの形状は図8に示した通りであり、横方向へのルツボの広がりが大きいことが確認された。
【0027】
比較例2
円筒部の板厚が2mmで底部の板厚が1mmの、図1に示した形状のイリジウムルツボを使用した他は実施例1と同様にして、200回サンプルを製造することを試みた。この時の歩留まりは82%であり、得られた全てのタンタル酸リチウム単結晶サンプル中に、ボイドなどの欠陥(インクルージョンの発生)は認められなかったが、160回使用後には湯漏れが発生した(使用後のルツボ形状は図5と同様の形状であった)ので、それ以上同じルツボを使用して製造することはできなかった。
【0028】
比較例3
円筒部の板厚が1mmで底部の板厚が0.75mmの、図1に示した形状のイリジウムルツボを使用した他は実施例1と同様にして、200回サンプルを製造することを試みた。しかしながら、ルツボの板厚が薄いため結晶が溶融又は固化する際の応力に耐えられず、板厚2mm又は3mmの時と比べるとルツボが加速的に変形し、30回使用時には湯漏れが発生した。
【0029】
実施例1、2及び比較例1、2の結果から、側面のイリジウムの厚みと底面のイリジウムの厚みをそれぞれt、t’とした場合、t’は0.5t≦t’≦0.95tであることが好ましい。
又、比較例3の結果から、側面のイリジウムの厚みが1mmよりも小さいとルツボの変形が加速的に進み、湯漏れにつながることが判明した。又、実施例3で使用したルツボの底部の板厚が1.5mmの場合も鑑みると、ルツボ側面の板厚tはt≧1.5mmであることが好ましい。
一方、実施例3、4の比較から、ルツボ側面の板厚を厚くすればルツボの変形を低減する効果はあるものの、ルツボ側面の板厚を1.5mm以上としても歩留り等に大きな差は見られないことが判明した。これらの事実から、t≧1.5mmであれば良いことが分かるが、ルツボの材質が非常に高価なイリジウムであるため、10.0mmを越えると、価格競争力において不利となる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明によれば、異方性のあるタンタル酸リチウムの単結晶を、低コストでボイドのような欠陥なしに製造することが可能であるので、本発明は産業上極めて有意義である。
【符号の説明】
【0031】
21 ルツボ
22 アルミナ台
23 ルツボ台
24 断熱材
25 耐火性アルミナ
26 リフレクター
27 アフターヒーター
28 アフターヒーター蓋
29 加熱コイル
30 融液
31 シードホルダー
32 種結晶
35 タンタル酸リチウム単結晶
35a タンタル酸リチウム単結晶の円錐状の肩部
35b タンタル酸リチウム単結晶の円柱状の胴部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
チョクラルスキー法で融液から酸化物単結晶を育成するのに使用するイリジウムルツボであって、側面の板厚と底面の板厚をそれぞれt及びt’とした場合、t>t’であることを特徴とするイリジウムルツボ。
【請求項2】
前記t’値が0.5t≦t’≦0.95tである、請求項1に記載されたイリジウムルツボ。
【請求項3】
前記t値が1.5mm〜10.0mmである、請求項1又は2に記載されたイリジウムルツボ。
【請求項4】
底面の形状が丸味を帯びている、請求項1〜3の何れかに記載されたイリジウムルツボ。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかに記載されたイリジウムルツボを用い、チョクラルスキー法によって、タンタル酸リチウムの融液からタンタル酸リチウムの単結晶を育成することを特徴とする、タンタル酸リチウム単結晶の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−250874(P2012−250874A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−124156(P2011−124156)
【出願日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】