説明

インクジェットヘッド、インクジェット記録装置、およびインクジェットヘッドの製造方法

【課題】 アクチュエータを大型化することなく、インクの温度を正確に検出することができるインクジェットヘッド、インクジェット記録装置、およびインクジェットヘッドの製造方法を提供する。
【解決手段】 複数のノズル開口部を配列したノズルプレートと、インクが充填される複数の長溝45が複数のノズルのそれぞれに対応するように並設されているアクチュエータ44と、アクチュエータ44の複数の長溝45上に設けられ、複数の長溝45をそれぞれ連通させる開口部を有するカバープレート55とを備えたインクジェットヘッド3において、カバープレート55の複数の長溝45に対応する部位に、少なくとも1箇所にニッケルクロム合金とニッケル合金とを成膜して熱電対72を形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ノズルよりインク滴を吐出して被記録媒体に画像や文字を記録するインクジェットヘッド、インクジェット記録装置、およびインクジェットヘッドの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、インクを吐出して、被記録媒体にインク滴を着弾させるインクジェット記録装置が利用されている。
これらインクジェット記録装置の中には、インクを吐出させるためのインクジェットヘッドと、インクジェットヘッドを記録媒体の搬送方向と略直交する方向に沿って走査させるキャリッジとを備えているものがある。インクジェットヘッドとしては、複数のノズルを配列したノズルプレートと、インクが充填される複数の溝部が複数のノズルのそれぞれに対応するように並設されているアクチュエータと、アクチュエータの複数の溝部上に設けられるカバープレートとを備えたものが知られている。
アクチュエータには、溝部の両側壁に電極部が設けられている。この電極部に駆動電圧を印加すると溝部の容積が変化し、これにより、溝部に充填されたインクがノズルを介して吐出される。
【0003】
ここで、溝部に充填されているインクの粘度は、環境温度によって変化する。すなわち、インクの粘度は環境温度が高ければ高いほど低下する特性を有している。このため、アクチュエータの電極部に印加する駆動電圧を温度に関わらず一定にしてしまうと、各温度によって、インクの吐出速度や吐出滴量(ドロップボリューム)が異なることになる。
そこで、アクチュエータの底面やカバープレートの上面などに溝部に充填されているインクの温度を検出するためのサーミスタを設けると共に、インクジェットヘッドにインクを供給するための流路(供給管)の途中にヒータと冷却管とを設け、サーミスタの検出結果に基づいて流路を流れるインクの温度調節を行う技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2005−305973号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述の従来技術にあっては、サーミスタがアクチュエータの底面やカバープレートの上面など、つまり、インクジェットヘッドの外部に設けられているので、アクチュエータの溝部に充填されているインクの温度をアクチュエータやカバープレートを介して測定することになる。このため、アクチュエータの溝部に充填されたインクとサーミスタとの間にアクチュエータの底壁やカバープレートを介在させる分、インクの温度を正確に検出することが困難になるという課題がある。
また、インクの温度を正確に検出し難いことから、インクジェットヘッドの過負荷時にアクチュエータ内のインクの温度がサーミスタによる検出温度よりも高くなるおそれがある。このため、インク中に気泡が発生して射出不良が発生し、この結果印刷不良を起こしてしまうという課題がある。
さらに、アクチュエータの溝部内に直接サーミスタを設け、溝部に充填されているインクの温度を正確に測定することも考えられるが、この分インクを充填するための溝部の容積を大きく設定する必要があり、インクジェットヘッドが大型化してしまうという課題がある。
【0005】
そこで、この発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、アクチュエータを大型化することなく、インクの温度を正確に検出することができ、安定した印刷を実現できるインクジェットヘッド、インクジェット記録装置、およびインクジェットヘッドの製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、請求項1に記載した発明は、複数のノズルを配列したノズルプレートと、インクが充填される複数の溝部が前記複数のノズルのそれぞれに対応するように並設されているアクチュエータと、前記アクチュエータの前記複数の溝部上に設けられ、前記複数の溝部をそれぞれ連通させる開口部を有するカバープレートとを備えたインクジェットヘッドにおいて、前記複数の溝部の内壁、または前記カバープレートの前記複数の溝部に対応する部位の何れかであって少なくとも1箇所に、金属膜を成膜して成る熱電対を設けたことを特徴とする。
このように構成することで、アクチュエータの溝部内に熱電対を設けることができるので、溝部内に充填されたインクの温度を熱電対によって直接測定し、インクの温度を正確に知ることが可能になる。
また、インクの温度を正確に知ることができるので、例えば、インクジェットヘッドの過負荷時の際、インク中に気泡が発生するような高温時にあっては、速やかに印刷を停止したり、インクジェットヘッドを冷却したりすることができる。
さらに、熱電対が金属膜を成膜して成ることから、熱電対の設置スペースを無視できる程度に小さく設定することができる。
そして、従来のようにアクチュエータに温度センサとしてのサーミスタなどを1つ設けるだけでなく、アクチュエータに設けられている複数の溝部のそれぞれに熱電対を設けることが可能になる。このため、各溝部に設けられる電極部への印加電圧を各々制御することができる。
【0007】
請求項2に記載した発明は、前記複数の溝部の底面に前記熱電対を設けたことを特徴とする。
このように構成することで、アクチュエータの各溝部の製作精度のばらつきに関わらず、確実に溝部に熱電対を設けることができる。
【0008】
請求項3に記載した発明は、前記カバープレートの前記複数の溝部に対応する部位に前記熱電対を設けたことを特徴とする。
このように構成することで、熱電対に補償導線を容易に接続することが可能になる。
【0009】
請求項4に記載した発明は、前記熱電対を前記カバープレートの前記複数の溝部に対応する部位から前記カバープレートの上面に臨ませるように設けたことを特徴とする。
このように構成することで、熱電対に接続される補償導線をカバープレートの下面側、つまり、アクチュエータの溝部側に引き回す必要がなくなる。
【0010】
請求項5に記載した発明は、前記熱電対の前記カバープレートの開口部近傍に補償導線を接続したことを特徴とする。
このように構成することで、カバープレートのノズルプレート側端に熱電対を設ける必要がなくなる。
【0011】
請求項6に記載した発明は、前記熱電対の測温接点が前記ノズルプレート側近傍に配置されていることを特徴とする。
このように構成することで、吐出直前のインクの温度を測定することができるので、アクチュエータの溝部に設けられる電極部に対して最適な制御を行うことが可能になる。
【0012】
請求項7に記載した発明は、前記熱電対は、ニッケルおよびクロムを主成分とするニッケルクロム合金と、ニッケルを主成分とするニッケル合金とを接続したクロメルアルメルであることを特徴とする。
このように構成することで、熱電対を形成可能な他の貴金属など用いるよりも安価に製造することが可能になる。
【0013】
請求項8に記載した発明は、請求項1〜請求項7の何れかに記載のインクジェットヘッドと、被記録媒体を予め決められた方向に搬送する搬送手段と、前記被記録媒体の搬送方向に交差する方向に沿って前記インクジェットヘッドを往復移動させる移動手段とを備えたことを特徴とするインクジェット記録装置とした。
このように構成することで、環境温度に関わらず被記録媒体への記録を高画質に行うことができるインクジェット記録装置を提供できる。
【0014】
請求項9に記載した発明は、複数のノズルを配列したノズルプレートと、前記インクが充填される複数の溝部が前記複数のノズルのそれぞれに対応するように並設されているアクチュエータと、前記アクチュエータの前記複数の溝部上に設けられ、前記複数の溝部をそれぞれ連通させる開口部を有するカバープレートとを備えたインクジェットヘッドの製造方法において、前記カバープレートの前記複数の溝部に対応する部位の少なくとも1箇所に、熱電対を構成する金属膜を成膜する熱電対成膜工程と、前記熱電対の前記開口部側端、または前記熱電対の前記ノズルプレート側端の何れかに補償導線を接続する補償導線接続工程と、前記アクチュエータの前記複数の溝部上に前記カバープレートを前記熱電対を下側に向けて取り付けるカバープレート取り付け工程と、前記アクチュエータ、および前記カバープレートの前記インクを吐出する側の端部に前記ノズルプレートを取り付けるノズルプレート取り付け工程とを備えたことを特徴とするインクジェットヘッドの製造方法とした。
このような製造方法とすることで、環境温度に関わらずインクの吐出速度や吐出滴量が安定したインクジェットヘッドを提供できる。
【発明の効果】
【0015】
請求項1に記載した発明によれば、アクチュエータの溝部内に熱電対を設けることができるので、溝部内に充填されたインクの温度を熱電対によって直接測定し、インクの温度を正確に知ることが可能になる。このため、環境温度に関わらずインクの吐出速度や吐出滴量を安定させることができ、被記録媒体に記録される画質を向上させることができる。
また、インクの温度を正確に知ることができるので、例えば、インクジェットヘッドの過負荷時の際、インク中に気泡が発生するような高温時にあっては、速やかに印刷を停止したり、インクジェットヘッドを冷却したりすることができる。このため、インクの射出不良を未然に防止することができ、安定した印刷を実現することが可能になる。
さらに、熱電対が金属膜を成膜して成ることから、熱電対の設置スペースを無視できる程度に小さく設定することができる。このため、アクチュエータ内に熱電対を設けても溝部の容積を大きく設定する必要がなく、インクジェットヘッドの大型化を防止することが可能になる。
そして、従来のようにアクチュエータに温度センサとしてのサーミスタなどを1つ設けるだけでなく、アクチュエータに設けられている複数の溝部のそれぞれに熱電対を設けることが可能になる。このため、各溝部に設けられる電極部への印加電圧を各々制御することができる。よって、各溝部のインクの吐出速度や吐出滴量のばらつきを各々抑制することが可能になり、被記録媒体に記録される画質をより向上させることができる。
【0016】
請求項2に記載した発明によれば、アクチュエータの各溝部の製作精度のばらつきに関わらず、確実に溝部に熱電対を設けることができる。このため、熱電対を溝部に設けるために必要以上にアクチュエータやカバープレートの製作精度を高める必要がなく、インクジェットヘッドの製造コストを低減することが可能になる。
【0017】
請求項3に記載した発明によれば、熱電対に補償導線を容易に接続することが可能になるため、インクジェットの製造コストを低減することが可能になる。
【0018】
請求項4に記載した発明によれば、熱電対に接続される補償導線をカバープレートの下面側、つまり、アクチュエータの溝部側に引き回す必要がなくなる。このため、補償導線の熱電対への接続を容易に行うことが可能になり、さらに製造コストを低減することが可能になる。
【0019】
請求項5に記載した発明によれば、カバープレートのノズルプレート側端に熱電対を設ける必要がなくなるので、カバープレートとノズルプレートとの密着性を高めることができる。このため、インクの吐出速度や吐出滴量をより安定させることが可能になる。
【0020】
請求項6に記載した発明によれば、吐出直前のインクの温度を測定することができるので、アクチュエータの溝部に設けられる電極部に対して最適な制御を行うことが可能になる。このため、被記録媒体に記録される画質をさらに向上させることができる。
【0021】
請求項7に記載した発明によれば、熱電対を形成可能な他の貴金属など用いるよりも安価に製造することが可能になる。このため、さらに製造コストを低減させることができる。
【0022】
請求項8に記載した発明によれば、環境温度に関わらず被記録媒体への記録を高画質に行うことができるインクジェット記録装置を提供できる。
【0023】
請求項9に記載した発明によれば、環境温度に関わらずインクの吐出速度や吐出滴量が安定したインクジェットヘッドを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
次に、この発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1、図2に示すように、インクジェット記録装置1は、本体としての装置本体部2と、色ごとに設けられた複数のインクジェットヘッド3とを備えている。
装置本体部2は、略直方体形状の筐体6を備えている。筐体6内には、この幅方向(長手方向)Wに延びる一対のガイドレール8が設けられている。これらガイドレール8には、複数のインクジェットヘッド3が固定されたキャリッジ7が設けられている。すなわち、キャリッジ7は、ガイドレール8によって、幅方向Wに往復動可能に支持されている。
【0025】
キャリッジ7は、平板状の基台7aを備えている。基台7aには、インクジェットヘッド3が固定されている。また、基台7aには、この基台7aから立ち上げられた立ち上がり壁部7bが設けられている。立ち上がり壁部7bには、配線基板5が設けられている。
配線基板5には、インクジェット記録装置1の各部品を作動させるための様々な電子部品が設けられている。
【0026】
また、筐体6内の幅方向Wの一端部には、モータ11が設けられている。モータ11の出力軸は、筐体6の奥行方向(短手方向)Dに向けられている。モータ11の出力軸には、プーリ12が設けられている。一方、筐体6内の幅方向の他端部にもプーリ13が対向配置されている。そして、プーリ12,13にわたって、タイミングベルト14が設けられている。タイミングベルト14には、キャリッジ7が固定されている。
このような構成のもと、モータ11を駆動すると、プーリ12,13およびタイミングベルト14を介して、キャリッジ7が幅方向Wに往復動するようになっている。
【0027】
また、筐体6内の他端部には、インクを供給するインクカートリッジ17が設けられている。インクカートリッジ17は、キャリッジ7に取り付けられたインクジェットヘッド3に、フレキシブルチューブからなるインク供給管18を介して接続されている。そして、インクカートリッジ17から、インク供給管18を介して、インクジェットヘッド3に各種インクを供給するようになっている。
【0028】
さらに、筐体6の一端部の前面および後背面には、互いに対向して配置された不図示の開口部が設けられている。筐体6内の一端部のうち、前面の開口部に対向する位置には、長手方向Wに延びる一対の搬出ローラ22が設けられている。一方、後背面の開口部に対向する位置には、長手方向Wに延びる一対の搬入ローラ21が設けられている。
このような構成のもと、後背面の開口部から用紙(被記録媒体)Sが挿入され、搬入ローラ21および搬出ローラ22を駆動することにより、用紙Sが前面の開口部から排出されるようになっている。
【0029】
インクジェットヘッド3は、長方形状の取付基盤25を備えている。取付基盤25は、キャリッジ7の基台7aに不図示のネジを介して取り付けられている。取付基盤25の上面には、後述するインクジェットヘッドチップ26が取り付けられている。インクジェットヘッドチップ26の上面には、その長手方向の全長にわたって延びる長方形状の流路基板27が設けられている。流路基板27の上面のうち、その長手方向の中央部には、連結部30が設けられている。
【0030】
また、取付基盤25には、この取付基盤25から立ち上げられた長方形状のベースプレート31が設けられている。ベースプレート31は、アルミニウムなどで形成されている。
ベースプレート31の一方の主面(インクジェットヘッドチップ26側に配された主面)には、配線基板35が設けられている。配線基板35には、インクジェットヘッドチップ26の種々の制御を行う制御回路32が搭載されている。
【0031】
また、ベースプレート31の上端には、一方の主面側に延びる支持部37が設けられている。支持部37には、インクを貯留する貯留室を有する圧力調整部38が設けられている。圧力調整部38の下部には、貯留室と連通するインク連通管39が設けられている。
インク連通管39は、Oリングを介して、流路基板27の連結部30に連結されている。
一方、圧力調整部38の上部には、貯留室と連通するインク取込口42が設けられている。インク取込口42には、インク供給管18が取り付けられている。
このような構成のもと、インクカートリッジ17からインク供給管18を介して、インクが供給されると、このインクは、インク取込口42を介して圧力調整部38内の貯留室に取り込まれ、さらに、所定量のインクが、インク連通管39および流路基板27を介して、インクジェットヘッドチップ26に供給されるようになっている。
【0032】
図3、図4に示すように、インクジェットヘッドチップ26は、略長方形状のアクチュエータ44を備えている。アクチュエータ44は、圧電性を有する、例えば、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)から成るものである。アクチュエータ44の上面には、その短手方向に延びる長溝45が形成されている。長溝45は、横断面が矩形状に形成されており、アクチュエータ44の長手方向の全長にわたって複数並設されている。すなわち、長溝45は、側壁46によってそれぞれ区分けされている。長溝45の底面は、図4に示すように、アクチュエータ44の前方側から短手方向の略中央部まで延びる前方平坦面44aと、この前方平坦面44aの後部から後方側に向かって深さが漸次浅くなるような傾斜面44bと、この傾斜面44bの後部から後方側に向かって延びる後方平坦面44cとで構成されている。なお、長溝45の後端部は、封止部70により封止されている(図7参照)。
【0033】
長溝45内には、板状に延びる駆動電極部50が設けられている。すなわち、側壁46の両主面の上端部寄りにそれぞれ駆動電極部50が蒸着により設けられている。駆動電極部50は、ワイヤ71により制御回路32に電気的に接続されている(図7参照)。
また、アクチュエータ44の前端面44dには、ポリイミドからなるノズルプレート51が設けられている。ノズルプレート51の一方の主面は、アクチュエータ44への接合面とされ、他方の主面には、インクの付着等を防止するための撥水性を有する撥水膜が塗布されている。
【0034】
また、ノズルプレート51には、その長手方向に所定の間隔(長溝45のピッチと同等の間隔)を空けて複数のノズル開口部52が形成されている。ノズル開口部52は、ポリイミドフィルムなどのノズルプレート51に、例えば、エキシマレーザ装置を用いて形成される。これらノズル開口部52は、それぞれ長溝45に一致して配置されている。
【0035】
さらに、アクチュエータ44の上面には、長方形状のカバープレート55が設けられている。カバープレート55の短手方向の長さ寸法は、アクチュエータ44の短手方向の長さ寸法よりも短く設定されている。そして、カバープレート55の前端面55aと、アクチュエータ44の前端面44dとは面一になっている。
カバープレート55には、その長手方向に延びる矩形状の開口部56が形成されている。この開口部56は、アクチュエータ44の長手方向の全体の長溝45にわたって延ばされている。すなわち、全ての長溝45が開口部56を介して外方に開放され、開口部56によって各長溝45がそれぞれ連通した状態になっている。また、アクチュエータ44の後背面には、長方形状のノズル支持プレート57が嵌合接着されている。
【0036】
ここで、図5〜図7に示すように、カバープレート55の下面55bには、アクチュエータ44の長溝45に対応する部位にそれぞれ温度センサである熱電対72が設けられている。この熱電対72は、ニッケルおよびクロムを主成分とするニッケルクロム合金とニッケルを主成分とするニッケル合金とを接続したクロメルアルメルであって、スパッタリング法などにより成膜して成るものである。すなわち、熱電能の異なる2種類の金属を互いに接合して、2つの接合点を異なる温度にすると、一定の方向に電流が流れ、熱起電力が生じる現象(ゼーベック効果)を利用した温度センサである。
なお、熱電対72はニッケルクロム合金とニッケル合金とを成膜してなることから、厚さ(膜厚)が1μm程度となる。しかしながら、図5、図7にあっては、熱電対72を認識可能な大きさとするため、熱電対72の縮尺を適宜変更している。
【0037】
熱電対72は、カバープレート55の前端面55aから開口部56に至るまでの間に形成されていると共に、カバープレート55の開口部56縁に下面55bから上面55cに跨るように形成されている。つまり、熱電対72の開口部56側端は、カバープレート55の下面55bから上面55cに臨まされた状態になっている(図7参照)。
また、熱電対72の先端の測温接点72aは、カバープレート55の前端面55a近傍に設けられている。
【0038】
熱電対72の上面には、開口部56側近傍に補償導線73の一端がワイヤボンディングなどによって接続されている。補償導線73は、熱電対72と制御回路32とを電気的に接続するための熱電能を有する合金線であって、他端が制御回路32に接続されている。なお、図3に示す2点鎖線は、補償導線73の束を示している。
このような構成のもと、圧力調整部38内の貯留室から、インク連通管39および連結部30を介して所定量のインクが流路基板27に供給されると、それらインクは、開口部56を介して、長溝45内に送り込まれるようになっている。すなわち、長溝45は、インクが充填されるインク室として機能する。
そして、駆動電極部50に駆動電圧を印加すると圧電厚み滑り効果により長溝45の側壁46が変形する。これにより、長溝45の容積が減少して長溝45内の圧力が増加するので、ノズルプレート51のノズル開口部52からインク滴が吐出される。
【0039】
ここで、駆動電極部50に印加される駆動電圧は、制御回路32によって制御されている。制御回路32は、カバープレート55に設けられている熱電対72によるインク温度の検出結果に基づいて駆動電極部50への印加電圧を決定するようになっている。
本実施形態の制御回路32について、図8に基づいてより詳しく説明する。ただし図8においては、複数の熱電対72のうち、1つの熱電対72だけ記載し、他の熱電対72の記載を省略する。
同図に示すように、インクジェットヘッド3の熱電対72は補償導線73を介してインク温度検出部64と接続されている。ここでインク温度検出部64は、各熱電対72から出力される熱起電力(電位差)からそれぞれアクチュエータ44の長溝45に充填されているインクの温度を検出し、温度情報信号を出力する。インク温度検出部64から出力された温度情報信号は、インク温度検出部64と接続されている制御部63に入力される。
【0040】
また制御部63は、各種情報を記憶する記憶部65と接続されている。ここで記憶部65は、インク温度検出部64により検出された各温度と、これら各温度に対する駆動電極部50への印加電圧値とを対応付けた温度−電圧テーブル65aを有している。制御部63は、記憶部65の温度−電圧テーブル65aを参照し、入力された温度情報信号をもとにアクチュエータ44の駆動電極部50に与える適正な電圧を得る。
さらに、制御部63は、アクチュエータ44を駆動するための駆動電圧を発生させる駆動電圧発生部66に接続されている。制御部63は、駆動電圧発生部66に制御信号を出力し、駆動電圧発生部66を介して、各長溝45に設けられた熱電対72の検出結果に応じて、各熱電対72の設置箇所に対応する駆動電極部50に適正なタイミングで適正な駆動電圧を入力する。
本実施形態では、これらのインク温度検出部64、制御部63、記憶部65及び駆動電圧発生部66をまとめて、制御回路32としている。
【0041】
次に、インクジェットヘッド3におけるインクジェットヘッドチップ26の製造方法について説明する。
まず、カバープレート55におけるアクチュエータ44の長溝45に対応する部位に、スパッタリング法などによりニッケルクロム合金とニッケル合金とを成膜し、熱電対72を形成する(熱電対成膜工程)。
このとき、カバープレート55のノズルプレート51側端からカバープレート55の開口部56に至る間に熱電対72を形成すると共に熱電対72の測温接点72aがカバープレート55のノズルプレート51側に位置するように形成する。また、熱電対72の開口部56側端をカバープレート55の下面55bから上面55cに臨まされた状態となるように形成する。
【0042】
次に、熱電対72のアクチュエータ44とは反対側の面であって開口部56側端に、補償導線73の一端をワイヤボンディングなどによって接続する(補償導線接続工程)。
そして、カバープレート55に形成された熱電対72をアクチュエータ44の長溝45側に向け、カバープレート55をアクチュエータ44上に取り付ける(カバープレート取り付け工程)。
このとき、カバープレート55の前端面55aと、アクチュエータ44の前端面44dとが面一となるようにする。
【0043】
続いて、カバープレート55の前端面55a、およびアクチュエータ44の前端面44dにノズルプレート51を取り付ける(ノズルプレート取り付け工程)。
そして、アクチュエータ44の長溝45の後端部を封止部70により封止し、アクチュエータ44の後背面にノズル支持プレート57を嵌合接着した後、駆動電極部50にワイヤ71を接続してインクジェットヘッドチップ26が完成する。
【0044】
したがって、上述の実施形態によれば、カバープレート55におけるアクチュエータ44の長溝45に対応する部位に、それぞれ熱電対72をスパッタリング法などにより成膜し、この結果、アクチュエータ44の長溝45内に熱電対72を設けることができる。このため、長溝45に充填されているインクを直接測定することができ、インクの温度を正確に知ることが可能になる。よって、環境温度に関わらず制御回路32の制御部63が駆動電圧発生部66を介して、各駆動電極部50に適正なタイミングで適正な駆動電圧を入力することができるので、用紙Sに記録される画質を向上させることができる。
また、インクの温度を正確に知ることができるので、例えば、インクジェットヘッド3の過負荷時の際、インク中に気泡が発生するような高温時にあっては、速やかに印刷を停止したり、インクジェットヘッド3を冷却したりすることができる。このため、インクの射出不良を未然に防止することができ、安定した印刷を実現することが可能になる。
【0045】
さらに、熱電対がスパッタリング法などによりニッケルクロム合金とニッケル合金とを成膜して成ることから、熱電対72の設置スペースを無視できる程度に小さく設定することができる。具体的には、熱電対72の厚さ(膜厚)を1μm程度に設定することができる。このため、アクチュエータ44内に熱電対72を設けてもこれに伴って長溝45の容積を大きく設定する必要がなく、インクジェットヘッド3の大型化を防止することが可能になる。
そして、熱電対72をニッケルクロム合金とニッケル合金とを接続したクロメルアルメルとすることで、熱電対を形成可能な他の貴金属など用いるよりも安価に製造することが可能になる。このため、さらに製造コストを低減させることができる。
【0046】
また、従来のようにインクジェットヘッド3に温度センサとしてのサーミスタなどを1つ設けるだけでなく、アクチュエータ44に設けられている複数の長溝45のそれぞれに熱電対72を複数設けることが可能になる。このため、各長溝45に設けられる駆動電極部50への印加電圧を制御回路32によって各々制御することが可能になる。よって、各長溝45のインクの吐出速度や吐出滴量のばらつきを各々抑制することが可能になり、用紙Sに記録される画質をより向上させることができる。
【0047】
さらに、カバープレート55に熱電対72を設けているので、アクチュエータ44に熱電対72を設ける場合と比較して、補償導線73を容易に熱電対72に接続させることが可能になる。このため、インクジェットヘッド3(インクジェットヘッドチップ26)の製造コストを低減することが可能になる。
【0048】
そして、熱電対72をカバープレート55の前端面55aから開口部56に至るまでの間に形成されていると共に、カバープレート55の開口部56縁に下面55bから上面55cに跨るように形成している。つまり、熱電対72の開口部56側端は、カバープレート55の下面55bから上面55cに臨まされた状態になっている(図7参照)。このため、カバープレート55の上面55c側で熱電対72と補償導線73を接続させることができ、カバープレート55の下面55b側に補償導線73を引き回す必要がなくなる。よって、補償導線73の熱電対72への接続を容易に行うことが可能になり、さらに製造コストを低減することが可能になる。
【0049】
また、熱電対72と補償導線73との接続位置をカバープレート55の前端面55a側ではなく、開口部56側としている。このため、カバープレート55の前端面55aに熱電対72を設ける必要がなくなるので、カバープレート55とノズルプレート51との密着性を高めることができる。よって、インクの吐出速度や吐出滴量をより安定させることが可能になる。
【0050】
さらに、熱電対72の先端の測温接点72aをカバープレート55の前端面55a近傍に設けている。このため、吐出直前のインクの温度を熱電対72によって測定することができるので、駆動電極部50に対して最適な制御を行うことが可能になる。よって、用紙Sに記録される画質をさらに向上させることができる。
【0051】
なお、本発明は上述の実施形態に限られるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、上述の実施形態に種々の変更を加えたものを含む。
また、上述の実施形態では、カバープレート55におけるアクチュエータ44の長溝45に対応する部位に、それぞれ熱電対72を成膜して形成した場合について説明した。しかしながら、これに限られるものではなく、アクチュエータ44の長溝45の底面(前方平坦面44a、傾斜面44b、および後方平坦面44c)に熱電対72を設けてもよい。この場合、アクチュエータ44の製作精度のばらつきに関わらず、確実に長溝45内に熱電対72を設けることができる。このため、カバープレート55に熱電対72を設ける場合と比較して、長溝45内に熱電対72を設置すべく必要以上にアクチュエータ44やカバープレート55の製作精度を高める必要がない。よって、インクジェットヘッド3(インクジェットヘッドチップ26)の製造コストを低減することが可能になる。
【0052】
さらに、上述の実施形態では、熱電対72をカバープレート55の前端面55aから開口部56に至るまでの間に形成されていると共に、カバープレート55の開口部56縁に下面55bから上面55cに跨るように形成した場合について説明した。しかしながら、これに限られるものではなく、熱電対72の基端側(測温接点72aとは反対側端)をカバープレート55の前端面55a側から上面に形成してもよい。このように熱電対72を形成した場合であっても、熱電対72の厚さ(膜厚)が極めて薄いので、ノズルプレート51の接着代を考慮すると熱電対72の厚さを無視できる。このため、ノズルプレート51とカバープレート55との間隙の形成を防止することができる。
また、熱電対72の基端側をカバープレート55の下面55bから上面55cに跨るように形成することなく、カバープレート55の下面55bのみに熱電対72を形成してもよい。
【0053】
さらに、上述の実施形態では、カバープレート55におけるアクチュエータ44の長溝45に対応する部位にそれぞれ温度センサである熱電対72を設けた場合について説明した。しかしながら、これに限られるものではなく、カバープレート55の長溝45に対応する部位の少なくとも1箇所に熱電対72が設けられていればよい。
そして、上述の実施形態では、熱電対72がニッケルクロム合金とニッケル合金とを接続したクロメルアルメルである場合について説明した。しかしながら、これに限られるものではなく、低温脆性が少なく、耐熱性や耐酸性/耐アルカリ性などを持つ、化学的にも物理的にも安定した金属である白金(Pt)、レニウム(Re)、タングステン(W)、銀(Ag)、金(Au)といった貴金属や、これらを含む合金類を用いてもよい。
より具体的に、熱電対を形成可能な金属の組合わせの例として以下のようなものが挙げられる。
(1)銅と銅・ニッケル合金
(2)ニッケルクロム合金とニッケルを主とした合金
(3)鉄と銅・ニッケル合金
(4)ニッケルクロム合金と銅・ニッケル合金
(5)ニッケルと鉄
(6)白金と白金・ロジウム合金
(7)タングステンとタングステン・モリブデン合金
(8)金と銀
(9)白金と銅・ニッケル・亜鉛合金
(10)白金と白金・ロジウム合金
(11)ビスマスとアンチモン
(12)イリジウムと白金
(13)金とニッケル
(14)イリジウムと白金・ロジウム合金
(15)イリジウムと白金・イットリウム合金
熱電対を形成するにあたって、これら(1)〜(15)の金属の組合わせであってもよいが、とりわけ、ニッケルクロム合金とニッケル合金とを接続したクロメルアルメルとすることで、熱電対72の製造コストを低減することが可能になる。
【0054】
また、上述の実施形態では、カバープレート55に補償導線73を接続し(補償導線接続工程)、この後、カバープレート55の前端面55a、およびアクチュエータ44の前端面44dにノズルプレート51を取り付けた(ノズルプレート取り付け工程)場合について説明した。しかしながら、これに限られるものではなくカバープレート55の前端面55a、およびアクチュエータ44の前端面44dにノズルプレート51を取り付けた後、カバープレート55に補償導線73を接続してもよい。
【0055】
さらに、上述の実施形態では、アクチュエータ44の長溝45の後端部を封止部70により封止し、アクチュエータ44の後背面にノズル支持プレート57を嵌合接着した後、駆動電極部50にワイヤ71を接続した場合について説明した。しかしながら、これに限られるものではなく、駆動電極部50にワイヤ71を接続した後、アクチュエータ44の後背面にノズル支持プレート57を嵌合接着してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の実施形態におけるインクジェット記録装置の斜視図である。
【図2】本発明の実施形態におけるインクジェットヘッドの斜視図である。
【図3】本発明の実施形態におけるインクジェットヘッドチップの分解斜視図である。
【図4】本発明の実施形態におけるインクジェットヘッドチップの一部を拡大した分解斜視図である。
【図5】図3のA矢視図である。
【図6】本発明の実施形態におけるカバープレートの一部拡大斜視図である。
【図7】本発明の実施形態におけるインクジェットヘッドチップの短手方向に沿う縦断面図である。
【図8】本発明の実施形態におけるインクジェット記録装置を機能ごとに示すブロック図である。
【符号の説明】
【0057】
1 インクジェット記録装置
2 装置本体部
3 インクジェットヘッド
7 キャリッジ(移動手段)
8 ガイドレール(移動手段)
11 モータ(移動手段)
12,13 プーリ(移動手段)
14 タイミングベルト(移動手段)
21 搬入ローラ(搬送手段)
22 搬出ローラ(搬送手段)
26 インクジェットヘッドチップ
44 アクチュエータ
44a 前方平坦面(底面)
44b 傾斜面(底面)
44c 後方平坦面(底面)
44d 前端面
45 長溝(溝部)
50 駆動電極部
51 ノズルプレート
52 ノズル開口部(ノズル)
55 カバープレート
55a 前端面
55b 下面
55c 上面
56 開口部
64 インク温度検出部
72 熱電対
72a 測温接点
73 補償導線
S 用紙(被記録媒体)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のノズルを配列したノズルプレートと、
インクが充填される複数の溝部が前記複数のノズルのそれぞれに対応するように並設されているアクチュエータと、
前記アクチュエータの前記複数の溝部上に設けられ、前記複数の溝部をそれぞれ連通させる開口部を有するカバープレートとを備えたインクジェットヘッドにおいて、
前記複数の溝部の内壁、または前記カバープレートの前記複数の溝部に対応する部位の何れかであって、少なくとも1箇所に金属膜を成膜して成る熱電対を設けたことを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項2】
前記複数の溝部の底面に前記熱電対を設けたことを特徴とする請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項3】
前記カバープレートの前記複数の溝部に対応する部位に前記熱電対を設けたことを特徴とする請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項4】
前記熱電対を前記カバープレートの前記複数の溝部に対応する部位から前記カバープレートの上面に臨ませるように設けたことを特徴とする請求項3に記載のインクジェットヘッド。
【請求項5】
前記熱電対の前記カバープレートの開口部近傍に補償導線を接続したことを特徴とする請求項3または請求項4に記載のインクジェットヘッド。
【請求項6】
前記熱電対の測温接点が前記ノズルプレート側近傍に配置されていることを特徴とする請求項1〜請求項5の何れかに記載のインクジェットヘッド。
【請求項7】
前記熱電対は、ニッケルおよびクロムを主成分とするニッケルクロム合金と、ニッケルを主成分とするニッケル合金とを接続したクロメルアルメルであることを特徴とする請求項1〜請求項6の何れかに記載のインクジェットヘッド。
【請求項8】
請求項1〜請求項7の何れかに記載のインクジェットヘッドと、
被記録媒体を予め決められた方向に搬送する搬送手段と、
前記被記録媒体の搬送方向に交差する方向に沿って前記インクジェットヘッドを往復移動させる移動手段とを備えたことを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項9】
複数のノズルを配列したノズルプレートと、
前記インクが充填される複数の溝部が前記複数のノズルのそれぞれに対応するように並設されているアクチュエータと、
前記アクチュエータの前記複数の溝部上に設けられ、前記複数の溝部をそれぞれ連通させる開口部を有するカバープレートとを備えたインクジェットヘッドの製造方法において、
前記カバープレートの前記複数の溝部に対応する部位の少なくとも1箇所に、熱電対を構成する金属膜を成膜する熱電対成膜工程と、
前記熱電対の前記開口部側端、または前記熱電対の前記ノズルプレート側端の何れかに補償導線を接続する補償導線接続工程と、
前記アクチュエータの前記複数の溝部上に前記カバープレートを前記熱電対を下側に向けて取り付けるカバープレート取り付け工程と、
前記アクチュエータ、および前記カバープレートの前記インクを吐出する側の端部に前記ノズルプレートを取り付けるノズルプレート取り付け工程とを備えたことを特徴とするインクジェットヘッドの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−178884(P2009−178884A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−18553(P2008−18553)
【出願日】平成20年1月30日(2008.1.30)
【出願人】(501167725)エスアイアイ・プリンテック株式会社 (198)
【Fターム(参考)】