インクジェット記録装置
【課題】 インク流路内の気泡量を把握し、適切なタイミングで吸引回復動作を行うことができるインクジェット記録装置を提供する。
【解決手段】 インクを吐出するノズルとインク流路を形成する流路形成部材とを有する記録ヘッドと、該記録ヘッドからインクを吸引するための吸引手段と、前記記録ヘッド内の温度を検出するための温度検出手段と、を備えるインクジェット記録装置において、前記インク流路にインクを充填する前の流路形成部材内の気体量と、前記インク流路にインクを充填した後の流路形成部材内の平衡気体量と、に基づいて、吸引手段の動作を制御する制御手段を備える。
【解決手段】 インクを吐出するノズルとインク流路を形成する流路形成部材とを有する記録ヘッドと、該記録ヘッドからインクを吸引するための吸引手段と、前記記録ヘッド内の温度を検出するための温度検出手段と、を備えるインクジェット記録装置において、前記インク流路にインクを充填する前の流路形成部材内の気体量と、前記インク流路にインクを充填した後の流路形成部材内の平衡気体量と、に基づいて、吸引手段の動作を制御する制御手段を備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はインクを吐出して記録を行う記録ヘッドの吐出状態を保つための吸引回復手段を備えたインクジェット記録装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インクを吐出して記録を行うインクジェット記録ヘッドは、インクタンクから吐出ノズルまでの流路および液室内で気泡が成長し、吐出ノズルに気泡が到達すると、インクを吐出することができず画像不良となってしまう。そのため、従来から、記録ヘッドのノズル側をキャップで塞ぎ減圧することで流路内から気泡を強制排出する吸引回復動作を定期的に行っている。
【0003】
このような気泡除去を目的とした吸引回復は、前回の吸引動作からの経過時間によって実行タイミングを制御するタイマー吸引と呼ばれる。タイマー吸引における次回の吸引回復までの時間は、流路内の気泡成長量が吐出不良を起こすに至らない時間として設定される。しかしながら、インクジェット記録装置本体の使用環境や、着荷吸引からの経過時間によって、気泡成長の速度や量が変化することが分かっている。そのため、前回の吸引動作から次回の吸引動作までの時間を一定にすると、吸引頻度が多すぎたり、逆に次回の吸引動作までに吸引不良が発生してしまうという課題があった。
【0004】
このような課題に対して、以下の先行技術がある。特許文献1には、ヘッド流路内の気泡は高温ほど成長速度が速くなるため、一定間隔で記録ヘッドの温度を取得し経過時間のカウント値を高温程大きくなるように補正する構成が開示されている。
【0005】
特許文献2には、インク流路にインクを充填してからの経過時間が長いほど気泡の成長が遅くなるため、タイマー吸引による回復処理の累積回数が多いほどタイマー吸引の間隔を長くする構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−52393号公報
【特許文献2】特開2008−62450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載された発明では、タイマー吸引の経過時間カウントの補正量を温度取得タイミングの温度の絶対値により一意に定めているため、温度が変わらない限り一定の頻度で吸引動作を行う。そのため、特許文献2で説明されているようにインク流路にインクを充填してから経時的に気泡成長が遅くなっていく実際の現象と整合しない。すなわち、気泡成長が遅くなってからは吸引頻度が必要以上に高くなってしまう。
【0008】
特許文献2では、気泡成長の速い高温環境での検討結果に基づき時間間隔を設定しており、特許文献1に記載されているように記録ヘッドの温度によって気泡成長速度が違うという概念がない。そのため、インクジェット記録装置を常温環境で使用する場合は、気泡量に対して吸引タイミングが早くなり、吸引頻度が必要以上に多くなってしまう。また、タイマー吸引の累積回数が増え、タイマー吸引の時間間隔が長くなってからインクジェット記録装置の使用環境の温度が上昇した場合に、気泡成長が想定よりも早くなり次回の吸引タイミングの前に吐出不良を起こす可能性がある。
【0009】
このような事情に鑑みて、本発明の目的は、インク流路内の気泡量を算出し、適切なタイミングで吸引回復動作を行うことができるインクジェット記録装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記目的を達成するため、インクを吐出するノズルとインク流路を形成する流路形成部材とを有する記録ヘッドと、該記録ヘッドからインクを吸引するための吸引手段と、前記記録ヘッド内の温度を検出するための温度検出手段と、を備えるインクジェット記録装置において、前記インク流路にインクを充填する前の前記流路形成部材内の気体量と、前記インク流路にインクを充填した後の前記流路形成部材内の平衡気体量と、に基づいて、前記吸引手段の動作を制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、インク流路内の気泡量を算出し、適切なタイミングで吸引回復動作を行うことができるインクジェット記録装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の記録装置ユニットの記録部について説明する図である。
【図2】記録ヘッドからインクを取り外した状態を示す図である。
【図3】記録ヘッド本体の分解斜視図である。
【図4】吐出回復部を説明する図である。
【図5】吐出回復部を説明する図である。
【図6】制御部のブロック図である。
【図7】強吸引、弱吸引を実行したときのキャップ内の負圧波形を示す図である。
【図8】着荷吸引前に記録ヘッドが保存されていた温度の違いによる気泡量の変化を示す図である。
【図9】着荷吸引後に記録ヘッドが使用される温度の違いによる気泡量の変化を示す図である。
【図10】保存温度、使用温度を変化させたときの最大気泡成長量を示す図である。
【図11】着荷吸引のときの流路形成部材内の気体量と、平衡気体量と、の関係をプロットした図である。
【図12】着荷吸引時に流路形成部材内に吸着、溶解している気体分子が、平衡気体量に向かって徐々に離脱、溶出していく様子を示す図である。
【図13】保存温度15℃/使用温度23℃の条件において着荷吸引から96時間置いた後に、使用温度を15℃に変えた場合の気泡成長曲線を示す図である。
【図14】保存温度5℃/使用温度15℃の気泡成長曲線を示す図である。
【図15】気泡量を推定するときのフローチャートである。
【図16】着荷吸引時の制御を示すフローチャートである。
【図17】記録動作開始前の制御を示すフローチャートである。
【図18】ハードパワーオン後、最初の時刻受信時の制御を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
まず、本発明が適用されるインクジェット記録装置の構成について説明する。図1を用いて、記録装置ユニット2000の記録部について説明する。記録部は、キャリッジ軸2103によって移動可能に支持されたキャリッジ2100と、このキャリッジ2100に着脱可能に搭載される記録ヘッド4000と、を備える。記録ヘッド4000の内部には温度検出センサが内蔵されている。
【0014】
図2に記録ヘッドからインクタンクを取り外した状態を、天地を逆にして示す。ここに示すインクタンク4100は、ブラック、ライトシアン、ライトマゼンタ、シアン、マゼンタ及びイエローの各色独立のインクタンクである。そして、それぞれのインクタンクが記録ヘッド本体4001に対して着脱自在である。
【0015】
図3は記録ヘッド本体4001の分解斜視図である。本例の記録ヘッド本体4001は、記録素子基板4010、第1のプレート4020、電気配線基板4030、第2のプレート4040、タンクホルダ4050、インク流路形成部材4060、フィルタ4070、シールゴム4080等から構成されている。
【0016】
記録素子基板4010は、シリコン基板の片面にインクを吐出するための複数の記録素子と、各記録素子に電力を供給するアルミニウム等の電極配線とが成膜技術により形成される。そして、この記録素子に対応した複数のインク流路と吐出口4011を有する複数のノズルが形成されると共に、複数のインク流路にインクを供給するためのインク供給口が裏面に開口するように形成されている。この記録素子は、熱エネルギーを利用してインクを吐出するものであって、その熱エネルギーを発生する電気熱変換体を備えている。即ち、電気熱変換体から発生する熱エネルギーによってインクに膜沸騰が生じ、インク中の気泡の成長、収縮によって生じる圧力変化を利用して、吐出口からインクを吐出させる構成となっている。
【0017】
インクタンク4100を着脱可能に保持するタンクホルダ4050には、インク流路形成部材4060が超音波溶着等により接合して固定される。この構成により、インクタンク4100から第1のプレート4020に至るインク流路4051が形成される。また、インクタンク4100と係合するインク流路4051におけるインクタンク側の端部には、外部からの塵埃の侵入を防止するためにフィルタ4070が設けられている。
【0018】
続いて図4及び図5を参照して、本例における吐出回復部を説明する。図4は吐出回復部の斜視図、図5は吐出回復部を図4と異なる方向から見たときの斜視図である。吐出回復部は、記録ヘッド4000を搭載したキャリッジ2100が記録動作のために往復移動する範囲(記録領域)の外に設けられており、記録ヘッド4000の吐出状態を良好に維持するための回復処理を行う。この吐出回復部2200は、記録ヘッド4000の記録素子基板4010に付着した異物を除去するためのワイピング手段を備えている。また、インクタンク4100から記録ヘッド4000の記録素子基板4010に至るインク流路におけるインク供給の正常化を図るための吸引回復手段を備えている。
【0019】
吸引回復手段は、記録ヘッド4000の記録素子基板4010を覆うことが可能なゴム等で形成されたキャップ2206を備えている。そして、このキャップ2206の内部には吸収体2207が設けられている。キャップ2206はキャップホルダに支持されている。さらに、キャップホルダは、支点を中心に揺動可能なアーム2208に支持されている。
【0020】
キャップ2206は、チューブ2209によりポンプ2210と接続されている。ポンプ2210を動作させることにより、キャップ2206に覆われた記録ヘッド4000からインクを吸引する構成となっている。キャップ2206とポンプ2210との途中には、大気連通弁2212を備えた大気連通チューブ2211が設けられている。
【0021】
大気連通弁2212は、ゴム材等で構成されており、この弁と当接及び離間可能な大気連通弁アーム2213が軸2214を中心に図中D方向に回転可能に設けられている。この大気連通弁アーム2213を、大気連通弁2212に対して当接させてポンプ2210を動作させると、記録ヘッド4000よりインクが吸引される。大気連通弁アーム2213を離間してポンプ2210を動作させると、キャップ2206と記録ヘッド4000が当接していても、記録ヘッド4000からインクは吸引されず、キャップ2206内のインクが吸引される。
【0022】
上記の構成によるインクジェット記録装置の吸引回復動作制御の流れについて説明する。図6は、本発明の制御部のブロック図である。制御部101は、吸引回復機構102に吸引回復動作の命令を出す制御を行う。また、制御部101は、タイマー103のカウント値に基づいて温度検出センサ104に温度取得の命令を出す。さらに、制御部101は、タイマー103のカウント値に基づいて演算部106に流路内気泡量の計算を行わせる。
【0023】
吸引回復機構102は、着荷吸引、気泡の除去を目的とした強吸引と、ノズルの固着防止、ごみの除去を目的とした弱吸引と、を実行することができる。図7は、本実施形態における強吸引、弱吸引を実行したときのキャップ2206内の負圧波形を示す図である。強吸引の場合は、弱吸引に比べて吸引速度を速くし、吸引量を多くする必要がある。流路形状やインクタンクの特性に応じて、吸引速度、吸引量、吸引回数等を変更してもよい。
【0024】
タイマー103は、ヘッド内温度の取得タイミング、及び流路内気泡量の推定タイミングを決定するために、流路内気泡量の更新時から計時を開始する。温度検出センサ104は、制御部101からの命令を受けてヘッド内温度を取得する。演算部106は、メモリ105に記憶されている情報に基づいて流路内気泡量を計算する。
【0025】
次に本実施例の気泡量推定処理の流れについて説明する。従来からインク流路内の気泡成長の主要因は、(1)インク流路内の空気と流路形成部材の外側の空気の濃度差による気体透過、または(2)インクの溶存気体の析出、と考えられていた。しかしながら、本発明者が検討した結果、気泡成長の主要因は、流路形成部材に吸着、溶解している気体分子の離脱、溶出であることがわかった。以下で、その根拠について説明する。
【0026】
図8は、着荷吸引前に記録ヘッドが保存されていた温度の違いによる気泡量の変化を示す図である。記録ヘッドはインクが充填されていない状態で所定の環境で保存される。その後、使用環境において着荷吸引をすることにより記録ヘッドにインクを充填する。図8において、「5℃保存/15℃使用」とは、インクが充填されていない状態で1ヶ月間、温度5℃、湿度10%の環境で保存された後、使用環境の温度15℃で着荷吸引したときの気泡成長曲線である。「15℃保存/15℃使用」とは、インクが充填されていない状態で1ヶ月間、温度15℃、湿度10%の環境で保存された後、使用環境の温度15℃で着荷吸引したときの気泡成長曲線である。着荷吸引には、使用環境に十分馴染ませたインクを用いている。
【0027】
図8において、縦軸は、インク流路容積に対して発生した気泡の割合を示している。気泡成長曲線は、記録ヘッド内の気泡を逐次X線CTにより観察し、CT画像から定量化した結果をプロットしたものである。また、横軸は、着荷吸引からの経過時間である。
【0028】
以下、着荷吸引前に記録ヘッドが保存されていた環境の温度を「保存温度」とする。なお、明記しないかぎり、湿度は10%、保存期間は1ヶ月とする。また、着荷吸引後に記録ヘッドが使用される環境の温度を「使用温度」とする。
【0029】
ここで、気泡成長の主要因が記録ヘッドの外側からインク流路内に透過してくる気体であるとすると、気泡透過係数は流路形成部材の温度で決まるため、使用環境の温度が同一であれば気泡成長曲線は同じカーブになるはずである。しかしながら、図8から分かるように、着荷吸引前の保存温度の違いによって着荷吸引後の気泡成長に差がある。よって、気泡成長の主要因は記録ヘッドの外側からインク流路内に透過してくる気体であるとは考えられない。
【0030】
次に、気泡成長の主要因がインクの溶存気体の析出であるとすると、気泡が発生するためにはインクの温度上昇が必要である。しかしながら、図8の「15℃保存/15℃使用」から分かるように、温度変化のない場合にも記録ヘッド内の気泡が成長している。
【0031】
記録ヘッドの使用環境が同じであっても、着荷吸引前の低温環境での保存期間が長いほど、使用環境での気泡成長が多くなることが分かっている。これは、低温環境での保存により、徐々に気体分子が流路形成部材表面に吸着し、さらに気体分子が流路形成部材内に溶解していることが考えられる。以上の理由より、気泡成長の主要因は、流路形成部材内部に吸着、溶解している気体分子が、インク内に離脱、溶出することであると考えられる。
【0032】
次に、気泡成長の現象のモデル化について説明する。実際には、外部から流路形成部材を透過してインク内に発生する気体や、インクの溶存気体の析出等の原因も考えられる。しかしながら、本実施形態では、インク流路内の気泡成長は、すべて流路形成部材内部に吸着、溶解している気体分子が、インク内に離脱、溶出することが要因であるとする。以後、流路形成部材に吸着、溶解している気体量を部材内気体量とする。
【0033】
着荷吸引前(インク充填前)に記録ヘッドをある環境で保存した場合、大気中の気体分子の流路形成部材への吸着、溶解と、流路形成部材表面から大気への気体分子の離脱、溶出がつり合って平衡状態になっている。この平衡状態から部材の温度が上昇すると、気体分子の運動量が大きくなり流路形成部材から気体分子の離脱、溶出が進む。逆に温度が下降すると、流路形成部材への気体分子の吸着、溶解を進む。すなわち、インク流路にインクを充填する前は、流路形成部材内に所定量の気体分子が吸着、溶解している。着荷吸引後(インク充填後)にインク流路内の気泡が成長するのは、流路形成部材の表面に接触する物質が空気からインクに置換されるため、流路形成部材表面への気体分子の吸着、溶解が減少するためである。
【0034】
図8からも分かるように、着荷吸引後(インク充填後)に温度変化がない場合、気泡成長量はある値に漸近していく。これは、着荷吸引後(インク充填後)、流路形成部材に保持されている気体がインク流路内に徐々に放出され、平衡状態に向かっていることを示している。ここで、着荷吸引後(インク充填後)に流路形成部材から気体分子が離脱、溶出し、流路形成部材内の気体量が漸近する値を平衡気体量とする。すなわち、インク流路にインクを充填し、十分な時間が経過した後に、流路形成部材に吸着、溶解されている気体量を平衡気体量と定義する。
【0035】
図9は、着荷吸引後に記録ヘッドが使用される温度の違いによる気泡量の変化を示す図である。図9において、「15℃保存/23℃使用」とは、インクが充填されていない状態で1ヶ月間、温度15℃、湿度10%の環境で保存された後、使用環境の温度23℃で着荷吸引したときの気泡成長曲線である。「15℃保存/15℃使用」とは、インクが充填されていない状態で1ヶ月間、温度15℃、湿度10%の環境で保存された後、使用環境の温度15℃で着荷吸引したときの気泡成長曲線である。図9において、保存温度が同じため、流路形成部材内に吸着、溶解している気体量は同じである。しかしながら、使用温度の違いによって気泡の成長量が異なる。これは、平衡気体量が温度に依存する値であることを示している。
【0036】
以上より、着荷吸引時に流路形成部材内に吸着、溶解している気体量と、着荷吸引後(インク充填後)の平衡気体量と、により気泡成長量を説明することができる。また、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量は保存温度に依存し、平衡気体量はヘッド内温度に依存している。つまり、流路形成部材内の気体量と保存温度の関係、および平衡気体量とヘッド内温度の関係、を実験的に求めることによって気泡成長量の計算が可能となる。
【0037】
図10は、保存温度、使用温度を変化させたときの最大気泡成長量を示す図である。最大気泡成長量は、保存温度での流路形成部材内の気体量と、使用温度での平衡気体量と、の差である。
【0038】
図11は、図10の保存温度、使用温度、最大気泡成長量の関係から求めた、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量と、平衡気体量と、の関係をプロットした図である。図11において、点Aは、保存温度5℃で保存され、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量である。点Eは、使用温度5℃の場合の平衡気体量である。この差分が、この条件での最大気泡成長量となる。
【0039】
図11から、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量および平衡気体量と、温度との関係が直線の式として求められる。本実施形態では、切片を50℃のときの平衡気体量が0となるように設定し、保存温度をTh、使用温度をTs、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量をH0、平衡気体量をAとすると、式(1)、(2)のように表せる。
H0=aH×Th+bH …(1)
(aH=−2.18、bH=131.01)
A=aA×Ts+bA …(2)
(aA=−2.47、bA=123.67)
【0040】
次に、気泡成長と時間の関係のモデル化について説明する。図12は、着荷吸引時に流路形成部材内に吸着、溶解している気体分子が、平衡気体量に向かって徐々に離脱、溶出していく様子を示す図である。図12において、流路形成部材内の気体量Hの着荷吸引時からの減少分は、インク流路内で気泡となる。つまり、インク流路内の気泡量Bは、流路形成部材内の気体量をH(t)とすると、式(3)のように表せる。tは、着荷吸引からの経過時間(hour)である。
B=H0−H(t) …(3)
【0041】
ここで、流路形成部材内の気体量H(t)の減少速度、すなわちインク流路内の気泡の成長速度について考える。図8〜図10にあるような実測された気泡成長曲線の形状から、気泡成長速度は流路形成部材内の気体量と、平衡気体量と、の差分に比例することが予想される。そこで、流路形成部材内の気体量H(t)の微分dH/dtは、比例定数をpとして式(4)のように表せる。
dH/dt=−p×(H(t)−A) …(4)
H(0)=H0とすると、式(3)、(4)よりインク流路内の気泡用Bと着荷吸引からの経過時間tの関係が式(5)のように表せる。
B(t)=(H0−A)×(1−e−pt) …(5)
【0042】
また、式(5)において、pを定めるために、図8〜図10の気泡成長曲線を用いてカーブフィッティングを行うと、p=0.011となる。この比例定数pは、気泡の成長速度を決める値であり、以後、気泡成長係数とする。
【0043】
ところで、ヘッド内温度が下がるとインク流路内の気泡が小さくなっていくことが分かっている。図13は、保存温度15℃/使用温度23℃の条件において着荷吸引から96時間置いた後に、使用温度を15℃に変えた場合の気泡成長曲線を示す図である。使用温度を変えた後に、インク流路内の気泡量が15℃の平衡気体量に向かっていくことが分かる。これはヘッド内温度が低下したのに伴い、平衡気体量が上昇して流路形成部材内の気体量を上回ったため、インク流路中の気体分子が流路形成部材に再び吸着、溶解していくためと考えられる。
【0044】
このときの消泡は式(5)においてH0−A<0になる場合であるが、消泡速度は流路形成部材によってさまざまであることが考えられる。そのため、H0−Aの正負で場合分けをして係数を使い分けることが望ましい。本実施形態では、実測の結果、消泡についても気泡成長係数pをそのまま用いることができた。
【0045】
また、気泡成長速度は、インク流路内の気泡量に依存しないことが分かっている。図14は、保存温度5℃/使用温度15℃の気泡成長曲線を示す図である。図14において、実線は着荷吸引から96時間後に吸引回復し、インク流路内から気泡を除去した場合の気泡量である。破線は着荷吸引から96時間後に吸引回復しなかった場合の気泡量である。図14から、吸引回復によりインク流路内の気泡量が減っても、その後の気泡成長量は変わらないことが分かる。
【0046】
インクジェット記録装置の使用環境の温度は、実際は時々刻々と変化する。そのため平衡気体量も一定ではなく、気泡成長量Bは式(5)のような単純な数式では表せない。そのため、流路内の気泡量を正確に推定するためには、時間を任意のタイミングで区切り各々のタイミングでの流路形成部材内の気体量および平衡気体量から、区切られた時間での気泡量の変化ΔBを算出してその値を累積する必要がある。
【0047】
本実施形態では、1時間毎に気泡量の変化ΔBを算出し累積するが、時間の区切り方は一定間隔でなくてもよい。気泡成長係数pを区切られた時間に比例させることで任意の長さの区間に対して気泡量の変化ΔBが算出可能である。1時間の気泡量の変化ΔBは、流路形成部材内の気体量Hの微分が式(4)であることより、式(6)のように表せる。
【0048】
ΔB=p×(H−A) (p=0.011) …(6)
現在のインク流路内の気泡量をB(N)、現在の流路形成部材内の気体量をH(N)、現在の平衡気体量をA(N)とする。また、1ステップ前(1時間前)のインク流路内の気泡量をB(N−1)、1ステップ前の流路形成部材内の気体量をH(N−1)、1ステップ前の平衡気体量をA(N−1)とする。すると、以下の式(7)〜(10)で表すことができる。
ΔB=p×(H(N−1)−A(N−1)) …(7)
(p=0.011)
B(N)=B(N−1)+ΔB …(8)
H(N)=H(N−1)−ΔB …(9)
A(N)=aA×Ts(N)+bA …(10)
(aA=−2.47、bA=123.67)
【0049】
以上のモデルを用いることにより、使用環境の温度変化に応じて気泡成長を正確に算出することができる。
【0050】
これより、以上のモデルを用いた場合の実際の制御について説明する。図15は、気泡量を推定するときのフローチャートである。気泡量推定処理は、タイマー103のカウント値が1時間に達したことをトリガーにスタートする。まずステップS201では、インク流路内の気泡の増加量ΔBを算出する。計算にはメモリに記録されている1時間前の流路形成部材内の気体量H(N−1)、及び平衡気体量A(N−1)を用いて式(7)のように計算する。
【0051】
ΔBの値が負の場合インク流路内の気泡は減少する。しかしながら、△Bの絶対値が1時間前のインク流路内気泡量B(N−1)よりも大きい場合はインク流路内の気泡量がマイナスの値になってしまう。そこで、ステップS202では、1時間前の流路内気泡量B(N−1)と気泡の減少量を比較する。
【0052】
気泡の減少量−ΔBが1時間前の流路内気泡量B(N−1)よりも大きい場合は、ステップS203に進みΔB=−B(N−1)とし、S204へ進む。一方、気泡の減少量−ΔBが1時間前の流路内気泡量B(N−1)よりも少ない場合は、ステップS204へ進む。
【0053】
ステップS204では温度検出センサ104により現在のヘッド内温度Ts(N)を取得する。
【0054】
ステップS205では、式(8)〜(10)により、現在のインク流路内の気泡量B(N)、流路形成部材内の気体量H(N)、平衡気体量A(N)を算出する。平衡気体量A(N)は、ステップS204で取得したヘッド内温度Ts(N)を用いて算出する。ステップS206では、算出したB(N)、H(N)、A(N)をメモリ105に記憶し、タイマー103のカウントを開始する。
【0055】
タイマー103のカウント値が1時間に達すると、再び上記の気泡量推定処理を行う。これを繰り返すことにより、温度変化に応じたインク流路内の気泡量B(N)をメモリに保持しておくことができる。
【0056】
次に、気泡量推定に用いるB(N)、H(N)、A(N)の着荷吸引時の設定について説明する。図16は、着荷吸引時の制御を示すフローチャートである。
【0057】
ステップS301で着荷吸引動作が行われた後、ステップS302でヘッド内温度Ts(0)を取得する。ステップS303で、ヘッド内温度Ts(0)をThとして、式(1)により着荷吸引時の流路形成部材内の気体量H0を算出する。
【0058】
ここで、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量H0を算出する際に、着荷吸引時の温度Ts(0)を用いているが、着荷吸引前の記録ヘッドがTs(0)よりも低温環境で保存されていることも考えられる。記録ヘッドが低温環境で保存されていた場合は、算出された値よりも流路形成部材内に吸着、溶解している気体分子の量が多くなっている。
【0059】
インク流路内の気泡量の成長速度は、流路形成部材内の気体量と平衡気体量との差分で決まる。そのため、流路形成部材内の気体量が多いほど、気泡成長速度が速くなり、インク流路内の気泡量が想定よりも早く吐出不良に至る量に達してしまう。そこで、着荷吸引時の温度をTs(0)よりも低温側にオフセットして着荷吸引時の流路形成部材内の気体量H0を算出してもよい。
【0060】
ステップS304では流路内気泡量B(0)、及び平衡気体量A(0)を設定する。本実施形態では、着荷吸引直後はインク流路内に気泡がないものとしてB(0)=0とする。インク流路内を完全にインクで充填しきれないことがある場合は、B(0)を0より大きい値に設定してもよい。平衡気体量A(0)は式(2)より算出する。ステップS305で、H(0)、B(0)、A(0)をメモリに記憶して、着荷吸引時の処理を終了する。
【0061】
次に、記録開始前の処理について説明する。従来のタイマー吸引では、インク流路内の気泡除去を目的として、前回の吸引回復動作からの時間によって吸引タイミングを設定していた。本発明の制御では、インクジェット記録装置の使用環境によってはインク流路内の気泡が長期間吐出不良を起こさない量のままであるケースが起こり得る。
【0062】
この場合、自動吸引のタイミングを決定するのは、インク流路内の気泡除去を目的とした吸引動作ではなく、ノズル内のインクの増粘、固着の回復を目的とした吸引動作となる。本実施形態では、ノズル内のインクの増粘、固着による吐出不良を回避するために、記録開始前に前回の吸引動作から24日間以上経過していた場合は、弱吸引動作を実行する。
【0063】
図17は、記録動作開始前の制御を示すフローチャートである。ステップS401でインクジェット記録装置が記録命令を受信すると、ステップS402でメモリに記憶されているインク流路内の気泡量B(N)を吐出不良を起こす可能性のある気泡量の閾値BNG(=5.0)と比較する。
【0064】
ここで、B(N)≧BNGの場合は、ステップS403で強吸引フラグを立てる。ここでは、気泡量の閾値を数段階設けて、吸引のパラメータを複数設定しても良い。吸引のパラメータとは、吸引速度、吸引量、吸引回数等を変更するものである。一方B(N)<BNGの場合は、ステップS404へ進み、前回の吸引動作から24日以上経過しているか否かを判断する。前回の吸引動作から24日以上経過している場合はS405へ進む。また、前回の吸引動作から24日未満である場合はステップS407でインク流路内の気泡量以外の要因で吸引のフラグが立っているか否かを判断する。吸引のフラグが立っている場合は、ステップS405へ進む。吸引のフラグが立っていない場合は、ステップS412へ進み記録動作を開始する。
【0065】
ステップS405ではインク流路内の気泡量B(N)をBNG’(=4.0)と比較する。ここで、B(N)≧BNG’である場合は、S403へ進み強吸引フラグを立てる。B(N)<BNG’である場合は、S406へ進み弱吸引フラグを立てる。つまり、ステップS405では他の要因でフラグが立っている場合、気泡量に応じて強吸引のフラグを立てる。
【0066】
ステップS408では、立っているフラグに応じて吸引回復動作を行う。強吸引、弱吸引の両方のフラグが立っている場合は強吸引を実行する。ステップS409でヘッド内温度Ts(N)を取得し、ステップS410でメモリに記憶されている、インク流路内の気泡量B(N−1)、流路形成部材内の気泡量H(N−1)、平衡気体量A(N−1)を更新する。
【0067】
ステップS408で実行した吸引動作の種類に応じて気泡の除去量を設定しており、メモリに記憶されているインク流路内の気泡量B(N−1)から除去量を減算する。流路形成部材内の気体量H(N)は、メモリに記憶されている流路形成部材内の気体量H(N−1)を代入する。平衡気体量A(N)は、ステップS409で取得したTs(N)を用いて式(10)のように算出する。
【0068】
ステップS411でB(N)、H(N)、A(N)をメモリ105に記憶し、S412で記録動作を開始する。
【0069】
ところで、多くのインクジェット記録装置は電池を搭載していないため、ハードパワーオフの状態では気泡量を推定し続けることができない。そこで、ハードパワーオフ前の最後の気泡量推定タイミングにおいて、時刻、インク流路内の気泡量B(N)、流路形成部材内の気体量H(N)を不揮発性メモリに記憶しておく。そして、次回PCやネットワークから時刻を取得したときに、インク流路内の気泡量Blast、流路形成部材内の気体量Hlast、及び最後の気泡量推定タイミングからの時間を用いて、インク流路内の気泡量、流路形成部材内の気体量を再設定する。
【0070】
図18は、ハードパワーオン後、最初の時刻受信時の制御を示すフローチャートである。ハードパワーオン後、ステップS501で時刻を受信し、不揮発性メモリに記憶されている最後の気泡量推定タイミングの時刻からの経過時間tlastを算出する。ステップS502では、ハードパワーオン後最初の時刻取得時点でのインク流路内の気泡量のワースト値を算出し、B(N)として設定する。
【0071】
具体的には、ステップS501で算出した経過時間tlastの間、記録ヘッド内の温度が実使用上の上限値である35℃で変化がなかったものとして想定する。温度変化がない場合の気泡成長は式(5)に示すように時間の関数として算出できる。そのため、35℃の平衡気体量をA35とすると、インク流路内の気泡量B(N)は、最後の気泡量推定タイミングのインク流路内の気泡量と、気泡量の成長量の和として式(11)のように算出できる。
B(N)=Blast+(Hlast−A35)×(1−e−pt) …(11)
次に、ステップS503で流路形成部材内の気体量を算出する。ハードパワーオン後最初の時刻取得時点での流路形成部材内の気体量のワーストケースとして、経過時間tlastの間、記録ヘッドの温度が実使用上の下限値である5℃で変化がなかったものとして想定する。5℃の平衡気体量をA5として式(12)にように算出する。
【0072】
H(N)=Hlast−(Hlast−A35)×(1−e−pt) …(12)
ここで、低温環境でインク流路内の気泡がすべて流路形成部材に吸着、溶解すると、気体分子の供給源がなくなるため、流路形成部材内の気体量の最大値はBlast+Hlastである。そこで、ステップS504では、式(12)の算出結果をBlast+Hlastの値と比較する。H(N)≧Blast+Hlastの場合は、H(N)=Blast+Hlastとする。
【0073】
ステップS506でヘッド内温度Ts(N)を取得し、ステップS507で平衡気体量A(N)を算出する。そして、ステップS508で、上記算出されたB(N)、H(N)、A(N)をメモリに記憶してハードパワーオン後、最初の時刻取得時の処理を終了する。
【0074】
さらに、インク流路内の気泡量B(N)の値に応じて、記録動作時の最大デューティを制限する構成をとることによって、インク流路内の気泡による吐出不良の発生を防止することができる。
【0075】
上述のような制御を行うことで、インク流路内に発生する気泡量を推定することができ、気泡量に応じた制御を行うことによって吐出不良の発生を抑制することができる。
【符号の説明】
【0076】
2000 記録装置ユニット
2100 キャリッジ
2200 吐出回復装置
4000 記録ヘッド
4100 インクタンク
【技術分野】
【0001】
本発明はインクを吐出して記録を行う記録ヘッドの吐出状態を保つための吸引回復手段を備えたインクジェット記録装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インクを吐出して記録を行うインクジェット記録ヘッドは、インクタンクから吐出ノズルまでの流路および液室内で気泡が成長し、吐出ノズルに気泡が到達すると、インクを吐出することができず画像不良となってしまう。そのため、従来から、記録ヘッドのノズル側をキャップで塞ぎ減圧することで流路内から気泡を強制排出する吸引回復動作を定期的に行っている。
【0003】
このような気泡除去を目的とした吸引回復は、前回の吸引動作からの経過時間によって実行タイミングを制御するタイマー吸引と呼ばれる。タイマー吸引における次回の吸引回復までの時間は、流路内の気泡成長量が吐出不良を起こすに至らない時間として設定される。しかしながら、インクジェット記録装置本体の使用環境や、着荷吸引からの経過時間によって、気泡成長の速度や量が変化することが分かっている。そのため、前回の吸引動作から次回の吸引動作までの時間を一定にすると、吸引頻度が多すぎたり、逆に次回の吸引動作までに吸引不良が発生してしまうという課題があった。
【0004】
このような課題に対して、以下の先行技術がある。特許文献1には、ヘッド流路内の気泡は高温ほど成長速度が速くなるため、一定間隔で記録ヘッドの温度を取得し経過時間のカウント値を高温程大きくなるように補正する構成が開示されている。
【0005】
特許文献2には、インク流路にインクを充填してからの経過時間が長いほど気泡の成長が遅くなるため、タイマー吸引による回復処理の累積回数が多いほどタイマー吸引の間隔を長くする構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−52393号公報
【特許文献2】特開2008−62450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載された発明では、タイマー吸引の経過時間カウントの補正量を温度取得タイミングの温度の絶対値により一意に定めているため、温度が変わらない限り一定の頻度で吸引動作を行う。そのため、特許文献2で説明されているようにインク流路にインクを充填してから経時的に気泡成長が遅くなっていく実際の現象と整合しない。すなわち、気泡成長が遅くなってからは吸引頻度が必要以上に高くなってしまう。
【0008】
特許文献2では、気泡成長の速い高温環境での検討結果に基づき時間間隔を設定しており、特許文献1に記載されているように記録ヘッドの温度によって気泡成長速度が違うという概念がない。そのため、インクジェット記録装置を常温環境で使用する場合は、気泡量に対して吸引タイミングが早くなり、吸引頻度が必要以上に多くなってしまう。また、タイマー吸引の累積回数が増え、タイマー吸引の時間間隔が長くなってからインクジェット記録装置の使用環境の温度が上昇した場合に、気泡成長が想定よりも早くなり次回の吸引タイミングの前に吐出不良を起こす可能性がある。
【0009】
このような事情に鑑みて、本発明の目的は、インク流路内の気泡量を算出し、適切なタイミングで吸引回復動作を行うことができるインクジェット記録装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記目的を達成するため、インクを吐出するノズルとインク流路を形成する流路形成部材とを有する記録ヘッドと、該記録ヘッドからインクを吸引するための吸引手段と、前記記録ヘッド内の温度を検出するための温度検出手段と、を備えるインクジェット記録装置において、前記インク流路にインクを充填する前の前記流路形成部材内の気体量と、前記インク流路にインクを充填した後の前記流路形成部材内の平衡気体量と、に基づいて、前記吸引手段の動作を制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、インク流路内の気泡量を算出し、適切なタイミングで吸引回復動作を行うことができるインクジェット記録装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の記録装置ユニットの記録部について説明する図である。
【図2】記録ヘッドからインクを取り外した状態を示す図である。
【図3】記録ヘッド本体の分解斜視図である。
【図4】吐出回復部を説明する図である。
【図5】吐出回復部を説明する図である。
【図6】制御部のブロック図である。
【図7】強吸引、弱吸引を実行したときのキャップ内の負圧波形を示す図である。
【図8】着荷吸引前に記録ヘッドが保存されていた温度の違いによる気泡量の変化を示す図である。
【図9】着荷吸引後に記録ヘッドが使用される温度の違いによる気泡量の変化を示す図である。
【図10】保存温度、使用温度を変化させたときの最大気泡成長量を示す図である。
【図11】着荷吸引のときの流路形成部材内の気体量と、平衡気体量と、の関係をプロットした図である。
【図12】着荷吸引時に流路形成部材内に吸着、溶解している気体分子が、平衡気体量に向かって徐々に離脱、溶出していく様子を示す図である。
【図13】保存温度15℃/使用温度23℃の条件において着荷吸引から96時間置いた後に、使用温度を15℃に変えた場合の気泡成長曲線を示す図である。
【図14】保存温度5℃/使用温度15℃の気泡成長曲線を示す図である。
【図15】気泡量を推定するときのフローチャートである。
【図16】着荷吸引時の制御を示すフローチャートである。
【図17】記録動作開始前の制御を示すフローチャートである。
【図18】ハードパワーオン後、最初の時刻受信時の制御を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
まず、本発明が適用されるインクジェット記録装置の構成について説明する。図1を用いて、記録装置ユニット2000の記録部について説明する。記録部は、キャリッジ軸2103によって移動可能に支持されたキャリッジ2100と、このキャリッジ2100に着脱可能に搭載される記録ヘッド4000と、を備える。記録ヘッド4000の内部には温度検出センサが内蔵されている。
【0014】
図2に記録ヘッドからインクタンクを取り外した状態を、天地を逆にして示す。ここに示すインクタンク4100は、ブラック、ライトシアン、ライトマゼンタ、シアン、マゼンタ及びイエローの各色独立のインクタンクである。そして、それぞれのインクタンクが記録ヘッド本体4001に対して着脱自在である。
【0015】
図3は記録ヘッド本体4001の分解斜視図である。本例の記録ヘッド本体4001は、記録素子基板4010、第1のプレート4020、電気配線基板4030、第2のプレート4040、タンクホルダ4050、インク流路形成部材4060、フィルタ4070、シールゴム4080等から構成されている。
【0016】
記録素子基板4010は、シリコン基板の片面にインクを吐出するための複数の記録素子と、各記録素子に電力を供給するアルミニウム等の電極配線とが成膜技術により形成される。そして、この記録素子に対応した複数のインク流路と吐出口4011を有する複数のノズルが形成されると共に、複数のインク流路にインクを供給するためのインク供給口が裏面に開口するように形成されている。この記録素子は、熱エネルギーを利用してインクを吐出するものであって、その熱エネルギーを発生する電気熱変換体を備えている。即ち、電気熱変換体から発生する熱エネルギーによってインクに膜沸騰が生じ、インク中の気泡の成長、収縮によって生じる圧力変化を利用して、吐出口からインクを吐出させる構成となっている。
【0017】
インクタンク4100を着脱可能に保持するタンクホルダ4050には、インク流路形成部材4060が超音波溶着等により接合して固定される。この構成により、インクタンク4100から第1のプレート4020に至るインク流路4051が形成される。また、インクタンク4100と係合するインク流路4051におけるインクタンク側の端部には、外部からの塵埃の侵入を防止するためにフィルタ4070が設けられている。
【0018】
続いて図4及び図5を参照して、本例における吐出回復部を説明する。図4は吐出回復部の斜視図、図5は吐出回復部を図4と異なる方向から見たときの斜視図である。吐出回復部は、記録ヘッド4000を搭載したキャリッジ2100が記録動作のために往復移動する範囲(記録領域)の外に設けられており、記録ヘッド4000の吐出状態を良好に維持するための回復処理を行う。この吐出回復部2200は、記録ヘッド4000の記録素子基板4010に付着した異物を除去するためのワイピング手段を備えている。また、インクタンク4100から記録ヘッド4000の記録素子基板4010に至るインク流路におけるインク供給の正常化を図るための吸引回復手段を備えている。
【0019】
吸引回復手段は、記録ヘッド4000の記録素子基板4010を覆うことが可能なゴム等で形成されたキャップ2206を備えている。そして、このキャップ2206の内部には吸収体2207が設けられている。キャップ2206はキャップホルダに支持されている。さらに、キャップホルダは、支点を中心に揺動可能なアーム2208に支持されている。
【0020】
キャップ2206は、チューブ2209によりポンプ2210と接続されている。ポンプ2210を動作させることにより、キャップ2206に覆われた記録ヘッド4000からインクを吸引する構成となっている。キャップ2206とポンプ2210との途中には、大気連通弁2212を備えた大気連通チューブ2211が設けられている。
【0021】
大気連通弁2212は、ゴム材等で構成されており、この弁と当接及び離間可能な大気連通弁アーム2213が軸2214を中心に図中D方向に回転可能に設けられている。この大気連通弁アーム2213を、大気連通弁2212に対して当接させてポンプ2210を動作させると、記録ヘッド4000よりインクが吸引される。大気連通弁アーム2213を離間してポンプ2210を動作させると、キャップ2206と記録ヘッド4000が当接していても、記録ヘッド4000からインクは吸引されず、キャップ2206内のインクが吸引される。
【0022】
上記の構成によるインクジェット記録装置の吸引回復動作制御の流れについて説明する。図6は、本発明の制御部のブロック図である。制御部101は、吸引回復機構102に吸引回復動作の命令を出す制御を行う。また、制御部101は、タイマー103のカウント値に基づいて温度検出センサ104に温度取得の命令を出す。さらに、制御部101は、タイマー103のカウント値に基づいて演算部106に流路内気泡量の計算を行わせる。
【0023】
吸引回復機構102は、着荷吸引、気泡の除去を目的とした強吸引と、ノズルの固着防止、ごみの除去を目的とした弱吸引と、を実行することができる。図7は、本実施形態における強吸引、弱吸引を実行したときのキャップ2206内の負圧波形を示す図である。強吸引の場合は、弱吸引に比べて吸引速度を速くし、吸引量を多くする必要がある。流路形状やインクタンクの特性に応じて、吸引速度、吸引量、吸引回数等を変更してもよい。
【0024】
タイマー103は、ヘッド内温度の取得タイミング、及び流路内気泡量の推定タイミングを決定するために、流路内気泡量の更新時から計時を開始する。温度検出センサ104は、制御部101からの命令を受けてヘッド内温度を取得する。演算部106は、メモリ105に記憶されている情報に基づいて流路内気泡量を計算する。
【0025】
次に本実施例の気泡量推定処理の流れについて説明する。従来からインク流路内の気泡成長の主要因は、(1)インク流路内の空気と流路形成部材の外側の空気の濃度差による気体透過、または(2)インクの溶存気体の析出、と考えられていた。しかしながら、本発明者が検討した結果、気泡成長の主要因は、流路形成部材に吸着、溶解している気体分子の離脱、溶出であることがわかった。以下で、その根拠について説明する。
【0026】
図8は、着荷吸引前に記録ヘッドが保存されていた温度の違いによる気泡量の変化を示す図である。記録ヘッドはインクが充填されていない状態で所定の環境で保存される。その後、使用環境において着荷吸引をすることにより記録ヘッドにインクを充填する。図8において、「5℃保存/15℃使用」とは、インクが充填されていない状態で1ヶ月間、温度5℃、湿度10%の環境で保存された後、使用環境の温度15℃で着荷吸引したときの気泡成長曲線である。「15℃保存/15℃使用」とは、インクが充填されていない状態で1ヶ月間、温度15℃、湿度10%の環境で保存された後、使用環境の温度15℃で着荷吸引したときの気泡成長曲線である。着荷吸引には、使用環境に十分馴染ませたインクを用いている。
【0027】
図8において、縦軸は、インク流路容積に対して発生した気泡の割合を示している。気泡成長曲線は、記録ヘッド内の気泡を逐次X線CTにより観察し、CT画像から定量化した結果をプロットしたものである。また、横軸は、着荷吸引からの経過時間である。
【0028】
以下、着荷吸引前に記録ヘッドが保存されていた環境の温度を「保存温度」とする。なお、明記しないかぎり、湿度は10%、保存期間は1ヶ月とする。また、着荷吸引後に記録ヘッドが使用される環境の温度を「使用温度」とする。
【0029】
ここで、気泡成長の主要因が記録ヘッドの外側からインク流路内に透過してくる気体であるとすると、気泡透過係数は流路形成部材の温度で決まるため、使用環境の温度が同一であれば気泡成長曲線は同じカーブになるはずである。しかしながら、図8から分かるように、着荷吸引前の保存温度の違いによって着荷吸引後の気泡成長に差がある。よって、気泡成長の主要因は記録ヘッドの外側からインク流路内に透過してくる気体であるとは考えられない。
【0030】
次に、気泡成長の主要因がインクの溶存気体の析出であるとすると、気泡が発生するためにはインクの温度上昇が必要である。しかしながら、図8の「15℃保存/15℃使用」から分かるように、温度変化のない場合にも記録ヘッド内の気泡が成長している。
【0031】
記録ヘッドの使用環境が同じであっても、着荷吸引前の低温環境での保存期間が長いほど、使用環境での気泡成長が多くなることが分かっている。これは、低温環境での保存により、徐々に気体分子が流路形成部材表面に吸着し、さらに気体分子が流路形成部材内に溶解していることが考えられる。以上の理由より、気泡成長の主要因は、流路形成部材内部に吸着、溶解している気体分子が、インク内に離脱、溶出することであると考えられる。
【0032】
次に、気泡成長の現象のモデル化について説明する。実際には、外部から流路形成部材を透過してインク内に発生する気体や、インクの溶存気体の析出等の原因も考えられる。しかしながら、本実施形態では、インク流路内の気泡成長は、すべて流路形成部材内部に吸着、溶解している気体分子が、インク内に離脱、溶出することが要因であるとする。以後、流路形成部材に吸着、溶解している気体量を部材内気体量とする。
【0033】
着荷吸引前(インク充填前)に記録ヘッドをある環境で保存した場合、大気中の気体分子の流路形成部材への吸着、溶解と、流路形成部材表面から大気への気体分子の離脱、溶出がつり合って平衡状態になっている。この平衡状態から部材の温度が上昇すると、気体分子の運動量が大きくなり流路形成部材から気体分子の離脱、溶出が進む。逆に温度が下降すると、流路形成部材への気体分子の吸着、溶解を進む。すなわち、インク流路にインクを充填する前は、流路形成部材内に所定量の気体分子が吸着、溶解している。着荷吸引後(インク充填後)にインク流路内の気泡が成長するのは、流路形成部材の表面に接触する物質が空気からインクに置換されるため、流路形成部材表面への気体分子の吸着、溶解が減少するためである。
【0034】
図8からも分かるように、着荷吸引後(インク充填後)に温度変化がない場合、気泡成長量はある値に漸近していく。これは、着荷吸引後(インク充填後)、流路形成部材に保持されている気体がインク流路内に徐々に放出され、平衡状態に向かっていることを示している。ここで、着荷吸引後(インク充填後)に流路形成部材から気体分子が離脱、溶出し、流路形成部材内の気体量が漸近する値を平衡気体量とする。すなわち、インク流路にインクを充填し、十分な時間が経過した後に、流路形成部材に吸着、溶解されている気体量を平衡気体量と定義する。
【0035】
図9は、着荷吸引後に記録ヘッドが使用される温度の違いによる気泡量の変化を示す図である。図9において、「15℃保存/23℃使用」とは、インクが充填されていない状態で1ヶ月間、温度15℃、湿度10%の環境で保存された後、使用環境の温度23℃で着荷吸引したときの気泡成長曲線である。「15℃保存/15℃使用」とは、インクが充填されていない状態で1ヶ月間、温度15℃、湿度10%の環境で保存された後、使用環境の温度15℃で着荷吸引したときの気泡成長曲線である。図9において、保存温度が同じため、流路形成部材内に吸着、溶解している気体量は同じである。しかしながら、使用温度の違いによって気泡の成長量が異なる。これは、平衡気体量が温度に依存する値であることを示している。
【0036】
以上より、着荷吸引時に流路形成部材内に吸着、溶解している気体量と、着荷吸引後(インク充填後)の平衡気体量と、により気泡成長量を説明することができる。また、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量は保存温度に依存し、平衡気体量はヘッド内温度に依存している。つまり、流路形成部材内の気体量と保存温度の関係、および平衡気体量とヘッド内温度の関係、を実験的に求めることによって気泡成長量の計算が可能となる。
【0037】
図10は、保存温度、使用温度を変化させたときの最大気泡成長量を示す図である。最大気泡成長量は、保存温度での流路形成部材内の気体量と、使用温度での平衡気体量と、の差である。
【0038】
図11は、図10の保存温度、使用温度、最大気泡成長量の関係から求めた、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量と、平衡気体量と、の関係をプロットした図である。図11において、点Aは、保存温度5℃で保存され、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量である。点Eは、使用温度5℃の場合の平衡気体量である。この差分が、この条件での最大気泡成長量となる。
【0039】
図11から、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量および平衡気体量と、温度との関係が直線の式として求められる。本実施形態では、切片を50℃のときの平衡気体量が0となるように設定し、保存温度をTh、使用温度をTs、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量をH0、平衡気体量をAとすると、式(1)、(2)のように表せる。
H0=aH×Th+bH …(1)
(aH=−2.18、bH=131.01)
A=aA×Ts+bA …(2)
(aA=−2.47、bA=123.67)
【0040】
次に、気泡成長と時間の関係のモデル化について説明する。図12は、着荷吸引時に流路形成部材内に吸着、溶解している気体分子が、平衡気体量に向かって徐々に離脱、溶出していく様子を示す図である。図12において、流路形成部材内の気体量Hの着荷吸引時からの減少分は、インク流路内で気泡となる。つまり、インク流路内の気泡量Bは、流路形成部材内の気体量をH(t)とすると、式(3)のように表せる。tは、着荷吸引からの経過時間(hour)である。
B=H0−H(t) …(3)
【0041】
ここで、流路形成部材内の気体量H(t)の減少速度、すなわちインク流路内の気泡の成長速度について考える。図8〜図10にあるような実測された気泡成長曲線の形状から、気泡成長速度は流路形成部材内の気体量と、平衡気体量と、の差分に比例することが予想される。そこで、流路形成部材内の気体量H(t)の微分dH/dtは、比例定数をpとして式(4)のように表せる。
dH/dt=−p×(H(t)−A) …(4)
H(0)=H0とすると、式(3)、(4)よりインク流路内の気泡用Bと着荷吸引からの経過時間tの関係が式(5)のように表せる。
B(t)=(H0−A)×(1−e−pt) …(5)
【0042】
また、式(5)において、pを定めるために、図8〜図10の気泡成長曲線を用いてカーブフィッティングを行うと、p=0.011となる。この比例定数pは、気泡の成長速度を決める値であり、以後、気泡成長係数とする。
【0043】
ところで、ヘッド内温度が下がるとインク流路内の気泡が小さくなっていくことが分かっている。図13は、保存温度15℃/使用温度23℃の条件において着荷吸引から96時間置いた後に、使用温度を15℃に変えた場合の気泡成長曲線を示す図である。使用温度を変えた後に、インク流路内の気泡量が15℃の平衡気体量に向かっていくことが分かる。これはヘッド内温度が低下したのに伴い、平衡気体量が上昇して流路形成部材内の気体量を上回ったため、インク流路中の気体分子が流路形成部材に再び吸着、溶解していくためと考えられる。
【0044】
このときの消泡は式(5)においてH0−A<0になる場合であるが、消泡速度は流路形成部材によってさまざまであることが考えられる。そのため、H0−Aの正負で場合分けをして係数を使い分けることが望ましい。本実施形態では、実測の結果、消泡についても気泡成長係数pをそのまま用いることができた。
【0045】
また、気泡成長速度は、インク流路内の気泡量に依存しないことが分かっている。図14は、保存温度5℃/使用温度15℃の気泡成長曲線を示す図である。図14において、実線は着荷吸引から96時間後に吸引回復し、インク流路内から気泡を除去した場合の気泡量である。破線は着荷吸引から96時間後に吸引回復しなかった場合の気泡量である。図14から、吸引回復によりインク流路内の気泡量が減っても、その後の気泡成長量は変わらないことが分かる。
【0046】
インクジェット記録装置の使用環境の温度は、実際は時々刻々と変化する。そのため平衡気体量も一定ではなく、気泡成長量Bは式(5)のような単純な数式では表せない。そのため、流路内の気泡量を正確に推定するためには、時間を任意のタイミングで区切り各々のタイミングでの流路形成部材内の気体量および平衡気体量から、区切られた時間での気泡量の変化ΔBを算出してその値を累積する必要がある。
【0047】
本実施形態では、1時間毎に気泡量の変化ΔBを算出し累積するが、時間の区切り方は一定間隔でなくてもよい。気泡成長係数pを区切られた時間に比例させることで任意の長さの区間に対して気泡量の変化ΔBが算出可能である。1時間の気泡量の変化ΔBは、流路形成部材内の気体量Hの微分が式(4)であることより、式(6)のように表せる。
【0048】
ΔB=p×(H−A) (p=0.011) …(6)
現在のインク流路内の気泡量をB(N)、現在の流路形成部材内の気体量をH(N)、現在の平衡気体量をA(N)とする。また、1ステップ前(1時間前)のインク流路内の気泡量をB(N−1)、1ステップ前の流路形成部材内の気体量をH(N−1)、1ステップ前の平衡気体量をA(N−1)とする。すると、以下の式(7)〜(10)で表すことができる。
ΔB=p×(H(N−1)−A(N−1)) …(7)
(p=0.011)
B(N)=B(N−1)+ΔB …(8)
H(N)=H(N−1)−ΔB …(9)
A(N)=aA×Ts(N)+bA …(10)
(aA=−2.47、bA=123.67)
【0049】
以上のモデルを用いることにより、使用環境の温度変化に応じて気泡成長を正確に算出することができる。
【0050】
これより、以上のモデルを用いた場合の実際の制御について説明する。図15は、気泡量を推定するときのフローチャートである。気泡量推定処理は、タイマー103のカウント値が1時間に達したことをトリガーにスタートする。まずステップS201では、インク流路内の気泡の増加量ΔBを算出する。計算にはメモリに記録されている1時間前の流路形成部材内の気体量H(N−1)、及び平衡気体量A(N−1)を用いて式(7)のように計算する。
【0051】
ΔBの値が負の場合インク流路内の気泡は減少する。しかしながら、△Bの絶対値が1時間前のインク流路内気泡量B(N−1)よりも大きい場合はインク流路内の気泡量がマイナスの値になってしまう。そこで、ステップS202では、1時間前の流路内気泡量B(N−1)と気泡の減少量を比較する。
【0052】
気泡の減少量−ΔBが1時間前の流路内気泡量B(N−1)よりも大きい場合は、ステップS203に進みΔB=−B(N−1)とし、S204へ進む。一方、気泡の減少量−ΔBが1時間前の流路内気泡量B(N−1)よりも少ない場合は、ステップS204へ進む。
【0053】
ステップS204では温度検出センサ104により現在のヘッド内温度Ts(N)を取得する。
【0054】
ステップS205では、式(8)〜(10)により、現在のインク流路内の気泡量B(N)、流路形成部材内の気体量H(N)、平衡気体量A(N)を算出する。平衡気体量A(N)は、ステップS204で取得したヘッド内温度Ts(N)を用いて算出する。ステップS206では、算出したB(N)、H(N)、A(N)をメモリ105に記憶し、タイマー103のカウントを開始する。
【0055】
タイマー103のカウント値が1時間に達すると、再び上記の気泡量推定処理を行う。これを繰り返すことにより、温度変化に応じたインク流路内の気泡量B(N)をメモリに保持しておくことができる。
【0056】
次に、気泡量推定に用いるB(N)、H(N)、A(N)の着荷吸引時の設定について説明する。図16は、着荷吸引時の制御を示すフローチャートである。
【0057】
ステップS301で着荷吸引動作が行われた後、ステップS302でヘッド内温度Ts(0)を取得する。ステップS303で、ヘッド内温度Ts(0)をThとして、式(1)により着荷吸引時の流路形成部材内の気体量H0を算出する。
【0058】
ここで、着荷吸引時の流路形成部材内の気体量H0を算出する際に、着荷吸引時の温度Ts(0)を用いているが、着荷吸引前の記録ヘッドがTs(0)よりも低温環境で保存されていることも考えられる。記録ヘッドが低温環境で保存されていた場合は、算出された値よりも流路形成部材内に吸着、溶解している気体分子の量が多くなっている。
【0059】
インク流路内の気泡量の成長速度は、流路形成部材内の気体量と平衡気体量との差分で決まる。そのため、流路形成部材内の気体量が多いほど、気泡成長速度が速くなり、インク流路内の気泡量が想定よりも早く吐出不良に至る量に達してしまう。そこで、着荷吸引時の温度をTs(0)よりも低温側にオフセットして着荷吸引時の流路形成部材内の気体量H0を算出してもよい。
【0060】
ステップS304では流路内気泡量B(0)、及び平衡気体量A(0)を設定する。本実施形態では、着荷吸引直後はインク流路内に気泡がないものとしてB(0)=0とする。インク流路内を完全にインクで充填しきれないことがある場合は、B(0)を0より大きい値に設定してもよい。平衡気体量A(0)は式(2)より算出する。ステップS305で、H(0)、B(0)、A(0)をメモリに記憶して、着荷吸引時の処理を終了する。
【0061】
次に、記録開始前の処理について説明する。従来のタイマー吸引では、インク流路内の気泡除去を目的として、前回の吸引回復動作からの時間によって吸引タイミングを設定していた。本発明の制御では、インクジェット記録装置の使用環境によってはインク流路内の気泡が長期間吐出不良を起こさない量のままであるケースが起こり得る。
【0062】
この場合、自動吸引のタイミングを決定するのは、インク流路内の気泡除去を目的とした吸引動作ではなく、ノズル内のインクの増粘、固着の回復を目的とした吸引動作となる。本実施形態では、ノズル内のインクの増粘、固着による吐出不良を回避するために、記録開始前に前回の吸引動作から24日間以上経過していた場合は、弱吸引動作を実行する。
【0063】
図17は、記録動作開始前の制御を示すフローチャートである。ステップS401でインクジェット記録装置が記録命令を受信すると、ステップS402でメモリに記憶されているインク流路内の気泡量B(N)を吐出不良を起こす可能性のある気泡量の閾値BNG(=5.0)と比較する。
【0064】
ここで、B(N)≧BNGの場合は、ステップS403で強吸引フラグを立てる。ここでは、気泡量の閾値を数段階設けて、吸引のパラメータを複数設定しても良い。吸引のパラメータとは、吸引速度、吸引量、吸引回数等を変更するものである。一方B(N)<BNGの場合は、ステップS404へ進み、前回の吸引動作から24日以上経過しているか否かを判断する。前回の吸引動作から24日以上経過している場合はS405へ進む。また、前回の吸引動作から24日未満である場合はステップS407でインク流路内の気泡量以外の要因で吸引のフラグが立っているか否かを判断する。吸引のフラグが立っている場合は、ステップS405へ進む。吸引のフラグが立っていない場合は、ステップS412へ進み記録動作を開始する。
【0065】
ステップS405ではインク流路内の気泡量B(N)をBNG’(=4.0)と比較する。ここで、B(N)≧BNG’である場合は、S403へ進み強吸引フラグを立てる。B(N)<BNG’である場合は、S406へ進み弱吸引フラグを立てる。つまり、ステップS405では他の要因でフラグが立っている場合、気泡量に応じて強吸引のフラグを立てる。
【0066】
ステップS408では、立っているフラグに応じて吸引回復動作を行う。強吸引、弱吸引の両方のフラグが立っている場合は強吸引を実行する。ステップS409でヘッド内温度Ts(N)を取得し、ステップS410でメモリに記憶されている、インク流路内の気泡量B(N−1)、流路形成部材内の気泡量H(N−1)、平衡気体量A(N−1)を更新する。
【0067】
ステップS408で実行した吸引動作の種類に応じて気泡の除去量を設定しており、メモリに記憶されているインク流路内の気泡量B(N−1)から除去量を減算する。流路形成部材内の気体量H(N)は、メモリに記憶されている流路形成部材内の気体量H(N−1)を代入する。平衡気体量A(N)は、ステップS409で取得したTs(N)を用いて式(10)のように算出する。
【0068】
ステップS411でB(N)、H(N)、A(N)をメモリ105に記憶し、S412で記録動作を開始する。
【0069】
ところで、多くのインクジェット記録装置は電池を搭載していないため、ハードパワーオフの状態では気泡量を推定し続けることができない。そこで、ハードパワーオフ前の最後の気泡量推定タイミングにおいて、時刻、インク流路内の気泡量B(N)、流路形成部材内の気体量H(N)を不揮発性メモリに記憶しておく。そして、次回PCやネットワークから時刻を取得したときに、インク流路内の気泡量Blast、流路形成部材内の気体量Hlast、及び最後の気泡量推定タイミングからの時間を用いて、インク流路内の気泡量、流路形成部材内の気体量を再設定する。
【0070】
図18は、ハードパワーオン後、最初の時刻受信時の制御を示すフローチャートである。ハードパワーオン後、ステップS501で時刻を受信し、不揮発性メモリに記憶されている最後の気泡量推定タイミングの時刻からの経過時間tlastを算出する。ステップS502では、ハードパワーオン後最初の時刻取得時点でのインク流路内の気泡量のワースト値を算出し、B(N)として設定する。
【0071】
具体的には、ステップS501で算出した経過時間tlastの間、記録ヘッド内の温度が実使用上の上限値である35℃で変化がなかったものとして想定する。温度変化がない場合の気泡成長は式(5)に示すように時間の関数として算出できる。そのため、35℃の平衡気体量をA35とすると、インク流路内の気泡量B(N)は、最後の気泡量推定タイミングのインク流路内の気泡量と、気泡量の成長量の和として式(11)のように算出できる。
B(N)=Blast+(Hlast−A35)×(1−e−pt) …(11)
次に、ステップS503で流路形成部材内の気体量を算出する。ハードパワーオン後最初の時刻取得時点での流路形成部材内の気体量のワーストケースとして、経過時間tlastの間、記録ヘッドの温度が実使用上の下限値である5℃で変化がなかったものとして想定する。5℃の平衡気体量をA5として式(12)にように算出する。
【0072】
H(N)=Hlast−(Hlast−A35)×(1−e−pt) …(12)
ここで、低温環境でインク流路内の気泡がすべて流路形成部材に吸着、溶解すると、気体分子の供給源がなくなるため、流路形成部材内の気体量の最大値はBlast+Hlastである。そこで、ステップS504では、式(12)の算出結果をBlast+Hlastの値と比較する。H(N)≧Blast+Hlastの場合は、H(N)=Blast+Hlastとする。
【0073】
ステップS506でヘッド内温度Ts(N)を取得し、ステップS507で平衡気体量A(N)を算出する。そして、ステップS508で、上記算出されたB(N)、H(N)、A(N)をメモリに記憶してハードパワーオン後、最初の時刻取得時の処理を終了する。
【0074】
さらに、インク流路内の気泡量B(N)の値に応じて、記録動作時の最大デューティを制限する構成をとることによって、インク流路内の気泡による吐出不良の発生を防止することができる。
【0075】
上述のような制御を行うことで、インク流路内に発生する気泡量を推定することができ、気泡量に応じた制御を行うことによって吐出不良の発生を抑制することができる。
【符号の説明】
【0076】
2000 記録装置ユニット
2100 キャリッジ
2200 吐出回復装置
4000 記録ヘッド
4100 インクタンク
【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクを吐出するノズルとインク流路を形成する流路形成部材とを有する記録ヘッドと、該記録ヘッドからインクを吸引するための吸引手段と、前記記録ヘッド内の温度を検出するための温度検出手段と、を備えるインクジェット記録装置において、
前記インク流路にインクを充填する前の前記流路形成部材内の気体量と、前記インク流路にインクを充填した後の前記流路形成部材内の平衡気体量と、に基づいて、前記吸引手段の動作を制御する制御手段を備えることを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項2】
着荷吸引時の前記流路形成部材内の気体量を、前記温度検出手段で検出された温度から算出することを特徴とする請求項1に記載のインクジェット記録装置。
【請求項3】
前記平衡気体量を、前記温度検出手段で検出された温度から算出することを特徴とする請求項1または2に記載のインクジェット記録装置。
【請求項1】
インクを吐出するノズルとインク流路を形成する流路形成部材とを有する記録ヘッドと、該記録ヘッドからインクを吸引するための吸引手段と、前記記録ヘッド内の温度を検出するための温度検出手段と、を備えるインクジェット記録装置において、
前記インク流路にインクを充填する前の前記流路形成部材内の気体量と、前記インク流路にインクを充填した後の前記流路形成部材内の平衡気体量と、に基づいて、前記吸引手段の動作を制御する制御手段を備えることを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項2】
着荷吸引時の前記流路形成部材内の気体量を、前記温度検出手段で検出された温度から算出することを特徴とする請求項1に記載のインクジェット記録装置。
【請求項3】
前記平衡気体量を、前記温度検出手段で検出された温度から算出することを特徴とする請求項1または2に記載のインクジェット記録装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2013−22886(P2013−22886A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−161442(P2011−161442)
【出願日】平成23年7月23日(2011.7.23)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月23日(2011.7.23)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
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