説明

インサートチップ,プラズマトーチおよびプラズマ溶接装置

【課題】 高温割れ,アンダーカットを生じることなく安定したアークでプラズマアーク溶接をより高速化。
【解決手段】 先頭電極空間1a,1以上の中間電極空間1bおよび後尾電極空間1cと、溶接方向yの一直線上に分布し各電極空間にそれぞれが連通し前記一直線と平行な溶接線に対向して開いた3個以上の開口4a,4b,4cと、を備えるインサートチップ1。該インサートチップの各電極空間に各先端部を挿入した複数の電極2a,2b,2cと、を備えるプラズマトーチ。先頭電極2aに予熱電力を給電する第1電源18ap,18awと、中間電極2bに裏ビード形成電力を給電する第2電源18bp,18bwと、後尾電極2cになめ付け電力を給電する第3電源18cp,18cwと、を備えるプラズマ溶接装置。先頭電極又は中間電極のプラズマアークにより裏ビードを形成し、他の電極のTIGアークで予熱又はなめ付けをするプラズマ溶接装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラズマトーチのインサートチップ,該インサートチップを用いるプラズマトーチ、および、該プラズマトーチを用いるプラズマ溶接装置、に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、プラズマキーホール溶接によるキーホール断面形状を改良するノズル形状が記載されている。特許文献2には、2つのアーク溶接トーチを、1つの溶融プールを形成するように、溶接線方向に対して電極先端の並びが直交するように配置する、各トーチによる同時なめ付け溶接が記載されている。特許文献3には、アーク溶接の狙い位置の前方0〜2mmの溶融プールにレーザを照射してキーホール溶接する複合溶接方法が記載されている(図4,0024,0025)。特許文献4には、先行の第1レーザビームで非貫通溶接しそれによって形成されるホール開口に焦点を合わせて第2レーザビームで貫通(キーホール)溶接するレーザ溶接方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平 8− 10957号公報
【特許文献2】特開平 6−155018号公報
【特許文献3】特開2004−298896号公報
【特許文献4】特開2008−126315号公報
【特許文献5】特願2009−201304号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の1トーチによるプラズマアーク溶接のプラズマアークの横断面は、略円形である。板厚3mm未満ではプラズマアークによるキーホール溶接は不可能なため、なめ付け溶接(熱伝導型溶接:溶接対象に対してプラズマが非貫通)を採用するが、なめ付け溶接でも、高速化すると、
イ)アンダーカットが発生し、
ロ)広幅ビードによる高温割れが発生しやすい。高速溶接では電流が高電流で広幅アークとなるため、広幅浅溶け込みのビード形状となって、凝固時に高温割れが発生しやすい。
【0005】
従来の1トーチによるプラズマアーク溶接では、3〜10mmの板厚でキーホール溶接(溶接対象材に対してプラズマが貫通)を高速化すると、中央部が盛り上がった凸形状で縁部が下がったアンダーカットができるため、高速化が難しい。2本トーチによるワンプール高速化もあるが、ワンプールとするにはトーチ同士を大きく傾けなければならず、引き合うアーク力と傾けたことによる磁気吹きで、アークが乱れやすく、不安定であった。
【0006】
本発明者は、安定したアークで高温割れやアンダーカットのない高速溶接を実現するために、2個の電極配置空間と、同一直径線上に分布し各電極配置空間にそれぞれが連通し前記直径線と平行な溶接線に対向して開いた2個のノズルと、を備えるインサートチップ、ならびに、それを装備するプラズマトーチを提示した(特許文献5)。
【0007】
このプラズマトーチによれば、2つのアークで1つの溶融プールを形成する、ワンプール2アークの溶接をすることができる。この場合、プラズマアークの横断面は、溶接の進行方向yに長細い熱源となるため、熱量に対するビード幅(x方向)は狭く抑えられ、高速化しても、高温割れが発生しない。また、ワンプール2アークとすることで、板厚3〜10mmでは、先行アークでキーホール溶接し、後行アークで広幅なめ付け溶接して表ビードを平らにすることができる。板厚3mm未満では、先行アークで掘り下げ溶接をし、後行アークで表ビードを平らにすることができる。
【0008】
本発明は、高温割れやアンダーカット生じることなく安定したアークで、プラズマアーク溶接をより高速化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)先頭電極配置空間(1a),1以上の中間電極配置空間(1b)および後尾電極配置空間(1c)と、溶接方向(y)の一直線上に分布し各電極配置空間(1a,1b,1c)にそれぞれが連通し前記一直線と平行な溶接線に対向して開いた3個以上の開口(4a,4b,4c)と、を備えるインサートチップ(1:図1)。
【0010】
なお、理解を容易にするために括弧内には、図面に示し後述する実施例の対応要素又は相当要素の記号を、例示として参考までに付記した。以下も同様である。
【発明の効果】
【0011】
このインサートチップ(1)を装備したプラズマトーチによれば、3以上のアークで1つの溶融プールを形成する、ワンプールマルチアークの溶接をすることができる。この場合、プラズマアークの横断面は、溶接の進行方向yに長細い熱源となるため、熱量に対するビード幅(x方向)は狭く抑えられ、高速化しても、高温割れが発生しない。また、ワンプールマルチアークとすることで、板厚3〜10mmでは、先頭アークで溶接線を予熱し中間アークでキーホールによる裏ビートを形成し、後尾アークで広幅なめ付け溶接して表ビードを平らに形成することができる。板厚3mm未満では、先頭アークで溶接線を予熱し中間アークによる掘り下げ溶接で裏ビードを形成し、後尾アークで表ビードを平らにすることができる。いずれにしても、先頭アークの予熱により、中間アークによる裏ビード形成が容易になるため、良好な裏ビードを形成しつつ高速溶接をすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の第1実施例のプラズマトーチを用いる溶接装置の、縦断面図およびブロック図である。
【図2】(a)は図1のプラズマトーチの縦断面図、(b)はプラズマ噴射端部側から見た底面図である。
【図3】図1に示す第1実施例のプラズマトーチのインサートチップ1を拡大して示し、(a)は正面図、(b)は(c)上の3B−3B線での縦断面図、(c)は底面図である。
【図4】図1に示すプラズマトーチの縦断面図であり、(a)は、各電極収容空間にプラズマガスを供給する管路の概要を示し、(b)はインサートチップ1を冷却する冷却水の流路の概要を示す。
【図5】本発明のプラズマトーチを用いる溶接での溶接ビード断面を模式的に示す横断面図であり、(a)は先頭アークの予熱により形成されるビード形状を、(b)は中間アークによる高速キーホール溶接のビード形状を、(c)は後尾アークによるなめ付け溶接のビード形状を示す。
【図6】図1に示す溶接装置によるワンプール3アーク溶接時の、プラズマアークの挙動を模式的に示す拡大断面図である。
【図7】本発明の第2実施例のプラズマトーチを用いる溶接装置の、縦断面図およびブロック図である。
【図8】本発明の第3実施例のプラズマトーチを用いる溶接装置の、縦断面図およびブロック図である。
【図9】本発明の第4実施例のプラズマトーチを用いる溶接装置の、縦断面図およびブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(2)前記先頭電極配置空間(1a)および前記中間電極配置空間(1b)に連通する前記開口(4a,4b)間の距離より、前記中間電極配置空間(1b)および後尾電極配置空間(1c)に連通する前記開口(4b,4c)間の距離が長い、上記(1)に記載のインサートチップ(1:図7)。
【0014】
(3)前記開口は、プラズマアークノズルである、上記(1)又は(2)に記載のインサートチップ(1:形態1)。
【0015】
(4)前記先頭電極配置空間(1a)又は前記後尾電極配置空間(1c)に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴で、他の開口はプラズマアークノズルである、上記(1)又は(2)に記載のインサートチップ(1:形態2/4)。
【0016】
(5)前記先頭電極配置空間(1a)および前記後尾電極配置空間(1c)に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴で、前記中間電極配置空間(1b)に連通する開口はプラズマアークノズルである、上記(1)又は(2)に記載のインサートチップ(1:形態3)。
【0017】
(6)前記先頭電極配置空間(1a)に連通する開口はプラズマアークノズルで、前記中間電極配置空間(1b)および前記後尾電極配置空間(1c)に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴である、上記(1)又は(2)に記載のインサートチップ(1:形態5)。
【0018】
(7)上記(1)に記載のインサートチップ(1)と、該インサートチップ(1)の各電極配置空間(1a,1b,1c)に各先端部を挿入した複数の電極(2a,2b,2c)と、を備えるプラズマトーチ。
【0019】
(8)上記(7)に記載のプラズマトーチと、該プラズマトーチの先頭電極(2a)に予熱電力を給電する第1電源(18ap,18aw)と、中間電極(2b)に裏ビード形成電力を給電する第2電源(18bp,18bw)と、後尾電極(2c)になめ付け電力を給電する第3電源(18cp,18cw)と、を備えるプラズマ溶接装置。
【0020】
(9)上記(2)に記載のインサートチップ(1)の各電極配置空間(1a,1b,1c)に各先端部を挿入した複数の電極(2a,2b,2c)を備えるプラズマトーチと、該プラズマトーチの先頭電極(2a)に予熱電力を給電する第1電源(18ap,18aw)と、中間電極(2b)にキーホール溶接電力を給電する第2電源(18bp,18bw)と、後尾電極(2c)になめ付け電力を給電する第3電源(18cp,18cw)と、を備えるプラズマ溶接装置。
【0021】
(10)前記インサートチップの開口は、プラズマアークノズルであり、第1,第2および第3電源は、プラズマ溶接電源である、上記(8)又は(9)に記載のプラズマ溶接装置(形態1)。
【0022】
(11)前記インサートチップの、前記先頭電極配置空間(1a)又は前記後尾電極配置空間(1c)に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴で、他の開口はプラズマアークノズルであり、第1電源又は第3電源はTIG溶接電源であって他の電源はプラズマ溶接電源である、上記(8)又は(9)に記載のプラズマ溶接装置(形態2/4)。
【0023】
(12)前記インサートチップの、前記先頭電極配置空間(1a)および前記後尾電極配置空間(1c)に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴で、前記中間電極配置空間(1b)に連通する開口はプラズマアークノズルであり、第1電源および第3電源はTIG溶接電源であって第2電源はプラズマ溶接電源である、上記(8)又は(9)に記載のプラズマ溶接装置(形態3)。
【0024】
(13)前記インサートチップの、前記先頭電極配置空間(1a)に連通する開口はプラズマアークノズルで、前記中間電極配置空間(1b)および前記後尾電極配置空間(1c)に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴でであって、第1電源はプラズマ溶接電源であって第2および第3電源はTIG溶接電源である、上記(8)又は(9)に記載のプラズマ溶接装置(形態5)。
【0025】
本発明の他の目的および特徴は、図面を参照した以下の実施例の説明より明らかになろう。
【実施例】
【0026】
−第1実施例−
図1に、第1実施例であるプラズマ溶接装置を示し、図2の(a)には図1に示すプラズマトーチすなわち第1実施例のプラズマアークトーチのみを示し、図2の(b)にはトーチの先端面を示す。第1実施例のプラズマアークトーチは、プラズマ溶接を行う形態のものである。インサートチップ1は、インサートキャップ7を絶縁台9にねじ締めすることにより、絶縁台9に固定されている。シールドキャップ8はねじ締めにより絶縁台9に固定されている。3つ割でx方向に分離した先頭電極台11,中間電極台12および後尾電極台13は、絶縁体の外ケース30の内部にある。中間電極台12と先頭,後尾電極台11,13との間の空間を、絶縁本体14のステムが通っている。
【0027】
インサートチップ1には、チップの中心軸(z)と直交する同一直径線上に分布し、該中心軸から等距離にある先頭,後尾電極配置空間1a,1cと、該中心軸位置の中間電極配置空間1bがあり、各電極配置空間に、絶縁台9を貫通し各電極台11〜13にねじ10a,10b,10cで固定された、先頭電極2a,中間電極2b,後尾電極2cの先端部が挿入されて、各電極配置空間1a〜1cの軸心位置に、センタリングストーン3で位置決めされている。インサートチップ1の、母材16(溶接対象材)に対向する先端面には、各電極配置空間1a〜1cにつながったノズル4(4a,4b,4c)が開口している。
【0028】
図3に、インサートチップ1を拡大して示す。本実施例のインサートチップ1には、チップ1の中心軸(z)と直交する同一直径線に分布し、該中心軸の位置にある中間電極配置空間1bと該中心軸から等距離にあって中心軸(z)に平行に延びる先頭,後尾電極配置空間1a,1cと、各空間1a,1b,1cに連通し母材16に対向する先端面に開口した先頭,中間,後尾のノズル4a,4b,4cと、を備えている。これらのノズル4a,4b,4cも、本実施例では、チップの中心軸(z)と直交する同一直径線上に分布し、該中心軸に平行であって等ピッチで分布している。
【0029】
トーチの絶縁台9には、図1上では図示を省略したが、図4上に示すパイロットガス流路および冷却水流路がある。また、シールドキャップ8内にシールドガスを導くシールドガス流路(図示略)がある。パイロットガスは、図4の(a)に示すように、ガス流路および電極挿入空間を通って電極配置空間1a〜1cに入り、電極先端部でプラズマとなってノズル4a〜4cを通ってトーチの先端面から噴出する。冷却水は、図4の(b)に示すように、冷却水給水流路を通って、インサートチップ1の外周面とインサートキャップ7の内周面との間の空間に入り、そこから冷却水排水流路を通ってトーチ外に出る。シールドガスは、シールドガス流路を通って、インサートキャップ7とシールドキャップ8との間の円筒状の空間に入り、そしてトーチの先端から噴出する。
【0030】
図1に示すように、パイロット電源18ap,18bp,18cpにより、電極2a,2b,2cとチップ1との間にパイロットアークを発生させて、電極2a,2b,2cと母材16の間に、電極側が負で母材側が正のプラズマアーク電流を流すプラズマ電源18aw(予熱用),18bw(裏ビード形成用),18cw(なめ付け溶接用)により、溶接アーク(プラズマアーク)を発生させると、プラズマアーク電流が各電極2a,2b,2cと母材16の間に流れて、1プール3アーク溶接が実現する。図1に示す溶接装置では、電極2aのプラズマアークによる予熱と、電極2bによる裏ビード形成と、電極2cによるなめ付けとが行われる。なお、溶接の進行方向は矢印y方向である。すなわち、先頭の予熱で生成した表面部溶融プール(図5の(a))を中間のビード形成が、母材裏面(底面)まで溶融又は貫通するもの(図5の(b))とし、3mm以上の厚板の場合は、例えばキーホール溶接で形成される溶融プールを後方に送り、キーホール溶接で形成される溶融ビードを、後行のなめ付け溶接が均す。これにより図5の(c)に示す、母材表面と滑らかにつながるなめ付け溶接ビードとなる。3mm未満の薄板の場合は、キーホール溶接が不可能なため、先頭の予熱と中間の溶接により図5の(b)に示すビードが形成され、これが後尾のなめ付け溶接により、図5の(c)に示すビードに変わる。従来のように、大電流ワンプール広幅溶接をするのとは違い、中間,後尾ともそれぞれの機能に分け、必要最小限の低い電流で、ビード幅の狭い高速溶接ができる。先頭の予熱により中間の溶接は容易に母材裏面に達するので、溶接をより高速で行う事ができる。
【0031】
図1に示す実施例では、先頭電極2aによる予熱では、パイロットガス流量を0.2〜1.0(リットル/min)と少なくして浅溶け込みでの予熱をする。中間電極2bによる裏ビード形成では溶け込みを深くするためにパイロットガス流量を0.5〜5.0(リットル/min)と多くし、母材厚が3mm以上ではキーホール溶接により高流量のパイロットガスで母材を裏面を貫通するまでえぐって裏波を形成する。母材厚が3mm未満では、比較的に低流量のパイロットガスとして母材裏面までの熱溶融により裏ビード(図5の(b))を形成する。後尾電極2cによる表ビード形成では、パイロットガス流量を0.2〜1.0(リットル/min)と少なくして浅溶け込みで表面を薄く溶かし平滑にする(図5の(c))。
【0032】
例えば特許文献5に提示した1プール2アーク溶接で、板厚1.6mmの母材を、先行アーク電流210A,後行アーク210/160A:30Hz切替え、の条件で2.3m/minの比較的高速で安定した高品質のプラズマアーク溶接をすることができる。これに対し本実施例では、板厚1.6mmの母材を、先頭アーク電流200A,中間アーク電流210A,後尾アーク電流210/160A(45Hz切替え)、の条件で3.0m/minの、より高速で安定した高品質のプラズマアーク溶接をすることができる。
【0033】
一般に、平行に流れる2経路の電流(プラズマアーク)がそれぞれ経路を中心として旋回する磁束を生じ、これらは2経路の間では磁束の流れる方向が逆であるので互いに磁束を相殺し、合成磁束は、2経路の外側を周回するものとなる。この合成磁束の磁界と2経路の電流のそれぞれとの相互作用により、2電流(プラズマアーク)にはローレンツ力Fが作用して、2電流(プラズマアーク)が、互いに近づく方向に曲がる。仮に、アークが不安定になってこの曲がりが大きくなって2電流が交わると、すなわち合流すると、本来意図した溶接特性を現さなくなる。すなわち溶接不良あるいはビード形状不良を生ずる。この傾向は高電流になるほど大きい。
【0034】
しかし図1に示す実施例では、図6に示すように、先頭電極2aと中間電極2bのアーク間にはFaなる引き合うローレンツ力が作用するが、中間電極2bと後尾電極2cのアーク間にもFcなる引き合うローレンツ力が作用し、中間電極2bのアークにはFa,Fcの合成力が作用することになり、この合成力はFa,Fcを相殺した余りの、僅かなものとなり、裏ビードを形成する中間電極2bのアークが安定し、裏波(裏ビード)形成が安定する。先頭電極2aの予熱アークに作用するローレンツ力Faは、該アークを溶接進行方向yで下流側に振り該アークが溶接進行方向yに対し後進角となるが、ビード形成には影響しない。後尾電極2cのなめ付けアークに作用するローレンツ力Fcは、該アークを溶接進行方向yで上流側に振り該アークが溶接進行方向yに対し前進角となり、平滑化に貢献する。すなわち、後尾電極2cのなめ付けアークのプラズマが前方に流れ、該アークの後方に形成される溶融プールをアークプラズマが乱さないので、表ビードは平滑できれいなビード表面となる。
【0035】
−第2実施例−
図7に、厚板の高速溶接に好適な、本発明の第2実施例のプラズマ溶接装置を示す。板厚が3mm以上の、パイロットガス流量を多くしたキーホール溶接では、溶接速度を速くすると中間電極2bによる溶融プールが溶接方向yに大きくなって、溶融金属が溶け落ちる可能性が高くなる。そこで第2実施例では、先頭電極2aと中間電極2bとの距離よりも、中間電極2bに対する後尾電極2cの距離を長くして、中間電極2bのキーホール溶接が形成する溶融プールが凝固を始める位置を、後尾電極のプラズマアークでなめ付け溶接する。これによりキーホール溶接速度を高速化しても、溶融金属の溶け落ちを抑止できる。後尾電極2cによるなめ付け溶接は、凝固金属を再加熱して溶融させるものとなるが、凝固金属は凝固開始直後の高熱であるので、容易に溶融し、高速化に適合する。
【0036】
プラズマアーク溶接に限らずTIG溶接によっても、予熱あるいはなめ付けを行うことができる。TIG溶接ではパイロット電源が不要であるので、電源装置を低コストで構成できる。また、シールドガスがトーチ下端を満たすのでの、TIG溶接では電極配置空間から母材に噴出すパイロットガスを省略することもできる。そこで本発明のプラズマ溶接装置は、次の表1に示す溶接形態を実施する。
【0037】
【表1】

【0038】
表1上の実施形態1は、第1,第2実施例のように、先頭電極2a,中間電極2bおよび後尾電極2cのいずれも、プラズマアーク溶接を行うものである。
【0039】
−第3実施例−
図8に示す本発明の第3実施例のプラズマ溶接装置は、表1上の実施形態2のものである。すなわち、先頭電極2aは、TIG溶接により母材を予熱するものであって、インサートチップ1の、その下端面に開いた電極配置空間の開口から更に下方に突出して、TIGアークにより母材の表面を予熱溶融する。中間電極2bおよび後尾電極2cは、第1,第2実施例と同様に、プラズマアーク溶接により裏ビード形成およびなめ付けを行う。
【0040】
−第4実施例−
図9に示す本発明の第4実施例のプラズマ溶接装置は、表1上の実施形態3のものである。すなわち、先頭電極2aおよび後尾電極2cは、TIG溶接により母材を予熱およびなめ付けするものであり、インサートチップ1の、その下端面に開いた電極配置空間の開口から更に下方に突出して、TIGアークにより母材の表面を予熱溶融およびなめ付け溶接する。中間電極2bは、第1,第2実施例と同様に、プラズマアーク溶接により裏ビード形成を行う。
【0041】
表1上の実施形態4では、後尾電極2cは、TIG溶接により母材をなめ付けするものであり、インサートチップ1の、その下端面に開いた電極配置空間の開口から更に下方に突出して、TIGアークにより母材の表面をなめ付け溶接する。先頭電極2aおよび中間電極2bは、第1,第2実施例と同様に、プラズマアーク溶接により予熱および裏ビード形成を行う。
【0042】
表1上の実施形態5では、先頭電極2aのプラズマアーク溶接によって裏ビードを形成する。中間電極2bおよび後尾電極2cは、TIG溶接によりそれぞれ表ビードを形成する。すなわち、2段階で表ビードを形成する。これは母材の溶融金属の表面張力が大きい母材に適合する。なお、実施形態4でも同様に、先頭電極2aのプラズマアーク溶接によって裏ビードを形成し、中間電極2bによるプラズマアーク溶接と後尾電極2cによるTIG溶接でそれぞれ表ビードを形成することもできる。
【0043】
なお、上述の実施例および実施形態のいずれも、中間電極2bは1本であるが、本発明によれば、2本以上の中間電極を用いる態様もある。ただしこの場合も、すべての電極は溶接方向に延びる一直線上にあるものである。例えば2本の中間電極2b1,2b2を用いる実施形態では、1本の中間電極によるキーホール溶接では母材裏面への貫通が無理な厚い母材を、先行の中間電極2b1によるプラズマアーク溶接でえぐりそして後行の中間電極2b2によるプラズマアーク溶接で母材裏面までキーホール溶接することができる。換言すると、厚板を高速でキーホール溶接することができる。
【符号の説明】
【0044】
1:インサートチップ
1a,1b,1c:先頭,中間,後尾の電極配置空間
2(2a,2b,2c):電極
2a:先頭電極
2b:中間電極
2c:後尾電極
3:センタリングストーン
4(4a,4b,4c):ノズル(先頭,中間,後尾のノズル)
7:インサートキャップ
8:シールドキャップ
9:絶縁台
10(10a,10b,10c):電極固定ねじ
11:先頭電極台
12:中間電極台
13:後尾電極台
14:絶縁本体
16:母材
18,43:電源
19:プラズマ
20:プール
30:外ケース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
先頭電極配置空間,1以上の中間電極配置空間および後尾電極配置空間と、溶接方向の一直線上に分布し各電極配置空間にそれぞれが連通し前記一直線と平行な溶接線に対向して開いた3個以上の開口と、を備えるインサートチップ。
【請求項2】
前記先頭電極配置空間および前記中間電極配置空間に連通する前記開口間の距離より、前記中間電極配置空間および後尾電極配置空間に連通する前記開口間の距離が長い、請求項1に記載のインサートチップ。
【請求項3】
前記開口は、プラズマアークノズルである、請求項1又は2に記載のインサートチップ。
【請求項4】
前記先頭電極配置空間又は前記後尾電極配置空間に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴で、他の開口はプラズマアークノズルである、請求項1又は2に記載のインサートチップ。
【請求項5】
前記先頭電極配置空間および前記後尾電極配置空間に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴で、前記中間電極配置空間(1b)に連通する開口はプラズマアークノズルである、請求項1又は2に記載のインサートチップ。
【請求項6】
前記先頭電極配置空間に連通する開口はプラズマアークノズルで、前記中間電極配置空間および前記後尾電極配置空間に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴である、請求項1又は2に記載のインサートチップ。
【請求項7】
請求項1に記載のインサートチップと、該インサートチップの各電極配置空間に各先端部を挿入した複数の電極と、を備えるプラズマトーチ。
【請求項8】
請求項7に記載のプラズマトーチと、該プラズマトーチの先頭電極に予熱電力を給電する第1電源と、中間電極に裏ビード形成電力を給電する第2電源と、後尾電極になめ付け電力を給電する第3電源と、を備えるプラズマ溶接装置。
【請求項9】
請求項2に記載のインサートチップの各電極配置空間に各先端部を挿入した複数の電極を備えるプラズマトーチと、該プラズマトーチの先頭電極に予熱電力を給電する第1電源と、中間電極にキーホール溶接電力を給電する第2電源と、後尾電極になめ付け電力を給電する第3電源と、を備えるプラズマ溶接装置。
【請求項10】
前記インサートチップの開口は、プラズマアークノズルであり、第1,第2および第3電源は、プラズマ溶接電源である、請求項8又は9に記載のプラズマ溶接装置。
【請求項11】
前記インサートチップの、前記先頭電極配置空間又は前記後尾電極配置空間に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴で、他の開口はプラズマアークノズルであり、第1電源又は第3電源はTIG溶接電源であって他の電源はプラズマ溶接電源である、請求項8又は9に記載のプラズマ溶接装置。
【請求項12】
前記インサートチップの、前記先頭電極配置空間および前記後尾電極配置空間に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴で、前記中間電極配置空間に連通する開口はプラズマアークノズルであり、第1電源および第3電源はTIG溶接電源であって第2電源はプラズマ溶接電源である、請求項8又は9に記載のプラズマ溶接装置。
【請求項13】
前記インサートチップの、前記先頭電極配置空間に連通する開口はプラズマアークノズルで、前記中間電極配置空間および前記後尾電極配置空間に連通する開口は、TIG溶接電極が貫通する穴でであって、第1電源はプラズマ溶接電源であって第2および第3電源はTIG溶接電源である、請求項8又は9に記載のプラズマ溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−224587(P2011−224587A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−94727(P2010−94727)
【出願日】平成22年4月16日(2010.4.16)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】