説明

ウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤、炭素/ポリマー複合体及び吸着シート

【課題】ウイルス吸着能を一層向上させたウイルスを吸着する吸着剤、吸着シート、炭素/ポリマー複合体を提供する。
【解決手段】本発明のウイルスを吸着する吸着剤は、窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、BJH法による細孔の容積が0.1cm3/グラム以上である。本発明のウイルスを吸着する吸着シートは、窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、BJH法による細孔の容積が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料から成るシート状部材を備えている。本発明のウイルスを吸着する炭素/ポリマー複合体は、窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、BJH法による細孔の容積が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料、及び、バインダーから成る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤、炭素/ポリマー複合体及び吸着シートに関する。
【背景技術】
【0002】
従来のヤシガラや石油ピッチを原料とした活性炭が、多くのフィルター用材料として使用され、特に、ウイルスを吸着する吸着剤として着目を浴びている(例えば、特開2008−273914参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−273914
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の活性炭を用いたウイルス吸着剤は、孔径が2nm以下のマイクロ細孔が支配的である活性炭から成るため、ウイルス吸着能や細菌吸着能としての特性は満足すべきものではなく、本発明者らの検討によれば、吸着能を一層改善する余地があることが判明してきた。
【0005】
従って、本開示の目的は、ウイルス吸着能及び/又は細菌吸着能を一層向上させたウイルス及び/又は細菌を吸着する(即ち、ウイルスを吸着する、又は、細菌を吸着する、又は、ウイルス及び細菌を吸着する)吸着剤、係る吸着剤を使用した炭素/ポリマー複合体及び吸着シートを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するための本開示の第1の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤は、窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、BJH法による細孔の容積が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料から成る。
【0007】
上記の目的を達成するための本開示の第2の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤は、窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法(NLDFT法,Non Localized Density Functional Theory 法)によって求められた直径1×10-9m乃至5×10-7mの細孔の容積の合計が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料から成る。
【0008】
上記の目的を達成するための本開示の第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤は、窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法によって求められた細孔径分布において、3nm乃至20nmの範囲内に少なくとも1つのピークを有し、3nm乃至20nmの範囲内に細孔径を有する細孔の容積の合計の占める割合は、全細孔の容積総計の0.2以上である多孔質炭素材料から成る。
【0009】
上記の目的を達成するための本開示の第1の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する炭素/ポリマー複合体は、本開示の第1の態様に係る多孔質炭素材料、及び、バインダーから成る。
【0010】
上記の目的を達成するための本開示の第2の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する炭素/ポリマー複合体は、本開示の第2の態様に係る多孔質炭素材料、及び、バインダーから成る。
【0011】
上記の目的を達成するための本開示の第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する炭素/ポリマー複合体は、本開示の第3の態様に係る多孔質炭素材料、及び、バインダーから成る。
【0012】
上記の目的を達成するための本開示の第1の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着シートは、本開示の第1の態様に係る多孔質炭素材料、及び、支持部材を備えている。
【0013】
上記の目的を達成するための本開示の第2の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着シートは、本開示の第2の態様に係る多孔質炭素材料、及び、支持部材を備えている。
【0014】
上記の目的を達成するための本開示の第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着シートは、本開示の第3の態様に係る多孔質炭素材料、及び、支持部材を備えている。
【発明の効果】
【0015】
本開示の第1の態様〜第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤、炭素/ポリマー複合体及び吸着シートにあっては、使用する多孔質炭素材料の比表面積の値、各種細孔の容積の値、細孔分布が規定されているので、高効率にてウイルス及び/又は細菌を吸着することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、実施例1−A、実施例1−B及び比較例1の吸着剤における累計細孔容積測定結果を示すグラフである。
【図2】図2は、実施例1−A、実施例1−B及び比較例1の吸着剤における累計細孔容積測定結果を示すグラフである。
【図3】図3は、実施例1−A、実施例1−B及び比較例1の、非局在化密度汎関数法によって求められた細孔径分布の測定結果を示すグラフである。
【図4】図4は、実施例1−A及び比較例1の吸着剤におけるウイルス感染価の作用時間に対する変化を示すグラフである。
【図5】図5は、実施例1−A、実施例1−Bの吸着剤、及び、比較例2〜比較例4のマスクにおけるウイルス感染価の作用時間に対する変化を示すグラフである。
【図6】図6は、実施例1の吸着シートの模式的な断面構造を示す図である。
【図7】図7は、実施例2の吸着剤の時間毎の各種残菌数(対数表示)を比較して表示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して、実施例に基づき本開示を説明するが、本開示は実施例に限定されるものではなく、実施例における種々の数値や材料は例示である。尚、説明は、以下の順序で行う。
1.本開示の第1の態様〜第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤、炭素/ポリマー複合体及び吸着シート、全般に関する説明
2.実施例1(本開示の第1の態様〜第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤、炭素/ポリマー複合体及び吸着シート)
3.実施例2(実施例1の別の適用例)
4.実施例3(実施例1の更に別の適用例)
5.実施例4(実施例1の更に別の適用例)、その他
【0018】
以下の説明において、本開示の第1の態様〜第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤を、単に、『本開示の吸着剤』と呼ぶ場合があるし、本開示の第1の態様〜第3の態様に係る炭素/ポリマー複合体を、単に、『本開示の炭素/ポリマー複合体』と呼ぶ場合があるし、本開示の第1の態様〜第3の態様に係る吸着シートを、単に、『本開示の吸着シート』と呼ぶ場合がある。また、本開示の吸着剤、本開示の炭素/ポリマー複合体及び本開示の吸着シートを総称して、単に、『本開示』と呼ぶ場合があるし、本開示の吸着剤、本開示の炭素/ポリマー複合体、あるいは、本開示の吸着シートを構成する多孔質炭素材料を、『本開示における多孔質炭素材料』と呼ぶ場合がある。
【0019】
[本開示の第1の態様〜第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤、炭素/ポリマー複合体及び吸着シート、全般に関する説明]
本開示において、多孔質炭素材料は、植物由来の材料を原料とすることができる。ここで、植物由来の材料として、米(稲)、大麦、小麦、ライ麦、稗(ヒエ)、粟(アワ)等の籾殻や藁、珈琲豆、茶葉(例えば、緑茶や紅茶等の葉)、サトウキビ類(より具体的には、サトウキビ類の絞り滓)、トウモロコシ類(より具体的には、トウモロコシ類の芯)、果実の皮(例えば、ミカンやバナナの皮等)、あるいは又、葦、茎ワカメを挙げることができるが、これらに限定するものではなく、その他、例えば、陸上に植生する維管束植物、シダ植物、コケ植物、藻類、海草を挙げることができる。尚、これらの材料を、原料として、単独で用いてもよいし、複数種を混合して用いてもよい。また、植物由来の材料の形状や形態も特に限定はなく、例えば、籾殻や藁そのものでもよいし、あるいは乾燥処理品でもよい。更には、ビールや洋酒等の飲食品加工において、発酵処理、焙煎処理、抽出処理等の種々の処理を施されたものを使用することもできる。特に、産業廃棄物の資源化を図るという観点から、脱穀等の加工後の藁や籾殻を使用することが好ましい。これらの加工後の藁や籾殻は、例えば、農業協同組合や酒類製造会社、食品会社、食品加工会社から、大量、且つ、容易に入手することができる。
【0020】
以上の好ましい形態を含む本開示の吸着シートにおいて、支持部材として織布や不織布を挙げることができ、支持部材を構成する材料として、セルロースやポリプロピレン、ポリエステルを挙げることができる。そして、吸着シートの形態として、本開示における多孔質炭素材料が支持部材と支持部材との間に挟まれた形態、多孔質炭素材料が支持部材に練り込まれた形態を挙げることができる。あるいは又、吸着シートの形態として、本開示の炭素/ポリマー複合体が支持部材と支持部材との間に挟まれた形態、本開示の炭素/ポリマー複合体が支持部材に練り込まれた形態を挙げることができる。炭素/ポリマー複合体を構成するバインダーとして、例えば、カルボキシニトロセルロースを挙げることができる。
【0021】
本開示は、例えば、水の浄化あるいは空気の浄化、広くは流体の浄化のために用いることができる。本開示の吸着剤の使用形態として、シート状での使用、カラムやカートリッジに充填された状態での使用、バインダー(結着剤)等を用いて所望の形状に賦形した状態での使用、粉状での使用を例示することができる。溶液中に分散させた浄化剤や吸着剤として用いる場合、表面を親水処理又は疎水処理して使用することができる。本開示の吸着シートあるいは本開示の炭素/ポリマー複合体から、例えば、空気浄化装置のフィルター、マスク、防護手袋や防護靴を構成することができる。
【0022】
本開示における多孔質炭素材料の原料を、ケイ素(Si)を含有する植物由来の材料とする場合、具体的には、限定するものではないが、多孔質炭素材料は、ケイ素(Si)の含有率が5質量%以上である植物由来の材料を原料とし、ケイ素(Si)の含有率が、5質量%以下、好ましくは3質量%以下、より好ましくは1質量%以下であることが望ましい。
【0023】
本開示における多孔質炭素材料は、例えば、植物由来の材料を400゜C乃至1400゜Cにて炭素化した後、酸又はアルカリで処理することによって得ることができる。このような本開示における多孔質炭素材料の製造方法(以下、単に、『多孔質炭素材料の製造方法』と呼ぶ場合がある)において、植物由来の材料を400゜C乃至1400゜Cにて炭素化することにより得られた材料であって、酸又はアルカリでの処理を行う前の材料を、『多孔質炭素材料前駆体』あるいは『炭素質物質』と呼ぶ。
【0024】
多孔質炭素材料の製造方法において、酸又はアルカリでの処理の後、賦活処理を施す工程を含めることができるし、賦活処理を施した後、酸又はアルカリでの処理を行ってもよい。また、このような好ましい形態を含む多孔質炭素材料の製造方法にあっては、使用する植物由来の材料にも依るが、植物由来の材料を炭素化する前に、炭素化のための温度よりも低い温度(例えば、400゜C〜700゜C)にて、酸素を遮断した状態で植物由来の材料に加熱処理(予備炭素化処理)を施してもよい。これによって、炭素化の過程において生成するであろうタール成分を抽出することが出来る結果、炭素化の過程において生成するであろうタール成分を減少あるいは除去することができる。尚、酸素を遮断した状態は、例えば、窒素ガスやアルゴンガスといった不活性ガス雰囲気とすることで、あるいは又、真空雰囲気とすることで、あるいは又、植物由来の材料を一種の蒸し焼き状態とすることで達成することができる。また、多孔質炭素材料の製造方法にあっては、使用する植物由来の材料にも依るが、植物由来の材料中に含まれるミネラル成分や水分を減少させるために、また、炭素化の過程での異臭の発生を防止するために、植物由来の材料をアルコール(例えば、メチルアルコールやエチルアルコール、イソプロピルアルコール)に浸漬してもよい。尚、多孔質炭素材料の製造方法にあっては、その後、予備炭素化処理を実行してもよい。不活性ガス中で加熱処理を施すことが好ましい材料として、例えば、木酢液(タールや軽質油分)を多く発生する植物を挙げることができる。また、アルコールによる前処理を施すことが好ましい材料として、例えば、ヨウ素や各種ミネラルを多く含む海藻類を挙げることができる。
【0025】
多孔質炭素材料の製造方法にあっては、植物由来の材料を400゜C乃至1400゜Cにて炭素化するが、ここで、炭素化とは、一般に、有機物質(本開示における多孔質炭素材料にあっては、植物由来の材料)を熱処理して炭素質物質に変換することを意味する(例えば、JIS M0104−1984参照)。尚、炭素化のための雰囲気として、酸素を遮断した雰囲気を挙げることができ、具体的には、真空雰囲気、窒素ガスやアルゴンガスといった不活性ガス雰囲気、植物由来の材料を一種の蒸し焼き状態とする雰囲気を挙げることができる。炭素化温度に至るまでの昇温速度として、限定するものではないが、係る雰囲気下、1゜C/分以上、好ましくは3゜C/分以上、より好ましくは5゜C/分以上を挙げることができる。また、炭素化時間の上限として、10時間、好ましくは7時間、より好ましくは5時間を挙げることができるが、これに限定するものではない。炭素化時間の下限は、植物由来の材料が確実に炭素化される時間とすればよい。また、植物由来の材料を、所望に応じて粉砕して所望の粒度としてもよいし、分級してもよい。植物由来の材料を予め洗浄してもよい。あるいは又、得られた多孔質炭素材料前駆体や多孔質炭素材料を、所望に応じて粉砕して所望の粒度としてもよいし、分級してもよい。あるいは又、賦活処理後の多孔質炭素材料を、所望に応じて粉砕して所望の粒度としてもよいし、分級してもよい。更には、最終的に得られた多孔質炭素材料に殺菌処理を施してもよい。炭素化のために使用する炉の形式、構成、構造に制限はなく、連続炉とすることもできるし、回分炉(バッチ炉)とすることもできる。
【0026】
多孔質炭素材料の製造方法において、上述したとおり、賦活処理を施せば、孔径が2nmよりも小さいマイクロ細孔(後述する)を増加させることができる。賦活処理の方法として、ガス賦活法、薬品賦活法を挙げることができる。ここで、ガス賦活法とは、賦活剤として酸素や水蒸気、炭酸ガス、空気等を用い、係るガス雰囲気下、700゜C乃至1400゜Cにて、好ましくは700゜C乃至1000゜Cにて、より好ましくは800゜C乃至1000゜Cにて、数十分から数時間、多孔質炭素材料を加熱することにより、多孔質炭素材料中の揮発成分や炭素分子により微細構造を発達させる方法である。尚、より具体的には、加熱温度は、植物由来の材料の種類、ガスの種類や濃度等に基づき、適宜、選択すればよい。薬品賦活法とは、ガス賦活法で用いられる酸素や水蒸気の替わりに、塩化亜鉛、塩化鉄、リン酸カルシウム、水酸化カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸カリウム、硫酸等を用いて賦活させ、塩酸で洗浄、アルカリ性水溶液でpHを調整し、乾燥させる方法である。
【0027】
本開示における多孔質炭素材料の表面に対して、化学処理又は分子修飾を行ってもよい。化学処理として、例えば、硝酸処理により表面にカルボキシ基を生成させる処理を挙げることができる。また、水蒸気、酸素、アルカリ等による賦活処理と同様の処理を行うことにより、多孔質炭素材料の表面に水酸基、カルボキシ基、ケトン基、エステル基等、種々の官能基を生成させることもできる。更には、多孔質炭素材料と反応可能な水酸基、カルボキシ基、アミノ基等を有する化学種又は蛋白質とを化学反応させることでも、分子修飾が可能である。
【0028】
多孔質炭素材料の製造方法にあっては、酸又はアルカリでの処理によって、炭素化後の植物由来の材料中のケイ素成分を除去する。ここで、ケイ素成分として、二酸化ケイ素や酸化ケイ素、酸化ケイ素塩といったケイ素酸化物を挙げることができる。このように、炭素化後の植物由来の材料中のケイ素成分を除去することで、高い比表面積を有する多孔質炭素材料を得ることができる。場合によっては、ドライエッチング法に基づき、炭素化後の植物由来の材料中のケイ素成分を除去してもよい。
【0029】
本開示における多孔質炭素材料には、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)や、リン(P)、硫黄(S)等の非金属元素や、遷移元素等の金属元素が含まれていてもよい。マグネシウム(Mg)の含有率として0.01質量%以上3質量%以下、カリウム(K)の含有率として0.01質量%以上3質量%以下、カルシウム(Ca)の含有率として0.05質量%以上3質量%以下、リン(P)の含有率として0.01質量%以上3質量%以下、硫黄(S)の含有率として0.01質量%以上3質量%以下を挙げることができる。尚、これらの元素の含有率は、比表面積の値の増加といった観点からは、少ない方が好ましい。多孔質炭素材料には、上記した元素以外の元素を含んでいてもよく、上記した各種元素の含有率の範囲も、変更し得ることは云うまでもない。
【0030】
本開示における多孔質炭素材料にあっては、各種元素の分析を、例えば、エネルギー分散型X線分析装置(例えば、日本電子株式会社製のJED−2200F)を用い、エネルギー分散法(EDS)により行うことができる。ここで、測定条件を、例えば、走査電圧15kV、照射電流10μAとすればよい。
【0031】
本開示における多孔質炭素材料は、細孔(ポア)を多く有している。細孔として、孔径が2nm乃至50nmの『メソ細孔』、孔径が50nmを超える『マクロ細孔』、及び、孔径が2nmよりも小さい『マイクロ細孔』が含まれる。具体的には、メソ細孔として、例えば、20nm以下の孔径の細孔を多く含み、特に、10nm以下の孔径の細孔を多く含んでいる。本開示における多孔質炭素材料にあっては、BJH法による細孔の容積は0.1cm3/グラム以上であるが、好ましくは0.2cm3/グラム以上、より好ましくは0.3cm3/グラム以上、一層好ましくは0.5cm3/グラム以上であることが望ましい。
【0032】
本開示における多孔質炭素材料において、窒素BET法による比表面積の値(以下、単に、『比表面積の値』と呼ぶ場合がある)は、より一層優れた機能性を得るために、好ましくは50m2/グラム以上、より好ましくは100m2/グラム以上、更に一層好ましくは400m2/グラム以上であることが望ましい。
【0033】
窒素BET法とは、吸着剤(ここでは、多孔質炭素材料)に吸着分子として窒素を吸脱着させることにより吸着等温線を測定し、測定したデータを式(1)で表されるBET式に基づき解析する方法であり、この方法に基づき比表面積や細孔容積等を算出することができる。具体的には、窒素BET法により比表面積の値を算出する場合、先ず、多孔質炭素材料に吸着分子として窒素を吸脱着させることにより、吸着等温線を求める。そして、得られた吸着等温線から、式(1)あるいは式(1)を変形した式(1’)に基づき[p/{Va(p0−p)}]を算出し、平衡相対圧(p/p0)に対してプロットする。そして、このプロットを直線と見なし、最小二乗法に基づき、傾きs(=[(C−1)/(C・Vm)])及び切片i(=[1/(C・Vm)])を算出する。そして、求められた傾きs及び切片iから式(2−1)、式(2−2)に基づき、Vm及びCを算出する。更には、Vmから、式(3)に基づき比表面積asBETを算出する(日本ベル株式会社製BELSORP−mini及びBELSORP解析ソフトウェアのマニュアル、第62頁〜第66頁参照)。尚、この窒素BET法は、JIS R 1626−1996「ファインセラミックス粉体の気体吸着BET法による比表面積の測定方法」に準じた測定方法である。
【0034】
a=(Vm・C・p)/[(p0−p){1+(C−1)(p/p0)}] (1)
[p/{Va(p0−p)}]
=[(C−1)/(C・Vm)](p/p0)+[1/(C・Vm)] (1’)
m=1/(s+i) (2−1)
C =(s/i)+1 (2−2)
sBET=(Vm・L・σ)/22414 (3)
【0035】
但し、
a:吸着量
m:単分子層の吸着量
p :窒素の平衡時の圧力
0:窒素の飽和蒸気圧
L :アボガドロ数
σ :窒素の吸着断面積
である。
【0036】
窒素BET法により細孔容積Vpを算出する場合、例えば、求められた吸着等温線の吸着データを直線補間し、細孔容積算出相対圧で設定した相対圧での吸着量Vを求める。この吸着量Vから式(4)に基づき細孔容積Vpを算出することができる(日本ベル株式会社製BELSORP−mini及びBELSORP解析ソフトウェアのマニュアル、第62頁〜第65頁参照)。尚、窒素BET法に基づく細孔容積を、以下、単に『細孔容積』と呼ぶ場合がある。
【0037】
p=(V/22414)×(Mg/ρg) (4)
【0038】
但し、
V :相対圧での吸着量
g:窒素の分子量
ρg:窒素の密度
である。
【0039】
メソ細孔の孔径は、例えば、BJH法に基づき、その孔径に対する細孔容積変化率から細孔の分布として算出することができる。BJH法は、細孔分布解析法として広く用いられている方法である。BJH法に基づき細孔分布解析をする場合、先ず、多孔質炭素材料に吸着分子として窒素を吸脱着させることにより、脱着等温線を求める。そして、求められた脱着等温線に基づき、細孔が吸着分子(例えば窒素)によって満たされた状態から吸着分子が段階的に着脱する際の吸着層の厚さ、及び、その際に生じた孔の内径(コア半径の2倍)を求め、式(5)に基づき細孔半径rpを算出し、式(6)に基づき細孔容積を算出する。そして、細孔半径及び細孔容積から細孔径(2rp)に対する細孔容積変化率(dVp/drp)をプロットすることにより細孔分布曲線が得られる(日本ベル株式会社製BELSORP−mini及びBELSORP解析ソフトウェアのマニュアル、第85頁〜第88頁参照)。
【0040】
p=t+rk (5)
pn=Rn・dVn−Rn・dtn・c・ΣApj (6)
但し、
n=rpn2/(rkn−1+dtn2 (7)
【0041】
ここで、
p:細孔半径
k:細孔半径rpの細孔の内壁にその圧力において厚さtの吸着層が吸着した場合のコア半径(内径/2)
pn:窒素の第n回目の着脱が生じたときの細孔容積
dVn:そのときの変化量
dtn:窒素の第n回目の着脱が生じたときの吸着層の厚さtnの変化量
kn:その時のコア半径
c:固定値
pn:窒素の第n回目の着脱が生じたときの細孔半径
である。また、ΣApjは、j=1からj=n−1までの細孔の壁面の面積の積算値を表す。
【0042】
マイクロ細孔の孔径は、例えば、MP法に基づき、その孔径に対する細孔容積変化率から細孔の分布として算出することができる。MP法により細孔分布解析を行う場合、先ず、多孔質炭素材料に窒素を吸着させることにより、吸着等温線を求める。そして、この吸着等温線を吸着層の厚さtに対する細孔容積に変換する(tプロットする)。そして、このプロットの曲率(吸着層の厚さtの変化量に対する細孔容積の変化量)に基づき細孔分布曲線を得ることができる(日本ベル株式会社製BELSORP−mini及びBELSORP解析ソフトウェアのマニュアル、第72頁〜第73頁、第82頁参照)。
【0043】
JIS Z8831−2:2010 「粉体(固体)の細孔径分布及び細孔特性−第2部:ガス吸着によるメソ細孔及びマクロ細孔の測定方法」、及び、JIS Z8831−3:2010 「粉体(固体)の細孔径分布及び細孔特性−第3部:ガス吸着によるミクロ細孔の測定方法」に規定された非局在化密度汎関数法(NLDFT法)にあっては、解析ソフトウェアとして、日本ベル株式会社製自動比表面積/細孔分布測定装置「BELSORP−MAX」に付属するソフトウェアを用いる。前提条件としてモデルをシリンダ形状としてカーボンブラック(CB)を仮定し、細孔分布パラメータの分布関数を「no−assumption」とし、得られた分布データにはスムージングを10回施す。
【0044】
多孔質炭素材料前駆体を酸又はアルカリで処理するが、具体的な処理方法として、例えば、酸あるいはアルカリの水溶液に多孔質炭素材料前駆体を浸漬する方法や、多孔質炭素材料前駆体と酸又はアルカリとを気相で反応させる方法を挙げることができる。より具体的には、酸によって処理する場合、酸として、例えば、フッ化水素、フッ化水素酸、フッ化アンモニウム、フッ化カルシウム、フッ化ナトリウム等の酸性を示すフッ素化合物を挙げることができる。フッ素化合物を用いる場合、多孔質炭素材料前駆体に含まれるケイ素成分におけるケイ素元素に対してフッ素元素が4倍量となればよく、フッ素化合物水溶液の濃度は10質量%以上であることが好ましい。フッ化水素酸によって、多孔質炭素材料前駆体に含まれるケイ素成分(例えば、二酸化ケイ素)を除去する場合、二酸化ケイ素は、化学式(A)又は化学式(B)に示すようにフッ化水素酸と反応し、ヘキサフルオロケイ酸(H2SiF6)あるいは四フッ化ケイ素(SiF4)として除去され、多孔質炭素材料を得ることができる。そして、その後、洗浄、乾燥を行えばよい。
【0045】
SiO2+6HF → H2SiF6+2H2O (A)
SiO2+4HF → SiF4+2H2O (B)
【0046】
また、アルカリ(塩基)によって処理する場合、アルカリとして、例えば、水酸化ナトリウムを挙げることができる。アルカリの水溶液を用いる場合、水溶液のpHは11以上であればよい。水酸化ナトリウム水溶液によって、多孔質炭素材料前駆体に含まれるケイ素成分(例えば、二酸化ケイ素)を除去する場合、水酸化ナトリウム水溶液を熱することにより、二酸化ケイ素は、化学式(C)に示すように反応し、ケイ酸ナトリウム(Na2SiO3)として除去され、多孔質炭素材料を得ることができる。また、水酸化ナトリウムを気相で反応させて処理する場合、水酸化ナトリウムの固体を熱することにより、化学式(C)に示すように反応し、ケイ酸ナトリウム(Na2SiO3)として除去され、多孔質炭素材料を得ることができる。そして、その後、洗浄、乾燥を行えばよい。
【0047】
SiO2+2NaOH → Na2SiO3+H2O (C)
【0048】
あるいは又、本開示における多孔質炭素材料として、例えば、特開2010−106007に開示された空孔が3次元的規則性を有する多孔質炭素材料(所謂、逆オパール構造を有する多孔質炭素材料)、具体的には、1×10-9m乃至1×10-5mの平均直径を有する3次元的に配列された球状の空孔を備え、表面積が3×1022/グラム以上の多孔質炭素材料、好ましくは、巨視的に、結晶構造に相当する配置状態にて空孔が配列されており、あるいは又、巨視的に、面心立方構造における(111)面配向に相当する配置状態にて、その表面に空孔が配列されている多孔質炭素材料を用いることもできる。
【実施例1】
【0049】
実施例1は、本開示の第1の態様〜第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤、本開示の第1の態様〜第3の態様に係る炭素/ポリマー複合体、及び、本開示の第1の態様〜第3の態様に係る吸着シートに関する。
【0050】
実施例1のウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤(以下、単に、『吸着剤』と呼ぶ)は、本開示の第1の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤に則って表現すると、窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、BJH法による細孔(メソ細孔〜マクロ細孔)の容積が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料から成る。
【0051】
また、実施例1の吸着剤は、本開示の第2の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤に則って表現すると、窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法によって求められた直径1×10-9m乃至5×10-7mの細孔の容積の合計が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料から成る。
【0052】
更には、実施例1の吸着剤は、本開示の第3の態様に係るウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤に則って表現すると、窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法によって求められた細孔径分布において、3nm乃至20nmの範囲内に少なくとも1つのピークを有し、3nm乃至20nmの範囲内に細孔径を有する細孔の容積の合計の占める割合は、全細孔の容積総計の0.2以上である多孔質炭素材料から成る。
【0053】
実施例1にあっては、多孔質炭素材料の原料である植物由来の材料を米(稲)の籾殻とした。そして、実施例1における多孔質炭素材料は、原料としての籾殻を炭素化して炭素質物質(多孔質炭素材料前駆体)に変換し、次いで、酸処理を施すことで得られる。以下、実施例1の吸着剤の製造方法を説明する。
【0054】
実施例1の吸着剤の製造においては、植物由来の材料を400゜C乃至1400゜Cにて炭素化した後、酸又はアルカリで処理することによって、多孔質炭素材料を得た。即ち、先ず、籾殻に対して、不活性ガス中で加熱処理(予備炭素化処理)を施す。具体的には、籾殻を、窒素気流中において500゜C、3時間、加熱することにより炭化させ、炭化物を得た。尚、このような処理を行うことで、次の炭素化の際に生成されるであろうタール成分を減少あるいは除去することができる。その後、この炭化物の10グラムをアルミナ製の坩堝に入れ、窒素気流中(5リットル/分)において5゜C/分の昇温速度で800゜Cまで昇温させた。そして、800゜Cで1時間、炭素化して、炭素質物質(多孔質炭素材料前駆体)に変換した後、室温まで冷却した。尚、炭素化及び冷却中、窒素ガスを流し続けた。次に、この多孔質炭素材料前駆体を46容積%のフッ化水素酸水溶液に一晩浸漬することで酸処理を行った後、水及びエチルアルコールを用いてpH7になるまで洗浄した。次いで、120°Cにて乾燥させた後、窒素気流中で900゜Cまで昇温させた。そして、900゜Cで水蒸気気流中にて3時間加熱することで賦活処理を行うことで、実施例1の吸着剤を得ることができた。尚、こうして得られた吸着剤を、実施例1−Aの吸着剤と呼ぶ。
【0055】
また、焼成温度等の焼成条件を変化させることによって、実施例1−Bの吸着剤を得た。
【0056】
市販のヤシガラ活性炭から成る吸着剤(和光純薬工業株式会社製)を比較例1とした。また、市販のポリプロピレン不織布マスクを比較例2、市販のポリプロピレン不織布マスクを比較例3、市販のポリエステル不織布マスクを比較例4とした。
【0057】
比表面積及び細孔容積を求めるための測定機器として、BELSORP−mini(日本ベル株式会社製)を用い、窒素吸脱着試験を行った。測定条件として、測定平衡相対圧(p/p0)を0.01〜0.99とした。そして、BELSORP解析ソフトウェアに基づき、比表面積及び細孔容積を算出した。また、メソ細孔及びマイクロ細孔の細孔径分布は、上述した測定機器を用いた窒素吸脱着試験を行い、BELSORP解析ソフトウェアによりBJH法及びMP法に基づき算出した。多孔質炭素材料の細孔を水銀圧入法にて測定した。具体的には、水銀ポロシメーター(PASCAL440:Thermo Electron社製)を用いて、水銀圧入法測定を行った。更には、非局在化密度汎関数法(NLDFT法)に基づく解析にあっては、日本ベル株式会社製自動比表面積/細孔分布測定装置「BELSORP−MAX」付属のソフトウェアを使用した。尚、測定に際しては、試料の前処理として、200゜Cで3時間の乾燥を行った。
【0058】
実施例1−A、実施例1−B及び比較例1の吸着剤、比較例2〜比較例4のマスクについて、比表面積及び細孔容積を測定したところ、表1に示す結果が得られた。尚、表1中、「比表面積」及び「全細孔容積」は、窒素BET法による比表面積及び全細孔容積の値を指し、単位はm2/グラム及びcm3/グラムである。また、「MP法」、「BJH法」、「水銀圧入法」は、MP法による細孔(マイクロ細孔)の容積測定結果、BJH法による細孔(メソ細孔〜マクロ細孔)の容積測定結果、水銀圧入法による総細孔の容積測定結果を示し、単位はcm3/グラムである。また、実施例1−A、実施例1−B及び比較例1における累計細孔容積の測定結果を、図1及び図2に示す。更には、非局在化密度汎関数法によって求められた細孔径分布の測定結果を図3に示すが、全細孔の容積総計に対する3nm乃至20nmの範囲内に細孔径を有する細孔の容積の合計の占める割合は、以下のとおりであった。
実施例1−A:0.407 (全細孔の容積総計:2.16cm3/グラム)
実施例1−B:0.479 (全細孔の容積総計:1.33cm3/グラム)
比較例1 :0.134 (全細孔の容積総計:0.756cm3/グラム)
【0059】
[表1]
比表面積 細孔全容積 MP法 BJH法 水銀圧入法
実施例1−A 1700 1.54 0.651 1.08 4.12
実施例1−B 1360 1.08 0.515 0.641 −−−
比較例1 1270 0.57 0.570 0.070 1.50
比較例2 <10 <0.01 <0.01 <0.01 −−−
比較例3 <10 <0.01 <0.01 <0.01 −−−
比較例4 12 <0.01 <0.01 <0.01 −−−
【0060】
実施例1−A及び実施例1−Bの吸着剤は、比較例1の吸着剤と比較して、特に、メソ細孔〜マクロ細孔の容積、及び、水銀圧入法にて得られた細孔容積の値が大きいことが判る。
【0061】
そして、実施例1−A、実施例1−B及び比較例1の吸着剤、比較例2〜比較例4のマスクについて、A型インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス性を評価した。尚、A型インフルエンザウイルスの大きさは、80nmから120nmである。
【0062】
具体的には、A型インフルエンザウイルスの感染価をTCID50法に基づき測定した。得られた結果を、以下の表2及び表3に示す。尚、ウイルス感染価の単位はTCID50/ミリリットルであり、感染価対数減少値は、log10(初期の感染価/各作用時間における感染価)から求められている。吸着剤濃度は、緩衝液5ミリリットル当たりに添加した吸着剤の量(単位:ミリグラム)である。また、参考例にあっては吸着剤を添加していない。図4及び図5に、ウイルス感染価の作用時間に対する変化を示す。
【0063】
[表2]

【0064】
[表3]

【0065】
実施例1−Aの吸着剤にあっては、緩衝液5ミリリットルに対して5ミリグラムの吸着剤を添加したとき、作用時間60分で、ウイルス感染価対数減少値「2.2」及び「3.9」が得られた。また、実施例1−Bの吸着剤にあっては、緩衝液5ミリリットルに対して5ミリグラムの吸着剤を添加したとき、作用時間60分で、ウイルス感染価対数減少値「3.7」が得られた。更には、抗ウイルス作用には吸着剤の添加濃度依存性があることが認められた。比較例1と比較して実施例1−A及び実施例1−Bにおいて高い抗ウイルス作用が確認できたのは、図1に示したメソ細孔の領域及びマクロ細孔の領域における細孔径分布の違いに起因するものと考えられる。即ち、メソ細孔の領域及びマクロ細孔の領域が発達した実施例1−A及び実施例1−Bの吸着剤は、80nmから120nm程度の大きさのウイルス単体、及び/又は、ウイルス表面に存在するスパイク蛋白質を効果的に吸着することにより、結果として高い抗ウイルス効果が認められたと推定している。一方、比較例1にあっては、メソ細孔の領域及びマクロ細孔の領域が極めて少なく、主にマイクロ細孔の領域しか存在しないが故に、80nmから120nm程度の大きさのウイルス単体、及び/又は、ウイルス表面に存在するスパイク蛋白質を吸着することができず、低い抗ウイルス効果しか得られなかったと推定している。
【0066】
インフルエンザウイルスの表面に存在するスパイク蛋白質であるノイラミターゼを20ミリグラム/ミリリットルの濃度となるように燐酸バッファに溶解した。そして、このノイラミターゼ溶液5ミリリットルに実施例1−A及び比較例1の吸着剤を3ミリグラム添加し、1時間後、3時間後のノイラミターゼの除去率を測定した。その結果を以下の表4に示すが、実施例1−Aの吸着剤のノイラミターゼの除去率は、比較例1の吸着剤よりも格段に優れていた。
【0067】
[表4] ノイラミターゼの除去率(%)
1時間 3時間
実施例1−A 48.9 51.8
比較例1 4.28 5.03
【0068】
実施例1の吸着シートの断面構造を示す模式的な図を図6に示す。実施例1の吸着シートは、実施例1の多孔質炭素材料、及び、支持部材を備えている。具体的には、実施例1の吸着シートは、セルロースから成る支持部材(不織布2)と支持部材(不織布2)との間に、シート状にした多孔質炭素材料、即ち、炭素/ポリマー複合体1が挟み込まれた構造を有する。炭素/ポリマー複合体1は、実施例1の多孔質炭素材料、及び、バインダーから成り、バインダーは、例えば、カルボキシニトロセルロースから成る。尚、吸着シートを、実施例1の多孔質炭素材料が支持部材に塗布され、あるいは又、実施例1の多孔質炭素材料が支持部材に練り込まれた形態とすることもできる。
【実施例2】
【0069】
実施例2においては、各種の細菌に対する細菌吸着能の評価を行った。実施例2にあっては、実施例1−Aの吸着剤を使用した。そして、各試験菌液5ミリリットルに実施例2の吸着剤を5ミリフラム添加し、これを試験液とした。そして、試験液を25゜Cで、所定時間、振とう(120rpm)し、その後、直ちに遠心分離(2000rpm、10秒)して吸着剤を沈殿させた。次いで、上澄み液1ミリリットルを採取し、9ミリリットルのSCDLPブイヨン培地(栄研化学株式会社)に添加した。そして、これを試料液として菌数を測定し、上澄み1ミリリットル当たりの菌数を求めた。尚、定量加減値は100CFU/ミリリットルである。吸着剤を添加せず、同様の操作をしたものを対照とした。得られた試験結果を表5に示す。また、図7に、実施例2の吸着剤の時間毎の各種残菌数(対数表示)を比較して表示した。ここで、図7においては、各時間において、5本の棒グラフを示しているが、左から右に順に、黄色ぶどう球菌、腸管出血性大腸菌、乳酸菌、サイトロバクター及び腸球菌に関する試験結果である。尚、対照の0分での値、5分での値は、それぞれ、4.0×107、2.8×106であった。
【0070】
[表5]

【0071】
これらの試験結果から、実施例2の吸着剤は、細菌を吸着し、残菌数を低下させていることが判る。しかも、1分から5分という短時間で残菌数を低下させている。それ故、例えば、これら細菌類を含む水を実施例2の吸着剤で処理することによって、有効に細菌数を短時間で低下させることができ、水質の向上を図ることができる。特に、感染症の起因菌となりうる黄色ぶどう球菌、毒素を産生する腸管出血性大腸菌、汚染菌であるサイトロバクターに対する吸着力が高く、腸内善玉菌である乳酸菌やヒトの常在菌である腸球菌に対する吸着力が低く、選択性があることも確認された。
【実施例3】
【0072】
実施例3においては、実施例1−Aの吸着剤を使用して、大腸菌に対する吸着試験を行った。具体的には、減菌蒸留水1ミリリットルに対して実施例3の吸着剤を100ミリグラム添加し、更に、試験菌液を0.1ミリリットル添加し、25゜Cで振とう(100rpm)し、その後、試験液1ミリリットルをメンブレンフィルターで濾過した後、減菌蒸留水2ミリリットルで洗浄し、実施例2と同様のSCDLPブイヨン培地を加えて、全量を10ミリリットルとして、試料液とした。そして、試料液1ミリリットル当たりの大腸菌数を求めた。尚、定量加減値は100CFU/ミリリットルである。また、比較例1の吸着剤を用いて同様の試験を行った。その結果を、以下の表6に示すが、実施例3の吸着剤は効果的に大腸菌を吸着することが判った。
【0073】
[表6]
時間 0分 5分
実施例3 4.8×104 1.0×10
比較例1 4.8×104 1.5×103
対照 4.8×104 7.4×104
【実施例4】
【0074】
実施例4においては、実施例1−Aの吸着剤を使用し、ノロウイルス(大きさ:約30nm)の代替としてネコカリシウイルス(大きさ:約30nm乃至40nm)に対する吸着能を評価した。尚、ノロウイルスは、約7500塩基を有する、プラス鎖の一本鎖RNAウイルスに分類されるエンベロープを持たないウイルスである。具体的には、実施例1と同様に、ウイルスの感染価をTCID50法に基づき測定した。得られた結果を、以下の表7に示す。尚、ウイルス感染価の単位はTCID50/ミリリットルであり、感染価対数減少値は、log10(初期の感染価/各作用時間における感染価)から求められている。吸着剤濃度は、緩衝液5ミリリットル当たりに添加した吸着剤の量(単位:ミリグラム)である。また、比較例1の吸着剤を用いて同様の試験を行った。
【0075】
[表7]

【0076】
小さいウイルスのため、60分後のデータは実施例4と比較例1とでは近い値となっているが、30分後のデータでは、実施例4における感染価対数減少値は比較例1より約1小さく、比較例1よりも高速吸着性を示すことが判った。また、インフルエンザウイルスだけでなく、より大きさの小さいウイルスに対しても優れた吸着能を示すことが判った。
【0077】
以上、好ましい実施例に基づき本開示を説明したが、本開示はこれらの実施例に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。実施例にあっては、多孔質炭素材料の原料として、籾殻を用いる場合について説明したが、他の植物を原料として用いてもよい。ここで、他の植物として、例えば、藁、葦あるいは茎ワカメ、陸上に植生する維管束植物、シダ植物、コケ植物、藻類及び海草等を挙げることができ、これらを、単独で用いてもよいし、複数種を混合して用いてもよい。具体的には、例えば、多孔質炭素材料の原料である植物由来の材料を稲の藁(例えば、鹿児島産;イセヒカリ)とし、多孔質炭素材料を、原料としての藁を炭素化して炭素質物質(多孔質炭素材料前駆体)に変換し、次いで、酸処理を施すことで得ることができる。あるいは又、多孔質炭素材料の原料である植物由来の材料を稲科の葦とし、多孔質炭素材料を、原料としての稲科の葦を炭素化して炭素質物質(多孔質炭素材料前駆体)に変換し、次いで、酸処理を施すことで得ることができる。また、フッ化水素酸水溶液の代わりに、水酸化ナトリウム水溶液といったアルカリ(塩基)にて処理して得られた多孔質炭素材料においても、同様の結果が得られた。
【0078】
あるいは又、多孔質炭素材料の原料である植物由来の材料を茎ワカメ(岩手県三陸産)とし、多孔質炭素材料を、原料としての茎ワカメを炭素化して炭素質物質(多孔質炭素材料前駆体)に変換し、次いで、酸処理を施すことで得ることができる。具体的には、先ず、例えば、茎ワカメを500゜C程度の温度で加熱し、炭化する。尚、加熱前に、例えば、原料となる茎ワカメをアルコールで処理してもよい。具体的な処理方法として、エチルアルコール等に浸漬する方法が挙げられ、これによって、原料に含まれる水分を減少させると共に、最終的に得られる多孔質炭素材料に含まれる炭素以外の他の元素や、ミネラル成分を溶出させることができる。また、このアルコールでの処理により、炭素化時のガスの発生を抑制することができる。より具体的には、茎ワカメをエチルアルコールに48時間浸漬する。尚、エチルアルコール中では超音波処理を施すことが好ましい。次いで、この茎ワカメを、窒素気流中において500゜C、5時間、加熱することにより炭化させ、炭化物を得る。尚、このような処理(予備炭素化処理)を行うことで、次の炭素化の際に生成されるであろうタール成分を減少あるいは除去することができる。その後、この炭化物の10グラムをアルミナ製の坩堝に入れ、窒素気流中(10リットル/分)において5゜C/分の昇温速度で1000゜Cまで昇温する。そして、1000゜Cで5時間、炭素化して、炭素質物質(多孔質炭素材料前駆体)に変換した後、室温まで冷却する。尚、炭素化及び冷却中、窒素ガスを流し続ける。次に、この多孔質炭素材料前駆体を46容積%のフッ化水素酸水溶液に一晩浸漬することで酸処理を行った後、水及びエチルアルコールを用いてpH7になるまで洗浄する。そして、最後に乾燥させることにより、多孔質炭素材料を得ることができる。
【符号の説明】
【0079】
1・・・炭素/ポリマー複合体、2・・・不織布

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、BJH法による細孔の容積が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料から成る、ウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤。
【請求項2】
窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法によって求められた直径1×10-9m乃至5×10-7mの細孔の容積の合計が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料から成る、ウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤。
【請求項3】
窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法によって求められた細孔径分布において、3nm乃至20nmの範囲内に少なくとも1つのピークを有し、3nm乃至20nmの範囲内に細孔径を有する細孔の容積の合計の占める割合は、全細孔の容積総計の0.2以上である多孔質炭素材料から成る、ウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤。
【請求項4】
多孔質炭素材料は植物由来の材料を原料としており、
植物由来の材料は、籾殻、藁、珈琲豆、茶葉、サトウキビ類、トウモロコシ類、果実の皮、葦及び、茎ワカメから成る群から選択された少なくとも1種類の材料である請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着剤。
【請求項5】
窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、BJH法及びMP法による細孔の容積が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料、及び、バインダーから成る、ウイルス及び/又は細菌を吸着する炭素/ポリマー複合体。
【請求項6】
窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法によって求められた直径1×10-9m乃至5×10-7mの細孔の容積の合計が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料、及び、バインダーから成る、ウイルス及び/又は細菌を吸着する炭素/ポリマー複合体。
【請求項7】
窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法によって求められた細孔径分布において、3nm乃至20nmの範囲内に少なくとも1つのピークを有し、3nm乃至20nmの範囲内に細孔径を有する細孔の容積の合計の占める割合は、全細孔の容積総計の0.2以上である多孔質炭素材料、及び、バインダーから成る、ウイルス及び/又は細菌を吸着する炭素/ポリマー複合体。
【請求項8】
多孔質炭素材料は植物由来の材料を原料としており、
植物由来の材料は、籾殻、藁、珈琲豆、茶葉、サトウキビ類、トウモロコシ類、果実の皮、葦及び、茎ワカメから成る群から選択された少なくとも1種類の材料である請求項5乃至請求項7のいずれか1項に記載のウイルス及び/又は細菌を吸着する炭素/ポリマー複合体。
【請求項9】
窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、BJH法及びMP法による細孔の容積が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料、及び、支持部材を備えている、ウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着シート。
【請求項10】
窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法によって求められた直径1×10-9m乃至5×10-7mの細孔の容積の合計が0.1cm3/グラム以上である多孔質炭素材料、及び、支持部材を備えている、ウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着シート。
【請求項11】
窒素BET法による比表面積の値が10m2/グラム以上、非局在化密度汎関数法によって求められた細孔径分布において、3nm乃至20nmの範囲内に少なくとも1つのピークを有し、3nm乃至20nmの範囲内に細孔径を有する細孔の容積の合計の占める割合は、全細孔の容積総計の0.2以上である多孔質炭素材料、及び、支持部材を備えている、ウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着シート。
【請求項12】
多孔質炭素材料は植物由来の材料を原料としており、
植物由来の材料は、籾殻、藁、珈琲豆、茶葉、サトウキビ類、トウモロコシ類、果実の皮、葦及び、茎ワカメから成る群から選択された少なくとも1種類の材料である請求項9乃至請求項11のいずれか1項に記載のウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着シート。
【請求項13】
支持部材は不織布から成る請求項9乃至請求項12のいずれか1項に記載のウイルス及び/又は細菌を吸着する吸着シート。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−187571(P2012−187571A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−268944(P2011−268944)
【出願日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】