説明

エチレンオキシド製造用触媒、該触媒の製造方法およびエチレンオキシドの製造方法

【課題】使用済みエチレンオキシド製造用触媒を利用し、再度、高効率、高選択率でエチレンオキシドを製造するためのエチレンオキシド製造用触媒の製造方法、使用済み触媒を再利用して得られた該エチレンオキシド製造用触媒を用いて、エチレンオキシドを高選択率で製造しうるエチレンオキシド製造方法を提供する。
【解決手段】使用済み触媒から回収した担体に銀および促進剤等の触媒活性元素を担持した触媒で、新鮮な担体を用いた触媒よりも初期選択率が高く、高効率、高選択率でエチレンオキシドを製造するための触媒である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、使用済みエチレンオキシド製造用触媒から回収した担体を用いたエチレンオキシド製造用触媒および当該エチレンオキシド製造用触媒の製造方法に関する。本発明はまた当該エチレンオキシド製造用触媒を用いて高い選択率でエチレンオキシドを製造しうるエチレンオキシド製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エチレンオキシドは、エチレングリコール、エチレングリコールエーテル、エチレンカーボネート、エタノールアミン及び洗剤のような化学薬品を製造するための供給原料として使用される重要な工業化学薬品である。工業的に広く行われているエチレンオキシドの製造方法は、エチレンを触媒の存在下で分子状酸素を含有するガスと接触して部分酸化する方法である。
【0003】
触媒は一般に、α―アルミナを主成分とする成形担体材料上に、触媒活性化学種、一般には第11族金属(特に、銀)及び促進剤(promoter)成分を含有したものである。
【0004】
触媒は、エチレンオキシドの生産継続に伴い、徐々に触媒活性の低下及びエチレンオキシドの生成選択性の損失によって示される性能低下を受ける。活性低下に対応して、反応温度は、エチレンオキシドの生産速度が維持されるように上げられてもよいが、商用反応器の運転は普通、反応温度に関して制限される。反応器の適用できる温度限界に達した場合、反応温度を下げてエチレンオキシドの生産速度を低下させるか、エチレンオキシドの生産を維持する場合は、生産を中断し、既存の装填触媒を新鮮な触媒に交換するかのいずれかの手段を行う。新鮮な触媒に交換するには、触媒を購入するか、担体を新規に購入し、その担体を用いて触媒を製造することになり、いずれの場合も高額の投資が必要となる。特に触媒価格においては担体価格の占める割合が大きく投資額増の要因となっている。
【0005】
そのため、使用済み触媒を再生して利用するための方法が開示されている。例えば、特許文献1には、エチレンオキシドの製造に使用された銀含有担体触媒の再生方法を記載している。この方法は、性能劣化した触媒をカリウム、ルビジウム、又はセシウム化合物及び還元剤を含む溶液で処理する工程を含む。実施例で、エチレンオキシド触媒は、おおよそ4年間使用されており、その間、選択率は81.5%から76.7%に低下したが、再生処理を施すことで選択率は最大で3.2%増加した(76.7から79.9%への増加)。
【0006】
特許文献2には、少なくとも0.16kT/m3以上の累積エチレンオキシド生産量を有する使用済みエポキシ化触媒に、0.2重量%以上の追加の銀を付着させる工程を含む触媒の再生方法を開示している。実施例12には、選択率80.8%(活性223℃)の新鮮な触媒が老化し選択率が75.7%(活性261℃)まで低下した使用済み触媒を水で洗浄し、その後追加の銀12重量%とさらにセシウム、リチウムを付着させて触媒を再生することにより、選択率が80.6%(活性224〜234℃)まで回復することが示されている。
【0007】
上記の通り、性能劣化した触媒や使用済み触媒を再生する方法は試みられているが、前記再生触媒の初期の選択率は、いずれも再生前の新鮮な触媒の初期選択率を越えるまでには至っていない。
【0008】
エチレンオキシド製造用触媒においては、エチレンオキシドの生産規模は大きいことから、触媒の選択率が僅か1%向上するだけでも、原料エチレンの使用量が著しく節約され、その経済的効果は大きい。このような事情から、より優れた初期選択性を有する再生触媒の開発が当該技術分野の研究者の継続的なテーマとなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許第4,529,714号公報
【特許文献2】特表2009−525842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
使用済み触媒の再生
本発明は使用済みエチレンオキシド製造用触媒を利用して、高効率、高選択率でエチレンオキシドを製造するためのエチレンオキシド製造用触媒の製造方法を提供することを目的とする。さらには使用済み触媒を再利用して得られた前記エチレンオキシド製造用触媒を用いて、高い選択率でエチレンオキシドを製造しうるエチレンオキシド製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上述した課題を解決すべく、特に、これまで使用済みエチレンオキシド製造用触媒から銀を取り除いた後に廃棄されていた担体の再利用について鋭意研究を行った。その結果、使用済み触媒から回収した担体に銀および促進剤等の触媒活性元素を担持することで、驚くべきことに、新鮮な担体を用いた触媒よりも初期選択率が高く、上記再生触媒に比べて高効率、高選択率でエチレンオキシドを製造することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち本発明は、(1)0.2T/触媒kg以上の累積エチレンオキシド生産量を有する使用済みエチレンオキシド製造用触媒から、該触媒が含有する銀の少なくとも80質量%以上を除去して担体を回収する工程と、前記回収担体に銀及び促進剤を担持する工程とを含むエチレンオキシド製造用触媒の製造方法である。(2)前記使用済みエチレンオキシド製造用触媒は、Na含有量が2質量%(NaO換算)以下の担体を用いた新鮮なエチレンオキシド製造用触媒の使用済み触媒であることを特徴とする(1)の製造方法である。また(3)(1)または(2)に記載の方法により製造されたエチレンオキシド製造用触媒である。さらに(4)(3)記載の触媒にエチレンと分子状酸素とを含むガス接触させ気相酸化する工程を有することを特徴とするエチレンオキシドの製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、固定床多管式反応器を用いたエチレンオキシドを製造するための触媒として好適に使用でき、高効率、高選択率で、また長期に渡り安定してエチレンオキシドを製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
【0015】
エチレンオキシド製造用触媒には、大きく分けて(a)初期選択率はやや低いものの寿命安定なタイプと(b)初期選択率は高いもの選択率の低下が大きいタイプが存在するが、いずれのタイプにおいても、一般に活性及び/又は選択性が、累積エチレンオキシド生産量の増加と共に低下する傾向を示す。本発明の使用済みエチレンオキシド製造用触媒(以下、「使用済み触媒」とも称することもある)とは、一実施形態では、使用済みエポキシ化触媒は、0.2T/触媒kgの触媒もしくはそれ以上の累積エチレンオキシド生産量を有する触媒である。一実施形態では、使用済みエチレンオキシド製造用触媒は、0.6T/触媒kg以上の累積エチレンオキシド生産量を有する触媒である。一実施形態では、使用済みエポキシ化触媒は1.2T/触媒kg以上の累積エチレンオキシド生産量を有する触媒である。
【0016】
前記(a)タイプの実施形態では、例えば、使用済みエポキシ化触媒は、(i)初期条件下での初期選択性と比較して0.5%以上の選択性の低下、及び(ii)初期条件下での初期活性と比較して2℃以上の活性の低下からなる群から選択された1つ以上の性能低下を示す。これに関連して、長期使用は、触媒が「使用済み」になる唯一の理由ではない。例えば触媒被毒やエチレンオキシド生産での運転ミスにより活性あるいは選択性が低下し使用に耐えなくなった触媒も「使用済み」と判断される。有利な実施形態では、「使用済み」触媒は、比較的大きな累積エチレンオキシド生産量のために、低下した活性及び/又は選択性を有する。
【0017】
前記(b)タイプの実施形態では、例えば、使用済み触媒は、初期条件下での初期選択性と比較して5%以上の選択性の低下を示す。別の実施形態では、使用済み触媒は、初期条件下での初期選択性と比較して8%以上の選択性の低下を示す。別の実施形態では、使用済み触媒は、初期条件下での初期選択性と比較して10%以上の選択性の低下を示す。
【0018】
本発明に用いる担体は、前記使用済み触媒から銀を取り除く工程を含む方法により回収された担体(以下、「回収担体」とも称する)である。回収担体は、使用済み触媒に含まれる銀を溶剤と接触して溶解させた後、該銀溶解液と担体とを分離し、さらに担体を洗浄、乾燥することにより得られる。
【0019】
銀を溶解するために用いる溶剤は、特に限定されず、銀を溶解するものであれば良く、例えば、硝酸、硫酸などの酸またはその水溶液、アンモニア、エチレンジアミン、エタノールアミンのようなアミン類等の塩基またはその水溶液を用いることができる。好適には硝酸または硝酸を水で希釈した溶液が用いられる。銀を溶解する溶剤の量は、使用済み触媒に含有される銀をほぼ全て溶解する量であれば良く、銀の1グラム当量に対し1グラム当量以上、好ましくは3グラム当量以上、より好ましくは6グラム当量以上である。
【0020】
銀を溶解する工程において、銀の溶解を速めるために加熱して溶解を行うのが良く、溶解温度は50℃以上、好ましくは80℃以上、より好ましくは90℃以上である。また、銀溶解の操作は1回若しくは2回以上で行っても良いが、好ましくは1回である。操作の回数が少ないと銀溶解液から銀を回収する際に発生する廃液を少なくすることができる。
【0021】
銀の溶解後で得られる回収担体は、担体細孔内に銀溶解液が残存しているため、さらに溶媒で洗浄しても良い。溶媒としては、水、アルコール又はその混合液を用いることができ、好適には水である。洗浄は、回収担体と溶媒を任意の時間接触させることにより行われる。接触時間は5分以上、好ましくは20分以上であり、接触時間が長くなるほど細孔内の銀溶液を除去する効率が向上する。また洗浄は加熱して行ってもよく、加熱することで細孔内の銀溶液を除去する効率が向上する。洗浄回数は特に制限は無いが1回以上、好ましくは2回以上である。
【0022】
さらに銀を除去した担体は、触媒調製に用いるために乾燥するのが良い。乾燥温度は銀除去する工程で用いた溶剤や溶媒の沸点以上であれば良い。
【0023】
本発明で用いる回収担体は、銀の除去率が80質量%以上あれば良く、好ましくは90質量%以上である。80質量%未満の場合、回収担体を用いた触媒が所望の初期選択率を得られない。銀の除去率は数式1にて算出される値である。数式1における使用済み触媒の銀含有量(質量%)および回収担体中の銀含有量(質量%)は蛍光X線の検量線法により測定される。
銀除去率(%)=[(使用済み触媒の銀含有量(質量%)−回収担体の銀含有量(質量%))/使用済み触媒の銀含有量(質量%)]×100 ・・・(1)
本発明に用いる回収担体の組成は、通常、新鮮なエチレンオキシド製造用触媒(以下、「新鮮な触媒」とも称することもある)に用いるα−アルミナを主成分とする担体の組成とほぼ同様の化学組成を有する。ここで、好適には、使用済み触媒から回収される担体は、後述する組成の担体を用いて製造された新鮮な触媒をエチレンオキシド生成反応に供し、使用済み触媒となった触媒から回収される担体である。
【0024】
新鮮な触媒に用いる担体としては、α−アルミナを主成分とすること以外は特に制限されない。ここで、担体が「α−アルミナを主成分とする」とは、α−アルミナ以外に一部、γーアルミナ、非晶質アルミナなど別の形態のアルミナを含んでもよいことを意味する。担体におけるアルミナの含有量は、担体の全質量100質量%に対して80質量%以上が好ましく、より好ましくは85質量%以上であり、さらに好ましくは90質量%以上である。
【0025】
新鮮な触媒に用いる担体は、例えばアルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物や遷移金属の酸化物を含有しうる。これらの含有量についても特に制限はないが、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物の含有量は、酸化物換算で好ましくは0〜5質量%であり、より好ましくは0〜3質量%である。また、遷移金属の酸化物の含有量は、酸化物換算で好ましくは0〜5質量%であり、より好ましくは0.01〜3質量%である。好適にはNaを含有し、含有量はNaO換算として2質量%以下、好ましくは0.0001〜1質量%、より好ましくは0.0005〜0.5質量%である。
【0026】
担体はまた、シリカ(二酸化ケイ素)を通常含有する。担体におけるシリカの含有量についても特に制限はないが、好ましくは0.01〜10.0質量%であり、より好ましくは0.1〜5.0質量%であり、さらに好ましくは0.1〜3.0質量%である。なお、上述した担体の組成や各成分の含有量は、蛍光X線分析法を用いて決定されうる。
【0027】
使用済みのエチレンオキシド製造用触媒からの回収担体の物性は、新鮮なエチレンオキシド製造用触媒に用いられた担体と比べると、細孔径はやや大きくなる傾向にあるが、その差は僅かである。
【0028】
回収担体の比表面積については特に制限はないが、好ましくは0.03〜10m2/gであり、より好ましくは0.3〜5.0m2/gであり、さらに好ましくは0.5〜3.0m2/gである。担体の比表面積が0.03m2/g以上であれば、必要な量の触媒成分の担持が可能となり、担体の比表面積が大きいほど触媒成分の高分散担持が容易になる。また、触媒反応の活性部位である触媒成分表面の面積が大きくなるので好ましい。一方、担体の比表面積が10m2/g以下であれば、担体の細孔径がある程度大きい値に維持され、製造された触媒を用いたエチレンオキシド製造時のエチレンオキシドの逐次酸化が抑制されうる。なお、担体の比表面積の値としては、後述する実施例に記載の手法により得られる値を採用するものとする。
【0029】
前記回収担体は、好ましくは、少なくとも40Nの圧壊強度を有する。担体の圧壊強度は、好ましくは50N以上であり、より好ましくは60N以上である。上述の範囲であれば、十分な機械的強度が維持できる。担体の圧壊強度の上限値は特に限定されない。
【0030】
前記回収担体の嵩密度は、好ましくは0.5〜1.0kg/Lであり、より好ましくは0.5〜0.9kg/Lであり、さらに好ましくは0.5〜0.80kg/Lである。担体の嵩密度が上述の範囲であれば、適当な充填比重が得られ、十分な強度の触媒を製造することができる。
【0031】
本発明の回収担体の細孔容積も特に制限されないが、好ましくは0.2〜0.6cm3/gであり、より好ましくは0.3〜0.5cm3/gである。担体の細孔容積が0.2cm3/g以上であれば、触媒成分の担持が容易となるという点で好ましい。一方、担体の細孔容積が0.6cm3/g以下であれば、担体の強度が実用的な程度に確保されうるという点で好ましい。なお、担体の細孔容積の値としては、水銀圧入法により得られる値を採用するものとする。
【0032】
担体の有する細孔のサイズも特に制限されないが、平均細孔直径は、好ましくは0.1〜10μmであり、より好ましくは0.2〜4.0μmであり、さらに好ましくは0.3〜3.0μmである。平均細孔直径が0.1μm以上であれば、エチレンオキシド製造時の生成ガスの滞留に伴うエチレンオキシドの逐次酸化が抑制されうる。一方、平均細孔直径が10μm以下であれば、担体の強度が実用的な程度に確保されうる。なお、平均細孔直径の値としては、水銀圧入法により得られる値を採用するものとする。
【0033】
担体の吸水率についても特に制限はないが、好ましくは10〜70%であり、より好ましくは20〜60%であり、さらに好ましくは30〜50%である。担体の吸水率が10%以上であれば、触媒成分の担持が容易となる。一方、担体の吸水率が70%以下であれば、担体の強度が実用的な程度に確保されうる。なお、担体の吸水率の値としては、後述する実施例に記載の手法により得られる値を採用するものとする。
【0034】
本発明のエチレンオキシド製造用触媒は、回収担体に銀や反応促進剤を担持することにより得られる。銀や反応促進剤の担持量については特に制限はなく、エチレンオキシドの製造に有効な量で担持すればよい。例えば、銀の場合、その担持量はエチレンオキシド製造用触媒の質量基準で1〜30質量%であり、好ましくは5〜20質量%である。また、反応促進剤の担持量は、エチレンオキシド製造用触媒の質量基準で、通常0.001〜2質量%であり、好ましくは0.01〜1質量%であり、より好ましくは0.01〜0.7質量%である。
【0035】
本発明のエチレンオキシド製造用触媒に担持される反応促進剤の代表例としては、アルカリ金属、具体的にはリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウムが挙げられる。アルカリ金属のほかには、タリウム、硫黄、クロム、モリブデン、タングステン、レニウムなどもまた、反応促進剤として用いられうる。これらの反応促進剤は、1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。これらのうち、反応促進剤としてはセシウムが好適に用いられる。
【0036】
反応促進剤の最適な担持量は、担体物性の違いや反応促進剤の組み合わせなどにより異なる。このため、予め反応促進剤の担持量の異なる触媒を調製し、当該触媒について性能を評価した後、最高性能を示す反応促進剤の担持量を決定し、このような最高性能を示す量の反応促進剤量を担持して触媒を調製することが好ましい。
【0037】
下記実施例及び比較例では、このように予め最高性能を示す反応促進剤の担持量を決定した後、触媒を調製した。
【0038】
本発明に用いられうるエチレンオキシド製造用触媒は、従来公知のエチレンオキシド製造用触媒の製造方法に従って調製されうる。
【0039】
以下、上述した回収担体を用いて本発明におけるエチレンオキシド製造用触媒を製造する手法の一例を説明するが、本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきであり、下記の手法のみに限定されるわけではない。
【0040】
担体に銀を担持させるための溶液を調製する。具体的には、銀化合物を単独で、または銀錯体を形成するための錯化剤もしくは必要に応じて反応促進剤を、水などの溶媒に添加する。
【0041】
ここで、銀化合物としては、例えば、硝酸銀、炭酸銀、シュウ酸銀、酢酸銀、プロピオン酸銀、乳酸銀、クエン酸銀、ネオデカン酸銀などが挙げられる。また、錯化剤としては、例えば、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミンなどが挙げられる。これらの銀化合物や錯化剤は、それぞれ、1種のみが単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。
【0042】
次いで、上記で得られた溶液を、同じく上記で準備した担体に含浸または浸漬させる。この際、反応促進剤は、担体に溶液を含浸または浸漬させる前段階において溶液に溶解させて同時に含浸させてもよいし、銀を担持した後に担持してもよい。
【0043】
本発明において、触媒の各々の粒子に含まれる銀量の標準偏差が0.001以上、0.1以下になるように担持するために、上記溶液を含浸させる際に用いるブレンダーとしては、特に制限はないがV型、ダブルコーン型、球型、円筒型等を用いることができる。液を均一に含浸する目的において、前記構造に加え、さらに薬液と担体との混合効率を向上させる回転、揺動等の混合方式を有するブレンダーが好適に用いられる。浸漬により薬液を担体に含ませた場合でも、次に行う乾燥工程において、吸収された薬液が加熱とともに担体の外に一旦出てきて、その後に乾燥されるため、不均一担持を防ぐという点において混合効率の良い構造及び回転方法を有するブレンダーが好適に用いられる。
【0044】
続いて、これを乾燥し、焼成する。乾燥は、空気、酸素、または不活性ガス(例えば、窒素)の雰囲気中で、80〜120℃の温度で行うことが好ましい。なお、上記のブレンダーについて容器内を加熱が可能な装置を用いる方が乾燥の工程を簡略化出来るので好ましい。
【0045】
次に焼成は、空気、酸素、過熱スチームまたは不活性ガス(例えば、窒素)の雰囲気中で、150〜700℃の温度で、好ましくは200〜600℃の温度で行うことが好ましい。なお、焼成は、1段階のみ行われてもよいし、2段階以上行われてもよい。好ましい焼成条件としては、1段階目の焼成を空気雰囲気中で150〜250℃にて0.1〜10時間行い、2段階目の焼成を空気雰囲気中で250〜450℃にて0.1〜10時間行う条件が挙げられる。さらに好ましくは、かような2段階焼成後にさらに、不活性ガス(例えば、窒素、ヘリウム、アルゴンなど)雰囲気中で450〜700℃にて0.1〜10時間、3段階目の焼成を行うとよい。
【0046】
本発明は、上述のとおり、使用済み触媒から回収した担体を用いて製造したエチレンオキシド製造用触媒の存在下で、エチレンを分子状酸素または分子状酸素含有ガスにより気相酸化する工程を有する、エチレンオキシドの製造方法でもある。
【0047】
本発明に用いるエチレンオキシド製造用反応器は、単管式反応器であっても多管式反応器であってもよいが、工業的には複数の反応管を有する多管式反応器が好ましく用いられうる。エチレンオキシド製造用反応器としては、特に制限されず固定床反応器、流動床反応器、移動床反応器など従来公知のものが用いられうるが、好ましくは固定床反応器である。特に好ましくは、固定床多管式反応器である。エチレンオキシド製造用反応器の反応管としては、内径が15〜50mmのものが用いられる。反応管の内径は、好ましくは18〜45mmであり、より好ましくは20〜40mmである。反応管の内径が15mm未満である場合、反応管の数が増加するため、反応器の製造費用が高くなってしまう。一方、反応管の内径が50mmを超えると、除熱効果が低下し、触媒層内の蓄熱が増加する。
【0048】
本発明に用いるエチレンオキシド製造用反応器においては、前記エチレンオキシド製造用触媒は、外径または長さのうちいずれか大きい方の値が前記反応管の内径に対して10〜50%であり、好ましくは15〜45%であり、より好ましくは20〜40%である。反応管の内径に対する触媒の外径または長さのうちいずれか大きい方の値が10%より小さいと、充填比重および圧力損失が大きくなり、装置、ユーティリティの両面で不利となり、燃焼反応を引き起こす場合がある。一方、反応管の内径に対する触媒の外径または長さのうちいずれか大きい方の値が50%より大きいと、触媒層中の銀の含有量が小さくなり、触媒の活性や寿命が低下する場合がある。
【0049】
上述の条件に加えて触媒層中に含まれる触媒成分である銀の含有量が30〜140kg/m3となるように触媒を充填することで、触媒の活性および寿命が向上する。また、充填速度を制御することによって充填比重を調節し、これによって触媒層中に含まれる銀の含有量を容易に調節できる。
【0050】
反応管の内径に対する触媒の外径または長さのうちいずれか大きい方の値の値が前述の条件を満たす場合であっても、触媒層中に含まれる銀の含有量が140kg/m3よりも大きいと、充填比重および圧力損失が大きくなり、装置、ユーティリティの両面で不利となる場合がある。一方、触媒層中に含まれる銀の含有量が30kg/m3よりも小さいと、触媒層中の銀の含有量が小さくなり、触媒の活性や寿命が低下する場合がある。触媒層中に含まれる銀の含有量は、好ましくは60〜135kg/m3であり、より好ましくは100〜130kg/m3である。触媒層中に含まれる銀の含有量の値としては、特開2010−36115号公報の実施例に記載の手法により得られる値が採用されるものとする。
【0051】
本発明においては、触媒層中に含まれる銀の含有量を上述の範囲に制御するために、上述のエチレンオキシド製造用触媒を、0.3〜5L/minの充填速度で上述の反応管に充填する。前記充填速度は、好ましくは0.5〜4L/minであり、より好ましくは1.0〜3.0L/minである。充填速度を0.3〜5L/minの範囲に制御することで、適切な量の触媒成分を含む触媒層が形成されるため、触媒の活性や寿命が向上し、高効率、高選択率でエチレンオキシドを製造することができる。充填速度の値としては、特開2010−36115号公報の実施例に記載の手法により得られる値が採用されるものとする。
【0052】
本発明において、エチレンオキシド製造用触媒は、好ましくはエチレンオキシド製造用反応器の反応管に、少なくとも0.5kg/L、より好ましくは0.6〜0.9kg/L、さらに好ましくは0.65〜0.85kg/Lの充填密度になるように充填される。充填密度が0.5kg/L以上であれば、エチレンオキシドを高効率、高選択率で製造できる。なお、触媒の充填密度の値としては、特開2010−36115号公報の実施例に記載の手法により得られる値が採用されるものとする。
【0053】
エチレンオキシド製造用反応器の所定の内径を有する反応管に、上記の所定のエチレンオキシド製造用触媒を充填するための作業方法は、触媒層中に含まれる銀の含有量および充填速度が上記範囲となる方法であれば特に制限がなく、公知の充填方法、例えば充填機を用いた方法やテンプレートを使用した方法、反応管ごとに手作業によって充填する方法などが用いられうる。ただし、エチレンオキシド製造用多管式反応器の所定の内径を有する反応管に充填する際に、充填速度をどの反応管に対しても一定にする方が、反応管ごとの触媒層中の銀含有量および圧力損失を一定の範囲の値に制御することができるため好ましい。
【0054】
本発明のエチレンオキシドの製造方法は、本発明のエチレンオキシド製造用触媒を上記の方法で充填した反応器を使用する点を除けば、常法に従って行われうる。好ましくは、エチレンを空気、酸素および富化空気などの分子状酸素含有ガスにより気相酸化する方法が用いられうる。
【0055】
例えば、工業的製造規模における一般的な条件、すなわち反応温度150〜300℃、好ましくは180〜280℃、反応圧力0.2〜4.0MPaG、好ましくは1.0〜3.0MPaG、空間速度1,000〜30,000hr−1(STP)、好ましくは3,000〜8,000hr−1(STP)が採用される。触媒に接触させる原料ガスとしては、エチレン0.5〜40容量%、酸素3〜10容量%、炭酸ガス0.5〜20容量%、残部の窒素、アルゴン、水蒸気等の不活性ガスおよびメタン、エタン等の低級炭化水素類からなり、さらに反応抑制剤としての二塩化エチレン、塩化ジフェニル等のハロゲン化物を0.1〜10容量ppm含有するものが挙げられる。
【実施例】
【0056】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。なお、本発明において、各種パラメータの測定は以下の手法により行われる。
<担体の嵩密度>
担体の嵩密度は、担体を1Lメスシリンダー(内径66mm)に2L/minの速度で、1Lの標線まで充填して質量を測定し、数式2にて算出される。
【0057】
嵩密度 (kg/L) = 担体充填重量 (kg) / 1 (L) ・・・(2)
<担体の比表面積の測定>
担体を粉砕した後、0.85〜1.2mmの粒径に分級したものを2g正確に秤量した。秤量したサンプルを200℃にて少なくとも30分間脱気し、B.E.T.(Brunauer−Emmet−Teller)法により測定される。
【0058】
<担体の吸水率の測定>
日本工業規格(JIS R 2205(1998年度))に記載の方法に準拠して、以下の方法により測定される。
a)破砕前の担体を、120℃に保温した乾燥機中に入れ、恒量に達した際の質量を秤量する(乾燥重量:W1(g))。
b)上記a)で秤量した担体を水中に沈めて30分間以上煮沸した後、室温の水中にて冷却し、飽水サンプルとする。
c)上記b)で得た飽水サンプルを水中から取り出し、湿布で素早く表面を拭い、水滴を除去した後に秤量する(飽水サンプル重量:W2(g))。
d)上記で得られたW1及びW2を用い、下記数式3に従って、吸水率を算出する。
吸水率 (%) = [(W2−W1)/W1] × 100 ・・・(3)
<圧壊強度>
精密力量測定器(丸菱科学機械製作所製)を用いて担体の横方向(長さに対して垂直方向)の圧壊強度を測定し、50個の平均値を圧壊強度とする。
【0059】
<担体の磨耗率>
以下の手法により測定する。
a) 100mLの担体を300mLのコニカルビーカーに入れる。
b) 上記のコニカルビーカーに、純水を250mLまで加える。
c) 上記b)を電熱器で加熱し30分間煮沸する。
d) 煮沸操作後にコニカルビーカー中に残留した純水を廃棄し、新たに純水を加えて純水のみを捨てる操作を5回繰り返す。
e) 上記b)〜d)の洗浄操作を3回繰り返す。
f) 洗浄後の担体を乾燥機で120℃にて一昼夜乾燥させる。
g) 乾燥後の担体を常温に戻し、秤量する。(試験前質量:W3(g))
h) 上記g)で得られた担体をステンレス製ボールミル(外径90mm, 高さ90mm)にて、106rpmで30分間回転させる。
i) 回転させた後の担体の全量をステンレス製の篩(内径150mm、目開き1.7mm)に移して篩にかけ、その後秤量する。(篩かけ後質量:W4(g))
j) 上記で得られたW3及びW4を用い、下記数式4にしたがって、磨耗率を算出する。
磨耗率 (%) = [(W3−W4)/W3]×100 ・・・(4)
(実施例1)
(触媒の洗浄)
120gの使用済み触媒(下記比較例1記載の累積エチレンオキシド生産量4.0T/触媒kg反応済み触媒、銀含有量15.0質量%)を200gの60%硝酸水溶液に加えて振とうした。その後、純水200gを加えて30分間煮沸した。触媒を液から分離し、純水400gを加えて再び30分間煮沸した。煮沸を計3回行った後、触媒を液から分離し、120℃で5時間乾燥して再生触媒用の担体を得た。回収担体の銀含有量は0.3質量%であった。
【0060】
(再生担体を使用した触媒の調製)
シュウ酸銀28g、硝酸セシウム0.12gにエチレンジアミン11.7g、水27.0gを加えて溶解させ、触媒成分含有溶液を調製した。上記洗浄後の回収担体100gを内容量1000mlのナスフラスコに入れ、次いで上記で調製した触媒成分含有溶液を加えた。担体および触媒成分含有溶液を添加したナスフラスコをロータリーエバポレーターにセットし、80℃にて20分間回転して含浸した。その後、熱風乾燥機を用い、空気気流中300℃で20分加熱処理を行った。さらにこれを窒素雰囲気中にて550℃で3時間加熱処理した。
【0061】
(触媒性能評価)
実施例1にて得られた触媒を、600〜850メッシュに篩い分け、それぞれ1.2gを内径3mm、管長600mmのステンレス鋼製の反応管に充填し、下記反応条件下にてエチレンの気相酸化反応を行った。
(エチレン気相酸化反応条件)
空間速度 : 5800hr−1
反応圧力 : 22kg/cm
原料ガス : エチレン24容量%、酸素6.5容量%、二酸化炭素5.0容量%、二塩化エチレン2ppmおよび残余(メタン、窒素、アルゴン、およびエタン)
エチレン転化率が10%のときの反応温度および酸化エチレンの選択率を表1に示す。なお、酸化エチレン製造時の転化率および選択率は、それぞれ下記の数式5および数式6に従って算出した。
転化率(%)=反応したエチレンのモル数 / 原料ガス中のエチレンのモル数×100 ・・・(5)
選択率(%)=酸化エチレンに変化したエチレンのモル数 / 反応したエチレンのモル数 × 100 ・・・(6)
(比較例1)
表面積0.86m2/g、吸水率40%のアルミナ担体A(SiO2=0.38質量%、Na2O=0.03質量%、外径8mm、内径4mm、長さ8mm)1リットルにイオン交換水1リットルを加え、常圧下で30分間煮沸洗浄した後、洗浄液を除去し、イオン交換水で洗浄した。さらに、この煮沸洗浄を2回繰り返した後、120℃で3時間乾燥した。
シュウ酸銀28g、硝酸セシウム0.15gにエチレンジアミン11.7g、水27.0gを加えて溶解させ、触媒成分含有溶液を調製した。
上記処理後の担体100gを100℃で1時間脱気した後、内容量1000mlのナスフラスコに入れ、次いで上記で調製した触媒成分含有溶液を加えた。担体および触媒成分含有溶液を添加したナスフラスコをロータリーエバポレーターにセットし、80℃にて20分間回転して含浸した。その後、熱風乾燥機を用い、空気気流中300℃で20分加熱処理を行った。さらにこれを窒素雰囲気中にて550℃で3時間加熱処理した。得られた触媒(新鮮な触媒)について実施例1と同様の触媒性能評価条件にて性能評価を行った結果、選択率は81.3%、反応温度は239℃であった。
【0062】
この触媒と同組成の触媒500gを内径25mmの反応管に充填し、実施例1のエチレン気相酸化反応条件にて累積エチレンオキシド生産量が4.0T/触媒kgまで反応した。反応後の触媒を抜き出し、実施例1と同様の触媒性能評価条件にて性能評価を行った結果、選択率79.1%、反応温度266℃であった。
【0063】
【表1】

【0064】
実施例1にて得られた再生触媒の選択率は81.9%であり、比較例1の累積エチレンオキシド生産量4.0T/触媒kgの使用済み触媒の選択率79.1%に対して、選択率が回復した。また、回収担体を使用することで、比較例1の新鮮な担体を用いた新鮮な触媒に対しても選択率優位性を見られた。
【0065】
(比較例2)
(使用済み触媒の洗浄)
比較例1で得た使用済み触媒100g(銀含有量15.0質量%)を400gの純水に加えて振とうした。30分間煮沸した後、触媒を液から分離し、新たに純水400gを加えて再び30分間煮沸した。煮沸を計3回行った後、触媒を液から分離し、120℃で5時間乾燥して再生触媒用の担体を得た。洗浄により銀は除去されなかった。
(触媒の調製)
再生用の担体として純水にて洗浄した担体を使用すること、硝酸セシウム量が0.14、0.19および0.24gであること以外は実施例1と同様の条件にて調製した。比較例2の各種触媒について、実施例と同様の評価条件での、エチレン転化率が10%のときの反応温度および酸化エチレンの選択率を表2に示す。
比較例2の触媒は洗浄により銀が除去されておらず、触媒の選択率は81.1%であり、使用済み触媒の初期選択率である81.3%と同等であった。
【0066】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、使用済み触媒を再利用して、エチレンオキシド選択性に優れ、高い選択率でエチレンオキシドを製造しうるエチレンオキシド製造用触媒の製造方法、および該エチレンオキシド製造用触媒を用いたエチレンオキシドの製造方法を提供する。本発明の方法を用いれば、新鮮な担体を用いた触媒よりも高い選択率の触媒を製造でき、該触媒により高効率でエチレンオキシドを生産できるため、生産規模が大きいエチレンオキシド製造において、原料エチレンの使用量が著しく節約され、莫大な経済的効果をもたらす。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.2T/触媒kg以上の累積エチレンオキシド生産量を有する使用済みエチレンオキシド製造用触媒から、該触媒が含有する銀の少なくとも80質量%以上を除去して担体を回収する工程と、前記回収担体に銀及び促進剤を担持する工程とを含むエチレンオキシド製造用触媒の製造方法。
【請求項2】
前記使用済みエチレンオキシド製造用触媒は、Na含有量が2質量%(NaO換算)以下の担体を用いた新鮮なエチレンオキシド製造用触媒の使用済み触媒であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法により製造されたエチレンオキシド製造用触媒。
【請求項4】
請求項3記載の触媒にエチレンと分子状酸素とを含むガスを接触させ気相酸化する工程を有することを特徴とするエチレンオキシドの製造方法。

【公開番号】特開2013−78702(P2013−78702A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−218710(P2011−218710)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】