説明

エンジンの起振力推定方法

【課題】実験車のエンジンの筒内圧を計測せずに、エンジンの起振力を推定することのできるエンジンの起振力推定方法を提供することにある。
【解決手段】エンジン機構モデルを作成し、機構モデルに諸元値(特性)を入力して、機構モデルのエンジンの共振周波数を計算する。次に、実験車のエンジンの共振周波数と機構モデルのエンジンの共振周波数とを比較して、共振周波数が一致するように機構モデルのエンジンの諸元値(特性)を調整する。機構モデルを動作させるためのモデル波形を作成し、機構モデルにモデル波形を与えて機構モデルにおけるエンジンの振動の時系列データを計算する。次に、計算した振動の時系列データと、実験車のエンジンの振動の時系列データとを比較して、時系列データが一致するように機構モデルのエンジンの筒内圧を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの起振力をシミュレーションにより推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンの振動は、車両および車両部品の開発において重要である。このような振動を予め予測することができれば開発の効率化を図ることができるが、エンジンの振動は複雑な要素が絡み合っており、特に振動の起振力となる筒内圧の予測は極めて困難である。従来の起振力の推定方法は、実験車のエンジン筒内に圧力を測定するセンサを設置し、得られた筒内圧の実測データから様々な運転条件におけるエンジンの筒内圧を推定するというものがほとんどである。
【0003】
また、エンジン筒内圧は、振動の起振力となる以外にも、エンジン設計にとって非常に重要である。一般に筒内圧のシミュレーションにはガスの燃焼などの複雑なシミュレーションが必要であり、それらを簡易的に行う方法としては、例えば特許文献1に記載のものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−126997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、エンジンの筒内圧を計測してエンジンの起振力を推定する方法は、実験車もしくはエンジンを用意しなければならず、コストがかかるという問題がある。また、エンジン筒内にセンサを設置するため、エンジンに穴を開ける必要があり、多くの工数がかかるという問題がある。
【0006】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、実験車のエンジンの筒内圧を計測せずに、エンジンの起振力を推定することのできるエンジンの起振力推定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明のエンジンの起振力推定方法は、車両内に設置されたセンサによりエンジンの振動を検出する工程と、前記エンジンの諸元値からエンジンの機構モデルを作成する工程と、前記機構モデルに筒内圧のモデル波形を入力してエンジン振動を出力する工程と、前記出力されたエンジン振動と前記センサにより検出されたエンジン振動との振動レベルを比較する工程と、前記比較した振動レベルを基に筒内圧のモデル波形の係数を変化させて、筒内圧を推定する工程と、を含むことを特徴とする。
【0008】
本発明のエンジンの起振力推定方法は、車両内に設置されたセンサによりエンジンの共振周波数を検出する工程と、前記機構モデルから得られるエンジンの共振周波数と前記センサにより検出されたエンジンの共振周波数とを比較して、前記エンジンの諸元値を変更する工程と、を更に含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、実測のエンジン振動と計算で求めたエンジン振動の振動レベルを比較し、その振動レベルに基づいて筒内圧の係数を変更してエンジンの起振力を推定するので、実験車のエンジンの筒内圧を計測せずに、エンジンの起振力を推定することができる。
また、本発明は、実験車のエンジンの共振周波数と、機構モデルのエンジンの共振周波数を一致させることで、より正確にエンジンの起振力を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明のエンジンの起振力推定方法を実施するための起振力推定システムの構成を示す図である。
【図2】本発明のエンジンの起振力推定方法について説明するフローチャートである。
【図3】実測により得られた上下方向の加速度の時系列データと、計算で求めた上下方向の加速度の係数違いの時系列データを示す図である。
【図4】実測により得られた左右方向の加速度の時系列データと、計算で求めた左右方向の加速度の係数違いの時系列データを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。図1は、本発明のエンジンの起振力推定方法を実施するための起振力推定システムの構成を示す図である。図1に示す起振力推定システムは、実験車のエンジンの共振周波数(固有値)を検出するための実測固有値取得手段(以下、センサという)11と、実験車のエンジンの振動を検出するための実測振動取得手段(以下、センサという)12と、コンピュータ10とからなり、センサ11、12は、コンピュータ10に接続されている。コンピュータ10は、機構モデル作成手段13と、固有値計算手段14と、固有値比較・調整手段15と、モデル波形作成手段16と、振動計算手段17と、振動比較・調整手段18とを備えており、これらの各手段は、ソフトウェアプログラムを実行することにより実現される。また、コンピュータ10は、データを入力するための入力手段(図示せず)と、ソフトウェアプログラムを格納するための記憶手段(図示せず)を備えている。
【0012】
センサ11、12は、起振部に近い箇所であり、エンジンの挙動を代表する箇所であるエンジンブロックの端や、エンジンマウント周辺等に設置される。センサ11、12には、加速度センサ、変位センサ等が用いられ、センサ11、12は、1つのセンサで代用してもよい。
【0013】
センサ11、12は、エンジンの負荷を統一するために、十分にエンジンの暖機運転を行って回転数が安定した状態で、エンジンの加速度または変位とエンジンの回転数を計測する。センサ11(実測固有値取得手段)は、モーダル解析を用いて共振周波数を求めるのが好ましい。
【0014】
機構モデル作成手段13は、ピストン、コンロッド、クランクシャフト、エンジンブロック、およびエンジンマウントからなるエンジン機構モデルを作成する。
【0015】
固有値計算手段14は、作成した機構モデルに、エンジンの質量、慣性モーメント、重心位置等の諸元値(特性)を入力して、機構モデルにおけるエンジンの共振周波数を計算する。
【0016】
固有値比較・調整手段15は、センサ11より得られた実験車のエンジンの共振周波数と機構モデルのエンジンの共振周波数とを比較して、共振周波数が一致するように機構モデルのエンジンの諸元値(特性)を調整する。
【0017】
モデル波形作成手段16は、機構モデルを動作させるためのモデル波形を作成する。モデル波形は、機構モデル上でエンジンの筒内圧波形を力要素として設定し、シャフト軸に抵抗となる力要素を設定して作成する。シャフト軸に抵抗となる力要素は、熱力学サイクルをベースとしたPV線図を積分することで、回転トルクを算出し、算出した回転トルク〔Nm〕と、目標回転数〔rad/s〕(例えば、実測したアイドル振動をターゲットとする場合、そのときの回転数)より負荷係数〔Nms/rad〕を算出し、負荷係数に現在のエンジン回転数を乗算して算出する。
【0018】
振動計算手段17は、機構モデルにモデル波形を与えて機構モデルにおけるエンジンの振動の時系列データを計算する。
【0019】
振動比較・調整手段18は、計算した振動の時系列データと、センサ12より得られた実験車のエンジンの振動の時系列データとを比較して、時系列データが一致するようにエンジンの筒内圧を調整する。
【0020】
ここで、モデル波形(筒内圧)とエンジン振動との関係を簡単に説明する。エンジンは気筒内の爆発を回転エネルギーに変換する機構であり、その際、様々な不平衡によりエンジンには振動が発生する。剛体近似でのエンジンに働く力は、ピストンが動くことによる慣性力と、エンジンの回転変動により働くトルクである。この反力がエンジンにかかり、エンジンの振動の起振力となる。
本発明では、上記トルクに代表される起振力のうち、慣性力に起因する起振力は、機構モデルで自動的に計算されるという前提のもと、残りのエンジンの回転変動によるトルクに起因する起振力は、エンジン内の爆発で発生した内力(筒内圧)によるトルクの変動が支配的であると想定し、また、筒内圧がエンジンの振動レベルに比例すると近似して、筒内圧を、エンジン振動係数の比較により推定している。
【0021】
次に、本発明のエンジンの起振力推定方法について図2のフローチャートに基づいて説明する。まず、機構モデル作成手段13は、ピストン、コンロッド、クランクシャフト、エンジンブロック、およびエンジンマウントからなるエンジン機構モデルを作成する(S101)。次に、図示しない入力手段から、機構モデルに、エンジンの質量、慣性モーメント、重心位置等の諸元値(特性)が入力されると(S102)、固有値計算手段14は、機構モデルにおけるエンジンの共振周波数を計算する(S103)。固有値比較・調整手段15は、センサ11(実測固有値取得手段)から実験車のエンジンの共振周波数を取得すると(S104)、実験車のエンジンの共振周波数と、計算で求めた機構モデルのエンジンの共振周波数とが一致するか否かを判定する(S105)。共振周波数が一致しない場合(S105でNoの場合)は、実験車のエンジンの共振周波数と一致するように、機構モデルの車両諸元値を変更し(S106)、S103に戻る。共振周波数が一致する場合(S105でYesの場合)は、モデル波形作成手段16は、図示しない入力手段から、エンジンの筒内圧波形とシャフト軸の抵抗が力要素として入力されると、機構モデルを動作させるためのモデル波形を作成する(S107)。
【0022】
次に、振動計算手段17は、機構モデルの釣り合いを計算した後、機構モデルにモデル波形を与えて機構モデルにおけるエンジンの振動の時系列データを計算する(S108)。振動比較・調整手段18は、センサ12(実測固有値取得手段)から実験車のエンジンの振動の時系列データを取得すると(S109)、実験車の振動の時系列データのピークと、計算で求めた機構モデルの振動の時系列データのピークとが一致するか否かを判定する(S110)。振動の時系列データのピークが一致しない場合(S110でNoの場合)は、計算で求めた振動のピークと、実験車の振動のピークとの係数を求め、例えば、計算で求めた振動のピークと、実験車の振動のピークとがA倍ずれていれば、計算で求めた機構モデルのモデル波形に1/Aを掛け、それを筒内圧とし(S111)、S107に戻る。振動の時系列データのピークが一致した場合(S110でYesの場合)、すなわち、係数が一致した場合は、そのときの筒内圧を起振力と推定する(S112)。以後、この推定された起振力を用いて車両や車両部品の開発に供する解析モデルを構築する。
【0023】
図3は、エンジンマウント右側に設置したセンサ12により得られた上下方向の加速度の時系列データと、エンジンマウント右側の位置において計算で求めた上下方向の加速度の係数違いの時系列データである。図4は、エンジンマウント右側に設置したセンサ12により得られた左右方向の加速度の時系列データと、エンジンマウント右側の位置おいて計算で求めた左右方向の加速度の係数違いの時系列データである。本発明の起振力推定方法は、図3および図4に示すように、計算で求めた振動データが、実験車の振動データ(実測データ)と係数が異なる場合、係数が一致するように、その係数に基づいて筒内圧を変更してエンジンの起振力を推定するものである。
【符号の説明】
【0024】
10 コンピュータ
11 実測固有値取得手段
12 実測振動取得手段
13 機構モデル作成手段
14 固有値計算手段
15 固有値比較・調整手段
16 モデル波形作成手段
17 振動計算手段
18 振動比較・調整手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両内に設置されたセンサによりエンジンの振動を検出する工程と、
前記エンジンの諸元値からエンジンの機構モデルを作成する工程と、
前記機構モデルに筒内圧のモデル波形を入力してエンジン振動を出力する工程と、
前記出力されたエンジン振動と前記センサにより検出されたエンジン振動との振動レベルを比較する工程と、
前記比較した振動レベルを基に筒内圧のモデル波形の係数を変化させて、筒内圧を推定する工程と、
を含むことを特徴とするエンジンの起振力推定方法。
【請求項2】
車両内に設置されたセンサによりエンジンの共振周波数を検出する工程と、
前記機構モデルから得られるエンジンの共振周波数と前記センサにより検出されたエンジンの共振周波数とを比較して、前記エンジンの諸元値を変更する工程と、
を更に含むことを特徴とする請求項1に記載のエンジンの起振力推定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−251911(P2012−251911A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125619(P2011−125619)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】