説明

エンタングル状態を用いた通信方法

【課題】 エンタングル状態を用いて、光速を超える信号伝達速度を実現する通信方法を提供すること。
【解決手段】 偏光方向がエンタングル状態にある2光子をNセット用いて、上記Nセットのエンタングル状態それぞれの2光子のうち、第1の光子を送信者に、第2の光子を受信者へ送付する。送信者は、送りたい情報に応じて垂直方向または45度方向を選択し、時刻1に垂直偏光または45度偏光を透過する偏光板を通過させた後でN個全ての第1の光子の測定を行う。受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子をポンプ光として等方的な非線形光学材料に入力し、更に上記等方的な非線形光学材料からの出力であるシグナル光とアイドラー光を偏光ビームスプリッターに入力し、2つの出力それぞれにおいて光子の測定を行う。受信者は、上記偏光ビームスプリッターの2つの出力のうち一方のみで光子が検出されるか否かにより信号を判別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子状態であるエンタングル状態を利用した通信方法に関し、特に等方的な非線形光学材料を利用する通信方法、またはレーザー媒質を利用する通信方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の通信技術は電気通信、電波通信または光ファイバー通信が広く実用化されている。この電波または光を用いる通信では、信号伝達速度は光速以下となる。一方、基礎研究の分野では量子力学の原理を元にした量子通信技術の研究が盛んになっている。この量子通信技術の分野ではエンタングル状態(もつれた状態)を用いて盗聴攻撃に強い量子暗号を開発する研究が行われている(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第10章、または特許文献1「特願平11−700号」参照)。またエンタングル状態とそれに対するベル測定と呼ばれる操作を用いて、コピー元の量子状態を別の系において再現する量子テレポーテーションも研究されている(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第10章参照)。
【0003】
これら量子通信技術は主に光子の量子状態を用いる量子光学の分野で研究が行われている。この量子光学では非線形光学材料を用いて、1つの入力光子を複数の出力光子に分割するパラメトリックダウンコンバーションが広く用いられる。特に3次の非線形光学効果は、効率は低いものの非晶質または気体または液体など等方的な媒質でも発現し、これによるパラメトリックダウンコンバーションが可能である(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第6章参照)。
【0004】
また量子光学では、光増幅作用のあるレーザー媒質による信号光の増幅も扱われる。レーザー媒質での光増幅では入力された信号光をゲインG倍に増幅できるが、同時に自然放出光によるノイズも出力光に混入することが知られている(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第5章参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特願平11−700号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】井上 恭著「工学系のための量子光学」、森北出版
【非特許文献2】尾崎義治、朝倉利光訳「基本光工学1」、森北出版
【非特許文献3】尾崎義治、朝倉利光訳「基本光工学2」、森北出版
【非特許文献4】黒田和男著「非線形光学」、コロナ社
【非特許文献5】小島忠宣、小島和子訳「光の量子論第2版」、内田老鶴圃
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の量子暗号または量子テレポーテーションにおいても、実際に情報を伝達するには光速以下の速度での通信過程が必要とされており、信号伝達速度は光速以下となる。エンタングル状態に対する測定を行った際に、波束の収縮(エンタングル状態の干渉性の消失)が瞬時に起こり、エンタングル状態にあった各部分系の測定結果に強い相関が生じる。しかし、エンタングル状態に対する個々の測定結果は全くランダムであり、送信者が測定結果を任意に選ぶことができないので、情報を送信することはできないと言われている。(非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)
【0008】
そこで、本発明の目的は、エンタングル状態の測定結果のランダム性に起因した通信技術への応用の困難を克服して、光速を超える信号伝達速度を実現する通信方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明の第1の側面によれば、偏光方向がエンタングル状態にある2光子をNセット準備する。上記Nセットのエンタングル状態それぞれの2光子のうち、(合計N個の)第1の光子を送信者に、残りの(合計N個の)第2の光子を受信者へ送付する。
【0010】
受信者は予め、入力された光子(ポンプ光)と同じ偏光方向のシグナル光とアイドラー光を確率αで発生する、等方的な非線形光学材料をNセット準備しておく。
【0011】
送信者は予め送信者−受信者間で決めておいた時刻1に、「1」を送信する場合は、垂直偏光を透過する偏光板を通過させた後でN個全ての第1の光子の測定(光子の検出)を行う。また「0」を送信する場合には送信者は、45度偏光を透過する偏光板を通過させた後でN個すべての第1の光子の測定を行う。
【0012】
次に受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子を上記等方的な非線形光学材料にポンプ光として入力する。更に上記等方的な非線形光学材料からの出力であるシグナル光とアイドラー光を偏光ビームスプリッターに入力し、上記偏光ビームスプリッターの2つの出力それぞれにおいて光子の測定を行う。このとき受信者は、「Nセット全てにおいて、上記偏光ビームスプリッターの2つの出力のうち一方のみで光子が検出された場合」には信号「1」と判別する。また受信者は、「Nセットのうち少なくとも1つにおいて、上記偏光ビームスプリッターの2つの出力の両方で光子が検出された場合」には信号「0」と判別する。ここで上記垂直偏光とは上記偏光ビームスプリッターの2つの偏光方向の1つに一致する方向とする。
【0013】
上記の方法では、送信者が第1の光子の偏光状態を垂直方向で測定するか45度方向で測定するかの2選択を通信に用いる。つまり、測定結果自体を送信に用いるわけではないため、エンタングル状態の測定結果自体はランダムであっても構わない。上記の方法では受信者側の第2の光子(ポンプ光)を非線形光学材料によりシグナル光とアイドラー光に分割することにより、第2の光子が45度偏光の場合に偏光ビームスプリッターの2つの出力の両方で光子が検出できるようにしている。これにより受信者は、送信者が垂直方向または45度方向のどちらで第1の光子の偏光状態を測定したのか判別することができる。
【0014】
測定によるエンタングル状態の波束の収縮(干渉性の消失)は極短い時間に瞬間的に起こるとされており、時刻1と時刻2は送信者と受信者がどのような距離離れていても極短い時間に設定できる。そのため原理的に光速以上の信号伝達速度を達成しうる。また、上記確率αでシグナル光とアイドラー光が発生した場合に、偏光ビームスプリッターの2つの出力両方で光子が検出される確率は50%なので、平均的に10組のシグナル光とアイドラー光が発生すれば0.1%(=1/2の10乗)のエラー率で信号の送信が可能となる。これに必要な第1の光子−第2の光子のエンタングル状態はN=10/αセットとなる。
【0015】
上記の目的を達成するために、本発明の第2の側面によれば、受信者は予め入力光子数を2倍に増幅するゲイン2のレーザー媒質をMセット準備しておく。
【0016】
偏光方向がエンタングル状態にある2光子をMセット準備する。上記Mセットのエンタングル状態それぞれの2光子のうち、(合計M個の)第1の光子を送信者に、残りの(合計M個の)第2の光子を受信者へ送付する。
【0017】
送信者は予め送信者−受信者間で決めておいた時刻1に、「1」を送信する場合は、垂直偏光を透過する偏光板を通過させた後でM個全ての第1の光子の測定(光子の検出)を行う。また送信者は「0」を送信する場合は、45度偏光を透過する偏光板を通過させた後でM個すべての第1の光子の測定を行う。
【0018】
次に受信者は、予め送信者−受信者間で決めておいた時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子を上記ゲイン2のレーザー媒質に入力する。更に上記ゲイン2のレーザー媒質からの出力光を偏光ビームスプリッターに入力し、上記偏光ビームスプリッターの2つの出力それぞれにおいて光子の測定(光子の検出)を行う。このとき受信者は、「検出される光子数が0である確率がβより大きい場合」には信号「1」と判別する。また受信者は、「検出される光子数が0である確率がβより小さい場合」には信号「0」と判別する。ここで上記垂直偏光とは上記偏光ビームスプリッターの2つの偏光方法の1つに一致する方向とする。また上記βは、上記レーザー媒質からの出力ノイズである自然放出光が検出されない確率がP’(0)であるとき、β=3P’(0)/8とする。
【0019】
上記の方法では、送信者が第1の光子の偏光状態を垂直方向で測定するか45度方向で測定するかの2選択を通信に用いる。つまり、測定結果自体を送信に用いるわけではないため、エンタングル状態の測定結果自体はランダムであっても構わない。受信者は第2の光子をゲイン2のレーザー媒質を用いて2個の光子にすることで、第2の光子が垂直偏光か45度偏光であるかにより偏光ビームスプリッターの2つの出力での光子検出確率に差が生じるようにできる。これにより受信者は、送信者が垂直方向または45度方向のどちらで第1の光子の偏光状態を測定したのか判別することができる。実際にはレーザー媒質からは常にノイズとして自然放出光が出るため、上記のように自然放出光が検出されない確率P’(0)の変化を調べることで信号を判別する。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、エンタングル状態の測定結果のランダム性に起因した通信技術への応用の困難を克服して、光速を超える信号伝達速度を実現する通信方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1において、偏光板が45度の場合の構成図。
【図2】実施例1において、偏光板が垂直の場合の構成図。
【図3】実施例2において、偏光板が45度の場合の構成図。
【図4】実施例2において、偏光板が垂直の場合の構成図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面にしたがって本発明の実施の形態について説明する。
【実施例】
【0023】
図1から図2を用いて実施例1を説明する。図1において、光源1から偏光状態がエンタングルした第1の光子2と第2の光子3が、それぞれ反対方向へ放射される。図中、第1の光子2と第2の光子3の伝播方向を実線矢印で図示した。このエンタングル状態は、光子の垂直偏光の状態を|V>、水平偏光の状態を|H>とすると以下の(式1)で表される。
【0024】
【数1】

ここで添え字Aは第1測定器5へ向かう第1の光子2を表し、添え字Bは第2測定器8または第3測定器9へ向かう第2の光子3を表す。したがって上記の(式1)は、第1の光子2と第2の光子3がともに水平偏光である状態と、第1の光子2と第2の光子3がともに垂直偏光である状態がエンタングルして(もつれて)いることを示している。特にこの(式1)であらわされる状態は、垂直方向と水平方向に限らず、任意の角度の偏光状態とそれに直交する偏光状態の組み合わせを用いても同様に表すことが出来る(非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【0025】
図1において、第1の光子2は45度偏光を透過する偏光板4により45度偏光成分のみが第1測定器5へ向かう。図中、偏光板4を通過した第1の光子2を点線矢印で図示した。また偏光板4を通過した第1の光子2が45度偏光成分であることを斜め方向の両側矢印で図示した。ここで第1測定器5にて第1の光子2が検出されると第1の光子2が45度偏光であることが確定する。また第1測定器5にて第1の光子2が検出されなかった場合は第1の光子2が(45度偏光と直交する状態である)−45度偏光であることが確定する(非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【0026】
図1において、上記のように第1の光子2に対する測定により波束の収縮(干渉性の消失)が起こり、第2の光子3も第1の光子2と同じ±45度偏光の状態に確定する。上記第1の光子2に対する測定の後、第2の光子3は等方的な非線形光学材料6に入射する。等方的な非線形光学材料6は非晶質または液体または気体などの等方的な媒質である。3次の非線形光学効果(パラメトリックダウンコンバージョン)により、第2の光子3をポンプ光として確率αでシグナル光とアイドラー光が発生する(参考文献「工学系のための量子光学」、森北出版、第6章)。上記の等方的な非線形光学材料6は、入力された第1の光子2と同じ偏光のシグナル光とアイドラー光が発生するものとする。図1において、非線形光学材料6を通過した後の第2の光子3Aを2つの矢印で表し、シグナル光とアイドラー光が出力される様子を示した。
【0027】
ここで第2の光子3と同じ偏光状態のシグナル光とアイドラー光が発生した場合、その状態は下記の(式2)のようになる。
【0028】
【数2】

ここで式中のプラスマイナスの符号は第2の光子3の±45度の偏光状態に対応する。SB、IBの添え字は第2測定器8、第3測定器9へ向かうシグナル光とアイドラー光を表すものとする。上記の(式2)を展開すると、シグナル光が水平偏光でアイドラー光が垂直偏光である項と、シグナル光が垂直偏光でアイドラー光が水平偏光である項がそれぞれ25%の確率で存在する。したがって図1において、非線形光学材料6を通過した後の第2の光子3Aにシグナル光とアイドラー光が発生していた場合には、偏光ビームスプリッター7で水平偏光成分3Hと垂直偏光成分3Vに分かれた後、第2測定器8、第3測定器9の両方でシグナル光とアイドラー光が1つずつ検出される確率が50%となる。
【0029】
次に図2に、垂直偏光を透過する偏光板4を通った後で第1の光子2が第1測定器5へ入って測定が行われる場合を示す。この場合、第1の光子2が検出されると、波束の収縮(干渉性の消失)が起こり、第1の光子2と第2の光子3の偏光がともに垂直偏光に確定する。第1の光子2が検出されないと、やはり波束の収縮(干渉性の消失)が起こり、第1の光子2と第2の光子3の偏光がともに水平偏光に確定する。そのため第2の光子3が非線形光学材料6に入射した場合、ともに垂直偏光またはともに水平偏光のシグナル光とアイドラー光が確率αで発生する。このシグナル光とアイドラー光が偏光ビームスプリッター7へ入射すると、水平偏光成分3Hまたは垂直偏光成分3Vのどちらか片側のみにシグナル光とアイドラー光の両方が出力される。
【0030】
ここで上記の構成と機能を通信に用いる方法を説明する。下記においてエンタングル状態の詳細については上記で説明した内容と同じものとする。まず偏光方向がエンタングル状態(式1)にある2光子をNセット準備する。上記Nセットのエンタングル状態それぞれの2光子のうち、(合計N個の)第1の光子2を送信者に、残りの(合計N個の)第2の光子3を受信者へ送付する。
【0031】
受信者は予め、入力された光子(ポンプ光)と同じ偏光方向のシグナル光とアイドラー光を確率αで発生する等方的な非線形光学材料6をNセット準備しておく。
【0032】
送信者は予め送信者−受信者間で決めておいた時刻1に、「1」を送信する場合は、垂直偏光を透過する偏光板4を通過させた後でN個全ての第1の光子2の測定(光子の検出)を行う。また送信者は「0」を送信する場合は、45度偏光を透過する偏光板4を通過させた後でN個すべての第1の光子2の測定を行う。
【0033】
次に受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子3を上記等方的な非線形光学材料6にポンプ光として入力する。更に上記等方的な非線形光学材料6からの出力であるシグナル光とアイドラー光を偏光ビームスプリッター7に入力し、上記偏光ビームスプリッター7の2つの出力それぞれにおいて光子の測定を行う。このとき受信者は、「Nセット全てにおいて、上記偏光ビームスプリッター7の2つの出力のうち一方のみで光子が検出された場合」には信号「1」と判別する。また受信者は、「Nセットのうち少なくとも1つにおいて上記偏光ビームスプリッター7の2つの出力の両方で光子が検出された場合」には信号「0」と判別する。ここで上記垂直偏光とは上記偏光ビームスプリッター7の2つの偏光方法の1つに一致する方向とする。
【0034】
上記の方法では送信者が第1の光子2の偏光状態を垂直方向で測定するか45度方向で測定するかの2選択を通信に用いる。つまり、測定結果自体を送信に用いるわけではないため、エンタングル状態の測定結果自体はランダムであっても構わない。実際、送信者が第1の光子2の偏光状態を垂直方向で測定した場合には、測定結果は垂直偏光または水平偏光となる。また、送信者が第1の光子の偏光状態を45度方向で測定した場合には、測定結果は±45度偏光となる。このように測定結果自体はランダムである。しかし、上記実施例1の方法では、受信者側の第2の光子3(ポンプ光)を非線形光学材料によりシグナル光とアイドラー光に分割することにより、第2の光子が±45度偏光の場合に偏光ビームスプリッターの2つの出力の両方で光子が検出できるようにしている。これにより受信者は、送信者が垂直方向または45度方向のどちらで第1の光子の偏光状態を測定したのか判別することができる。
【0035】
測定によるエンタングル状態の波束の収縮(干渉性の消失)は極短い時間に瞬間的に起こるとされており、時刻1と時刻2は送信者と受信者がどのような距離離れていても極短い時間に設定できるため、原理的に光速以上の信号伝達速度を達成しうる。また、第2の光子3が45度偏光のとき、上記確率αでシグナル光とアイドラー光が発生した場合に偏光ビームスプリッターの2つの出力の両方で光子が検出されるのは50%の確率なので、平均的に10組のシグナル光とアイドラー光が発生すれば0.1%(=1/2の10乗)のエラー率で信号の送信が可能となる。このエラー率は第2の光子が45度偏光である場合に、偏光ビームスプリッターの1つの出力のみに10組のシグナル光とアイドラー光が出力されてしまう確率である。平均的に10組のシグナル光とアイドラー光が発生するのに必要なエンタングル状態の数は、N=10/αセットとなる。
【0036】
上記の実施例1では(式1)で表される偏光状態がエンタングルした(もつれた)2光子を用いたが、下記の(式3)または(式4)で表されるエンタングルした(もつれた)2光子を用いても良い。
【0037】
【数3】

(式3)のエンタングル状態は第1の光子2と第2の光子3の片方が垂直偏光、片方が水平偏光である2状態がエンタングルしたものになっている。(式4)は(式1)と第2項の符号のみ異なる(非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。(式3)または(式4)で表されるエンタングル状態でも、第1の光子2と第2の光子3が垂直偏光と水平偏光のどちらかであるか、または±45度偏光のどちらかであるようにすることができる。これには上記実施例1と同様に、第1の光子2の偏光状態を垂直方向で測定するか45度方向で測定するかの2選択を行えば良い。したがって、これらの場合にも上記実施例1と同じ通信方法を用いることが出来る。
【0038】
図3から図4を用いて実施例2を説明する。実施例2では、実施例1の図1、2において非線形光学材料6の部分だけを、ゲイン2のレーザー媒質10に置き換えた構成を用いる。従って図中の記号は実施例1と共通するものについては同じ番号を使用している。図3において光源1から、上記実施例1と同じ(式1)で表される偏光状態がエンタングルした(もつれた)第1の光子2と第2の光子3が、それぞれ反対方向へ放射される。図中、第1の光子2と第2の光子3の伝播方向を実線矢印で図示した。第1測定器5、第2測定器8、第3測定器9、偏光板4、偏光ビームスプリッター7も実施例1と同じ構成要素である。また偏光板4を通過した第1の光子2が45度偏光成分であることを斜め方向の両側矢印で図示した。
【0039】
図3において、第1測定器5にて第1の光子2が検出されると第1の光子2が45度偏光であることが確定する。また第1測定器5にて第1の光子2が検出されなかった場合は第1の光子2が(45度偏光と直交する状態である)−45度偏光であることが確定する。上記のように第1の光子2に対する測定により波束の収縮(干渉性の消失)が起こり、第2の光子3も±45度偏光の状態に確定する。
【0040】
上記第1の光子2に対する測定の後、第2の光子3はゲイン2のレーザー媒質10に入射し、増幅作用により第2の光子3と同じ偏光を持つ2個の信号光子がレーザー媒質10から出力される。図3において、レーザー媒質10を通過した後の第2の光子3Bを2つの矢印で表し、2個の信号光子が出力される様子を示した。このとき、レーザー媒質10からの出力にノイズとして加わる自然放出光の1モードあたりの平均光子数をnとする。自然放出光はボース・アインシュタイン分布に従うことから、k個の自然放出光が観測される確率P(k)は下記の(式5)で表される(例えば非特許文献2「基本光工学1」、森北出版、第11章、または非特許文献3「基本光工学2」、森北出版、第13章、または非特許文献5「光の量子論第2版」、内田老鶴圃、第6章参照)。
【0041】
【数4】

そして、第2の光子3と同じ偏光を持つ2個の信号光子と、ノイズである自然放出光が、偏光ビームスプリッター7で水平偏光成分3Hと垂直偏光成分3Vに分かれたあと第2測定器8と第3測定器9で測定される。
【0042】
このとき、第2の光子3と同じ偏光を持つ2個の信号光子については、偏光方向が±45度なので、1個の光子について50%ずつの確率で第2測定器8と第3測定器9の何れかで光子が検出される。したがって、25%の確率で第2測定器8において2個の信号光子が検出され第3測定器9では信号光子が検出されない。また、25%の確率で第3測定器9において2個の信号光子が検出され第2測定器8では信号光子が検出されない。さらに、50%の確率で第2測定器8と
第3測定器9のそれぞれで1個ずつ信号光子が検出される。以上は第2の光子3と同じ偏光を持つ2個の信号光子についての第2測定器8と 第3測定器9での検出確率である。これとは別に自然放出光の光子数分布は(式5)なので、特に第2測定器8での光子検出数が0である確率は下記(式6)となる。
【0043】
【数5】

この確率は(式5)においてk=0とした検出される自然放出光が0個の確率と、上記2個の信号光子について片側の測定器で光子が検出されない確率25%の積である。第3測定器9での光子検出数が0である確率も(式6)とまったく同じとなる。
【0044】
次に図4に、第1の光子2が垂直偏光を透過する偏光板4を通った後で、第1測定器5において測定が行われる場合を示す。この場合、第1の光子2が検出されると、波束の収縮(干渉性の消失)が起こり、第1の光子2と第2の光子3の偏光がともに垂直偏光に確定する。第1測定器5において第1の光子2が検出されない場合、波束の収縮(干渉性の消失)が起こり、第1の光子2と第2の光子3の偏光がともに水平偏光に確定する。
【0045】
上記第1の光子2に対する測定の後、第2の光子3はゲイン2のレーザー媒質10に入射し、増幅作用により第2の光子3と同じ偏光を持つ2個の信号光子がレーザー媒質10から出力される。次に、第2の光子3と同じ偏光を持つ2個の信号光子とノイズである自然放出光が、偏光ビームスプリッター7により水平偏光成分3Hと垂直偏光成分3Vに分かれたあと第2測定器8と第3測定器9で測定される。このとき、第2の光子3と同じ偏光を持つ2個の信号光子については偏光方向が垂直または水平である。したがって、50%の確率で第2測定器8において2個の信号光子が検出され第3測定器9では信号光子が検出されない。また50%の確率で第3測定器9において2個の信号光子が検出され第2測定器8では信号光子が検出されない。自然放出光の光子数分布は(式5)なので、特に第2測定器8での光子検出数が0である確率は下記(式7)となる。
【0046】
【数6】

この確率は(式5)においてk=0とした自然放出光が0個の確率と、上記2個の信号光子について片側の測定器で光子が検出されない確率50%の積である。第3測定器9での光子検出数が0である確率も(式7)とまったく同じとなる。
【0047】
したがって、上記のシステムを十分大きな数Mセット用意して、第2測定器8あるいは第3測定器9での光子検出数が0である確率を調べることにより、第2の光子3の偏光状態を判別することが出来る。図3のように45度の偏光板4を用いる場合、Mセットのシステムの中で光子検出数が0個となる個数は、(式6)から平均M/(4n+4)個となる。また図4のように垂直の偏光板4を用いる場合、Mセットのシステムの中で光子検出数が0個となる個数は、(式7)から平均M/(2n+2)となる。したがって、(式6)と(式7)の確率が区別できるためには、上記の個数M/(4n+4)のバラツキがM/(8n+8)個未満であることが必要である。
【0048】
一般に標準偏差と母数の比は、母数の平方根に反比例するので、下記(式8)を満たす個数Mであれば良い。下記(式8)は上記の個数M/(4n+4)のバラツキ(標準偏差の3倍)が、M/(8n+8)個未満である条件となっている。
【0049】
【数7】

このとき(式6)と(式7)の2つの値の中間値β=3/(8n+8)と、第2測定器8あるいは第3測定器9での光子検出数が0である確率の大小を調べることにより、第2の光子3の偏光状態を判別することが出来る。
【0050】
上記の議論は自然放出光が0個の確率が(式5)のような1モードの場合以外にも一般化できる。たとえば、第2測定器8または第3測定器9での光子の測定の際に複数モードの自然放出光がノイズとして混入して、検出される自然放出光が0個である確率がP’(0)になったとすると、(式6)と(式7)と(式8)はそれぞれ下記の(式6’)と(式7’)と(式8’)に置き換えられる。
【0051】
【数8】

【0052】
【数9】

【0053】
【数10】

【0054】
ここで上記の構成と機能を通信に用いる方法を説明する。受信者は予め入力光子数を2倍に増幅するゲイン2のレーザー媒質10をMセット準備しておく。そして受信者と送信者は、偏光方向がエンタングル状態にある2光子をMセット準備する。上記Mセットのエンタングル状態それぞれの2光子のうち、(合計M個の)第1の光子2を送信者に、残りの(合計M個の)第2の光子3を受信者へ送付する。
【0055】
送信者は時刻1に、「1」を送信する場合には、垂直偏光を透過する偏光板4を通過させた後でM個全ての第1の光子2の測定(光子の検出)を行う。また送信者は「0」を送信する場合は、45度偏光を透過する偏光板4を通過させた後でM個すべての第1の光子2の測定を行う。
【0056】
次に受信者は、時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子3を上記ゲイン2のレーザー媒質10に入力する。更に上記ゲイン2のレーザー媒質10からの出力光を偏光ビームスプリッター7に入力し、上記偏光ビームスプリッター7の2つの出力それぞれにおいて光子の測定(光子の検出)を行う。このとき受信者は、「1つの出力において検出される光子数が0である確率がβより大きい場合」には信号「1」と判別し、「1つの出力において検出される光子数が0である確率がβより小さい場合」には信号「0」と判別する。ここで垂直偏光とは上記偏光ビームスプリッターの2つの偏光方法の1つに一致する方向とする。また、上記βは上記レーザー媒質からの出力ノイズである自然放出光数が0個検出される(つまり自然放出光が検出されない)確率がP’(0)であるとき、β=3P’(0)/8とする。
【0057】
上記の方法では送信者が第1の光子の偏光状態を垂直方向で測定するか45度方向で測定するかの2選択を通信に用いる。つまり、測定結果自体を送信に用いるわけではないため、エンタングル状態の測定結果自体はランダムであっても構わない。受信者は第2の光子をゲイン2のレーザー媒質を用いて2個の光子にすることで、第2の光子が垂直偏光か45度偏光であるかにより偏光ビームスプリッターの2つの出力での光子検出確率に差が生じるようにできる。これにより受信者は、送信者が垂直方向または45度方向のどちらで第1の光子の偏光状態を測定したのか判別することができる。実際にはレーザー媒質からは常にノイズとして自然放出光が出るため、上記のように自然放出光が検出されない確率P’(0)の変化を調べることで信号を判別する。
【0058】
測定によるエンタングル状態の波束の収縮は極短い時間に瞬間的に起こるとされており、時刻1と時刻2は送信者と受信者がどのような距離離れていても極短い時間に設定できるため、原理的に光速以上の信号伝達速度を達成しうる。また、上記実施例2の説明では、エンタングル状態として(式1)を用いるとしたが、(式3)または(式4)で表されるエンタングル状態を用いても同じ方法で通信を行うことができる。
【符号の説明】
【0059】
1 光源
2 第1の光子
3 第2の光子
3A 等方的非線形光学材料からの出力光
3B レーザー媒質からの出力光
3H 水平偏光成分
3V 垂直偏光成分
4 偏光板
5 第1測定器
6 等方的非線形光学材料
7 偏光ビームスプリッター
8 第2測定器
9 第3測定器
10 レーザー媒質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
偏光方向がエンタングル状態にある2光子をNセット用いて、
上記Nセットのエンタングル状態それぞれの2光子のうち、合計N個の第1の光子を送信者に、残りの合計N個の第2の光子を受信者へ送付し、
受信者は予め、入力されたポンプ光と同じ偏光方向のシグナル光とアイドラー光を確率αで発生する、等方的な非線形光学材料をNセット準備しておき、
送信者は時刻1に、第1の信号レベルを送信する場合は、垂直偏光を透過する偏光板を通過させた後でN個全ての第1の光子の測定を行い、第2の信号レベルを送信する場合は45度偏光を透過する偏光板を通過させた後でN個すべての第1の光子の測定を行い、
次に受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子をポンプ光として上記等方的な非線形光学材料に入力し、更に上記等方的な非線形光学材料からの出力光を偏光ビームスプリッターに入力し、上記偏光ビームスプリッターの2つの出力それぞれにおいて光子の測定を行い、
受信者は、Nセット全てにおいて上記偏光ビームスプリッターの2つの出力のうち一方のみで光子が検出された場合には第1の信号レベルであると判別し、
また受信者は、Nセットのうち少なくとも1つにおいて上記偏光ビームスプリッターの2つの出力の両方で光子が検出された場合には第2の信号レベルであると判別する、
以上の過程を含むことを特徴とした通信方法。
【請求項2】
請求項1において、N≧10/αであることを特徴とする通信方法。
【請求項3】
受信者は予め、入力光子数を2倍に増幅するゲイン2のレーザー媒質をMセット準備しておき、
受信者と送信者は、偏光方向がエンタングル状態にある2光子をMセット用意して、
上記Mセットのエンタングル状態それぞれの2光子のうち、合計M個の第1の光子を送信者に、残りの合計M個の第2の光子を受信者へ送付し、
送信者は時刻1に、第1の信号レベルを送信する場合は垂直偏光を透過する偏光板を通過させた後でM個全ての第1の光子の測定を行い、第2の信号レベルを送信する場合は45度偏光を透過する偏光板を通過させた後でM個すべての第1の光子の測定を行い、
次に受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子を上記ゲイン2のレーザー媒質に入力し、更に上記ゲイン2のレーザー媒質からの出力光を偏光ビームスプリッターに入力し、上記偏光ビームスプリッターの2つの出力それぞれにおいて光子の測定を行い、
受信者は、上記偏光ビームスプリッターの1つの出力において検出される光子数が0である確率がβより大きい場合には第1の信号レベルであると判別し、
また受信者は、上記偏光ビームスプリッターの1つの出力において検出される光子数が0である確率がβより小さい場合には第2の信号レベルであると判別する、
以上の過程を含むことを特徴とした通信方法。
【請求項4】
請求項3において、上記レーザー媒質からの出力ノイズである自然放出光が検出されない確率がP’(0)であるとき、β=3P’(0)/8とする通信方法。
【請求項5】
請求項3において、上記レーザー媒質からの出力ノイズである自然放出光が検出されない確率がP’(0)であるとき、M≧144/P’(0)とする通信方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−166247(P2011−166247A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−23776(P2010−23776)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(710000859)
【Fターム(参考)】