説明

エンテロウイルス感染症の診断薬および予防・治療用薬剤

【課題】PSGL−1レセプター結合性HEVの感染および増殖の阻害物質スクリーニング方法、前記HEV感染の診断方法、および、前記HEV感染症の予防または治療する薬剤を提供すること。
【解決手段】HEV結合性PSGL−1レセプターを用い、そのHEVとの結合を検出することにより、HEVの感染を診断することができる。また、HEV結合性PSGL−1レセプターとHEVとの結合を阻害する物質を含有する薬剤をHEV感染症の患者あるいは健常者に投与することによって、PSGL−1レセプターを介するHEVの感染を予防あるいは治療することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンテロウイルス感染症診断薬および予防・治療用薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトエンテロウイルス(以下、HEVとも称する)はピコルナウイルス属エンテロウイルス科に属する。HEV遺伝子のP1領域は、VP1、VP2、VP3、VP4の4つの領域から構成され、構造タンパク質(カプシド)をコードしている。HEVはそのVP1領域がコードするアミノ酸の部分配列に従って、HEV−A、B、C、Dの4種に大別される(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
HEV−Aに属するウイルスの中で、エンテロウイルス71型(HEV71)およびコクサッキーウイルスA16型(CA16)は手足口病の主要原因ウイルスとして知られており、特にHEV71はしばしば急性脳炎等の死亡に至る重篤な神経合併症をも引き起こす(例えば、非特許文献2、3参照)。HEV71感染症は、特に、中国、マレーシア、台湾などのアジア諸国で度々流行し、死亡例も報告されている(例えば、非特許文献2、4、5参照)。
【0004】
しかしながら、現在までのところ、HEV71およびCA16の感染の迅速な診断方法、および、その感染症の有効な予防・治療薬はなく、その開発が待ち望まれている。
【非特許文献1】Oberste MS. et al., Journal of Virology, 73: 1941-1948 (1999)
【非特許文献2】McMinn PC, FEMS Microbiology Review, 26: 91-107 (2002)
【非特許文献3】Arita M. et al., Journal of Virology, 82: 1787-1797 (2008)
【非特許文献4】Cardosa M. J. et al., Emerging Infections Diseases, 9: 461-468 (2003)
【非特許文献5】Arita M. et al., Journal of Virology, 81: 9386-9395 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、エンテロウイルス感染症の診断薬、予防・治療用薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、HEVがPSGL−1レセプターに特異的に結合すること、さらに、HEVがこのPSGL−1レセプターを介して宿主細胞に感染、増殖することを見出し、本発明の完成に至った。
【0007】
すなわち、本発明に係る細胞はヒトまたはサル由来の外来性PSGL−1レセプターを細胞表面に発現していることを特徴とする。この細胞は、293T細胞株、あるいは、L細胞株由来であってもよい。
【0008】
さらに、本発明に係る検出方法は、ヒトまたはサル由来のPSGL−1レセプターまたはHEVとの結合能を有する前記PSGL−1レセプターの一部とHEVの結合を検出することを特徴とする。この検出方法は、上述のヒトまたはサル由来の外来性PSGL−1レセプターを細胞表面に発現している細胞と、HEVとを接触させ、当該細胞がHEV非感染細胞と比較して変形しているか否かを検出する工程を含んでもよい。
【0009】
本発明に係る薬剤は、HEV感染症を治療または予防するための薬剤である。この薬剤は、ヒトまたはサル由来のPSGL−1レセプターまたはHEVとの結合能を有する前記PSGL−1レセプターの一部、PSGL−1レセプターのHEVへの結合阻害抗体、または、チロシン硫酸化阻害物質、を含有することを特徴とする。ここで、阻害抗体は、KPL1であってもよい。
【0010】
上記HEVは、HEV−Aであってもよく、さらにHEV−AはHEV71またはCA16であってもよい。さらに、HEV71の構造タンパク質のアミノ酸配列の初めから710番目がグルタミン酸以外のアミノ酸であってもよく、グリシンまたはグルタミンであってもよい。なお、ここで、「構造タンパク質」とは、HEV71遺伝子のP1遺伝子領域がコードするカプシドタンパク質を指す。
【0011】
また、本発明に係る哺乳動物は、ヒトまたはサル由来の外来性PSGL−1レセプターを発現していることを特徴とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、上記知見に基づき完成した本発明の実施の形態を、実施例を挙げながら詳細に説明する。ただし、本発明は下記実施例に限定されない。
【0013】
実施の形態及び実施例に特に説明がない場合には、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001); F. M. Ausubel, R. Brent, R. E. Kingston, D. D. Moore, J.G. Seidman, J. A. Smith, K. Struhl (Ed.), Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons Ltd.等の標準的なプロトコール集に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法を用いる。また、市販の試薬キットや測定装置を用いる場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールを用いる。
【0014】
なお、本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的な実施例等は、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図ならびに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々に修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0015】
==ヒトエンテロウイルス==
本発明の対象であるHEVはHEV−Aであることが好ましく、HEV71またはCA16であればより好ましい。HEV71は、天然の株であっても、人為的に株化された株であってもよいが、その構造タンパク質のアミノ酸配列の初めから710番目のアミノ酸(VP1遺伝子によりコードされるアミノ酸配列の、初めから145番目該当する)がグルタミン酸以外のアミノ酸であることが好ましく、グリシンあるいはグルタミンであればより好ましい。そのようなHEV71として、HEV71 SK−EV006株、HEV71 C7/Osaka株、HEV71 1095株、HEV71 75−Yamagata株が例示できる。HEV71 SK−EV0006株の構造タンパク質のアミノ酸配列を配列番号1に示す。
【0016】
==HEV結合性PSGL−1レセプターまたはHEVとの結合能を有するPSGL−1レセプターの一部とHEVとの結合を検出する方法==
本発明に係る検出方法は、PSGL−1レセプターまたはHEVとの結合能を有するPSGL−1レセプターの一部とHEVとの結合を検出する方法である。
【0017】
また、この検出方法の対象となるPSGL−1レセプターまたはHEVとの結合能を有するPSGL−1レセプターの一部は、HEVに結合することができることから、ヒトあるいはサル由来である。
【0018】
このHEV結合性PSGL−1レセプタータンパク質は、その由来・取得・調製法によって特に制限されず、天然のポリペプチドであっても、遺伝子組み換え技術を用いて製造された組換えポリペプチドであっても、または周知の方法で化学合成したポリペプチドであってもよい。天然のポリペプチドは、単離せずに用いても、タンパク質の単離・精製法を適宜組み合わせることにより、PSGL−1レセプターを発現している細胞から単離してもかまわない。化学合成によりHEV結合性PSGL−1レセプタータンパク質を調製する場合には、例えばFmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)やtBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の当業者に周知の化学合成法に従って製造することができる。また、各種市販のペプチド合成機を利用してPSGL−1レセプタータンパク質を製造することもできる。遺伝子組換え技術によりペプチドを調製する場合には、HEV結合性PSGL−1レセプターをコードするDNA断片を好適な発現ベクターに導入した後、培養細胞等の宿主を形質転換し、ペプチドを発現させればよい。
【0019】
HEVとの結合能を有するPSGL−1レセプターの一部は、配列番号13における42〜61番目のアミノ酸配列を有する領域を含有していればよく、例えば、細胞外ドメイン、細胞外ドメイン+膜貫通ドメインなどが挙げられる。
【0020】
PSGL−1レセプターまたはHEVとの結合能を有するPSGL−1レセプターの一部は、ペプチドタグや他のペプチドとのキメラタンパク質になっていてもよい。例えば、細胞外ドメインの少なくとも一部がヒト由来であり、このアミノ酸配列はKPL1認識領域を含むことがより好ましい。そのC末端側が、ヒト以外の哺乳動物のPSGL−1レセプタータンパク質のC末端側アミノ酸配列、あるいは、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物の異種タンパク質を含む。このヒト以外の哺乳動物は、キメラPSGL−1レセプタータンパク質を作製できる範囲で特に制限はないが、マウスであることが好ましい。非膜結合性HEV結合性PSGL−1レセプターキメラタンパク質は、PSGL−1−Fcキメラタンパク質であることがより好ましい。
【0021】
結合の検出は、in vivoで行われても、in vitroで行われても構わない。検出に際しては、PSGL−1レセプターまたはその一部とHEVとのいずれか一方又は両方を、ペプチドタグ、放射性同位元素、金属分子などで標識し、その標識を検出することにより、結合を検出できる。あるいは、いずれかを認識する抗体を用いても、結合を検出できる。
【0022】
in vivoの場合、サルを感染モデルとし、その症状が現れることを示標として、結合を検出してもよい。in vitroでは、定法に従い、一方を、赤血球等の天然の担体、ラテックス等の人工の粒子、あるいはカラムなどの担持体に結合させ、標識した他方を担持体に接触させたとき、標識が担持体で検出されることを示標に、結合を検出できる。あるいは、PSGL−1レセプターを細胞表面に発現している細胞に対し、標識したHEVを投与し、標識が細胞表面で検出されることを示標に、結合を検出してもよい。この場合、HEVを投与後、その細胞が非感染細胞の形態と比較して変形することを顕微鏡下で検出することによって、結合を検出してもよい。この際、「非感染細胞」は、HEV感染前の同一の細胞であっても、非感染の非同一細胞であってもよい。ここで用いる細胞は特に限定されないが、例えば、外来性PSGL−1レセプターを細胞表面に発現させた遺伝子組み換え細胞を用いることができる。
【0023】
外来性PSGL−1レセプターとは、細胞が固有に有する内在性PSGL−1遺伝子ではなく、人為的に遺伝子導入またはタンパク質導入によって、細胞外から導入された遺伝子またはタンパク質に由来するPSGL−1レセプターをいう。人為的に導入されれば、その細胞の内在性PSGL−1遺伝子がコードするPSGL−1タンパク質と同一のアミノ酸配列を有していてもよい。外来性PSGL−1レセプターのアミノ酸配列は、動物に由来する天然のアミノ酸配列そのままであっても、あるいは、HEV結合活性を失わない範囲でアミノ酸の欠失、置換、付加があってもよい。また、外来性PSGL−1レセプターは、タグなどのペプチドが付加された融合タンパク質であってもよい。
【0024】
この細胞の作製に用いる細胞は、株化された培養細胞であっても、初代培養細胞であっても、外来性PSGL−1レセプタータンパク質を細胞表面に発現することができれば制限はない。この細胞の由来となる動物種は、特に制限されず、脊椎動物由来であっても昆虫由来であってもよいが、哺乳動物由来であることが好ましく、ヒトおよびサルを除く哺乳動物由来であることがより好ましく、HEVを結合するPSGL−1レセプターを有しない動物、例えばマウス由来であればさらに好ましい。さらに、細胞が由来する組織に特に制限はない。また、用いる培養細胞としては、PSGL−1レセプター以外にHEVとの結合能を有するレセプタータンパク質を持たない細胞が好ましいが、PSGL−1レセプタータンパク質を含め一切のレセプタータンパク質を持たない細胞株がより好ましい。例えば、L細胞が例示できる。
【0025】
外来性PSGL−1発現細胞を作製するには、細胞表面にPSGL−1レセプターを発現させるため、例えば、PSGL−1レセプターを発現する発現ベクターを導入してもよい。あるいは、TATペプチド等の細胞内移行ペプチド(PTD)を用い、PSGL−1レセプターを直接細胞に導入してもよい。
【0026】
このように、PSGL−1レセプター、または、HEVとの結合能を有するPSGL−1レセプターの一部を含有させれば、HEVを結合させるための試薬として用いることができる。この試薬の、HEV結合性PSGL−1レセプターの状態は、HEVを結合できるようにその結合部位を露出している範囲内で特に制限はない。
【0027】
これらの検出方法を利用して、HEV感染の阻害物質のスクリーニングを行うことができる。例えば、候補となる阻害物質の存在下でPSGL−1レセプターとHEVを接触させ、上記検出方法によって、それらの結合が検出されなくなる物質を同定することによって、HEV感染の阻害物質を得ることができる。特に、細胞の変形は、HEVのPSGL−1レセプターに対する結合だけでなく、HEVの感染および増殖を示すため、スクリーニングの際の結合の検出の示標として好ましい。
【0028】
==エンテロウイルス感染症を治療または予防する薬剤==
HEVはPSGL−1レセプターに結合することにより感染し、細胞内で増殖して疾患を発症させるため、HEVがPSGL−1レセプターに結合することを阻害する阻害物質は、HEV感染症を治療または予防する薬剤として用いることができる。HEV感染の阻害物質としては、上記スクリーニングによって得ることができるが、それ以外にも、既知物質として、PSGL−1レセプター、HEVとの結合能を有するPSGL−1レセプターの一部、HEVのヒトPSGL−1レセプターへの結合阻害抗体、あるいは、チロシン硫酸化阻害剤、などが挙げられる。
【0029】
HEVとの結合能を有するPSGL−1レセプターの一部を含有する薬剤としては、親水性であるため非膜結合性タンパク質が好ましく、細胞内領域や疎水性の膜貫通領域などを含まないことが好ましい。
【0030】
阻害抗体は、ヒトHEV結合性PSGL−1レセプターのHEVへの結合を阻害する抗体であれば制限はないが、PSGL−1レセプターの細胞外ドメインのアミノ酸の全長または一部分を認識する抗体であることが好ましく、KPL1であることがより好ましい。
【0031】
また、チロシン硫酸化阻害剤は、HEV結合性PSGL−1レセプターの細胞外ドメインのチロシンY46、Y48、Y51の硫酸化を阻害する物質であれば、特に制限がなく、これらのチロシン硫酸化のみを特異的に阻害する物質であっても、いずれのチロシンの硫酸化も非特異的に阻害する物質であってもよい。また、その阻害が直接的であっても間接的であってもよい。このチロシン硫酸化阻害剤は塩素酸ナトリウムであることが好ましい。
【0032】
以上の薬剤の剤形化には、当業者に周知の薬学的に許容される担体、希釈剤、腑形剤等の製剤用添加物が用いられる。その形態は治療に適切な剤形であれば特に特定されず、例えば、経口剤として、錠剤、カプセル、顆粒、散剤、シロップ、腸溶剤、徐放性カプセル、カシュー、咀嚼錠、ドロップ、丸剤、内用液剤、菓子錠剤、徐放錠、徐放性顆粒等に剤形化してもよい。また、注射剤に剤形化してもよく、例えば、溶液性注射剤、乳濁性注射剤、または固形注射剤等が挙げられる。本治療剤には、上記製剤用添加物の他、異なる医薬組成物を配合することもできる。
【0033】
HEV感染症を治療または予防する薬剤を投与する対象の疾患は、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物において、PSGL−1レセプター結合性HEVの感染または増殖によって引き起こされる疾患であれば限定されず、例えば手足口病や神経合併症であってもよく、神経合併症は脳炎であってもよい。
【0034】
なお、HEV感染症を治療または予防する薬剤の患者または患者動物へ、あるいは、健常人または健常動物への投与方法および投与量は、投与目的、剤形、患者の状態などに応じ、当業者が適宜選択可能である。
【0035】
==外来性PSGL−1レセプター発現哺乳動物==
外来性PSGL−1レセプターを発現する哺乳動物は、HEVが関与する疾患の疾患モデル動物として有用である。このモデル動物作製に用いられる、ヒトを除く哺乳動物は、PSGL−1レセプター結合性のHEVへの感受性を持つサル以外の哺乳動物であることが好ましく、マウスであることがさらに好ましい。また、外来性PSGL−1レセプターをキメラに発現するキメラ動物であっても、外来性PSGL−1レセプターをゲノムに導入されたトランスジェニック動物であってもよい。
【0036】
この疾患モデル動物作製方法は、当業者に周知の方法を用いればよい。簡潔には、受精卵、または初期胚の時期に、外来性HEV結合性PSGL−1レセプタータンパク質をコードするDNAをインジェクターで導入することにより得られる(DNA微量注入法)。その他、HEV結合性ヒトPSGL−1レセプタータンパク質をコードするDNAを含有するウイルスベクターを、4〜8細胞期胚に感染させ、胚盤胞まで発生させた後、代理母個体の子宮に戻す方法(ウイルスベクター法)、あるいは、DNAを導入したES細胞からキメラ動物を経てトランスジェニック動物を作製する方法(ES細胞法)、等を用いることができる。
【0037】
疾患モデル動物は、例えば、ヒト臨床試験の前段階においてPSGL−1レセプター結合性HEVのワクチンの安全性および有効性を検討するために用いることができる。対象となるワクチンは、HEVの予防または治療用ワクチンであれば特に制限されず、例えば不活性化ワクチンや弱毒化ワクチンでもよい。また、2つ以上の異なるワクチンを混合した混合ワクチンの評価に用いることもできる。
【実施例】
【0038】
==培養細胞株およびその培養条件==
以下の実施例で用いる培養細胞株は、特記しない限り次の条件で培養する。RD細胞(米国疾病予防管理センターより分与):10%ウシ胎児血清(FCS)を添加したEagle’s MEM培地(37℃);293T細胞(大阪大学・松浦善治より分与)、GP2−293細胞(Clontech社):10%FCSを添加したDulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM)(37℃);Jurkat細胞(理研細胞バンク、RCB0806):RPMI−1640培地(34℃);P3X63Ag8U.1(マウス骨肉腫細胞株、P3U1)細胞(東京大学・明石博臣より分与):RPMI−1640培地(37℃);マウスL細胞(国立感染症研究所ウイルス第三部より入手)、L−PSGL−1.1、L−bsd細胞:5μg/mlブラストサイジンS HCl(Invitrogen社)および10%FCS添加DMEM(34℃)。
【0039】
==宿主細胞へのウイルスの感染==
下記の各実施例で用いられる細胞へのウイルスの感染の際、特に記載のない限り、宿主細胞を10 CCID50/細胞 のウイルスと共に培地中で1時間インキュベートした。インキュベートは、上記のように各細胞に適した条件で行った。
【0040】
==HEV71結合試験およびフローサイトメトリー法==
HEV71の結合試験のため、試験に供する細胞をフローサイトメトリー(FC)緩衝液(2mMEDTA、2%FCS、0.1%NaNを添加したリン酸緩衝生理食塩水(PBS))で一回洗浄後、上記培養条件に記載の培地500μlあたり0.1%NaNを含むHEV71(1×10CCID50)と共に、氷上で30分間インキュベートした。なお、本願実施例中で使用されるHEV71−1095(国立感染症研究所ウイルス第二部萩原昭夫(元職員)より入手)は、株化されたHEV71である。
【0041】
インキュベーション終了後、細胞をFC緩衝液で一回洗浄した。HEV71の検出のために、試験に供した細胞をAlexa Fluor 488 protein labeling kit (Invitrogen社)でラベルしたMA105抗体(抗HEV71マウスIgG2b、国立感染症研究所ウイルス第二部で作製、0.25μg/50μl)と共に氷上で30分インキュベートした。2色フローサイトメトリーの場合には、さらに、PSGL−1を検出するために、細胞をZenon mouse IgG1 R-phycoerythrin labeling kit (Invitrogen社)でラベルしたPL2抗体(抗ヒトPSGL−1マウスIgG1、カタログ番号IM2091、Beckman-coulter社(0.5μg/50μl)で標識した。過剰抗体を洗浄後、細胞をFACSCaliburフローサイトメーター(BD Biosciences社)での測定に供した。 非膜結合性PSGL−1−Fc使用時には、前記FC緩衝液の代わりに、2mM CaCl、2%FCS、0.1%NaNを添加したPBSを用いた。
【0042】
[実施例1]
本実施例では、HEV感受性Jurkat細胞株のcDNAライブラリーからPSGL−1レセプターを同定した。
【0043】
==HEV71コーティングペトリ皿の作製==
10μg/ml MA35(国立感染症研究所ウイルス第二部で作製)を10mlの50mM Tris-HCl(pH 9.4)に溶解した溶液中で、ポルスチレン製ペトリ皿(Ina-optika社)を4℃で一晩インキュベートした。このペトリ皿を2%FCS添加PBS(PBS−2FCS)で2回洗浄後、さらに室温で30分、PBS−2FCS中でブロッキングした。このMA35コーティングペトリ皿に、10mlのHEV71−1095液(108.6CCID50/ml)を加え、室温で30分インキュベートした。さらに、この上清を新しいHEV−1095液で交換し、この交換―インキュベートの工程を計3回繰り返した。その後、ペトリ皿を、1%パラホルムアルデヒドを含むHEV71−1095液で30分間、室温で固定した。
【0044】
==Jurkat細胞のcDNAライブラリーを保有するレトロウイルスの作製==
HEV71結合性分子を高率で発現するJurkat細胞を選抜し、そのcDNAを保有するレトロウイルスを作製した。
【0045】
Jurkat細胞を培地の入ったHEV71コーティングペトリ皿に加え、10 細胞/4mlの密度で4℃で90分培養した。非付着細胞は培地で洗い流し、付着細胞はさらに1週間培養を続けた。ここで、HEV71コーティングペトリ皿に付着したJurkat細胞はその細胞表面にHEV71結合性分子を有する。この付着性Jurkat細胞のcDNAライブラリーを、Kitamura and Morikawa (Methods in Molecular Biology 134: 143-152, 2000)の方法を参考に作製した。この時、Jurkat細胞から抽出したcDNAの両端にEcoRIアダプターを接続し、pLIBベクター(Clontech社)のEcoRI制限酵素サイトに挿入して形質転換pLIBベクターを作製した。このベクターを、VSV-G(ウイルスエンベロープタンパク質)(Pantropic Retroviral Expression System(Clontech社))と共にGP2−293細胞にトランスフェクトした。この共トランスフェクションにはLipofectamine 2000 regent (Invitrogen社)を使用した。このGP2−293細胞を2日間培養し、培養液の上澄みを回収した。この上澄みにはJurkat細胞のcDNAライブラリーを保有するレトロウイルスが含まれる。
【0046】
==PSGL−1レセプターの同定==
上述のように取得したJurkat細胞のcDNAライブラリーを保有するレトロウイルスを、P3U1細胞に感染させた。この時、細胞に対する感染性ウイルスの相対量(M.O.I)は0.2であった。この感染P3U1細胞を前記のHEV71をコーティングしたペトリ皿に播種し、4℃または37℃で90分インキュベートした。その後、ペトリ皿に付着しなかった細胞を洗い流し、付着した細胞は引き続き37℃で6日間培養した。この培養で得られた全4つの細胞コロニーのゲノムDNAを抽出した。これを鋳型として、下記のpLIBベクター特異的プライマー(Sigma社にて受託合成)を用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行った。この増幅DNAの配列を決定したところ、前記4つの細胞コロニーから抽出した各DNAから、PSGL−1レセプターの配列が得られた。
pLIB-S: agccctcactccttctctag(配列番号2)
pLIB-AS: acctacaggtggggtctttcattccc(配列番号3)
【0047】
[実施例2]
本実施例では、ヒトPSGL−1レセプターとHEV71の特異的結合を示す。
【0048】
==PSGL−1レセプター発現293T細胞の作製==
上述の、PSGL−1レセプター発現P3U1細胞(HEV71コーティングペトリ皿付着性P3U1細胞)から、DNeasy Blood & Tissue Kit (Qiagen社、カタログ番号 69504)を用いてゲノムDNAを抽出した。このゲノムDNAを鋳型として、以下のヒトPSGL−1レセプター特異的プライマーを用いてPCRを行い、増幅DNA断片のサブクローニングを行った。
HPSGL−1−S:tatcggtccgataaatatgcctctgcaactcctcc(配列番号4)
HPSGL−1−AS:tagcggaccgctaagggaggaagctgtgca(配列番号5)
【0049】
続いて、発現ベクターへの挿入に先立ち、上記サブクローニングにより得たDNAを鋳型にし、以下のプライマーを用いて再びPCR法を行った。このPCRにより、ヒトPSGL−1レセプターの遺伝子配列が本来持つSanDI制限酵素サイトが消去された。
HPSGL−1−G96A−S:aagccttaggtcccctgcttgcccgggacc(配列番号6)
HPSGL−1−G96A−AS:ggggacctaaggctttctcggcttcatctg(配列番号7)
【0050】
さらに、以下のプライマーを用いて上記と同様にPCR法を行った。このPCRにより、CpoI制限酵素サイトが消去された。
HPSGL−1−G1026A−S:tgctggcagtccgcctctcccgcaagggcc(配列番号8)
HPSGL−1−G1026A−AS:ggcggactgccagcaccacagtgcacacga(配列番号9)
【0051】
次に、マウスPSGL−1レセプターを発現する293T細胞を作製するため、P3U1細胞からRNeasy kit (Qiagen社)を用いてトータルRNAを回収し、CDSIII/3’primer(Clontech社)を用いてcDNAを合成した。このcDNAを鋳型として、以下のマウスPSGL−1特異的プライマーを用いてPCRを行い、増幅DNA断片のサブクローニングを行った。
MPSGL−1−S:tatcggtccgataaatatgtccccaagcttccttg(配列番号10)
MPSGL−1−AS:tagcggaccgctaagggaggaagctgtgcagggtg(配列番号11)
【0052】
続いて、上記サブクローニングにより得られたDNA鋳型とし、以下のプライマーを用いて再びPCRを行った。このPCRにより、マウスPSGL−1の遺伝子配列が本来持つCpoI制限酵素サイトが消去された。
MPSGL−1−G987A−S:ggtgctggcagtccgtctgtcccgtaagac(配列番号12)
MPSGL−1−G987A−AS:cagacggactgccagcaccactgtgcacac(配列番号13)
【0053】
以上のようにして得られた、ヒトおよびマウスのPSGL−1各増幅DNA断片の挿入に先立ち、pEF6/V5-His-B ベクター(Invitrogen社)のBamHI-XmaI領域をpcDNA3.1(+) (Invitrogen社)のBamHI-XmaI領域に置き換えて作製したプラスミドにおいて、BamHI-EcoRI領域をさらに5'-ggatcccggtccgggtcccggggaggtggaggtgactacaaggatgacgatgacaagtaacggtccggaattc-3' (BamHI+CpoI+SanDI+gg+GGGG+Flag+Stop+CpoI+EcoRI)(配列番号14)で置き換えることにより、pEF6-Flag-3S発現ベクターを作製した。
【0054】
このpEF6-Flag-3S発現ベクターのSanDI制限酵素サイトに、上記各増幅DNA断片を挿入することにより、それぞれpEF-ヒトPSGL-1組換え発現ベクター、pEF-マウスPSGL-1組換え発現ベクターを作製した。
【0055】
次に、ヒトPSGL−1のアミノ酸(配列番号15)1〜61位(1〜41位はシグナル配列およびプロペプチド)およびマウスPSGL−1のアミノ酸(配列番号16)63〜397位を有するキメラPSGL−1cDNAを作製するため、本実施例で作製したpEF-ヒトPSGL-1組換え発現ベクターとpEF-マウスPSGL-1組換え発現ベクターを鋳型とし、以下のプライマーを用いて重複伸長PCR法を行った。
HMPSGL−1−S:gcctccagaattgctgaaaaatgtcaccaa (配列番号17)
HMPSGL−1−AS:ttttcagcaattctggaggctccgtttctg (配列番号18)
【0056】
ここで得られたキメラPSGL−1のDNA断片を、本実施例で作製したpEF6-Flag-3S発現ベクターのSanDI制限酵素サイトに挿入することにより、pEF-hm(キメラ)PSGL-1組換え発現ベクターを作製した。
【0057】
以上のようにして得られた、pEF-ヒトPSGL-1組換え発現ベクター、pEF-マウスPSGL-1組換え発現ベクター、pEF-hm(キメラ)PSGL-1組換え発現ベクターを、293T細胞に、Lipofectamine 2000(Invitrogen社)を用いて導入した後、4時間培養した後に新鮮な培地と交換した。トランスフェクションから24時間後、ピペッティングによってヒト/マウス/hm PSGL−1発現293T細胞を回収した。
【0058】
陰性対照群として、挿入遺伝子を持たないpEF6-Flag-3S発現ベクターを前記試験群と同様にして293T細胞に導入し、PSGL−1非発現293T細胞を作製した。なお、293T細胞株は、内因性のPSGL−1レセプターを持たないため、この陰性対照群の細胞はPSGL−1レセプターを発現しない。
【0059】
==PSGL−1レセプターとHEV71の結合の測定==
上述の方法によって得られたPSGL−1発現293T細胞またはPSGL−1非発現293T細胞(各5×10細胞)を、HEV71−1095を用いて前述のHEV71結合試験に供した。またここで、HEV71非感染RD細胞を、2.5×10細胞/25ml で播種して72時間培養し、その上澄み液(500μl)を得た。これを、HEV71−1095の陰性対照群として、上記試験群と同様にしてPSGL−1発現293T細胞と共にインキュベートした。その後、これらの293T細胞におけるPSGL−1レセプターとHEV71−1095との結合を、前記フローサイトメトリー法より測定した。
【0060】
図1に示すように、ヒトPSGL−1発現293T細胞(B、灰色)およびhmPSGL-1発現293T細胞(D、灰色)をHEV71−1095とインキュベートした場合に結合が検出された。一方、陰性コントロールのPSGL−1非発現293T細胞を用いた場合(A)、および、PSGL−1発現293T細胞を用いた場合であってもHEV71非感染RD細胞の培地の上澄みと共にインキュベートした場合(B、白)、またはマウスPSGL−1発現293T細胞をHEV71−1095とインキュベートした場合(C、灰色)には、HEV71−1095の結合は検出されなかった。
【0061】
このように、ヒトPSGL−1レセプターは、特異的にHEVに結合する。また、その結合にはヒトPSGL−1レセプターのアミノ酸42〜61位があればよい。
【0062】
[実施例3]
本実施例では、ヒトPSGL−1レセプタータンパク質N末端にあるKPL1抗体認識領域部位がHEV71との結合に必要であることを示す。
【0063】
実施例2の記載に従って作製したヒトPSGL−1発現293T細胞を、培地中で、0(対照群)、10、20、50μg/mlのいずれかの濃度の、MOPC−21(マウスIgG1、カタログ番号555746、BD Biosciences社)(対照群)、KPL1(抗ヒトPSGL−1マウスIgG1、カタログ番号556052、BD Biosciences社)、あるいはPL2と共に氷上で30分インキュベートした。培地で過剰抗体を洗浄後、この細胞を前記HEV71−1095結合試験に供した。その後、ヒトPSGL−1レセプターとHEV71の結合を、前記フローサイトメトリー法により測定した。
【0064】
図2に示すように、上記のように試験したIgG1、KPL1、PL2のうち、KPL1のみが抗体濃度依存的にヒトPSGL−1レセプターとHEV71の結合を阻害した。この結果は、ヒトPSGL−1レセプタータンパク質N末端にあるKPL1抗体認識領域部位がHEV71との結合に必要であることを示す。
【0065】
[実施例4]
本実施例では、PSGL−1レセプタータンパク質のN末端にあるチロシン46位、48位、51位の存在、およびそのチロシンの硫酸化がPSGL−1レセプターとHEV71との結合に必要であることを示す。
【0066】
==PSGL−1レセプターN末端領域のチロシン欠失変異体作製==
pEF-ヒトPSGL-1組換え発現ベクターを鋳型とし、チロシン欠失PSGL−1変異体をコードするDNA増幅のため、以下のプライマーを用いてPCRを行った。
PSGL−1−d4651−S:ggccaccgaagatttcctgccagaaacgga (配列番号19)
PSGL−1−d4651−AS:gcaggaaatcttcggtggcctgtctccggt(配列番号20)
【0067】
ここで得られたDNA断片をpEF6-Flag-3S発現ベクターのSanDI制限酵素サイトに挿入し、これを293T細胞に導入してチロシン欠失ヒトPSGL−1発現293T細胞を作製した。
【0068】
==PSGL−1レセプターN末端領域のチロシン置換PSGL−1変異体の作製==
PSGL−1N末端領域のチロシンY46、Y48、Y51がフェニルアラニンに置換された変異体を作製するため、pEF-ヒトPSGL-1組換え発現ベクターを鋳型とし、以下のプライマーを用いてY46置換変異体(Y46F)、Y48置換変異体(Y48F)、Y51置換変異体(Y51F)、Y46−48置換変異体(Y4648F)、Y46−51置換変異体(Y4651F)、Y48−51置換変異体(Y4851F)、Y46−48−51置換変異体(FFF)のDNAを増幅した。
Y46F−S:tttgagtacctagattatgatttcctgccagaa(配列番号21)
Y46F−AS:ataatctaggtactcaaattcggtggcctgtctcc(配列番号22)
Y48F−S:tatgagttcctagattatgatttcctgccagaa(配列番号23)
Y48F−AS:ataatctaggaactcatattcggtggcctgtctcc(配列番号24)
Y51F−S:tatgagtacctagattttgatttcctgccagaa(配列番号25)
Y51F−AS:aaaatctaggtactcatattcggtggcctgtctcc(配列番号26)
Y4648F−S:tttgagttcctagattatgatttcctgccagaa(配列番号27)
Y4648F−AS:ataatctaggaactcaaattcggtggcctgtctcc(配列番号28)
Y4651F−S:tttgagtacctagattttgatttcctgccagaa(配列番号29)
Y4651F−AS:aaaatctaggtactcaaattcggtggcctgtctcc(配列番号30)
Y4851F−S:tatgagttcctagattttgatttcctgccagaa(配列番号31)
Y4851F−AS:aaaatctaggaactcatattcggtggcctgtctcc(配列番号32)
FFF−S:tttgagttcctagattttgatttcctgccagaaac(配列番号33)
FFF−AS:aaaatctaggaactcaaattcggtggcctgtctcc(配列番号34)
【0069】
ここで得られたDNA断片をpEF6-Flag-3S発現ベクターのSanDI制限酵素サイトに挿入し、これを293T細胞に導入してチロシン欠失ヒトPSGL−1発現293T細胞を作製した。対照群として、挿入DNAのないpEF6-Flag-3S発現ベクターを同様にして293T細胞に導入した。
【0070】
==PSGL−1レセプターとHEV71の結合の測定==
5×10個のチロシン欠失またはチロシン置換PSGL−1発現形質転換293T細胞を、HEV−1095を用いて前記HEV71結合試験に供した。その後、PSGL−1レセプターとHEV71−1095との結合を前記フローサイトメトリー法に記載の2色フローサイトメトリー法により検出した。
【0071】
図3に示すように、PSGL−1を発現する293T細胞(陽性対照群)では結合が検出された。Y46のみ、あるいはY48のみをフェニルアラニンに置換した場合には結合が減少した。しかし、これら3つのチロシンのうち2つを置換した場合には、それがいずれのチロシンであっても結合は検出されなかった。また、3つのチロシンを置換(FFF)あるいは欠失した場合(d46−51)にも、結合は検出されなかった。この結果は、PSGL−1レセプターのN末端側のチロシンがPSGL−1レセプターとHEV71との結合に必要であることを示す。
【0072】
[実施例5]
本実施例は、PSGL−1レセプターのN末端領域のチロシンの硫酸化がPSGL−1レセプターとHEV71との結合に必要であることを示す。
【0073】
==塩素酸ナトリウムによるチロシン硫酸化の阻害==
塩素酸ナトリウムは、PSGL−1のP-selectinへの結合を阻害するチロシン硫酸化阻害剤である(Pouyani and Seed, Cell 83: 333-343, 1995)。そこで、PSGL−1レセプターのチロシン硫酸化を阻害するため、0、10、20、50mMのいずれかの濃度の塩素酸ナトリウムを加えた培地中で293T細胞を1日培養した。その後、pEF-ヒトPSGL-1組換え発現ベクターをこの293T細胞に導入し、ヒトPSGL−1発現293T細胞を作製した。4時間後に塩素酸ナトリウムを含む培地と交換し、このヒトPSGL−1発現293T細胞をさらに20時間培養した。
【0074】
この細胞を、HEV−1095を用いて前記HEV71結合試験に供した。その後、ヒトPSGL−1レセプターとHEV71−1095との結合を、前記フローサイトメトリー法により検出した。また、PSGL−1レセプターの発現量に対する塩素酸ナトリウムの影響を、PL2抗体を用いたフローサイトメトリー法で解析した。
【0075】
図4に示すように、塩素酸ナトリウムの濃度は、PSGL−1レセプターの発現には影響しなかった(A)。一方で、塩素酸ナトリウムの濃度依存的にヒトPSGL−1レセプターとHEV71の結合が阻害された(B)。このように、ヒトPSGL−1レセプターのN末端領域のチロシンの硫酸化はPSGL−1レセプターとHEV71との結合に必要である。
【0076】
[実施例6]
本実施例では、HEV71が宿主細胞のPSGL−1レセプターに結合することによって、HEV71が宿主細胞に感染することを示す。さらに、この感染がPSGL−1特異的抗体または非膜結合性PSGL−1タンパク質によって阻害されることを示す。
【0077】
==L−PSGL−1.1細胞==
ヒトPSGL−1を発現するマウスL細胞株を得るため、マウスL細胞に前記実施例2に記載のpEF-ヒトPSGL-1組換え発現ベクターを導入した。得られた形質転換細胞の中から、5μg/mlブラストサイジンS HCl(Invitrogen社)の存在下で安定な細胞を選抜した。さらに、選抜された16コロニーの中から、PSGL−1発現レベルの高い3つの細胞コロニーを選抜した。最終的に、HEV71−1095が高効率で増殖する細胞株をL−PSGL−1.1とした。
【0078】
陰性対照細胞株として、L−bsd細胞株を用いた。この細胞株は、挿入DNAを持たないpEF6-Flag-3S発現ベクターを上記と同様にしてマウスL細胞に導入した後、5μg/mlブラストサイジンS HClにより形質転換細胞を選択して得られた細胞株である。
【0079】
==PSGL−1レセプターを介するHEV71の感染、増殖とその阻害==
L−PSGL−1.1細胞を、HEV−1095を用いて前記HEV71結合試験に供した。このとき、L−PSGL−1.1細胞の陰性コントロールとして、L細胞、L−bsd細胞にも同様にしてHEV71−1095を接種した。
【0080】
PSGL−1レセプター特異的抗体によるHEV71の結合阻害を試験するために、L−PSGL−1.1細胞を10μg/mlのIgG1(陰性対照群)、KPL1、PL2のいずれかと34℃で1時間インキュベートし、洗浄後、さらに10μg/mlの前記抗体を含有する培地で培養した。この細胞に、上述と同様にHEV71−1095を接種し、培養した。
【0081】
非膜結合性キメラPSGL−1レセプタータンパク質であるPSGL−1−Fc(カタログ番号137-PS-050、R&D Systems社)によるHEV71の結合阻害を試験するため、HEV71−1095(1×10 CCID50)を1μg/100μlのPSGL−1−Fcと共に34℃で1時間インキュベートした後、上記阻害なしの群と同様にして4×10個のL−PSGL−1.1細胞に接種した。このとき、PSGL−1−Fcの陰性対照群として、CTLA−4−Fc(カタログ番号325-CT-200/CF 、R&D Systems社)を用いた。得られた感染細胞をさらにPSGL−1−Fcの存在下で34℃で1時間インキュベートし、洗浄後、PSGL−1−Fcを含まない培地で培養した。その後、この感染細胞のウイルス力価を測定した。この測定には、RD細胞と96穴プレートを用いたマイクロタイトレーション法を用い、各サンプルあたり3回ずつ測定した。ウイルス液を10倍から10倍まで、10倍ごとに段階希釈した。各希釈のウイルス液をプレートの10穴に各100μl入れ、次に、RD細胞(4×10細胞/100μl)を加えた後37℃で7日間培養し、CCID50を算出した。
【0082】
図5Aに示すように、L−PSGL−1.1において、HEV71−1095接種によって、ウイルス力価上昇が生じた。一方で、PSGL−1を発現しないL細胞およびL−bsdにおいてはHEV71−1095の接種によってウイルス力価は変化しなかった。この結果は、HEV71の増殖には、宿主細胞のPSGL1レセプターが必要であることを示す。
【0083】
また、図5Bに示すように、L−PSGL−1.1にHEV71を接種した時、PSGL−1レセプター特異的抗体であるKPL1と共にインキュベートした場合、対照群(IgG1、PL2)と比較してHEV71の増殖が有意に阻害された。このように、宿主細胞(L−PSGL−1.1)へのHEV71の結合にPSGL−1レセプターのKPL1認識部位が必要であり、さらに、このKPL1認識部位をKPL1抗体でブロックすることによってHEV71の感染、増殖が抑制される。
【0084】
図5Cに示すように、L−PSGL−1.1にHEV71を接種した時、非膜結合性PSGL−1キメラタンパク質と共にインキュベートするとHEV71の増殖が抑制された。このように、HEV71とPSGL−1レセプターの結合に競合するPSGL−1の非膜結合性タンパク質がHEV71の感染、増殖の阻害物質として利用できる。
【0085】
[実施例7]
本実施例では、HEV71とPSGL−1レセプターとの結合のために、HEV71の構造タンパク質のアミノ酸配列の710番目がグルタミン酸以外のアミノ酸であることが好ましく、グリシンまたはグルタミンであることがさらに好ましいことを示す。
【0086】
==PSGL−1レセプターとHEV71の結合性の測定==
実施例2と同様に、7種の異なるHEV71の分離株を実施例2で作製したヒトPSGL−1レセプターを発現する293T細胞表面にそれぞれ結合させ、前記HEV71結合試験に供した。また、ここで、HEV71非感染RD細胞(2.5×10細胞/25ml)を72時間培養し、得られた培地上澄み液(500μl)を陰性対照群として、上記試験群と同様にPSGL−1発現293T細胞と共にインキュベートした。その後、これらの293T細胞におけるPSGL−1レセプターとHEV71各分離株の結合を、前記フローサイトメトリー法により測定した。
【0087】
図6に示すように、試験に供したHEV71分離株7株のうち、SK−EV006、C7/Osaka、1095、75−Yamagataの各分離株はPSGL−1レセプターとの結合が検出された。一方、陰性対照群、およびBrCr、Nagoya、02363の各分離株はPSGL−1レセプターとの結合が検出されなかった。
【0088】
==PSGL−1レセプター結合性HEV71のアミノ酸配列の特徴==
本実施例で結合性測定試験に供したHEV71分離株のP1遺伝子領域がコードするアミノ酸配列を比較し、PSGL−1レセプターとの結合性との関連を検討した。
【0089】
図7に示すように、PSGL−1レセプターと結合が検出されなかった分離株では、構造タンパク質のアミノ酸配列の710番目が共通してグルタミン酸であった。さらに、PSGL−1レセプターとの結合が検出された分離株では、この710番目のアミノ酸がグリシンまたはグルタミンであった。
【0090】
以上の結果は、PSGL−1レセプターとHEV71との結合には、HEV71の構造タンパク質のアミノ酸配列の710番目がグルタミン酸以外のアミノ酸であることが好ましく、グリシンあるいはグルタミンであればより好ましいことを示す。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明の一実施例で、PSGL−1非発現293T細胞(A、灰色)、ヒトPSGL−1発現293T細胞(B、灰色)、マウスPSGL−1発現293T細胞(C、灰色)、hmPSGL−1発現293T細胞(D、灰色)にHEV71−1095を接種した際のHEV71結合を示すフローサイトメトリー、および、陰性対照群として各細胞にHEV71偽感染RD細胞の培地上澄みを接種した際(A、B、C、D、白)のフローサイトメトリーの結果を示した図である。
【図2】本発明の一実施例で、PSGL−1発現293T細胞へのHEV71の結合試験前に、細胞をIgG(A)、KPL1(B)、PL2(C)と共にインキュベートした際のフローサイトメトリーの結果を示す図である。
【図3】本発明の一実施例で、PSGL−1レセプタータンパク質のN末端側の3つのチロシンを変異させた場合のPSGL−1発現293T細胞とHEV71の結合を示すフローサイトメトリーの結果を示した図である。各変異は、PSGL−1非発現(pEF、陰性対照群)、チロシン変異なしPSGL−1(PSGL−1)、チロシン46をフェニルアラニンに置換(Y46F)、チロシン48をフェニルアラニンに置換(Y48F)、チロシン51をフェニルアラニンに置換(Y51F)、チロシン46と48をフェニルアラニンに置換(Y4648F)、チロシン46と51をフェニルアラニンに置換(Y4651F)、チロシン48と51をフェニルアラニンに置換(Y4851F)、チロシン46、48、51をフェニルアラニンに置換(FFF)、チロシン46、48、51を含む領域の欠失(d46−51)である。
【図4】本発明の一実施例で、PSGL−1レセプターの発現量に対する塩素酸ナトリウムの影響(A)、およびPSGL−1発現293T細胞とHEV71の結合における塩素酸ナトリウムの影響を示したフローサイトメトリーの結果である(B)。
【図5】本発明の一実施例で、宿主細胞にHEV71を接種した際のHEV71の力価の変化を示す図である。HEV71をL−PSGL−1.1細胞、L細胞、L−bsdに接種後のHEV71力価の変化(A)、IgG、KPL1、PL2と共にインキュベートし、HEV71をL−PSGL−1.1細胞に接種した後のHEV71力価の変化(B)、CTLA−4−Fc、PSGL−1−Fcと共にインキュベートし、HEV71をL−PSGL−1.1細胞に接種した後のHEV71力価の変化(C)を示す。
【図6】本発明の一実施例で、PSGL−1発現293T細胞へのHEV71各分離株の結合を示すフローサイトメトリーの結果を示した図である。
【図7】本発明の一実施例で、HEV71各分離株の構造タンパク質のアミノ酸配列を比較した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトまたはサル由来の外来性PSGL−1レセプターを細胞表面に発現している細胞。
【請求項2】
前記細胞が、293T細胞株、あるいは、L細胞株由来であることを特徴とする、請求項1に記載の細胞。
【請求項3】
ヒトまたはサル由来のPSGL−1レセプターまたはヒトエンテロウイルスとの結合能を有する前記PSGL−1レセプターの一部とヒトエンテロウイルスとの結合を検出する検出方法。
【請求項4】
請求項3に記載の検出方法であって、
請求項1または2に記載の細胞とヒトエンテロウイルスとを接触させ、当該細胞がヒトエンテロウイルス非感染細胞と比較して変形しているか否かを検出する工程を含むことを特徴とする、検出方法。
【請求項5】
前記ヒトエンテロウイルスが、HEV−Aであることを特徴とする、請求項3または4に記載の検出方法。
【請求項6】
前記HEV−Aが、HEV71またはCA16であることを特徴とする、請求項5に記載の検出方法。
【請求項7】
前記HEV71において、構造タンパク質のアミノ酸の710番目がグルタミン酸以外のアミノ酸であることを特徴とする、請求項6に記載の検出方法。
【請求項8】
前記HEV71において、前記構造タンパク質のアミノ酸の710番目がグリシンまたはグルタミンであることを特徴とする、請求項7に記載の検出方法。
【請求項9】
ヒトエンテロウイルスを結合させるための試薬であって、
ヒトまたはサル由来のPSGL−1レセプター、または、ヒトエンテロウイルスとの結合能を有する前記PSGL−1レセプターの一部を含有することを特徴とする試薬。
【請求項10】
前記ヒトエンテロウイルスが、HEV−Aであることを特徴とする、請求項9に記載の試薬。
【請求項11】
前記HEV−Aが、HEV71またはCA16であることを特徴とする、請求項10に記載の試薬。
【請求項12】
前記HEV71において、構造タンパク質のアミノ酸の710番目がグルタミン酸以外のアミノ酸であることを特徴とする、請求項11に記載の試薬。
【請求項13】
前記HEV71において、前記構造タンパク質のアミノ酸の710番目がグリシンまたはグルタミンであることを特徴とする、請求項12に記載の試薬。
【請求項14】
エンテロウイルス感染症を治療または予防する薬剤であって、
ヒトまたはサル由来のPSGL−1レセプターまたはヒトエンテロウイルスとの結合能を有する前記PSGL−1レセプターの一部、PSGL−1レセプターのヒトエンテロウイルスへの結合阻害抗体、または、チロシン硫酸化阻害物質、を含有することを特徴とする薬剤。
【請求項15】
前記ヒトエンテロウイルスが、HEV−Aであることを特徴とする、請求項14に記載の薬剤。
【請求項16】
前記HEV−Aが、HEV71またはCA16であることを特徴とする、請求項15に記載の薬剤。
【請求項17】
前記HEV71において、構造タンパク質のアミノ酸の710番目がグルタミン酸以外のアミノ酸であることを特徴とする、請求項16に記載の薬剤。
【請求項18】
前記HEV71において、構造タンパク質のアミノ酸の710番目がグリシンまたはグルタミンであることを特徴とする、請求項17に記載の薬剤。
【請求項19】
前記阻害抗体がKPL1であることを特徴とする、請求項14〜18のいずれかに記載のエンテロウイルス感染症を治療または予防する薬剤。
【請求項20】
ヒトまたはサル由来の外来性PSGL−1レセプターを発現していることを特徴とする、ヒトを除く哺乳動物。

【図5】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−148449(P2010−148449A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−330983(P2008−330983)
【出願日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】