説明

オゾン分解フィルターおよびその製造方法

【課題】本発明は、従来のオゾン分解触媒においては実用的なレベルに到達していなかったオゾン分解率を向上させること、特に、高濃度オゾンの分解率を向上させ、分解後のオゾン濃度を環境基準値以下にすることを課題とする。
【解決手段】多孔質状セラミックス担体に硝酸ニッケルを主成分とする水溶液を含浸せしめた後、400〜600℃の温度範囲で熱処理し、ニッケル酸化物を主成分とする化合物を多孔質状セラミックス担体の骨格表面に固着することで得られるオゾン分解フィルターを用いることによって、上記課題を解決した。多孔質状担体としては、三次元網目構造、あるいは、ハニカム構造を有するセラミックスを用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、空気中のオゾンを分解して人体に無害の空気とするための高効率なオゾン分解フィルターおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オゾンは人類にとって善悪2面の作用を示す。すなわち、オゾンの強力な酸化能は、殺菌・消毒等に有用であって、医療・環境・食品などの分野で広く利用されているが、一方では、オゾン自身の毒性に基づき、空気中の濃度が0.1ppmを超えると呼吸器系に刺激を感じさせ、50ppm以上では生命に危険を及ぼす。そのため、オゾンの作業環境基準値は0.1ppm、オゾンの生活環境基準値は0.06ppmと定められている。近年、静電複写機などオゾンを発生する事務用機器が普及し、また、上水の浄化及び殺菌、室内の空気清浄及び脱臭、青果物の鮮度保持等、各種殺菌・漂白のためにオゾンを利用する技術が開発されるに伴い、環境中にオゾンが放出される機会が増加しているため、空気中のオゾンの効果的な分解手段の必要性が高まっている。
【0003】
従来からオゾンを分解する手段として、活性炭処理法、加熱分解法および接触分解法などがある。このうち、接触分解法は触媒を利用してオゾンを分解する方法であり、他の二つの方法と比較して、安全性が高く、常温で処理可能であり、装置が小型にできるなどの多くの利点を有する。
【0004】
接触分解法で使用されるオゾン分解触媒としては、コストと性能面から酸化マンガン系のものが従来から使用されている。酸化マンガン(MnO2)をオゾンの接触分解触媒として使用するに際して、接触面積を大きくして触媒能を増大させるため、繊維状もしくはフォーム状やハニカム状の多孔質状担体に酸化マンガン微粉末及びその他の成分を塗布する方法などが多数提案されている。
【0005】
特許文献1や特許文献2には、酸化マンガンを担体に固着させるために、有機系結合剤または無機系結合剤を用いる例が挙げられており、これら結合剤と水やアルコールなどの溶媒で酸化マンガン粉末をスラリー状にしたものを担体に含浸・塗布し、その後、溶媒を乾燥、除去したものを触媒として用いることが紹介されている。
【0006】
これに対して、特許文献3は、多孔質状の担体を硝酸マンガン等のマンガン化合物の水溶液に浸漬した後、空気中で300〜500℃の温度範囲まで加熱し、担体表面にマンガン酸化物を生成付着させることを開示している。
同様な手法を用いて、さらに、第2成分(銀(特許文献2)、パラジウム、及び、パラジウム酸化物(特許文献1))や第3成分等の添加と、触媒担体の工夫(ハニカム状(特許文献2)、シート状(特許文献4))を行うことによって、オゾン分解率の改善が図られてきた。
また、特許文献5には、多孔性物質の集合体からなる触媒担体を、ニッケル塩水溶液にアルカリを加えて作成した水酸化ニッケルゾルに漬けて含浸させた後、乾燥させてオゾン分解用触媒フィルターを製造することが開示されている。
【0007】
【特許文献1】特開平5-7776号公報
【特許文献2】特開平5-261294号公報
【特許文献3】特開昭63-197524号公報
【特許文献4】特開平6-327939号公報
【特許文献5】特開平6−154608号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前掲の特許文献1および2に開示された方法は、酸化マンガン粉末の塗布面における均一性や固着性に劣り、機械的衝撃に弱いため、オゾン分解能が使用中に徐々に低下していくという問題があった。また、いずれの結合剤も空気中の水分を多量に吸着する性質があるため、湿度の高い条件では酸化マンガンのオゾン分解触媒能を著しく阻害するという欠点もあった。
【0009】
この点、特許文献3に開示された方法によれば、担体表面に酸化マンガン微粒子を付着塗布させるときの均一性や固着性は改善される。しかしながら、この方法で作成されたオゾン分解用多孔体は、事務機等から発生する1ppm程度の低濃度オゾンの分解率が、未だ、実用的に十分なレベルに到達しているとは言い難い。
【0010】
特許文献1,2に開示されたような第2成分や第3成分等を添加する方法、あるいは特許文献2,4に開示されたような触媒担体の工夫を行うことによって、オゾン分解率の改善が図られるが、未だ、%オーダーの高濃度オゾンの分解率は全く実用レベルに到達しておらず、前述のオゾンの生活環境基準値0.06ppmはおろか、作業環境基準値0.1ppmを達成することも難しい。
【0011】
さらに、特許文献5に開示されたフィルターでは、触媒として用いる水酸化ニッケル(Ni(OH)2)のゲルは表面積が大きく、空気中の水分に極めて影響を受けやすいこと、また、不安定であるという欠点がある。また、オゾン分解能は、使用しているうちに劣化してくるが、特許文献5に記載されたオゾン分解用触媒フィルターは、熱処理により脱水反応が起きるのでオゾン分解能回復のための熱処理はできない。
【0012】
本発明は、従来のオゾン分解触媒においては実用的なレベルに到達していなかったオゾン分解率を向上させること、特に、高濃度オゾンの分解率を向上させ、分解後のオゾン濃度を環境基準値以下にすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、ニッケル酸化物、または、ニッケル酸化物を主成分とする化合物をオゾン分解触媒として選定し、これをセラミックス多孔質状担体の骨格表面に固着することによって、ppmオーダーの低濃度オゾン分解率のみならず、%オーダーの高濃度オゾンの分解率向上を達成し、分解後のオゾン濃度を環境基準値以下にすることに成功した。
【0014】
本発明における多孔質状担体は、十分な通気性を確保するため連続した開口空隙を有し、その空隙横断面の円換算直径の平均値が、0.1〜10mmの範囲内にあることが望ましい。その空隙の直径が0.1mm未満では、通気抵抗が著しく増大し、実用的ではない。また、10mmを超えると、単位体積中の空気通気孔の表面積が限られることになり、触媒との十分な接触が得られず、十分なオゾン分解能が得られない。
【0015】
多孔質状担体を構成する材質としては、600℃までの熱処理温度に耐えられるものであればとくに限定されない。例えば、多孔質ガラスや多孔質セラミックス等が使用できるが、硬度や強度の点から多孔質セラミックスが好ましい。セラミックスの材質としては、アルミナ、コージエライト、ムライト、ジルコニア、窒化ケイ素、炭化ケイ素等が使用できるが、これらに限定されるものではない。
【0016】
多孔質状担体の通気構造としては、ハニカム構造など様々なものが適用できるが、開口空隙が三次元網目構造を有するセラミックスである場合には、とくに、三次元網目構造の隙間が複数の不規則経路となっているために、通過するオゾンガスは、担体での滞留時間が長くなり、オゾン−触媒間の接触時間が多くなるため触媒性能が向上する。
【0017】
三次元網目構造の孔のサイズを規定する単位として、1インチの直線上を通過するセルの数をセル数として#Nと表記する。Nはセルの数である。すなわち、孔のサイズが小さいほどセル数は大きくなる。本発明の場合、セル数は#3から#20の範囲がより好ましく、最大#60までである。#3より小さい場合は、一つの孔サイズが大きくなり、担体でのガス滞留時間が短くなりオゾンの分解効率が劣る。また#60より大きい場合、担体製造方法上も空隙部を形成する骨格部の厚みが十分とれずに担体の強度が確保できない。
【0018】
多孔体にとって大事な通気特性を示す指標として見かけ空孔率がある。本発明のオゾン分解用多孔体の場合、#3〜#20で80%程度、#40〜#60で70%程度の空孔率を示す。この見掛け空孔率は、以下の計算式で求められる。
(1−多孔体の嵩密度/使用原料の焼結体の理論密度)×100%
【0019】
触媒物質として優れた酸化ニッケルを担体表面に強固に付着させるためには、それらの前駆体として硝酸ニッケル水溶液を使用し、これを担体に含浸した後に適切な温度条件で熱処理することが効果的である。硝酸ニッケル水溶液は、その濃度は特に規定されないが、通常は、硝酸ニッケル水和物Ni(NO3)2・nH2O(n=1,2,3,4,5,6)の結晶を融解して用いる。硝酸ニッケル水和物の結晶は、融点である56.7℃以上の温度で融解し、それ自身の持つ結晶水に自己溶解し、やや粘性のある硝酸ニッケル水溶液を生成する。
【0020】
そのため、有機系や無機系バインダーを用いることなく、前記多孔質状担体に容易に一定量を塗布含浸することが可能となる。また、塗布含浸後の余分な水溶液は、エアガンで除去した後、融点以下に一旦保持することにより、得られた硝酸ニッケル塩は直ぐに固化する。したがって、従来のスラリーを用いる場合のような乾燥工程を必要としない。
【0021】
硝酸ニッケル水和物には、前記自己溶解性を阻害しない範囲内で、遷移金属塩、希土類金属塩のようにオゾン分解能を有する塩をオゾン分解能改善の目的で添加しても良い。また、硝酸ニッケル溶液には、硝酸ニッケル水和物Ni(NO3)2・nH2O(n=1,2,3,4,5,6)を、水もしくはアルコール(メチルアルコール、エチルアルコール等)で希釈した希薄溶液として用いることもできる。この方法では硝酸ニッケル水和物は、自己溶解した硝酸ニッケル水溶液単体ほどに効率よく付着膜厚を形成できないが、この操作を多数回くりかえすことでより精密な膜厚制御が可能になる。
【0022】
多孔質状担体にニッケル硝酸塩溶液を含浸せしめると、担体表面からある程度の深さまで入り込むが、融点以下の温度に一旦下げれば、大部分の硝酸ニッケルは水和物結晶として表面に留まっている。この状態で加熱を開始すると、硝酸ニッケル水和物結晶は自身の結晶水に溶解後、結晶水を蒸散し、溶融塩の状態に変化する。この硝酸ニッケル溶融塩は、すべての物質に対して良好な濡れ性を発揮し、多孔質状担体の骨格材料表面に均一な被膜を生成する。さらに加熱を続ける過程で、硝酸ニッケル溶融塩は、徐々にNOxを発生しながら分解して最終的に酸化ニッケルに変化するが、その時の強い酸化作用が担体表面を活性化し、均一な酸化ニッケル膜が担体表面と強固に結合するという結果を生む。
【0023】
熱処理温度は、400〜600℃の範囲が高いオゾン分解効率を得る上で必須である。400〜600℃の範囲の熱処理によって生成した酸化ニッケルは灰緑色であり、X線回折法により岩塩構造であることから2価のNiOであることが確かめられた。高濃度オゾンとの接触によってわずかに黒色に変化するが、X線回折法では岩塩構造を保っているので、オゾンとの接触によって3価に酸化されたニッケルがこの構造の元で安定な2価に可逆的に戻ることにより、オゾン分解触媒効果をもたらす。400℃より低い熱処理温度では、アモルファス状の酸化ニッケルが多く岩塩構造の結晶の生成が不十分であるため、オゾン分解効率が不十分である。また、600℃より高い熱処理温度では、結晶成長が促進され比表面積が著しく減少するため、オゾン分解効率が劣化する。
【0024】
また、本発明では、酸化ニッケル(NiO)を触媒として用いているため、水酸化ニッケルのゲルを用いる場合に比べて表面積が小さく、空気中の水分の影響を受けにくく安定している。さらに、オゾン分解能が劣化したときに熱処理を行うことにより、そのオゾン分解能を復活させることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、連続した開口空隙を有するセラミックス製多孔質状担体の骨格表面に酸化ニッケルの微結晶が均一にかつ強固に付着したオゾン分解フィルターであって、低濃度オゾンのみならず、高濃度のオゾンに対しても優れた触媒能を有するため、分解後のオゾン濃度を環境基準値以下にすることを可能とする。さらに、機械的衝撃にも強いため、長時間安定した触媒能を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態を実施例に基づいて説明する。
【実施例1】
【0027】
50×50×25mmに加工した三次元網目構造の多孔体セラミックス(黒崎播磨株式会社製セラミックフォーム#6:白色、純度98%のアルミナ材質、セル数#6、見かけ空孔率80%、曲げ強度45kg/cm2)を、70℃で結晶水に溶解した硝酸ニッケル6水和物Ni(NO3)2・6H2Oに浸漬し、余分な溶液をエアガンで吹き払った後、そのまま室温中(20℃)に放置し、硝酸ニッケル水和物を担体表面に固着した。次いで、大気中400、500、600、700℃の各温度で1時間熱処理を施したものをオゾン分解用多孔体とした。
【0028】
得られたオゾン分解用多孔体のオゾン分解効率を、25℃で相対湿度50%の条件下、1ppmの濃度のオゾンを含む空気を空間速度SV=7200(h-1)にてオゾン分解用多孔体に通過させた時の出口オゾン濃度を測定し、オゾン分解率を以下の式によって評価した。
((入口オゾン濃度−出口オゾン濃度)/入口オゾン濃度)×100%
【0029】
多孔体1個を用いた場合と2個直列で用いた場合のそれぞれのオゾン分解率を表1に示す。多孔体1個を用いた場合では、出口においてわずかにオゾン臭気を感じたが、2個直列で用いた場合は、ほとんど臭気を感じなかった。
【比較例1】
【0030】
実施例1と同じく、50×50×25mmに加工した三次元網目構造の多孔体セラミックス(黒崎播磨株式会社製セラミックフォーム#6:白色、純度98%のアルミナ材質、セル数#6、見かけ空孔率80%、曲げ強度45kg/cm2)を、70℃で結晶水に溶解した硝酸マンガン6水和物Mn(NO3)2・6H20に浸漬し、余分な溶液をエアガンで吹き払った後、20℃で固化させた。次いで、大気中500℃の温度で1時間熱処理を施したものを、オゾン分解用多孔体とした。このオゾン分解用多孔体のオゾン分解効率を実施例1と同様に評価した結果を表1に示す。多孔体1個を用いた場合では、出口においてオゾン臭気を感じたが、2個直列で用いた場合は、ほとんど臭気を感じなかった。
【実施例2】
【0031】
実施例1において、大気中500℃の温度で1時間熱処理を施した多孔体のオゾン分解率を、25℃で相対湿度50%の条件下、1%の高濃度オゾンを含む空気を空間速度SV=7200(h-1)にてオゾン分解用多孔体に通過させた時の出口オゾン濃度を測定し、評価した。多孔体1個を用いた場合と2個直列で用いた場合のそれぞれのオゾン分解率を表1に示す。多孔体1個を用いた場合では、出口において強いオゾン臭気を感じたが、2個直列で用いた場合は、ほとんど臭気を感じなかった。
【比較例2】
【0032】
比較例1において、大気中500℃の温度で1時間熱処理を施した多孔体のオゾン分解率を、25℃で相対湿度50%の条件下、1%の高濃度オゾンを含む空気を空間速度SV=7200(h-1)にてオゾン分解用多孔体に通過させた時の出口オゾン濃度を測定し、評価した。多孔体1個を用いた場合と2個直列で用いた場合のそれぞれのオゾン分解率を表1に示す。多孔体1個を用いた場合も2個直列で用いた場合も、出口において強いオゾン臭気を感じた。
【0033】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、高濃度オゾンの分解率を向上させ、分解後のオゾン濃度を環境基準値以下にすることのできるオゾン分解フィルターとして、オゾンを取り扱う各種の分野において利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質状担体の骨格表面に、ニッケル酸化物、または、ニッケル酸化物を主成分とする化合物を担持したことを特徴とするオゾン分解フィルター。
【請求項2】
多孔質状担体が、三次元網目構造、あるいは、ハニカム構造を有するセラミックスである請求項1記載のオゾン分解フィルター。
【請求項3】
多孔質状担体に硝酸ニッケルを主成分とする水溶液を含浸せしめた後、400〜600℃の温度範囲で熱処理することにより、ニッケル酸化物を主成分とする化合物を多孔質状担体の骨格表面に担持せしめることを特徴とするオゾン分解フィルターの製造方法。

【公開番号】特開2006−150290(P2006−150290A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−347123(P2004−347123)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(500372717)学校法人福岡工業大学 (32)
【Fターム(参考)】