説明

オーステナイト系ステンレス鋼

【課題】高温でのクリープ強度に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供する。
【解決手段】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、Cr:17〜19%、Ni:30〜32%、Nb:3.0〜3.6%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼では、700℃以上の高温域で時効処において、結晶粒30の粒内にNiNbないしはFeNb40が析出し、粒界10にFeNb20が析出する。これらの金属間化合物(NiNb及びFeNb)により、700℃以上の高温域におけるクリープ強度が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼に関し、さらに詳しくは、高温圧力容器や、ボイラ、発電用タービンのブレード、化学工業プラントの設備等に利用されるオーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
化学工業プラントの設備や高温圧力容器、ボイラ、発電用タービン等は、高温及び高圧の流体を扱う。これらの設備の構成部材は、耐熱鋼材が利用される。耐熱鋼材はたとえば、鋼管、鋼板、棒鋼、鍛鋼品、鋳鋼品等である。
【0003】
耐熱鋼材として、従来、18−8系オーステナイトステンレス鋼が利用されている。18−8系オーステナイトステンレス鋼はたとえば、JIS規格におけるSUS304H、SUS316H、SUS321H及びSUS347Hである。
【0004】
化学工業プラント設備や高温圧力容器、ボイラ、タービン用の耐熱鋼材は、高温強度の改善が求められ、特に、700℃以上の高温におけるクリープ強度の向上が求められる。
【0005】
特開昭62−133048号公報(特許文献1)、特開平7−138708号公報(特許文献2)、特開平8−13102号公報(特許文献3)、特開2004−323937号公報(特許文献4)及び特開2004−323937号公報(特許文献5)は、高温強度の改善を目的としたオーステナイト系ステンレス鋼を開示する。これらの文献に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼は、Nbと、Cと、Nとを含有する。これらの元素は、炭化物、窒化物及び炭窒化物を形成し、鋼の高温強度を向上する。これらの文献に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Cuを含有する。高温において、Cuはオーステナイト母相に析出し、鋼の高温強度を向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭62−133048号公報
【特許文献2】特開平7−138708号公報
【特許文献3】特開平8−13102号公報
【特許文献4】特開2004−323937号公報
【特許文献5】特開2004−3000号公報
【特許文献6】特開2005−2929号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】高田尚記、松尾孝、竹山雅夫、「Fe2Nb Laves相の構造とそのオーステナイト系耐熱鋼の強化相としての役割」、日本学術振興会耐熱金属材料第123委員会研究報告Vol.50 No.3(2009)、p.389〜400
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
最近では、火力発電プラントの発電効率を向上するため、高温におけるクリープ強度がさらに改善された耐熱鋼材が求められる。
【0009】
本発明の目的は、高温におけるクリープ強度に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0010】
本発明によるオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、Cr:17〜19%、Ni:30〜32%、Nb:3.0〜3.6%を含有し、残部はFe及び不純物からなる。
【0011】
上述のオーステナイト系ステンレス鋼は、700℃以上の高温において、優れたクリープ強度を有する。
【0012】
また、上記オーステナイト系ステンレス鋼において、上記不純物としてのC、Si、Mn、P、S、Mo、W、Nのうちの1種又は2種以上を、質量%で、C:0.01%未満、Si:0.1%未満、Mn:0.1%未満、P:0.010%未満、S:0.003%未満、Mo:0.01%未満、W:0.01%未満、及びN:0.01%未満で含有してもよい。
【0013】
また、上記オーステナイト系ステンレス鋼は、Feの一部に代えて、質量%で、B:0.0001〜0.0030%を含有してもよい。
【0014】
また、上記オーステナイト系ステンレス鋼は、Feの一部に代えて、質量%でAl:0.001〜0.10%、Mg:0.0001〜0.010%、及び、Ca:0.0001〜0.010%から選択された1種又は2種以上を含有してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】オーステナイトステンレス鋼の化学成分において、Nb含有量と、FeNb及びNiNbの析出量との関係を示す図である。
【図2】(A)は本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼のSEM画像であり、(B)は、その模式図である。
【図3】FeNbの粒界被覆率を説明するための模式図である。
【図4】(A)は、ボロンが含有された本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼のSEM画像であり、(B)は、その模式図である。
【図5】実施例において製造された複数のオーステナイト系ステンレス鋼のSEM画像である。
【図6】図5に示した複数のオーステナイト系ステンレス鋼の時効時間と、FeNbの粒界被覆率を示す図である。
【図7】実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、FeNbの粒界被覆率とクリープ速度との関係を示す図である。
【図8】実施例におけるオーステナイト系ステンレス鋼の、700℃における応力−クリープ破断時間線図である。
【図9】クリープ試験により得られた、オーステナイト系ステンレス鋼の破断伸び及び破断絞りを示す図である。
【図10】実施例におけるオーステナイトステンレス鋼の、熱間加工後の割れ長さを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。また、以下の説明において、元素に関する%は質量%を意味する。
【0017】
本発明者らは、研究の結果、以下の知見を得た。
【0018】
(A)耐熱鋼材に用いられる従来のオーステナイト系ステンレス鋼は、炭化物や、NbCrN複合窒化物に代表される窒化物や、炭窒化物により、クリープ強度を向上する。しかしながら、炭化物、窒化物及び炭窒化物は、高温での長時間クリープ強度を改善しにくい。より具体的には、炭化物、窒化物及び炭窒化物は、700℃以上における10万時間クリープ破断強度の向上に寄与しにくい。
【0019】
(B)従来の耐熱鋼材用オーステナイト系ステンレス鋼はさらに、整合析出されたCu相により強度を向上する。Cu相は、短時間の高温強度を改善できる。しかしながら、高温での長時間クリープ強度の向上には寄与しにくい。
【0020】
(C)従来のオーステナイト系ステンレス鋼では、主として、FeW型Laves相が析出する。FeWは、高温での短時間クリープ強度を向上する。しかしながら、高温で長時間加熱されると、FeWは凝集粗大化する。そのため、FeWは、高温での長時間クリープ強度の向上に寄与しにくい。
【0021】
(D)炭化物、窒化物及び炭窒化物の代わりに、NiNbと、FeNb型Laves相とが鋼中に析出すれば、高温での長時間クリープ強度が改善される。より具体的には、NiNbは、結晶粒の粒内に析出して、粒内の強度を向上する。一方、FeNbは、粒界に析出して、粒界の強度を向上する。
【0022】
(E)Al、Mg、Caは、オーステナイト系ステンレス鋼の熱間加工性を改善する。
【0023】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、以上の知見に基づく。以下、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の詳細を説明する。
【0024】
[化学組成]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、以下の化学組成を有する。
【0025】
Cr:17〜19%
クロム(Cr)は、鋼の耐酸化性と、耐水蒸気酸化性と、耐高温腐食性とを向上する。Cr含有量が少なすぎれば、700℃以上の高温域において、有効な耐酸化性及び耐高温腐食性が得られない。一方、Cr含有量が多すぎれば、延性が低下する。したがって、Cr含有量は17〜19%である。
【0026】
Ni:30〜32%
ニッケル(Ni)は、オーステナイト相を安定化する。つまり、Niはオーステナイト生成元素である。一方、Cr及びNbは、フェライト生成元素である。オーステナイト相が安定するように、Ni含有量は、Cr含有量及びNb含有量に対応して規定される。
さらに、NiNb及びFeNbの析出量は、Ni含有量と関係する。Ni含有量が少なすぎれば、NiNbの析出量は少ない。一方、Ni含有量が多すぎれば、NiNbの析出量が過剰に多くなるため、FeNbの析出量が減少する。FeNbの析出量が減少すれば、高温での長時間クリープ強度が低下する。したがって、Ni含有量は30〜32%である。
【0027】
Nb:3.0〜3.6%
ニオブ(Nb)は、Niと結合してNiNbを形成する。ニオブはさらに、Feと結合してFeNbを形成する。これらの金属間化合物(NiNb及びFeNb)は、Nb含有量に依存する。
上述のとおり、NiNbは結晶粒の粒内に析出して粒内を強化し、FeNbは粒界に優先的に析出して粒界を強化する。したがって、700℃以上の高温域において、結晶粒内及び結晶粒界を強化するには、高温域において、鋼中にNiNbが析出しているとともに、FeNbが析出しているのが好ましい。より好ましくは、700℃以上の高温域において、FeNbの析出量が、NiNbの析出量と略同等以上であるのが好ましい。
【0028】
Nb含有量が3.0%以上であれば、700℃以上の温度域において、FeNbの析出量がNiNbの析出量と略同等以上になる。
【0029】
図1は、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成のうち、Nb含有量を変化した場合の700℃におけるNiNbとFeNbの析出量を示す図である。図1を参照して、横軸は、Nb含有量(質量%)である。縦軸は、NiNb及びFeNbの析出量(体積%)を示す。図中の実線L1はFeNbの析出量を示す。図中の実線L2は、NiNbの析出量を示す。
【0030】
図1を参照して、NiNb(実線L2)は、Nb含有量が0%から増加するに従い、急速に増加する。しかしながら、Nb含有量が1.5%を超えると、Nb含有量が増加しても、NiNbはそれほど析出しない。一方、FeNb(実線L1)は、Nb含有量が1.5%を超えるまでは析出しない。そして、Nb含有量が1.5%を超えると、Nb含有量の増加に伴い、FeNbの析出量も増加する。
【0031】
Nb含有量が3.0%以上であれば、FeNb及びNiNbの析出量の総和に対するFeNbの析出量(以下、FeNbの相分率という)が、45%以上となる。つまり、FeNbの析出量がNiNbの析出量と略同等以上となる。
【0032】
一方、Nbが過剰に含有されれば、溶体化処理後の未固溶析出物が増加し、鋼の靭性が低下する。したがって、Nb含有量は3.0〜3.6%である。なお、Nb含有量が3.0〜3.6%であれば、図1に示すとおり、FeNbの相分率は45〜60%となり、FeNbの析出量は、NiNbの析出量と略同等になる。
【0033】
残部はFe及び不純物である。不純物は、ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石あるいはスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって鋼に混入される。
【0034】
本実施の形態によるオーステナイトステンレス鋼は、不純物としての複数の元素(C、Si、Mn、P、S、Mo、W、N)のうちの1種又は2種以上を含有してもよい。しかしながら、不純物の含有量は少ない方が好ましい。したがって、上述の不純物の含有量は、以下のとおり制限されるのが好ましい。
【0035】
C:0.01%未満
本実施の形態において、炭素(C)は不純物である。CはNiやNb、Crと結合して炭化物を形成する。鋼が高温で長時間加熱されると、炭化物は凝集粗大化する。粗大化した炭化物により、結晶粒内及び粒界の強度が低下する。
Cはさらに、NiやNbと結合することにより、NiNb及びFeNbの生成を阻害する。特に、C含有量が多ければ、FeNbの生成が阻害され、結晶粒界の高温強度が低下する。
【0036】
以上より、Cは、高温での長時間クリープ強度を低下する。そのため、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼において、C含有量は少ない方が好ましい。C含有量は0.01%未満である。好ましいC含有量は0.005%未満である。
【0037】
Si:0.1%未満
本実施の形態において、Siは不純物である。Siは、Niと結合してシリサイドを形成する。シリサイドは非常に脆い金属間化合物である。そのため、シリサイドは鋼を脆化する。したがって、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼では、Si含有量は少ない方が好ましい。Si含有量は0.1%未満である。好ましいSi含有量は0.05%未満である。
【0038】
Mn:0.1%未満
本実施の形態において、マンガン(Mn)は不純物である。Mnはσ相の生成を促進する。σ相は脆い金属間化合物であるため、鋼を脆化する。したがって、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼では、Mn含有量は少ない方が好ましい。Mn含有量は、0.1%未満である。好ましいMn含有量は0.05%未満である。
【0039】
P:0.01%未満
リン(P)は不純物である。Pは熱間加工性及び延性を低下する。したがって、P含有量は少ない方が好ましい。P含有量は0.01%未満である。
【0040】
S:0.003%未満
硫黄(S)は不純物である。Sは熱間加工性を低下する。したがって、S含有量は少ない方が好ましい。S含有量は0.003%未満である。
【0041】
Mo:0.01%未満
本実施の形態において、モリブデン(Mo)は、不純物である。Moは、FeMo型Laves相を形成し、FeNbの生成を阻害する。したがって、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼において、Mo含有量は少ない方が好ましい。Mo含有量は0.01%未満である。
【0042】
W:0.01%未満
本実施の形態において、タングステン(W)は、不純物である。上述のとおり、WはFeW型Laves相を形成する。鋼を高温で長時間加熱した場合、FeWは粗大化し、クリープ強度を低下する。Wはさらに、FeNbの生成を阻害する。したがって、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼において、W含有量は少ない方が好ましい。W含有量は0.01%未満である。
【0043】
N:0.01%未満
窒素(N)は、Nbと結合してNb窒化物を形成する。鋼を高温で長時間加熱したとき、窒化物は、凝集粗大化する。粗大化した窒化物は鋼のクリープ強度を低下する。Nはさらに、Nbと結合するため、NiNb及びFeNbの生成を阻害する。したがって、本実施の形態におけるオーステナイト系ステンレス鋼において、N含有量は少ない方が好ましい。N含有量は、0.01%未満であり、さらに好ましくは、0.005%未満である。
他の不純物として酸素(O)がある。Oは、熱間加工性を低下する。したがって、O含有量はなるべく少ない方が好ましい。
【0044】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Feの一部に代えて、Bを含有してもよい。
【0045】
B:0.030%以下
ボロン(B)は、粒界へのFeNbの生成を促進し、FeNbの析出量を増加する。そのため、Bは、高温での長時間クリープ強度を向上する。一方、ボロン含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。ボロンが過剰に含有されると、製造工程中に生成されるボライドの溶体化温度が上がる。そのため、溶体化処理後に未固溶のボライドが残存する。未固溶ボライドは鋼の靭性を低下する。したがって、ボロン含有量は0.030%以下である。ボロン含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0046】
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼はさらに、Feの一部に代えて、Al、Mg及びCaから選択される1種又は2種以上を含有する。Al、Mg及びCaは、鋼の熱間加工性を向上する。
【0047】
sol.Al(酸可溶性Al):0.10%以下
アルミニウム(Al)、は、鋼を脱酸する。Alはさらに、OやSを固着して、鋼の熱間加工性を向上する。一方、Al含有量が多すぎれば、靭性が低下する。したがって、Sol.Alの含有量は0.10%以下である。Sol.Al含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0048】
Mg:0.010%以下
マグネシウム(Mg)、は、Alと同様に、鋼を脱酸し、鋼の熱間加工性を向上する。Mg含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Mgの含有量は0.010%以下である。Mg含有量が0.0001%以上であれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0049】
Ca:0.010%以下
カルシウム(Ca)は、Al及びMgと同様に、鋼を脱酸し、鋼の熱間加工性を向上する。一方、これらの元素の含有量が多すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Ca含有量は0.010%以下である。Ca含有量が0.0001%以上含有されれば、上記効果が特に有効に得られる。
【0050】
[製造方法]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法の一例を説明する。
上述の化学組成を有する溶鋼を高炉又は電炉溶解により製造する。製造した溶鋼を必要に応じて周知の脱ガス処理を施す。
【0051】
次に、溶鋼を連続鋳造法により連続鋳造材にする。連続鋳造材とはたとえばスラブやブルームやビレットである。又は、溶鋼を造塊法によりインゴットにする。連続鋳造材又はインゴットを周知の方法により熱間加工して、オーステナイト系ステンレス鋼材にする。オーステナイト系ステンレス鋼材はたとえば、鋼管、鋼板、棒鋼、鍛鋼等である。
【0052】
製造されたオーステナイト系ステンレス鋼材に対して溶体化処理を施す。溶体化処理は、周知の方法により行われる。溶体化処理の温度(溶体化温度)はたとえば、1000〜1300℃である。溶体化処理の時間はたとえば、0.1時間〜2時間である。
溶体化処理されたオーステナイトステンレス鋼に対して、周知の時効処理を施してもよい。また、所望の鋳型を用いて、溶鋼を鋳込むことにより、鋳鋼品が製造される。
【0053】
以上の工程により、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼が製造される。
【0054】
[組織]
本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼を、700℃以上の高温で所定時間加熱した場合、鋼中の結晶粒界にはFeNbが析出し、結晶粒内にはNiNbが析出する。
【0055】
図2(A)は、800℃で240時間時効処理した、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼(Bを含有せず)のSEM画像(反射電子像)である。また、図2(B)は、図2(A)の模式図である。図2(A)及び図2(B)を参照して、粒界10上には、複数のFeNb20が生成される。FeNb20は粒界の一部を覆う。さらに、結晶粒30内には、複数のNiNbないしはFeNb40が生成される。
以上のとおり、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼では、炭化物、炭窒化物及び窒化物の析出が抑えられ、FeNb及びNiNbが析出される。FeNbにより粒界が強化され、主にNiNbにより、結晶粒の粒内が強化される。そのため、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼では、高温での長時間クリープ強度が向上する。
【0056】
ここで、結晶粒界の長さに対する、FeNbに覆われた粒界の長さの比を、粒界被覆率(%)と定義する。粒界被覆率は、以下の方法で算出される。
【0057】
オーステナイト系ステンレス鋼の任意の場所からサンプルを採取する。採取されたサンプルから、30μmの領域を5視野観察する。観察には走査型電子顕微鏡(SEM)を用いる。図3は、観察された領域の模式図である。領域中の結晶粒界の全長Lを測定する。そして、FeNbに覆われた各粒界部分(総計n個)の長さA1〜Anを測定する。
【0058】
得られたL及びA1〜Anに基づいて、各領域(合計5つ)における粒界被覆率(%)を、以下の式(1)に基づいて求める。
【0059】
粒界被覆率=(A1+A2+A3+・・・+An)/L (1)
得られた5つの粒界被覆率の平均を、本実施の形態におけるFeNbの粒界被覆率ρ(%)と定義する。
【0060】
700℃以上で500時間以上加熱した場合、鋼中のFeNbの粒界被覆率は50%以上である。上述のとおり、炭化物、窒化物及び炭窒化物の生成を抑えることにより、多くのFeNbが結晶粒界に形成される。そのため、結晶粒界の強度が向上し、高温での長時間クリープ強度が向上する。より具体的には、700℃における10万時間クリープ破断強度が75MPa以上となる。
【0061】
Bが含有されれば、FeNbの粒界被覆率はさらに増大する。図4(A)は、Bを含有するオーステナイト系ステンレス鋼のSEM画像(反射電子像)であり、図4(B)は、図4(A)の模式図である。図4(A)及び図4(B)に示すとおり、Bが含有されることにより、図2(A)よりも多くのFeNb20が粒界10上に析出する。700℃以上で500時間以上加熱した場合、本実施の形態によるBを含有するオーステナイト系ステンレス鋼でのFeNbの粒界被覆率は、60%以上である。
【0062】
FeNbの粒界被覆率が高いほど、高温での長時間クリープ強度は向上する。そのため、好ましくは、本実施の形態によるオーステナイト系ステンレス鋼は、上述の範囲のBを含有する。
【0063】
粒界に形成されたFeNbはさらに、鋼の延性を向上する。高温での長時間クリープ強度と同様に、FeNbの粒界被覆率が高いほど、延性が向上する。
【実施例1】
【0064】
表1に示す化学組成を有する複数のオーステナイト系ステンレス鋼を製造した。製造されたオーステナイト系ステンレス鋼のFeNbの粒界被覆率を調査した。
続いて、粒界被覆率と高温での長時間クリープ強度との関係を調査した。さらに、粒界被覆率と熱間加工性との関係を調べた。
【表1】

【0065】
表1を参照して、マークA〜C、T1及びT2の鋼の化学組成は、本発明の範囲内であった。一方、マークD、E及びT3の化学組成は、本発明の範囲外であった。具体的には、マークD及びEのC含有量は、本発明の上限を超えた。マークT3は、JIS規格のSUS347Hに相当する鋼の化学組成を有した。マークT3のC含有量、Si含有量、Mn含有量及びP含有量は、本発明の上限を超えた。また、マークT3のNi含有量及びNb含有量は、本発明の下限値未満であった。
【0066】
[調査方法]
各マークの鋼を以下の方法により製造した。具体的には、各マークの鋼を高周波真空溶解炉により溶製し、円柱状のインゴットを製造した。各マークのインゴットの外径は180mmであり、重量は50kgであった。
【0067】
各インゴットを1100℃で2時間均熱した。均熱されたインゴットを熱間加工し、50mmの厚さと100mmの幅とを有する板材を製造した。得られた板材を1100℃で加熱した。加熱された板材を熱間圧延し、15mmの厚さを有する鋼板を製造した。得られた鋼板を溶体化処理した。具体的には、得られた鋼板を1250℃で2時間均熱した後、水冷した。以上の工程により製造された鋼板は、実質的にオーステナイト単相組織を有した。
【0068】
溶体化処理された鋼板からサンプルを採取した。採取されたサンプルに対して、時効処理を実施した。時効温度は800℃であり、時効時間は1200時間であった。時効処理後のサンプルをSEM観察した。そして、上述の方法により、FeNbの粒界被覆率ρを求めた。また、製造された鋼板に対して、クリープ破断試験を実施した。クリープ破断試験はJIS Z2271に基づいて実施した。試験温度は700℃であり、荷重は120MPaであった。
【0069】
[調査結果]
図5は、時効処理後のマークA〜Eの鋼のSEM画像である。図5中の「a」は、マークAの鋼のSEM画像である。同様に、図中「b」はマークB、「c」はマークC、「d」はマークD、「e」はマークEのSEM画像である。図6は、800℃での時効時間とFeNbの粒界被覆率との関係を示す図である。図6中の曲線MarkAは、マークAの試験結果を示す。同様に、曲線MarkB〜MarkEは、マークB〜マークEの試験結果をそれぞれ示す。
【0070】
図5及び図6を参照して、マークA〜Cの鋼の化学組成は本願発明の範囲内であった。そのため、時効時間が500時間以上の場合の粒界被覆率が50%以上であった。一方、マークD及びEの鋼は、本発明よりも過剰なCを含有した。そのため、時効時間が500時間以上の場合の粒界被覆率が50%未満であった。表1に示すとおり、マークDのC含有量は0.042%であり、マークEのC含有量は0.11%であった。したがって、C含有量が多いほど、粒界被覆率が低下した。
なお、図示していないが、本発明よりも過剰なCを含有したマークT3の時効時間500時間以上での粒界被覆率は、25.7%であった。
【0071】
マークA〜Cを参照して、マークB及びCの粒界被覆率は、マークAよりも高かった。さらに、マークCの粒界被覆率は、マークBよりも高かった。以上より、本発明の化学組成を有する鋼の粒界被覆率は、B含有量が多いほど高かった。
【0072】
図7は、マークT1及びT2の鋼の粒界被覆率と、クリープ速度との関係を示す図である。クリープ速度は、クリープ破断試験により得られた。図7の横軸に示す粒界被覆率は、700℃において500時間時効処理したとき(クリープ破断試験とは別個に試験を実施)のマークT1及びT2の粒界被覆率である。
点P2T1は、クリープ破断試験での試験時間2000時間における、マークT1のクリープ速度である。点P3T1は、試験時間3000時間における、マークT1のクリープ速度である。点P4T1は、試験時間4000時間における、マークT1のクリープ速度である。
同様に、点P2T2は、試験時間2000時間における、マークT2のクリープ速度である。点P3T2は、試験時間3000時間における、マークT2のクリープ速度である。点P4T2は、試験時間4000時間における、マークT2のクリープ速度である。
マークT1の粒界被覆率は55%であった。そのため、図7では、粒界被覆率=55%上に、点P2T1、点P3T1及び点P4T1をプロットした。また、マークT2の粒界被覆率は75%であった。そのため、図7では、粒界被覆率=75%上に、点P2T2、点P3T2及び点P4T2をプロットした。
【0073】
上述のとおり、マークT1及びT2の鋼の粒界被覆率は、いずれも50%以上であった。さらに、マークT2の粒界被覆率は、マークT1よりも高かった。マークT2はマークT1よりもB含有量が高かったためと考えられる。
また、図7を参照して、試験時間が2000時間、3000時間、4000時間いずれの場合も、マークT2のクリープ速度は、マークT1よりも低かった。つまり、マークT2は、マークT1よりも高いクリープ抵抗を有した。
【0074】
図8は、マークT1〜T3の応力−クリープ破断時間線図である。図中の線分CT1は、マークT1の試験結果である。線分CT2は、マークT2の試験結果であり、線分CT3は、マークT3の試験結果である。図8を参照して、線分CT1及びCT2は、線分CT3よりも高かった。したがって、試験時間が10万時間におけるマークT1及びT2のクリープ破断強度は、マークT3よりも高かった。さらに、線分CT2は線分CT1よりも高かった。したがって、図7及び図8から、マークT2のクリープ破断強度は、マークT1よりも高いことが分かった。
【0075】
図9は、マークT1及びT2のクリープ破断試験における破断伸び及び破断絞りを示す図である。図9を参照して、マークT2の破断伸び及び破断絞りはいずれも、マークT1よりも高かった。つまり、マークT2は、マークT1よりも優れた延性を有した。
【0076】
図5〜図9に基づいて、以下の結果が導き出された。オーステナイト系ステンレス鋼では、C含有量が少なければ、FeNbの粒界被覆率が高くなった(図5及び図6参照)。そして、本発明の範囲内であれば、700℃以上で500時間加熱したときの粒界被覆率は50%以上であった(図6参照)。さらに、B含有量が多いほど、粒界被覆率が高くなった(図6及び図7参照)。さらに、粒界被覆率が高いほど、高温における長時間クリープ強度が高くなった(図6〜図8参照)。そして、粒界被覆率が50%以上であれば、700℃での10万時間クリープ強度は、従来のオーステナイト系ステンレス鋼よりも高くなった(図8参照)。具体的には、本発明のオーステナイトステンレス鋼(マークT1及びT2)の10万時間クリープ破断強度は75MPa以上となった。
【0077】
さらに、本発明の範囲内の化学組成を有する鋼において、B含有量が多いほど、優れた延性が得られた(図9参照)。
【実施例2】
【0078】
本発明の化学組成を有する鋼を用いて、熱間加工性に対するAl及びCaの影響を調査した。
【0079】
表2に示すマークT10〜T12の鋼を準備した。
【表2】

【0080】
表2を参照して、マークT10〜T12の化学組成はいずれも、本発明の範囲内であった。マークT10はAl及びCaを含有しなかった。マークT11は、Alを0.04%含有した。また、マークT12は、Caを0.0009%含有した。
【0081】
[調査方法]
マークT10〜T12の鋼を高周波真空溶解炉により溶製し、インゴットを製造した。各マークのインゴットの形状は以下のとおりであった。インゴットのボトムの外径は140mmであり、インゴットのトップの外径は180mmであった。高さは440mmであった。
各インゴットを1100℃で2時間均熱した。均熱されたインゴットを熱間鍛造し、
外径100mmの丸棒を製造した。
製造された丸棒の表面を目視により観察した。そして、目視により確認できた割れの周方向の長さを測定した。各マークにおいて、観察された割れの総長さを求めた。
【0082】
[調査結果]
図10は、マークT10〜T12の割れ総長さ(mm)を示す図である。図10を参照して、マークT11及びT12の割れ総長さは、マークT10よりも顕著に少なかった。マークT11及びT12は、Al又はCaを含有するため、マークT10よりも熱間加工性が優れていた。
【0083】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0084】
10 粒界
20 FeNb型Laves相
30 結晶粒
40 NiNbないしはFeNb

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Cr:17〜19%、
Ni:30〜32%、
Nb:3.0〜3.6%を含有し、
残部はFe及び不純物からなり、
優れたクリープ強度を有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であって、
前記不純物としてのC、Si、Mn、P、S、Mo、W、Nのうちの1種又は2種以上を、質量%で、C:0.01%未満、Si:0.1%未満、Mn:0.1%未満、P:0.010%未満、S:0.003%未満、Mo:0.01%未満、W:0.01%未満、及びN:0.01%未満で含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であって、
前記Feの一部に代えて、質量%で、
B:0.0001〜0.0030%を含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼であって、
前記Feの一部に代えて、質量%で、
Al:0.001〜0.10%、
Mg:0.0001〜0.010%、及び
Ca:0.0001〜0.010%から選択される1種又は2種以上を含有する、オーステナイト系ステンレス鋼。

【図1】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−195880(P2011−195880A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−63499(P2010−63499)
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.発行者名 独立行政法人日本学術振興会 2.刊行物名、巻数、号数 日本学術振興会耐熱金属材料 第123委員会 研究報告 第50巻 第3号 3.発行日 平成21年11月10日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「鉄鋼材料の革新的高強度・高機能化基盤研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】