説明

カプサイシン受容体の活性調節剤、及びそれを用いた医薬組成物

【課題】TRPV1による疼痛や胃粘膜の防御作用を制御するために、TRPV1の結合タンパク質を提供し、TRPV1の作動を制御を可能にする方法を提供する。
【解決手段】マウスEHD4タンパク質の66位、184位、及び225位に相当部分のアミノ酸の少なくとも1カ所が、正常なEHD4タンパク質のアミノ酸と変異してなる変異EHD4タンパク質、及びこれらの変異タンパク質をコードする遺伝子を提供する。また、該変異タンパク質を含有してなるTRPV1の活性調節剤、並びにEHD4若しくはEHD4の活性を亢進する物質、又はEHD4の活性を阻害する物質、及び製薬上許容される担体を含有してなる医薬組成物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、EHD4タンパク質の新規な機能を見出したものであり、EHD4タンパク質を含有してなるTRPV1の活性調節剤に関する。また、本発明は、EHD4タンパク質の新規な変異タンパク質、それをコードする遺伝子、その抗体、それを用いた医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
カプサイシン受容体としてクローニングされた非選択性陽イオンチャネルTRPV1(transient receptor potential vamlloid 1)は熱、酸などの刺激をも受容し、生体の侵害受容体として機能している(特許文献1及び2、並びに非特許文献1参照)。当該受容体は、当初はバニロイド受容体、バニロイド様受容体として「VR」、「VLR」、又はバニロイド受容体関連ぺプチドとして「VRRP」として命名されていたが、受容体活性化Ca2+流入を担っている透過型カチオンチャネルである「TRP」の1種として命名されている。TRP(transient receptor potential)は、1989年に光受容に異常を起こすショウジョウバエの変異の原因遺伝子として発見された。以来、多数のTRPホモログが発見されTRPスーパーファミリーを形成している。TRPスーパーファミリーは、6個〜8個の膜貫通領域を有し、25個のアミノ酸からなるTRPドメインを有するという構造的な特徴を有するCa2+透過型カチオンチャネルである。
TRPスーパーファミリーには、ショウジョウバエのTRPと相同性が高いTRPC(TRP-canonical)、悪性黒色腫(メラノーマ)細胞から見出されたTRPM(TRP-melastatin)、アンキリンリピートを有するTRPA、バニロイド受容体であるTRPV(TRP-vanilloid)などが知られている。アンキリンリピートを有するTRPA1は、15℃以下の低温や、ワサビやマスタードの辛み(アリルイソチオシアネート)に反応する。
TRPVには、TRPV1、TRPV2、TRPV3、TRPV4、及びTRPV6のサブタイプが知られており、TRPV1はトウガラシの辛みの成分であるカプサイシンの受容体として見出された。TRPV1は辛みだけでなく、43℃以上の熱や、pH5.9以下のpHにも反応することから、痛覚刺激の伝達に深く関与しているものとされている。TRPV2はTRPV1よりも高温の52℃以上で反応し、TRPV3は30℃以上で反応するが、カプサイシンやpHでは反応しない。TRPV4は細胞外液の浸透圧の減少により活性化される。また、TRPV6は腸におけるCa2+の取り込みに関与しているとされている。
【0003】
TRPV1は、舌では味蕾が豊富に存在する有郭乳頭、葉状乳頭、茸状乳頭を取り巻くように集中して局在化している。これらのTRPV1陽性神経線維は、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)やサブスタンスPを含み、これらの物質がTRPV1の作用に深く関連していると考えられている。また、TRPV1は胃粘膜にも発現しており、胃酸によるpHの変化に反応して、胃粘膜の血流増加、重炭酸イオン分泌の増加、粘膜分泌の促進、胃収縮性の抑制、胃酸分泌抑制などに関与している。さらに、ヒスタミンH受容体拮抗薬であるラニチジンは、TRPV1関連知覚神経を活性化し、胃粘膜防御因子を増加させることも報告されている。
TRPV1は、カプサイシン、熱、及びpHで刺激され、これらの刺激はいずれも実際に生体においても痛みとして知覚されるものである。TRPV1が多刺激痛覚受容体として機能していることは、電気生理学的な機能解析により明らかにされてきたが、生体内においてもTRPV1が多刺激痛覚受容体として機能していることは、TRPV1欠損マウスによる解析からも明らかにされてきた。TRPV1欠損マウスはカプサイシンに反応せず、熱刺激感受性も低下し、炎症による熱性痛覚過敏もみられない。
また、大韓民国コジュリ(kojuri)の野生ハツカネズミに由来する近交系マウスであるKJRマウス(strain;KJR/Ms)は、通常のC57BL/6Jと比較してカプサイシン感受性、温度感覚が鈍く、このTRPV1を介した刺激受容に異常があると考えられていた(非特許文献2及び3参照)。
【0004】
このように、TRPV1は単に辛みの受容体として機能しているだけでなく、多刺激痛覚受容体として機能し、さらに胃粘膜の防御因子のひとつとしても機能しており、TRPV1に関連する物質の探索とその作用機序の解明が求められていた。
本発明者らは、TRPV1と同じファミリーに属するTRPV4の研究から、酵母ツーハイブリッド(two-hybrid)法を用い、EH1と呼ばれるタンパク質がTRPV4の結合タンパク質であることを見出してきた(特許文献3参照)。TRPV1とTRPV4は同じファミリーに属し、同様な結合タンパク質の存在が期待されていた。
【0005】
【特許文献1】特表2001−514879号
【特許文献2】特表2002−503451号
【特許文献3】WO 01/62915号
【非特許文献1】Caterina et a1.,1997;Tominaga et a1.,1998;Jordt et a1.,2000
【非特許文献2】Koide T,et al., Mammalian Genome, 11, 664-670, 2000.
【非特許文献3】Furuse T, et al., Brain Research Bulletin, 57, 49-55, 2002.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、TRPV1による疼痛や胃粘膜の防御作用を制御するために、TRPV1の結合タンパク質を解析する第一の目的とし、さらにTRPV1の作動を制御を可能にすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、大韓民国コジュリ(kojuri)の野生ハツカネズミに由来する近交系マウスであるKJRマウスでは温度感覚とカプサイシン感受性が低下していることを生体外に取り出して(ex vivo)確認した。さらに、KJRマウスとC57BL/6Jマウスのカプサイシン感受性の違いに関わるタンパク質をコードしている遺伝子の遺伝子座をQTL(quantitative trait loci)解析で検討したところ、11番染色体にあるTRPV1の遺伝子座ではなく、2、7、8番染色体にある遺伝子座が関わっていることが明らかにされた(非特許文献3参照)。
一方、本発明者らが見出してきたEH1(特許文献3参照)のファミリーであるEH4がQTLで明らかにされた2番染色体の遺伝子座に相当する位置にコードされていることがわかった。EH4はその中に小胞輸送(vesicle transport)などに関わるEHドメインを持つことから、当該EH4がTRPV1の機能的な発現に深く関与することが予想され、本発明者らは、当該EH4の機能を解析した。
【0008】
即ち、本発明は、EHD4タンパク質の変異タンパク質に関する。より詳細には、本発明は、マウスEHD4タンパク質の66位、184位、及び225位に相当部分のアミノ酸の少なくとも1カ所が、正常なEHD4タンパク質のアミノ酸と変異してなる変異EHD4タンパク質に関する。さらに詳細には、本発明は、マウスEHD4タンパク質の66位、184位、及び225位に相当部分のアミノ酸の少なくとも1カ所が、それぞれM(メチオニン)又はL(ロイシン)に、G(グリシン)に、A(アラニン)に変異してなる変異EHD4タンパク質に関する。また、本発明は、これらの変異タンパク質をコードする遺伝子に関する。
本発明は、EHD4タンパク質を含有してなるTRPV1の活性調節剤に関する。
また、本発明は、前記した本発明の変異タンパク質を含有してなるTRPV1の活性調節剤に関する。
さらに本発明は、前記した本発明の変異タンパク質に対する抗体に関する。
また、本発明は、前記した本発明の変異タンパク質、及び製薬上許容される担体を含有してなる医薬組成物に関する。より詳細には、本発明は、前記した本発明の変異タンパク質を含有してなるTRPV1の活性阻害剤に関する。
さらに本発明は、EHD4若しくはEHD4の活性を亢進する物質、又はEHD4の活性を阻害する物質、及び製薬上許容される担体を含有してなる医薬組成物に関する。
【0009】
本発明の態様をより詳細に述べれば以下のとおりとなる。
(1)マウスEHD4タンパク質の66位、184位、及び225位に相当部分のアミノ酸の少なくとも1カ所が、正常なEHD4タンパク質のアミノ酸と変異してなる変異EHD4タンパク質。
(2)少なくとも184位に相当する部分のアミノ酸が変異したものである前記(1)に記載のタンパク質。
(3)66位のアミノ酸が、M(メチオニン)又はL(ロイシン)である(1)又は(2)に記載のタンパク質。
(4)184位のアミノ酸が、G(グリシン)である(1)又は(2)に記載のタンパク質。
(5)225位のアミノ酸が、A(アラニン)である(1)又は(2)に記載のタンパク質。
(6)変異EHD4タンパク質が、配列表の配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するものである前記(1)〜(5)のいずれかに記載の変異タンパク質。
(7)変異タンパク質がヒト由来のタンパク質である前記(1)〜(5)のいずれかに記載の変異タンパク質。
(8)前記(1)〜(7)のいずれかに記載のタンパク質をコードする遺伝子。
(9)前記(1)〜(7)のいずれかに記載のタンパク質を含有してなるTRPV1の活性阻害剤。
(10)前記(1)〜(7)のいずれかに記載のタンパク質、及び製薬上許容される担体を含有してなる医薬組成物。
(11)医薬組成物が鎮痛用である前記(10)に記載の医薬組成物。
(12)正常なEHD4の活性を阻害する物質、及び製薬上許容される担体を含有してなる医薬組成物。
(13)医薬組成物が鎮痛用である前記(12)に記載の医薬組成物。
(14)正常なEHD4の活性を阻害する物質が、EHD4に対する抗体である前記(12)又は(13)に記載の医薬組成物。
(15)正常なEHD4の活性を阻害する物質が、EHD4の発現を阻害する物質である前記(12)又は(13)に記載の医薬組成物。
(16)EHD4の発現を阻害する物質が、アンチセンス又はRNAiによる阻害物質である前記(15)に記載の医薬組成物
(17)前記(1)〜(7)のいずれかに記載のタンパク質を含有してなるTRPV1の活性調節剤。
(18)前記(1)〜(7)のいずれかに記載のタンパク質に対する抗体。
(19)EHD4タンパク質を含有してなるTRPV1の活性調節剤。
【0010】
次に、本発明におけるEHD4の機能、及びEHD4タンパク質の変異タンパク質について説明する。
まず、本発明者らは、KJRマウスの性質を明らかにするために、マッピングに使用したF2世代において第2番染色体のD2Mit9の遺伝子座のみでKJR由来ホモ接合とC57BL/6由来ホモ接合及びそのヘテロ接合の3種類に分けて、通常のC57BL/6Jマウス及びそれらのF1雑種との間の相違を検討した。
カプサイシン溶液を0μM、1μM、4μM、7μM、10μMの順番で日ごとに濃度を上昇させマウスに与えた。飲水は昼間12時間は水を与え、夜間12時間はカプサイシン溶液に変更し夜間の飲水量を測定した。0μMの飲水量のみは3日間連続で測定しその平均値を100%とした。各カプサイシン水溶液の飲水量は0μMの飲水量に対する割合(%)で示した。結果を図1にグラフで示す。図1の横軸はカプサイシン水溶液の濃度(μM)を示し、縦軸は飲水量の水に対する割合(%)を示す。グラフの丸印(●)はKJR由来ホモ接合マウスの場合を、四角印(■)はC57BL/6由来ホモ接合マウスの場合を、菱形印(◆)はこれらのF1雑種であるヘテロ接合マウス(BKF1)の場合をそれぞれ示す。この結果、10μMのカプサイシンにおいてKJRマウス及びF1雑種は水の70−80%の飲水をするのに対して、C57BL/6Jマウスは20%以下になり、KJRマウスがカプサイシンに対して抵抗性を有している事が分かった。
【0011】
次に、熱に対する抵抗性を調べた。52℃の中温のホットプレート上にマウスを置き、痛みに反応して後肢をなめるまでの時間を調べた。結果を図2A(左側)にグラフで示す。図2Aの縦軸は後肢をなめるまでの時間(秒)を示し、横軸はマウスの種類を示す。KJRはKJR由来ホモ接合マウスを示し、C57BL/6はC57BL/6由来ホモ接合マウスを示し、BKF1はこれらのF1雑種であるヘテロ接合マウスを示す。図2A中のaとbの間ではp<0.001で有意差があった事を示す。この結果、KJRマウスは後肢をなめるまでに約70秒かかったのに対し、C57BL/6J及びF1雑種マウスでは約20秒前後で反応し、KJRマウスが熱に対して抵抗性を有している事が分かった。
更に、マウスの尾部に高温の熱刺激を与え脊髄反射により尾を振る反応をするまでの時間を調べた。結果を図2B(右側)にグラフで示す。図2Bの縦軸は尾を振るまでの時間(秒)を示し、横軸はマウスの種類を示す。KJRはKJR由来ホモ接合マウスを示し、C57BL/6はC57BL/6由来ホモ接合マウスを示し、BKF1はこれらのF1雑種であるヘテロ接合マウスを示す。図2B中のaとbの間ではp<0.001で有意差があった事を示す。この結果、KJRマウスは尾を振るまでに約12秒かかったのに対し、C57BL/6J及びF1雑種マウスでは約4秒前後で反応し、KJRマウスが高い熱に対しても抵抗性を有している事が分かった。
また、47.5℃、42.5℃、37.5℃、及び34.0℃にそれぞれ加熱した床を用意し、それぞれのマウスがどの温度の床に分布するかを1群6匹で観察した。結果を図3に示す。図3の左側はKJRマウスの場合を示し、右側は通常のC57BL/6Jマウスの場合を示す。それぞれのマウスが分布した割合(%)をそれぞれの横軸に示している。図3中の**印は、p<0.05で有意差があったことを示す。この結果、通常のC57BL/6Jマウスの場合には、約80%以上のマウスが34.0℃の床に止まったのに対して、KJRマウスでは47.5℃の床に止まったものが最も多く、温度依存性が見られなかった。
【0012】
次に、カプサイシン抵抗性に寄与している分子を明らかにするために連鎖分析を行った。F2の連鎖分析及び戻し交雑数(backcross population)は、複雑な表現型に影響を与えているQTL(quantitative trait loci)のマッピングのための重要な手法となる。KJRマウスのQTL分析はC57BL/6Jマウスの遺伝子座に基づいて既に行われており、3カ所の遺伝子座が候補として同定されている。しかし、TRPV1及びTRPV2がコードされている第11番染色体は候補にされなくて、第2番染色体(Capsq1,D2Mit120−126)がロッドスコアーが4.87以上となり、KJRマウスにおけるカプサイシン抵抗性における最も可能性の高いものであることが判明した。しかし、第2番染色体にはTRPV1及びTRPV2もコードされておらず、本発明者らが見出してきたTRPV1に結合するEHD1をコードする遺伝子も第2番染色体には存在しない。第2番染色体にコードされているタンパク質は、EHD1のファミリーであるEHD4であり、第2番染色体のCapsq1の遺伝子座に位置している。このEHD4タンパク質の機能については十分な解明が為されていない。
【0013】
KJRマウスのカプサイシン抵抗性をさらに検討するために、さらに詳細な実験を行った。まず、大腿の神経の神経活性を直接測定することにした。25℃と50℃における放電周波数を測定した。その結果を図4に示す。図4の縦軸は放線の周波数(Hz)を示し、横軸は温度(℃)を示す。黒丸印(●)はC57BL/6Jマウスの場合を示し、白丸印(○)はKJRマウスの場合を示す。図4の*印はp<0.01で有意差があることを示す。この結果、C57BL/6Jマウスの場合は、0.88±0.60から7.24±10.0(n=218)であったのに対して、KJRマウスでは0.97±0.56から4.30±6.0(n=63)であり、明らかな相違が見られた(p<0.01で有意差有り。)。しかし、熱感受性神経の発現頻度(熱による放電の周波数が1Hz以上のニューロンとして定義した。)は、C57BL/6Jマウスの場合は78%であり、KJRマウスでは82%であり、両者に変化は見られなかった。末梢神経の直接加熱(40℃)においても同様な結果が得られた。このことは、熱に対する最初の反応は皮膚ではなく、ニューロンであることを示唆している。
【0014】
次に、カプサイシン(10μM)の刺激又は熱刺激(25℃〜45℃)を与えた場合における、細胞内の遊離カルシウム濃度([Ca2+]i)を、DRG(後根神経節)からすぐに分離した細胞を用いて測定した。結果を、カプサイシンによる場合を図5に示し、熱による場合を図6にそれぞれ示す。図5の縦軸は刺激前の細胞内の遊離カルシウム濃度を1としたときの相対値を示し、横軸は時間(秒)を示す。図6の左側の縦軸は刺激前の細胞内の遊離カルシウム濃度を1としたときの相対値を示し、右側の縦軸は温度(℃)を示し、横軸は時間(秒)を示す。図5及び図6における黒丸印(●)はKJRマウスの場合を示し、白丸印(○)はC57BL/6Jマウスの場合を示す。カプサイシン及び熱刺激に応答するCa2+の細胞内への流入は、KJRマウスのDRG細胞では顕著に減少していた。しかし、Mn2+/Ca2+の流入の相違は32℃で開始された。これは、TRPV1の活性化温度よりも低い温度である。さらに、Mn2+/Ca2+の流入は、最初の20秒間では、統計的な相違は見られなかった。カプサイシンの適用により一度活性化された流入は、KJRマウスのDRGにおいては20秒遅れて回復される。カプサイシンに対する応答は、KJRマウスにおいては一過性である。KJRマウスのDRGニューロンにおけるマウスTRPV1の局在化は、既に明らかにされており、これらのことから、C57BL/6JマウスのDRGニューロンに比べて、KJRマウスのDRGニューロンにおけるマウスTRPV1の分布は希薄であり、TRPV1のクラスター化は薄いことが示唆された(図7及び図8参照)。しかし、TRPV1タンパク質の発現量に変化はなかった。
【0015】
図7及び図8は、KJRマウス及びC57BL/6の雄マウスのDRG(後根神経節)(図7)と舌(図8)を、フルオル488(緑色)で染色して共焦点顕微鏡により免疫蛍光分析した結果を示す図面に代わるカラー写真であり、これによりTRPV1の分布を示す。図7及び図8の左側はC57BL/6マウスの場合を示し(B6)、右側はKJRマウスの場合(KJR)の場合を示す。
この結果、KJRマウスの舌では、味蕾の三叉神経の神経末端におけるTRPV1は検出できなかった。このようなTRPV1の異常な分布がKJRマウスの熱抵抗性の第一の原因であると考えられた。熱感受性組織の広範囲にわたる欠如は、このような熱抵抗性に対する候補分子はTRPV1だけでなく、TRPV4である可能性を示唆していた。
【0016】
TRPV4についてさらに検討するために、成長したマウスの腎臓のcDNAライブラリーにおける酵母ツーハイブリッドスクリーニングを、バイト(bait)としてTRPV4のC末端細胞内ドメインを用いて行った。その結果、C末端でβ−ガラクトシダーゼ活性を示すいくつかのクローンを単離することができた。配列の分析を行った結果、EHドメインを有するEHD1がTRPV4結合タンパク質であることが判明した。さらに、EHD1とTRPV4の免疫共沈を検討するために、EHD1とTRPV4を発現させたCHO細胞から抗TRPV4を用いて、25℃、30℃、35℃、及び40℃のそれぞれの温度で免疫沈降させた。その結果を図9に示す。この結果、いずれの温度においてもEHD1が免疫共沈して検出されることがわかった。
【0017】
EHD4は、主として心臓に発現するタンパク質として知られている。EHD4はTRPVファミリーの結合タンパク質であることを確認するために、本発明者らは、EHD4がTRPV4だけでなくTRPV1にも結合することを確認するためにプルダウンアッセイを行った。プルダウンアッセイによる、TRPV4とEHD4を発現させたCHO細胞から抗TRPV4を用い免疫沈降させた。結果を図10に示す。図10の左側のKdは分子量を示し、左側のレーンの「Pre」はコントロールを示す。TRPV4及びEHD4の欄の「−」は発現させていないことを示し、「+」は発現させていることを示す。この結果、TRPV4及びEHD4の両者が発現している場合だけ、EHD4が免疫沈降することがわかった。また、同様にして、EHD4、及びヒスチジン(6)でラベルしたTRPV1を発現させたCHO細胞から抗ヒスチジン(6)を用い免疫沈降させた。結果を図11に示す。図11の左側のKdは分子量を示し、左側のレーンの「Pre」はコントロールを示す。TRPV1及びEHD4の欄の「−」は発現させていないことを示し、「+」は発現させていることを示す。TRPV1の欄の「full」は全長のTRPV1を発現させた場合を示し、「706」、「739」、及び「761」の数字は、その部位以降のC末端側のアミノ酸を欠損させて発現させたことを示す。この結果、全長のTRPV1及び761番目以降が欠損している場合だけEHD4の免疫沈降が確認されたことから、TRPV1の739番目以降にEHD4との結合部位があることがわかり、EHD4はTRPV1のC末端を認識して結合していることが示された。
また、EHD4は、これらの2のTRPVだけでなく、弱いながらもTRPV2にも結合することも判明した。
【0018】
そこで、本発明者らは、C57BL/6Jマウス及びKJRマウスのDRGからそれぞれのEHD4のcDNAをクローニングした。ハウスマウス(家ネズミ)のEHD4の塩基配列は既に知られている(BC007480)。また、TRPV1のcDNAは、C57BL/6Jマウス及び家ネズミ(配列ID:NM001001445)から既に単離されている。
その結果、C57BL/6JマウスのEHD4(EHD4−B6と略す。)と、及びKJRマウスのEHD4(EHD4−KJRと略す。)とでは、アミノ酸配列において3カ所の変異が有った。3カ所の変異は、66位のM(メチオニン)がKJRマウスではL(ロイシン)へ(66M/L)、184位のR(アルギニン)がKJRマウスではG(グリシン)へ(184R/G)、225位のD(アスパラギン酸)がKJRマウスではA(アラニン)へ(225D/A)の変異であった。なお、ハウスマウス(家ネズミ)のEHD4の塩基配列(BC007480)によれば、66位のアミノ酸はL(ロイシン)であるが、C57BL/6JマウスではM(メチオニン)に変異している。
ハウスマウス(家ネズミ)、C57BL/6Jマウス及びKJRマウスのそれぞれのEHD4タンパク質における66位、184位、及び225位におけるアミノ酸の変異をまとめて次の表1に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
KJRマウスのEHD4タンパク質のアミノ酸配列を配列表の配列番号1に示す。
図12に、EHDファミリーの構造を模式的に示す。左側がN末端側であり、N末端よりloopドメイン、CC(Coiled coil)ドメイン、及びEH(Esp 15 homology)ドメインとなっている。図12における「NBC」は、核酸結合のモチーフであることを示している。下段の番号は、本発明により見出された変異がある部位を示している。
また、225位のアミノ酸は、NCBIのデータベースによれば、GTPアーゼ(GTPase)活性を有する重要な位置であるとされている。
【0021】
次に、EHD4−B6及びEHD4−KJRのそれぞれと、ヒスチジン(6)でラベルしたTRPV1を発現させたCHO細胞を、27℃、37℃、及び47℃のそれぞれ異なる温度で培養した後、抗ヒスチジン(6)を用い免疫沈降させた。結果を図13に示す。図13の左側のKdは分子量を示し、左側の3つのレーンの「−」はEHD4を発現させなかった場合を示す。TRPV1の欄の「+」は発現させていることを示す。EHD4の欄のB6はEHD4−B6を発現させた場合を示し、KJRはEHD4−KJRを発現させた場合を示す。この結果、EHD4−B6は共沈されたが、KJR型のEHD4であるEHD4−KJRではTRPV1と共沈されないことが示された。
さらに、これらのマウスの細胞を27℃、37℃、及び47℃のそれぞれ異なる温度で培養し、EHD4−B6とEHD4−KJRとを1;1に混合して、同様にして免疫沈降させた。結果を図14に示す。図14の左側のKdは分子量を示し、TRPV1の欄の「+」は発現させていることを示す。EHD4の欄のB6はC57BL/6Jマウスの細胞の場合を示し、KJRはKJRマウスの細胞の場合を示し、B6/KJRはC57BL/6JとKJRを掛け合わせたヘテロマウスの細胞の場合を示す。この結果、EHD4−B6が存在していても、EHD4−KJRの存在により、TRPV1との結合が阻害され、HD4−KJRはEHD4−B6による正常の結合を阻害することがわかった。
これらのEHD4−B6によるTRPV1のプルダウンアッセイによれば、EHD4−B6とEHD4−KJRの結合キャパシティーは変化することが示された。EHD4−B6は如何なる温度においてもTRPV1と強く結合するが、EHD4−KJRとTRPV1との結合はそれに比べて遙かに弱くなっている。また、EHD4−B6とEHD4−KJRを共存させた場合には、EHD4−KJRはEHD4−B6とTRPV1との結合を阻害する作用を示した。
これらの結合には、27℃でのインキュベーションが最適であり、結合の温度依存性はEHD4−B6もEHD4−KJRも同じであった。
【0022】
さらに、本発明者らは、EHD4タンパク質の各変異体を人工的に作成し、TRPV1との結合を検討した。即ち、C57BL/6Jの66位のM(メチオニン)をL(ロイシン)に変異させたタンパク質(66M/L)、184位のR(アルギニン)をG(グリシン)へ変異させたタンパク質(184R/G)、及び225位のD(アスパラギン酸)をA(アラニン)へ変異させたタンパク質(225D/A)をそれぞれ製造した。これらの変異させたEHD4を用いて、同様にプルダウンアッセイによる免疫沈降を行った。結果を図15に示す。図15の左側のKdは分子量を示し、TRPV1の欄の「+」は発現させていることを示す。EHD4の欄は前記したそれぞれの変異タンパク質を示し、右側のKJRはEHD4−KJRを示す。この結果、184R/Gで結合が低下しているの示された。この解析結果から、EHD4−186R/G変異体のTRPV1への結合は顕著によわくなることが示され、184位は重要であると考えられた。しかし、EHD4−186R/G変異体のTRPV1への結合は、EHD4−KJRに比べればより強いものであったことも示された。
【0023】
次に、DRG(後根神経節)細胞やヒト腎皮質(HEK)細胞におけるTRPV1−EHD4複合体の分布を検討した。
まず、DRG(後根神経節)細胞を用いて、EHD4−B6又はEHD4−KJRをそれぞれ発現させてTRPV1の存在を観察した。結果を図16に示す。図16の左側のB6はEHD4−B6を発現させた場合を示し、右側のKJRはEHD4−KJRを発現させた場合を示す。この結果、いずれの細胞においても染色される量には差が見られないが、染色されたTRPV1の細胞内の分布には差が見られた。EHD4−KJRでは(図16の右側)、分布が偏っているが、EHD4−B6の場合には、細胞全体に均一な分布が観察された。通常は、EHD4が結合した後、TRPV1は細管上を形質膜方向に移動する。TRPV1はEHD4−B6と一緒に細管に局在する。これに対して、EHD4−KJRでは、エンドソームのコンパートメントの中心周囲に局在化していた。
次に、C57BL/6Jの66位のM(メチオニン)をL(ロイシン)に変異させたタンパク質(66M/L)、184位のR(アルギニン)をG(グリシン)へ変異させたタンパク質(184R/G)、及び225位のD(アスパラギン酸)をA(アラニン)へ変異させたタンパク質(225D/A)をそれぞれ用いて、HEK細胞でTRPV1と共発現させた。これをファロイジンを用いたアクチン部分の染色(赤色)と、TRPV1部分の染色(緑色)の2重染色を行った。結果を図17に示す。図17の左側は66M/Lを用いた場合を示し、中側は184R/Gを用いた場合を示し、右側は225D/Aを用いた場合を示す。通常は、微細管であるアクチンのレールの上にTRPV1が存在しており、赤色と緑色の2つの染色は重なって黄色く見えるのに対し、184R/Gにおいて、は緑の部分が明らかに認められた。このことはTRPV1が微細管から外れていることを示している。このように、EHD4−186R/G変異体とTRPV1の共発現をファロイジン(アクチンの染色)及びTRPV1(FLAG配列をマーカーとした)の2重染色での解析結果から、TRPV1の微細管上からの脱線が観察できた。つまり、EHD4−186R/Gと共発現した場合に限り、微細管とー致しないために縁の染色が認められているのに対し、他の2つの変異休では一致して重なって染色されるので、黄色く染色されている。
図17に示されるように、細管上に結合していないTRPV1(緑色の小胞)は、明らかにこの変異体が発現したときだけに観察された。それゆえ、EHD4−KJRはTRPV1を細管輸送における適当な非細胞コンパートメントへ輸送することができず、その結果、リサイクリング及び形質膜におけるTRPV1の機能的な発現を異常にしていることが明らかにされた。
【0024】
以上のことから、以下に示す(1)〜(4)のことが明らかにされた。
(1)EHD−KJRと、EHD4−B6の間には3箇所のアミノ酸残基に違いが確認された。
(2)図13及び図14に示される実験結果から、EHD4はTRPV1と共に共沈できる。EHD4−KJRはEHD4−B6に比較してmTRPV1との相互作用が減少していた。
(3)図15に示される実験結果から、3箇所のうち2番目のアミノ酸残基をKJR型に置換したものは、EHD4−KJRと同様にmTRPV1との相互作用が減少した。
(4)図16及び図17に示される実験結果から、EHD4−KJRとTRPV1、並びにEHD4−B6とTRPV1を、それぞれHEK細胞に発現させると分布が異なっていた。
【0025】
以上の結果からEH4タンパク質はカプサイシン受容体の細胞におけるリサイクリングを調節する骨格タンパク質(scaffold protein)であることが判明した。このタンパク質とTRPV1の相互作用を調節するかまたはEH4タンパク質の機能を標的とした阻害剤は、TRPV1の多刺激痛覚受容体として機能を阻害することができることから、鎮痛剤として有用となる。
【0026】
以上のように、本発明で示されたEHD4変異タンパク質はTRPV1の機能を阻害し、しかも正常なEHD4の共存下においても競合的にTRPV1の多刺激痛覚受容体として機能を阻害することができる。
したがって、本発明は、前記した新規なEHD4変異タンパク質を提供するものである。本発明のEHD4変異タンパク質は、66位、184位、及び225位の少なくとも1つのアミノ酸がタンパク質のアミノ酸に変異したものである。これらのアミノ酸の位置は、マウスのタンパク質によるものであり、ヒトのタンパク質においては、マウスのタンパク質の66位、184位、又は225位に相当する位置のアミノ酸の変異を意図することになる。
また、本発明は、前記した本発明のEHD4変異タンパク質を含有してなるTRPV1の活性阻害剤を提供するものである。また本発明は、EHD4の新たな機能を見出したものであり、EHD4を含有してなるTRPV1の活性調節剤を提供するものである。さらに本発明は、EHD4の活性を調製することによりTRPV1の活性を制御することができることから、EHD4の活性阻害剤を含有してなるTRPV1の活性阻害剤を提供するものである。
さらに、本発明は、EHD4タンパク質を発現している細胞、又はこのような細胞を有する生物に、試験物質を添加して、当該試験物質によるEHD4の発現量の変化又はEHD4の活性を測定することからなる、TRPV1の機能を制御できる物質をスクリーニングする方法を提供するものである。
【0027】
本発明におけるEHD4の活性阻害剤としては、EHD4に対する抗体、EHD4のmRNAの転写抑制剤、当該mRNAのアンチセンス、RNAiによりmRNAを失活させる遺伝子などが挙げられる。本発明における遺伝子としては、DNA及びRNAが挙げられる。
本発明におけるTRPV1阻害剤は、多刺激痛覚受容体として機能を有するTRPV1の活性を阻害するものであり、特に炎症性の疼痛の緩解のための鎮痛剤として有用であるがこのような疼痛に限定されるものではなく、TRPV1が関与するあらゆる疼痛に対する鎮痛剤として有用となる。近年においては、特にQOLが重要となってきており、各種の疼痛を緩解させるための本発明の鎮痛剤は極めて有用である。
したがって、本発明におけるEHD4の活性阻害剤や、EHD4変異タンパク質は、疼痛を緩解させるための有効成分としての医薬組成物の成分として有用となる。
本発明の医薬組成物は、前記した本発明のEHD4の活性阻害剤、又は本発明のEHD4変異タンパク質、及び製薬上許容される担体を含有してなるものである。本発明の医薬組成物における有効成分としてのタンパク質は、タンパク質自体であってもよいが、必要により当該タンパク質に対する抗体、当該タンパク質をコードする遺伝子、当該タンパク質の発現を抑制するためのアンチセンスなどであってもよい。
【0028】
本発明の医薬組成物における「製薬上許容される担体」としては、賦形剤、希釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等が挙げられる。本発明の医薬組成物は、必要により、前記した製薬上許容される担体の一種以上を用いることにより、錠剤、散剤、顆粒剤、注射剤、液剤、カプセル剤、トローチ剤等の形態に製剤化することができる。本発明の医薬組成物は、経口又は非経口、好ましくは非経口投与される。非経口投与のための剤型としては、注射剤や粘膜投与剤などが挙げられる。
本発明の医薬組成物の投与量は、患者の年齢、性別、体重及び症状、治療効果、投与方法、処理時間、あるいは該医薬組成物に含有される有効成分(前記したタンパクや、その抗体など)の種類などにより異なるが、通常成人一人当たり、有効成分の量として一回につき1μgから100mgの範囲で投与される。
【0029】
本発明のスクリーニング方法としては、次の(1)から(3)、
(1)EHD4タンパク質が発現している細胞、又はこれらの細胞を有する生物、好ましくは動物に、
(2)試験物質を添加して、
(3)当該試験物質による、EHD4タンパク質の発現量の変化、又はその活性を測定する、
ことからなるものである。
この方法における細胞としては、ヒトの細胞、サルの細胞、マウスの細胞、ラットの細胞などの動物細胞、大腸菌、酵母などの微生物細胞などを使用することができる。また、これらの細胞に目的タンパク質を発現させる方法としては、発現細胞を採取してきてもよいが、1又は2以上のコピー数を有する遺伝子を用いてこれらの細胞を形質転換する方法が挙げられる。形質転換方法としては当業者によく知られている通常の手法を採用することができる。また、抗体を用いて目的のタンパク質の機能を障害させたり、遺伝子を欠損させて目的のタンパク質の発現を抑制することもできる。欠損させる方法としては、突然変異法やターゲッティング法などを採用することができる。さらに、細胞種によっては、培養系に目的のタンパク質を添加することにより、目的のタンパク質の発現系と同種の状況を形成してもよい。
EHD4の発現量を測定する方法としては、RT−PCR法、目的のタンパク質の抗体による免疫染色法、タグタンパク質による方法、GFPなどの蛍光法などの各種の方法を採用することができる。
本発明のスクリーニングする方法により、EHD4の活性を制御できると判定された物質は、EHD4の活性や機能を制御し、その結果TRPV1の機能を制御することができ、TRPV1の機能に基づく鎮痛剤の有効成分として有用な物質となる。これらの有効性が確認された物質は、医薬の有効成分として、また化粧品や機能性食品における成分として有用である。
【0030】
本発明の前記した各タンパク質に対する抗体を製造することもできる。したがって、本発明は、前記した本発明のEHD4変異タンパク質に対する抗体、好ましくは特異的抗体を提供するものである。
本発明のこれらの抗体は、公知の一般的な製造方法によって製造することができる。例えば、本発明のタンパク質又はその一部のアミノ酸配列からなるタンパク質を免疫原(抗原)として、必要に応じてフロイントアジュバント(Freund's Adjuvant)とともに、哺乳動物、好ましくは、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ニワトリ、ネコ、イヌ、ブタ、ヤギ、ウマあるいはウシ、より好ましくはマウス、ラット、ハムスター、モルモットまたはウサギに免疫することにより製造できる。ポリクローナル抗体は、当該免疫感作動物から得た血清から取得することができる。またモノクローナル抗体は、当該免疫感作動物から得た抗体産生細胞(脾臓、リンパ節、骨髄あるいは扁桃等、好ましくは脾臓のB細胞)と自己抗体産生能のない骨髄腫系細胞(ミエローマ細胞)からハイブリドーマを調製し、該ハイブリドーマをクローン化し、哺乳動物の免疫に用いた抗原に対して特異的親和性を示すモノクローナル抗体を産生するクローンを免疫学的測定法(ELISAなど)により選択することによって製造することができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明は、多刺激痛覚受容体として機能しているTRPV1の活性を制御する手法を提供するものであり、知覚神経におけるTRPV1の機能を制御できるために、極めて有効な鎮痛成分となる。また、TRPV1は、胃粘膜などに発現しているために胃粘膜におけるTRPV1の機能も制御可能となり、各種の消化器官における疾患の治療や予防剤としても有用となる。
【0032】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0033】
カプサイシンに対する抵抗性
KJR由来ホモ接合マウス(KJR)、C57BL/6由来ホモ接合マウス(CBL/6)、及びこれらのF1雑種であるヘテロ接合マウス(BKF1)のそれぞれのマウスに、カプサイシン溶液を0μM、1μM、4μM、7μM、10μMの順番で日ごとに濃度を上昇させマウスに与えた。飲水は昼間12時間は水を与え、夜間12時間はカプサイシン溶液に変更し夜間の飲水量を測定した。0μMの飲水量のみは3日間連続で測定しその平均値を100%とした。各カプサイシン水溶液の飲水量は0μMの飲水量に対する割合(%)で示した。
結果を図1に示す。
【実施例2】
【0034】
熱に対する抵抗性
KJR由来ホモ接合マウス(KJR)、C57BL/6由来ホモ接合マウス(CBL/6)、及びこれらのF1雑種であるヘテロ接合マウス(BKF1)のそれぞれのマウスについて、52℃の中温のホットプレート上にマウスを置き、痛みに反応して後肢をなめるまでの時間を調べた。結果を図2Aに示す。
同様に、各マウスについて、マウスの尾部に高温の熱刺激を与え脊髄反射により尾を振る反応をするまでの時間を調べた。結果を図2Bに示す。
【実施例3】
【0035】
神経活性の解析
ウレタン(1g/kg、i.p.)で麻酔したマウスの後ろ足に定温の水を流すことができるアルミニウム管を取り付けた。温度計で後ろ足の表面の温度を測定し、後ろ足の表面温度が25℃又は50℃になるようにそれぞれ調整した。それぞれにおける後ろ足から放電される電流の周波数を公知の方法で測定した。大腿の神経信号を15秒間にわたって測定し、測定結果を電子計算機で解析した。SN比は3以上であった。放電の速度は、pSTAT(Axonインスツメント(米国、MA))のブラスト分析プログラムを用いて決定した。この方法は同時に数種の神経活性を測定することができる。この測定では、最も活性化された3種の神経を測定した。データはスチューデントのtテスト又はANOVAで分析した。p<0.05で有意差とした。KJRマウス63匹、通常のC57BL/6Jマウス218匹を用いた結果を図4に示す。
【実施例4】
【0036】
免疫組織化学
KJRマウス及びC57BL/6の雄マウスからDRG(後根神経節)及び舌組織をそれぞれ除去し、4%パラホルムアルデヒドで固定化した。それぞれの細胞組織を4%パラホルムアルデヒドで固定化し、15分間0.1%のトリトンX−100中でインキュベートして透過性とした。ゼノンキット(モレキュラープローブ社製)を用いて免疫蛍光分析を行った。フルオル488(緑色)で染色して共焦点顕微鏡で観察した。
結果を図7(DRG(後根神経節))及び図8(舌組織)にカラー写真で示す。
【実施例5】
【0037】
EHD4タンパク質をコードするmRNAの同定
KJRマウス及びC57BL/6マウスのDRG(後根神経節)細胞から抽出したmRNA0.3μgをテンプレートとして、RNA−PCRキット(タカラ社製)を用いてRT−PCRを行った。プライマーとして、MAP7のmRNAのオープンリーディングフレームを検出できるように80marと520marのヌクレオチドを用いて、94℃で30秒、60℃で30秒、72℃で30秒のサイクルで30サイクル行った。
増幅されたcDNAを常法により解析して、その塩基配列を決定した。決定された塩基配列から、それぞれのアミノ酸配列を決定した。
KJRマウスのEHD4のアミノ酸配列を配列表の配列番号1に示す。これらのEHD4のアミノ酸配列における66位、184位、及び225位におけるアミノ酸の変位を表1に示す。
【実施例6】
【0038】
マウスTRPV1及びEHD4の発現
マウスTRPV1及びEHD4を、発現ベクターpCDNA3.1/V5−His(Intyle社製)、及びpCMV−Tag2(Stratagene社製)に再クローニングした。これらは、C末端にペンタ−ヒスチジンを、N末端にFLAGを融合している。
得られた発現ベクターを用いて宿主細胞を形質転換して発現させた。
【実施例7】
【0039】
プルダウンアッセイ
サブコンフルエントのHEK293細胞(ヒト腎皮質細胞)を、50mMのNaHPO、300mMのNaCl、10mMのイミダゾール、0.05%のツウイーン20(pH8.0)、及びプロテアーゼ阻害剤を含有する溶液中で超音波処理して溶解した。Ni−NTA磁気ビーズ(Qiagen社製)を、50mMのNaHPO、300mMのNaCl、及び20mMのイミダゾール(pH8.0)で洗浄し、50mMのNaHPO、300mMのNaCl、250mMのイミダゾール、及びツウイーン20(pH8.0)の溶液中に溶出し、当該磁気ビーズをこれらの複合体を引くために使用した。沈殿物及び上澄みは、抗FLAG抗体(抗FLAG−M2;Stratagene社製)を用いて検出した。
培養細胞の膜タンパク質は、以下のようにして調製した。形質転換したCHO細胞を氷冷したPBS(pH8.0)で3回洗浄した後、500gで15分間の遠心分離で細胞を集め、集められた細胞の表面タンパク質を、室温で30分間、1mg/mLのスルホ−NHS−LC−ビオチンのPBS(pH8.0)溶液中に入れてビオチン化した。その後、PBSで3回洗浄した後、細胞を1%トリトンX−100、5mMのEDTA、及びプロテアーゼ阻害剤を含有するPBS(pH8.0)中で、4℃で1時間かけて溶解した。細胞抽出物を100μgのストレプトアビジン−アガロース(Pierce社製)で4℃で、一晩インキュベートした。沈殿してきたタンパク質を抗CD4抗体(Dako社製)又は抗H5抗体で免疫ブロッティングにより分析した。
各種のプルダウンアッセイの結果を図10、図11、図13、図14、及び図15に示す。
【実施例8】
【0040】
DRG(後根神経節)細胞におけるEHD4−B6又はEHD4−KJRの発現
DRG(後根神経節)細胞を用いて、EHD4−B6又はEHD4−KJRをそれぞれ発現させ、抗TRPV1(サンタクルーズ社)にて染色した。
結果を図16に示す。
【実施例9】
【0041】
HEK細胞におけるEHD4変異体の発現
C57BL/6Jの66位のM(メチオニン)をL(ロイシン)に変異させたタンパク質(66M/L)、184位のR(アルギニン)をG(グリシン)へ変異させたタンパク質(184R/G)、及び225位のD(アスパラギン酸)をA(アラニン)へ変異させたタンパク質(225D/A)をそれぞれコードする遺伝子を導入したHEK(ヒト腎皮質)細胞でTRPV1と共発現させた。これをファロイジン(Rhodamin-phalloidin)を用いたアクチン部分の染色(赤色)と、抗TRPV1(サンタクルーズ社)を用いてTRPV1部分の染色(緑色)の2重染色を行った。
結果を図17に示す。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、EHD4の新たな機能を解明しただけでなく、EHD4の活性を阻害することによりTRPV1の機能を阻害する、新しいタイプの鎮痛剤としての医薬組成物を提供するものであり、製薬分野だけでなく、ヘルスケア分野において参照上の利用可能性を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】図1は、KJRマウス、C57BL/6マウス、これらのF1雑種マウスを用いて、カプサイシン溶液を0μM、1μM、4μM、7μM、10μMの順番で日ごとに濃度を上昇させマウスに与え、カプサイシン溶液の飲水量を調べた結果を示すグラフである。図1の横軸はカプサイシン水溶液の濃度(μM)を示し、縦軸は飲水量の水に対する割合(%)を示す。グラフの丸印(●)はKJRマウスの場合を、四角印(■)はC57BL/6Jマウスの場合を、菱形印(◆)はF1雑種マウス(BKF1)の場合をそれぞれ示す。
【図2】図2Aは、52℃の中温のホットプレート上にマウスを置き、痛みに反応して後肢をなめるまでの時間を調べた結果を示すグラフである。図2Aの縦軸は後肢をなめるまでの時間(秒)を示し、横軸はマウスの種類を示す。図2Bは、マウスの尾部に高温の熱刺激を与え脊髄反射により尾を振る反応をするまでの時間を調べた結果を示すグラフである。図2Bの縦軸は尾を振るまでの時間(秒)を示し、横軸はマウスの種類を示す。
【図3】図3は、1群150匹のKJRマウスと通常のC57BL/6Jマウスを用いて、47.5℃、42.5℃、37.5℃、及び34.0℃にそれぞれ加熱した床に、それぞれのマウスがどのように分布するかを観察した結果を示すグラフである。図3の左側はKJRマウスの場合を示し、右側は通常のC57BL/6Jマウスの場合を示す。それぞれのマウスが分布した割合(%)をそれぞれの横軸に示している。
【図4】図4は、C57BL/6Jマウス(黒丸印(●))とKJRマウス(白丸印(○))における大腿の神経の神経活性を、25℃と50℃の温度で直接測定した結果を示すグラフである。図4の縦軸は放線の周波数(Hz)を示し、横軸は温度(℃)を示す。図4の*印はp<0.01で有意差があることを示す。
【図5】図5は、カプサイシン(10μM)による刺激を与えた後、DRGからすぐに分離した細胞を用いて細胞内の遊離カルシウム濃度([Ca2+]i)を測定した結果を示すグラフである。
【図6】図6は、熱刺激(25℃〜45℃)を与えた後、DRGからすぐに分離した細胞を用いて細胞内の遊離カルシウム濃度([Ca2+]i)を測定した結果を示すグラフである。
【図7】図7は、KJRマウス及びC57BL/6の雄マウスのDRG(後根神経節)を、フルオル488(緑色)で染色して共焦点顕微鏡により免疫蛍光分析した結果を示す図面に代わるカラー写真である。図7の左側はC57BL/6マウスの場合を示し(B6)、右側はKJRマウスの場合(KJR)を示す。
【図8】図8は、KJRマウス及びC57BL/6の雄マウスの舌を、フルオル488(緑色)で染色して共焦点顕微鏡により免疫蛍光分析した結果を示す図面に代わるカラー写真である。図7の左側はC57BL/6マウスの場合を示し(B6)、右側はKJRマウスの場合(KJR)を示す。
【図9】図9は、EHD1とTRPV4を発現させたCHO細胞から抗TRPV4を用い免疫沈降させるとEHD1も検出された結果を示す図面に代わる写真である。
【図10】図10は、プルダウン法による、TRPV4とEHD4を発現させたCHO細胞から抗TRPV4を用い免疫沈降させた結果を示す図面に代わる写真である。
【図11】図11は、プルダウン法による、EHD4と、ヒスチジン(6)でラベルしたRPV1を発現させたCHO細胞から抗ヒスチジン(6)を用いて免疫沈降させた結果を示す図面に代わる写真である。TRPV1の欄のfullは全長を示し、数字は当該数字の部位以降のアミノ酸を欠損させたTRPV1を用いたことを示す。
【図12】図12は、EHDファミリーの構造を模式的に示したものである。N末端よりloopドメイン、CC(Coiled coil)ドメイン、EH(Esp 15 homology)ドメインを示している。NBCは核酸結合のモチーフであることを示している。下段の番号は、本発明により見出された変異がある部位を示している。
【図13】図13は、プルダウン法による、EHD4−B6又はEHD4−KJRと、ヒスチジン(6)でラベルしたRPV1を発現させたCHO細胞から抗ヒスチジン(6)を用いて免疫沈降させた結果を示す図面に代わる写真である。
【図14】図14は、各マウスの細胞を用いて、EHD4−KJRとEHD4−B6とを1;1に混合して、これらのプルダウン法による免疫沈降させた結果を示す図面に代わる写真である。
【図15】図15は、EHD4の66位、184位、及び225位のそれぞれの変異体タンパク質を人工的に作成し、TRPV1との結合を検討した結果を示す図面に代わる写真である。
【図16】図16は、DRG(後根神経節)細胞を用いて、EHD4−B6又はEHD4−KJRをそれぞれ発現させてTRPV1の存在を観察した結果を示す図面に代わる写真である。図16の左側のB6はEHD4−B6を発現させた場合を示し、右側のKJRはEHD4−KJRを発現させた場合を示す。
【図17】図17は、C57BL/6Jの66位のM(メチオニン)をL(ロイシン)に変異させたタンパク質(66M/L)、184位のR(アルギニン)をG(グリシン)へ変異させたタンパク質(184R/G)、及び225位のD(アスパラギン酸)をA(アラニン)へ変異させたタンパク質(225D/A)をそれぞれ用いて、HEK(ヒト腎皮質)細胞でTRPV1と共発現させ、これをファロイジンを用いたアクチン部分の染色(赤色)と、TRPV1部分の染色(緑色)の2重染色を行った結果を示す図面に代わるカラー写真である。図17の左側は66M/Lを用いた場合を示し、中側は184R/Gを用いた場合を示し、右側は225D/Aを用いた場合を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0044】
配列番号1 : EHD4−KJRのアミノ酸配列
配列番号2 : EHD4−KJRをコードする塩基配列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マウスEHD4タンパク質の66位、184位、及び225位に相当部分のアミノ酸の少なくとも1カ所が、正常なEHD4タンパク質のアミノ酸と変異してなる変異EHD4タンパク質。
【請求項2】
少なくとも184位に相当する部分のアミノ酸が変異したものである請求項1に記載のタンパク質。
【請求項3】
変異EHD4タンパク質が、配列表の配列番号1で示されるアミノ酸配列を有するものである請求項1又は2に記載の変異タンパク質。
【請求項4】
変異タンパク質がヒト由来のタンパク質である請求項1又は2に記載の変異タンパク質。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質を含有してなるTRPV1の活性阻害剤。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質、及び製薬上許容される担体を含有してなる医薬組成物。
【請求項8】
医薬組成物が鎮痛用である請求項7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
正常なEHD4の活性を阻害する物質、及び製薬上許容される担体を含有してなる医薬組成物。
【請求項10】
医薬組成物が鎮痛用である請求項9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
正常なEHD4の活性を阻害する物質が、EHD4に対する抗体である請求項9又は10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
正常なEHD4の活性を阻害する物質が、EHD4の発現を阻害する物質である請求項9又は10に記載の医薬組成物。
【請求項13】
EHD4の発現を阻害する物質が、アンチセンス又はRNAiによる阻害物質である請求項12に記載の医薬組成物
【請求項14】
請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質を含有してなるTRPV1の活性調節剤。
【請求項15】
請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質に対する抗体。
【請求項16】
EHD4タンパク質を含有してなるTRPV1の活性調節剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図12】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2009−17784(P2009−17784A)
【公開日】平成21年1月29日(2009.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−310000(P2005−310000)
【出願日】平成17年10月25日(2005.10.25)
【出願人】(505246789)学校法人自治医科大学 (49)
【出願人】(504202472)大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 (119)
【Fターム(参考)】