説明

カルボン酸ハロゲン化物の製造方法

【課題】カルボン酸ハロゲン化物の製造工程において、反応で生成する酸性ガスによる製造設備への負荷低減と、反応時間の短縮を可能にし、更に反応後の次工程への悪い作用も簡便な操作によって軽減可能な方法、及び塩化水素による副反応を効果的に抑制する方法を提供すること。
【解決手段】カルボン酸と、塩化チオニル、塩化オキサリル及びホスゲンからなる群より選ばれる少なくとも一種類のハロゲン化剤とを反応させてカルボン酸ハロゲン化物を製造する方法であって、アミド化合物(A)の存在下で前記カルボン酸と前記ハロゲン化剤とを反応させ、カルボン酸ハロゲン化物を生成させたのち、二相に分離した相(T)〔目的とするカルボン酸ハロゲン化物を主として含有する相〕及び相(W)〔前記ハロゲン化剤から生成した酸性成分と前記アミド化合物(A)とを主として含有する相〕から、前記相(W)を除去することによって目的物を得る、カルボン酸ハロゲン化物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機合成上、最も基本的な反応試剤の一つであるカルボン酸ハロゲン化物の製造方法に関し、更に詳しくは簡便、高生産性、省エネルギーかつ反応時間の短縮が可能なカルボン酸ハロゲン化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カルボン酸ハロゲン化物は各種エステル、アミド、酸無水物の合成に用いられる他、縮合反応用試剤やフリーデル−クラフツ反応におけるアシル化試剤として用いられ、特に医農薬分野を始めとする精密有機化学工業全般にわたって極めて有用な反応試剤である。
【0003】
カルボン酸ハロゲン化物の工業的製造方法としては、対応するカルボン酸に対して塩化チオニル、塩化オキサリル、塩化ホスホリル、三塩化リン、五塩化リン、ホスゲンなどの求電子的ハロゲン化剤を反応させて合成するのが一般的である。この際、他の反応条件としては、溶媒として、無溶媒又は非プロトン系溶媒(例えば酢酸エチルなどのエステル系溶媒、トルエンやクロルベンゼンなどの芳香族溶媒、塩化メチレンや1,2−ジクロロエタン、クロロホルムなどのハロゲン系溶媒の他、アセトニトリル、エーテルなど)を用い、アミド系化合物(N,N−ジメチルホルムアミドなど)を触媒量添加して、又は添加せずに行うのが最も一般的である。反応温度は室温付近から溶媒(又はハロゲン化剤)の環流温度が通常用いられている。
【0004】
上記製造方法は有機化学工業分野で広く用いられてはいるが、実験室レベルでは問題にならない大量製造時特有の問題も残されている。上記製造方法においては、反応に伴って、塩化水素や亜硫酸ガスなどの酸性ガスが発生する。これら酸性ガスは腐食性が高く、製造設備にとって本来好ましくないものである上、大気への放出による環境汚染防止の観点から十分な捕捉が必要である。通常は、排ガス洗浄装置を用いてこれら酸性ガスの捕捉を行っているが、捕捉速度には限度があるため、反応試剤の一方(カルボン酸又はハロゲン化剤)の添加速度を調節して、捕捉能力内に収めて反応を行うのが一般的であり、結果として、必要以上の反応時間を要することになる。
【0005】
カルボン酸からカルボン酸ハロゲン化物への反応が終了したあとにおいても、特に大スケールでの反応においては反応液中に溶存酸性ガスが残存しやすく、次工程で悪い作用を引き起こす場合がある。このような場合には減圧により、溶存ガスを脱気除去することや、空気又は窒素ガスなど、生成物に悪影響を及ぼさないガスをバブリングするなどして除去が必要な場合があり、煩雑な操作と余分な時間、労力を要する結果となるため、こうした工程上の負荷を可能なかぎり軽減することが望ましい。
【0006】
また、塩化水素は高い化学反応性を有しているため、好ましくない副反応を引き起こすことも少なくない。例えば、アクリル酸、メタクリル酸、プロピオール酸、マレイン酸、フマル酸などの部分構造を有する(共役多重結合を有する)誘導体では塩化水素の付加反応が容易に起こることがよく知られている。
例えば、非特許文献1(Bull. Soc. Chim. Belg. Vol.99, 977−980 (1990))には、メタクリル酸アミド部分構造を有するカルボン酸の酸ハロゲン化物化反応関して、N,N−ジメチルホルムアミド中で反応を行っても塩化水素の付加反応が経時によって徐々に進行することを示す記載がある。大量スケールでの製造では各操作が実験室のように短時間で完了させることができない場合が多いため、目的とする反応が終了したあとに、時間依存的に反応系が変化する状況は可能な限り避けることが好ましい。従って、共役多重結合を有する酸ハロゲン化物の製造においては、発生した塩化水素に基づく副反応を防止可能な、簡便かつ有効な手段が強く望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Bull. Soc. Chim. Belg. Vol.99, 977−980 (1990)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、カルボン酸ハロゲン化物の製造工程において、反応で生成する酸性ガスによる製造設備への負荷低減と、反応時間の短縮を可能にし、更に反応後の次工程への悪い作用も簡便な操作によって軽減可能な方法を提供することである。
本発明のもう一つの課題は上記課題の達成と同時に、塩化水素による副反応を効果的に抑制する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
カルボン酸をカルボン酸ハロゲン化物へと変換する反応において、最も一般的なハロゲン化剤として、塩化チオニル、塩化オキサリル又はホスゲンなどが挙げられる。また、これらの試剤を用いて反応を行う際に触媒量のN,N−ジメチルホルムアミドを添加することは極めて一般的に行われることである。
本発明者らは本反応において、触媒量以上の、例えば0.5当量や1当量のアミド化合物を添加すると、予想もしなかったことに、反応の様子が異なり、反応系が不均一になる場合があることに目視で気づいた。本発明者らは更に、この不均一化の原因を探り、本現象が、生成したカルボン酸ハロゲン化物を主として含有する相(T)と、アミド化合物及び反応で生成した酸性成分とを主として含有する相(W)との二相に相分離したことによる現象であることを突き止めた。
【0010】
本発明は上記発見に基づいている。即ち、分離した上述の相(W)を簡便に廃棄することによって、従来カルボン酸ハロゲン化物の製造時の問題点であった酸性ガスの処理や、これに由来する反応の長時間化、次工程への酸性成分の持ち込みなどが大きく軽減できる手段を開発するに到った。
更に、本発明者らは本発明が電子求引性基と共役した多重結合性基を有するカルボン酸を酸ハロゲン化物へと変換する際においても、更に一層の優れた効果を伴って適用可能であることを見出した。電子求引性基と共役した多重結合性基は塩化水素や臭化水素などのハロゲン化水素の付加が容易に起こることが知られている。例えば、上記非特許文献1(Bull. Soc. Chim. Belg. Vol.99, 977−980 (1990))では、N,N−ジメチルホルムアミド中でメタクリル酸アミド部分構造を有するカルボン酸を酸ハロゲン化物へと変換を行っているが、経時によって徐々に塩化水素の付加反応が進行することを示す記載がある。
本発明の適用によって、ハロゲン化水素の付加反応が抑制でき、更に、不要な酸性成分は反応後、分離した相(W)を除去することで速やかに除去されるため、大量製造時に必要となる長時間放置における安定性も確保されると予想でき、後述の実施例に示すように上記目論見が達成されることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明の課題は次のようにして達成された。
【0012】
〔1〕
カルボン酸と、塩化チオニル、塩化オキサリル及びホスゲンからなる群より選ばれる少なくとも一種類のハロゲン化剤とを反応させてカルボン酸ハロゲン化物を製造する方法であって、
アミド化合物(A)の存在下で前記カルボン酸と前記ハロゲン化剤とを反応させ、カルボン酸ハロゲン化物を生成させたのち、二相に分離した相(T)〔目的とするカルボン酸ハロゲン化物を主として含有する相〕及び相(W)〔前記ハロゲン化剤から生成した酸性成分と前記アミド化合物(A)とを主として含有する相〕から、前記相(W)を除去することによって目的物を得る、カルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
〔2〕
生成したカルボン酸ハロゲン化物のclogP値が、−0.5以上である、上記〔1〕に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
〔3〕
前記アミド化合物(A)の添加量が前記カルボン酸1モルに対して0.8〜3.0モルである、上記〔1〕又は〔2〕に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
〔4〕
前記カルボン酸が、電子求引性基と共役した多重結合性基を有する、上記〔1〕〜〔3〕のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
〔5〕
前記電子求引性基がアシル基又はアルコシキカルボニル基である、上記〔4〕に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
〔6〕
前記多重結合性基がビニル基又はビニレン基である、上記〔4〕又は〔5〕に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
〔7〕
前記アミド化合物(A)が、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン、1,1,3,3−テトラメチル尿素、及び1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンからなる群より選ばれる少なくとも一種である、上記〔1〕〜〔6〕のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
〔8〕
前記相(T)及び前記相(W)がいずれも液体であり、前記相(T)と前記相(W)とが、液−液分離により二相に分離している、上記〔1〕〜〔7〕のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
〔9〕
前記相(T)及び前記相(W)の一方が液体で、他方が固体であり、前記相(T)と前記相(W)とが、固−液分離により二相に分離している、上記〔1〕〜〔7〕のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
〔10〕
前記相(T)と前記相(W)とが二相に分離するための前記アミド化合物(A)の添加量を小スケールで決定したのち、カルボン酸ハロゲン化物を製造する方法を大スケールで行う、上記〔1〕〜〔9〕のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、カルボン酸ハロゲン化物の製造工程において、反応で生成する酸性ガスによる製造設備への負荷低減と、反応時間の短縮を可能にし、更に反応後の次工程への悪い作用も簡便な操作によって軽減可能な方法を提供することができる。
更に本発明によれば、上記の効果を奏しつつ、塩化水素による副反応を効果的に抑制する方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施態様に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施態様に限定されるものではない。なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
なお、本明細書において、“(メタ)アクリレート”はアクリレート及びメタアクリレートを表す。また“マレイン酸(エステル)”はマレイン酸及びマレイン酸エステルを表し、“フマル酸(エステル)”はフマル酸及びフマル酸エステルを表す。
また本明細書において、“当量”はモル当量を意味する。
【0015】
本発明は、カルボン酸と、塩化チオニル、塩化オキサリル及びホスゲンからなる群より選ばれる少なくとも一種類のハロゲン化剤とを反応させてカルボン酸ハロゲン化物を製造する方法であって、アミド化合物(A)の存在下で前記カルボン酸と前記ハロゲン化剤とを反応させ、カルボン酸ハロゲン化物を生成させたのち、二相に分離した相(T)(目的とするカルボン酸ハロゲン化物を主として含有する相)及び相(W)(前記ハロゲン化剤から生成した酸性成分と前記アミド化合物(A)とを主として含有する相)から、前記相(W)を除去することによって目的物を得ることを特徴とするカルボン酸ハロゲン化物の製造方法に関する。
【0016】
なお本願において、“目的とするカルボン酸ハロゲン化物”又は“目的物”とは、反応に供されるカルボン酸におけるカルボキシル基(−COOH)がハロゲン化(具体的には塩素化)され、−C(O)Clになったカルボン酸ハロゲン化物を意味し、更に副反応により塩化水素等が付加した塩化水素付加体などの副反応生成物はこれらに含まれない。
【0017】
また相(T)について、“目的とするカルボン酸ハロゲン化物を主として含有する”の意味を説明する。本発明の反応系に、カルボン酸、ハロゲン化剤及びアミド化合物(A)以外に任意に添加してもよい後述の溶媒を添加しない場合、“目的とするカルボン酸ハロゲン化物を主として含有する”とは、相(T)中の“目的とするカルボン酸ハロゲン化物”の含有量が、相(T)の全質量に対し、40質量%〜100質量%であることを意味する。相(T)中に含有される“目的とするカルボン酸ハロゲン化物”の含有量は、相(T)の全質量に対し、50質量%〜100質量%であることが好ましく、より好ましくは60質量%〜100質量%であり、更に好ましくは70質量%〜100質量%であり、特に好ましくは80質量%〜100質量%である。
また本発明の反応系に、カルボン酸、ハロゲン化剤及びアミド化合物(A)以外に任意に添加してもよい後述の溶媒を添加する場合、“目的とするカルボン酸ハロゲン化物を主として含有する”とは、相(T)から、相(T)中に含まれる該溶媒を除いた残りの全質量に対して、“目的とするカルボン酸ハロゲン化物”の含有量が上記と同様の範囲であることを意味する。
【0018】
更に相(W)について、“ハロゲン化剤から生成した酸性成分とアミド化合物(A)とを主として含有する”とは、相(W)中の“ハロゲン化剤から生成した酸性成分とアミド化合物(A)”の含有量が、相(W)の全質量に対し、50質量%〜100質量%であることを意味する。相(W)中に含有される“ハロゲン化剤から生成した酸性成分とアミド化合物(A)”の含有量は、相(W)の全質量に対し、60質量%〜100質量%であることが好ましく、より好ましくは70質量%〜100質量%であり、更に好ましくは80質量%〜100質量%である。
【0019】
相(T)は、カルボキシル基がハロゲン化されて極性が小さくなったカルボン酸ハロゲン化物を主として含有することにより、極性が低く、一方で相(W)は後述の酸性成分やアミド化合物を主として含有することにより、極性が高くなる。本発明の製造方法においては、相(T)と相(W)との間の極性の差異により、二相に相分離するものと推定される。
【0020】
(カルボン酸)
本発明において使用されるカルボン酸は、カルボキシル基(−COOH)を少なくとも1個有する化合物であり、1〜4個のカルボキシル基を有する化合物であることが好ましく、1又は2個のカルボキシル基を有する化合物であることがより好ましく、1個のカルボキシル基を有する化合物であることが最も好ましい。
【0021】
本発明において好ましく用いることができるカルボン酸は、反応で生成するカルボン酸ハロゲン化物として、アミド化合物(A)とハロゲン化剤から生成した酸性成分とを主としてなる相(W)と分離するような物性を有しているものである。このようなカルボン酸ハロゲン化物としては、相(W)との相分離の観点から、clogP値で−1.0以上のものが好ましく、より好ましくは−0.5以上であり、更に好ましくは0以上である。clogPは有機化合物の有機相、水相に対する分配率を計算的に模した指数であり、ChembridgeSoft社製ChemDraw2011で計算することができる。また、適当な溶媒を別途添加することによって相(W)との分離性を改善してもよい。ここで好ましく用いられる溶媒は、反応前あるいは反応時から存在していても良いし、反応後に添加しても良い。
【0022】
溶媒の例としてはトルエン、ジブチルヒドロキシトルエン、キシレン、ジクロロベンゼンなどの芳香族炭化水素類、n−ヘキサン、n−ヘプタンなどの飽和炭化水素類、酢酸エチル、酢酸メチル、酢酸ブチルなどのエステル類、t−ブチル−メチル−エーテル、テトラヒドロフラン、シクロペンチル−メチル−エーテルなどのエーテル類、プロピオニトリル、ブチロニトリルなどのニトリル類、ジクロロメタン、1,2−ジクロロエタンなどのハロゲン化炭化水素類などが挙げられ、これらの溶媒を適宜混合して用いてもよい。
溶媒を添加する場合における溶媒の添加量は、本発明の効果に悪影響を及ぼさなければ制限はない。溶媒の添加量は、好ましくはカルボン酸に対して1〜10000質量%、より好ましくは10〜1000質量%、更に好ましくは20〜500質量%である。
【0023】
本発明において好ましく用いることができるカルボン酸は、脂肪族カルボン酸、芳香族カルボン酸のいずれであってもよく、また、ヘテロ環に直接カルボキシル基が結合したカルボン酸でもよい。
脂肪族カルボン酸は直鎖、分枝又は環状構造を有していてもよく、飽和脂肪族カルボン酸であっても不飽和脂肪族カルボン酸であってもよい。
芳香族カルボン酸は単環性の芳香族カルボン酸であってもよいし、縮環性の芳香族カルボン酸であってもよい。また、ヘテロ環構造を有するカルボン酸はヘテロ環が芳香族であっても非芳香族であってもよい。
これらのカルボン酸は更に置換基を有していてもよく、置換基の例としては、シアノ基、アゾ基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アルコキシスルホニル基、アリールオキシスルホニル基、アシル基、ハロゲン(F,Cl,Br,Iなど)、カルボアミド基、ウレイド基、アルコキシカルボニルアミノ基、スルホンアミド基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アルキルチオ基、アリールチオ基、ニトロ基、シリル基、アルキル基などが挙げられる。
【0024】
本発明に係るカルボン酸は、電子求引性基と共役した多重結合性基を有することが、以下の理由で好ましい。塩化水素等のハロゲン化水素の付加反応は電子求引性基と共役した多重結合性基においてのみ起こる。このため、本発明の有用性は上記多重結合性基を有する化合物において最大に発揮されるためである。
電子求引性基とはハメットのσ値が正の置換基を指す。例えばアシル基(好ましくは炭素数2〜20、より好ましくは炭素数2〜10)、アルコシキカルボニル基(好ましくは炭素数2〜20、より好ましくは炭素数2〜10)、アリールオキシカルボニル基(好ましくは炭素数7〜20、より好ましくは炭素数7〜10)、カルバモイル基、アルキルスルホニル基(好ましくは炭素数1〜20、より好ましくは炭素数1〜10)、アリールスルホニル基(好ましくは炭素数6〜20、より好ましくは炭素数6〜10)、スルファモイル基、トリフルオロメチル基、シアノ基、ニトロ基等が挙げられる。好ましくはアシル基、アルコシキカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルバモイル基、アルキルスルホニル基、アリールスルホニル基、シアノ基、ニトロ基であり、より好ましくはアシル基、アルコシキカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、カルバモイル基、シアノ基であり、更に好ましくはアシル基、アルコシキカルボニル基である。
【0025】
多重結合性基とは炭素−炭素二重結合及び/又は炭素−炭素三重結合を含む基であり、1価の基であっても、2価又は3価の連結基であってもよい。多重結合性基としては、例えば、アルケニル基(好ましくは炭素数2〜20、より好ましくは炭素数2〜10)、アルキニル基(好ましくは炭素数2〜20、より好ましくは炭素数2〜10)、アルケニレン基(好ましくは炭素数2〜20、より好ましくは炭素数2〜10)、アルキニレン基(好ましくは炭素数2〜20、より好ましくは炭素数2〜10)等が挙げられる。これらの多重結合性基のうち、ビニル基又はビニレン基が好ましい。
【0026】
電子求引性基と共役した多重結合性基の具体例としては、(メタ)アクリレート基、マレイン酸(エステル)構造を有する基、フマル酸(エステル)構造を有する基、スチリル基等が挙げられ、(メタ)アクリレート基、マレイン酸エステル構造を有する基、フマル酸エステル構造を有する基が特に好ましい。
【0027】
以下に本発明において好ましく用いられるカルボン酸の具体例を、そのハロゲン化物(カルボン酸ハロゲン化物、具体的にはカルボン酸塩化物)の化学構造としてclogPと共に列挙するが、本発明の範囲はこれら具体例に限定されない。すなわち、本発明において好ましく用いられるカルボン酸は、以下の具体例中の化学構造式における−C(=O)Clを、−C(=O)OHに代えたものが挙げられる。
【0028】
【化1】

【0029】
【化2】

【0030】
上記カルボン酸ハロゲン化物の具体例のうち、CA−3、CA−4、CA−5、CA−16、CA−20、CA−21、CA−26が好ましく、CA−3、CA−16、CA−20、CA−21、CA−26が特に好ましい。
【0031】
本発明に用いられるカルボン酸中の総炭素数は、好ましくは2〜100、より好ましくは3〜50、更に好ましくは3〜20である。
本発明に用いられるカルボン酸の分子量は、好ましくは60〜5000、より好ましくは80〜2000、更に好ましくは100〜1000である。
本発明の製造方法における反応液中のカルボン酸の含有量は、反応液の全質量に対し、好ましくは10〜80質量%、より好ましくは20〜70質量%、更に好ましくは30〜60質量%である。反応液中のカルボン酸の含有量を上記の範囲とすることにより、二相への良好な分離性と高い生産性、低コスト化が達成できる。
【0032】
(ハロゲン化剤)
本発明において用いられるハロゲン化剤は、塩化チオニル、塩化オキサリル及びホスゲンからなる群より選ばれる少なくとも一種類である。本発明においては、これらハロゲン化剤を単独で用いても、複数種類を混合して用いてもよいが、単独で用いることが好ましい。
ハロゲン化剤としては、塩化チオニル、ホスゲンが好ましく、塩化チオニルが最も好ましい。
【0033】
本発明において、ハロゲン化剤の添加量(複数種類を混合する場合はその総添加量)は、反応液中のカルボン酸に対して、1.0〜2.2当量であることが好ましく、より好ましくは1.0〜1.5当量であり、更に好ましくは1.0〜1.1当量である。ハロゲン化剤の添加量を上記の範囲とすることにより、低コスト化が達成できる。
【0034】
(ハロゲン化剤から生成する酸性成分)
本願における“ハロゲン化剤から生成する酸性成分”とは、本発明の製造方法において、カルボン酸とハロゲン化剤との反応に伴って発生する、塩化水素や亜硫酸ガスなどの酸性ガス等の総称である。
ハロゲン化剤として塩化チオニルを使用する場合には、塩化水素及び亜硫酸ガスが発生し、これらが酸性成分となる。
ハロゲン化剤として塩化オキサリル、ホスゲンを使用する場合には、塩化水素が発生し、これが酸性成分となる。
【0035】
本発明の製造方法においては、反応液中に弱塩基性である後述のアミド化合物(A)を含有することにより、アミド化合物(A)とハロゲン化剤から生成した酸性成分とが複合体を形成することで酸性成分が反応液中で捕捉され、大気に放出されることが防止されるものと推定される。更に、弱塩基性であるアミド化合物や酸性成分は極性を有する為、上述の相(W)に含有される傾向が強く、相(W)を除去することでこれらは容易に取り除けるものと考えられる。
【0036】
(アミド化合物(A))
アミド化合物(A)としては、アミド結合を有する化合物である限り特に限定されないが、一般的には分子量が40〜200であり、好ましくは分子量が45〜150である。アミド化合物(A)としては、脂肪族アミド類や尿素類が好ましい。
また、アミド化合物(A)としては、一般的に安価で入手容易なものが好ましい。アミド化合物(A)としては、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン、1,1,3,3−テトラメチル尿素、及び1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンなどからなる群より選ばれる少なくとも一種が好ましく用いられ、二種以上のアミド化合物を混合して用いることもできる。アミド化合物(A)としては、適度な塩基性を有する点で、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、及びN−メチル−2−ピロリドンからなる群より選ばれる少なくとも一種であることがより好ましく、経済性、2相への分離性が良く、着色が少ない点で、N,N−ジメチルホルムアミドが最も好ましい。
【0037】
本発明の製造方法においては、従来の技術とは異なり、アミド化合物(A)が触媒量より多く、溶媒量より少ない適当量添加されることを特徴とする。アミド化合物(A)がこのような量で添加されることにより、相(T)との相分離を可能にすると共に、上述の酸性成分が十分に捕捉されることにより、酸性成分の大気への放出の抑制や、塩化水素による副反応の抑制に寄与するものと推定される。
本発明におけるアミド化合物(A)の添加量は、使用するカルボン酸、アミド化合物自身の特性(極性など)、任意に添加する溶媒等に応じて当業者であれば適宜設定可能であるが、カルボン酸1モルに対して0.8〜3.0モルであることが好ましく、より好ましくは1.0〜2.0モルであり、更に好ましくは1.2〜1.5モルである。アミド化合物(A)の添加量をこのような範囲にすることにより、塩化水素による副反応の抑制などの本発明の効果がより顕著に奏される。
【0038】
(相分離)
本発明の製造方法において、上述の相(T)と相(W)とは二相に分離する。本発明において、二相に分離するか否かは、反応液を適当な時間(例えば、10分間程度)静置した後、目視により確認可能である。
相(T)と相(W)とを二相に分離するには、使用するカルボン酸の種類、特性(疎水性等)や添加量、アミド化合物(A)の種類、特性(疎水性等)や添加量、任意に添加する溶媒の種類、特性(疎水性等)や添加量、反応温度等の条件を適宜調整することにより達成可能であるが、相分離を容易にすることから、ハロゲン化物が上述のclogP値の条件を満たすようなカルボン酸を使用することが好ましく、更に、アミド化合物(A)の添加量をカルボン酸に対して上述の範囲とすることがより好ましい。
相分離に関しては、前記相(T)及び前記相(W)がいずれも液体であり、相(T)と相(W)とが、液−液分離により二相に分離(以下、“液−液分離型”と呼ぶ)していてもよく、或いは、前記相(T)及び前記相(W)の一方が液体で、他方が固体であり、相(T)と相(W)とが、固−液分離により二相に分離(以下、“固−液分離型”と呼ぶ)していてもよい。
液−液分離型の場合には下層及び上層のうち、不要な一方の層を廃棄する。この操作は通常の製造設備では極めて容易に行うことができるよう設計されている。
固−液分離型の場合、通常は固体が不要な相(W)に相当するため、濾過を用いてこれを除去することができる。操作の容易さ、工程時間の観点から、液−液分離型が好ましく、相(T)及び相(W)がともに液体になるよう反応系を設定することが好ましい。
【0039】
(反応工程)
本発明の製造方法において、カルボン酸、ハロゲン化剤及びアミド化合物(A)等の試薬の添加順序は特に限定されず、カルボン酸とハロゲン化剤とが反応する時に、反応系中にアミド化合物(A)が存在していればよい。
塩化水素等のハロゲン化水素の付加反応を抑制する観点からは、カルボン酸とアミド化合物(A)とを混合した後に、ハロゲン化剤を添加することが好ましい。ハロゲン化剤の添加方法としては特に制限がないが、滴下により添加することが好ましい。ハロゲン化剤を添加する際の反応液中の温度は、−20〜80℃が好ましく、より好ましく−10〜60℃であり、更に好ましくは0〜40℃である。またカルボン酸が固体である場合、上述の溶媒を使用してカルボン酸を溶解させておくことが好ましい。
【0040】
カルボン酸とハロゲン化剤との反応は、アミド化合物(A)の存在下、−20〜80℃で行われることが好ましく、より好ましくは−10〜60℃であり、更に好ましくは0〜40℃である。またカルボン酸とハロゲン化剤との反応は、1分〜10時間行われることが好ましく、より好ましくは10分〜5時間であり、更に好ましくは20分〜3時間である。カルボン酸とハロゲン化剤との反応は、攪拌しながら行われることが好ましい。
【0041】
本発明の製造方法を大スケールで行う場合には、前記相(T)と前記相(W)とが二相に分離するための前記アミド化合物(A)の添加量を小スケールで決定したのち、本発明のカルボン酸ハロゲン化物を製造する方法を大スケールで行うことが、作業安全性の点で好ましい。
なお本発明における小スケールとは、一般的に、反応系における反応物(すなわち、カルボン酸とハロゲン化剤とアミド化合物(A))の総量が100g以下である反応系を意味する。小スケールの反応系における反応物の総量は一般的に1g以上である。
また本発明における大スケールとは、一般的に、反応系における反応物(すなわち、カルボン酸とハロゲン化剤とアミド化合物(A))の総量が1000g以上である反応系を意味する。大スケールの反応系における反応物の総量は一般的に10t以下である。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を挙げて、本発明の実施の形態を更に具体的に説明する。但し、本発明は、これらの実施例に限定はされない。
【0043】
<実施例1>
(E)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸クロリドの合成
下記スキームにしたがって、(E)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸クロリドを合成した。
【0044】
【化3】

【0045】
窒素雰囲気下、(Z)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸4.74kg(30.0モル)に、N,N−ジメチルホルムアミド2.79L(36.0モル)を添加し撹拌した。そこに、塩化チオニル2.28L(1.05当量)を40℃以下で40分かけて滴下した後、同温度下で30分間攪拌した。該反応液を10分間静置したところ、反応液が上層及び下層の二相に液−液分離したことが確認された。該二相のうち、下層6.13kgを除去した。下層の成分をH−NMRで測定することにより、DMFが主成分であることを確認した。また、反応のメカニズムと得られた下層の重量を鑑みると、下層はDMF以外に塩化水素及び亜硫酸ガスを含むことは明らかであり、下層がDMF及びこれら酸性成分の混合物を主として含有することが分かった。
次に、内温30℃で窒素ガスを毎分1L流入して一時間脱気後、淡黄色溶液として(E)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸クロリド(clogP=1.13)を4.92kg(N,N−ジメチルホルムアミド2.6質量%、塩化水素付加体4.3質量%を含む)を得た。(収率86.2%)
以下に、得られた(E)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸クロリドのH−NMRデータを示す。
H−NMR(400MHz,CDCl) δ値:1.32(d,J=6.4Hz,6H),5.14(sept,J=6.4Hz,1H),6.95(d,J=15.2Hz,1H),7.00(d,J=15.2Hz,1H)
【0046】
実施例1は、溶媒(アミド化合物としてのN,N−ジメチルホルムアミドは除く)を用いていないため、生産性が極めて高い。上記のようにして得られた酸クロリドを室温で一晩放置したのち、NMRスペクトルを測定して組成を調べたところ、変化は確認できず、塩化水素の付加は実質的に進行していないことを確認した。これによって大量製造時に必要となる長時間放置における安定性も確保されることが分かる。
【0047】
<比較例1>
窒素雰囲気下、(Z)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸33.7kg(213モル)に、N,N−ジメチルホルムアミド0.200L(2.56モル)を添加し撹拌した。そこに、塩化チオニル22.2L(1.44当量)を50℃以下で2時間かけて滴下した後、同温度下で3時間撹拌した。該反応液を静置したが、数時間経っても反応液は二相に分離しなかった。黄色溶液として(E)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸クロリド(clogP=1.13)を収率63.3%(他に塩化水素付加体36.7%を含む)で得た。
【0048】
実施例1及び比較例1から、反応液を上層及び下層の二相に分離させ、該下層を除去することを含む実施例1の製造方法では、それらを含まない比較例1の製造方法と比べて、反応時間が短縮されると共に、塩化水素による副反応が効果的に抑制されたことが分かる。
【0049】
<実施例2−1〜2−3、比較例2−1>
実施例1において、(Z)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸1モルに対するN,N−ジメチルホルムアミドの添加量(モル)を以下の表1に記載のように変えた以外は実施例1と同様のモル比で反応を行った。塩化チオニルの滴下終了後30分でNMRを用いて塩化水素付加体と目的とするカルボン酸ハロゲン化物のモル比の定量(モル%)を行った結果を表1に示す。なお実施例については、二相に分離した上層及び下層のうち、上層について測定した結果であり、比較例については、二相に分離しなかったため、反応後の液について測定した結果である。
また実施例2−1〜2−3において、上層の質量に対する、酸ハロゲン化物及び塩化水素付加体の合計質量の比率は95質量%であった。また下層の成分をH−NMRで測定することにより、実施例1と同様にDMFが主成分であることを確認し、下層がDMF及び酸性成分(塩化水素及び亜硫酸ガス)の混合物を主として含有することが分かった。
【0050】
【表1】

【0051】
なお、比較例における「反応未完結」とは、原料のカルボン酸((Z)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸)が完全に消失せず、一部残存することを意味する。
【0052】
表1から明らかのように、反応液を上層及び下層の二相に分離させ、該下層を除去することに加え、アミド化合物としてのN,N−ジメチルホルムアミドの添加量(モル)を、カルボン酸である(Z)−4−イソプロポキシ−4−オキソ−2−ブテン酸1モルに対して特定のモル量範囲とすることにより、塩化水素付加体の生成(すなわち、塩化水素による副反応)が著しく抑制されたことが分かる。
【0053】
<実施例3>
化合物C〔2,5−ビス(4−(4−アクリロイルオキシブトキシ)ベンゾイルオキシ)トルエン〕の合成
下記スキームにしたがって、化合物Cを合成した。
【0054】
【化4】

【0055】
3つ口フラスコに4−(4−アクリロイルオキシブトキシ)安息香酸(化合物A)200g(0.757mol)、ジブチルヒドロキシトルエン3g、酢酸エチル150ml、N,N−ジメチルホルムアミド70ml(0.904mol)を添加し、氷浴に浸して内温を5℃にした。この溶液に、内温を10℃以下に保ちながら、塩化チオニル90.8g(0.763mol)を滴下し、そのままの温度で2時間攪拌した。攪拌停止後10分間静置したところ、反応液が上層及び下層の二相に液−液分離したことが確認された。分離した下層(80g)を除去して、上層として化合物B(clogP=2.99)を含む溶液を得た。得られた上層における化合物Bの含有量は、上層に含まれる溶媒(ジブチルヒドロキシトルエン及び酢酸エチル)を除いた残りの全質量に対して、95質量%以上であることが確認された。なお下層の成分をH−NMRで測定することにより、DMFが主成分である(すなわち、下層がDMFを主として含有する)ことを確認した。更に上層の成分をH−NMRで測定することにより、化合物Bの塩化水素付加体の生成がないことが確認された。
以下に、得られた化合物BのH−NMRデータを示す。
H−NMR(300MHz,CDCl):δ=1.8−2.0(m,4H),4.09(t,2H),4.25(t,2H),5.82(dd,1H),6.13(dd,1H),6.39(dd,1H),6.9−7.0(m,2H),8.0−8.1(m,2H)
【0056】
この上層として得られた溶液に、酢酸エチル440ml、THF(テトラヒドロフラン)222ml、メチルハイドロキノン45.6g(0.367mol)及びN−メチルイミダゾール5ml(63.6mmol)を順次添加した。内温を20℃以下に保ちながら、トリエチルアミン160ml(1.15mol)を滴下し、23℃で3時間攪拌した。反応液に水1000ml、食塩80gを加え、分液ロートに移して水層を除去した。有機層にメタノール1400mlを添加し、生じた結晶を濾別、乾燥して、白色固体である化合物Cを203g(収率90%)得た。
以下に、得られた化合物CのH−NMRデータを示す。
H−NMR(CDCl) : δ=1.8−2.0(m,8H),2.24(s,3H),4.05−4.15(m,4H),4.2−4.3(m,4H),5.83(dd,2H),6.12(dd,2H),6.42(dd,2H),6.90−7.05(m,4H),7.0−7.2(m,3H),8.1−8.2(m,4H)
【0057】
<比較例3>
化合物B〔4−(4−アクリロイルオキシブトキシ)安息香酸クロリド〕の合成
下記スキームにしたがって、化合物Bを合成した。
【0058】
【化5】

【0059】
3つ口フラスコに4−(4−アクリロイルオキシブトキシ)安息香酸(化合物A)20g(75.7mmol)、ジブチルヒドロキシトルエン300mg、酢酸エチル40ml、N,N−ジメチルホルムアミド0.5ml(6.46mmol)を添加し、内温を80℃にした。この溶液に、塩化チオニル9.73g(81.8mmol)を滴下し、還流させながら2時間攪拌した。攪拌を止めて10分静置したが、反応液は均一のままであった。余剰の塩化チオニル及びトルエンを除去して、塩化水素付加体である化合物B2を含む化合物Bを得た(化合物B/化合物B2(モル比)=83.5%/16.5%)。また、重合体である不溶な白色固体が生成していた。
【0060】
実施例3及び比較例3の結果より、本発明では、カルボン酸が含有する共役二重結合として、ラジカル重合可能な(メタ)アクリレート基(アクリレート基及びメタクリレート基の双方を含む意味の用語として用いる)も好適に用いることができる。(メタ)アクリレート基を含有するカルボン酸を酸クロリドへと誘導する場合、(メタ)アクリレート基の二重結合へのHCl付加が起きやすいうえに、酸クロリド化反応後に副生した亜硫酸ガスや塩酸、未反応の塩化チオニルを蒸留にて除去する過程において予期せぬ熱重合が問題になる。熱重合を懸念して副生成物の除去操作を行わなかった際には、反応液に大量の亜硫酸ガスや塩化水素が残存することになり、不純物の増加や、中和のために過剰量の塩基を用いる必要になるなど、生産性の大幅な低下をもたらす。対して本発明では、生じた亜硫酸ガスや塩酸が酸クロリド溶液と相分離し、低温下で容易に除去可能なため、良好な生産性で高純度な酸クロリド体を得ることができる。
【0061】
<実施例4>
化合物E〔4−オクチルオキシ安息香酸クロリド〕の合成
下記スキームにしたがって、化合物Eを合成した。
【0062】
【化6】

【0063】
3つ口フラスコに4−オクチルオキシ安息香酸(化合物D)20g(79.9mmol)、トルエン30ml、N,N−ジメチルホルムアミド7.42ml(95.9mmol)を添加し、内温を35℃にした。この溶液に、内温を40℃以下に保ちながら、塩化チオニル10.2g(86.3mmol)を滴下し、そのままの温度で30分間攪拌した。攪拌停止後5分間静置したところ、反応液が上層及び下層の二相に液−液分離したことが確認された。分離した下層(12g)を除去して、上層として化合物E(clogP=4.95)を含む溶液を得た(変換率99%)。得られた上層における化合物Eの含有量は、上層に含まれる溶媒(トルエン)を除いた残りの全質量に対して、95質量%以上であることが確認された。なお下層の成分をH−NMRで測定することにより、DMFが主成分である(すなわち、下層がDMFを主として含有する)ことを確認した。
以下に、得られた化合物EのH−NMRデータを示す。
H−NMR(CDCl) : δ=0.9(t,3H),1.2−1.5(m,12H),1.75−1.9(m,2H),4.15(t,2H),6.9−7.0(m,2H),8.05−8.15(m,2H)
【0064】
<実施例5>
化合物Gの合成
下記スキームにしたがって、化合物Gを合成した。
【0065】
【化7】

【0066】
3つ口フラスコにデヒドロアビエチン酸(化合物F)34.4g(100mmol)、トルエン100ml、N,N−ジメチルホルムアミド17ml(220mmol)を添加し、内温を10℃にした。この溶液に、内温を20℃以下に保ちながら、塩化チオニル25.1g(211mmol)を滴下し、そのままの温度で3時間攪拌した。攪拌停止後5分間静置したところ、反応液が上層及び下層の二相に液−液分離したことが確認された。分離した下層(29g)を除去して、上層として化合物G(clogP=6.62)を含む溶液を得た(変換率99%)。得られた上層における化合物Gの含有量は、上層に含まれる溶媒(トルエン)を除いた残りの全質量に対して、95質量%以上であることが確認された。なお下層の成分をH−NMRで測定することにより、DMFが主成分である(すなわち、下層がDMFを主として含有する)ことを確認した。
以下に、得られた化合物GのH−NMRデータを示す。
H−NMR(CDCl) : δ=1.2−1.3(m,9H),1.41(s,3H),1.5−1.7(m,2H),1.8−2.0(m,5H),2.3−2.5(m,2H),2.95−3.05(m,2H),3.57(sep,1H),7.1(s,1H),8.0(s,1H)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルボン酸と、塩化チオニル、塩化オキサリル及びホスゲンからなる群より選ばれる少なくとも一種類のハロゲン化剤とを反応させてカルボン酸ハロゲン化物を製造する方法であって、
アミド化合物(A)の存在下で前記カルボン酸と前記ハロゲン化剤とを反応させ、カルボン酸ハロゲン化物を生成させたのち、二相に分離した相(T)〔目的とするカルボン酸ハロゲン化物を主として含有する相〕及び相(W)〔前記ハロゲン化剤から生成した酸性成分と前記アミド化合物(A)とを主として含有する相〕から、前記相(W)を除去することによって目的物を得る、カルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【請求項2】
生成したカルボン酸ハロゲン化物のclogP値が、−0.5以上である、請求項1に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【請求項3】
前記アミド化合物(A)の添加量が前記カルボン酸1モルに対して0.8〜3.0モルである、請求項1又は2に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【請求項4】
前記カルボン酸が、電子求引性基と共役した多重結合性基を有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【請求項5】
前記電子求引性基がアシル基又はアルコシキカルボニル基である、請求項4に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【請求項6】
前記多重結合性基がビニル基又はビニレン基である、請求項4又は5に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【請求項7】
前記アミド化合物(A)が、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン、1,1,3,3−テトラメチル尿素、及び1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンからなる群より選ばれる少なくとも一種である、請求項1〜6のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【請求項8】
前記相(T)及び前記相(W)がいずれも液体であり、前記相(T)と前記相(W)とが、液−液分離により二相に分離している、請求項1〜7のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【請求項9】
前記相(T)及び前記相(W)の一方が液体で、他方が固体であり、前記相(T)と前記相(W)とが、固−液分離により二相に分離している、請求項1〜7のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。
【請求項10】
前記相(T)と前記相(W)とが二相に分離するための前記アミド化合物(A)の添加量を小スケールで決定したのち、カルボン酸ハロゲン化物を製造する方法を大スケールで行う、請求項1〜9のいずれか一項に記載のカルボン酸ハロゲン化物の製造方法。

【公開番号】特開2013−18714(P2013−18714A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151096(P2011−151096)
【出願日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】