説明

ガスクロマトグラフィー質量解析機を用いた両生体試料群間の代謝体の差別性の解析方法

【課題】生体試料中に存在するあらゆる代謝体を抽出し、対照群と実験群との代謝体の大まかな差を検出して、それに対する有意性を検証する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、あらゆる生体試料を固相抽出法により抽出した分画、この分画を液体−液体抽出法により抽出した分画、及び加水分解後、異なる2種類のpH下、液体−液体抽出法により抽出した分画をガスクロマトグラフィー質量解析機を用いて解析する段階と、そのクロマトグラム結果を統計処理可能な数値に変換する段階と、前記数値を主成分解析(PCA)と判別解析(DA)により解析し、対照群と実験群との差別性を検出する段階と、を含むことを特徴とする。異なる特性を持つ2群の差別性を標準物質や検証された定量方法なしにもクロマトグラム上のピーク面積に基づいて大まかな差を検出するところに長所がり、病気などによる生体での代謝変化の有無を代謝体の正確な定量無しに検出可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体試料中に存在するあらゆる代謝体を抽出し、対照群と実験群との代謝体の大まかな差を検出して、それに対する有意性を検証する方法に関する。本発明において解析の対象とする生体試料は、血液、血漿、血清、尿、糞便、脳脊髄液、組織、毛髪、腸液、胃液など生体に存在するあらゆる物質を含む。
【背景技術】
【0002】
これまでの代謝体(メタボライト)を用いた研究は、病気や遺伝子変異の起きた場合、代謝経路で生じる欠陥を見極め、これを用いた病気診断マーカー(biomarker)を導き出すために、特定の病気状態や遺伝子変異状態での細胞内の特定の代謝体群(metabolome)の標準品を用いて定量解析した後、実験群及び対照群で代謝体の量または濃度の変化、あるいは、代謝経路に与る代謝体の量または濃度の比率を比較するターゲッテッドメタボロミックス(targeted metabolomics)研究が主流をなしている。
【0003】
しかしながら、生体内に存在する代謝体は極めて多岐に亘り、あらゆる代謝体の標準品を確保して定量解析を行うことは、実験上多くの限界を持っている。このため、このような複雑な解析段階を経ることなく、生体内の代謝体の変化を総体的に検証可能な方法を探った結果、ノンターゲッテッドメタボロミックス(nontargeted metabolomics)としてグローバルメタボロミックス研究が行われ始めることになった。
【0004】
実際に、生体内に存在する代謝体の数が比較的に少ない細菌や植物に関してはこのような研究が盛んになされてきている(例えば、下記の非特許文献を参照)。しかしながら、人間をはじめとするあらゆる動物試料においては、抽出方法と解析の複雑さ、個体間の差、さらには、ガイドラインとなる解析方法が存在しないことを理由にほとんど適用し得ないことが現状である。
【0005】
このため、生体試料を抽出する方法を標準化させて、機器解析クロマトグラムから得られた実験群と対照群の代謝体プロファイルを統計学的に解析可能にする機器解析と統計とを結び付ける方法の開発が切望されている。
【非特許文献1】Phytochemistry, 62, 929-937(2002)
【非特許文献2】Phytochemistry, 63, 817-836(2003)
【非特許文献3】Phytochemistry, 63, 887-900(2003)
【非特許文献4】Journal of Integrative Biology, 6, 217-234(2002)
【非特許文献5】Electrophoresis, 23, 1642-1651(2002)
【非特許文献6】Nature Biotechnology, 18, 1157-1161(2000)
【非特許文献7】Anal. Chem., 76, 619-626(2004)
【非特許文献8】Plant Cell, 14, 1437-1440(2002)
【非特許文献9】Advan. Enzyme Regul. 43, 67-76(2003)
【非特許文献10】International Immunopharmacology, 4, 1499-1514(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の如き問題点を解決するためになされたものであり、その目的は、生体試料からできる限りあらゆる代謝体を抽出するために、所定の標準抽出方法を用いてクロマトグラフィー解析器機を用いてクロマトグラムを得た後、クロマトグラムを統計処理可能に数値化させ、主成分解析(Principle Component Analysis:PCA)と判別解析(Discriminant Analysis :DA)に基づき、対照群と実験群との有意差を検出する方法を提供するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この目的を達成するために、本発明は、両生体試料群の差別性を検出する方法であって、i)固相抽出法と、ii)弱酸性での液体−液体抽出法と、iii)加水分解後における弱酸性での液体−液体抽出法と、iv)塩基性での液体−液体抽出法と、を順次に適用して生体試料から代謝体を抽出することを含むことを特徴とする両生体試料群間の代謝体の差別性の解析方法を提供する。
【0008】
また、前記解析方法は、前記抽出された代謝体をクロマトグラフィー解析器機を用いて解析する段階と、前記クロマトグラフィー解析結果を統計処理可能な数値に変換する段階と、前記変換された数値に基づき、統計学的に前記両生体試料群の差別性を検証する段階と、をさらに含む。
【0009】
さらに、前記ii)及びiii)における弱酸性はpH5〜pH5.5であり、前記iv)における塩基性はpH13〜13.5である。
【0010】
さらに、前記クロマトグラフィー解析器機は、ガスクロマトグラフィーに質量解析機が取り付けられているものである。
【0011】
さらに、前記iii)における加水分解は、β−グルクロニダーゼ(β-glucuronidase)とアリールスルファターゼ(arylsulfatase)を用いて行う。
【0012】
さらに、前記クロマトグラフィー解析結果を統計処理可能な数値に変換する段階は、総解析時間を複数の単位時間間隔に分け、単位時間中に現れたクロマトグラムピークの面積及び高さのうち大きな方の数値を単位時間中の代表値として定める。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、生体試料に含まれている全代謝体を効率よく抽出し、高感度な解析器機を用いて解析することにより、代謝体プロファイルを効率よく測定することができる。また、この測定結果に基づいて統計的な検証を行うことにより、疾病時、あるいは、外因性物質の投与時における生体内の代謝体の変化を有効でかつ好適に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳述する。
【0015】
先ず、本発明による試料の標準抽出方法は、下記の通りである。生体試料を固相抽出法により抽出し(分画1)、抽出した溶液をさらに液体−液体抽出法により抽出した後(分画2)、残った水層に酵素を加えて生体試料に存在する共役体(conjugate)を加水分解した後、この溶液をさらに弱酸性の条件下で液体−液体抽出法により抽出し(分画3)、塩基性の条件下で液体−液体抽出法により抽出する(分画4)。
【0016】
抽出した分画1〜4は、蒸発乾燥させて誘導体にした後、ガスクロマトグラフィー質量解析機を用いて解析し、結果値を主成分解析及び判別解析により対照群と実験群との差別性を検証する。
【0017】
主成分解析とは、元の変数の線形結合として表わされる新たな主成分を見付け、これにより資料の要約と解釈し易さを目指す統計的な技法である。すなわち、今後の解析のための手段を提供する解析方法である。判別解析とは、2つの集団あるいはそれ以上の集団に対して得られた幾つかの変数資料に基づいて各集団の特性を示す変数の線形結合を導き出し、これに基づき、各集団間に統計的に有意な特性差があるかどうかを解析し、特定の観測値がどの集団に属するかを予測する統計的な技法である。
【0018】
以下、本発明を下記の実施例を挙げて詳細に説明するが、これらは単なる本発明の例示に過ぎず、本発明の権利範囲がこれに制限されることはない。
【0019】
<実施例1:生体試料から代謝体を標準抽出方法により抽出し、クロマトグラフィー解析器機を用いて解析する第1の段階>
1−1.分画1を得る段階
Strata X(登録商標)(Phenomenex、Torrance、カナダ、π−π相互作用に基づいて解析物質をカートリッジから流れ出ないように保持する、表面が特殊処理されたスチレン−ジビニルベンゼンポリマー(styrene-divinyl benzene polymer))カートリッジを固相真空抽出機に取り付け、ここにメタノール1mlを加えて活性化させた後、水1mlを用いて洗浄して前処理を施した。ここに10名の前立腺肥大症患者(平均年齢60±5才)と、年齢のマッチされた10名の健常な男性(平均年齢58±7才)の尿1mlを取って搬入(loading)し、水1mlをさらに加えて洗浄した後、メタノール4mlを流して解析対象となる物質を流出させた。このうち0.3mlだけを取って回転蒸発乾燥器により蒸発乾燥させ、その残渣にMSTFA(N−メチル−N−(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド, N-methyl-N-(trimethylsilyl)trifluoroacetamide)、NH4I(アンモニウムヨーダイド)及びジチオールエリスリトール(dithiolerythritol)を100:4:5(v/v)の割合にて混合した誘導体化試薬を50μl加え、60℃で、15分間反応させることにより誘導体にした。
【0020】
1−2.分画2を得る段階
前記1−1の残留流出液を回転蒸発乾燥器により蒸発乾燥させ、この残渣に酢酸緩衝液(pH5.2)1mlを加えた後、ジエチルエーテル(diethylether)5mlを加えて5分間振とうし、液体−液体抽出法を行った。抽出されたジエチルエーテル層を2500rpmにて5分間遠心分離し、この液をさらに回転蒸発乾燥器により蒸発乾燥させた後、その残渣にMSTFA(N−メチル−N−(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド)、NH4I(アンモニウムヨーダイド)及びジチオールエリスリトールを100:4:5(v/v)の割合にて混合した誘導体化試薬を50μl加え、60℃で、15分間反応させることにより誘導体にした。
【0021】
1−3.分画3を得る段階
生体内に最も多く存在する共役体のグルクロナイド共役体(glucuronide conjugate)とスルフェート共役体(sulfate conjugate)を加水分解し、共役型の代謝体を遊離型(free form)として得るために、前記1−2においてジエチルエーテル層を分離して残留する水層にβ−グルクロニダーゼ/アリールスルファターゼ(Helix pomatia、 Roche、 Mannheim、 Germany)100μlを加え、55℃で、3時間加水分解した。加水分解後には、ジエチルエーテル5mlを加えて5分間振とうし、さらに液体−液体抽出法を行った。抽出したジエチルエーテル層を2500rpmにて5分間遠心分離し、この液を回転蒸発乾燥器により蒸発乾燥させた後、その残渣にMSTFA(N−メチル−N−(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド)、NH4I(アンモニウムヨーダイド)及びジチオールエリスリトールを100:4:5(v/v)の割合にて混合した誘導体化試薬を50μl加え、60℃で、15分間反応させて誘導体にした。
【0022】
尿試料に存在する共役型の代謝体を遊離型として得るための方法としては、酸加水分解と酵素加水分解の方法があるが、どちらの方法が効率的であるか実験した。酵素加水分解は、前記1−3に記述の方法を用い、酸加水分解は、前記1−2において分画2を得た後に残留している水層に0.1N塩酸1mlを加え、80℃で、1時間加水分解した後、常温に冷却させた状態で、0.1NのNaOHを用いてpHを5.2にした。両分画のクロマトグラムを得た結果、図1に示すように、ほとんど同様なクロマトグラムを示す傾向にあった。しかしながら、酸条件下では、微量の代謝体が変質する可能性が極めて高いため、最終的には酵素加水分解を用いた。
【0023】
1−4.分画4を得る段階
また、残留している水層にK2CO3100mgを加えてpH13のアルカリ性条件にした後、ジエチルエーテル5mlを加えて5分間振とうして液体−液体抽出法を行った。抽出したジエチルエーテル層を2500rpmにて5分間遠心分離し、この液を回転蒸発乾燥器により蒸発乾燥させた後、その残渣にMSTFA(N−メチル−N−(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド)、NH4I(アンモニウムヨーダイド)及びジチオールエリスリトールを100:4:5(v/v)の割合にて混合した誘導体化試薬を50μ・加え、60℃で、15分間反応させて誘導体にした。
【0024】
1−5.得られた分画をクロマトグラフィー解析器機により解析する段階
代謝体を解析するために、機器としては、アジレント社製の5973質量解析機を取り付けた6890プラスガスクロマトグラフ(Agilent Co., Tokyo, Japan)を使用し、長さ17m、内径0.2mmであり、カラムの内側に貼り付けられたフィルムの厚さが0.33μmのアジレント社製のウルトラ1カラムを使用した。解析に際し、ガスクロマトグラフのオーブン温度条件については、初期温度を100℃にした後、10℃/分ずつ300℃まで上げて解析した。解析機のキャリアガスとしてはヘリウムを使用し、ヘリウムの流速は1ml/分にした。解析機の注入口の温度は250℃、検出器の温度は280℃であり、試料注入時のスピルト(spilt)比は10:1であった。全ての試料は質量解析機によりスキャンモードにて解析した。
【0025】
<実施例2:クロマトグラフィー解析結果を統計学的に処理可能な数値に変換する第2の段階>
各分画のクロマトグラム中に現れたピークの面積や高さから、試料内の代謝体の濃度あるいは量の多少が決まるが、これらのピークは常に一定時間に一定の数だけ生成されるものではなく、変数の数が一定になる必要のある統計処理には適用し得ないという不都合があった。
【0026】
このような不都合を解消するために、総解析時間30分を1分間隔に分けて時間間隔を一定にし、1分間に現れたピークのうち面積が最大となるピークを代表値に定めて統計処理を行った。
【0027】
<実施例3:変換された数値に基づき、統計学的に両生体試料群の差別性を検証する第3の段階>
グローバルメタボロミックスのための統計処理方法としては、主成分解析と判別解析を利用した。判別解析のために、leave-one-out 法(試料の数を100としたとき、99を対照群とし、残りの1つが正常群に属するか、病気群に属するかを判別する方法)を採択し、判別解析により得られた結果に基づき、未知の試料を健常人または前立腺肥大症患者群に区別可能な精度を測定した。
【0028】
その結果、分画2(固相抽出を経た後、pH5.2の条件下で液体−液体抽出を行って解析した分画、図3)及び分画3(加水分解後、pH5.2の条件下で液体−液体抽出を行って解析した分画、図4)の主成分解析において、健常人群と患者群が区別されるクラスターリングパターン(clustering pattern)が現れた。特に、判別解析の結果、分画2により統計解析を行ったとき、前立腺肥大症患者と健常人が高い精度にて区別される結果が得られた(77%以上)。このため、分画2を得る方法により試料を抽出(固相抽出を経た後、pH5.2の条件下で液体−液体抽出を行う)したとき、前立腺肥大症の代謝変化を最も確度よく検出し、前立腺肥大症患者と健常人との代謝差を高い確度をもって区別できると認められる。これに対し、分画1(固相抽出後、直ちに解析した分画、図2)と分画4(加水分解後、pH13の条件下で液体−液体抽出して解析した分画、図5)の主成分解析においては、クラスターリングパターンの差別性が顕著に低下しており、判別解析の診断確度も57%以下と良好なものではなかった。
【0029】
以上、本発明について実施例を挙げて詳細に説明したが、本発明の技術的な範囲内であれば、種々の変形及び修正が可能であることは当業者にとって明らかであり、このような変形及び修正が特許請求の範囲に属するということは当然のことである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】分画3を得る段階における、酸加水分解と酵素加水分解の効果を比較するためにクロマトグラム結果を比較して示す図である。
【図2】尿試料を固相抽出法により抽出して得られた分画(分画1)を解析して得られた主成分解析と判別解析の結果を示す図である。
【図3】尿試料を固相抽出法により抽出した後、pH5.2の条件下で液体−液体抽出して得た分画(分画2)を解析して得た主成分解析と判別解析の結果を示す図である。
【図4】分画2を得、残留する水層を加水分解した後、有機溶媒により抽出して得た分画(分画3)を解析して得た主成分解析と判別解析の結果を示す図である。
【図5】分画3をK2CO3を用いてpH13にした後、有機溶媒により抽出して得た分画(分画4)を解析して得た主成分解析と判別解析の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
両生体試料群の差別性を検出する方法であって、
i)固相抽出法と、
ii)弱酸性での液体−液体抽出法と、
iii)加水分解後における弱酸性での液体−液体抽出法と、
iv)塩基性での液体−液体抽出法と、を順次に適用して生体試料から代謝体を抽出することを含むことを特徴とする両生体試料群間の代謝体の差別性の解析方法。
【請求項2】
前記解析方法は、
前記抽出された代謝体をクロマトグラフィー解析器機を用いて解析する段階と、
前記クロマトグラフィー解析結果を統計処理可能な数値に変換する段階と、
前記変換された数値に基づき、統計学的に前記両生体試料群の差別性を検証する段階と、をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の両生体試料群間の代謝体の差別性の解析方法。
【請求項3】
前記ii)及びiii)における弱酸性はpH5〜pH5.5であり、前記iv)における塩基性はpH13〜13.5であることを特徴とする請求項1に記載の両生体試料群間の代謝体の差別性の解析方法。
【請求項4】
前記iii)における加水分解は、β−グルクロニダーゼとアリールスルファターゼを用いて行うことを特徴とする請求項1に記載の両生体試料群間の代謝体の差別性の解析方法。
【請求項5】
前記クロマトグラフィー解析器機は、ガスクロマトグラフィーに質量解析機が取り付けられているものであることを特徴とする請求項2に記載の両生体試料群間の代謝体の差別性の解析方法。
【請求項6】
前記クロマトグラフィー解析結果を統計処理可能な数値に変換する段階 は、総解析時間を複数の単位時間間隔に分け、単位時間中に現れたクロマトグラムピークの面積及び高さのうち大きな方の数値を単位時間中の代表値として定めることを特徴とする請求項2に記載の両生体試料群間の代謝体の差別性の解析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−83027(P2008−83027A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−96793(P2007−96793)
【出願日】平成19年4月2日(2007.4.2)
【出願人】(595001181)コリア インスティテュート オブ サイエンス アンド テクノロジー (25)
【Fターム(参考)】