説明

ガスシールドアーク溶接方法

【課題】亜鉛を含むめっき鋼鈑の溶接において、ブローホールやピットなどの発生を効果的に抑制することのできるガスシールドアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】本発明によって提供されるガスシールドアーク溶接方法は、亜鉛めっき鋼板である溶接母材P1,P2と溶接ワイヤWとの間にアークACを発生させるとともに、コンタクトチップ32を囲うように溶接母材P1,P2に対してシールドガスSGを噴出させるガスシールドアーク溶接方法であって、シールドガスSGには、主成分ガスにオゾンが添加された混合ガスが用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえば亜鉛めっき鋼板のガスシールドアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、たとえば亜鉛めっき鋼板は耐食性に優れていることから、自動車のボデーや住宅などの建材などに広く利用されている。亜鉛めっき鋼板からなる溶接母材を溶接する溶接方法としては、溶接母材と電極との間に生じるアークを大気から遮蔽するためのシールドガスを用いたガスシールドアーク溶接方法がある。
【0003】
ガスシールドアーク溶接方法においては、アーク溶接時に高温のアーク熱によって亜鉛めっき鋼板に含まれる亜鉛が溶融し、溶融した亜鉛が急激に沸騰する現象(以下、「突沸」という)が生じる。そして、突沸した亜鉛が蒸気となって飛散するといった吹き上げが生じ、これによりビード上にピット(表面欠陥)が発生する。また、飛散した蒸気が溶融金属中に残存することがあり、これによりブローホール(気孔)が発生する。そのため、たとえば重ね継手においては、ピットやブローホールによって溶接母材同士の接合部の強度が低下するといった問題がある。
【0004】
特許文献1には、シールドガスとしてアルゴンガスと少量の酸素ガスとからなる混合ガスが用いられた技術が記載されている。特許文献1に記載の技術によれば、亜鉛めっき鋼板に含まれる亜鉛をシールドガス中の酸素ガスによって酸化させ、酸化亜鉛(ZnO)を形成することにより、亜鉛蒸気の突沸を抑えるようにしている。一般に、酸化亜鉛(ZnO)の昇華点は1725℃程度であり、ガスシールドアーク溶接時に亜鉛めっき鋼板が溶融しても上記昇華点に達することはない。そのため、酸化亜鉛(ZnO)が形成されることによって、亜鉛蒸気の突沸をある程度抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭57−209778号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、亜鉛のめっき量が比較的大の亜鉛めっき鋼板をアーク溶接する場合には、アルゴンガスに酸素ガスを混合させたシールドガスを用いたとしても、溶融金属中に混入した亜鉛を十分に酸化させることはできない場合がある。そのため、亜鉛蒸気の突沸を十分に抑えることができず、なおもブローホールやピットが発生するといった問題点があった。
【0007】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、少なくとも亜鉛が含まれためっき鋼鈑のアーク溶接において、ブローホールやピットなどの発生を効果的に抑制することのできるガスシールドアーク溶接方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によって提供されるガスシールドアーク溶接方法は、少なくとも亜鉛が含まれためっき鋼板からなる溶接母材と電極との間にアークを発生させるとともに、上記電極を囲うように上記溶接母材に対してシールドガスを噴出させるガスシールドアーク溶接方法であって、上記シールドガスには、主成分ガスにオゾンが添加された混合ガスが用いられることを特徴としている。
【0009】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記オゾンの添加率は、200〜1000ppmである。
【0010】
このような構成によれば、亜鉛が含まれためっき鋼鈑のアーク溶接においては、アーク溶接時のアーク熱などによってシールドガスに含まれるオゾン(O3)が単原子の酸素(O)の状態となり、この単原子の酸素(O)と溶融金属中に含まれる亜鉛とが結合し、酸化亜鉛(ZnO)が形成される。そのため、溶融金属中に含まれる亜鉛のほとんどを酸化させることができ、亜鉛蒸気の突沸を抑制することができる。したがって、ブローホールやピットの発生を効果的に抑制することができる。
【0011】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明にかかるガスシールドアーク溶接方法が適用される溶接装置のシステム構成を示す図である。
【図2】本実施形態のガスシールドアーク溶接方法を実施した場合の、シールドガスにおけるオゾンの添加率と、亜鉛蒸気による吹き上げ回数との関係を示したグラフである。
【図3】本実施形態のガスシールドアーク溶接方法を用いた場合のビード外観図である。
【図4】図3におけるIV−IV線に沿う要部断面図である。
【図5】従来のガスシールドアーク溶接方法を用いた場合のビード外観図である。
【図6】図5におけるVI−VI線に沿う要部断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0014】
図1は、本発明にかかるガスシールドアーク溶接方法が適用される溶接装置のシステム構成を示す図である。溶接装置Aは、亜鉛めっき鋼板としての溶接母材P1,P2に対してガスシールドアーク溶接を施すための装置である。溶接装置Aは、溶接電源1、ガスボンベ2、溶接トーチ3およびワイヤ送給機構4などを備えている。
【0015】
図1では、たとえば溶接母材P1,P2を重ね合わせて溶接する重ね継手の隅肉溶接を一例として記載している。すなわち、この隅肉溶接では、図1における紙面の奥行き方向または手前方向に溶接トーチ3が直線移動して、2つの溶接母材P1,P2の略直交する2つの面の隅に溶接が行われる。なお、このガスシールドアーク溶接方法が用いられる溶接継手の形態は、上記した重ね継手に限るものではなく、たとえば突合せ継手またはT字継手などにこのガスシールドアーク溶接方法が用いられてもよい。
【0016】
また、このガスシールドアーク溶接が実施される溶接母材P1,P2としては、少なくとも亜鉛が含まれためっき鋼板であればよく、たとえばアルミニウムやマグネシウムなどが含まれる合金がめっきされためっき鋼板であってもよい。
【0017】
溶接電源1は、溶接母材P1,P2をアーク溶接するための溶接電圧を発生させるとともに、シールドガスSGを溶接トーチ3に供給するためのものである。溶接電源1は、電源主回路11、ガス流量設定回路12、およびガス流量調整器13などを備えている。溶接電源1には、2つの電極(図示略)が設けられており、その一方が溶接トーチ3に設けられたコンタクトチップ32(後述)を介して溶接ワイヤWに導通しており、他方が溶接母材P1に導通している。
【0018】
電源主回路11は、溶接電圧として直流のアーク電圧を発生させるための直流電源回路である。電源主回路11には、図略のガバナ回路が含まれており、このガバナ回路は、ワイヤ送給速度指令信号Wfによってワイヤ送給モータ42を駆動させるものである。ガス流量設定回路12は、たとえば電源主回路11から出力される電流信号Idに応じてガス流量調整器13に対してガス流量設定信号Fsを伝達するものである。ガス流量調整器13は、ガスボンベ2から供給されるシールドガスSGの流量をガス流量設定信号Fsにしたがって調整するものである。ガス流量調整器13は、たとえば金属製のダイヤフラム(図略)を有する流量調整弁によって構成される。なお、ガス流量調整器13は、溶接電源1とは別の機器として構成されてもよい。
【0019】
ガスボンベ2は、溶接トーチ3にシールドガスSGを供給するためのものであり、予め所望の混合ガスとしてのシールドガスSGが注入されている。本実施形態では、シールドガスSGには、主成分ガスとして一般的に用いられるアルゴンガスに、微量のオゾンが添加された混合ガスが用いられている。このシールドガスSGにおけるオゾンの添加率は、たとえば200〜1000ppmとされている。オゾンの添加率は、後述するように、アーク溶接が実施された際に、亜鉛蒸気の吹き上げが生じない程度の値とされており、実験などにより求められた値である。
【0020】
一般に、オゾンは高濃度になると毒性が強くなる傾向があるので、シールドガスSGに高濃度のオゾンを添加してアーク溶接を行うと、たとえば溶接装置Aで用いられる金属製のガス配管やガス流量調整器13に用いられる金属製のダイヤフラム(図略)などを腐食させることがある。そのため、オゾンは、一般に、低濃度オゾンとして定義される1000ppmまでの添加率でシールドガスSGの主成分ガスに添加することが望ましい。
【0021】
なお、本実施形態においては、シールドガスSGの主成分ガスとして、不活性ガスであるアルゴンガスが用いられているが、主成分ガスはこれに限るものではない。たとえばアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガス、アルゴンガスと炭酸ガスとの混合ガス、あるいは炭酸ガスなどの活性ガスが主成分ガスとして用いられてもよい。
【0022】
溶接トーチ3は、ノズル31およびコンタクトチップ32を備えており、たとえば多関節ロボット(図略)によって保持されている。ノズル31は、たとえば銅などの金属からなる筒状部材であり、適宜水冷構造を有している。コンタクトチップ32は、たとえば銅などの金属からなり貫通孔が形成されている。この貫通孔には、消耗電極としての溶接ワイヤWが挿通され、これにより、コンタクトチップ24は、溶接ワイヤWと導通している。コンタクトチップ32は、溶接母材P1,P2との間に溶接電圧Vを印加するための電極として機能するものである。なお、溶接トーチ3は、アーク溶接時には、図示しない多関節ロボットによって所定の速度で図1における紙面の奥行き方向または手前方向に移動される。
【0023】
ノズル31のコンタクトチップ32には、溶接電源1から溶接電圧Vが供給され、この溶接電圧Vの供給により、溶接ワイヤWから溶接母材P1,P2に対してアークACが発生される。なお、図1の符号50は溶融池を示す。
【0024】
ノズル31には、ガスボンベ2から溶接電源1を介してシールドガスSGが供給され、シールドガスSGは、コンタクトチップ32および溶接ワイヤWを囲うように溶接母材P1,P2に対して噴出される。シールドガスSGは、コンタクトチップ32および溶接ワイヤWを囲うように噴出されることにより、上記アークACを大気から遮蔽する機能を有する。
【0025】
ワイヤ送給機構4は、溶接ワイヤWを溶接トーチ2に送給するための機構であり、図示しないワイヤリール、溶接ワイヤWを溶接トーチ2に対して送り出す一対の送給ローラ41、および送給ローラ41を回転させるワイヤ送給モータ42などによって構成されている。ワイヤ送給モータ42は、GMAアーク溶接電源PSMから伝達されるワイヤ送給速度指令信号Wfによって回転制御される。
【0026】
次に、本実施形態のガスシールドアーク溶接方法の作用について説明する。
【0027】
本実施形態では、ガスシールドアーク溶接が実施される際、アルゴンガスを主成分ガスとし、このアルゴンガスに微量のオゾン(O3)が添加された混合ガスがシールドガスSGとして用いられる。オゾン(O3)は、溶接ワイヤWと溶接母材P1,P2との間に発生されるアークACの熱によって容易に分解し、酸素(O2)になる(2O3→3O2)。ここで、オゾン(O3)が酸素(O2)になる途中の過程では、オゾン(O3)の状態から不安定な単原子の酸素原子(O)の状態となることが知られている(O3→3O)。
【0028】
本実施形態では、オゾン(O3)が添加されたシールドガスSGを噴出させて、ガスシールドアーク溶接が行われると、オゾン(O3)がアーク熱によって単原子である酸素原子(O)に分解され、その酸素原子(O)が溶融金属中の亜鉛と容易に結合して酸化亜鉛(ZnO)が形成される。すなわち、シールドガスにアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスが用いられた、従来のガスシールドアーク溶接においても、亜鉛めっき鋼板に含まれる亜鉛が酸素ガスによって酸化され酸化亜鉛(ZnO)が形成された。しかし、本実施形態では、オゾン(O3)から分解された単原子の酸素原子(O)が溶融金属中の亜鉛と結合するので、その結合の度合いが従来に比べより顕著となり、より好ましく酸化亜鉛(ZnO)を形成することができる。
【0029】
そのため、オゾン(O3)が添加されたシールドガスSGを噴出させることにより、アーク溶接時において溶融金属中に溶け込んでいた亜鉛をより一層効果的に酸化させることができる。したがって、亜鉛蒸気の発生を抑制することができるので、溶融金属中におけるブローホールやピットの発生を格段に抑えることができる。
【0030】
図2は、本実施形態のガスシールドアーク溶接方法を実施した場合の、シールドガスSGにおけるオゾンの添加率と、亜鉛蒸気による吹き上げ回数との関係を示したグラフである。
【0031】
このガスシールドアーク溶接方法では、溶接電源1から供給される溶接電流は200A、溶接電圧は21Vに設定され、溶接速度(溶接トーチ3の移動速度)は70cm/分に設定されている。また、シールドガスSGの主成分ガスには、アルゴンガスが用いられている。図2における亜鉛蒸気による吹き上げ回数は、溶接長10cm当たりにおける値である。
【0032】
図2に示すように、オゾンの添加率が200ppm程度以下のシールドガスSGを用いた場合では、亜鉛蒸気の吹き上げが著しく生じているが、オゾンの添加率が200〜400ppm程度のシールドガスSGを用いた場合では、亜鉛蒸気の吹き上げは全く発生しなかった。したがって、シールドガスSGにおけるオゾンの添加率が200ppm程度を境にして、亜鉛蒸気の吹き上げが生じないことがわかる。
【0033】
図3は、本実施形態のガスシールドアーク溶接方法を用いた場合の、溶接母材P1,P2の重ね継手の溶接接合部におけるビード外観図である。図4は、図3におけるIV−IV線に沿う要部断面図である。このガスシールドアーク溶接方法では、溶接電源1から供給される溶接電流は220A、溶接電圧は22Vに設定され、溶接速度は60cm/分に設定されている。また、溶接母材P1,P2として板厚3mm程度の亜鉛めっき鋼板が用いられている。
【0034】
図5は、比較例として従来のガスシールドアーク溶接方法を用いた場合の、溶接母材P1,P2の重ね継手の溶接接合部におけるビード外観図である。図6は、図5におけるVI−VI線に沿う要部断面図である。溶接条件は、図3および図4に示すガスシールドアーク溶接方法とほぼ同様であるが、シールドガスとしてアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスが用いられている。
【0035】
図5および図6に示すように、従来のガスシールドアーク溶接方法では、ビード51の複数個所にピット52が表出したり、溶融金属中にブローホール53が発生したりした。一方、図3および図4に示すように、主成分ガスにオゾン(O3)が添加されたシールドガスSGが用いられた、本実施形態のガスシールドアーク溶接方法では、ビード51にピット52やブローホール53の発生が見られず、良好なビード51を形成することができた。
【0036】
上記のように、本実施形態のガスシールドアーク溶接方法においては、シールドガスSGに含まれるオゾン(O3)によってアーク溶接中に溶融金属中のほとんどの亜鉛を酸化亜鉛(ZnO)にすることができる。そのため、亜鉛蒸気の突沸による吹き上げを抑制でき、溶融金属中のブローホール53、ビード51に表出されるピット52などを効果的に抑制することができる。したがって、亜鉛を含むめっき鋼板のガスシールドアーク溶接において、その溶接品質を向上させることができる。
【0037】
本発明に係るガスシールドアーク溶接方法は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係るガスシールドアーク溶接方法の各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。たとえば、上記実施形態では、溶接電源1から直流の溶接電圧が供給されたが、これに限らず、たとえば交流の溶接電圧が供給されてもよい。また、本発明のガスシールドアーク溶接方法は、プラズマ溶接やTIG溶接などに適用されてもよい。
【符号の説明】
【0038】
A 溶接装置
AC アーク
P1,P2 溶接母材
SG シールドガス
W 溶接ワイヤ
1 溶接電源
11 電源主回路
12 ガス流量調整器
13 ガス流量設定回路
2 ガスボンベ
3 溶接トーチ
31 ノズル
32 コンタクトチップ
4 ワイヤ送給機構
41 送給ローラ
42 ワイヤ送給モータ
51 ビード
52 ピット
53 ブローホール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも亜鉛が含まれためっき鋼板からなる溶接母材と電極との間にアークを発生させるとともに、上記電極を囲うように上記溶接母材に対してシールドガスを噴出させるガスシールドアーク溶接方法であって、
上記シールドガスには、主成分ガスにオゾンが添加された混合ガスが用いられることを特徴とする、ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項2】
上記オゾンの添加率は、200〜1000ppmである、請求項1に記載のガスシールドアーク溶接方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate