説明

ガス燃料用噴射弁

【課題】ノズル孔での定常波の発生を防ぐようにして,静粛なガス燃料用噴射弁を提供する。
【解決手段】内部をガス燃料通路6とすると共に弁体15を収容する弁ハウジング2の前端部に単一のノズル部材11を固設し,このノズル部材11に,ガス燃料通路6に臨む弁座13と,この弁座13の中心部を貫通していて,弁体15及び弁座13の協働により開閉される弁孔45と,この弁孔45の出口に連なる,それより小径の絞り孔46と,この絞り孔46の出口に連なる,それより大径のノズル孔48と,絞り孔46及びノズル孔48間を接続するテーパ孔49とを形成したガス燃料用噴射弁において,絞り孔46及びノズル孔48を,これらが相互に偏心するように配置した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,CNG,LPG等の天然ガスを燃料として内燃機関に供給するガス燃料用噴射弁に関し,特に,内部をガス燃料通路とすると共に弁体を収容する弁ハウジングの前端部に単一のノズル部材を固設し,このノズル部材に,前記ガス燃料通路に臨む弁座と,この弁座の中心部を貫通していて,弁体及び弁座の協働により開閉される弁孔と,この弁孔の出口に連なる,それより小径の絞り孔と,この絞り孔の出口に連なる,それより大径のノズル孔と,前記絞り孔及びノズル孔間を接続するテーパ孔とを形成したガス燃料用噴射弁の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
かゝるガス燃料用噴射弁は,下記特許文献1に開示されるように既に知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−303685号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のこの種のガス燃料用噴射弁では,弁体の開弁時,ガス燃料通路内の高圧のガス燃料が弁座を通過し,絞り孔で流量を計量された後,ノズル孔からエンジンに供給されるが,従来のものでは,絞り孔及びノズル孔間での流路断面積の変化が急激であるため,ガス燃料が絞り孔からノズル孔へ急速に移るとき,絞り孔及びノズル孔間の境界部で流れの剥離現象が生じ,この剥離現象が音源となって音波がノズル孔に伝播し,ノズル部材の固有振動数との相互作用により共振現象が起こり,これがユーザの耳触りなノイズの一因となる。
【0005】
特に,絞り孔及びノズル孔が同軸上に配置されていたため,前記剥離現象部,即ち音源からノズル孔への入射波と,ノズル孔の出口からの反射波とが前記剥離現象部で重なり合ってノズル孔で定常波をつくり,これが前記共振現象を助長させていた。
【0006】
本発明は,かゝる事情に鑑みてなされたもので,ノズル孔での定常波の発生を防ぐようにして,静粛なガス燃料用噴射弁を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために,本発明は,内部をガス燃料通路とすると共に弁体を収容する弁ハウジングの前端部に単一のノズル部材を固設し,このノズル部材に,前記ガス燃料通路に臨む弁座と,この弁座の中心部を貫通していて,弁体及び弁座の協働により開閉される弁孔と,この弁孔の出口に連なる,それより小径の絞り孔と,この絞り孔の出口に連なる,それより大径のノズル孔と,前記絞り孔及びノズル孔間を接続するテーパ孔とを形成したガス燃料用噴射弁において,前記絞り孔及びノズル孔を,これらが相互に偏心するように配置したことを第1の特徴とする。
【0008】
また,本発明は,第1の特徴に加えて,前記テーパ孔の傾斜角度をθとしたとき,
0°<θ≧15°・・・・・・・・(1)
上記(1)式を満足させるように前記テーパ孔を形成したことを第2の特徴とする。
【0009】
さらに,本発明は,第1の特徴に加えて,前記絞り孔の内径をD1,同絞り孔の長さをL1,前記ノズル孔の内径をD2,同ノズル孔の長さをL2としたとき,
L1/D1>1・・・・・・・・・(2)
1<D2/D1≧1.2・・・・・(3)
上記(2)及び(3)式を満足させるように前記絞り孔及び前記ノズル孔を形成したことを第3の特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の第1の特徴によれば,テーパ孔47は,ノズル孔に対して所定量偏心しているので,テーパ孔47の内周面の,上記偏心方向で対向する部分では,テーパ孔47の軸方向に一定距離オフセットすることになり,これら対向部分から,ガス燃料の流れの剥離に起因した音波が発生すると,これら対向部分からノズル孔に伝播される入射波間に位相のずれが生じ,それらの干渉により定常波の発生を防ぐことができ,ノズル孔からのノイズの放射を効果的に抑えることができ,静粛なガス燃料用噴射弁の提供に寄与し得る。
【0011】
本発明の第2の特徴によれば,前記(1)式を満足させることにより,テーパ孔がガス燃料を絞り孔からノズル孔へ,剥離を抑えながらスムーズに受け渡すことができ,ノズル孔内でのノイズの発生をより効果的に防ぐことができる。
【0012】
本発明の第3の特徴によれば,前記(2)式を満足させることにより,絞り孔でのガス燃料の流れを整流化し,燃料流量の計量を安定化させると共に,絞り孔からノズル孔へ移行する際,流れの剥離現象を極力抑えることができ,また前記(3)式を満足させることにより,ガス燃料が絞り孔からノズル孔へ移行する際,流れの剥離現象,延いてはキャビテーションを効果的に抑えることができ,ノズル孔内でのノイズの発生を一層効果的に防ぎことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施例に係るガス燃料用噴射弁の縦断面図。
【図2】図1の2部拡大図。
【図3】テーパ孔の傾斜角度とノイズ音圧との関係のテスト結果を示す線図。
【図4】ノズル孔径の絞り孔径に対する比とノイズ音圧との関係のテスト結果を示す線図。
【図5】従来のガス燃料用噴射弁におけるノイズ発生メカニズムの説明図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施の形態を,添付図面に示す本発明の好適な実施例に基づいて以下に説明する。
【0015】
先ず,図1及び図2に示す本発明の第1実施例の説明より始める。
【0016】
図1において,本発明に係るガス燃料用噴射弁Iは,円筒状の第1ハウジング部3と,この第1ハウジング部3の後端のフランジ3aに前端部がかしめ結合される,第1ハウジング部3より大径の円筒状の第2ハウジング部4と,この第2ハウジング部4の後端壁4aに一体に連設される,第2ハウジング部4より小径の円筒状の第3ハウジング部5とからなる弁ハウジング2を備えており,この弁ハウジング2内はガス燃料通路6とされる。第1〜第3ハウジング部3〜5は何れも磁性材で構成される。
【0017】
第1ハウジング部3は,その前端に開口する取り付け孔8と,その後端に開口する,取り付け孔8より大径で且つ長い案内孔9とが同軸状に形成されており,取り付け孔8には,環状シム10と円板状のノズル部材11とが順次嵌合されると共に,第1ハウジング部3の前端縁の内方へのかしめにより固着される。その際,ノズル部材11の外周には,取り付け孔8の内周面に密接する環状のシール部材12が装着される。環状シム10は,その厚みの選定によりノズル部材11の嵌合位置を調整するものである。
【0018】
図2に示すように,ノズル部材11には,ガス燃料通路6に臨む弁座13と,この弁座13の中心部を貫通する弁孔45と,この弁孔45の出口に連なる,それより小径の絞り孔46と,この絞り孔46の出口にテーパ孔47を介して連なる,絞り孔46より大径のノズル孔48とが設けられる。
【0019】
その際,テーパ孔47及びノズル孔48は,それらの軸線A1,A2が相互に所定量e偏心するように配置される。その所定量eとは,ノズル孔48で後述する定常波の発生抑制をもたらす量である。
【0020】
さらに,上記テーパ孔47の傾斜角度をθ,上記絞り孔46の内径をD1,同絞り孔46の長さをL1,上記ノズル孔48の内径をD2,同ノズル孔48の長さをL2としたとき,
0°<θ≧15°・・・・・・・・(1)
L1/D1>1・・・・・・・・・(2)
1<D2/D1≧1.2・・・・・(3)
上記(1)(2)及び(3)式を満足させるように,前記絞り孔46及び前記ノズル孔48は形成される。
【0021】
再び図1において,一方,前記案内孔9には弁体15が摺動可能に収容,保持される。この弁体15は前端側からフランジ部16,短軸部171 ,第1ジャーナル部181 ,長軸部172 及び第2ジャーナル部182 を同軸状に一体に連ねてなるプランジャ19と,上記フランジ部16の前端面に焼き付けて結合されるゴム製の着座部材20とで構成され,この着座部材20が前記弁座13に着座したり離座することで前記弁孔45を開閉することができる。プランジャ19は,可動コアを兼ねるべく磁性材製とされる。
【0022】
上記プランジャ19において,短軸部171 及び長軸部172 は,第1及び第2ジャーナル部181 ,182 よりも充分小径に形成され,第1及び第2ジャーナル部181 ,182 は,共に案内孔9に摺動自在に支承される。
【0023】
第2ハウジング部4にはコイル組立体23が収容される。このコイル組立体23は,ボビン24と,このボビン24の外周に巻装されるコイル25と,このコイル25をボビン24に埋封する樹脂モールド部26とからなっており,ボビン24と前記第1ハウジング部3のフランジ3aとの間には環状のシール部材27が介装される。
【0024】
第2ハウジング部4の後端壁4aには,ボビン24の内周面に嵌合する円筒状の固定コア29が一体に形成されており,それらの嵌合部をシールするシール部材28がボビン24及び固定コア29間に介装される。前記プランジャ19は,その後端部をボビン24内に突入させて,固定コア29の前端面に対向させている。
【0025】
プランジャ19には,その後端面からフランジ部16の手前で終わる縦孔30と,この縦孔30を,短軸部171 の外周面に連通する複数の横孔31…とが設けられる。その際,縦孔30の途中には,固定コア29側を向いた環状のばね座32が形成される。
【0026】
一方,固定コア29から第3ハウジング部5の前半部に亙り,それらの中心部には,前記縦孔30と連通する支持孔35が形成され,また第3ハウジング部5の後半部には,上記支持孔35に連なる,それより大径の入口孔36が設けられる。支持孔35には,弁体15を弁座13側に付勢する戻しばね33を前記ばね座32との間で支持するパイプ状のリテーナ37が挿入され,その挿入深さを加減して戻しばね33のセット荷重を調整した後,リテーナ37は,第3ハウジング部5の外周からのかしめにより第3ハウジング部5に固着される。符号38は,そのかしめ部を示す。入口孔36には,燃料フィルタ39が装着される。第3ハウジング部5の後端部にはガス燃料分配管(図示せず)が接続され,入口孔36にガス燃料が分配されるようになっている。前記ノズル部材11には,エンジンの適所にノズル孔48からの噴射燃料を誘導するガス燃料導管50が接続される。
【0027】
第2ハウジング部4の後端部から第3ハウジング部5の前半部に亙り,それらの外周面を覆うと共に,一側にカプラ40を一体に備える樹脂モールド部41が形成され,そのカプラ40は,前記コイル25に連なる通電用端子42を保持する。
【0028】
また弁体15の後端面には,固定コア29の前端面に対向するゴム製で環状のクッション部材52が焼き付けにより接合される。
【0029】
次に,この実施例の作用について説明する。
【0030】
コイル25の消磁状態では,弁体15は,戻しばね33の付勢力により前方に押圧され,着座部材20を弁座13に着座させている。この状態では,図示しないガス燃料タンクから分配管に送られたガス燃料は,弁ハウジング2の入口孔36に流入して燃料フィルタ39で濾過され,そしてパイプ状のリテーナ37内部,弁体15の縦孔30及び横孔31…を通って案内孔9内に待機する。
【0031】
コイル25を通電により励起すると,それにより生ずる磁束が固定コア29,第2ハウジング部4及びフランジ3a,弁体15を順次走り,その磁力により弁体15が戻しばね33のセット荷重に抗して固定コア29に吸引され,弁体15のゴム製のクッション部材52が固定コア29の前端面に当接することで,着座部材20の弁座13に対する開き限界が規制される。
【0032】
こうして,弁体15が開弁すると,案内孔9に待機していたガス燃料が弁座13を通過し,絞り孔46で流量を計量された後,テーパ孔47を経てノズル孔48へと急速に流れ,ガス燃料導管50を通してエンジンに供給される。
【0033】
このとき,テーパ孔47の内面に対してガス燃料の流れの剥離が生じ,それに起因した音波が発生したとする。そのテーパ孔47は,ノズル孔48に対して所定量e偏心しているので,テーパ孔47の内周面の,上記偏心方向で対向する部分47a,47bでは,テーパ孔47の軸方向に一定距離sオフセットすることになり,これら対向部分47a,47bからノズル孔48に伝播される入射波a,b間に一定距離s分の位相ずれが生じ,それらの干渉により定常波の発生を防ぐことができ,ノズル孔48からのノイズの放射を効果的に抑えることができる。したがって,ノズル孔48内でのノイズの発生を防ぎ,静粛なガス燃料用噴射弁Iの提供に寄与し得る。
【0034】
しかも,テーパ孔49の傾斜角度θは,前記(1)式,即ち0°<θ≧15°を満足させるように設定されるので,テーパ孔49でのガス燃料の流れの剥離を生じさせ難くし,ノイズの発生をより抑えることができる。
【0035】
図3は,前記θと,ノズル部材11の出口で測定したノイズ音圧との関係を調べてテスト結果を示す。そのテスト結果から明らかなように,音圧は,θが0°〜15°の範囲では極めて低いが,θが15°を超えると急に上昇する。即ち,θが0°〜15°の範囲では,テーパ孔49がガス燃料を絞り孔46からノズル孔48へ,剥離を殆ど生じさせずにスムーズに受け渡すことで音圧が極めて低く,テーパ孔49が15°を超えると,テーパ孔49のスムーズな誘導機能が失われて流れの剥離を生じ,ノイズ音圧を高めることになる。またθ=0°では,絞り孔46の計量機能が失われる。前記(1)式は,このテスト結果を根拠としている。
【0036】
さらに,絞り孔46及び前記ノズル孔48は,前記(2)式,即ちL1/D1>1を満足させるように形成されるので,絞り孔46でのガス燃料の流れを整流化し,燃料流量の計量を安定化させると共に,テーパ孔47で生じる流れの剥離現象を極力抑えることができる。
【0037】
さらにまた,絞り孔46及び前記ノズル孔48は,前記(3)式,即ち1<D2/D1≧1.2を満足させるように形成されるので,テーパ孔47で生じる流れの剥離現象,延いてはキャビテーションを効果的に抑えることができる。
【0038】
図4は,前記D2/D1と,ノズル部材11の出口で測定したノイズ音圧との関係を調べてテスト結果を示す。そのテスト結果から明らかなように,ノイズ音圧は,D2/D1が1.0〜1.2の範囲では比較的低いが,D2/D1が1.2を超えると上昇する。またD2/D1=1では,絞り孔46の計量機能が失われる。上記(3)式は,このテスト結果を根拠としている。
【0039】
尚,図4中,前実施例と同様構成の部分には,それと同一の参照符号を付して,重複する説明を省略する。
【0040】
本発明は上記実施例に限定されるものではなく,その要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更が可能である。
【符号の説明】
【0041】
I・・・・・ガス燃料用噴射弁
e・・・・・テーパ孔及びノズル孔間の偏心量
2・・・・・弁ハウジング
6・・・・・ガス燃料通路
11・・・・ノズル部材
13・・・・弁座
14・・・・ノズル孔
15・・・・弁体
45・・・・弁孔
46・・・・絞り孔
47・・・・テーパ孔
48・・・・ノズル孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部をガス燃料通路(6)とすると共に弁体(15)を収容する弁ハウジング(2)の前端部に単一のノズル部材(11)を固設し,このノズル部材(11)に,前記ガス燃料通路(6)に臨む弁座(13)と,この弁座(13)の中心部を貫通していて,弁体(15)及び弁座(13)の協働により開閉される弁孔(45)と,この弁孔(45)の出口に連なる,それより小径の絞り孔(46)と,この絞り孔(46)の出口に連なる,それより大径のノズル孔(48)と,前記絞り孔(46)及びノズル孔(48)間を接続するテーパ孔(49)とを形成したガス燃料用噴射弁において,
前記絞り孔(46)及びノズル孔(48)を,これらが相互に偏心するように配置したことを特徴とするガス燃料用噴射弁。
【請求項2】
請求項1記載のガス燃料用噴射弁において,
前記テーパ孔(49)の傾斜角度をθとしたとき,
0°<θ≧15°・・・・・・・・(1)
上記(1)式を満足させるように前記テーパ孔(49)を形成したことを特徴とするガス燃料用噴射弁。
【請求項3】
請求項1記載のガス燃料用噴射弁において,
前記絞り孔(46)の内径をD1,同絞り孔(46)の長さをL1,前記ノズル孔(48)の内径をD2,同ノズル孔(48)の長さをL2としたとき,
L1/D1>1・・・・・・・・・(2)
1<D2/D1≧1.2・・・・・(3)
上記(2)及び(3)式を満足させるように前記絞り孔(46)及び前記ノズル孔(48)を形成したことを特徴とするガス燃料用噴射弁。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−236393(P2010−236393A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−83538(P2009−83538)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000141901)株式会社ケーヒン (1,140)
【Fターム(参考)】