説明

クランクシャフト及びその表面改質方法

【課題】黒鉛鋳鉄製のクランクジャーナル部を支持する滑り軸受の摩耗を抑制する。
【解決手段】クランクシャフトは、自動停止及び自動始動が行なわれる内燃機関の出力軸として用いられるものであり、クランクジャーナル部31において滑り軸受により回転可能に支持される。クランクシャフトでは、少なくともクランクジャーナル部31が黒鉛鋳鉄により形成されている。クランクジャーナル部31は表層部35に改質層41を有する(図3(B))。この改質層41は、研磨及びラップ処理の施されたクランクジャーナル部31の表層部35(図3(A))に対し、1μm〜100μmの粒径を有する硬質粒子からなるショットを、100m/s〜300m/sの流速で衝突させてなるショットピーニング処理を行なうことにより形成されるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の出力軸を構成するクランクシャフト、及びそのクランクシャフトの表面を改質する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
停車率の高い市街地走行時の燃費向上等を目的として、信号待ち時等、車両が停車したときには、車両に搭載された内燃機関を自動停止させ、車両の発進時には同内燃機関を自動始動(再始動)させる技術が知られている。この技術は、内燃機関及び電動モータを動力源として備え、負荷状態に応じて内燃機関を自動停止及び自動始動させるハイブリッド車両にも適用可能である。
【0003】
こうした内燃機関に用いられるクランクシャフトとしては、スチール鋼材を鍛造したものが一般的ではあるが、表層部に対し窒化処理等の熱処理を施しているため、クランクシャフトが高価なものとなっている。
【0004】
これに対しては、コストを低減するためにクランクシャフトを鋳鉄、例えば球状黒鉛等の黒鉛を分散させてなる鋳鉄(黒鉛鋳鉄)によって形成することが考えられる。この場合、クランクジャーナル部の表層部の表面粗さが極微小となるように仕上げるために、同表層部に対し、研磨及びラップ処理が施される。しかし、これらの処理が施された黒鉛鋳鉄製のクランクシャフトには、次の問題がある。
【0005】
自動停止及び自動始動が繰り返される内燃機関では、自動停止に伴いオイルポンプも停止され、クランクジャーナル部及び滑り軸受間への潤滑油の供給が停止される。自動始動は、このように摺動部分への潤滑油の供給が停止された状況で行なわれる。そのため、内燃機関の自動停止及び自動始動が頻繁に行なわれることにより、クランクジャーナル部と滑り軸受との間に潤滑油が充分に供給されず、滑り軸受の軸受面が油膜切れしたような状態となる頻度が増えるおそれがある。
【0006】
一方、黒鉛鋳鉄製のクランクシャフトのクランクジャーナル部の表層部に対し、上述した研磨及びラップ処理を施すと、同表層部の黒鉛の周辺に微細なバリ、カエリ等が多く生ずることがある。また、上記研磨及びラップ処理により、表層部の表面の近くにフェライトの塑性流動層(塑性変形層)が生ずることがある。そして、これらのバリ、カエリ、塑性流動層等により、クランクジャーナル部の表層部の表面粗さが大きくなるおそれがある。
【0007】
さらに、滑り軸受としては、多くの場合、クランクシャフトよりも硬度の低い材料、例えばアルミニウム合金によって形成されたものが用いられる。
そのため、上記のように自動停止及び自動始動が繰り返されると、滑り軸受の軸受面が、それよりも硬く表面粗さの大きなクランクジャーナル部の表層部によって削り取られて摩耗する現象であるアブレシブ摩耗が発生する。そして、滑り軸受において削り取られた部分がクランクジャーナル部に移着して、同クランクジャーナル部の表層部がさらに粗くなり、滑り軸受の摩耗が進行する。この摩耗の進行は、内燃機関のNV(Noise, Vibration)の悪化や、内燃機関の信頼性の低下を招く。
【0008】
そこで、黒鉛鋳鉄製クランクシャフトのクランクジャーナル部の表層部を改質することで、滑り軸受の摩耗を抑制することが考えられる。例えば、特許文献1には、黒鉛鋳鉄製部品の表層部に、0.5mm〜1.0mmの粒径を有する鉄系粒子を、90m/sの流速でショットピーニング処理することが記載されている。このショットピーニング処理を、上記黒鉛鋳鉄製クランクシャフトにおけるクランクジャーナル部の表層部の改質に適用することが考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭62−253711号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところが、特許文献1に記載された条件で、黒鉛鋳鉄製クランクシャフトのクランクジャーナル部の表層部に対しショットピーニング処理を行なうと、塑性流動層は除去されるものの、黒鉛を含め軟質部がショットの際に削り取られる。そのため、図10に示すように、クランクジャーナル部52の表層部53の表面粗さが、ショットピーニング処理前よりも大きくなり、滑り軸受の軸受面の摩耗を抑制する効果があまり期待できない。なお、図10中の符号54は、黒鉛51の脱落により生じた痕(脱落痕)を示している。
【0011】
本発明はこのような実情に鑑みてなされたものであって、その目的は、黒鉛鋳鉄製のクランクジャーナル部を支持する滑り軸受の摩耗を抑制することのできるクランクシャフト及びその表面改質方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
以下、上記目的を達成するための手段及びその作用効果について記載する。
請求項1に記載の発明は、内燃機関の出力軸を構成するものであり、クランクジャーナル部において滑り軸受により回転可能に支持され、かつ少なくとも前記クランクジャーナル部が黒鉛鋳鉄により形成されたクランクシャフトであって、前記クランクジャーナル部は表層部に改質層を有し、前記改質層は、前記クランクジャーナル部の前記表層部に対し、1μm〜100μmの粒径を有する硬質粒子からなるショットを、100m/s〜300m/sの流速で衝突させてなるショットピーニング処理を行なうことにより形成されるものであることを要旨とする。
【0013】
また、請求項5に記載の発明は、内燃機関の出力軸を構成するものであり、クランクジャーナル部において滑り軸受により回転可能に支持され、かつ少なくとも前記クランクジャーナル部が黒鉛鋳鉄により形成されたクランクシャフトに適用されて、前記クランクジャーナル部の表層部に改質層を形成するクランクシャフトの表面改質方法であって、前記クランクジャーナル部の前記表層部に対し、1μm〜100μmの粒径を有する硬質粒子からなるショットを、100m/s〜300m/sの流速で衝突させてなるショットピーニング処理を行なうことにより前記改質層を形成することを要旨とする。
【0014】
上記の構成によれば、少なくともクランクジャーナル部が黒鉛鋳鉄により形成されたクランクシャフトでは、クランクジャーナル部の表層部に対し、ショットを衝突させてなるショットピーニング処理が行なわれる。この処理が粒径及び流速についての上記条件のもとで行なわれることにより、クランクジャーナル部の表層部の一部が除去されたり塑性変形されたりして、表面粗さの小さな硬質の改質層が形成される。
【0015】
上記クランクジャーナル部が滑り軸受によって支持されたクランクシャフトは、滑り軸受の軸受面上を摺動しながら回転する。この際、クランクジャーナル部の表層部の改質層が硬く表面粗さが小さいため、たとえ滑り軸受の軸受面が油膜切れしたような状態となる頻度が増えても、その滑り軸受がクランクジャーナル部の表層部によって削り取られて摩耗する現象(アブレシブ摩耗)が起こりにくい。これに伴い、滑り軸受において削り取られた部分がクランクジャーナル部に移着して、同クランクジャーナル部の表層部がさらに粗くなることが起こりにくく、滑り軸受の摩耗が抑制される。
【0016】
こうした効果は、ショットピーニング処理がショットの粒径及び流速についての上記条件を満たした状況下で行なわれることにより得られる。
ショットの粒径が1μm未満では、衝突のエネルギーが少なく、クランクジャーナル部の表層部に所定の改質層が得られにくい。また、ショットの粒径が100μmよりも大きいと、衝突のエネルギーが過大となり、クランクジャーナル部の表層部がショットピーニング処理前よりも粗くなる。上記いずれの場合にも、改質層による滑り軸受の摩耗抑制効果が充分得られない。
【0017】
ショットの流速が100m/s未満では、衝突のエネルギーが少なく、クランクジャーナル部の表層部に改質層を形成する効果が充分期待できない。また、ショットの流速が300m/sを上回ると、衝突のエネルギーが過大となり、クランクジャーナル部の表層部の凸凹が大きくなり、表面粗さが許容範囲を越える。上記いずれの場合にも、改質層による滑り軸受の摩耗抑制効果が充分得られない。
【0018】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、前記ショットピーニング処理は、研磨及びラップ処理の施された前記クランクジャーナル部の前記表層部に対し行なわれるものであることを要旨とする。
【0019】
ここで、黒鉛鋳鉄によって形成されたクランクジャーナル部の表層部を、表面粗さが極微小となるように仕上げるために、同表層部に対し、研磨と、ペーパラップ処理等のラップ処理とが施された場合には、その表層部の黒鉛の周辺に微細なバリ、カエリ(かえり)等が多く生ずることがある。また、表層部の表面の近くには、上記研磨、ラップ処理によりフェライトの塑性流動層(塑性変形層)が生ずることもある。そして、これらのバリ、カエリ、塑性流動層等により、表層部の表面粗さが大きくなるおそれがある。
【0020】
しかし、このようなクランクジャーナル部を有するクランクシャフトであっても、粒径及び流速についての上記条件のもとでショットピーニング処理が行なわれることにより、上記バリ、カエリ、塑性流動層等が除去されたり塑性変形されたりして、クランクジャーナル部の表層部に、表面粗さの小さな硬質の改質層が形成される。
【0021】
従って、上記ショットピーニング処理は、研磨及びラップ処理の行なわれたクランクジャーナル部の表面改質に特に有効であるといえる。
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載の発明において、前記改質層上には固体潤滑皮膜が形成されており、前記固体潤滑皮膜は、前記ショットとして、固体潤滑剤により被覆されたものを用いて前記ショットピーニング処理を行なうことにより、前記改質層の形成とともに形成されるものであることを要旨とする。
【0022】
上記の構成によれば、ショットピーニング処理に際しては、クランクシャフトにおけるクランクジャーナル部の表層部に対し、固体潤滑剤によって被覆されたショットが衝突させられる。この衝突により、クランクジャーナル部の表層部に改質層が形成されるとともに、その改質層の上に固体潤滑皮膜が形成される。
【0023】
また、クランクジャーナル部の表層部に、黒鉛が脱落してなる脱落痕があった場合には、上記固体潤滑剤が脱落痕の内壁面に付着し、同内壁面にも固体潤滑皮膜が形成される。
上記クランクジャーナル部が滑り軸受によって支持されたクランクシャフトは、滑り軸受の軸受面上を摺動しながら回転する。この際、固体潤滑皮膜は潤滑作用を発揮することで、摺動特性の改善や耐摩耗性の向上に寄与する。そのため、固体潤滑皮膜が設けられていない場合に比べ、滑り軸受の摩耗が一層抑制される。
【0024】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか1つに記載の発明において、前記内燃機関は、自動停止及び自動始動が行なわれるものであることを要旨とする。
自動停止及び自動始動が行なわれる内燃機関では、自動停止に伴いオイルポンプも停止され、クランクジャーナル部及び滑り軸受間への潤滑油の供給が停止される。自動始動は、このように摺動部分への潤滑油の供給が停止された状況で行なわれる。そのため、内燃機関の自動停止及び自動始動が頻繁に行なわれることにより、クランクジャーナル部と滑り軸受との間に潤滑油が充分に供給されず、滑り軸受の軸受面が油膜切れしたような状態となる頻度が増えるおそれがある。
【0025】
しかし、粒径及び流速についての上記条件のもとでショットピーニング処理が行なわれることにより、クランクジャーナル部の表層部に、表面粗さの小さな硬質の改質層が形成される。そのため、内燃機関において自動停止及び自動始動が繰り返されても、滑り軸受がクランクジャーナル部の表層部によって削り取られて摩耗する現象(アブレシブ摩耗)が起こりにくい。
【0026】
従って、上記ショットピーニング処理は、自動停止及び自動始動の行なわれる内燃機関のクランクシャフト(クランクジャーナル部)の表面改質に特に有効であるといえる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明を具体化した第1実施形態において、内燃機関の各種プーリに伝動ベルトが巻き掛けられた状態を示す略図。
【図2】クランクシャフトを主軸受及びコンロッド軸受とともに示す正面図。
【図3】(A)はクランクジャーナル部の表層部に改質層が形成される前の状態を示す模式図、(B)は同表層部に改質層が形成された状態を示す模式図。
【図4】ショットを200m/sの流速でクランクジャーナル部に衝突させた場合において、ショットの粒径と表面粗さとの関係を測定した結果を示すグラフ。
【図5】50μmの粒径を有するショットを用いた場合において、ショットの流速と表面粗さとの関係を測定した結果を示すグラフ。
【図6】10μmの粒径を有するショットを用いた場合において、ショットの流速と表面粗さとの関係を測定した結果を示すグラフ。
【図7】100μmの粒径を有するショットを用いた場合において、ショットの流速と表面粗さとの関係を測定した結果を示すグラフ。
【図8】実施例1、実施例2及び比較例の各々について、主軸受の摩耗量を測定した結果を示すグラフ。
【図9】本発明を具体化した第2実施形態において、クランクジャーナル部の表層部に改質層及び固体潤滑皮膜が形成された状態を示す模式図。
【図10】従来技術を説明する図であって、クランクジャーナル部の表層部の状態を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
(第1実施形態)
以下、本発明を具体化した第1実施形態について、図1〜図8を参照して説明する。
車両には、図1において二点鎖線で示すように、多気筒を有する内燃機関11が搭載されている。この内燃機関11の運転は、例えば車両走行中における信号待ちといった一時的な車両停止時に停止され、運転者の始動要求に応じて再開される。本実施形態では、内燃機関11の通常の運転停止・開始と区別するために、上記状況での内燃機関11の運転停止を「自動停止」といい、運転再開を「自動始動」というものとする。
【0029】
この内燃機関11の出力軸であるクランクシャフト30の一方の端部には、電磁クラッチ13を介してクランクプーリ14が取付けられている。内燃機関11において、クランクプーリ14の周辺には各種補機が配置されている。これらの補機としては、例えばエアコン用コンプレッサ、ウォータポンプ、オルタネータ等が挙げられる。各補機の回転軸15,16,17にはプーリ21,22,23が一体回転可能に取付けられている。クランクプーリ14及び各プーリ21〜23には伝動ベルト24が巻き掛けられており、この伝動ベルト24により、クランクシャフト30の回転がクランクプーリ14及び各プーリ21〜23を通じて各回転軸15〜17に伝達され、各種補機が駆動される。電磁クラッチ13は、クランクシャフト30の回転の各種補機への伝達、及び伝達遮断を切替える。
【0030】
クランクプーリ14とオルタネータのプーリ23との間には、その区間で伝動ベルト24の張力を調整するためのベルトテンショナ25が配置されている。
さらに、内燃機関11には、クランクシャフト30の回転を利用して作動するオイルポンプ(図示略)が設けられている。
【0031】
図2に示すように、クランクシャフト30は、軸線L1上に所定間隔をおいて設けられた複数のクランクジャーナル部31と、各クランクジャーナル部31の軸線L1に沿う方向についての端部にそれぞれ設けられたアーム部32と、上記軸線L1に対して平行になるように、各アーム部32間に設けられたピン部33とを備えて構成されている。
【0032】
このクランクシャフト30では、各クランクジャーナル部31が主軸受28により、内燃機関11に回転可能に支持される。これらの主軸受28は、特許請求の範囲における「滑り軸受」に該当する。また、クランクシャフト30では、各ピン部33がコネクティングロッド(コンロッド)を介してピストン(共に図示略)に連結される。各ピン部33とコンロッドとの間には、コンロッド軸受29が介在される。上記クランクプーリ14は、クランクシャフト30の一方の軸端に上記電磁クラッチ13を介して取付けられる。
【0033】
なお、クランクシャフト30には、上記オイルポンプの作動により供給される潤滑油の給油通路(図示略)が形成されており、この給油通路を通じて、クランクジャーナル部31及び主軸受28間や、ピン部33及びコンロッド軸受29間に潤滑油が供給されて油膜が形成されるようになっている。
【0034】
上記クランクシャフト30は、黒鉛を分散させてなる鋳鉄(黒鉛鋳鉄)によって形成されている。黒鉛鋳鉄としては、例えば、重量%で、3.5%〜4.2%の炭素(C)と、1.9%〜3.2%のケイ素(Si)と、0.02%〜0.06%のマグネシウム(Mg)と、それぞれ0.6%〜0.8%の銅(Cu)及びマンガン(Mn)と、不純物と、残部の鉄(Fe)とからなる成分範囲を有するものを用いることができる。
【0035】
黒鉛としては、球状化処理により粒径が100μm以下にされた球状黒鉛を用いることができる。球状化処理は、鋳鉄の機械的強度を向上させる目的で、溶湯中にマグネシウム(Mg)等を添加し、黒鉛形状を丸くする処理である。このように球状化処理を行なうことにより、鋳鉄中の黒鉛が球状化したものは、球状黒鉛鋳鉄(ダクタイル鋳鉄)と呼ばれ、FCDと記載されることがある。
【0036】
ここで、黒鉛鋳鉄の機械的性質は、一般に、その組織を構成する基地と黒鉛とによって支配され、黒鉛が材料を弱める方向に働く。黒鉛形状が片状から球状になることにより、有効断面の増加及び切欠き作用による応力集中の減少となり機械的性質が向上する。黒鉛鋳鉄は、他の鋳鉄に比べ伸びが大きく、延性を有する。
【0037】
一方、各主軸受28は、クランクシャフト30よりも硬度の低い材料、例えばアルムニウム合金によって形成されている。
上記クランクジャーナル部31の表面粗さが極微小となるように表面を仕上げるために、図3(A)に示すように、クランクジャーナル部31の表層部35に対し、研磨が施されるとともに、その後にペーパラップ処理が施されている。ペーパラップ処理は、表面に砥粒を塗布した布又は紙(ペーパ)を用いた表面仕上げ法である。このペーパラップ処理に際しては、例えば、テープ送り機構に支持されたペーパ(ラップテープ)を、相互に接近離間可能に配した一対のラッピングアームに設けられたシューによりワーク(クランクジャーナル部31)に押付ける。そして、ラップテープの間でワークを回転させて、そのワークの外周面をラップ加工することが行なわれる。
【0038】
このように、研磨及びペーパラップ処理が施されたクランクジャーナル部31では、表層部35の球状黒鉛37の周辺に微細なバリ36、カエリ等が多く生じている。また、表層部35の表面の近くには、上記研磨、ペーパラップ処理によりフェライトの塑性流動層(塑性変形層)38が生じている。そして、上記バリ36、カエリ、塑性流動層38等により、クランクジャーナル部31の表層部35の表面粗さが大きくなっている。また、研磨、ラップ処理等の際に、一部の球状黒鉛37が表層部35から脱落することで脱落痕39が生じている。
【0039】
これに対し、本実施形態では、上記表層部35に対し表面改質処理を行なうことにより、図3(B)に示すように、同表層部35に、数μm〜10μm前後の厚みを有する改質層41が形成されている。この改質層41は、クランクシャフト30を回転させながらクランクジャーナル部31の表層部35に対し、次の条件1及び条件2で、ショットピーニング処理を所定時間にわたり行なうことにより形成されるものである。ショットピーニング処理は、ショットを空気又は遠心力によって加速し、これを加工面(この場合、クランクジャーナル部31の表層部35)に衝突させて行なう吹付け加工であり、同表層部35に残留圧縮応力を生じさせ、かつ加工硬化によって疲れ強さを増加させることを目的とする処理である。
【0040】
条件1:ショットとして、1μm〜100μmの粒径を有するものを用いること。
条件2:ショットを、100メートル毎秒(以下「m/s」と記載する)〜300m/sの流速で吹付けること。
【0041】
上記ショットとしては、硬質粒子、例えば鉄系、セラミック系等の種々の材料を用いることができるが、比較的安価に入手可能であることから、鉄系の硬質粒子、いわゆるスチールショットを用いることが望ましい。
【0042】
このショットピーニング処理が、上記条件1及び条件2を満たす状況下で行なわれることにより、表層部35が硬化されるほか、表層部35に存在する微小なバリ36、カエリ、塑性流動層38等が除去されたり塑性変形されたりする。このようにして、クランクジャーナル部31の表層部35に、表面粗さの小さな硬質の改質層41が形成されている。
【0043】
次に、上記のように構成された第1実施形態のクランクシャフト30の作用について説明する。
各クランクジャーナル部31において各主軸受28によって支持されたクランクシャフト30は、ピストンの往復移動に伴いピン部33がコンロッドによって押されることで、軸線L1を回転中心として回転する。この際、各クランクジャーナル部31は、基本的には主軸受28に対し油膜を介して摺動しながら回転する。また、各ピン部33は、基本的にはコンロッド軸受29に対し油膜を介して摺動しながら回転する。
【0044】
一方、自動停止及び自動始動が行なわれる内燃機関11では、その自動停止に伴いオイルポンプも停止され、クランクジャーナル部31及び主軸受28間や、ピン部33及びコンロッド軸受29間への潤滑油の供給が停止される。内燃機関11の自動始動は、このように摺動部分への潤滑油の供給が停止された状況で行なわれる。そのため、内燃機関11の自動停止及び自動始動が頻繁に行なわれることにより、クランクジャーナル部31と主軸受28との間に潤滑油が充分に供給されず、主軸受28の軸受面が油膜切れしたような状態となる頻度が増えるおそれがある。
【0045】
ここで、仮に、クランクジャーナル部31の表層部35にバリ36、カエリ、塑性流動層38等が存在していて、表層部35の表面粗さが大きい場合には、上記油膜切れの状態でクランクシャフト30が回転する頻度が増えると、主軸受28がクランクジャーナル部31の表層部35によって削り取られて摩耗する現象(アブレシブ摩耗)が起こる。これに伴い、主軸受28の軸受面において削り取られた部分がクランクジャーナル部31に移着して、同クランクジャーナル部31の表層部35がさらに粗くなり、主軸受28の摩耗が進行するおそれがある。
【0046】
上記の摩耗は、クランクプーリ14に最も近い箇所の主軸受28において進行しやすい。これは、クランクシャフト30には伝動ベルト24の張力による荷重がクランクプーリ14を介して加わっていて、クランクプーリ14に最も近い箇所のクランクジャーナル部31が主軸受28の軸受面に対し最も強く押付けられるからである。この状態で内燃機関11の自動始動が行なわれるため、クランクプーリ14に最も近い箇所の主軸受28で摩耗が特に大きくなりやすい。
【0047】
しかし、クランクジャーナル部31の表層部35に対し、条件1及び条件2を満たしたショットピーニング処理が行なわれている第1実施形態では、表層部35に、バリ36、カエリ、塑性流動層38等の少ない硬質の改質層41が設けられている。そのため、内燃機関11において自動停止及び自動始動が繰り返されて、たとえ主軸受28の軸受面が油膜切れしたような状態となる頻度が増えても、上記アブレシブ摩耗が起こりにくい。これに伴い、主軸受28において削り取られた部分がクランクジャーナル部31に移着して、同クランクジャーナル部31の表層部35の表面粗さがさらに大きくなり、主軸受28の摩耗が進行することが起こりにくくなる。
【0048】
こうした効果は、ショットの粒径及び流速について、上記条件1及び条件2を満たしたうえでショットピーニング処理が行なわれることで得られる。
ショットの粒径が1μm未満では、同ショットが表層部35に衝突する際の衝突のエネルギーが少なく、同表層部35に所定の改質層41が得られにくい。また、ショットの粒径が100μmよりも大きいと、衝突のエネルギーが過大となり、上記表層部35がショットピーニング処理前よりも粗くなる。上記いずれの場合にも、改質層41による主軸受28の摩耗抑制効果が充分得られない。
【0049】
ショットの流速が100m/s未満では、衝突のエネルギーが少なく、クランクジャーナル部31の表層部35に改質層41を形成する効果が充分期待できない。また、ショットの流速が300m/sを上回ると、衝突のエネルギーが過大となり、上記表層部35の凸凹が大きくなり、表面粗さが許容範囲を越える。上記いずれの場合にも、改質層41による主軸受28の摩耗抑制効果が充分得られない。
【0050】
図4は、粒径の異なる複数種類のショットを流速200m/sでクランクジャーナル部31の表層部35に衝突させた場合の同表層部35(改質層41)の表面粗さ(十点平均粗さ)を測定した結果を示している。なお、ショットピーニング処理前(但し、研磨及びペーパラップ処理は施されている)の表面粗さはRz値で1.0μmであった。
【0051】
また、図5、図6及び図7は、50μm、10μm、100μmの粒径を有する3種類のショットをそれぞれ複数種類の流速でクランクジャーナル部31の表層部35に吹付けた場合の表層部35(改質層41)の表面粗さを測定した結果を示している。
【0052】
これらの図4〜図7から、1μm〜100μmの粒径を有するショットを用いると、表層部35(改質層41)の表面粗さがショットピーニング処理前よりも小さくなることがわかる。また、100m/s〜300m/sの流速でショットを衝突させると、表層部35(改質層41)の表面粗さがショットピーニング処理前よりも小さくなることがわかる。
【0053】
また、図8は、内燃機関の自動始動及び自動停止を1.5万サイクル繰り返した場合に、クランクプーリ14に最も近い箇所の主軸受28がどれだけ摩耗したかを測定した結果を示している。図8中、実施例1は、クランクジャーナル部31の表層部35に対し、5μm〜50μmの粒径を有するショットを、200m/sの流速で衝突させてなるショットピーニング処理が行なわれた場合を示している。比較例は、クランクジャーナル部31に対し、研磨及びペーパラップ処理が施されただけで、その後にショットピーニング処理が行なわれていない場合を示している。この図8から、実施例1では、比較例に比べ主軸受28の摩耗量が大幅に少なくなっていることがわかる。
【0054】
以上詳述した第1実施形態によれば、次の効果が得られる。
(1)クランクジャーナル部31の表層部35に対し、1μm〜100μmの粒径を有する硬質粒子からなるショットを、100m/s〜300m/sの流速で衝突させてなるショットピーニング処理を行なうようにしている。
【0055】
そのため、上記表層部35に、表面粗さの小さな硬質の改質層41を形成することができ、黒鉛鋳鉄製のクランクジャーナル部31を支持する主軸受28の摩耗を抑制することができる。
【0056】
また、クランクシャフト30を黒鉛鋳鉄によって形成することで、スチール鋼材を鍛造し、窒化処理等の熱処理を施したクランクシャフトよりもコストの低減を図ることができる。
【0057】
(2)ショットピーニング処理を、研磨及びペーパラップ処理の施されたクランクジャーナル部31の表層部35に対し行なうようにしている。
そのため、研磨及びペーパラップ処理により、微細なバリ、カエリ、塑性流動層38等が多く生じて、表層部35の表面粗さが大きなクランクジャーナル部31を有するクランクシャフト30であっても、ショットピーニング処理によってクランクジャーナル部31の表層部35に改質層41を形成して、上記(1)の効果を得ることができる。
【0058】
従って、上記(1)のショットピーニング処理は、研磨及びペーパラップ処理の行なわれたクランクジャーナル部31の表面改質に特に有効であるといえる。
(3)クランクシャフト30を、自動停止及び自動始動の行なわれる内燃機関11のクランクシャフトに適用している。
【0059】
そのため、自動停止及び自動始動が頻繁に行なわれて、主軸受28の軸受面が油膜切れしたような状態となる頻度が増えても、その主軸受28がクランクジャーナル部31の表層部35によって削り取られて摩耗する現象(アブレシブ摩耗)を発生しにくくし、もって主軸受28の摩耗を抑制することができる。
【0060】
従って、上記(1)のショットピーニング処理は、自動停止及び自動始動の行なわれる内燃機関11のクランクシャフト30(クランクジャーナル部31)の表面改質に特に有効であるといえる。
【0061】
(第2実施形態)
次に、本発明を具体化した第2実施形態について、上記図8及び図9を参照して説明する。なお、第2実施形態において、第1実施形態と同様の部材、箇所等については、同一の符号を付して詳しい説明を省略する。
【0062】
図9に示すように、第2実施形態は、1μm前後の厚みを有する固体潤滑皮膜42が改質層41上に形成されている点において第1実施形態と異なっている。この固体潤滑皮膜42は、ショットとして、固体潤滑剤により被覆されたものを用いて上記ショットピーニング処理を行なうことにより、改質層41の形成とともに形成されるものである。
【0063】
固体潤滑剤としては、例えばスズ(Sn)、二硫化モリブデン(MoS2 )、鉛(Pb)、ビスマス(Bi)等が用いられる。
ショットピーニング処理は、上述した条件1及び条件2を満たした状況下で行なわれる。このショットピーニング処理に際しては、クランクジャーナル部31の表層部35に対し、固体潤滑剤によって被覆されたショットが衝突させられる。この衝突により、クランクジャーナル部31の表層部35に改質層41が形成されるとともに、さらにその上に、改質層41よりも軟質の固体潤滑皮膜42が形成される。このように、固体潤滑剤により被覆されたショットを用いてショットピーニング処理を行なうことで、改質層41の形成と、固体潤滑皮膜42の形成とが一度に行なわれる。
【0064】
また、クランクジャーナル部31の表層部35に、球状黒鉛37の脱落痕39があった場合には、上記固体潤滑剤が脱落痕39の内壁面39Aに付着し、同内壁面39Aにも固体潤滑皮膜42が形成される。
【0065】
上記クランクジャーナル部31が主軸受28によって支持されたクランクシャフト30は、主軸受28の軸受面上を摺動しながら回転する。この際、固体潤滑皮膜42は潤滑作用を発揮することで、摺動特性の改善や耐摩耗性の向上に寄与する。
【0066】
上記図8中の実施例2は、クランクジャーナル部31の表層部35に対し、1μm〜30μmの粒径を有するショットを、300m/sの流速で衝突させてなるショットピーニング処理が行なわれた場合を示している。この図8から、実施例2では、実施例1よりもさらに主軸受28の摩耗量が少なくなっていることがわかる。
【0067】
従って、第2実施形態によれば、上述した(1)〜(3)に加え、次の効果が得られる。
(4)ショットとして固体潤滑剤により被覆されたものを用いてショットピーニング処理を行なうことにより、クランクジャーナル部31の表層部35に改質層41を形成するとともに、その改質層41の上に固体潤滑皮膜42を形成するようにしている。
【0068】
そのため、固体潤滑皮膜42により摺動特性の改善や耐摩耗性の向上を図ることができ、改質層41上に固体潤滑皮膜42が形成されていない場合に比べ、主軸受28の摩耗を一層抑制することができる。
【0069】
また、脱落痕39の内壁面39Aでの固体潤滑皮膜42の形成により、表層部35に対する同固体潤滑皮膜42の密着性を高めることができる。
さらに、固体潤滑皮膜42により、クランクジャーナル部31及び主軸受28間のフリクションを低減させることも可能である。
【0070】
そのほか、改質層41の形成と、固体潤滑皮膜42の形成とを別々に行なう場合に比べ、工数削減を図ることも可能である。
なお、本発明は、次に示す別の実施形態に具体化することができる。
【0071】
・ピン部33の表層部に対しても、クランクジャーナル部31の表層部35と同様に、条件1及び条件2を満たした状況下でショットピーニング処理を行なうようにしてもよい。このようにすれば、主軸受28に加え、コンロッド軸受29の摩耗を抑制することもできる。
【0072】
・本発明は、自動停止及び自動始動が行なわれない内燃機関11のクランクシャフト30にも適用可能である。
・ショットピーニング処理は、研磨及びラップ処理が施されていないクランクジャーナル部31の表層部35に対して行なわれてもよい。また、ショットピーニング処理は、研磨及びラップ処理とは異なる研磨処理が施されて、表層部35の表面が仕上げられたクランクジャーナル部31に対して行なわれてもよい。
【0073】
・本発明は、少なくともクランクジャーナル部31が黒鉛鋳鉄によって形成されたクランクシャフトであれば広く適用可能である。
【符号の説明】
【0074】
11…内燃機関、30…クランクシャフト、31…クランクジャーナル部、35…表層部、41…改質層、42…固体潤滑皮膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の出力軸を構成するものであり、クランクジャーナル部において滑り軸受により回転可能に支持され、かつ少なくとも前記クランクジャーナル部が黒鉛鋳鉄により形成されたクランクシャフトであって、
前記クランクジャーナル部は表層部に改質層を有し、
前記改質層は、前記クランクジャーナル部の前記表層部に対し、1μm〜100μmの粒径を有する硬質粒子からなるショットを、100m/s〜300m/sの流速で衝突させてなるショットピーニング処理を行なうことにより形成されるものであることを特徴とするクランクシャフト。
【請求項2】
前記ショットピーニング処理は、研磨及びラップ処理の施された前記クランクジャーナル部の前記表層部に対し行なわれるものである請求項1に記載のクランクシャフト。
【請求項3】
前記改質層上には固体潤滑皮膜が形成されており、
前記固体潤滑皮膜は、前記ショットとして、固体潤滑剤により被覆されたものを用いて前記ショットピーニング処理を行なうことにより、前記改質層の形成とともに形成されるものである請求項1又は2に記載のクランクシャフト。
【請求項4】
前記内燃機関は、自動停止及び自動始動が行なわれるものである請求項1〜3のいずれか1つに記載のクランクシャフト。
【請求項5】
内燃機関の出力軸を構成するものであり、クランクジャーナル部において滑り軸受により回転可能に支持され、かつ少なくとも前記クランクジャーナル部が黒鉛鋳鉄により形成されたクランクシャフトに適用されて、前記クランクジャーナル部の表層部に改質層を形成するクランクシャフトの表面改質方法であって、
前記クランクジャーナル部の前記表層部に対し、1μm〜100μmの粒径を有する硬質粒子からなるショットを、100m/s〜300m/sの流速で衝突させてなるショットピーニング処理を行なうことにより前記改質層を形成することを特徴とするクランクシャフトの表面改質方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−247029(P2012−247029A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−120583(P2011−120583)
【出願日】平成23年5月30日(2011.5.30)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】