説明

グラフェン膜の製造方法

【課題】基板選択の自由度が高く、簡易な方法で大面積のグラフェン膜を基板上に形成することが可能なグラフェン膜の製造方法を提供する。
【解決手段】酸化グラフェンを含む懸濁液を基板に流延塗付して流延物を形成し、該流延物を金属ハイドライドの存在下で加熱して還元してグラフェン膜を製造する。金属ハイドライドとしてCaHを用いることが好ましい。流延物を300〜600℃の温度で、3時間以上加熱して前記還元を行うことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェン膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グラフェンは、炭素原子がsp結合で結合して同一平面内に並んだ炭素原子のシートである。このグラフェンを丸めればフラーレンとなり、筒状にすればカーボンナノチューブとなる。このように、グラフェンは、様々なカーボン材料の母材となるものである。
【0003】
従来よりグラフェンは機械的剥離法と呼ばれる方法で製造されていた。この方法は、下記非特許文献1,2に示されるように、グラファイト単結晶を粘着テープによって剥離して数十層のグラフェン積層体を粘着テープに転写し、粘着テープに転写されたグラフェン積層体を基板上に擦り付けて、ランダムにグラフェン単層体及びグラフェン積層体からなるグラフェン膜を基板上に形成する方法である。この方法によれば、簡便で高品質のグラフェン膜が得られるが、大面積のグラフェン膜の製造には適さないものであった。
【0004】
近年においては、高品質で、かつ、大面積のグラフェン膜を製造する試みがなされている。その方法の1つとして、下記非特許文献3には、酸化グラフェンを含む懸濁液を基板に流延塗付して流延物を形成し、該流延物を1100℃以上で加熱還元してグラフェン膜を製造することが開示されている。しかしながら、この方法では、酸化グラフェンからグラフェンに還元するために、1100℃以上に加熱しなければならないので、高温に耐えうる基板材料を選択せざるを得なく、基板選択の自由度が低かった。
【0005】
また、非特許文献4には、ヒドラジンの存在下で酸化グラフェンを加熱還元することで、約550℃程度の温度でグラフェンに還元できることが記載されている。この方法であっても、低温下では酸化グラフェンを十分に還元することは困難であった。また、ヒドラジンは毒性が高く、取扱に慎重を要するものであった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K.S.Novoselov,A.K.Geim,S.V.Morozov,D.Jiang,Y.Zhang,S.V.Dubonos,I.V.Grigorieva,A.A.Firsov,Science 306(2004)666.
【非特許文献2】K.S.Novoselov,D.Jiang,F.Schedin,T.J.Booth,V.V.Khotkevich,S.V.Morozov and A.K.Geim,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.102(2005)10451.
【非特許文献3】Xuan Wang et al.,Nano Lett.8 323−327(2008).
【非特許文献4】Goki Eda et al.,Nature Nanotechnology.3 270(2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、基板選択の自由度が高く、簡易な方法で大面積のグラフェン膜を基板上に形成することが可能なグラフェン膜の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明のグラフェン膜の製造方法は、酸化グラフェンを含む懸濁液を基板に流延塗付して流延物を形成し、該流延物を金属ハイドライドの存在下で加熱して還元することを特徴とする。
【0009】
金属ハイドライドは、加熱により還元力の高いヒドリドを生成し易いので、酸化グラフェンを含む懸濁液を基板に流延塗付して形成した流延物を金属ハイドライドの存在下で加熱することで、加熱温度が低くても酸化グラフェンを十分に還元することができる。このため、本発明によれば、基板選択の自由度が高く、大面積のグラフェン膜を基板上に形成することができる。
【0010】
本発明のグラフェン膜の製造方法は、前記金属ハイドライドとしてCaHを用いることが好ましい。CaHは特に還元性が高いので、酸化グラフェンをより低温で還元できる。
【0011】
本発明のグラフェン膜の製造方法は、前記流延物を300〜600℃の温度で、3時間以上加熱して前記還元を行うことが好ましい。このように加熱することで、酸化グラフェンを十分に還元できる。
【0012】
本発明のグラフェン膜の製造方法は、前記酸化グラフェンが、酸化グラフェン単層体及び/又は酸化グラフェン積層体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、基板選択の自由度が高く、大面積のグラフェン膜を基板上に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明のグラフェン膜の製造方法の概略図である。
【図2】加熱温度と加熱後の膜の電気伝導率との関係を示す図表である。
【図3】加熱温度と加熱後の膜の電気伝導率との関係を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のグラフェン膜の製造方法は、酸化グラフェンを含む懸濁液を基板に流延塗付して流延物を形成し、該流延物を金属ハイドライドの存在下で加熱して還元する。なお、本発明において、「グラフェン膜」とは、グラフェン単層体からなる膜に加えて、グラフェン単層体が複数積層したグラフェン積層体を含む膜を含むものとする。
【0016】
まず、酸化グラフェンを含む懸濁液を基板に流延塗付して、該懸濁液からなる流延物を形成する。
【0017】
酸化グラフェンを含む懸濁液は、従来公知の方法により製造できる。例えば、Hummers法により酸化グラフェンを合成し、これを溶媒に展開して超音波を照射することで、酸化グラフェンが層方向に剥離され、酸化グラフェンを含む懸濁液が得られる。
【0018】
具体的には、グラファイトを濃硫酸中に浸し、過マンガン酸カリウムを加えて反応させた後、反応物を硫酸中に浸し、過酸化水素を加えて反応させて、酸化グラファイトを得る。グラファイトを濃硫酸中で過マンガン酸カリウムを加えて反応させることで、グラファイトの炭素原子は、sp状態からsp状態に変化し、いわゆるベンゼン環を形成している炭素原子のような状態から飽和脂肪族の炭素原子の状態に変化する。そして、その後、硫酸中で過酸化水素を加えて反応させることにより、これらの変化した炭素原子に酸素原子や水素原子などが結合し、層間に酸素原子が導入されて酸化グラファイトが得られる。次いで、このようにして得られる酸化グラファイトを溶媒に分散することで、層間に溶媒分子が挿入され、層方向にのみ剥離させることができ、面方向のサイズが大きい酸化グラフェンを高い収率で回収できる。また、溶媒に分散後の溶液を遠心分離し、上澄み液を回収することで、酸化グラフェンを高濃度含む懸濁液が得られる。溶媒としては、特に限定はないが極性溶媒が好ましい。例えば、水、アセトン、メタノール、エタノール、イソプロパノールから選ばれる1種又は2種以上の混合液等が挙げられる。
【0019】
懸濁液中の酸化グラフェンの濃度は、0.001〜0.1mg/mlが好ましく、0.003〜0.01mg/mlがより好ましい。0.001mg/ml未満であると、最終的に得られるグラフェン膜の厚みを大きくすることが困難になる傾向にある。0.1mg/mlを超えると、成膜の際に酸化グラフェン同士が凝集し、均一に成膜することが難しくなる傾向にある。
【0020】
懸濁液の塗布方法は、特に限定はない。例えば、スピンコート法、ディップ法、キャスト法、スプレー法、インクジェット法、静電吸着法等が挙げられる。
【0021】
懸濁液の塗布量は、所望とするグラフェン膜の膜厚に応じて適宜調整することが好ましい。例えば、グラフェン膜を太陽電池の電極用途で使用する場合、1〜10nmが好ましく、3〜5nmがより好ましい。このような膜厚のグラフェン膜を得るには、酸化グラフェン換算で、好ましくは10〜30mg/m、より好ましくは15〜20mg/mとなるように懸濁液を基板に塗布して流延物を形成する。
【0022】
懸濁液が塗布される基板は、還元時の加熱に耐えうる材料からなるものであれば、いずれの材質からなる基板も使用できる。本発明では、300℃以上、600℃以下の温度でも酸化グラフェンをグラフェンまで還元することができるので、300℃以上の加熱に耐えうる材料で構成されたもので適用可能である。具体的には、Si基板、SiO/Si基板、石英ガラス基板、ガラス基板、ポリイミド基板、等が挙げられる。特に、ガラス基板、ポリイミド基板は安価であるが、耐熱温度が600℃以下であるため、本発明において特に効果的である。
【0023】
次に、流延物を金属ハイドライドの存在下で加熱して還元する。具体的には、図1に示すように、耐熱性の密閉容器1内に、流延物2が形成された基板3と、金属ハイドライド4とを封入し、密閉容器1の外部に設けられた加熱器5より、流延物2と金属ハイドライド4とを加熱して、酸化グラフェンの還元を行う。より好ましくは、密閉容器1内で、流延物2と金属ハイドライド4とを接触させた状態で加熱する。流延物2と金属ハイドライド4とを接触させる方法としては、例えば、流延物上にほぼ均一に金属ハイドライドを散布する方法等が挙げられる。
【0024】
金属ハイドライドを加熱すると、還元力の高いヒドリドが生成する。流延物を金属ハイドライドの存在下で加熱することで、酸化グラフェンの還元をヒドリド雰囲気下で行うことができるので、加熱温度が低くても酸化グラフェンを十分にグラフェンまで還元できる。
【0025】
金属ハイドライドとしては、CaH、LiH、NaH、KH等が挙げられる。なかでも、還元力が強く、加熱温度をより低温化にでき、更には、還元時に発生したダングリングボンドを水素でターミネイションする効果があり、得られるグラフェン膜の特性の安定性を向上できるという理由からCaHが好ましい。
【0026】
加熱条件は、好ましくは300〜600℃、より好ましくは500〜600℃の温度で、好ましくは3時間以上、より好ましくは5〜6時間行う。このようにして流延物を加熱することで、流延物を構成する酸化グラフェンを十分に還元できる。なお、加熱温度は600℃以上であってもよいが、ガラス基板やポリイミド基板などの使用に適さず、基板選択の自由度が損なわれる傾向にある。更には、得られるグラフェン膜が熱的損傷を受けて、特性が低下する恐れがある。
【実施例】
【0027】
(試験例1)
グラファイト粉末(平均粒径400μm)1g、NaNO0.76g、HSO33.8mlをフラスコに加え、均一になるまで攪拌した。次に、KMnO4.50gを攪拌しながらフラスコに少量ずつ添加した。その際、フラスコの温度を5〜7℃以下に冷却した。2時間攪拌した後、冷却をはずし、30℃に保った状態で5日間攪拌してスラリーを得た。
このスラリーを撹拌しながらHSO(5wt%)水溶液500ml中に添加し溶解させ、2時間撹拌した。攪拌後、H(30wt%)溶液を茶色から明るい黄色になるまで添加し、2時間撹拌した。
この溶液を1日以上放置し、溶液中の浮遊物を沈殿させた。沈殿させた上澄液を捨て、HSO(3wt%)水溶液500ml、H(0.5wt%)水溶液を500ml添加した。この工程を10回繰り返し、沈殿物を回収して酸化グラファイトを得た。
得られた酸化グラファイトにメタノールを0.03mg/mlになるように添加し、よく攪拌した。この時に酸化グラファイトの層間が剥離され、酸化グラフェンが得られた。得られた酸化グラフェン溶液500gを、5分間遠心分離を行い、未剥離の酸化グラファイトを取り除いて酸化グラフェン溶液を得た。
得られた酸化グラフェン溶液を、石英基板上に流延塗付して厚さ10nmの流延物を形成した。
次に、流延物を形成した石英基板と、CaH5gとをパイレックスガラス容器内に同封し、パイレックスガラス容器内を10−2Paに減圧した後、50℃/hの速度で300℃まで昇温し、1〜6時間その状態で保持した後、50℃/hの速度で室温まで冷却した。
図2に、加熱時間と加熱後の膜の電気伝導率との関係を示す。なお、膜の電気伝導率は、4端子法を用いて測定した。
図2に示すように、300℃での加熱時間が3時間を経過した時点で、膜の電気伝導率はほぼ一定(2500S/cm)となった。酸化グラフェンは絶縁体であり、還元されてグラフェンになることで電気伝導率が向上するので、図2の結果より、300℃で3時間以上加熱することで、酸化グラフェンをグラフェンまでほぼ完全に還元できることが分かった。
【0028】
(試験例2)
試験例1において、流延物を形成した石英基板と、CaH5gとを耐熱ガラス容器内に同封し、耐熱ガラス容器内を10−2Paに減圧した後、50℃/hの速度で100〜600℃まで昇温し、6時間その状態で保持した後、50℃/hの速度で室温まで冷却した。
図3に、加熱温度と加熱後の膜の電気伝導率との関係を示す。
図3に示すように、加熱温度が300℃を超えると、加熱後の膜の電気伝導率が著しく向上し、600℃でほぼ飽和状態に達した。よって、図3の結果より、300〜600℃の温度で加熱することで、酸化グラフェンをグラフェンまでほぼ完全に還元できることが分かった。
【符号の説明】
【0029】
1:密閉容器
2:流延物
3:基板
4:金属ハイドライド
5:加熱器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化グラフェンを含む懸濁液を基板に流延塗付して流延物を形成し、該流延物を金属ハイドライドの存在下で加熱して還元することを特徴とするグラフェン膜の製造方法。
【請求項2】
前記金属ハイドライドとしてCaHを用いる、請求項1に記載のグラフェン膜の製造方法。
【請求項3】
前記流延物を300〜600℃の温度で、3時間以上加熱して前記還元を行う、請求項1又は2に記載のグラフェン膜の製造方法。
【請求項4】
前記酸化グラフェンが、酸化グラフェン単層体及び/又は酸化グラフェン積層体である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のグラフェン膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−168449(P2011−168449A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−34152(P2010−34152)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.パイレックス
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年9月1日付け独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究契約に基づく開発項目「新エネルギー技術研究開発/革新的太陽光発電技術研究開発(革新型太陽電池国際研究拠点整備事業)/低倍率集光型薄膜フルスペクトル太陽電池の研究開発(グラフェン透明導電膜)」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005234)富士電機株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】