説明

シリカ系膜の形成溶液

【課題】 ゾルゲル法によって、熔融ガラス並みの硬度を有するシリカ系膜を形成できるシリカ系膜の形成溶液を提供する。
【解決手段】 シリカ系膜の形成溶液において、酸の濃度と水分量を所定の濃度域とすると、特に厚膜でも緻密でクラックのない膜を形成することができる。
本発明の形成溶液では、シリコンアルコキシドに対して十分な水を予め添加する。つまり、シリコンアルコキシドのシリコン原子のモル数に対して、加水分解に必要なモル数、すなわち4倍以上の水を添加する。また、強酸の濃度を、前記強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度により表示して、0.001〜0.2mol/kgの範囲に、場合によっては、0.0001〜0.2mol/kgの範囲とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゾルゲル法によるシリカ系膜の形成溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的なガラスは、1500℃を超える高温において原料を熔融し、これを冷却する熔融法により、製造されている。これに対して、ゾルゲル法は、低温でガラスやセラミックスを作製する比較的新しい方法である。
【0003】
ゾルゲル法とは、金属の有機または無機化合物の溶液を出発原料とし、溶液中の化合物の加水分解・重縮合反応によって、溶液を金属の酸化物あるいは水酸化物の微粒子が溶解したゾルとし、さらに反応を進ませてゲル化させて固化し、このゲルを加熱して酸化物固体を得る方法である。
【0004】
ゾルゲル法は、溶液からガラスを作製するために、種々の基板上に薄膜を作製することが可能であり、また、熔融法によるガラスの製造温度に比べ、低温でのガラスの製造が可能となる特徴を有する。
【0005】
このゾルゲル法によりシリカ系コーティング膜を形成する方法が、数多く提案されている。ゾルゲル法では、熔融法に比べ低温ではあるが、通常500℃以上の熱処理を行っている場合が多い(例えば、特開昭55−034258号公報)。
【0006】
さらに、450℃程度の加熱にてシリカ系コーティング膜を硬化させる技術も、提案されている(例えば、特開昭63−241076号公報、特開平08−027422号公報)。加えて、常温から200℃程度の低温域で、シリカ系コーティング膜を硬化させる技術も、提案されている(例えば、特開昭63−268772号公報、特開2002−088304号公報)。
【0007】
さらに、特開平05−085714号公報や特開平06−052796号公報では、「低い温度(室温〜100℃)で焼成できるノングレア被膜を形成することができるシリカコート膜の処理液や形成法」が提案されている。
【0008】
ここで、特開平05−085714号公報では、加水分解率なる値が定義されており、これを、300%から1500%とすることで、接着性に優れた硬質な膜が得られる、としている。ここで定義されている加水分解率とは、水の添加割合を示した値であり、テトラメトキシシラン、あるいは、テトラエトキシシランのモル数の2倍のモル数の水を添加した場合を、100%として換算した値である。加水分解率が300%から1500%であるということは、すなわち、テトラメトキシシラン、あるいは、テトラエトキシシランのモル数の6倍から30倍の量の水を添加するということを示している。
【0009】
また、特開2002−088304号公報では、テトラアルコキシシランのオリゴマーの平均分子量が、85000から500000であるコーティング液を使用すると、クラックのない強固なシリカ膜が得られる、としている。
【0010】
さらに、特開昭63−168470号公報では、150℃の加熱にて6H〜8Hの鉛筆硬度の膜の得られるコーティング組成物が開示されている。この組成物は、コロイド状シリカを含んでいる。
【0011】
ところで、このようなゾルゲル法によるコーティング膜は、目的の基材表面に化学的保護機能や光学特性を与えることができるので、有用である。また、このコーティング膜を、撥水膜などの機能性膜を形成する下地膜として用いることができる。さらに、このコーティング膜をマトリクスとし、膜中に機能性微粒子を分散させることも行われている。加えて、コーティング膜には、機械的な耐久性も求められている。
【0012】
そこで、本発明者は、特開平11−269657号公報にて、「シリカ系膜被覆物品を製造する方法」を提案した。その内容は、「焼成や前処理を必要とせずに、優れたシリカ系膜被覆物品の製造する」ことを目的とするものであって、「酸およびシリコンアルコキシドをアルコールに溶解してなり、シリコンアルコキシドおよびその加水分解物(部分加水分解物を含む)の少なくともいずれか1つがシリカ換算で 0.010〜3重量%、酸 0.0010〜1.0規定、および水 0〜10重量%を含有するコーティング液を基材に塗布してシリカ系膜を被覆した物品を製造する方法」である。
この方法により得られたシリカ系膜は、乾布摩耗試験に耐えるものであった。
【0013】
【特許文献1】特開昭55−034258号公報(US 4277525)
【特許文献2】特開昭63−241076号公報(US 4865649)
【特許文献3】特開平08−027422号公報
【特許文献4】特開昭63−268772号公報
【特許文献5】特開2002−088304号公報
【特許文献6】特開平05−085714号公報
【特許文献7】特開平06−052796号公報
【特許文献8】特開昭63−168470号公報
【特許文献9】特開平11−269657号公報(WO 99/28534,EP 0967297,US6465108)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
ゾルゲル法によって緻密なシリカ系膜を得ようとすると、450℃以上の熱処理を必要としている。このため、用いる基材の材質が制限されることがあった。さらに、450℃の熱処理でも、膜中に機能性微粒子を分散させるような場合、機能性微粒子の種類によっては、微粒子が分解したり、その機能を損なうこともある。例えば、有機系の微粒子や、ITO微粒子のような場合である。
【0015】
なお、特開昭63−241076号公報では、実施例において450℃の熱処理を行っているが、膜硬度に関する記述はない。また、特開平8−27422号公報では、実施例において450℃の熱処理を行っており、その膜厚は300nmであり、膜硬度は鉛筆硬度にて9Hである。
【0016】
さらに、特開昭63−268772号公報では、常温にて硬化し、膜厚は不明であるが、その膜硬度は鉛筆硬度で3H〜7H程度であった。また、特開2002−88304号公報は、実施例において80℃の熱処理を行っている。膜の評価は収縮率が示されているだけであり、具体的な硬度は示されていない。なお、実施例における膜厚は約100nmであった。
【0017】
加えて、特開平05−085714号公報や特開平06−052796号公報では、「低い温度(室温〜100℃)で焼成した被膜(膜厚不明)において、鉛筆硬度で9Hが得られる、としている。
【0018】
また、本発明者による特開平11−269657号公報に開示した技術では、得られるシリカ系膜は、乾布摩耗試験に耐えるものであったが、さらなる膜硬度の向上も要求されていた。なお、実施例における膜厚は、最大で250nmであった。
【0019】
ここで、ゾルゲル法によるコーティング膜において、1回の操作で得られる膜厚は、一般に100〜200nm程度である。
【0020】
ゾルゲル法によるシリカ系膜において、その膜厚を厚くしようと思えば、複数回の塗布が必要である。さらに、膜厚を厚くすることによって、クラックが発生しやすくなるので、その防止策も必要である。そのため、例えば膜厚が250nmを超えるようなシリカ系膜を、1回の操作で得られる製造方法も求められていた。
【0021】
そこで、本発明は、以上のような課題を解決するためになされたものであって、ゾルゲル法によって、比較的低温の熱処理により、熔融ガラス並みの硬度を有するシリカ系膜を形成可能なシリカ系膜の形成溶液を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0022】
まず、ゾルゲルプロセスについて説明する。一例として、ゾルゲル法によるシリカ系膜の形成について説明する。
【0023】
例えば、シリコンアルコキシドを出発原料とするゾルゲル法において、シリコンアルコキシドは、溶液中において、水と触媒による加水分解反応および脱水縮合反応により、シロキサン結合を介したオリゴマーとなり、ゾル状態となる。
【0024】
この溶液を基材に塗布すると、水や溶媒が揮発することにより、オリゴマーは濃縮され、分子量が大きくなり、やがて溶液は流動性を失い、半固形状のゲルとなる。ゲル化直後は、シロキサンポリマーのネットワークの隙間に、溶媒や水が満たされた状態にある。このゲルが乾燥して水や溶媒が揮発すると、シロキサンポリマーが収縮し、固化が起こる。
【0025】
固化したゲルにおいて、溶媒や水が満たされていた隙間は、400℃程度までの熱処理を行っても、完全に埋まることはなく、細孔として残る。このために、ゾルゲル法において、400℃程度の熱処理では硬質な膜は得られない。硬質な膜を得ようとすると、さらに高温、例えば500℃以上での熱処理を必要としていた。
【0026】
上述したゾルゲル法によるシリカ系膜の熱処理における、反応と温度の関係についてさらに詳しく述べる。
まず、約100〜150℃の温度域において、溶液に含まれていた水や溶媒などが蒸発する。
つづいて、約250〜400℃の温度域において、原料に有機材料が含まれていると、それが分解し蒸発する。
さらに、約500℃以上の温度域になると、ゲル骨格の収縮が起こり、緻密な膜となっていく。
【0027】
上述したように、通常のゾルゲル反応では、ゲル化後の状態で、形成されたネットワークの隙間に、溶媒や水が満たされている。この隙間の大きさは、溶液中でのシリコンアルコキシドの重合の形態に依存することが知られている。
【0028】
また、重合の形態は、溶液のpHによって大きく変化する。
すなわち、酸性の溶液中では、シリコンアルコキシドのオリゴマーは直鎖状に成長しやすい。このような溶液を基材に塗布すると、直鎖状のオリゴマーが折り重なって網目状組織を形成し、得られる膜は比較的隙間の小さい緻密な膜となる。
しかし、直鎖状のポリマーが折り重なって、固化されていることから、ミクロな構造は強固ではなく、隙間から溶媒や水が揮発する際に、クラックが入りやすい。
【0029】
一方、アルカリ性の溶液中では、球状のオリゴマーが成長しやすい。このような液を基板に塗布すると、球状のオリゴマーが互いにつながった構造を形成し、比較的大きな隙間を有する膜となる。この隙間は、球状のオリゴマーが結合し成長して形成されるため、隙間から溶媒や水が揮発する際に、クラックは入りにくい。
【0030】
本発明者らは溶液のpHに着目し、比較的緻密な膜ができる酸性領域で、酸の濃度と水分量を詳細に検討したところ、ある濃度域では、特に厚膜でも緻密でクラックのない膜を形成することができ、さらに、そのような膜を例えば150〜300℃程度で熱処理すると、熔融ガラス並みの硬度を有する膜にできることを発見した。
【0031】
さて、シラノールの等電点は2であることが知られている。これは、溶液のpHが2であると、溶液中においてシラノールが最も安定に存在できる、ということを示している。つまり、加水分解されたシリコンアルコキシドが溶液中に多量に存在する場合においても、溶液のpHが2程度であれば、脱水縮合反応によりオリゴマーが形成される確率が非常に低くなる。この結果、加水分解されたシリコンアルコキシドが、モノマーあるいは低重合の状態で、溶液中に存在できることとなる。
【0032】
ゾルゲル溶液に、例えば強酸を添加し、強酸のプロトンが完全に解離したとしたときのプロトンの質量モル濃度(以下、単にプロトン濃度と称する)で、0.001〜0.1mol/kgとなるようにすると、溶液のpHは3〜1程度となる。したがって、この溶液中においては、比較的低重合度のオリゴマーを安定に存在させることができる。
【0033】
例えば、特開2002−088304号公報では、テトラアルコキシシランのオリゴマーの平均分子量が、85000から500000であることが推奨されていたが、本発明では、それよりも、ずっと小さい、500から10000程度の分子量のオリゴマーとなっている。強固なクラックのない厚膜を得るには、溶液中に比較的低重合度のオリゴマーとして存在させることが重要であることを、本発明者らは見いだしたのである。
【0034】
本発明の形成溶液に用いる酸としては、強酸であることを必須とする。強酸としては、以下のものを挙げることができる。塩酸,硝酸,トリクロロ酢酸,トリフルオロ酢酸,硫酸,リン酸,メタンスルホン酸,パラトルエンスルホン酸,シュウ酸などである。強酸のうち、揮発性の酸は、加熱時に揮発して硬化後の膜中に残存することがないので、好ましく用いることができる。硬化後の膜中に酸が残ると、無機成分の結合の妨げとなって、膜硬度を低下させてしまうことがある。
【0035】
なお、プロトンの質量モル濃度の計算に当たっては、使用する酸の水中での酸解離指数が、4以上のプロトンを考慮する必要はない。例えば、弱酸である酢酸の水中での酸解離指数は4.8であるから、形成溶液に酢酸を含ませた場合にも、酢酸のプロトンは前記プロトン濃度には含めない。本件明細書において、強酸とは、具体的には、水中での酸解離指数が4未満のプロトンを有する酸をいう。
【0036】
なお、本発明の形成溶液において、プロトン濃度を上述したように、強酸のプロトンが完全に解離したとしたときの濃度として規定した理由は、本発明のように有機溶媒と水の混合溶液中では、酸の解離度を正確に求めることが困難だからである。
【0037】
溶液のpHを3〜1とし、これを基材表面に塗布し乾燥すると、低重合度のシリコンアルコキシド由来のオリゴマーが密に充填され、クラックのない状態の膜が形成される。この結果、形成される細孔が小さく、かなり緻密な膜が得られる。
【0038】
このような、低重合度のシリコンアルコキシド由来のオリゴマーが密に充填された状態とすることは、本発明の重要なポイントの1つである。しかし、これのみでは、200〜300℃で加熱しても十分に硬度の高い膜を得ることはできない。
【0039】
溶液のpHを3〜1程度とすることで、比較的低重合度のオリゴマーを安定に存在させることは、既に述べた通りである。しかし、そのようなpH領域では、シリコンアルコキシドを化学量論的に全て加水分解させるために必要な水を添加しても、未反応のアルコキシドが残存した状態で安定化されてしまう。加水分解が不十分なまま、加熱を行っても重合反応によりシロキサン結合を十分に形成することができず、硬い膜とすることができないのである。
【0040】
そこで本発明では、少なくとも化学量論的に加水分解に必要なモル数の水を添加しておく。つまり、シリコンアルコキシドのシリコン原子のモル数に対して、加水分解に必要なモル数、すなわち4倍以上の水を添加する。こうして、加水分解反応を促進し、結果的にそれに伴う重合による硬化を十分に行うのである。
【0041】
さらに本発明では、加水分解に必要な4倍のモル数を超えて、水を添加しておくことが好ましい。この理由は、以下のようである。例えば、粘度の低い溶液中では化学量論的に必要十分な量の水がありさえすれば、十分に拡散して加水分解反応が進む。ところが、乾燥あるいは加熱時には液の流動性が低下して、拡散が十分に行われないので、加水分解反応が十分に進行できないことがある。その結果、400℃程度までの温度で熱処理するだけでは、硬度の高い膜を得られない虞がある。
【0042】
つまり乾燥時には、溶媒の揮発と並行して水も蒸発する。予め溶液に水を添加していても、その量が少ないと、シリコンアルコキシドが濃縮される段階で、不完全に加水分解されたシリコンアルコキシドが、十分に加水分解されることなく、充填されてしまう。そこで、溶液に予め十分な水を添加しておくのである。具体的には、5〜20倍モルの水を添加しておくことが好ましい。
【0043】
例えば、シリコンアルコキシドの一例であるテトラアルコキシシランの場合は、テトラアルコキシシラン1モルに対して、4モルの水があれば、化学量論的には、全てのアルコキシル基が加水分解されることになる。そこで、本発明では、シリコンアルコキシドのシリコン原子のモル数に対して、4倍以上のモル数の水を、好ましくは4倍を超えたモル数の水を添加するのである。このことによって、シリコンアルコキシドの加水分解反応を十分に進め、400℃程度までの温度で熱処理するだけでも、硬度の高い膜を得ることが可能となる。
【0044】
また、テトラアルコキシシランの重合物(例えば、コルコート社製エチルシリケート40等)の場合には、重合物のSiのモル数をnとすると、化学量論的に加水分解に必要な水のモル数は、(2n+2)モルとなる。したがって、重合度の高いアルコキシシラン原料を使うほど、Siの1モルに対して、化学量論的に加水分解に必要な水のモル数は少なくなることになる。
【0045】
本発明の形成溶液では、界面活性機能を持った成分が含まれていてもよい。例えば、本発明の形成溶液に含まれる親水性有機ポリマーが、界面活性機能を持っていてもよいし、別途、界面活性剤を含ませてもよい。例えば、親水性有機ポリマーが、ポリエーテル基を有していてもよいし、また末端が親水性のポリエーテルであってもよい。
【0046】
界面活性剤としては、特に限定されないが、以下のものを例示できる。
ノニオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性イオン界面活性剤のいずれも用いることができる。
このうちノニオン性界面活性剤としては、具体的には、例えば、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノミリスチレート、ソルビタンモノパルミテート、ソルビタンモノステアレート、ソルビタントリステアレート、ソルビタンモノオレエート、ソルビタントリオレエート、ソルビタンセスキオレエート、ソルビタンジステアレート等のソルビタン脂肪酸エステル;グリセロールモノステアレート、グリセロールモノオレエート、ジグリセロールモノオレエート、自己乳化型グリセロールモノステアレート等のグリセリン脂肪酸エステル;アルキルアルカノールアミド等が挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0047】
アニオン性界面活性剤としては、具体的には、例えば、オレイン酸ナトリウム、ヒマシ油カリなどの脂肪酸塩、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸アンモニウムなどのアルキル硫酸エステル塩、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムなどのアルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、アルカリスルホン酸塩、ジアルキルスルホコハク酸塩、アルキルリン酸エステル塩、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0048】
カチオン性界面活性剤としては、具体的には、例えば、ラウリルアミンアセテート、ステアリルアミンアセテートなどのアルキルアミン塩、ラウリルトリメチルアンモニウムクロライドなどの第四級アンモニウム塩などがある。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0049】
両性イオン界面活性剤としては、具体的には、例えば、ラウリルジメチルアミンオキサイドなどがある。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0050】
厚い膜を得る場合には、硬化時の収縮に伴い膜応力が発生し、それを緩和させるためにクラックが発生しやすい。形成溶液に、少なくとも親水性有機ポリマーが含まれていることで、膜収縮に伴う構造変化に対して追随でき、クラックを発生させることなく、緻密な膜が得られる。
【0051】
また、本発明の形成溶液を用いたシリカ系膜の製造方法においては、膜を硬化させるための熱処理を400℃以下の温度で行うとよい。こうすると、膜が緻密化した後に、含まれていた有機物が燃焼し、その部分か空隙となって、膜硬度が低下することがない。つまり、有機物を含んだ状態で、緻密で硬い構造が維持されるのである。
【0052】
この熱処理温度は、要求される膜の硬度に応じて、適宜選択されるとよい。例えば、常温の乾燥では鉛筆硬度B程度の膜硬度が得られる。また、90℃の熱処理ではH程度、120℃では9H以上の膜硬度が得られる。さらに、150℃以上の熱処理を施すと、膜硬度は、鉛筆硬度試験の範疇を超えるので、JIS R 3212に準拠した摩耗試験で測定するとよい。すなわち、市販のテーバー摩耗試験機を用いて評価する。150℃程度以上の熱処理を施すと、テーバー摩耗試験機で例えば500gの荷重で1000回摩耗試験を行った後のヘイズ率が4%以下となり、これは熔融ガラス板の表面硬度並みの膜硬度が得られたことになる。
【0053】
また、このシリカ系膜被覆溶液は、少量のリン酸を含んでいてもよい。このリンは、特に硬化の際の硬化触媒として働く。またリンは、400℃以下の温度では揮発することなく、膜中に残る。また、リンには数々の多形があるので、残留応力を大きくすることなく、さらに、膜硬度を低下させることもないので、好ましい。
【0054】
上述したリン酸とポリエーテル基を併せ持つ化合物、例えばポリエーテルリン酸エステルを用いると、上述したそれぞれの効果、硬化触媒と膜応力緩和を1つの化合物が果たすこととなり、特に好ましい。
【0055】
本発明の形成溶液は、さらに機能性を有する微粒子、分子またはイオンのうち、少なくともいずれか一つを含んでいてもよい。
【0056】
この機能性の微粒子が、導電性酸化物微粒子または/および有機物微粒子であることが好ましい。また機能性の分子が、有機色素であることが好ましい。
【0057】
以上より、本発明は以下のように把握することができる。
すなわち、請求項1に記載の発明として、
シリカ系膜を形成するためのシリカ系膜の形成溶液であって、
シリコンアルコキシド、強酸、水およびアルコールを含み、
前記強酸の少なくとも一部として、または前記強酸とは別の成分として、前記有機物の少なくとも一部となる親水性有機ポリマーをさらに含み、
前記シリコンアルコキシドの濃度が、当該シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子をSiO2に換算したときのSiO2濃度により表示して3質量%を超え、
a)前記形成溶液がリン供給源を含む場合には、前記強酸の濃度が、前記強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度により表示して、0.0001〜0.2mol/kgの範囲にあり、
b)前記形成溶液がリン供給源を含まない場合には、前記強酸の濃度が、前記強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度により表示して、0.001〜0.2mol/kgの範囲にあり、かつ前記シリコンアルコキシドの濃度が前記SiO2濃度により表示して13質量%未満であり、
前記水のモル数が、前記シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数の4倍以上であることを特徴とするシリカ系膜の形成溶液である。
【0058】
請求項2に記載の発明として、
前記親水性有機ポリマーの濃度が、
c)前記シリコンアルコキシドの濃度が前記SiO2濃度により表示して9質量%以下の場合には、前記SiO2に対して30質量%以下であり、
d)前記シリコンアルコキシドの濃度が前記SiO2濃度により表示して9質量%を超える場合には、前記SiO2濃度をAとして、(5A−15)質量%以下である、
請求項1に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0059】
請求項3に記載の発明として、
前記形成溶液は、前記シリコンアルコキシドとして含まれるシリコン原子の総モル数の5〜20倍モル数の水を含有する請求項1または2に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0060】
請求項4に記載の発明として、
前記テトラアルコキシシランおよびその重合体の総量が、シリカ換算で3〜30質量%である請求項1〜3のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0061】
請求項5に記載の発明として、
前記形成溶液には、界面活性機能を持った成分が含まれている請求項1〜4のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0062】
請求項6に記載の発明として、
前記界面活性機能を持った成分は、界面活性剤である、または、界面活性機能を持った前記親水性有機ポリマーである請求項5に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0063】
請求項7に記載の発明として、
前記面活性機能を持った親水性有機ポリマーは、ポリエーテル基を有するまたは末端が親水性のポリエーテルである請求項6に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0064】
請求項8に記載の発明として、
前記形成溶液は、さらにリン酸を含む請求項1〜7のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0065】
請求項9に記載の発明として、
前記形成溶液は、さらにポリエーテルリン酸エステルを含む請求項1〜8のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0066】
請求項10に記載の発明として、
前記形成溶液は、さらに機能性を有する微粒子、分子またはイオンのうち、少なくともいずれか一つを含む請求項1〜9のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0067】
請求項11に記載の発明として、
前記機能性の微粒子が、導電性酸化物微粒子または/および有機物微粒子である請求項10に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0068】
請求項12に記載の発明として、
前記機能性の分子が、有機色素である請求項10に記載のシリカ系膜の形成溶液である。
【0069】
なお、本明細書において、シリカ系膜とは、膜構成成分のうち、シリコン酸化物の質量分率が最も多い膜と定義する。つまり、膜構成成分を原子としてではなく、分子として分類し、そのうちシリコン酸化物の質量分率が最も多い膜をシリカ系膜と定義する。例えば、膜中にシリコン酸化物以外の酸化物が含まれており、シリコン酸化物との複合酸化物の非晶質体となっている場合には、カチオンごとの酸化物に分類した上で、膜構成成分のうち、シリコン酸化物の質量分率が最も多い場合には、その膜をシリカ系膜と呼ぶことにする。
【0070】
また、本発明のシリカ系膜の形成溶液におけるシリコンアルコキシドに含まれる重合体は、その一部あるいは全てのアルコキシル基が加水分解されたものも含む。
【発明の効果】
【0071】
本発明の形成溶液によるシリカ系膜は、比較的低温の熱処理で熔融ガラスに匹敵する膜硬度を有している。このシリカ系膜を、自動車用あるいは建築用の窓ガラスに適用しても、十分実用に耐える。
【0072】
本発明の形成溶液では、溶液中におけるシリコンアルコキシドの加水分解や重合状態を、強酸を添加しpHを調整することによって制御している。また、乾燥途中において、溶液のpHが変化するように揮発性の強酸を使用し、さらに水分量を調整している。このようにすることによって、比較的低温の熱処理で硬度の高い膜が得られる。さらに、1回の操作によって、膜厚が250nmを超えて数μmであるシリカ系膜の製造に適用することができる。
【0073】
さらに、得られるシリカ系膜をマトリクスとして、その中に機能性物質を導入することができる。このとき、約400℃以上の熱処理工程を経ると、その機能が損なわれてしまう機能性物質もその機能を損なわず、シリカ系膜中に導入することができる。
【0074】
さらに、機能性物質として用いうる有機物の多くは、200から300℃の温度で分解が始まるものが多い。また、ITO微粒子では、例えば250℃以上の加熱で、熱遮蔽能が低下することが知られている。このような物質において、分解温度などその特性を損なう温度より低い温度、例えば200℃でも、十分にシリカ系膜を硬化させることが、本発明によれば可能である。この結果、本発明の形成溶液を用いると、幅広い実用に耐えうる硬度を有するシリカ系膜中に、熱的に不安定な機能性物質を、その機能を損なうことなく、導入できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0075】
(第1実施例)
以下、本発明の第1実施例を説明する。
この第1実施例は、本発明の形成溶液において、親水性有機ポリマーとしてポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤を含み、無機物であるシリカ原料としてテトラエトキシシラン含む例である。なお、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤は、リンの原料でもあり、文字通り界面活性剤でもある。
【0076】
エチルアルコール(片山化学社製) 23.7gに、テトラエトキシシラン(信越化学社製) 45.14g、純水 27.16g、濃塩酸(35質量%、関東化学社製) 0.1g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール社製:ソルスパース41000) 3.9gを添加、撹拌し、形成溶液を得た。この溶液中のテトラエトキシシラン(シリカ換算)、プロトン濃度および水の含有量は、表1に示す通りである。
なお、水の含有量には、エチルアルコール中に含まれる水分を、0.35質量%として加え、計算している。
【0077】
(表1)
────────────────────────────────────────
シリコン プロトン 水 有機P**
アルコキシド 濃度 (対Si量; (対SiO2量; リン
(質量%)* (mol/kg) モル比) 質量%)
────────────────────────────────────────
第1実施例 13.0 0.01 8 30 あり
第2実施例 13.0 0.01 7 30 あり
第3実施例 13.0 0.01 7 29 あり
第4実施例 6.0 0.029 9 2.5 あり
第5実施例 6.0 0.003 7 25 あり
第1比較例 13.0 0.01 7 30 なし
第2比較例 13.0 0.01 7 0 あり
────────────────────────────────────────
*:質量%は、SiO2換算である。
**:有機Pは、有機ポリマーのことである。
【0078】
次いで、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(100×100mm)上に、湿度30%、室温下でこの形成溶液をフローコート法にて塗布した。そのまま、室温で約30分程度乾燥した後、予め200℃に昇温したオーブンに投入し40分加熱し、その後冷却した。得られた膜は、2900nm厚のクラックのない透明度の高い膜であった。
【0079】
さらに、膜硬度の評価は、JIS R 3212に準拠した摩耗試験によって行った。すなわち、市販のテーバー摩耗試験機を用い、500gの荷重で1000回摩耗を行い、摩耗試験前後のヘイズ率の測定を行った。膜厚,クラックの有無,テーバー試験前後のヘイズ率,およびテーバー試験後の膜剥離の有無を表2に示す。なお、ブランクとして、熔融ガラス板におけるテーバー試験前後のヘイズ率も表2に示す。
【0080】
(表2)
────────────────────────────────────────
膜厚 クラック 初期の テーバー試験後 テーバー試験後
(nm) の有無 ヘイズ率(%) のヘイズ率(%) 膜剥がれの有無
────────────────────────────────────────
第1実施例 2900 なし 0.2 2.1 なし
第2実施例 2900 なし 0.1 2.4 なし
第3実施例 3300 なし 0.1 2.6 なし
第4実施例 1000 なし 0.0 2.8 なし
第5実施例 1000 なし 0.2 2.4 なし
第1比較例 2800 なし 0.2 2.3 あり
第2比較例 −−− あり −−− −−− −−
ガラス板 −−− −− 0.0 1.5 −−
────────────────────────────────────────
【0081】
表2に示すように、テーバー試験後のヘイズ率は2.5%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。この結果、本発明による形成溶液を用いて作製したシリカ系膜付きガラス板は、自動車用あるいは建築用の窓ガラスとしても、十分に実用性を有している。なお、自動車用の窓ガラスでは、テーバー試験後のヘイズ率として、4%以下が求められている。
【0082】
(第2実施例)
この第2実施例は、シリカ原料として、第1実施例におけるテトラエトキシシランとともにエチルシリケートを加えたものである。
【0083】
エチルアルコール(片山化学社製) 30.02gに、テトラエトキシシラン(信越化学社製) 22.57g、エチルシリケート40(コルコート社製) 16.25g、純水 27.16g、濃塩酸(35質量%、関東化学社製) 0.1g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール社製:ソルスパース41000) 3.9gを添加、撹拌し、形成溶液を得た。この溶液中のシリコンアルコキド(シリカ換算)、プロトン濃度および水の含有量は、表1に示す通りである。なお、水の含有量も第1実施例と同様に計算している。
【0084】
なお、ここで用いたエチルシリケート40は、平均してn=5の下記分子式で代表され、シリカ分(SiO2)として40質量%相当分を含有する無色透明の液体である。さらには、鎖状構造の縮合体の他に、分岐状または環状構造の縮合体も含んでいる。このエチルシリケート40は、シリカの供給効率,粘度,比重,保存安定性に優れており、使用時の取り扱いのし易いなどの特徴を有している。
【0085】
(化1)
CH3CH2O-(Si(OCH2CH3)2)n-OCH2CH3
【0086】
次いで、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(100×100mm)上に、湿度30%、室温下でこの形成溶液をフローコート法にて塗布した。そのまま、常温で約30分程度乾燥した後、予め200℃に昇温したオーブンに投入し40分加熱し、その後冷却した。得られた膜は、2900nmのクラックのない透明度の高い膜であった。
【0087】
さらに、膜硬度の評価は、第1実施例と同様に行った。表2に示すように、テーバー試験後のヘイズ率は2.4%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。
【0088】
(第3実施例)
この第3実施例は、親水性有機ポリマーとして、第2実施例におけるポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤の代わりに、ポリエチレングリコールを用い、さらにリンの原料としてリン酸を加えたものである。
【0089】
エチルアルコール(片山化学社製) 23.69gに、テトラエトキシシラン(信越化学社製) 45.14g、純水 27.16g、濃塩酸(35質量%、関東化学社製) 0.1g、リン酸(85質量%、関東化学社製) 0.11g、ポリエチレングリコール4000(関東化学社製) 3.81gを添加、撹拌し、形成溶液を得た。この溶液中のテトラエトキシシラン(シリカ換算)、プロトン濃度および水の含有量は、表1に示す通りである。なお、水の含有量も第1実施例と同様に計算している。
【0090】
次いで、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(100×100mm)上に、湿度30%、室温下でこの形成溶液をフローコート法にて塗布した。そのまま、常温で約30分程度乾燥した後、予め200℃に昇温したオーブンに投入し40分加熱し、その後冷却した。得られた膜は、3300nmのクラックのない透明度の高い膜であった。
【0091】
さらに、膜硬度の評価は、第1実施例と同様に行った。表2に示すように、テーバー試験後のヘイズ率は2.6%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。
【0092】
(第4実施例)
この第4実施例は、有機無機複合膜中に、ITO微粒子を分散させた例である。
ITO微粒子分散液(三菱マテリアル社製:ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液) 7.5gに、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(楠本化成社製:ディスパロンDA−375) 0.15g、テトラエトキシシラン(信越化学社製) 20.8g、エチルアルコール(片山化学社製) 55.45g、純水 15.8g、濃塩酸(35質量%、関東化学社製) 0.3gを順に添加して、形成溶液とした。この溶液中のテトラエトキシシラン(シリカ換算)、プロトン濃度および水の含有量は、表1に示す通りである。なお、水の含有量も第1実施例と同様に計算している。
【0093】
次いで、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(100×100mm)上に、湿度30%、室温下でこの形成溶液をフローコート法にて塗布した。そのまま、常温で約30分程度乾燥した後、予め90℃に昇温したオーブンに投入し30分加熱し、さらに、予め200℃に昇温したオーブンに投入し1時間加熱し、その後冷却した。得られた膜は、1000nmのクラックのない透明度の高い膜であった。
【0094】
さらに、膜硬度の評価は、第1実施例と同様に行った。表2に示すように、テーバー試験後のヘイズ率は2.8%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。
【0095】
(第5実施例)
この第5実施例も、有機無機複合膜中に、ITO微粒子を分散させた例である。
ITO微粒子分散液(三菱マテリアル社製:ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液) 2.25gに、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(アビシア社製:ソルスパース41000) 0.16g、ポリエチレングリコール400(片山化学社製) 0.36gテトラエトキシシラン(信越化学社製) 6.25g、エチルアルコール(片山化学社製) 17.59g、純水 3.7g、濃硝酸(60質量%、関東化学社製) 0.01gを順に添加して、形成溶液とした。この溶液中のテトラエトキシシラン(シリカ換算)、プロトン濃度および水の含有量は、表1に示す通りである。なお、水の含有量も第1実施例と同様に計算している。
【0096】
次いで、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(305×305mm)上に、湿度30%、室温下でこの形成溶液をフローコート法にて塗布した。そのまま、常温で約30分程度乾燥した後、予め200℃に昇温したオーブンに投入し14分加熱し、その後冷却した。得られた膜は、1000nmのクラックのない透明度の高い膜であった。
【0097】
さらに、膜硬度の評価は、第1実施例と同様に行った。表2に示すように、テーバー試験後のヘイズ率は2.4%と低く、熔融ガラス板に匹敵する硬度を有していた。
【0098】
第4および第5実施例で得られた膜は、ITO微粒子を含有していることから、太陽光に含まれる赤外線をカットし、通常のガラスを通して太陽光が肌に当たった場合に感じる暑さを低減する機能を有している。
【0099】
ITO微粒子は、200℃を超える温度に曝されると、酸化されることにより、赤外線をカットする機能が失われてしまうことが知られている。本発明の形成溶液を用いると、200℃という低い焼成温度で、実用的に十分な硬度を有するシリカ膜を得ることができるので、ITO微粒子の機能を損なうことがない。この結果、十分な実用性を持ち、しかもITO微粒子を用いた赤外線カット機能を有する膜とすることが可能となった。
【0100】
(第1比較例)
この第1比較例は、親水性有機ポリマーとして、第1実施例におけるポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤の代わりに、ポリエチレングリコールを用いたものである。リンの原料は加えていない。
【0101】
エチルアルコール(片山化学社製) 23.7gに、テトラエトキシシラン(信越化学社製) 45.14g、純水 27.16g、濃塩酸(35質量%、関東化学社製) 0.1g、ポリエチレングリコール400(関東化学社製) 3.9gを添加、撹拌し、形成溶液を得た。この溶液中のテトラエトキシシラン(シリカ換算)、プロトン濃度および水の含有量は、表1に示す通りである。なお、水の含有量も第1実施例と同様に計算している。
【0102】
次いで、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(100×100mm)上に、湿度30%、室温下でこの形成溶液をフローコート法にて塗布した。そのまま、常温で約30分程度乾燥した後、予め200℃に昇温したオーブンに投入し40分加熱し、その後冷却した。得られた膜は、2800nmのクラックのない透明度の高い膜であった。
【0103】
さらに、膜硬度の評価は、第1実施例と同様に行った。その結果、表2に示すように、テーバー試験後、膜が一部剥離し、膜硬度が低いことが示された。
【0104】
(第2比較例)
この第1比較例は、第1実施例におけるポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤に代えて、リン酸のみを用いたもので、親水性有機ポリマーの原料は加えていない。
【0105】
エチルアルコール(片山化学社製) 27.49gに、テトラエトキシシラン(信越化学社製) 45.14g、純水 27.16g、濃塩酸(35質量%、関東化学社製) 0.1g、リン酸(85質量%、関東化学社製) 0.11gを添加、撹拌し、形成溶液を得た。この溶液中のテトラエトキシシラン(シリカ換算)、プロトン濃度および水の含有量は、表1に示す通りである。なお、水の含有量も第1実施例と同様に計算している。
【0106】
次いで、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(100×100mm)上に、湿度30%、室温下でこの形成溶液をフローコート法にて塗布した。そのまま、常温で約30分程度乾燥した後、予め200℃に昇温したオーブンに投入し40分加熱し、その後冷却した。その結果、剥離を伴ったクラックが発生し、膜として成立しなかった。
【0107】
なお、上述した第1実施例から第5実施例の形成溶液において、テトラエトキシシランあるいは第2実施例で挙げたエチルシリケートの代わりに、テトラメトキシシラン,重合度の異なるエチルシリケート(例えば、コルコート社製のエチルシリケート48),メチルシリケートを用いてもよい。
【0108】
また、有機修飾された金属アルコキシドを、その金属アルコキシドの金属原子のモル数が、有機修飾されていないシリコンアルコキシドのシリコン原子のモル数の10%以下の量となるように、添加することも可能である。
【0109】
強酸として、塩酸の代わりに、硝酸,トリクロロ酢酸,トリフルオロ酢酸を用いてもよい。
【0110】
溶媒であるエチルアルコールの代わりに、メチルアルコール,1-プロピルアルコール,イソプロピルアルコール,t-ブチルアルコールまたはその混合物を用いてもよい。
【0111】
また必要に応じて、界面活性剤や他の有機溶媒を添加することも可能である。
【0112】
さらに、機能性材料として、有機分子,有機高分子,無機イオンや無機微粒子を、総シリコンアルコキシドのシリカ換算質量濃度を超えない範囲で、添加することが可能である。
【0113】
本発明においては、Si以外の金属酸化物をシリコン酸化物の質量分率を超えない範囲で添加し、複合酸化物としてもよい。その際に、シリコンアルコキシドの反応性に、影響を与えない方法で添加することが望ましい。
【0114】
水あるいはアルコールに溶解する金属化合物、特に、単純に電離して溶解するものを必要量添加する方法が好ましく用いられる。例えば、リチウム,ナトリウム,カリウム,セシウム,マグネシウム,カルシウム,コバルト,鉄,ニッケル,銅,アルミニウム,ガリウム,インジウム,スカンジウム,イットリウム,ランタン,セリウム,亜鉛等の金属の、塩化物,酸化物,硝酸塩等を必要量添加することが可能である。
【0115】
ボロンに関しては、ホウ酸,あるいはホウ素のアルコキシドをアセチルアセトン等のβ−ジケトンでキレート化して添加することが可能である。
【0116】
チタン,ジルコニウムに関しては、オキシ塩化物,オキシ硝酸化物,あるいはアルコキシドをβ−ジケトンでキレート化して添加することが可能である。
また、アルミニウムに関しても、アルコキシドをβ−ジケトンでキレート化して添加することが可能である。
【0117】
本発明のシリカ系膜の形成溶液に、親水性有機ポリマーを含んでいるので、厚膜としても、クラックのない膜とすることができる。なお、その理由は定かではないが、界面活性成分がシラノール基の間に入り込むことで、硬化収縮時の構造変化に柔軟に追随できるようになり、膜中の応力を緩和するためと考えられる。
【0118】
また、シリカ系膜中に、ITOやコロイダルシリカ等の微粒子を分散させる場合には、この界面活性剤は分散剤として機能する。特に、ポリエーテル基を有するリン酸系界面活性剤は、微粒子の分散性に優れている。加えて、膜全体の応力を低減しクラックを抑制する効果があるため、好ましく用いられる。
【0119】
これらの界面活性剤の添加量は、総シリコンアルコキシドのシリカ換算質量濃度を超えない範囲であることが好ましい。これらの界面活性剤は加熱硬化後も膜中に残存する。この添加量が多くなると残存量も増加することとなり、過剰に添加すると加熱硬化後の膜強度が低下してしまうので、好ましくない。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明によるシリカ系膜の形成溶液は、下地膜,保護膜,低反射膜,紫外線遮蔽膜,赤外線遮蔽膜,着色膜などの製造に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリカ系膜を形成するためのシリカ系膜の形成溶液であって、
シリコンアルコキシド、強酸、水およびアルコールを含み、
前記強酸の少なくとも一部として、または前記強酸とは別の成分として、前記有機物の少なくとも一部となる親水性有機ポリマーをさらに含み、
前記シリコンアルコキシドの濃度が、当該シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子をSiO2に換算したときのSiO2濃度により表示して3質量%を超え、
a)前記形成溶液がリン供給源を含む場合には、前記強酸の濃度が、前記強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度により表示して、0.0001〜0.2mol/kgの範囲にあり、
b)前記形成溶液がリン供給源を含まない場合には、前記強酸の濃度が、前記強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度により表示して、0.001〜0.2mol/kgの範囲にあり、かつ前記シリコンアルコキシドの濃度が前記SiO2濃度により表示して13質量%未満であり、
前記水のモル数が、前記シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数の4倍以上であることを特徴とするシリカ系膜の形成溶液。
【請求項2】
前記親水性有機ポリマーの濃度が、
c)前記シリコンアルコキシドの濃度が前記SiO2濃度により表示して9質量%以下の場合には、前記SiO2に対して30質量%以下であり、
d)前記シリコンアルコキシドの濃度が前記SiO2濃度により表示して9質量%を超える場合には、前記SiO2濃度をAとして、(5A−15)質量%以下である、
請求項1に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項3】
前記形成溶液は、前記シリコンアルコキシドとして含まれるシリコン原子の総モル数の5〜20倍モル数の水を含有する請求項1または2に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項4】
前記テトラアルコキシシランおよびその重合体の総量が、シリカ換算で3〜30質量%である請求項1〜3のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項5】
前記形成溶液には、界面活性機能を持った成分が含まれている請求項1〜4のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項6】
前記界面活性機能を持った成分は、界面活性剤である、または、界面活性機能を持った前記親水性有機ポリマーである請求項5に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項7】
前記面活性機能を持った親水性有機ポリマーは、ポリエーテル基を有するまたは末端が親水性のポリエーテルである請求項6に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項8】
前記形成溶液は、さらにリン酸を含む請求項1〜7のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項9】
前記形成溶液は、さらにポリエーテルリン酸エステルを含む請求項1〜8のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項10】
前記形成溶液は、さらに機能性を有する微粒子、分子またはイオンのうち、少なくともいずれか一つを含む請求項1〜9のいずれか1項に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項11】
前記機能性の微粒子が、導電性酸化物微粒子または/および有機物微粒子である請求項10に記載のシリカ系膜の形成溶液。
【請求項12】
前記機能性の分子が、有機色素である請求項10に記載のシリカ系膜の形成溶液。

【公開番号】特開2006−111850(P2006−111850A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−103424(P2005−103424)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000004008)日本板硝子株式会社 (853)
【Fターム(参考)】