説明

シリンダボア内周面の加工方法

【課題】シリンダボア内周面にめっき皮膜を有するシリンダブロックであっても、シリンダヘッドを組み付け固定した状態におけるシリンダボア内周面の真円度を向上可能なシリンダボア内周面の加工方法を提案する。
【解決手段】シリンダボア内周面の加工方法は、シリンダボアを仕切るシリンダボア内周面を有するシリンダブロックを準備する素材準備工程S1と、シリンダヘッドを模擬するダミーヘッドをシリンダブロックに組み付けるダミーヘッド組付工程S3と、シリンダブロックにダミーヘッドを組み付けたままシリンダボア内周面の中ぐりを施す中ぐり工程S4と、中ぐり後のシリンダボア内周面にめっき処理を施してめっき皮膜を形成するめっき処理工程S6と、シリンダボアの断面形状が略真円形状になるようシリンダボア内周面にホーニングを施すホーニング工程S8と、ホーニング後のシリンダブロックからダミーヘッドを取り外すダミーヘッド取外工程S9と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダブロックのシリンダボア内周面の加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリンダブロック内にシリンダボアを仕切るシリンダボア内周面は、その真円度を高めるために、環状に位置するホーニング砥石を備えるホーニング加工装置を用いるホーニングが施される。
【0003】
ところで、シリンダブロックは、シリンダボアを塞いで燃焼室を形成するシリンダヘッドをボルトで固定するためのボルト穴を備える。シリンダブロックは、シリンダヘッドをボルトで組み付け固定すると、ボルトの締付力によって局所的に変形してしまう。
【0004】
シリンダヘッドをボルトで組み付け固定することによるシリンダブロックの局所的な変形は、シリンダボア内周面の形状に影響し、その真円度を低下してしまう虞がある。具体的には、シリンダヘッドを組み付けるより前にホーニングを施してシリンダボア内周面の真円度を高め、ホーニングの後にシリンダヘッドをボルトで組み付け固定してしまうとシリンダボア内周面が変形し、真円度が低下する。
【0005】
そこで、シリンダブロックにホーニングを施すよりも前に、シリンダヘッドを模擬する治具であるダミーヘッドをシリンダブロックにボルトで組み付け固定し、あらかじめ変形を生じるシリンダボア内周面にホーニングを施すシリンダボア内周面の加工方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−199378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
シリンダブロックは、シリンダボア内周面の耐摩耗性を向上するなどのため、シリンダボア内周面にめっき処理を施して形成するめっき皮膜を有する場合がある。なお、以下、シリンダボア内周面にめっき皮膜を有するシリンダブロックを「めっきシリンダ」と呼ぶ。めっきシリンダは、シリンダボア内周面の真円度を高めるために、シリンダボア内周面にめっき皮膜を形成した後、ホーニングを行う必要がある。
【0008】
ここで、めっきシリンダに従来のシリンダボア内周面の加工方法を適用する場合、先ず、シリンダボア内周面にめっき皮膜を形成し、次に、めっきシリンダにダミーヘッドをボルトで組み付け固定した後、あらかじめ変形を生じるシリンダボア内周面としてのめっき皮膜にホーニングを施すことになる。
【0009】
しかしながら、めっきシリンダに従来のシリンダボア内周面の加工方法を適用すると、ダミーヘッドを組み付け固定することによるシリンダボア内周面の変形量を予め考慮してめっき皮膜の膜厚を厚くする必要を生じる。これは、シリンダボア内周面が変形することによってその真円度が低下し、シリンダの中心線から遠ざかった部分を研磨するためにシリンダの中心線に近づいた部分をより深く研磨する必要が生じるためである。翻ると、めっき皮膜の膜厚が薄ければ、シリンダの中心線から遠ざかった部分においてめっき皮膜の結晶粒の凹み部分までホーニングを行えず、未研磨のままの素地を残す所謂「黒皮残り」という不良を生じてしまう。
【0010】
そこで、本発明は、シリンダボア内周面にめっき皮膜を有するシリンダブロックであっても、シリンダヘッドを組み付け固定した状態におけるシリンダボア内周面の真円度を向上可能なシリンダボア内周面の加工方法を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の課題を解決するため本発明に係るシリンダボア内周面の加工方法は、シリンダボアを仕切るシリンダボア内周面を有するシリンダブロックを準備し、シリンダヘッドを模擬するダミーヘッドを前記シリンダブロックに組み付け、前記シリンダブロックに前記ダミーヘッドを組み付けたまま前記シリンダボア内周面の中ぐりを施し、中ぐり後の前記シリンダボア内周面にめっき処理を施してめっき皮膜を形成し、前記シリンダボアの断面形状が略真円形状になるよう前記めっき皮膜を有する前記シリンダボア内周面にホーニングを施し、ホーニング後の前記シリンダブロックから前記ダミーヘッドを取り外すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、シリンダボア内周面にめっき皮膜を有するシリンダブロックであっても、シリンダヘッドを組み付け固定した状態におけるシリンダボア内周面の真円度を向上可能なシリンダボア内周面の加工方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法を示したフローチャート。
【図2】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法を適用するシリンダブロックの一例を示した断面図。
【図3】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドをシリンダブロックとともに示した斜視図。
【図4】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドをシリンダブロックとともに示した斜視断面図。
【図5】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドの貫通孔を示した斜視図。
【図6】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドの貫通孔を示した斜視図。
【図7】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドの貫通孔を示した斜視図。
【図8】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するカラーを示した斜視図。
【図9】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するカラーの周囲のめっき処理液の流れの様子を示した図。
【図10】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドをシリンダブロックに組み付け固定する前後のシリンダボアの変形量を示した表。
【図11】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドをシリンダブロックに組み付け固定する前後のシリンダボアの変形量を示した図。
【図12】本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドをシリンダブロックに組み付け固定する前後のシリンダボアの変形量を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るシリンダボア内周面の加工方法の実施の形態について、図1から図12を参照して説明する。
【0015】
図1は、本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法を示したフローチャートである。
【0016】
図1に示すように、本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、素材準備工程S1と、フライス加工工程S2と、ダミーヘッド組付工程S3と、中ぐり工程S4と、カラー装着工程S5と、めっき処理工程S6と、カラー離脱工程S7と、ホーニング工程S8と、ダミーヘッド取外工程S9と、仕上げフライス加工工程S10と、を備える。
【0017】
素材準備工程S1は、シリンダボアを仕切るシリンダボア内周面を有するシリンダブロックを準備する工程である。
【0018】
フライス加工工程S2は、シリンダブロックのシリンダヘッド側合わせ面を平面に切削または研削する工程である。
【0019】
ダミーヘッド組付工程S3は、シリンダヘッドを模擬するダミーヘッドをシリンダブロックに組み付ける工程である。
【0020】
中ぐり工程S4は、シリンダブロックにダミーヘッドを組み付けたままシリンダボア内周面の中ぐりを施す工程である。
【0021】
めっき処理工程S6は、中ぐり後のシリンダボア内周面にめっき処理を施してめっき皮膜を形成する工程である。めっき処理工程S6は、めっき前処理工程として脱脂・加温工程および電解エッチング工程を含む。
【0022】
ホーニング工程S8は、シリンダボアの断面形状が略真円形状になるようめっき皮膜を有するシリンダボア内周面にホーニングを施す工程である。
【0023】
ダミーヘッド取外工程S9は、ホーニング後のシリンダブロックからダミーヘッドを取り外す工程である。
【0024】
仕上げフライス加工工程S10は、シリンダブロックのシリンダヘッド側合わせ面を平面に仕上げ加工する工程である。
【0025】
ここで先ず、本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法を適用するシリンダブロックについて説明する。
【0026】
図2は、図3のII−IIにおいて、本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法を適用するシリンダブロックの一例を示した断面図である。
【0027】
図2に示すように、シリンダブロック101は、例えば鋳造用のアルミニウム合金(JIS H 5202 :AC4B、AC4C、JIS H 5302:ADC10、ADC12)を素材とする鋳造品であり、並列多気筒エンジン等の内燃機関(図示省略)を構成する部材の一部である。シリンダブロック101は、中空なシリンダボア102を仕切る円筒形状のシリンダボア内周面103と、シリンダヘッド(図示省略)との合わせ面105と、クランクケース(図示省略)との合わせ面106と、を有する。
【0028】
また、シリンダブロック101は、シリンダボア102の近傍にシリンダヘッドを締結するボルト穴107およびウォータージャケット108を備える。
【0029】
シリンダボア102は、シリンダボア内周面103に対して素材の状態(素材準備工程S1)から、中ぐり(中ぐり工程S4)、めっき処理によるめっき皮膜の形成(めっき処理工程S6)、めっき皮膜のホーニング(ホーニング工程S8)を順次に経て完成する。
【0030】
シリンダヘッドとの合わせ面105は、フライス盤(図示省略)を用いる切削または研削を経て平面に仕上がる。
【0031】
次に、本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドについて説明する。
【0032】
図3は、本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドをシリンダブロックとともに示した斜視図である。
【0033】
図4は、本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドをシリンダブロックとともに示した斜視断面図である。
【0034】
図3および図4に示すように、ダミーヘッド10は、シリンダヘッドを模擬するものでありシリンダヘッドと同等以上の剛性を有する。ダミーヘッド10は、シリンダブロック101の合わせ面105に接し、ボルト11でシリンダブロック101に組み付く。ボルト11をボルト穴107に締結してシリンダブロック101にダミーヘッド10を組み付け固定すると、シリンダブロック101は、ボルト11の締付力によって局所的に変形してしまう。これによって、ダミーヘッド10に近く、ボルト11の締結位置にも近いシリンダボア内周面103も変形してしまう。
【0035】
また、ダミーヘッド10は、三層構造を有し、例えば、アルミニウム合金製の中間板10bをステンレス鋼製の上板10aと下板10cとで挟み込む。下板10cはシリンダブロック101の合わせ面105に接し、上板10aはボルト11のボルトヘッド11aを受ける。
【0036】
ダミーヘッド10は、ステンレス鋼製の上板10aによってボルトヘッド11aを受ける座面の摩耗を抑制することができる。また、ダミーヘッド10は、ステンレス鋼製の下板10cによって合わせ面105と下板10cとの間に挟み込むガスケット(図示省略)の座面の摩耗を抑制することができる。さらに、ダミーヘッド10は、上板10a、下板10cが長期間の使用にともなうなどして損耗した場合、上板10a、下板10cのみを交換し中間板10bを継続して使用できるので保守費用を低減できる。なお、ダミーヘッド10の構造は、本実施形態の限りではない。
【0037】
さらに、ダミーヘッド10は、貫通孔12を有する。貫通孔12は、上板10a、中間板10bおよび下板10cを貫く。ダミーヘッド10は、貫通孔12に嵌る環状のカラー13を備える。カラー13は、貫通孔12に対して着脱できる。
【0038】
本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、シリンダブロック101にシリンダヘッドを組み付けるための規定締付力をボルト11に模擬的に負荷してシリンダブロック101にダミーヘッド10を組み付け固定することが可能であり、ボルト11の締結力をシリンダブロック101、ひいてはシリンダボア内周面103に効率よく伝え、シリンダブロック101にシリンダヘッドを組み付けた状態(以下、「本組立状態」と呼ぶ。)におけるシリンダボア内周面103の変形状態を再現性良く模擬する。
【0039】
図5から図7は、本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドの貫通孔を示した斜視図である。
【0040】
図5から図7に示すように、ダミーヘッド10の貫通孔12は、シリンダボア内周面103よりも大きく開口する。
【0041】
本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、貫通孔12によってシリンダブロック101にダミーヘッド10を装着したままシリンダボア内周面103に対して素材の状態(素材準備工程S1)から中ぐり(中ぐり工程S4)、めっき処理によるめっき皮膜の形成(めっき処理工程S6)、めっき皮膜のホーニング(ホーニング工程S8)を施すことができる。
【0042】
具体的には、図5に示すように、中ぐり工程S4において、中ぐり盤(図示省略)は、ダミーヘッド10の貫通孔12からバイト31をシリンダボア102内に送り込んでシリンダボア内周面103に中ぐりを施す。
【0043】
また、図6に示すように、めっき処理工程S6において、めっき処理装置(図示省略)は、ダミーヘッド10の貫通孔12からシリンダボア内周面103よりも小径な電極32をシリンダボア102内に送り込み、シリンダボア102のクランクケース側を治具で塞ぎ、電極32とシリンダボア内周面103との隙間にめっき処理液を流通してシリンダボア内周面103にめっき皮膜を形成する。
【0044】
さらに、図7に示すように、ホーニング工程S8において、ホーニング加工装置(図示省略)は、ダミーヘッド10の貫通孔12から砥石を環状に配置したホーニングヘッド33をシリンダボア102内に送り込んでシリンダボア内周面103にホーニングを施す。
【0045】
図8は、本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するカラーを示した斜視図である。
【0046】
図8に示すように、ダミーヘッド10のカラー13は、シリンダボア内周面103よりも小径な開口13aを有し、かつ貫通孔12に嵌るとともにシリンダボア102の開口102a縁全周に接する。カラー13は樹脂材料の成形品であり、中心軸線方向に一体であっても良いし、分割可能であっても良い。カラー13は、めっき処理工程S6において使用する治具であり、めっき処理工程S6前にカラー装着工程S5でダミーヘッド10の貫通孔12に嵌められ、めっき処理工程S6後にカラー離脱工程S7でダミーヘッド10の貫通孔12から取り外される。カラー13の内周面13bは、めっき処理工程S6においてめっき処理液を流通する流路を仕切る。
【0047】
また、カラー13は、めっき処理工程S6において、めっき処理液やめっき前処理液(めっき処理前にシリンダボア内周面103をエッチングするための処理液)からダミーヘッド10の貫通孔12を保護する。具体的には、ダミーヘッド10はアルミニウム合金製およびステンレス鋼製であるとともにシリンダブロック101に接することから常にシリンダブロック101と同電位になってしまうため、カラー13はめっき前処理液によるエッチングやめっき処理液によるめっき皮膜の形成からダミーヘッド10、特に貫通孔12の内周面を保護する。
【0048】
ここで、貫通孔12は、シリンダブロック101に接する下板10cの開口径が最も小さく、中間板10bから上板10aの開口端近傍に達する位置まで略一様な開口径を有し、開口径の最も大きいザグリ部12bを上板10aに有する。
【0049】
カラー13は、貫通孔12の内周面に対応する外周形状と、ザグリ部12bに座する鍔部15と、を有する一方、内径の縮径する絞り部16をシリンダボア102側の内周に有する。カラー13は、絞り部16を有する第一カラー部材17と、鍔部15を有する第二カラー部材18と、を備える。カラー13は、先ず、貫通孔12に第一カラー部材17を嵌め込み、次いで貫通孔12に第二カラー部材18を嵌め込んだ後、めっき処理装置によって上板10aとともに鍔部15を押さえ付けることで固定する。
【0050】
本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、中ぐり工程S4およびホーニング工程S8において不要になるカラー13の着脱を容易に行うことが可能であり、シリンダボア内周面103に対する中ぐり(中ぐり工程S4)、めっき処理(めっき処理工程S6)、ホーニング(ホーニング工程S8)を連続的かつ円滑に進行することができる。
【0051】
図9は、本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するカラーの周囲のめっき処理液の流れの様子を示した図である。
【0052】
図9に示すように、カラー13は、シリンダボア内周面103よりも小径な開口を有し、シリンダボア内周面103またはカラー13と電極32との隙間でありめっき処理液が流通するめっき処理液流路35の流路断面積を絞る。具体的には、カラー13の絞り部16は、シリンダボア内周面103を基準に処理液流路35側へ距離D(約0.5mmから約3mm)突出して処理液流路35の流路断面積を絞る。
【0053】
また、カラー13は、シリンダボア102側に斜面19を有する。斜面19は、シリンダブロック101の合わせ面105と平行な面に対して60°以下の角度θで傾斜し、さらに好ましくは約0°から約45°の角度(0°は含まない。)で傾斜する。
【0054】
カラー13は、処理液流路35をシリンダブロック101側からダミーヘッド10側へ流動(実線矢F)するめっき処理液36に対し、シリンダボア内周面103の開口端近傍で循環流A(実線矢A)を発生する。循環流Aは、新たなめっき処理液36が流れ込むことによるニッケルイオンの供給を抑制し、ひいては当該部分におけるめっき処理液36のニッケルイオン濃度を低下する。
【0055】
ここで、シリンダボア内周面103の開口端に十分なニッケルイオンの供給があり、当該部分の電流密度が高くなるとめっき皮膜が局部的に肥大化する、いわゆる「花咲き」と呼ばれるめっき不良が発生する。そこで、カラー13は、シリンダボア内周面103の開口端付近のニッケルイオン濃度を低下することによって、仮に当該部分の電流密度が高くなっても「花咲き」の発生を抑制する。
【0056】
次に、本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法の具体例を説明する。
【0057】
先ず、本加工方法は、素材準備工程S1において、ダイカスト製のシリンダブロック101を準備する。
【0058】
次いで、本加工方法は、フライス加工工程S2において、シリンダブロック101の合わせ面105をフライス盤で平面に切削または研削する。
【0059】
次いで、本加工方法は、ダミーヘッド組付工程S3において、ダミーヘッド10をシリンダブロック101に組み付ける。このとき、ボルト11の締結力は、本組立状態における規定締付力に達し、本組立状態を模擬してシリンダボア内周面103を再現性良く変形する。
【0060】
図10は、本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドをシリンダブロックに組み付け固定する前後のシリンダボアの変形量を示した表である。
【0061】
図11および図12は、本発明の実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法で使用するダミーヘッドをシリンダブロックに組み付け固定する前後のシリンダボアの変形量を示した図である。
【0062】
図10から図12は、並列3気筒エンジンに適用するシリンダブロック101について、ダミーヘッドをシリンダブロックに組み付け固定する前後について、それぞれのシリンダボア102の変形状況を纏めたものである。なお、図10から図12の「#1から#3」はそれぞれ個別のシリンダボア102を識別する番号であり、「X−X」は3つのシリンダボア102が並列に並ぶ方向に関し、「Y−Y」は「X−X」に直交する方向に関する。
【0063】
図10から図12に示すように、シリンダボア102は、ダミーヘッド10をシリンダブロック101に組み付ける前後で変形し、最大17μmの変形が起きている。この変形量は、めっき皮膜の厚さ(数十μmから百数十μm程度)に対して無視できるものではなく、従来のシリンダボア内周面の加工方法によれば、ホーニングによってめっき皮膜(一般に、厚さ数十μmから百数十μm程度)を余分に研磨する必要を生じ、部分的にめっき皮膜の極めて薄い部分を生じる。
【0064】
これに対して、本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、本組立状態を再現性良く模擬してシリンダボア内周面103の変形を保ったまま中ぐり(中ぐり工程S4)、めっき処理によるめっき皮膜の形成(めっき処理工程S6)、めっき皮膜のホーニング(ホーニング工程S8)を施す。
【0065】
すなわち、本加工方法は、中ぐり工程S4において、シリンダボア102を実際の組立状態に対して再現性良く変形した状態を保ったままシリンダボア内周面103を中ぐりする。このとき、シリンダボア内周面103は、本組立状態における応力状態を保つ。
【0066】
次いで、本加工方法は、めっき処理工程S6において、シリンダボア内周面103にめっき処理を施してめっき皮膜を形成する。めっき皮膜は、例えば、Ni−P−SiC複合めっきで形成する。
【0067】
めっき処理工程S6は、先ず、シリンダブロック101をめっき処理装置に載置し、シリンダボア102に脱脂剤の水溶液を流通しつつ超音波洗浄を行い、中ぐり工程S4時に付着した切削油などの汚れやほこりを除去する。次に、めっき処理工程S6は、シリンダボア102に水を流通して脱脂剤を洗浄する。洗浄後、めっき処理工程S6は、シリンダボア102に温水を流通してシリンダブロック101を予備的に加温する。めっき処理工程S6は、シリンダブロック101の予備加温によってシリンダボア内周面103を均一に温め、電解エッチング工程における処理時間の短縮や、エッチングの均一化を図る。なお、シリンダボア102の脱脂、洗浄および加温は、一旦シリンダブロック101からダミーヘッド10を取り外して行い、その後に再度シリンダブロック101にダミーヘッド10を組み付け固定しても良い。
【0068】
次いで、めっき処理工程S6は、めっき前処理液であるエッチング液をシリンダボア102に流通しつつシリンダボア102に挿入した電極とシリンダブロック101との間を通電し、シリンダボア内周面103をエッチングする。シリンダボア内周面103は、エッチングによってシリンダブロック101素材中の共晶シリコンが表面に突出すると同時に微細な凹凸を形成し、めっき皮膜の密着性が高まる。なお、このとき、ダミーヘッド10の貫通孔12は、カラー13に覆われているのでめっき前処理液に触れることがなく、エッチングされない。
【0069】
次いで、めっき処理工程S6は、硫酸ニッケルを含むめっき処理液36をシリンダボア102に流通しつつシリンダボア102に挿入した電極とシリンダブロック101との間を通電し、シリンダボア内周面103をめっき処理する。このときも、ダミーヘッド10の貫通孔12は、カラー13に覆われているのでめっき処理液36に触れることがなく、めっき処理されない。また、カラー13は、めっき処理液36に対し、シリンダボア内周面103の開口端近傍で循環流A(実線矢A)を発生し、「花咲き」の発生を抑制する。シリンダブロック101は、めっき処理後に洗浄される。
【0070】
本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、本組立状態を再現性良く模擬してシリンダボア内周面103の変形を保ったままめっき処理を施すことができる。このことは、中ぐり工程S4より後にダミーヘッド組付工程S3を組み付け固定してからめっき処理工程S6を行う場合、すなわちめっき処理工程S6の直前にシリンダボア内周面103を変形する場合に比べると、図7から図9に示すシリンダボア内周面103の変形量の分、ホーニング工程S8におけるめっき皮膜の研磨しろの低減およびめっき皮膜の薄膜化を可能とし、加工時間の短縮、めっき処理液36などの材料の使用量低減、ホーニング砥石の損耗量の減少を可能にし、生産性の向上、費用低減に寄与できる。
【0071】
次いで、本加工方法は、ホーニング工程S8において、シリンダボア102の断面形状が略真円形状になるようめっき皮膜を有するシリンダボア内周面103をホーニングする。ホーニング工程S8は、凹凸の有るめっき皮膜表面を、所定の内径寸法と表面粗さになるよう平滑にする。
【0072】
本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、本組立状態を模擬するダミーヘッド10を組み付け固定した状態でめっき処理工程S6を行うことによって、めっき皮膜の薄膜化を達成できるので、ホーニング工程S8における研磨量を低減し、労力、費用も抑制できる。さらに、本加工方法は、カラー13によって「花咲き」の発生を抑制できるので、「花咲き」を除去するための研磨作業を廃止することができ、生産性を大幅に向上できる。
【0073】
本加工方法は、ホーニング工程S8の後、ダミーヘッド取外工程S9においてシリンダブロック101からダミーヘッド10を取り外し、仕上げフライス加工工程S10において合わせ面105を仕上げて完了する。
【0074】
本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、シリンダブロック101にシリンダヘッドを組み付けるための規定締付力をボルト11に模擬的に負荷してシリンダブロック101にダミーヘッド10を組み付け固定することが可能であり、本組立状態におけるシリンダボア内周面103の変形状態を再現性良く模擬できる。しかも、本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、ダミーヘッド10をシリンダブロック101に組み付け固定した状態のまま中ぐり(中ぐり工程S4)、めっき皮膜の形成(めっき処理工程S6)、めっき皮膜のホーニング(ホーニング工程S8)を施すことができる。これらによって、シリンダボア102は、本組立状態においてシリンダボア内周面103の真円度が向上する。また、シリンダボア102は、めっき皮膜の膜厚分布が均一になることで局所的にめっき皮膜が薄くなることに起因する皮膜剥離の危険性を低減し、シリンダボア内周面103の冷却効率の均一化を図ることができる。
【0075】
また、本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、本組立状態を模擬してめっき皮膜を形成することによって、中ぐり工程S4より後にダミーヘッド組付工程S3を組み付け固定してからめっき処理工程S6を行う場合、すなわちめっき処理工程S6の直前にシリンダボア内周面103を変形する場合に比べると、ホーニング工程S8におけるめっき皮膜の研磨しろを低減し、めっき皮膜の薄膜化を可能とし、未研磨のままの素地を残す所謂「黒皮残り」を抑制して生産性を向上し、費用低減にも寄与できる。
【0076】
さらに、本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、本組立状態を模擬してめっき皮膜を形成することによって、本組立状態においてめっき皮膜に生じる応力を極めて小さくし、めっき皮膜に応力の不均一な分布が生じる虞を排除することが可能となり、めっき皮膜の耐久性の向上にも寄与できる。
【0077】
したがって、本実施形態に係るシリンダボア内周面の加工方法は、シリンダボア内周面103にめっき皮膜を有するシリンダブロック101であっても、シリンダヘッドを組み付け固定した状態におけるシリンダボア内周面103の真円度を向上できる。
【符号の説明】
【0078】
10 ダミーヘッド
10a 上板
10b 中間板
10c 下板
11 ボルト
11a ボルトヘッド
12 貫通孔
12b ザグリ部
13 カラー
13a 開口
13b 内周面
15 鍔部
16 絞り部
17 第一カラー部材
18 第二カラー部材
19 斜面
31 バイト
32 電極
33 ホーニングヘッド
35 めっき処理液流路
36 めっき処理液
101 シリンダブロック
102 シリンダボア
102a 開口
103 シリンダボア内周面
105、106 合わせ面
107 ボルト穴
108 ウォータージャケット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダボアを仕切るシリンダボア内周面を有するシリンダブロックを準備し、
シリンダヘッドを模擬するダミーヘッドを前記シリンダブロックに組み付け、
前記シリンダブロックに前記ダミーヘッドを組み付けたまま前記シリンダボア内周面の中ぐりを施し、
中ぐり後の前記シリンダボア内周面にめっき処理を施してめっき皮膜を形成し、
前記シリンダボアの断面形状が略真円形状になるよう前記めっき皮膜を有する前記シリンダボア内周面にホーニングを施し、
ホーニング後の前記シリンダブロックから前記ダミーヘッドを取り外すことを特徴とするシリンダボア内周面の加工方法。
【請求項2】
前記ダミーヘッドは、前記シリンダボア内周面よりも大きく開口する貫通孔を有することを特徴とする請求項1に記載のシリンダボア内周面の加工方法。
【請求項3】
前記ダミーヘッドは、前記シリンダボア内周面よりも小径な開口を有し、かつ前記貫通孔に嵌るとともに前記シリンダボアの開口縁全周に接して前記めっき処理液の流路断面積を絞る環状のカラーを備えることを特徴とする請求項2に記載のシリンダボア内周面の加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−157922(P2012−157922A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−18595(P2011−18595)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】