説明

シロスタゾールの統合失調症治療剤

【課題】統合失調症の治療薬の開発。
【解決手段】本発明は、シロスタゾール又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分とする、統合失調症の予防及び/又は治療剤に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、統合失調症予防及び/又は治療剤、さらに詳しくは、一般式(1):
【化1】

[式中、Aは低級アルキレン基、Rはシクロアルキル基、カルボスチリル骨格の3位と4位間の結合は1重結合又は2重結合を示す]
で示されるカルボスチリル誘導体又はその塩を有効成分とする統合失調症予防及び/又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
前記一般式(1)で示されるカルボスチリル誘導体(1)又はその塩ならびにその製法は、特許文献1及び特許文献2に記載されており、それが血小板凝集抑制作用、ホスホジエステラーゼ(PDE)の阻害作用、抗潰瘍作用、降圧作用及び消炎作用を有し、抗血栓症剤、脳循環改善剤、消炎剤、抗潰瘍剤、降圧剤、抗喘息剤、ホスホジエステラーゼ阻害剤などとして有用であることが知られている。さらに、特許文献3の「PTEN阻害剤又はMaki−Kチャンネルオープナー」の中に、不安症、うつ病の治療剤などに有効である旨の記載がある。
【0003】
統合失調症とは、主として思春期、青年期に発症し、自我障害、思考障害を根幹に持ち、幻覚・妄想などの陽性症状を繰り返すことにより、しだいに重篤化していく慢性の精神疾患をいう。
【0004】
社会生活様式の変化や社会の高齢化に伴い、精神神経疾患は全体として増加する傾向にある。例えば、統合失調症は人種や地域に関係なく人口の約1%の割合で起こり、その多くは思春期から20代の若い時期に発症する精神神経疾患であるが、統合失調症による入院患者は日本においては、病院の総ベッド数の約15%を占めており、医療経済という点からも大きな問題となっている。症状としては、幻覚、妄想などの陽性症状、感情鈍麻、意欲減退、社会的引きこもりなどの陰性症状などがある。統合失調症の治療には、薬物治療が不可欠であり、フェノチアジン系化合物、ブチロフェノン系化合物、ベンズアミド系化合物、イミノジベンジル系化合物、チエピン系化合物、インドール系化合物及びセロトニン・ドーパミン受容体遮断薬などが投与されているが、まだまだ満足のいく治療薬は見出されておらず、国内外において統合失調症の治療薬の開発が切望されている。
【特許文献1】特公昭63−20235号公報
【特許文献2】特開昭55−35019号公報
【特許文献3】特表2006−518732号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、上記のとおり、統合失調症についてはいくつかの治療薬が臨床の場で用いられているものの、十分に満足のいく治療薬は見出されておらず、国内外において統合失調症の治療薬の開発が切望されていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、種々研究を重ねるうちに、前記一般式(1)で表されるカルボスチリル誘導体(1)、特に6−[4−(1−シクロヘキシル−1H−テトラゾール−5−イル)ブトキシ]3,4−ジヒドロカルボスチリル(シロスタゾール)又はその塩が統合失調症の予防及び/又は治療に有効であることを見出した。
【0007】
数多くの研究より、N−メチル−D−アスパラギン酸(N-methyl-D-aspartate、NMDA)受容体を介するグルタミン酸神経伝達の障害が、統合失調症の病態に関与していることが示唆されている(Javitt and Zukin, 1991; Olney and Farber, 1995; Hashimoto et al, 2004)。フェンサイクリジン(PCP)などのNMDA受容体拮抗薬が、健常者に認知機能障害や陰性症状を含む統合失調症様症状を引き起こすことが知られていることより、フェンサイクリジンなどのNMDA受容体拮抗薬は統合失調症のモデル動物の作成に使用されている。
【0008】
本発明者らは、フェンサイクリジンの投与によって作成したモデル動物において、6−[4−(1−シクロヘキシル−1H−テトラゾール−5−イル)ブトキシ]3,4−ジヒドロカルボスチリル(シロスタゾール)又はその塩が統合失調症の予防及び/又は治療を改善することを初めて見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明によれば、一般式:
【化2】

[式中、Aは低級アルキレン基、Rはシクロアルキル基、カルボスチリル骨格の3位と4位間の結合は1重結合又は2重結合を示す]
で示されるカルボスチリル誘導体又はその塩を有効成分とする統合失調症の予防及び/又は治療剤を提供する。
【0010】
また本発明によれば、6−[4−(1−シクロヘキシル−1H−テトラゾール−5−イル)ブトキシ]3,4−ジヒドロカルボスチリル(シロスタゾール)又はその塩を有効成分とする統合失調症の予防及び/又は治療剤を提供する。
【0011】
本発明によれば、統合失調症の予防及び/又は治療用の上記のカルボスチリル誘導体(1)もしくはその塩、又は上記の6−[4−(1−シクロヘキシル−1H−テトラゾール−5−イル)ブトキシ]3,4−ジヒドロカルボスチリルもしくはその塩を有効成分として含む組成物を提供する。
【0012】
本発明によれば、統合失調症の予防及び/又は治療剤を製造するための上記のカルボスチリル誘導体(1)もしくはその塩、又は上記の6−[4−(1−シクロヘキシル−1H−テトラゾール−5−イル)ブトキシ]3,4−ジヒドロカルボスチリルもしくはその塩の使用を提供する。
【0013】
本発明によれば、統合失調症の患者に、治療上の有効量の上記のカルボスチリル誘導体(1)もしくはその塩、又は上記の6−[4−(1−シクロヘキシル−1H−テトラゾール−5−イル)ブトキシ]3,4−ジヒドロカルボスチリルもしくはその塩を投与することからなる統合失調症の予防及び/又は治療方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
上記のカルボスチリル誘導体(1)において、「シクロアルキル基」には、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチルなどのようなC3-8シクロアルキル基が含まれ、好ましくはシクロヘキシルである。「低級アルキレン基」には、メチレン、エチレン、プロピレン、ブチレン、ペンチレンなどのようなC1-6アルキレン基が含まれ、好ましくはブチレンである。
【0015】
好ましいカルボスチリル誘導体(1)は、6−[4−(1−シクロヘキシル−1H−テトラゾール−5−イル)ブトキシ]3,4−ジヒドロカルボスチリルであり、抗血小板薬としてシロスタゾールの商品名で市場に出ている。
【0016】
本発明のカルボスチリル誘導体(1)は、医薬的に許容される酸を作用させることによって容易に塩を形成し得る。該酸としては、例えば、塩酸、硫酸、リン酸、臭化水素酸等の無機酸、シュウ酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、安息香酸等の有機酸を挙げることができる。
【0017】
これらのカルボスチリル誘導体(1)及びその塩、並びにその製造方法については、特許文献2(対応米国特許第4,277,479号)に開示されている。
【0018】
本発明のカルボスチリル誘導体(1)の化合物は、バルクで、又は好ましくは通常の医薬担体もしくは希釈剤で医薬製剤の形態で用いられ得る。投与形態は特定の形態に制限されないが、例えば特許文献3及び特開平10−175864号公報に挙げられている製剤が挙げられ、具体的には、いずれの通常の投与形態、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤のような経口投与の製剤、経口投与に適した様々な液体製剤、又は注射剤、坐剤のような非経口投与用製剤であってもよい。用量は特定の範囲に制限されないが、通常、成人(体重50kg)で100〜400mg/日の範囲にあり、1回又は2〜数回に分けて投与してもよい。活性化合物はその製剤の組成物に対して0.1〜70重量%含まれ、好ましくは、投与単位あたり50〜100 mgの量で製剤中含まれる。
【0019】
注射用製剤は通常、液剤、乳濁液、又は懸濁液の形態で調製され、無菌化し、更に好ましくは血液に対して等張にされる。液体、乳濁液又は懸濁液の形態の製剤は一般的に、通常の医薬希釈剤、例えば、水、エチルアルコール、プロピレングリコール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルを用いて調製される。これらの製剤には、塩化ナトリウム、ブドウ糖、グリセリンのような等張剤と、等張にするのに十分な量で混合してもよく、更に通常の可溶化剤、緩衝剤、麻酔剤、及び適宜、着色剤、保存剤、芳香物質、香料、甘味料、及び他の薬剤で混合してもよい。
【0020】
錠剤、カプセル剤、経口投与用液剤のような製剤は、通常の方法で調製され得る。錠剤は、ゼラチン、デンプン、乳糖、ステアリン酸マグネシウム、タルク、アラビアガムなどのような通常の医薬担体と混合して調製され得る。カプセル剤は、不活性な医薬充填剤又は希釈剤と共に混合して調製し、硬ゼラチンカプセル又は軟カプセルに詰められ得る。シロップ剤又はエリキシル剤のような経口液体製剤は、活性化合物と、甘味料(例えば、ショ糖)、保存剤(例えば、メチルパラベン、プロピルパラベン)、着色料、香料などとを混合して調製する。非経口投与用製剤はまた、通常の方法、例えば本発明のカルボスチリル誘導体(1)を無菌の水性担体、好ましくは水又は生理食塩水溶液に溶解しても調製され得る。非経口投与に適した好ましい液体製剤は、約50〜100 mgのカルボスチリル誘導体(1)を、水及び有機溶媒中に、更に分子量300〜5000を有するポリエチレングリコール中に溶解して調製し、好ましくは、ナトリウムカルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、及びポリビニルアルコールのような滑沢剤と混合される。上記の液体製剤には好ましくは更に、消毒剤(例えば、ベンジルアルコール、フェノール、チメロサール)、殺菌剤、及び更に適宜、等張剤(例えば、ショ糖、塩化ナトリウム)、局所麻酔剤、安定化剤、緩衝剤などを加えてよい。安定性を保つために、非経口投与用製剤は、小さな容器に充填し、続いて通常の凍結乾燥技術で水性溶媒を除いてもよく、これを使用に際して水性溶媒に溶解して液体製剤に戻す。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこの実施例に限定されない。下記の実施例の実験方法については、ハシモトらの方法(Eur J Pharmacol. 2006 Dec 28;553(1-3):191-5、Neuropsychopharmacology. 2007 Mar;32(3):514-21、Eur J Pharmacol. 2005 Sep 5;519(1-2):114-7)に準じて実施した。また、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲での種々の変更が可能である。
実施例1
(1)実験方法
動物には雄性ICRマウス(6週齢、25−30g、日本SLCより購入)を用いた。実験手順に関しては千葉大学大学院医学研究院実験動物倫理委員会により承認を受けた。
マウスにフェンサイクリジン(10mg/kg)を10日間(1回/日)皮下投与した。フェンサイクリジンの最終投与から3日後から、溶媒あるいはシロスタゾール(0.3、1.0、3.0、10mg/kg)を一日に一回、2週間経口投与した。
最終投与24時間後に新規物体再認識テストを実施した。新規物体再認識テストは黒色のオープンフィールド(50.8×50.8×25.4cm)を用いて実施した。新規物体再認識テスト開始前、マウスをオープンフィールドに3日間馴化させた。同様のサイズを持ち、形及び色の異なる2つの物体をオープンフィールド内に35.5cm離して設置し、マウスを10分間探索させた。探索終了後、マウスを元のケージに戻した。1回目の探索24時間後に保持試験を実施した。保持試験において、物体の一つを新規の物体に交換した。マウスを5分間探索させ、それぞれの物体の探索時間を測定した。結果は2つの物体の探索時間に対する新規物体の探索時間の割合で示した。
【0022】
(2)統計分析
データは平均値±標準偏差で示した。統計分析は一元配置分散分析を用いて行ない、ポストホック(post-hoc) ボンフェロニ検定で行なった。0.05以下のp値は統計的に有意とした。
【0023】
結果
フェンサイクリジン(10mg/kg、皮下注射)の10日間連続投与により、新規物体に対する嗜好性(探索時間の割合)が有意に減少し、フェンサイクリジンにより統合失調症が生じてことが示唆された。フェンサイクリジンによる統合失調症はシロスタゾールの2週間連続投与により用量依存的に改善され、3mg/kg、10mg/kg及び30mg/kgにおいて有意な改善作用が認められた。
上記結果より、統合失調症のモデルにおいてシロスタゾールの亜慢性投与が有意に統合失調症を改善することが理解される。したがって、シロスタゾール又はその薬学的に許容し得る塩を含有する本発明は、統合失調症やの予防薬及び/又は治療薬として有効であることが示された。
【0024】
実施例2
統合失調症のモデル動物での評価
NMDA受容体拮抗薬はヒトにおいて統合失調症と酷似した症状を引き起こすことより、モデル動物の作成にNMDA受容体拮抗薬ジゾシルピン(MK−801)が幅広く使用されている。今回、NMDA受容体拮抗薬ジゾシルピン投与による運動量亢進作用に及ぼすシロスタゾールの効果を調べた。
雄性ddYマウス(7〜8週齢)を自発運動量測定装置(SCANET SV−10、メルクエスト、富山)に入れ、30分後に溶媒(0.3% CMC)あるいはシロスタゾール(0.03、0.1、0.3、1.0、3.0mg/kg)を経口投与し、30分後にジゾシルピン(0.1mg/kg)を皮下投与した。その後2時間の運動量を測定した。
図2からわかるようにジゾシルピン(0.1mg/kg)投与による運動量の増加が、シロスタゾールの前投与によって有意に抑制することが判った。
【0025】
実施例3
聴覚性驚愕及び音響驚愕反射のプレパルス・インヒビション(統合失調症に関連した行動)
試験動物は上記実施例2と同様の方法で調製した。シロスタゾールは試験開始の1時間前に投与した。
全ての音響刺激を発生する高周波拡声器を用いて、換気された減音室において、プレキシグラス・プラットフォーム上に設置されたプレキシグラス・シリンダー(直径5cm) から各々8個の驚愕装置において、試験を実施した。各チャンバーの暗雑音は65dBであった。シリンダー内の動きは、プレキシグラス・ベースに取り付けられた圧電加速度計により検出され伝達され、コンピューターによりデジタル化され保存された。動物の驚愕の大きさを得るため、刺激開始時から記録し始めた。
10分間の順化期間の後、分析には含めない6回の連続的なトライアルから、各セクションを開始した。
実験手順:
驚愕パルス単独(ST110、110dB/40ミリ秒);20ミリ秒超の69、73、77、及び81dBの刺激が、単独で提示されるか(P69、P73、P77、P81)又は110dBパルスの100ミリ秒前に提示される(PP69、PP73、PP77、PP81)、8種の異なるプレパルス・トライアル;最後に、シリンダー内の基線の動きを測定するため暗雑音のみが提示される1種のトライアル。
全てのトライアルが、擬似乱数的順序で提示され、平均トライアル間隔(ITI)は15ミリ秒であった。驚愕データ及びプレパルス・インヒビション(PPI)率を、MANOVA(二元配置ANOVA)により分析した。
図3からわかるように、ジゾシルピン(0.1mg/kg)投与によるPPIの障害は、シロスタゾールの前投与によって用量依存的に有意に抑制されることが判った。
【産業上の利用可能性】
【0026】
以上説明したとおり、本発明は統合失調症疾患に有効な医薬品として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は、統合失調症モデル動物の一つであるフェンサイクリジン投与による統合失調症に対するシロスタゾールの効果を示す図である。
【図2】図2は、マウスにおけるジゾシルピン投与による運動量亢進作用に及ぼすシロスタゾールの効果を示す。
【図3】図3は、マウスにおけるジゾシルピン投与によるPPIの障害に及ぼすシロスタゾールの効果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:
【化1】

[式中、Aは低級アルキレン基、Rはシクロアルキル基、カルボスチリル骨格の3位と4位間の結合は1重結合又は2重結合を示す]
で示されるカルボスチリル誘導体又はその塩を有効成分とする統合失調症の予防及び/又は治療剤。
【請求項2】
6−[4−(1−シクロヘキシル−1H−テトラゾール−5−イル)ブトキシ]3,4−ジヒドロカルボスチリル又はその塩を有効成分とする統合失調症の予防及び/又は治療剤。
【請求項3】
統合失調症の予防及び/又は治療剤の製造のための、請求項1のカルボスチリル誘導体もしくはその塩、又は請求項2の6−[4−(1−シクロヘキシル−1H−テトラゾール−5−イル)ブトキシ]3,4−ジヒドロカルボスチリルもしくはその塩の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−273953(P2008−273953A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−85567(P2008−85567)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【出願人】(000206956)大塚製薬株式会社 (230)
【Fターム(参考)】