説明

スポット溶接部の破断判定値の予測方法、予測システム、及びスポット溶接部を備えた部材の製造方法

【課題】破断判定値算出プロセスを別途行うことなく、破断判定値を精度良く予測することが可能な、スポット溶接部の破断判定値の予測方法を提供する。
【解決手段】あらかじめ破断判定値が算出された複数の鋼種について、当該破断判定値を、鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により特定される材質パラメータ毎にまとめ、破断判定値の分布から破断判定値の近似マスターカーブを決定する、マスターカーブ決定工程と、評価対象となる鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により、評価対象となる鋼種の材質パラメータを算出する、材質パラメータ算出工程と、マスターカーブ決定工程により決定された近似マスターカーブと材質パラメータ算出工程により算出された評価対象となる鋼種の材質パラメータとを用いて、該評価対象となる鋼種の破断判定値を算出する、破断判定値算出工程とを備える、破断判定値の予測方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有限要素法解析(Finite Element Method解析、以下「FEM解析」という場合がある。)を用いたスポット溶接部の破断判定値の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スポット溶接は、自動車組立工程における鋼板の接合方法として広く用いられている。スポット溶接で組み立てた部材においては、溶接ナゲット径や打点位置が適切でない場合、衝突変形中に溶接部が破断してエネルギー吸収性能の低下を招くことがある。部材の衝突エネルギー吸収性能の評価にはFEM解析が多用されているが、解析精度の向上にはスポット溶接部の破断を考慮することが重要であり、破断の発生を防ぐためのナゲット径、打点間隔の検討を可能にする方法が求められている。また、これらの検討は機械的特性が異なる多種の鋼板を対象に実施できることが望ましい。
【0003】
特許文献1、非特許文献1には、FEM解析により、スポット溶接部の母材及び/又は熱影響部(Heat Affected Zone、以下、「HAZ」という場合がある。)の破断判定値である破断ひずみを計算し、要素サイズを定めた要素サイズパラメータと破断ひずみとの関係を求め、この関係により所定の要素サイズパラメータの値から母材及び/又はHAZの破断ひずみを求める方法が開示されている。かかる技術によれば、解析モデルの形状及び/又はスポット溶接部のナゲット径、解析モデルの要素サイズに関係なく、要素のひずみに関する破断の判定基準を得ることができ、部材のスポット溶接部破断予測を精度良く行うことができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−107322号公報
【0005】
【非特許文献1】上田ら、自動車技術会論文集、Vol. 41、No. 2、(2010)、817-822
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1、非特許文献1に記載の技術では、鋼種により破断ひずみが異なる場合があり、鋼種毎にスポット溶接継手の引張試験結果とFEM解析結果から破断ひずみを求めている(以下、この処理を「破断判定値算出プロセス」という場合がある。)。したがって、破断ひずみが未算出である鋼種からなる部材を対象に破断予測FEM解析を行う場合、当該鋼種について、事前に破断判定値算出プロセスが必要となる。破断判定値算出プロセスの増加は、作業時間と人的労力を要し問題であった。
【0007】
そこで本発明は、破断ひずみ等の破断判定値が未算出である鋼種からなる部材について、破断判定値算出プロセスを行わずに破断判定値を精度良く予測することが可能な、スポット溶接部の破断判定値の予測方法、予測システム、及び当該破断判定値の予測方法や予測システムを用いてFEM解析を行い、解析結果に基づいてスポット溶接部を備えた部材を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者が鋭意研究したところ、代表的な母材強度クラスの鋼種を対象に、あらかじめ、破断判定値を複数算出して破断判定値基準データとし、且つ、これらを各鋼種の機械的特性及び/又は化学成分から算出したパラメータで整理することにより、破断判定値基準データと各鋼種の機械的特性及び/又は化学成分との関係が、対数曲線や直線等のマスターカーブで近似できることを知見した。これにより、破断判定値が未算出である鋼種であっても、当該鋼種の機械的特性及び/又は化学成分が分かっていれば、マスターカーブを用いて容易に破断判定値を予測することができる。
【0009】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものである。すなわち、
本発明の第1の態様は、有限要素法解析によりスポット溶接部の破断予測を実施する際に用いられる、破断判定値の予測方法であって、あらかじめ破断判定値が算出された複数の鋼種について、当該破断判定値を、当該鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により特定される材質パラメータ毎にまとめ、破断判定値の分布から破断判定値の近似マスターカーブを決定する、マスターカーブ決定工程と、評価対象となる鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により、評価対象となる鋼種の材質パラメータを算出する、材質パラメータ算出工程と、マスターカーブ決定工程により決定された近似マスターカーブと、材質パラメータ算出工程により算出された評価対象となる鋼種の材質パラメータとを用いて、評価対象となる鋼種の破断判定値を算出する、破断判定値算出工程とを備える、破断判定値の予測方法である。
【0010】
本発明において、「破断判定値」とは、従来においてはスポット溶接継手の引張試験やFEM解析により算出されていた値をいい、例えば、スポット溶接部における母材部分の相当塑性ひずみ、HAZ部分の相当塑性ひずみ、HAZ部分の最大主応力等を挙げることができる。「あらかじめ破断判定値が算出された複数の鋼種」とは、例えば、スポット溶接継手の引張試験やFEM解析によって破断判定値が既知である複数の鋼種を意味する。「近似マスターカーブ」とは、破断判定値と材質パラメータとの関係を示す近似曲線を意味する。尚、本発明において「近似マスターカーブ」は直線(一次関数)で示されるものであってもよい。「材質パラメータ」とは、破断判定値と相関関係のある、鋼種の機械的特性や鋼種に含まれる化学成分により設定されたパラメータをいい、詳しくは後述する。尚、本発明において、「機械的特性」とは、外力に対してどの程度の耐久性を持つか等といった諸性質を数値化したもので、例えば、引張強さTS、破断伸びEl、硬度等を挙げることができる。また、「化学成分」とは、鋼種に含まれる成分の質量%濃度やモル濃度、体積%濃度や組成比等を挙げることができる。
【0011】
本発明の第1の態様において、母材部分の破断判定値の予測に用いられる材質パラメータが、鋼種の機械的特性及び化学成分により特定・算出されるものであり、HAZ部分の破断判定値の予測に用いられる材質パラメータが、鋼種の機械的特性及び化学成分により特定・算出されるものであり、ナゲット部分の破断判定値の予測に用いられる材質パラメータが、鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により特定・算出されるものであることが好ましい。これにより、より高精度にスポット溶接部の破断判定値を予測することが可能となる。
【0012】
本発明の第2の態様は、有限要素法解析によりスポット溶接部の破断予測を実施する際に用いられる、破断判定値の予測システムであって、複数の鋼種の破断判定値を蓄積したデータベースと、データベースから選択された複数の破断判定値を、機械的特性及び/又は化学成分により特定される材質パラメータ毎にまとめ、破断判定値の分布から破断判定値の近似マスターカーブを決定する、マスターカーブ決定手段と、評価対象となる鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により、評価対象となる鋼種の材質パラメータを算出する、材質パラメータ算出手段と、マスターカーブ決定手段により決定された近似マスターカーブと、材質パラメータ算出手段により算出された評価対象となる鋼種の材質パラメータとを用いて、当該評価対象となる鋼種の破断判定値を算出する、破断判定値算出手段とを備える、破断判定値の予測システムである。
【0013】
本発明の第3の態様は、本発明の第1の態様に係る破断判定値の予測方法により予測された破断判定値を用いて有限要素法解析を行い、解析結果に基づいて部材のスポット溶接部の大きさ及び/又は打点間隔を決定し、該決定された大きさ及び/又は打点間隔にしたがって部材をスポット溶接する工程を備える、スポット溶接部を備えた部材の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明においては、破断判定値と鋼種の材質パラメータとの関係を、近似マスターカーブとして数式化する。これにより、破断判定値が未算出である鋼種の破断判定値を算出・予測する場合であっても、鋼種の材質パラメータを特定すれば近似マスターカーブを用いて破断判定値を容易に算出・予測することができる。すなわち、本発明によれば、破断ひずみが未算出である鋼種からなる部材に対しても、破断判定値算出プロセスを行わずに破断判定値を精度良く予測することが可能な、スポット溶接部の破断判定値の予測方法、予測システム、及び当該破断判定値の予測方法や予測システムを用いて、スポット溶接部を備えた部材を製造する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る破断判定値の予測方法の一例を示す図である。
【図2】母材の破断ひずみと破断伸びElとの関係を示す図である。
【図3】HAZの破断ひずみと破断伸びElとの関係を示す図である。
【図4】HAZの破断応力と引張強さTSとの関係を示す図である。
【図5】母材の破断ひずみと材質パラメータParamEbとの関係を示す図である。
【図6】HAZの破断ひずみと材質パラメータParamEhとの関係を示す図である。
【図7】HAZの破断応力と材質パラメータParamShとの関係を示す図である。
【図8】自動車部材の衝突性能評価のFEM解析において、本発明に係る破断判定値の予測方法を適用した例を説明するための図である。
【図9】ハット型部材3点曲げFEM解析のスポット溶接部破断の過程を示す図である。
【図10】ハット型部材3点曲げの実験結果とFEM解析結果との比較を示す図である。
【図11】本発明に係る破断判定値の予測システムの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.本発明完成までの経緯
上記非特許文献1によれば、スポット溶接部の破断形態が、母材部分とHAZでの延性破壊とナゲット内での延性に乏しい破壊とに分類でき、母材破断とHAZ破断とでは相当塑性ひずみ、ナゲット内破断では最大主応力を破断判定値に用いることが適しているといえる。以下、相当塑性ひずみの破断判定値を破断ひずみ、最大主応力の破断判定値を破断応力という。
【0017】
鉄鋼材料の機械的特性の一つである破断伸びElは、引張試験後の永久伸びを原標点距離に対して百分率で表した値である。これは材料が一様に変形した場合の限界ひずみである。本発明者は、当該破断伸びElと、母材破断及びHAZ破断の判定値として用いられる破断ひずみとの間に少なからず相関性があるのではと考え、鋼種の破断伸びElと破断ひずみとの関係をまとめた。しかしながら、鋼種の破断伸びElのみでは、破断ひずみとの関係において、十分な相関性が確認できない場合があり、破断ひずみとの相関性を持たせるためには、鋼種の破断伸びEl以外の因子が必要と考えた。本発明者は鋭意研究の結果、鋼種の破断伸びElだけでなく、そこに鋼種の化学成分を付加した材質パラメータを設定することで、当該材質パラメータと破断ひずみとの関係が対数曲線などのマスターカーブで近似することができることを知見した。
【0018】
また、鉄鋼材料の機械的特性の一つである引張強さTSは、引張試験において材料が耐え得る最大の引張応力である。上記非特許文献1では、ナゲット内破断の判定値にHAZの最大主応力を用いており、鋼種の引張強さTSとナゲット内破断応力との間に直接的な相関関係があると考えられた。本発明者は、HAZの引張強さTSに相当する材質パラメータを設定したところ、当該材質パラメータとナゲット内破断応力との関係が対数曲線などのマスターカーブで近似することができることを知見した。
【0019】
本発明は上記知見に基づいてなされたものである。すなわち、本発明においては、母材破断及びHAZ破断に係る破断判定値については、材質パラメータとして鋼種の機械的特性及び化学成分を用いることで、当該材質パラメータと破断判定値との関係を近似マスターカーブで表すことができ、当該近似マスターカーブを用いることにより、破断判定値が未算出の鋼種に対しても、当該鋼種の機械的特性及び化学成分を特定するだけで、当該鋼種の母材破断及びHAZ破断に係る破断判定値を適切に算出・予測することができる。また、ナゲット内破断に係る破断判定値については、材質パラメータとして鋼種の機械的特性及び/又は化学成分を用いることで、当該材質パラメータと破断判定値との関係を近似マスターカーブで表すことができ、当該近似マスターカーブを用いることにより、破断判定値が未算出の鋼種に対しても、当該鋼種の機械的特性及び/又は化学成分を特定するだけで、当該鋼種のナゲット内破断に係る破断判定値を適切に算出・予測することができる。
【0020】
以下、実施形態に係る本発明について詳述する。
【0021】
2.スポット溶接部の破断判定値の予測方法
第1実施形態に係る本発明の破断判定値の予測方法S10(以下、単に「予測方法S10」という。)を図1に示す。図1に示すように、予測方法S10は、あらかじめ破断判定値が算出された複数の鋼種について、当該破断判定値を、鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により特定される材質パラメータ毎にまとめ、破断判定値の分布から破断判定値の近似マスターカーブを決定する、マスターカーブ決定工程S1と、評価対象となる鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により、評価対象となる鋼種の材質パラメータを算出する、材質パラメータ算出工程S2と、マスターカーブ決定工程S1により決定された近似マスターカーブ、及び、材質パラメータ算出工程S2により算出された評価対象となる鋼種の材質パラメータを用いて、当該評価対象となる鋼種の破断判定値を算出する、破断判定値算出工程S3とを備えている。
【0022】
2.1.マスターカーブ決定工程S1(工程S1)
工程S1は、あらかじめ破断判定値が算出された複数の鋼種について、当該破断判定値を、鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により特定される材質パラメータ毎にまとめ、破断判定値の分布から破断判定値の近似マスターカーブを決定する工程である。以下、工程S1の具体例として、スポット溶接継手の引張試験とFEM解析とによって破断判定値が既知である複数の鋼種として母材強度クラス440MPa級〜980MPa級の鋼板6種類を用い、近似マスターカーブを決定した例を示す。
【0023】
図2は、母材の破断ひずみに係る破断判定値と破断伸びElとの関係、図3は、HAZの破断ひずみに係る破断判定値と破断伸びElとの関係、図4は、HAZの破断応力に係る破断判定値と引張強さTSとの関係を示す図である。図2〜4のいずれの場合でも、破断判定値がばらついて分布しており、近似マスターカーブを決定することは困難と言える。
【0024】
そこで、母材の破断ひずみに係る破断判定値の分布については、新たに設定した材質パラメータParamEbで、HAZの破断ひずみに係る破断判定値の分布については、新たに設定した材質パラメータParamEhで、HAZの破断応力に係る破断判定値の分布については、新たに設定した材質パラメータParamShで各々整理する。
【0025】
ParamEb、ParamEh、ParamShは、機械的特性及び/又は化学成分により特定される材質パラメータであり、それぞれ、下記式(1)〜(3)(又は(3’))を用いて算出することができる。
【0026】
ParamEb = El+a×Ca2 … (1)
ParamEh = El+b×Cb2+b×Mnb4 … (2)
ParamSh = c×TSBM+c×TSWM … (3)
ParamSh = c×TSBM+c×3.2×(マルテンサイトの硬度) … (3’)
【0027】
上記式(1)〜(3)において、a、a、b、b、b、b、c、cは定数であり、具体的には、a=0.1〜200、a=−2〜−0.1、b=0.1〜200、b=−2〜−0.1、b=0.1〜200、b=−2〜−0.1、c=0〜1、c=1−cである。また、C及びMnは、鋼種中に含まれる炭素成分量(質量%)及びマンガン成分量(質量%)である。TSBMは母材の引張強さ、TSWMはナゲット部の引張強さである。TSWMは、例えば、「M. VICTOR Liら、METALLURGICAL AND MATERIALS TRANSACYIONS B、Vol. 29B、(1998)、661-672」に記載されている予測式を用いて求めたマルテンサイトの硬度Hvに3.2を乗じて求めることができる(式(3’))。また、測定により求めた溶接金属(マルテンサイト)の硬度Hvに3.2を乗じて求めてもよい(式(3’))。ここで、ParamEbとCとは負の相関、ParamEhとC、Mnとは負の相関となるよう、定数a、b、bは負の値とする。また、各鋼種のParamEbの分布及びParamEhの分布が直線や対数曲線等になるよう、a、a、b、b、b、bを設定する。c、cはHAZに及ぼす母材とナゲット部の影響度合いを表したもので、例えば、母材からHAZ、ナゲット部へと亘る硬度分布から決定することができる。
【0028】
定数a、a、b、b、b、bの導出方法としては、破断判定値の分布が対数近似等の近似曲線に沿うよう、例えば表計算ソフトウェアを用いて適宜決定することができる。一例として、式(1)において、El=10〜30%、C=0.1質量%前後とした場合、破断判定値の分布が線形近似曲線に沿うようaは1程度、aは−1.5程度と決定することができる。
【0029】
定数c、cは、式(3)、(3’)の各項の総和がHAZの引張強さTSと同程度になるよう適宜決定することができる。この理由は、上記非特許文献1では、ナゲット内破断の判定値にHAZの最大主応力を用いており、HAZの引張強さTSとナゲット内破断応力に直接的な相関関係があると考えたためである。一例として、式(3)において、HAZの引張強さTSがTSBMとTSWMの平均程度とした場合、cは0.5、cは0.5と決定することができる。また、材質によりHAZの硬さが母材またはナゲットの何れかに寄り、HAZの引張強さTSをTSBMとTSWMの平均程度とできない場合は、母材からHAZ、ナゲット部へと亘る硬度分布から線形近似で決定することができる。
【0030】
このように、新たに材質パラメータを設定した場合、図5〜7に示すように、母材の破断ひずみに係る破断判定値(CrEb)と材質パラメータParamEbとの関係についてはマスターカーブmにより近似することができ、HAZの破断ひずみに係る破断判定値(CrEh)と材質パラメータParamEhとの関係についてはマスターカーブmにより近似することができ、HAZの破断応力に係る破断判定値(CrSh)と材質パラメータParamShとの関係についてはマスターカーブmにより近似することができる。近似マスターカーブは公知の表計算ソフトウェア等を用いて決定することができる。マスターカーブm〜mを数式化すると、具体的には下記式(4)〜(6)となる。
:CrEb = 0.003×ParamEb−0.007 … (4)
:CrEh = 0.1052×Ln(ParamEh)−0.4108 … (5)
:CrSh = 757.631×Ln(ParamSh)−4344.9 … (6)
式(4)〜(6)から分かるように、直線や対数曲線として近似マスターカーブを決定することができる。また、マスターカーブと材質パラメータの分布との差異が大きい場合は、a、a、b、b、b、b、c、cを設定しなおし、マスターカーブm〜mを再度決定することが好ましい。
【0031】
2.2.材質パラメータ算出工程S2(工程S2)
工程S2は、評価対象となる鋼種(すなわち、破断判定値が未算出である鋼種)について、その機械的特性及び/又は化学成分により材質パラメータを算出する工程である。具体的には、評価対象種の破断伸びEl、引張強さTS、化学成分の含有量(質量%)を特定したうえで、例えば、上記式(1)〜(3)を用いて評価対象鋼種に係る材質パラメータParamEb、ParamEh、ParamShをそれぞれ算出する。評価対象種の破断伸びEl、引張強さTS、化学成分の含有量(質量%)については、公知の手法により簡易に特定することができる。具体的には、公知の試験装置、分析装置等を用いて特定することができる。或いは、評価対象種に係る文献データを用いてもよい。また、鋼材の材質情報を記載したミルシートがある場合は、そのデータを用いてもよい。
【0032】
2.3.破断判定値算出工程S3(工程S3)
工程S3は、工程S1により決定された近似マスターカーブと、工程S2により算出された評価対象となる鋼種の材質パラメータとを用いて、当該評価対象となる鋼種の破断判定値を算出する工程である。具体的には、例えば、工程S2により算出された材質パラメータParamEb、ParamEh、ParamShの値を、上記式(4)〜(6)にそれぞれ代入することにより、破断判定値CrEb、CrEh、CrShを算出することができる。算出された破断判定値は、それぞれ、母材部分における破断判定値の予測値、HAZ部分における破断判定値の予測値、ナゲット部分における破断判定値の予測値とすることができる。
【0033】
以上のように、予測方法S10においては、工程S1〜工程S3を経ることにより、破断判定値が未算出である鋼種におけるスポット溶接部について、破断判定値を精度良く予測することが可能となる。
【0034】
図8に、自動車部材の衝突性能評価のFEM解析における、本発明の予測方法の適用例を示す。ここでは、比較のため従来例も併せて示した。(a)は評価対象のハット型部材である。(b)に示す従来技術は、評価対象の鋼種から作成したスポット溶接継手の引張試験とFEM解析により破断判定値を算出する。引張試験では、試験片の加工作業と溶接作業が必要となり、FEM解析では、解析メッシュと材料特性データの作成、境界条件の設定等の一連の解析作業が必要となる。また、1つの鋼種に対して、通常、負荷モードに係る解析作業を2水準で、溶接ナゲット径に係る解析作業を3水準で実施するため、作業時間と人的労力を要することとなる。一方、(c)に示すように本発明の予測方法を用いれば、材料パラメータの算出と近似マスターカーブによる破断判定値の算出という机上作業のみで、精度よく破断判定値を予測することができる。また、本発明に係る予測方法は、単に母材の強度クラスからの予測ではなく、機械的特性及び/又は化学成分の影響をも考慮した予測方法であるため、材料の強化機構や化学成分のマイナーチェンジにも臨機応変に対応することができ、高精度に破断判定値を予測できる。(d)はハット型部材の3点曲げFEM解析に係るメッシュデータであり、(e)はスポット溶接部分周辺の拡大図である。図8では、上側ハット11と下側ハット12とをスポット溶接で接合している。材料特性データと破断判定値は、母材13、HAZ14、ナゲット15にそれぞれ設定する。(f)は3点曲げFEM解析の結果である。(f)に示すように、FEM解析において、スポット溶接部の破断を考慮した部材評価が可能である。これにより、所望の性能を発揮させるためのスポット溶接部のナゲット径や打点間隔を適切に決定することができる。
【0035】
図9に、図8(d)、(e)、(f)で示したハット型部材3点曲げFEM解析のスポット溶接部破断の過程を示す。(g)は初期状態で、符号21はスポット溶接部である。(h)はインパクタが圧下し部材に荷重がかかりスポット溶接部近傍が変形している状態である。(i)は溶接部近傍要素の相当塑性ひずみ及び/又は最大主応力が破断判定値に到達して、その要素を削除した状態である。本例では市販汎用ソルバAbaqusのDamage機能を適用して破断した要素を削除して剛性低下を模擬しているが、同等の機能を持つ他のソルバを用いても良い。
【0036】
図10はハット型部材3点曲げの実験結果とFEM解析結果で、荷重の履歴を比較している。FEM解析結果は、破断なしの従来手法と本発明による破断考慮手法でも比較している。破断なしの従来手法は最大荷重を実験結果より大きく見積ってしまうが、本発明による破断考慮手法は最大荷重が実験結果と概ね一致している。
【0037】
3.スポット溶接部の破断判定値の予測システム
第2実施形態に係る本発明の破断判定値の予測システム10(以下、単に「予測システム10」という。)を図11に示す。図11に示すように、予測システム10は、複数の鋼種の破断判定値を蓄積したデータベース1と、データベース1から選択された複数の破断判定値を、機械的特性及び/又は化学成分により特定される材質パラメータ毎にまとめ、該破断判定値の分布から破断判定値の近似マスターカーブを決定する、マスターカーブ決定手段2と、評価対象となる鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により、該評価対象となる鋼種の材質パラメータを算出する、材質パラメータ算出手段3と、マスターカーブ決定手段2により決定された近似マスターカーブと、材質パラメータ算出手段3により算出された評価対象となる鋼種の材質パラメータとを用いて、評価対象となる鋼種の破断判定値を算出する、破断判定値算出手段4とを備えている。
【0038】
データベース1は、複数の鋼種について過去の破断判定値の算出データが記録されているものであれば、その形態は特に限定されるものではない。ここで、破断判定値は鋼種の機械的特性及び/又は化学成分毎に整理して記録しておくとよい。
【0039】
マスターカーブ決定手段2は、上記マスターカーブ決定工程S1を実行可能な手段であればよく、表計算ソフトウェア等がインストールされた公知の演算装置を用いることができる。マスターカーブ決定手段2においては、データベース1に記録された破断判定値のうちの複数が、対応する材質パラメータとともに入力され、表計算ソフトウェアによって破断判定値と材質パラメータとの関係が近似マスターカーブとして決定される。具体的な計算内容については上記した通りであり、ここでは説明を省略する。
【0040】
材質パラメータ算出手段3は、上記材質パラメータ算出工程S2を実行可能な手段であればよく、マスターカーブ決定手段2と同様、公知の演算装置を用いることができる。材質パラメータ算出手段3においては、評価対象の鋼種の機械的特性及び/又は化学成分が入力されることで、当該評価対象の鋼種に係る材質パラメータの値が算出される。具体的な計算内容については上記した通りであり、ここでは説明を省略する。
【0041】
破断判定値算出手段4は、上記破断判定値算出工程S3を実行可能な手段であればよく、マスターカーブ決定手段2や材質パラメータ算出手段3と同様、公知の演算装置を用いることができる。破断判定値算出手段4においては、算出された材質パラメータ値が、近似マスターカーブに係る関数の材質パラメータ値として代入されることにより、破断判定値が算出される。具体的な計算内容については上記した通りであり、ここでは説明を省略する。
【0042】
尚、本発明では、マスターカーブ決定手段2、材質パラメータ算出手段3、及び破断判定値算出手段4を別個とする必要はなく、すなわち、一の演算装置を当該手段2、3及び4として機能させてもよい。
【0043】
以上のように、予測システム10においては、データベース1、マスターカーブ決定手段2、材質パラメータ算出手段3、及び破断判定値算出手段4を機能させて上記工程S1〜S3を実行することにより、破断判定値が未算出である鋼種におけるスポット溶接部について、破断判定値を精度良く予測することができる。
【0044】
4.スポット溶接部を備えた部材の製造方法
第3実施形態に係る本発明は、上記第1実施形態に係る本発明の破断判定値の予測方法により予測された破断判定値を用いて有限要素法解析を行い、解析結果に基づいて部材のスポット溶接部の大きさ及び/又は打点間隔を決定し、該決定された大きさ及び/又は打点間隔にしたがって部材をスポット溶接する工程を備える、スポット溶接部を備えた部材の製造方法である。当該製造方法によれば、溶接ナゲット径や打点位置を適切なものとすることができる。本発明に係る製造方法により製造された部材は、例えば、自動車の構造部材として用いることができ、自動車の衝突変形中における溶接部破断を抑制し、適切にエネルギーを吸収すること可能である。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により、本発明に係る破断判定値の予測方法について、より詳しく説明する。
【0046】
マスターカーブ決定工程S1は、上記に説明した通りのものとし、近似マスターカーブとしてm〜mを得た。
【0047】
評価対象となる鋼種の材質パラメータの算出にあたり、当該鋼種の機械的特性及び化学成分を特定した。具体的には下記の通りである。
破断伸びEl:30%
引張強さTS:627MPa
溶接金属部の硬さHv:380
炭素成分量C:0.07質量%
マンガン成分量Mn:2.44質量%
【0048】
材質パラメータ算出工程S2は、上記特定した評価対象種の機械的特性及び化学成分を、上記式(1)〜(3)に代入することにより行った。算出された材質パラメータは、ParamEb=86.4、ParamEh=142.5、ParamSh=922であった。
【0049】
破断判定値算出工程S3は、算出された評価対象となる鋼種の材質パラメータを、上記式(4)〜(6)に代入することにより行った。算出された破断判定値は、CrEb=0.25、CrEh=0.11、CrSh=827となった。
また、従来の方法により算出された破断判定値は、CrEb=0.26、CrEh=0.10、CrSh=800となった。
【0050】
実施例により算出された破断判定値と、従来の方法(スポット溶接継手の引張試験やFEM解析を用いた破断判定値算出プロセス)により算出された破断判定値とを比較したところ、実施例により算出された破断判定値と従来の方法により算出された破断判定値とがほぼ一致した。すなわち、本発明によれば、破断判定値が未算出の鋼種についても、破断判定値算出プロセスを省略して、破断判定値を精度よく予測できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によれば、スポット溶接部を備えた各種部材のFEM解析時に用いられるスポット溶接部の破断判定値を、精度良く予測することができる。これにより、FEM解析の際、個別に破断判定値算出プロセスを行う必要がなくなり、労力を低減することができる。本発明により予測された破断判定値は、例えば、自動車衝突性能試験におけるFEM解析の際に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有限要素法解析によりスポット溶接部の破断予測を実施する際に用いられる、破断判定値の予測方法であって、
あらかじめ破断判定値が算出された複数の鋼種について、該破断判定値を、該鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により特定される材質パラメータ毎にまとめ、該破断判定値の分布から破断判定値の近似マスターカーブを決定する、マスターカーブ決定工程と、
評価対象となる鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により、該評価対象となる鋼種の材質パラメータを算出する、材質パラメータ算出工程と、
前記マスターカーブ決定工程により決定された前記近似マスターカーブと前記材質パラメータ算出工程により算出された前記評価対象となる鋼種の材質パラメータとを用いて、該評価対象となる鋼種の破断判定値を算出する、破断判定値算出工程と、
を備える、破断判定値の予測方法。
【請求項2】
母材部分の破断判定値の予測に用いられる前記材質パラメータが、鋼種の機械的特性及び化学成分により特定・算出されるものであり、
HAZ部分の破断判定値の予測に用いられる前記材質パラメータが、鋼種の機械的特性及び化学成分により特定・算出されるものであり、
ナゲット部分の破断判定値の予測に用いられる前記材質パラメータが、鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により特定・算出されるものである、
請求項1に記載の破断判定値の予測方法。
【請求項3】
有限要素法解析によりスポット溶接部の破断予測を実施する際に用いられる、破断判定値の予測システムであって、
複数の鋼種の破断判定値を蓄積したデータベースと、
前記データベースから選択された複数の前記破断判定値を、機械的特性及び/又は化学成分により特定される材質パラメータ毎にまとめ、該破断判定値の分布から破断判定値の近似マスターカーブを決定する、マスターカーブ決定手段と、
評価対象となる鋼種の機械的特性及び/又は化学成分により、該評価対象となる鋼種の材質パラメータを算出する、材質パラメータ算出手段と、
前記マスターカーブ決定手段により決定された前記近似マスターカーブと前記材質パラメータ算出手段により算出された前記評価対象となる鋼種の材質パラメータとを用いて、該評価対象となる鋼種の破断判定値を算出する、破断判定値算出手段と、
を備える、破断判定値の予測システム。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の破断判定値の予測方法により予測された破断判定値を用いて有限要素法解析を行い、解析結果に基づいて部材のスポット溶接部の大きさ及び/又は打点間隔を決定し、該決定された大きさ及び/又は打点間隔にしたがって部材をスポット溶接する工程を備える、スポット溶接部を備えた部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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