説明

セルロースなどの多糖類物質の加水分解方法

【課題】加圧熱水を溶媒として用い効率よく、且つ装置の腐食をおさえた、セルロースなど多糖を含有する物質からグルコースなどの糖類を製造する為の最適な方法を提供する。
【解決手段】セルロースなど多糖を含有する物質を、酸化剤の存在下で加圧熱水と接触させ、選択的しかも高速に加水分解させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地球上に大量に存在する多糖類含有物質を単糖類のような有用物質に短時間・高収率で変換する方法に関する。さらに、本発明は、加圧熱水を溶媒として用い、より腐蝕性の低い環境下で、セルロースなど多糖類物質を選択的しかも効率よく加水分解し、単糖及び単糖がグルコース/またはオリゴ糖を高収率で製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の化石資源の枯渇や地球温暖化によるエネルギー・環境問題は21世紀における最も重大な問題である。これらの問題を解決するためには、環境にやさしく石油のように豊富な有機資源を見つけることが必要である。その中で最も期待されているものの一つにバイオマス資源があり、このバイオマス資源を構成し地球上で最大量を誇るものはセルロースである。
【0003】
今日ではこのセルロースにこれまで以上に大きな期待が寄せられている。すなわち、セルロースの化学工業原料としての利用に加え、エネルギー資源としての利用を目的とした様々な技術開発が注目されている。その中でも、セルロースからのグルコースの製造はセルロースの有効利用において極めて重要であり、グルコースからのエタノール生産や乳酸への発酵、さらにポリ乳酸など生分解性高分子への変換が最近もっとも注目されている。
【0004】
しかし、セルロースからグルコースを生成する方法として基本的には、酸加水分解法、酵素加水分解法、そして最近開発された超臨界水による加水分解法の三つの方法が知られているが、いずれの方法もグルコースを効率よく且つ大量に生産する方法としては有効な方法とは言い難い。
【0005】
酸加水分解法は酸の濃度によって、希酸法と濃酸法に分別される。希酸法では、温度、圧力とも高く、添加する酸による装置腐食や生成物からの酸除去等の問題もあり、かかる不都合を回避する為に酸の濃度を抑制するとグルコースの生成率が低くなるという欠点がある。また、濃酸法では、温度及び圧力が低いため、安価な反応装置材料、例えば、グラスファイバーFRPが利用でき、かつグルコースの収率も高いが、反応時間も長く、しかも経済的に有効な酸回収方法がないという欠点がある。
【0006】
酵素加水分解法では、反応速度が遅く、酵素の価格も高いので、工業的な生産技術としては利用されてない。
【0007】
一方、最近、上記問題点を解決するため、亜臨界状態または超臨界状態の水を用いてセルロースを加水分解処理し、オリゴ糖や単糖類のグルコースを生産する方法が提案された(特許文献1および2参照)。この技術は、超臨界水の特徴を利用し、秒以下の処理時間でセルロースを完全にオリゴ糖や単糖に分解することが可能である。しかし、グルコースの収率は僅かに20%前後でしかなかった。この原因として、加水分解により生成したオリゴ糖や単糖を高温の反応条件下で様々な熱分解反応による二次的生成物に変化させるためであると判明した。
【0008】
この原因解決のため、本発明者らの研究実験により、反応温度が350℃以上になると水のイオン積が低下するため、熱分解などのフリーラジカル反応が増大するためと判明した。その結果、オリゴ糖の還元末端やグルコースが分解してグリコールアルデヒドなど断片化生成物に変換し、しかも、グルコースの収率が低下する。そこでこれらの副反応を抑えるため、圧力を高める方法が提案されたが、装置のコストが増加するとともに、グルコースの収率は僅かしか増大しないことが判明した(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平5−31000号公報
【特許文献2】特開平10−327900号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はこうした状況のもとになされたものであり、多糖類の加水分解反応を促進すると共に装置の腐食を抑え、セルロースなどの多糖類を含有する物質からグルコースなどの有用糖類を効率よく製造する方法を提供させることを目的とする。
【課題を解決する為の手段】
【0010】
本発明は上記目的を達成すべく、加圧熱水により多糖類物質の加水分解を行うにあたり,反応に酸化剤を添加共存させることを特徴とする多糖類物質の加水分解方法に関する。
【0011】
本発明の多糖類物質の加水分解方法によれば、酸化剤を添加共存させることにより、多糖類物質の加水分解を促進し、装置の腐食をも抑え、グルコースなどの加水分解産物の収率を著しく高めることができる主旨である。
【0012】
本発明の手段で対象とする多糖類物質には、多糖類の代表例であるセルロースはもちろん、ヘミセルロース、デンプン、キチン、キトサン等及びこれらの物質を含有するリグノセルロースや農産物などが挙げられる。
【0013】
本発明の多糖類物質の加水分解方法により、オリゴ糖類および/または単糖類を製造することができるが、本発明では単糖類、特にグルコースを製造することが好ましい。
【0014】
また、本発明の加水分解方法に用いる酸化剤には、酸化電位が0〜2ボルトであることが好ましい。
【0015】
さらに,酸化剤には銀、銅、第二鉄〔Fe+3〕、スズの塩類化合物から選ばれる1種以上の物質であることが好ましい。
【0016】
また、前記銀、銅、第二鉄、スズの塩類化合物は硫酸塩、硝酸塩、塩酸塩、酢酸塩であることが好ましい。
【0017】
また、酸化剤がフッ素、塩素、臭素、ヨウ素からなる群から選ばれる1種以上の物質であってもよい。
【0018】
加水分解の処理温度は100〜500℃の範囲であることが好ましく、また、処理圧力は飽和蒸気圧〜50MPaの範囲であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の効果として、加圧熱水に、2以上の酸化剤を共存させることができ、それにより、酸化剤の必要添加量の低減及び加水分解反応速度の向上に非常に有効となる。
【0020】
本発明は酸化剤を添加することにより、副反応を抑え、収率を高め、今までの先願に無い高い効果を取得することができる。
今までに行われて来たセルロースからグルコースの製造方法には三つの方法が知られ、その効果を下記する。
▲1▼濃硫酸を用いてセルロースを加水分解させてグルコースを作る(濃硫酸法)。しかし、この濃硫酸法には硫酸の処理の問題点が指摘されている。
▲2▼希硫酸(0.1%等)を用いて上記▲1▼よりも高い温度(200℃前後)で加水分解する(稀硫酸法)。しかし、この稀硫酸法には硫酸が設備に対する腐食などの問題点が指摘されている。
▲3▼酸を使用せず、200℃以上の亜臨界または超臨界水を利用してセルロースを分解する(超臨界水分解)。しかし、この超臨界水分解には副反応が多く、収率が低い問題点が指摘されている。
従って、酸化剤を添加する本発明は今までにない効果を発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明は、酸化剤の存在下、セルロースなど多糖類物質を、加圧熱水を用いて加水分解し、オリゴ糖または/および単糖に変換する方法を提供するものである。
【0022】
加圧熱水における酸化剤の作用・効果における理論的根拠は、まだ解明されてないが、加圧熱水におけるグルコシド結合は酸化剤の作用により開裂しやすくなることが考えられる。
【0023】
本発明に使用できる多糖類物質としては、特に限定されるものではないが、自然界に存在する多糖類、例えば、セルロース、ヘミセルロース、デンプン、キチン,キトサンなど、これらの多糖類を含有する有機物資源には、例えばリグノセルロース系資源である木材、竹、ケナフ、バガス、稲わらなど、およびこれらから由来する木材繊維、木材チップや単板くず、パルプ類、古紙等の紙など、米、小麦、トウモロコシ等の穀類やジャガイモ、サツマイモ等の芋類、さらには一般家庭ごみに含まれるバイオマス物質などが挙げられる。その中では、セルロース及びセルロースを含有する物質である木材、パルプ、古紙などが原料の豊富さの面から、より好ましい。セルロースは、反応生成物中にリグニンなどの非糖成分由来の副生成物を生じることが少なく、分離工程を省略できる点、でも好ましい。これらの多糖類物質の形態は特に限定するものではないが、処理速度及び処理の均一性を考えた場合、粉末状に粉砕した方が好ましい。
【0024】
本発明の方法により、セルロースなど多糖類を高効率でオリゴ糖および/または単糖類に変換することができるが、その中で、グルコースを生産する方法として、グルコースは多くの化学薬品、高分子材料およびバイオエネルギーなどの原料でもあるため、特に好ましい。
【0025】
酸化剤としては、特に限定するものではないが、酸化電位は0〜2.0ボルトの範囲にあるものが好ましい。酸化電位は0以下では反応促進効果は低いし,酸化電位が2以上となると,酸化反応が激しすぎ副生成物の量が多くなる傾向もある。
【0026】
具体的には,酸化剤は銀、銅、第二鉄〔Fe+3〕、スズの塩類化合物から選ばれる1種以上の物質であることが好ましい。これらの塩類化合物としては硫酸塩、硝酸塩、塩酸塩などが好適である。
【0027】
また、酸化剤が上記の塩類化合物以外にも、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素といったハロゲン元素も有効である。
【0028】
その中で、塩化第二鉄、硝酸銀、塩化銅、またはヨウ素は加水分解反応促進効果が特に大きいので、より好ましい。
【0029】
上記酸化剤は1種単独で使用してもよいが、2種以上併用してもよい。
【0030】
上記の酸化剤の添加量は、酸化剤の種類、反応温度及び多糖類物質の分子量や結晶化度によって異なるが、糖類物質100重量部に対して、0.001〜20重量部添加するこのが好ましい。0.05〜10重量部はより好ましい。添加量は0.001重量部以下では十分な効果が得られない傾向があるが、20重量部以上では副生成物が多くなる傾向がある。
【0031】
本発明において、多糖類又は多糖類含有物質を、酸化剤の存在下で、加圧熱水を用いて加水分解し、オリゴ糖または/および単糖に変換するに際し、その方法及び装置には特に制限はなく、公知の方法や装置にて適用できる。例えば、オートクレイブ式反応装置に多糖類物質、水および酸化剤を入れて加熱反応させるバッチ式反応方法、固定床型反応器に多糖類物質を充填し、これに所定量の酸化剤を含む加圧熱水を連続的に通水して、多糖類を加水分解し、生成した反応物を熱水と共に系外へ流出させる固定床式反応方法、多糖類物質や酸化剤や水などからなるスラリーを連続的に反応器に流通させる流通式反応方法などが挙げられる。その中で、流通式反応方法を使用する場合は反応時間の制御が容易であり、より好ましい。
【0032】
加圧熱水処理の際、多糖類物質に対する加圧熱水の使用量は特に限定するものではなく、処理方式・装置により適宜選択でよい。例えばバッチ式処理装置の場合は、多糖類100重量部に対して加圧熱水は100〜10000重量部、流通式処理装置の場合は、多糖類100重量部に対して、加圧熱水は300〜10000重量部が好適である。
【0033】
本発明において使用する加圧熱水は温度100〜500℃、圧力飽和蒸気圧〜100MPaの範囲において使用するものである。この場合、温度:180〜350℃、圧力:飽和蒸気圧〜50MPaの範囲の水がより好ましい。温度および圧力が低すぎると多糖類の加水分解反応速度が小さく生産能率は低く、温度および圧力が高すぎると反応制御が困難で収率が低下する傾向がある。
【0034】
多糖類物質の加圧熱水での反応時間は、反応装置、反応温度および多糖類物質の分子量や結晶化度あるいは使用する酸化剤の種類や添加量によって異なり、流通型の場合には、通常加圧熱水が250〜350℃の範囲であれば0.2〜300秒程度である。ただし、熱水を流通させる固定床型反応器を用いた場合、水可溶性成分を反応系外に追い出すために、さらに数分間の通水が必要となる。またバッチ型の反応器を用いた場合には、所定温度までの加熱時間は反応器の大きさ次第であるため、反応時間がもっと長い場合もある。
【0035】
反応器から流出した反応液は、その中に含まれるグルコースやオリゴ糖など水可溶性成分の二次分解を抑制するため、直ちに冷却することが望ましい。
【0036】
図1は本発明を実施する為に構成されるオートクレイブ式反応装置使用例を示す概略説明図である。図2は本発明を実施する為めの実験フローチャットを示めす。セルロースなどの多糖物質、酸化剤及び蒸留水などを所定量でオートクレイブに加入し、超音波で10分間処理させた後、口を閉め、250℃オイルバスに入れて所定処理時間後、右のオイルバスからオートクレイブを取り出し、左の冷却水に侵入させることによって反応を停止させる。
【0037】
上記オートクレイブから出した反応混合液を、ろ過などにより未反応残渣、即ち、水不溶部と水可溶部とに分離し、水不溶部の残渣を乾燥させた後、その収率を求める。
【0038】
一方、水可溶部は高速液体クロマトグラフ(HPLC)によって生成物を同定・定量分析とした。これによって、各生成物の収率を求めることができる。
【0039】
上述のオートクレイブの内側温度はオイルバス温度が高い程早く反応温度に達し、250℃のオイルバスでは約16分程度にて250℃にもなる。
【実施例】
【0040】
次に、本発明を実施例1、並びに実施例2により、さらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。
以下、図1の装置と図2のフローチャットにより、実際に処理を行った結果について、実施例にて説明する。この実験に用いられたオートクレイブの容積は75cmである。
【実施例1】
【0041】
微結晶セルロース(アビセル、2g)と蒸留水(68ml)と塩化銅0.05、0.1、0.15wt%を75mIのオートクレイブに入れ、口が閉められ、超音波で10分処理させた後、250℃のオイルバスで処理時間を16、18、19.5分変化させて処理を行った。分析結果を表1、図3と図4に示す。その結果により、温度250℃、時間18秒の処理条件下では、塩化銅の添加量は0.05〜0.1%の範囲でグルコース収率が最大となった。
【実施例2】
【0042】
塩化銅の代わりにFeCl3、CuSO4、AgNO3、AgCl、SnCl4、ヨウ素を、添加量0.02から0.15%まで加え、実施例1と全く同じ条件と手順でセルロースを処理した。得た反応液の処理結果を表1、図3と図4に示す。実施例1と比べると、グルコースの生成量の時間、添加量の依存性が似ていると云える。
【0043】
次に、本発明の実施例にて比較した場合を下記に示す。
比較例2では酸化剤を使用しない以外は、実施例1と全く同じ条件と手順でセルロースを処理した。得た反応液の分析結果を表1、図3に示す。実施例1の同じ処理時間18分の結果と比べると、酸化剤無添加の場合には、グルコースの生成量が3.5%しか得られず、また、未反応セルロース残渣は約85%であった。
【0044】
酸化性が低い、或いは、酸化性がない塩類化合物を添加し、実施例1と同じ処理条件でセルロースを処理した結果を表2に示す。表1と比較すると、Ca、Mg、Zn、Fe2などの塩類化合物の添加によって、加水分解の促進とグルコース生成量の増加は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の多糖類物質の加水分解方法による酸化剤の存在により、セルロースの加水分解を促進し、また、酸加水分解の場合に見られる反応器の腐食を下げ、この方法を産業上利用することにより、グルコースなどの糖類を高収率で得ることができる。表1はセルロースの反応生成物の収率に対する酸化剤の影響を示す表。表2は非酸化剤である塩類化合物の存在下でのセルロースの反応生成物の収率を示す表。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明を実施する為に構成される装置例を示す概略説明図。
【図2】本発明の実施の実験フローチャット。
【図3】酸化剤の存在下でのセルロースの反応生成物の収率に対する反応時間の影響を示すグラフである。
【図4】酸化剤の存在下でのセルロースの反応生成物の収率に対する酸化剤添加量の影響を示すグラフである。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
加圧熱水により多糖類物質の加水分解を行うに当たり、処理温度が100〜500℃の範囲で、処理圧力が飽和蒸気圧〜50MPaの範囲にて、反応系に酸化剤を添加共存させることを特徴とする多糖類物質の加水分解方法。
【請求項2】
加水分解を行う多糖類物質が、セルロース、ヘミセルロース、デンプン、キチンまたはこれらの少なくとも1つを含有する物質であることを特徴とする請求項1記載の多糖類物質の加水分解方法。
【請求項3】
単糖及び/またはオリゴ糖を製造することを目的とする請求項1または請求項2記載の多糖類物質の加水分解方法。
【請求項4】
単糖がグルコースである請求項3記載の多糖類物質の加水分解方法。
【請求項5】
前記酸化剤は酸化電位が0〜2ボルトである請求項1記載の多糖類物質の加水分解方法。
【請求項6】
酸化剤が銀、銅、第二鉄〔Fe+3〕、スズの塩類化合物から選ばれる1種以上の物質であることを特徴とする請求項1に記載の多糖類物質の加水分解方法。
【請求項7】
前記銀、銅、第二鉄〔Fe+3〕、スズの塩類化合物等が、硫酸塩、硝酸塩、塩酸塩、酢酸塩である請求項6に記載の多糖類物質の加水分解方法。
【請求項8】
酸化剤がフッ素、塩素、臭素、ヨウ素からなる群から選ばれる1種以上の物質であることを特徴とする請求項1に記載の多糖類物質の加水分解方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−20555(P2007−20555A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−254073(P2005−254073)
【出願日】平成17年7月19日(2005.7.19)
【出願人】(503265108)
【出願人】(505331096)
【氏名又は名称原語表記】Chung−Yun Hse
【出願人】(505331100)
【氏名又は名称原語表記】Todd F.Shupe
【上記2名の代理人】
【識別番号】503265108
【氏名又は名称】林 蓮貞
【Fターム(参考)】