説明

タンパク質の特徴付けのための、高圧酵素消化システム

先行技術の方法よりも有意に短い時間で処理試料を得るために圧力と所定の因子とを利用して、プロテオミクス分析用の試料を得るための方法およびシステムであって、調製プロセスを通じて処理試料の完全性を維持する、方法およびシステムを提供する。本発明の一態様において、試料と酵素とを組み合わせて、好ましくは0〜35 kpsiの間で変動する圧力サイクル幅で、好ましくは60秒未満の時間、圧力に供する。このプロセスにより、質量分析機器または他の装置などの別の分析機器に好ましくは導入される、分析に適した試料が産生される。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
米国政府が支援する研究開発の下に行われた発明に対する権利に関する声明
本発明は、米国エネルギー省により付与された契約DE-AC0576RLO1830に基づく政府支援のもとでなされたものである。米国政府は本発明において一定の権利を有する。
【0002】
優先権
本発明は、2008年2月7日に出願された「タンパク質の特徴付けのための、高圧酵素消化システム」と題する米国特許仮出願第61/026,845号、および2008年7月31日に出願された「タンパク質の特徴付けのための、高圧酵素消化システム」と題する米国特許出願第12/183,219号からの優先権を主張する。
【0003】
発明の分野
本発明は概して分析方法およびシステムに関し、より詳細には、タンパク質の大規模分析すなわちプロテオミクスに関する。
【背景技術】
【0004】
背景情報
生物学における現代科学の方法は、ゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクスなどといった様々な新しい技術を導き、これらの技術は生物システムの関係および相互作用の理解に利用されてきた。これらの方法および科学はまた、臨床およびバイオテクノロジーにおける分析の発展に大いに寄与してきた。これらの学問分野に存在する問題の一つは、試料を調製し処理するのに必要な時間である。分析時間の低減において様々な進歩がなされてきたが、このプロセスにおける重要なボトルネックの一つは、試料の処理および調製期間中に生じる。このことは、大規模な研究を行う必要がある場合、および結果として大量の試料を処理する必要がある場合に、特にあてはまる。試料調製プロセスを加速することにより試料の処理量の増加を図るために様々なスキームが利用されてきたが、それらのいずれも普遍的な魅力を持たなかった。
【0005】
プロテオミクスにおいては、典型的な試料調製工程は、緩衝培地中で酵素と共に所定の時間、典型的には終夜または約12時間インキュベートすることで複合的なタンパク質試料を消化することを含む。この長時間にわたる時間的要件は、タンパク質試料の処理全体を減速し、それによりタンパク質の消化は、プロテオーム分析のワークフローのうちで最も時間のかかる工程の一つとなっている。加えて、そのような調製過程は一般に手動で行われるため、操作者の過失による付随リスクもまた分析に悪影響を与える可能性がある。さらに、手動による試料の処理は、より多くの試料/試薬の消費、および必要とされる労働に起因するコストの増加を引き起こす可能性がある。臨床での適用で往々にしてあるように極めて小さな試料サイズを扱う場合、混入および操作者に関係するその他の過失の原因を抑え、LC-MS分析の使用における効率性および生産性をレベルアップするために、自動化された迅速なタンパク質特徴付けが不可欠である。
【0006】
したがって、タンパク質などの物質を分析用に調製して分析する速度を増加させるための方法が必要とされている。これらの物質を利用する分析ワークフローに悪影響を与えずに、これらの物質を分析用に調製するための方法もまた必要とされている。適時に効率的で精密で正確な結果をもたらす、バイオテクノロジー試料用のハイスループットシステムもまた必要とされている。本発明はこれらの要求を満たすものである。
【0007】
本発明のさらなる利点および新規の特徴は、下記に示されており、かつ本明細書に示された説明および実証から容易に明らかである。したがって、本発明の下記の説明は、本発明の例示としてのみ見るべきであり、いかなる意味でも限定するものと見なすべきではない。本発明の様々な利点および新規の特徴が本明細書に説明されており、下記の詳細な説明からさらに当業者に明らかになるであろう。
【発明の概要】
【0008】
概要
本発明は、先行技術の方法よりも有意に短い時間で処理試料を得るために圧力と所定の(preselected)因子とを利用してプロテオミクス分析用の試料を得るための方法およびシステムであり、本方法およびシステムでは、調製プロセスを通じて処理試料の完全性が維持される。本発明において、試料は、所定の圧力、典型的には0.5 psi〜100 kpsiの間にある圧力に、特定の期間または時間幅、典型的には5〜1800秒間、供される。この加圧プロセスを通して、化学物質、酵素、マイクロ波、音、超音波、熱、光、およびそれらの組み合わせなどの他の様々な因子もまた、圧力と組み合わされて所望の結果を及ぼし、所望の特徴を有する試料を産生する。
【0009】
本発明の一態様において、試料と酵素とを組み合わせて、好ましくは0〜35 kpsiの間で変動する圧力サイクル範囲で、好ましくは60秒未満の時間、圧力に供する。このプロセスにより、分析に適した試料が産生される。
【0010】
本方法は、タンパク質試料を圧力および所定の因子により処理する試料調製デバイスを含むプロテオミクス分析用のシステムに具現化することができ、その例は先に考察されている。この試料調製デバイスはさらに分析機器と機能的に連結され、それにより、分析を行うために処理済試料が分析機器に移される。本発明の一態様において、分析機器は、加圧サンプルループを有する高圧液体クロマトグラフィー(LC)システムである。このデバイスはさらに、質量分析機器または他のデバイスなどの別の分析機器に連結されてもよい。本システムに様々な改変および変更を加えて、処理試料を同位体などの物質でタグ付けするといった他のタスクを遂行してもよい。
【0011】
これらの例が示されているが、本発明はそれらに限定されるものではなく、使用者のニーズと必要性に応じて様々に代替的に構成され得ることが、明確に理解される。
【0012】
上記の要旨の目的は、米国特許商標庁ならびに、特許または法律上の用語または語法に精通していない一般の公衆、特に当該技術分野の科学者、技術者、および従事者が、概観から本願の技術的開示の性質および本質を素早く見極めることを可能にすることである。本要旨は、特許請求の範囲によって判定される本願の発明を規定することを企図するものでも、いかなる意味でも本発明の範囲を限定することを企図するものでもない。
【0013】
本発明の様々な利点および新規の特徴が本明細書に記載されており、下記の詳細な説明から当業者にさらに容易に明らかになるであろう。上記および下記の説明において、本発明の好ましい態様が、本発明を実施するために企図される最良の形態の例示によって示されている。認識されるように、本発明は、本発明から逸脱することなく様々な点において改変することが可能である。したがって、以下に示す好ましい態様の図面および詳細な説明は、本質的に例示的と見なすべきであり、限定的と見なすべきではない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1aおよび1bは、本発明の一態様の試験の結果を示す。
【図2】図2aおよび2bは、本発明の一態様のさらなる試験結果を示す。
【図3a】図3aは、本発明の一態様の比較結果を示す。
【図3b】図3bは、本発明の一態様の比較結果を示す。
【図3c】図3cは、本発明の一態様の比較結果を示す。
【図3d】図3dは、本発明の一態様の比較結果を示す。
【図3e】図3eは、本発明の一態様の比較結果を示す。
【図3f】図3fは、本発明の一態様の比較結果を示す。
【図4】図4a〜4cは、本発明の一態様のさらなる比較結果を示す。
【図5a】図5aは、本発明の様々な態様を示す。
【図5b】図5bは、本発明の様々な態様を示す。
【図5c】図5cは、本発明の様々な態様を示す。
【図6a】図6aは、本発明の一態様ならびにその様々な結果および改変を示す。
【図6b】図6bは、本発明の一態様ならびにその様々な結果および改変を示す。
【図6c】図6cは、本発明の一態様ならびにその様々な結果および改変を示す。
【図6d】図6dは、本発明の一態様ならびにその様々な結果および改変を示す。
【図6e】図6eは、本発明の一態様ならびにその様々な結果および改変を示す。
【図6f】図6fは、本発明の一態様ならびにその様々な結果および改変を示す。
【図6g】図6gは、本発明の一態様ならびにその様々な結果および改変を示す。
【図7】図7a〜7cは、本発明の一態様の様々な結果を示す。
【図8】図8a〜8bは、本発明の別の態様を示す。
【図9】図9a〜9cは、本発明の一態様の結果を示す。
【図10】図10a〜10bは、本発明の一態様の結果を示す。
【図11a】図11aは、本発明の一態様の結果を示す。
【図11b】図11bは、本発明の一態様の結果を示す。
【図11c】図11cは、本発明の一態様の結果を示す。
【図11d】図11dは、本発明の一態様の結果を示す。
【図12】図12は、本発明の別の態様を示す。
【図13】図13は、図12に示した態様について実施した試験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
発明の詳細な説明
一態様において、本発明は、5〜35 kpsi wの範囲での圧力サイクル技術を用いてプロテオミクス分析用の試料を調製する、高圧下での迅速なタンパク質分解によるタンパク質消化のための新規方法、およびそのような方法を実施するシステムである。これらの具体例が示されているが、本発明はこれらに限定されず、むしろ個々の使用者のニーズおよび必要性に応じて様々に代替的に具現化され得ることが明確に理解される。本発明の方法およびシステムにおいて、溶液中での単一タンパク質および複合タンパク質混合物の消化物が、本方法を用いて60秒間で成功裏に得られ、続いてこれを逆相液体クロマトグラフィー-エレクトロスプレーイオン化イオントラップ質量分析により分析した。本方法により調製された試料の結果は、従来の先行技術の方法により調製された試料の結果と同等であった。しかしながら、本発明により説明された方法は、試料調製工程が大幅に単純化され、実施が容易で、試料間の相互混入がなく、かつ費用対効果が高い。
【0016】
以下に説明する一連の実施例において、本発明の一態様を通常の終夜消化プロセスと比較した。この特定の適用において、ウシ血清アルブミン(BSA)を標準タンパク質として用いて、様々な条件下で本方法を評価した。まず、6 mgのBSAを8 M尿素中で変性させ、25 mM重炭酸アンモニウム(pH 8.25)中10 mM DTTで37℃で1時間還元した。最終濃度50 mMになるまでヨードアセトアミドを加え、得られた混合物を室温で暗所で45分間インキュベートした。50?gのアリコート12個を、25 mM重炭酸アンモニウム、20 % MeOH、または80 % MeOHのいずれかを用いて、尿素の濃度を低下させるために4倍希釈した。最終容量1.4 mLになるまでトリプシンを加え(プロテアーゼ対タンパク質比1:50)、この溶液をパルスチューブに入れた。Barocycler(商標)NEP-3229機器および使い捨てポリプロピレンPULSEチューブFT-500をPressure BioSciences (West Bridgewater, MA, USA)から入手し、すべての実験に使用した。パルスチューブを、実行1回当たり合計1分間、4回または8回の圧力パルスを用いてBarocycler(商標)プログラムに供した。最後に、酵素消化物を新しい遠心管に移し、酸性化させ、液体窒素で冷凍して反応を停止した。続いて試料を遠心蒸発により乾燥させ、-20℃で保存した。
【0017】
0.1 mm ジルコニア/シリカビーズを用いてミニビーズビーターで4500 rpmで180秒間ビーズ破砕することにより溶解させて、シェワネラ・オネイデンシス(Shewanella oneidensis)MR-1株の細胞全体のタンパク質のトリプシン消化物を調製した。溶解物を回収し、即座に氷上に置いてタンパク質分解を阻止した。続いて、8 M尿素、25 mM重炭酸アンモニウム、10 mM DTT(pH 8)で変性させ、37℃で1時間インキュベートした。最終濃度50 mMになるまでヨードアセトアミドを加え、得られた混合物を室温で暗所で45分間インキュベートした。混合物を4倍希釈し、トリプシンを加えた(プロテアーゼ対タンパク質比1:50)後、37℃で終夜または35 kpsiでPCTを用いて1分間インキュベートした。
【0018】
12.5 mM重炭酸アンモニウム中のタンパク質の最終濃度が1 μMの溶液を、ミオグロビン実験のために調製した。トリプシンを加えて、Barocycler(商標)での圧力サイクルの間、試料を消化した(プロテアーゼ対タンパク質比1:50)。処理の後、LC-MS/MSにより500 fmolのタンパク質消化物を分析した。40 nL濃縮カラムおよび5μm ZORBAX 300SB C18粒子を充填した43 mm x 75 μm分析カラムを用いて分離を行った。濃縮のために1 μL/分の流速を用い、その後600 nL/分の流速を用いた。溶媒B(0.5 %蟻酸、90 %アセトニトリル;溶液A:水:アセトニトリル97:3中、0.5 %蟻酸)5 %〜90 %の5分間のグラジエントおよび約2分間の分離ウィンドウを用いて、ペプチドを溶出させた。総分析時間は12分であった。各試料を3つ組で分析した。異なる試料間の相互混入を防ぐため、それぞれの一連の反復試験の間にブランク試験を実行した。
【0019】
500〜1600 amu の検査スキャン(3マイクロスキャン)、続いて、3 amuの単離幅、35 %の標準化衝突エネルギー、および2分間の動的排除期間を用いて、5回のデータ依存MS/MSスキャンによりデータを得た。S.オネイデンシスMR-1およびBSAタンパク質を含むインハウスFASTAデータベースに対してSpectrum Millソフトウェアを用いてMS/MSデータを分析した。BSAに一致するスペクトルを目視で確認した。
【0020】
複合タンパク質混合物の分析のために、インハウスで開発したESI源を有する直列イオントラップ質量分析計にオンラインで連結された、特注のキャピラリーLCシステムを用いて、2μgのS.オネイデンシス消化物を分析した。35 %の標準化衝突エネルギーおよび1分間の動的排除を用いて、LTQ質量分析計を、フルMSスキャンの後にMS/MSスキャンを10回行うデータ依存MS/MSモード(m/z 400〜2,000)で作動させた。SEQUESTを用いてタンパク質の同定を実施し、S.オネイデンシスMR-1のゲノム配列からタンパク質配列を推定した。データベース検索パラメータには、Metの酸化の動的修飾検索(すなわち、修飾の有無を検索)ならびに、Cysのカルバミドメチル化の静的検索(すなわち、修飾の存在のみ検索)が含まれた。ペプチド同定のエラー率を、先に報告されたとおり算出した。
【0021】
ミオグロビンフォールディングを研究するため、事前の圧力処理を伴ってまたは伴わずに、タンパク質をシリンジポンプで直接、ESIインターフェースを介してAgilent TOF MSに1?L/分で注入した。MSデータを、1秒間に1回のスキャン速度で500〜2500 m/zの範囲にわたって記録した。
【0022】
ここで図1aおよび1bを参照すると、5、10、20、および35 kpsiの各圧力で60秒間での、タンパク質分解産物という点から、酵素活性の効果が示されている。図1aのクロマトグラムは、トリプシン活性がいずれの圧力においても損なわれなかったことを示す。しかしながら、5、10、および20 kpsiのクロマトグラムは類似しているものの、図1bに示すように、同定されたペプチドの消化は5 kpsiにおいては、より高い圧力で達成されたほどは徹底的ではなかった。一方、35 kpsiの試料のクロマトグラムは他と比較して有意に異なるように見える。MSスペクトルの目視により、クロマトグラム間で同一のペプチドが示された。トリプシンを含まずBSAを含む溶液に圧力を加えた時には、タンパク質分解産物は観察されなかった。このことは、圧力処理自体がタンパク質の断片化を引き起こすのではないことを示す。
【0023】
トリプシン活性に対する高圧と低圧の急速サイクルの影響を評価するために、合計60秒間の4回または8回の示差的な圧力サイクルを用いて、圧力下でBSAを消化した。有機溶媒の存在下での、トリプシン消化に対する圧力の複合効果をさらに分析するために、同一のBSAタンパク質アリコートを、(1)重炭酸アンモニウム、(2)重炭酸アンモニウム:メタノールの80:20(v/v)混合物、および(3)重炭酸アンモニウム:メタノールの20:80(v/v)混合物の存在下で、35 kpsiでの圧力消化に供した。有機-水混合溶媒系中の酵素の特性は、生体酵素システムにおける酵素の効能にいずれも寄与する、タンパク質構造、相界面の存在、比誘電率などの要素により影響を受ける。
【0024】
図2aのヒストグラムは、サイクル数に関係なく、同等の消化バッファー中で消化された試料に関して、固有のペプチドの同定数という点でほぼ同一の結果が得られたことを示す。図2bのクロマトグラフプロファイルもまた、同等のバッファーに関して極めて類似している。周期性の圧力で得られたこれらの結果と一定圧力で得られた結果との比較では、有意な差異は見られなかった。このことは、少なくともトリプシンについては、活性に対して、消化中のPCTにおいて用いられた示差的な圧力サイクルの数に起因する有意な効果はないことを示唆している。加えて、同定されたペプチドの数は、4サイクルおよび8サイクルのプロトコルのいずれにおいても、水性(すなわち、重炭酸アンモニウム)消化物と20 %メタノールでの消化物との間で有意に異なるものではなかった。
【0025】
また、本発明のこの態様をまた、プロテオミクス試料にPCTを適用し、続いてショットガンプロテオミクスアプローチを用いてそれを分析することにより評価した。S.オネイデンシス細胞の調製物に由来するプロテオーム抽出物全体を、2つの等しいアリコートに分け、一方を35 kpsiで8サイクルのPCTを用いた消化に60秒間の期間供し、比較のため、もう一方をトリプシン消化とその後の従来の終夜アプローチに供した。PCT条件は、良好なトリプシン活性を達成することが既に示された、Barocycler(商標)が作動可能な最も多いサイクル数および最も高い圧力を反映した。消化されたペプチド混合物を、100分間のグラジエントを用いた逆相HPLCにより分析した。
【0026】
典型的な周囲圧力で従来の方法を用いたトリプシン消化およびPCTを用いた消化のLC-MS/MS分析からの全イオン電流クロマトグラムが、比較のために図3(aおよびb)に示されている。異なる消化反応にも関わらず、クロマトグラムが極めて類似した強度プロファイルを表していることに注意されたい。しかしながら、圧力プロトコルを用いて得られた同定されたペプチドの総数は、従来の方法で得られたものよりわずかに高い(約10 %)(図3c)。同定されたペプチドのより制約された研究(すなわち、偽発見率(FDR)<1 %)の結果は、2以上の切れ残り(missed cleavage)を有するペプチドの数が従来のプロトコルにおいてより低く、一方、PCTを用いて消化したペプチドのおよそ95 %超は2未満の切れ残りを有していたことを示した(図3d)。
【0027】
それにもかかわらず、同定されたタンパク質という点で、双方の実験は大きな重複を有しており、PCTを用いた消化のプロトコルはより多くのタンパク質同定をもたらした(図3e)。非トリプシンペプチドの数はいずれの試料でも有意でなく(図3f)、ペプチドの同定に関して本発明者らが設定した誤差限度内(すなわち、<1 % FDR)であった。半トリプシンペプチド(片方の末端がトリプシン消化されていないペプチドと定義される)の数は、双方の消化において非常に類似している。
【0028】
最後に、より良好な消化物収率は、圧力により引き起こされるアンフォールディングの効果に起因するという仮定を試験するため、ミオグロビンを12 mM重炭酸アンモニウムに溶解し、質量分析計に直接注入する前に10 kpsiに60秒間供した。比較の目的で、圧力処理に供さなかった未変性のミオグロビンタンパク質試料もまたTOF-MSにより分析した。図4に示すように、中性pHで得た、圧力処理したタンパク質と圧力処理していないタンパク質のスペクトルは全く異なるものである。注目すべきことに、未変性タンパク質の荷電状態は、圧力処理したタンパク質のものより大幅に低い。未変性タンパク質は、分子量17,568 Daで最大シグナルを生じ、一方、圧力処理したタンパク質の荷電状態分布はより高い荷電状態にシフトし、分子量は16,952 Daに相当した。この知見は、ヘム群の損失(-616 Da)および圧力処理のみによるタンパク質の完全な変性を示す;未変性タンパク質のアンフォールディングにより、電荷同士の反発力が低下し、結果としてより高い割合のプロトン付加が起こった。
【0029】
これらの結果は、プロテオミクス試料において、圧力の増加がタンパク質の酵素消化の速度をどのように劇的に増加させるかを実証している。本発明によりもたらされる利点には、試料調製の自動化、消化収率を損なわない高い試料スループット(本発明者らの設定では1分間に試料3つまで)、高い再現性、エアロゾル化(HIFUを適用する場合に一般的な効果)を伴わないこと、および通常の消化プロトコルを用いて得られた結果に匹敵する結果のより短い時間(すなわち1分間)での獲得が含まれる。消化は20℃で完了することができるため、不要なタンパク質改変は回避することができる。
【0030】
本発明の方法は、図5a〜5cに示されたシステムなどのシステムを通じて実施することができる。図5aは、オフラインのシステムを示し、図5bおよび5cはハイスループットプロテオミクスのための試料操作工程の数を低減するオンラインの消化システムを示す。この態様において、液体クロマトグラフィーに基づく分離システムには加圧サンプルループが含まれており、試料と酵素(たとえばトリプシン)の両方を同時に導入して、完全で超高速の消化をもたらすことができる。この態様において、システムの流体構成要素は、5μLのサンプルループを有する6ポート注入バルブ、および15,000 psiに定格化された4ポートバルブからなる。10,000 psiのシリンジポンプを、移動相をシステムに供給するのに用いた。高速オンライン消化システム(FOLDS)を、7,000 psiの定圧で水を移動相として作動させた。いくつかの改変を実施して、FOLDSをオンラインで質量分析計に連結させた。図5bに示した態様では、アセトニトリル90 %と蟻酸1 %を満たした第二のシリンジポンプを用いてESIの直前に試料を再度酸性化した。第3の構成では、FOLDSを、ナノフローポンプを備えたAgilent LC 1100システムに連結させた。溶液Bの10〜60 %のグラジエントを用いてペプチドを溶出した(溶液A:蟻酸0.5 %;溶液B:蟻酸0.5 %、アセトニトリル80 %)。
【0031】
FOLDSの作動ならびにバルブ、ポート、およびサンプルループの配置を示した詳細は、図5に示されている。システムの機能は、試料処理の各段階、すなわち装填、消化、および分析または回収、に対応する3つの部分で説明されている。図5は、試料装填段階の最初にループが5μLの試料および溶解されたトリプシンで満たされていることを示している。加速されたタンパク質消化を開始するため、第一のバルブを注入位置に切り替える。これによりシステム加圧を7,000 psiにできるが、第二のバルブが充填位置にありポートが閉鎖しているためシステムの残りの部分への流体の流れは遮断されている。消化段階において、サンプルループが反応チャンバとなり、消化を1〜3分間継続させる。圧力を用いた消化が終わると、第二のバルブが注入位置に切り替わり、試料分析段階が開始される。消化された試料は質量分析計に直接注入されるか、オフライン分析のために回収されるか、またはクロマトグラフィー分離のために逆相カラムに導入される。
【0032】
消化効率の特徴付けのため、ODSを最初にオフラインモードに用いた(図5a)。試料を回収し乾燥させたら、10 μLの40 % MeOH水溶液、0.1 % 蟻酸バッファーに再懸濁し、既に説明されている11ように、TriVersa Nanomateを用いて改変Bruker 12 T APEX-Q FTICR質量分析計にエレクトロスプレーした。各質量スペクトラムを2秒毎に記録し、3つの質量分析の平均をデータ分析に用いた。オンラインでの適用においては、2つの異なる設定を用いた。図5bに示されているように、ODSを、自作のIMS装置とAgilent 6210 oTOF-MSを組み込んだプラットフォームに連結した。別の一連の実験において、ODSを、キャピラリーRPLC分離、続いてイオントラップに連結し、先に説明したように操作した(図5c)。
【0033】
タンパク質を12.5 mM重炭酸アンモニウムバッファー(pH 8.2)中で可溶化し、シーケンシンググレードの改変トリプシンと酵素対基質比1:50で混合した。続いて混合物を加圧システムに装填した。消化物を、オフライン実験用に回収した、またはMSを用いて直接分析した。ウシ血清アルブミンをまず、37℃で1時間10 mM DTTで還元し、室温で45分間50 mM IAAでアルキル化した。シェワネラ・オネイデンシスを他で説明されているように調製し、対照として用いた。あるいは、上述したのと同じ方法で可溶性プロテオームを調製した。
【0034】
高分解能MSのみを用いたこれらの分析について、MASCOTサーチエンジンを用いてタンパク質同定を実施した。試料の複雑性は低かったため、スコアが未定領域の外にあればタンパク質は同一であると見なした。MS/MS分析について、SEQUEST(商標)データベースサーチエンジンを用いた。ペプチド同定に伴うエラー率の算出のために、先に公表されているのと同じ方法を用いた。
【0035】
第1の実験では、FOLDS(図5a)に注入された、トリプシンを含有する12 mM重炭酸アンモニウム中の1 pmolのミオグロビンを用いた。0〜7000 psiの間で変動する圧力を1分間かけた。1分後、試料を反応チューブに回収し、12T FTICR MSへのESIチップを用いた直接注入により分析した(図6)。FOLDSの利用により、タンパク質分解されたペプチドと共に、任意の消化されていない未変性タンパク質を同時に検出できるようになった。圧力をかけなかった場合、FOLDSから溶出したタンパク質は11〜15に相当する荷電状態で検出された。FOLDSにおける圧力を500 psiに上昇させた場合、タンパク質の荷電状態は高くなったが、ペプチド断片は観察されなかった。これはおそらく、それまで露出していなかった部位へのプロトン付加をもたらすタンパク質の三次構造の劇的な変化に起因する。第3の実験において、圧力を1000 psiに上昇させた。MS分析により、ペプチドと未変性タンパク質の双方の混合物が示され、消化および変性プロセスが開始されたことが明らかになった。この圧力において産生され同定されたペプチドは、タンパク質同定率(protein coverage)が100 %であり、切れ残りが3つ未満であった。最後に、高圧と消化速度との相関関係を確認するために、本発明者らはFOLDSの圧力を7000 psiに上昇させた。結果として、図6b〜6fに示すように1分間でタンパク質消化が完了した。
【0036】
7000 psiの圧力により完全かつ迅速な消化が促進されたことから、本発明者らはさらに消化速度論を調べた。図7a〜7cは、30秒の反応時間であっても満足いく消化が達成できたことを示す。30秒間の消化で産生されたペプチドを高質量確度の12 T FTICR MSで分析することにより、良好なタンパク質同定率を得ることができたが、切れ残りは多かった。
【0037】
デバイスの感度を向上させるために、ESIエミッターにおいて、独立したシリンジポンプにより送達した有機バッファー(90 % MeOH、1 % 蟻酸)をFOLDS溶出液と混合して、イオン化効率の向上をもたらした。酸性化溶媒の逆流を、FOLDSポンプの圧をより高くすることにより防止した。トリプシンを伴っておよび伴わずに1分間の圧力印加を用いたミオグロビン消化の概略を調べた。図9は、IMS-TOF-MSにより得られたミオグロビン消化の結果がFTMSについて報告された結果と一致していたことを示す。注入開始からスペクトル取得までの総分析時間は90秒未満であった。この速さの獲得の鍵となる要因は、IMS-TOF-MSが、主に電荷および気体運動論的衝突断面(gas-kinetic cross section)に基づいて、気相中でイオンを迅速に分離する能力である。
【0038】
図10は、IMS-TOF-MSに連結したFOLDSを用いた、ミオグロビンとβ-ラクトグロブリン(各々1 pmol)との等モル混合物分析の結果を示す。この混合物を、上昇させた圧力下で1分間消化させ、産物を上述のようにIMS-TOF MSに送達した。ペプチド質量フィンガープリント分析により、図10bに見られる表にまとめたように、高いMASCOTスコアを有するタンパク質および高いタンパク質同定率を有するタンパク質の両方の同定がもたらされた。オンライン直接注入構成におけるODSの短所の1つは、処理されるプロテオミクス試料が、化学的ノイズを増加させ、イオン化効率を低減して正確なタンパク質同定を損なう可能性がある塩およびカオトロープの使用を往々にして必要とすることである。
【0039】
この制限に対処し、高い感度を達成するため、本発明者らはFOLDSをRPLC分離に連結し、消化後の試料を脱塩した。この研究では、10 pmolのBSAを8 M尿素中で還元およびアルキル化し、12.5 mM 重炭酸アンモニウムで10倍希釈し、トリプシンと混合した。生じた溶液1 pmolをFOLDSに注入した。7,000 psiでの1分間の消化の後、ペプチド産物を、流速約10 μL/分の逆相カラムに装填し、実施例の節で説明された条件下で20分間のグラジエントを用いて分離した。LC溶出物をLCQ質量分析計を用いてMS/MSモードで分析した。図11aは、高いタンパク質同定率(アミノ酸配列の約70%)が達成され、48個の同定されたペプチドがすべてタンパク質配列全体に均一に分布していたことを示す。
【0040】
一態様において、シェワネラ・オネイデンシスの細菌プロテオームを研究した。可溶性プロテオームを25 mM重炭酸アンモニウムに再懸濁し、トリプシンを酵素:タンパク質比1:50で加え、5μgのタンパク質総量をシステムに注入して7,000 psiで1分間消化した。従来のプロトコルおよびFOLDSを用いて得たタンパク質分解による消化物を、還元/アルキル化過程を伴っておよび伴わずに、比較のために分析した。トリプシンを用いた従来のプロテオーム消化において、シェワネラ・オネイデンシスの5 μgアリコートを、カオトロープを加えず、かつタンパク質の還元もアルキル化も行わずに、周囲圧力で通常の消化に5時間供した。続いて、同じ試料を、カオトロープも還元/アルキル化も伴わないFOLDSにより消化した。その結果、従来の方法で同定されたペプチドの数は、FOLDSで処理した試料から同定されたものより少なかった。
【0041】
先のミオグロビン研究により、圧力がタンパク質を変性させ、同時に反応速度を加速することが示されたことから、第2の一連の実験は、変性の効果を評価することを目的とした。シェワネラ・オネイデンシスのプロテオーム5μgを、8 M尿素の存在下で還元およびアルキル化し、続いて従来プロトコルおよびFOLDSプロトコルの両方を用いて、トリプシン消化に供した。図11bは、従来の方法による同定されたペプチドの数が、FOLDSによって得られたものに近似していたことを示す。この研究は、圧力の増加が、消化速度を加速させるだけでなく、カオトロープを加える必要なく変性因子として作用するため、酵素分子と基質との複合体形成も促進することを示す。さらに、これらのデータおよび高圧で処理されたミオグロビンに関して観察された構造変化は、圧力の増加がタンパク質分解による消化を加速させるだけでなく、カオトロープと同様にタンパク質を変性させることを示唆している。この仮説を証明するためにさらなる調査が必要である。しかしながら、圧力がタンパク質を変性させてもトリプシンは依然として機能しているため、本発明者らは、シーケンシンググレードのトリプシンは、その酵素的三次元構造が高温でもきわめて安定であり、圧力に対しても同様であるように操作されていると考える。
【0042】
別の一連の実験において、本発明者らは、消化バッファー中の通常の水を18Oを豊富に含む水に変更することで、同位体標識したペプチドの可能性をデュアルオンライン消化システムを用いて示した(図12)。これは、産生されたペプチドすべてが、カルボキシ末端で少なくとも1つ〜最大で2つの18O原子で標識され得る、酵素触媒反応である。この反応は上記のスキームで説明されており、この反応において、セリンプロテアーゼファミリーの酵素分子によるペプチドの可逆的結合によりプロテアーゼが2つのO18原子を組み込む。
【0043】
安定した同位体を導入することで、同位体が各試料にもたらす質量の違いに起因して、異なる試料間の全体的な定量的比較が可能になる。この概念を証明するものとして、図12は、BSAペプチドの等モル混合物を示す。BSAタンパク質の2つの等モルアリコートはオンラインで消化され、同位体標識され、LC-MSを用いて分析された。FOLDSにより亢進された消化および標識化を組み入れた最適化ワークフローで得られた結果は、従来のより時間のかかるプロテオミクスワークフローを用いて得られた結果に匹敵し、このことはデータの質は速さによって損なわれないことを示す。このデュアルFOLDSシステムは、バイオマーカー開発の臨床研究のような大量の試料に関わる生物学的用途のための、タンパク質分析全体のスループットにおいて有意な向上をもたらし得る。
【0044】
消化産物の同定のためのMSと組み合わせたFOLDSの使用は、いくつかの目的を達成した。第一に、高圧をかけることでタンパク質分解速度が加速されるため、効率的なタンパク質消化に長いインキュベーション時間は不要となる。第二に、溶液中でのトリプシンの使用により、固定化酵素において見られた非特異的結合が排除される。第三に、FOLDSをIMS-TOF-MSに連結することで、単一タンパク質の特徴付けまたはモニタリングに非常に有効な極めて適合的な方法で大量のペプチドイオンを迅速に検出する能力を有する分析プラットフォームが提供される。この最大能力は、キャピラリーRPLC分離をIMS-TOF MS機器と連結させることでさらに向上させることができる。報告されたすべての構成において、試料を取り扱う多くの工程が排除され、これらの方法の自動化を可能にする。
【0045】
本発明の様々な好ましい態様が示され説明されているが、本発明はそれらに限定されず、添付の特許請求の範囲内で実施するために様々に具現化され得ることが明確に理解される。上記の説明から、添付の特許請求の範囲に規定された本発明の精神および範囲から逸脱することなく、様々な変更を加え得ることが明らかになるであろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の物質に圧力と少なくとも1つの所定の因子とを共に適用して、所定の時間内に処理試料を得ることを特徴とする、巨大分子の断片化を選択的に加速するための方法。
【請求項2】
所定の因子が、化学物質、酵素、マイクロ波、音、超音波、熱、光、およびそれらの組み合わせを含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記因子が酵素である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
所定の時間が5秒〜1800秒の間である、請求項3記載の方法。
【請求項5】
圧力が、0.5 psi〜100 kpsiの範囲の圧力サイクルで供給される、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
所定の物質が、タンパク質、タンパク質巨大分子、所定の長さのペプチド、有機分子、および無機分子からなる群より選択される、請求項5記載の方法。
【請求項7】
所定の物質が固体支持体上に存在している、請求項6記載の方法。
【請求項8】
所定の物質がゲルマトリックス上に存在している、請求項7記載の方法。
【請求項9】
所定の物質を、圧力および所定の因子の他に同位体で処理して、処理試料上に所定の標識を作製する段階をさらに含む、前記請求項のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
化学物質、酵素、マイクロ波、音、超音波、熱、光、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される所定の因子と圧力とを組み合わせて用いてタンパク質試料を断片化する試料調製デバイスを特徴とする、プロテオミクス分析用のシステム。
【請求項11】
分析機器をさらに備える、請求項10記載のシステム。
【請求項12】
試料調製デバイスが分析機器に機能的に連結している、請求項10または11記載のシステム。
【請求項13】
圧力および所定の因子の他に同位体をさらに含む、請求項12記載のシステム。
【請求項14】
加圧サンプルループを有する分析機器が高圧液体クロマトグラフィー(LC)システムである、請求項12記載のシステム。
【請求項15】
分析機器が質量分析機器をさらに含む、請求項14記載のシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3a】
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【図3b】
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【図3c】
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【図3d】
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【図3e】
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【図3f】
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【図4】
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【図5a】
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【図5b】
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【図5c】
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【図6a】
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【図6b】
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【図6c】
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【図6d】
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【図6e】
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【図6f】
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【図6g】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11a】
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【図11b】
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【図11c】
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【図11d】
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【図12】
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【図13】
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【公表番号】特表2011−511299(P2011−511299A)
【公表日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−545904(P2010−545904)
【出願日】平成21年1月5日(2009.1.5)
【国際出願番号】PCT/US2009/030135
【国際公開番号】WO2009/099685
【国際公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【出願人】(506283798)バッテル メモリアル インスティチュート (19)
【Fターム(参考)】