説明

タンパク質含有水溶液安定化剤、タンパク質含有水溶液の安定化方法及びタンパク質含有水溶液

【課題】 診断・検査薬、医薬品として広く利用される、酵素、組み換えタンパク質、抗体、ペプチドなどの水溶液中のタンパク質を安定化し、タンパク質の活性を長期的に低下させないタンパク質安定化剤、および安定化方法を提供する。
【解決手段】 酵素、組み換えタンパク質、抗体及びペプチドからなる群より選ばれる少なくとも1種のタンパク質を含有する水溶液の安定化剤であって、アルギニンと有機酸(a)との塩(A)を含んでなるタンパク質含有水溶液の安定化剤、並びに、アルギニンと有機酸(a)との塩(A)を、タンパク質の水溶液の体積に基づいて0.001〜0.5mol/Lの濃度で含有するタンパク質含有水溶液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質含有水溶液に含まれるタンパク質の安定化に関する。さらに詳しくは、酵素、組み換えタンパク質、抗体、ペプチドなどのタンパク質を含有する水溶液に含まれるタンパク質の安定化剤、この安定化剤を共存させるタンパク質含有水溶液の安定化方法、および安定化剤を共存させたタンパク質含有水溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
酵素、抗体、ペプチドなどのタンパク質は、診断・検査薬、医薬品として広く利用されており、これらの製品においては、製造工程及び保存期間中に生理活性(力価)が損なわれないことが重要である。
製造工程及び保存期間中において、安定してタンパク質を取り出し精製するための一つの方法として凍結乾燥が一般的に行われている。タンパク質の多くは熱によって失活しやすい性質を有するが、凍結乾燥法では、熱をかけずにタンパク質を安定化することができる。
しかしながら、凍結乾燥法は、脱水により変性するタンパク質には使用できないこと、凍結乾燥工程中に吸湿や酸化による変質が起こりやすいこと等の難点がある。また、凍結乾燥製剤は使用時に溶媒(溶解液)に溶解して用いられるため、溶媒(溶解液)と組み合わせて供給される場合、試薬をその都度に必要量を調製しなければならないという煩雑さの問題がある。
このような理由からタンパク質を水溶液中で安定化させる技術が公開されている。たとえば、ウレアーゼパーオキシターゼの水溶液の安定化剤として、グリセリンなどの多価 アルコールを含有させたり(たとえば、特許文献1)、コレステロールオキシターゼを含む水溶液に、牛血清アルブミンやグルコース等の糖類あるいはリジン等のアミノ酸を添加する(たとえば、特許文献2)等が挙げられる。
しかし、これらはいずれも特定のタンパク質を安定化させるための方法であり汎用性があるとは言いがたく、タンパク質全般に適用して活性を長期間維持できる汎用的な安定化剤及び安定化方法はなかった。
【0003】
【特許文献1】特開平6−70798号公報
【特許文献2】特開平8−187095号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、水溶液中のタンパク質の変性、変質及び凝集を抑制し、タンパク質の水溶液を長期的に安定化させることができるタンパク質の安定化剤を提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記の目的を達成するべく検討を行った結果、本発明に到達した。
すなわち、本発明は、酵素、組み換えタンパク質、抗体及びペプチドからなる群より選ばれる少なくとも1種のタンパク質を含有する水溶液の安定化剤であって、アルギニンと有機酸(a)との塩(A)を含んでなるタンパク質含有水溶液の安定化剤;その安定化剤を含有させるタンパク質含有水溶液の安定化方法;安定化剤を含有するタンパク質含有水溶液である。
【発明の効果】
【0006】
本発明のタンパク質含有水溶液の安定化剤は、水溶液中のタンパク質を安定化し、水溶液中のタンパク質の生理活性が低下しないので、医薬品、および生化学の分野において有効に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、酵素、組み換えタンパク質、抗体及びペプチドからなる群より選ばれる少なくとも1種のタンパク質を含有する水溶液の安定化剤であって、アルギニンと有機酸(a)との塩(A)を含んでなるタンパク質含有水溶液の安定化剤である。
すなわち、塩基性アミノ酸であるアルギニンを有機酸で中和した塩を安定化剤として使用することを要旨とする。
【0008】
酵素、ペプチドなどのタンパク質を水溶液として保存する際にそのまま保存すると、これらが凝集や加水分解等を起こし力価が著しく低下するという問題点があるが、本発明では、特定の化学構造を有する上記の塩(A)を水溶液の安定化剤として添加することにより解決することを見出した。
【0009】
本発明のタンパク質水溶液安定化剤において、安定化剤として作用させるために存在させるアルギニンと有機酸(a)との塩(A)は、 アルギニンを有機酸で中和したものである。
【0010】
本発明における有機酸(a)としてはヒドロキシカルボン酸、カルボン酸、有機リン酸及び有機スルホン酸などが挙げられる。
【0011】
ヒドロキシカルボン酸としては、モノヒドロキシカルボン酸(乳酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸及びサリチル酸等)、ジヒドロキシカルボン酸(オルセリン酸等)及びトリヒドロキシカルボン酸(没食子酸等)等が挙げられる。
【0012】
カルボン酸としては、モノカルボン酸(蟻酸、酢酸、プロピオン酸、ブタン酸、オクタン酸、デカン酸及びオレイン酸等)、ジカルボン酸(フタル酸、シュウ酸及びアジピン酸等)、トリカルボン酸(トリメリット酸等)、テトラカルボン酸(エチレンジアミン4酢酸、ブタンテトラカルボン酸及びシクロペンタンテトラカルボン酸等)等が挙げられる。
【0013】
有機リン酸としては、メチルリン酸、エチルリン酸等が挙げられる。
【0014】
有機スルホン酸としては、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸等が挙げられる。
【0015】
これらのうち、タンパク質の安定化の観点からヒドロキシカルボン酸及びカルボン酸が好ましく、さらに好ましくはヒドロキシカルボン酸であり、次にさらに好ましくは乳酸及びクエン酸であり、最も好ましくは乳酸である。
【0016】
ヒドロキシカルボン酸は、得られた酵素、組み換えタンパク質、抗体、ペプチドなどが医薬品、食品分野で使用されることを考慮した場合、安全性の観点からも好ましい。
【0017】
有機酸(a)による中和度は特に限定されず、部分中和塩であっても良い。例えば、2価の有機酸の場合、2価の完全中和塩であっても、1価分だけの部分中和塩であっても良い。
また、塩(A)としては、1種だけを用いても複数種の塩(A)の混合物を用いても良い。
【0018】
本発明の安定化剤には緩衝剤及び多価アルコールを含んでもよい。
緩衝剤としては、公知(特開平08−187095号公報等)に記載の緩衝剤を使用できる。多価アルコールとしては、グリセリン、ソルビトール及び公知(特開平08−187095号公報等)に記載の糖類を使用できる。
【0019】
アルギニンと有機酸(a)との塩(A)を、酵素、組み換えタンパク質、抗体及びペプチドなどのタンパク質を含有する水溶液に含有させることでタンパク質含有水溶液のタンパク質を安定化できる。
【0020】
塩(A)の含有量は、長期間のタンパク質の安定化及びコストの観点から、これらのタンパク質を含有する水溶液の体積に基づいて0.001〜0.5mol/Lの濃度で含有することが好ましく、さらに好ましくは0.01〜0.4mol/L、特に好ましくは0.04〜0.25mol/Lである。
【0021】
なお、アルギニン以外の塩基性アミノ酸であるヒスチジン、リシンでも、安定化の効果は認められるが、長期安定化の観点から、アルギニンに比べて劣る。
【0022】
タンパク質含有水溶液におけるタンパク質の含有量(重量%)は、タンパク質の安定化の観点からタンパク質含有水溶液の重量に基づいて、0.001〜10が好ましく、0.01〜2がさらに好ましい。
【0023】
タンパク質含有水溶液における塩(A)の含有量(重量%)は、タンパク質の安定化の観点から、タンパク質の重量に基づいて8〜5,000が好ましく、さらに好ましくは50〜1,000である。
【0024】
本発明のタンパク質含有水溶液には、安定化効果を損なわない範囲で、緩衝剤、多価アルコール、金属塩、ゼラチン及び界面活性剤等を添加してもよい。
【0025】
緩衝剤及び多価アルコールとしては前述のものが使用できる。金属塩としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム等が使用できる。ゼラチンとしては変性コラーゲンであれば特に限定することなく使用することができる。界面活性剤としては公知(特開2007−204498号公報等)に記載の非イオン性界面活性剤等が使用でき、市販のTWEEN(登録商標)80等が容易に入手できる。
【0026】
本発明のタンパク質含有水溶液の安定化剤の使用方法及び本発明の安定化方法の例を以下に説明するが、アルギニンと有機酸との塩(A)又は本発明の安定化剤をそのまま、あるいは水に溶かしてタンパク質含有水溶液に加えてもよいし、タンパク質をアルギニンと有機酸との塩(A)の水溶液又は本発明の安定化剤の水溶液に加えてもよいし、タンパク質と、アルギニンと有機酸との塩(A)又は本発明の安定化剤と、水とを同時に混ぜてもよい。
分離精製工程で分離された酵素の安定化水溶液を作成する場合の一例を以下に挙げる。
1.アルギニンと有機酸との塩(A)又は本発明の安定化剤を水に加え、水溶液を作製する。
2.分離精製後の酵素水溶液を上記水溶液に加える。
3.常温(10〜25℃)もしくは冷蔵(4℃〜10℃程度)で密封保存する。
【0027】
本発明のタンパク質水溶液安定化剤が適用できるタンパク質としては、酵素(P1)、組み換えタンパク質(P2)、抗体(P3)及びペプチド(P4)などが含まれる。
【0028】
酵素(P1)としては、加水分解酵素、異性化酵素、酸化還元酵素、転移酵素、合成酵素及び脱離酵素などが含まれる。
加水分解酵素としては、リゾチーム、プロテアーゼ、セリンプロテアーゼ、アミラーゼ、リパーゼ、セルラーゼ、グルコアミラーゼなどが挙げられる。
異性化酵素としては、グルコースイソメラーゼが挙げられる。
酸化還元酵素としては、ペルオキシダーゼなどが挙げられる。
転移酵素としては、アシルトランスフェラーゼ、スルホトランスフェラーゼなどが挙げられる。
合成酵素としては、脂肪酸シンターゼ、リン酸シンターゼ、クエン酸シンターゼなどが挙げられる。
脱離酵素としては、ペクチンリアーゼなどが挙げられる。
【0029】
組み換えタンパク質(P2)としては、タンパク製剤、ワクチン等が含まれる。
タンパク製剤としては、インターフェロンα、インターフェロンβ、インターロイキン1〜12、成長ホルモン、エリスロポエチン、インスリン、顆粒状コロニー刺激因子(G−CSF)、組織プラスミノーゲン活性化因子(TPA)、ナトリウム利尿ペプチド、血液凝固第VIII因子、ソマトメジン、グルカゴン、成長ホルモン放出因子、血清アルブミン、カルシトニン等が挙げられる。
ワクチンとしては、A型肝炎ワクチン、B型肝炎ワクチン、C型肝炎ワクチン及びインフルエンザワクチン等が挙げられる。
【0030】
抗体(P3)としては、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体等が挙げられる。モノクローナル抗体には、パーオキシターゼやアルカリ性フォスファターゼで標識した酵素標識抗体も含まれる。
【0031】
ペプチド(P4)としては、アミノ酸の個数が2〜50個の化合物であり、特にアミノ酸組成を限定するものではなく、ジペプチド、トリペプチドなどが含まれる。
【0032】
これらのうち、本発明は、タンパク質の安定化の観点から、酵素(P1)及び組み換えタンパク質(P2)に好適に適用され、特に(P1)に適している。
【実施例】
【0033】
以下の実施例により本発明を更に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0034】
実施例1 (アルギニン・乳酸塩の合成)
200mLコルベンにアルギニン(和光純薬製)8.7g(0.05モル)を入れ、イオン交換水100gに溶解させた。ここに90%乳酸(和光純薬製)を5.0g(0.05モル)を少しずつ加え、60℃で1時間加熱攪拌して反応させた。エバポレーターで濃縮後、水から再結晶して0.2Torrで3時間減圧乾燥し、アルギニン・乳酸塩11.9g(収率99%)を得た。核磁気共鳴スペクトル(NMR)で測定した純度は99%であった。
【0035】
実施例2 (アルギニン・クエン酸塩の合成)
実施例1において、乳酸をクエン酸1水和物3.5g(0.017モル)に変更する以外は実施1と同様におこない、アルギニン・クエン酸塩11.0g(収率98%)を得た。純度は99%であった。
【0036】
実施例3 (アルギニン・酢酸塩の合成)
実施例1において、乳酸を酢酸3.0g(0.05モル)に変更する以外は実施例1と同様におこない、アルギニン・酢酸塩10.7g(収率98%)を得た。純度は99%であった。
【0037】
実施例4 (アルギニン・蟻酸塩の合成)
実施例1において、乳酸を蟻酸2.3g(0.05モル)に変更する以外は実施例1と同様におこない、アルギニン・蟻酸塩10.0g(収率97%)を得た。純度は99%であった。
【0038】
実施例5
リゾチーム(市販品「リゾチーム」和光純薬製、力価20,000units/mg)10mgを50mMリン酸緩衝液(pH=7)0.9mLに溶解させ、さらに、予め実施例1のアルギニン・乳酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液0.1mLを加え、1分間かき混ぜ本発明のタンパク質含有水溶液(R−1)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に1.0重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・乳酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.041mol/Lであった。
この(R−1)の酵素活性(力価)を後述の方法で測定した。
【0039】
実施例6
実施例5において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例2のアルギニンクエン酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・クエン酸塩水溶液0.1mLを使用する以外は実施例5と同様に行い、本発明のリゾチーム含有水溶液(R−2)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に1.0重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・クエン酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.016mol/Lであった。
【0040】
実施例7
実施例5において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例3のアルギニン・酢酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・酢酸塩水溶液0.1mLを使用する以外は実施例5と同様に行い、本発明のリゾチーム含有水溶液(R−3)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に1.0重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・酢酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.046mol/Lであった。
【0041】
実施例8
実施例5において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例4のアルギニン・蟻酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・蟻酸塩水溶液0.1mLを使用する以外は実施例5と同様に行い、本発明のリゾチーム含有水溶液(R−4)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に1.0重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・蟻酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.050mol/Lであった。
【0042】
実施例9
実施例5において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例1のアルギニン・乳酸塩0.1gをイオン交換水49.9gに撹拌混合して溶解させておいた0.2重量%アルギニン・乳酸塩水溶液0.1mLを使用する以外は実施例5と同様に行い、本発明のリゾチーム含有水溶液(R−5)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に1.0重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・乳酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.001mol/Lであった。
【0043】
実施例10
実施例5において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、実施例1のアルギニン・乳酸塩0.123gをそのまま使用する以外は実施例5と同様に行い、本発明のリゾチーム含有水溶液(R−6)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に1.0重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・乳酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.50mol/Lであった。
【0044】
比較例1
実施例5において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させた牛血清アルブミン(和光純薬製)の水溶液0.1mLを使用する以外は実施例5と同様に行い、リゾチーム含有水溶液(R’−1)を得た。
【0045】
比較例2
実施例5において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させたグルコース(和光純薬製)の水溶液0.1mLを使用する以外は実施例5と同様に行い、リゾチーム含有水溶液(R’−2)を得た。
【0046】
比較例3
実施例5において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させたグリセリン(和光純薬製)の水溶液0.1mLを使用する以外は実施例5と同様に行い、リゾチーム含有水溶液(R’−3)を得た。
【0047】
比較例4
実施例5において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させたアルギニン・塩酸塩(和光純薬製)の水溶液0.1mLを使用する以外は実施例5と同様に行い、リゾチーム含有水溶液(R’−4)を得た。
【0048】
<リゾチーム含有水溶液の酵素活性(力価)の測定>
実施例5〜10及び比較例1〜4で得られたリゾチーム含有水溶液(R−1)〜(R−6)及び(R’−1)〜(R’−4)が入った容積1.5mLのエッペンドルフチューブを80℃に温調した振とう器付き恒温槽で30分インキュベートし、各溶液50μLを、2%枯草菌懸濁液(20%枯草菌懸濁液2mLに50mMリン酸緩衝液18mLを加えて前もって調製したもの)1mLと50mMリン酸緩衝液2mLとが入った試験管に加えた。加えた直後の450nmにおける吸光度(A0)を分光光度計(島津製作所製、UV−2550)で測定し、さらに測定開始から5分後にもう一度吸光度(A5)を測定し、これらの450nmにおける5分間の吸光度変化(ΔA)を以下の式で算出した。

ΔA=A5−A0

また、実施例5〜10及び比較例1〜4のリゾチーム水溶液のリゾチーム濃度と同濃度の市販品「リゾチーム」の水溶液で他に添加剤を加えないブランクの水溶液を調製し、これを用いて、インキュベートしないこと以外は上記と同様に測定し、450nmにおける5分間の吸光度変化(ΔAb)を測定し算出した。

ΔAb=Ab5−Ab0
【0049】
80℃で30分間保管後の各リゾチーム含有水溶液の「力価の保持率」は以下の式を用いて算出した。
【0050】
力価の保持率(%)=(ΔA/ΔAb) ×100
【0051】
上記実施例及び比較例の力価の保持率を表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
従来から使用されている安定化剤を用いた比較例1〜3は、酵素含有水溶液の安定化効果がまだ不十分であることがわかる。また、アルギニンの無機酸塩を使用した比較例4では、安定化効果が高まり、比較例1〜3に比べて力価の保持率が改善されるものの、依然として十分な効果が得られなかった。一方、アルギニンを有機酸で中和した本発明のアルギニンと有機酸との塩を使用した実施例5〜10の安定化剤の力価の保持率は非常に高いことがわかる。
【0054】
実施例11
遺伝子組換えインターフェロンβ(和光純薬工業製、マウス由来)100μgをイオン水100μLに溶解させ、この水溶液100μLに、予め実施例1のアルギニン・乳酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液10μLを加えて軽く振り混ぜて均一化して本発明のインターフェロンβ水溶液(I−1)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・乳酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.037mol/Lであった。
この(I−1)の活性(力価)を後述の方法で測定した。
【0055】
実施例12
実施例11において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例2のアルギニン・クエン酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・クエン酸塩水溶液10μLを使用する以外は実施例11と同様に行い、本発明のインターフェロンβ水溶液(I−2)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・クエン酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.014mol/Lであった。
【0056】
実施例13
実施例11において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例3のアルギニン・酢酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・酢酸塩水溶液10μLを使用する以外は実施例11と同様に行い、本発明のインターフェロンβ水溶液(I−3)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・酢酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.042mol/Lであった。
【0057】
実施例14
実施例11において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例4のアルギニン・蟻酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・蟻酸塩水溶液10μLを使用する以外は実施例11と同様に行い、本発明のインターフェロンβ水溶液(I−4)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・蟻酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.045mol/Lであった。
【0058】
実施例15
実施例11において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例1のアルギニン・乳酸塩0.2gをイオン交換水49.8gに撹拌混合して溶解させておいた0.2重量%アルギニン・乳酸塩水溶液10μLを使用する以外は実施例11と同様に行い、本発明のインターフェロンβ水溶液(I−5)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・乳酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.01mol/Lであった。
【0059】
実施例16
実施例11において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、実施例1のアルギニン・乳酸塩0.0018gをそのまま使用する以外は実施例11と同様に行い、本発明のインターフェロンβ水溶液(I−6)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・クエン酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.50mol/Lであった。
【0060】
比較例5
実施例11において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させた牛血清アルブミン(和光純薬製)の水溶液10μLを使用する以外は実施例11と同様に行い、インターフェロンβ水溶液(I’−1)を得た。
【0061】
比較例6
実施例11において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させたグルコース(和光純薬製)の水溶液10μLを使用する以外は実施例11と同様に行い、インターフェロンβ水溶液(I’−2)を得た。
【0062】
比較例7
実施例11において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させたグリセリン(和光純薬製)の水溶液10μLを使用する以外は実施例11と同様に行い、インターフェロンβ水溶液(I’−3)を得た。
【0063】
比較例8
実施例11において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させたアルギニン・塩酸塩(和光純薬製)の水溶液10μLを使用する以外は実施例11と同様に行い、インターフェロンβ水溶液(I’−4)を得た。
【0064】
<インターフェロンβ水溶液の活性(力価)の測定>
実施例11〜16及び比較例5〜8で得られたインターフェロン水溶液(I−1)〜(I−6)及び(I’−1)〜(I’−4)を恒温槽中で37℃、3時間インキュベートし、この水溶液50μLを、インターフェロンβ ELISAキット(「インターフェロンβ ELISAキット」、鎌倉テクノサイエンス社製)を用いて、力価を測定した。力価はインターフェロンに作用する酵素標識抗インターフェロンモノクローナル抗体の酵素活性で評価した。酵素活性はキットに添付の説明書に従い、分光光度計で吸光度を読み取り検量線を作成し、検量線から各サンプルの力価を算出した。
また、インターフェロン水溶液(I−1)〜(I−6)及び(I’−1)〜(I’−4)を恒温槽でインキュベートする前に上記と同様に測定し、別途力価を算出した。
力価の保持率は、以下の式で計算した。

力価の保持率=(インキュベート後の力価)/(インキュベート前の力価)×100
【0065】
上記実施例及び比較例の力価の保持率を表2に示す。
【0066】
【表2】

【0067】
従来から使用されている安定化剤を用いた比較例5〜7は、組換えタンパク質含有水溶液の安定化効果がまだ不十分であることがわかる。また、アルギニンの無機酸塩を使用した比較例8では、安定化効果が高まり、比較例5〜7に比べて力価の保持率が改善されるものの、依然として十分な効果が得られなかった。一方、アルギニンを有機酸で中和した本発明のアルギニンと有機酸との塩を使用した実施例11〜16の安定化剤の力価の保持率は非常に高いことがわかる。
【0068】
実施例17
西洋ワサビ由来ペルオキシターゼ標識抗ヒトインターフェロンβマウスモノクローナル抗体溶液(鎌倉テクノサイエンス社製)100μLに、予め実施例1のアルギニン・乳酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液を10μLを加えて軽く振り混ぜて均一化して本発明のモノクローナル抗体水溶液(M−1)を得た。
この(M−1)の活性(力価)を後述の方法で測定した。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・乳酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.037mol/Lであった。
【0069】
実施例18
実施例17において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例2のアルギニン・クエン酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・クエン酸塩水溶液10μLを使用する以外は実施例17と同様に行い、本発明のモノクローナル抗体水溶液(M−2)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・クエン酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.014mol/Lであった。
【0070】
実施例19
実施例17において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例3のアルギニン・酢酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・酢酸塩水溶液10μLを使用する以外は実施例17と同様に行い、本発明のモノクローナル抗体水溶液(M−3)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・酢酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.042mol/Lであった。
【0071】
実施例20
実施例17において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例4のアルギニン・蟻酸塩1gをイオン交換水9gに撹拌混合して溶解させておいた10重量%アルギニン・蟻酸塩水溶液10μLを使用する以外は実施例17と同様に行い、本発明のモノクローナル抗体水溶液(M−4)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・蟻酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.045mol/Lであった。
【0072】
実施例21
実施例17において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、予め実施例1のアルギニン・乳酸塩0.1gをイオン交換水49.9gに撹拌混合して溶解させておいた0.2重量%アルギニン・乳酸塩水溶液10μLを使用する以外は実施例17と同様に行い、本発明のモノクローナル抗体水溶液(M−5)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・乳酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.01mol/Lであった。
【0073】
実施例22
実施例17において、10重量%アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、実施例1のアルギニン・乳酸塩0.0014gをそのまま使用する以外は実施例17と同様に行い、本発明のモノクローナル抗体水溶液(M−6)を得た。
得られたタンパク質含有水溶液中のタンパク質濃度は、タンパク質含有水溶液の重量を基準に0.091重量%であった。得られたタンパク質含有水溶液中のアルギニン・クエン酸塩の濃度は、タンパク質含有水溶液の体積を基準に0.50mol/Lであった。
【0074】
比較例9
実施例17において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させた牛血清アルブミン(和光純薬製)の水溶液10μLを使用する以外は実施例17と同様に行い、モノクローナル抗体水溶液(M’−1)を得た。
【0075】
比較例10
実施例17において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させたグルコース(和光純薬製)の水溶液10μLを使用する以外は実施例17と同様に行い、モノクローナル抗体水溶液(M’−2)を得た。
【0076】
比較例11
実施例17において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させたグリセリン(和光純薬製)の水溶液10μLを使用する以外は実施例17と同様に行い、モノクローナル抗体水溶液(M’−3)を得た。
【0077】
比較例12
実施例17において、アルギニン・乳酸塩水溶液の代わりに、10重量%となるようにイオン交換水で予め溶解させたアルギニン・塩酸塩(和光純薬製)の水溶液10μLを使用する以外は実施例17と同様に行い、モノクローナル抗体水溶液(M’−4)を得た。
【0078】
<モノクローナル抗体水溶液の活性(力価)の測定>
実施例17〜22及び比較例9〜12で得られたモノクローナル抗体水溶液(M−1)〜(M−6)及び(M’−1)〜(M’−4)を恒温槽中で37℃、3時間インキュベートし、この水溶液50μLを、インターフェロンβ ELISAキット(「インターフェロンβ ELISAキット」、鎌倉テクノサイエンス社製)を用いて、力価を測定した。力価はインターフェロン標準液(キットに付属)に作用する酵素標識抗インターフェロンモノクローナル抗体の酵素活性で評価した。酵素活性はキットに添付の説明書に従い、分光光度計で吸光度を読み取り検量線を作成し、検量線から各サンプルの力価を算出した。
また、モノクローナル抗体水溶液(M−1)〜(M−6)及び(M’−1)〜(M’−4)を恒温槽でインキュベートする前に上記と同様に測定し、別途力価を算出した。
力価の保持率は、以下の式で計算した。

力価の保持率=(インキュベート後の力価)/(インキュベート前の力価)×100
【0079】
上記実施例及び比較例の力価の保持率を表3に示す。
【0080】
【表3】

【0081】
従来から使用されている安定化剤を用いた比較例9〜11は、抗体含有水溶液の安定化効果がまだ不十分であることがわかる。また、アルギニンの無機酸塩を使用した比較例12では、安定化効果が高まり、比較例9〜11に比べて力価の保持率が改善されるものの、依然として十分な効果が得られなかった。一方、アルギニンを有機酸で中和した本発明のアルギニンと有機酸との塩を使用した実施例17〜22の安定化剤の力価の保持率は非常に高いことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明のタンパク質含有水溶液のの安定化剤は、タンパク質を安定化し活性を長期間低下させないので、医薬品、食品、および生化学の分野において有効に使用することができる。たとえば、タンパク医薬品液体製剤、酵素液体製剤、工業用酵素水溶液、液体洗剤、飲料、診断薬用の測定試薬、タンパク質の標準液などに使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素、組み換えタンパク質、抗体及びペプチドからなる群より選ばれる少なくとも1種のタンパク質を含有する水溶液の安定化剤であって、アルギニンと有機酸(a)との塩(A)を含んでなるタンパク質含有水溶液の安定化剤。
【請求項2】
有機酸(a)がヒドロキシカルボン酸である請求項1に記載のタンパク質含有水溶液の安定化剤。
【請求項3】
有機酸(a)が乳酸である請求項1又は2に記載のタンパク質含有水溶液の安定化剤。
【請求項4】
酵素、組み換えタンパク質、抗体及びペプチドからなる群より選ばれる少なくとも1種のタンパク質を含有する水溶液に、アルギニンと有機酸(a)との塩(A)を、タンパク質を含有する水溶液の体積に基づいて0.001〜0.5mol/Lの濃度で含有させることからなるタンパク質含有水溶液の安定化方法。
【請求項5】
酵素、組み換えタンパク質、抗体及びペプチドからなる群より選ばれる少なくとも1種のタンパク質を含有する水溶液であり、アルギニンと有機酸(a)との塩(A)を、タンパク質の水溶液の体積に基づいて0.001〜0.5mol/Lの濃度で含有するタンパク質含有水溶液。

【公開番号】特開2009−34095(P2009−34095A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−133321(P2008−133321)
【出願日】平成20年5月21日(2008.5.21)
【出願人】(000002288)三洋化成工業株式会社 (1,719)
【Fターム(参考)】