説明

ダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイ及びスクリーニング方法、並びにダイオキシン類モニター用遺伝子及び植物形質転換用プラスミドベクター

【課題】 ダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイ、スクリーニング方法を提供する。また、ダイオキシン類モニター用遺伝子及びこの遺伝子を宿主の植物体に導入するために用いられる植物形質転換用プラスミドベクターを提供する。
【解決手段】 ダイオキシン類暴露によりその発現が変動する複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子から調製されたDNAプローブが基板に固定化されているダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイである。また、このようなDNAアレイを用いたダイオキシン類汚染のスクリーニング方法である。更に、ダイオキシン類に暴露された際にレポーター遺伝子の発現が変動するダイオキシン類モニター用遺伝子及びこの遺伝子を宿主の植物体に導入するための植物形質転換用プラスミドベクターである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、土壌等の土圏や、湖沼、地下水等の水圏や、焼却場周辺の大気等の大気圏がダイオキシン類により汚染されているか否かをスクリーニングするために用いられるダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイ及びスクリーニング方法、並びに、ダイオキシン類により汚染されているか否かをモニターするのに好適なダイオキシン類モニター用遺伝子及びこれを用いて調製された植物形質転換用プラスミドベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
ダイオキシン類には、数多くの化学構造を持つ物質があり、多ハロゲン化ジベンゾ-p-ジオキシン類や多ハロゲン化ジベンゾフラン類を始めとして、その類縁化合物であるコプラナーPCB(coplanar polychlorobiphenyls;Co-PCBs)類等が知られている。そして、これらのダイオキシン類は、化学構造的に安定な物質であって環境中で分解され難く、また、人体に対して低濃度で強い毒性を有し、広範囲に汚染が広がるのが特徴であり、しかも、一旦このダイオキシン類で環境が汚染されるとその修復が極めて困難である。
【0003】
このため、環境省においても、ダイオキシン類汚染対策のための幾つかの技術的指針やマニュアル等を公表しており、特に、ダイオキシン類による汚染が存在するか否か、存在するとすればどの様なダイオキシン類がどの程度の濃度で存在するか、等のダイオキシン類による汚染の実態を高い精度で把握することがダイオキシン類の汚染対策を進める上で極めて重要であることから、高濃度ダイオキシン類汚染物分解処理技術マニュアルとは別に、ダイオキシン類による汚染を測定するための測定方法や精度管理について、幾つかの技術的指針やマニュアルを公表している(環境省ホームページの「ダイオキシン類対策」URL: http://www.env.go.jp/chemi/dioxin/guide.html)。
【0004】
そして、この環境省の技術的指針やマニュアルによれば、例えば平成12年1月公表の「ダイオキシン類に係る土壌調査測定マニュアル」には、調査地点から試料を採取して分析試料を調製する方法から、分析に用いる試薬、材料、器具等のブランク試験の方法、多くの操作を含むクリーンアップ処理の方法、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)による分析操作の方法等までが細かに説明されており、特にガスクロマトグラフ質量分析計等を用いた大型分析機器によりダイオキシン類の個別の化合物毎の定量分析を精度良く行うことが求められている。
【0005】
しかしながら、このガスクロマトグラフ質量分析計を用いるGC−MS法においては、試料中にどの様なダイオキシン類がどの程度の濃度で含まれているかを正確に測定することはできるが、広い調査領域から採取された多数の試料を同時に一括して測定することができず、しかも、測定に際しては、測定対象の試料がダイオキシン類に汚染されているか否かにかかわらず、たとえ汚染されていない試料についても汚染されている試料と同様の測定操作を必要とし、実際にはダイオキシン類汚染の調査に相当の無駄な労力と費用が嵩むという問題がある。
【0006】
また、このようなGC−MS法における問題を解決するために、ダイオキシン受容体(AhR)及びダイオキシン受容体核トランスロケーター(Arnt)を恒常的に産生又は導入し、ダイオキシン類、ダイオキシン受容体及びダイオキシン受容体核トランスロケーターを含む複合体の転写制御領域への結合を介して、レポータータンパクを産生するダイオキシン類測定用形質転換体を調製し、このダイオキシン類測定用形質転換体を用いてダイオキシン類の検出、定量分析、及びスクリーニングを行うことも提案されている(特開2004-135,662号公報)。なお、このダイオキシン類測定用形質転換体は、哺乳動物由来の特定の細胞を宿主とするものである。
【非特許文献1】環境省ホームページの「ダイオキシン類対策」URL: HYPERLINK "http://www.env.go.jp/chemi/dioxin/guide.html" http://www.env.go.jp/chemi/dioxin/guide.html
【特許文献1】特開2004-135,662号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、ダイオキシン類の汚染については、最終的には「どの様なダイオキシン類がどの程度の濃度で存在するか」をGC−MS法により高い精度で把握することが必要であるとしても、もし採取された多数の試料について「ダイオキシン類で汚染されているか否か」を簡便な方法で容易にスクリーニングすることができれば、このスクリーニングでダイオキシン類の汚染が認められた試料についてのみGC−MS法による定量分析を行えばよく、このGC−MS法による定量分析の負荷を大幅に低減することができるほか、気軽にダイオキシン類汚染の有無を調査することが可能になり、ダイオキシン類の汚染対策に多大な役割を果たすことになる。
【0008】
また、例えばダイオキシン類に汚染された地域で長期に亘って環境改善対策を進めているような場合等においては、ダイオキシン類による汚染がどの程度まで改善したかを定期的にモニタリングする必要があるが、これまではこのような場合においても、定期的に試料を採取し、この採取した全ての試料についてGC−MS法による定量分析を行う必要があり、もし多数の試料について簡便な方法で容易にダイオキシン類の存在の有無をスクリーニングすることができれば、GC−MS法による定量分析の負荷を低減できるだけでなく、環境改善対策の結果を経時的に観察することが容易になる。
【0009】
ところで、動物については、これまでにダイオキシン類暴露により発現応答する遺伝子の存在が多数報告されている。このことは、これらの遺伝子がダイオキシン類汚染のバイオマーカーになり得る可能性を示唆している。これに対して、植物については、ダイオキシン類暴露による遺伝子発現についてあまり検討されてこなかったが、植物は動物と異なって移動できない等の植物特有の生活様式を有していることから、長い進化の過程で植物固有の遺伝形質を獲得してきており、その中には有害化学物質のストレスを含む様々な劣悪環境ストレスに適応する遺伝形質も数多く含まれていることから、ダイオキシン類暴露に発現応答する遺伝子の存在が期待される。
【0010】
そこで、本発明者は、一年草であって種子から開花まで1〜1.5ヶ月とその生育が早く、個体が小さくて生育し易いという特長を有し、しかも、染色体数(2n=10)が少なくてゲノムサイズ(108塩基数)が小さく、既にゲノムの全塩基配列が決定されていて遺伝子解析がやり易いアブラナ科シロイヌナズナ属の植物、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)に着目し、このシロイヌナズナの遺伝子がダイオキシン類に対してどのような発現応答をするかについて検討した結果、シロイヌナズナの遺伝子にはダイオキシン類暴露により遺伝子発現が促進されるものと、反対に抑制されるものと、更には発現応答がないものとが存在し、このシロイヌナズナの遺伝子が有するダイオキシン類暴露に対する発現応答の性質を利用してダイオキシン類汚染のスクリーニングが可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
また、本発明者は、ダイオキシン類暴露に対する発現促進や発現抑制が比較的強いシロイヌナズナの遺伝子の遺伝子発現調節部位と所定のレポーター遺伝子とを結合させて得られた遺伝子(ダイオキシン類モニター用遺伝子)がダイオキシン類に暴露されると、そのレポーター遺伝子の発現が促進あるいは抑制され、ダイオキシン類モニター用として利用できることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
従って、本発明の目的は、ダイオキシン類暴露によりその発現が変動(促進又は抑制)する複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子から得られたDNAプローブ(cDNAプローブあるいはオリゴヌクレオチドプローブ)を利用して作製され、多数の試料について簡便な方法で容易に「ダイオキシン類で汚染されているか否か」のスクリーニングを行うことができるダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイを提供することにある。
【0013】
また、本発明の他の目的は、ダイオキシン類暴露によりその発現が変動(促進又は抑制)する複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子から調製されたDNAプローブを用いて作製されたDNAアレイを利用し、多数の試料について簡便な方法で容易に「ダイオキシン類で汚染されているか否か」のスクリーニングを行うことができるダイオキシン類汚染のスクリーニング方法を提供することにある。
【0014】
更に、本発明の他の目的は、ダイオキシン類に暴露された際にその発現が変動(促進又は抑制)するシロイヌナズナ由来の遺伝子の発現調節部位とレポーター遺伝子とを結合させた遺伝子であり、ダイオキシン類に暴露された際にレポーター遺伝子の発現が変動(促進又は抑制)することを利用し、ダイオキシン類の汚染をモニタリングすることができるダイオキシン類モニター用遺伝子、及びこのダイオキシン類モニター用遺伝子を宿主の植物体に導入するために用いられる植物形質転換用プラスミドベクターを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
すなわち、本発明は、ダイオキシン類暴露によりその発現が促進される複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子(発現促進遺伝子)及び/又はダイオキシン類暴露によりその発現が抑制される複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子(発現抑制遺伝子)から調製されたDNAプローブが基板に固定化されていることを特徴とするダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイである。
【0016】
また、本発明は、スクリーニング試料を含む培地でシロイヌナズナを所定期間栽培し、栽培したシロイヌナズナからmRNAを取り出し、この取り出されたmRNAから標識化合物で標識されたcDNAからなる逆転写ターゲットを調製し、得られた逆転写ターゲットをダイオキシン類汚染スクリーニング用のDNAアレイ上のDNAプローブとの間でハイブリダイゼーションさせ、上記逆転写ターゲットの標識強度を測定してどの遺伝子の発現が促進及び/又は抑制されたかの遺伝子発現情報を調べ、この遺伝子発現情報に基づいて上記スクリーニング試料がダイオキシン類を含むか否かを判定することを特徴とするダイオキシン類汚染のスクリーニング方法である。
【0017】
更に、本発明は、ダイオキシン類に暴露された際にその発現が変動(促進又は抑制)するシロイヌナズナ由来の遺伝子の発現調節部位とレポーター遺伝子とを結合させた遺伝子であって、ダイオキシン類に暴露された際にレポーター遺伝子の発現が変動(促進又は抑制)することを特徴とするダイオキシン類モニター用遺伝子であり、また、このようなダイオキシン類モニター用遺伝子を宿主の植物体に導入するために用いられる植物形質転換用プラスミドベクターである。
【0018】
なお、ダイオキシン類の汚染をスクリーニングし、あるいは、モニターするために本発明で用いられるシロイヌナズナの遺伝子には、ダイオキシン類に暴露されてその発現が促進される遺伝子(発現促進遺伝子)と、ダイオキシン類に暴露されてその発現が抑制される遺伝子(発現抑制遺伝子)と、ダイオキシン類に暴露されてもその発現が促進も抑制もされない遺伝子(発現無応答遺伝子)とが存在するが、本発明においては、ダイオキシン類に暴露されていないシロイヌナズナ由来のmRNAより調製した蛍光標識cDNAをターゲットとした蛍光シグナル強度(SN)に対するダイオキシン類に暴露されたシロイヌナズナ由来のmRNAより調製した蛍光標識cDNAをターゲットとした蛍光シグナル強度(SE)のシグナル強度比(SE/SN)が2.0以上(SE/SN≧2.0)の遺伝子を「発現促進遺伝子」とし、シグナル強度比(SE/SN)が0.5以下(SE/SN≦0.5)の遺伝子を「発現抑制遺伝子」とし、シグナル強度比(SE/SN)が0.5<SE/SN<2.0の遺伝子を「発現無応答遺伝子」と定義した。
【0019】
ここで、上記発現促進遺伝子としては、具体的には、遺伝子発現の促進が顕著な(比較的強い)At1g10370、At1g17180、At1g59700、At1g78340、At1g78360、At1g78380、At2g05380、At3g03470、At3g26170、At3g49220、At4g13770、At4g23680、At4g34710、At4g34870、At5g14920、At5g38970、At5g39580、At5g51890、At5g64100、At5g64110、及びAt5g64120等や、遺伝子発現の促進が比較的弱いAt1g03220、At1g62660、At1g74950、At2g19570、At2g38860、At3g11340、At3g26450、At4g15210、At5g01470、At5g13180、At5g13330、At5g21105、At5g47060、At5g58070等が挙げられる。
【0020】
また、上記発現抑制遺伝子としては、具体的には、遺伝子発現の抑制が顕著な(比較的強い)At1g30720、At2g34420、At2g34430、At2g40000、At2g45990、At3g07180、At3g26510、At3g59940、及びAt5g36710等や、遺伝子発現の抑制が比較的弱いAt1g20020、At1g21310、At1g30110、At1g62480、At2g27710、At2g33370、At2g33830、At2g39390、At3g04920、At3g05560、At3g07350、At3g10340、At3g48100、At3g48930、At3g49780、At3g49910、At3g55980、At4g14320、At4g25830、At5g02020、At5g02870、At5g03180、At5g07660、At5g14740、At5g27770、At5g60670等が挙げられる。
【0021】
更に、上記発現無応答遺伝子としては、上記の発現促進遺伝子及び発現抑制遺伝子以外のシロイヌナズナ由来の遺伝子が挙げられる。
【0022】
〔ダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイ〕
本発明のダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイは、少なくとも上記発現促進遺伝子から調製されたDNAプローブ及び/又は上記発現抑制遺伝子から調製されたDNAプローブの一部又は全部が基板に固定化されているものであり、そして、この基板には、これら発現促進遺伝子由来のDNAプローブ及び/又は発現抑制遺伝子由来のDNAプローブの一部又は全部に加えて、発現無応答遺伝子から得られたDNAプローブの一部又は全部が固定化されていてもよい。
【0023】
このスクリーニング用DNAアレイに用いる発現促進遺伝子のDNAプローブとしては、好ましくは、遺伝子発現の促進が顕著であって(比較的強くて)グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)のアイソザイム遺伝子をコードするAt1g10370、At1g17180、At1g59700、At1g78340、At1g78360、及びAt1g78380等や、チトクロームP450(CYP)のアイソザイム遺伝子をコードするAt3g03470、At3g26170、At4g13770、及びAt5g38970等や、パーオキシダーゼ(PO)のアイソザイム遺伝子をコードするAt5g39580、At5g51890、At5g64100、At5g64110、及びAt5g64120等や、その他のAt2g05380、At3g49220、At4g23680、At4g34710、At4g34870、及びAt5g14920等から選ばれた一部又は全部の遺伝子から導かれたDNAプローブであるのがよく、また、発現抑制遺伝子のDNAプローブとしては、好ましくは、遺伝子発現の抑制が顕著な(比較的強い)At1g30720、At2g34420、At2g34430、At2g40000、At2g45990、At3g07180、At3g26510、At3g59940、及びAt5g36710から選ばれた一部又は全部の遺伝子から導かれたDNAプローブであるのがよい。
【0024】
また、スクリーニング用DNAアレイに用いる基板としては、典型的には透明な薄いスライドガラス状のガラス板であるが、多孔質ナイロン製基盤等の従来公知の基板も用いることができる。また、この基板上にDNAプローブを固定化する方法についても、例えばガラス板状で直接DNA合成を行い、数十merのオリゴヌクレオチドをプローブにするオリゴヌクレオチドアレイ法や、cDNAクローン等をスポッターでガラス板に固定するcDNAマイクロアレイ法等により、従来公知の方法を採用することができる。
【0025】
例えば、オリゴヌクレオチドをプローブに用いるダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイを作製する場合について、以下に具体的に説明する。
シロイヌナズナのゲノム中にはチトクロームP450(CYP)をコードする遺伝子として約280、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)をコードする遺伝子として48、パーオキシダーゼ(PO)をコードする遺伝子として73のアイソザイム遺伝子の存在が知られており、その位置も特定されている。そこでThe Arabidopsis Information Resourceのゲノムデータベースを基にして、長さが60mer前後でTm(水素結合変性温度)が68〜70℃の条件に合うオリゴヌクレオチド配列をそれぞれの遺伝子について検索し、このオリゴヌクレオチドを合成する。
【0026】
次に、上記チトクロームP450(CYP)、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)及びパーオキシダーゼ(PO)以外のタンパク質をコードする遺伝子であって、PCB126暴露により遺伝子発現が促進され、又は、抑制される遺伝子についても、その長さが60mer前後でTmが68〜70℃の条件に合うオリゴヌクレオチド配列を検索し、このオリゴヌクレオチドを合成する。
【0027】
以上のようにして検索し合成したオリゴヌクレオチドを用い、また、DNAアレイの蛍光シグナル補正用コントロール遺伝子としてハウスキーピング遺伝子であるグリセロアルデヒドリン酸脱水素酵素あるいはオワンクラゲ緑色蛍光タンパク質遺伝子(GFP)の塩基配列から、それぞれオリゴヌクレオチドプローブを合成し、それらをそれぞれスライドガラス上の4箇所に固定化してダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイを作製する。
【0028】
このようにして作製されるダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイは、ダイオキシン類汚染のスクリーニング用として用いることができる。ここで、ダイオキシン類とは、ジベンゾ-p-ジオキシン、ジベンゾフラン及びビフェニルが有する2つのベンゼン環において、複数の水素原子が塩素原子や臭素原子等のハロゲン原子で置換された多ハロゲン化ジベンゾ-p-ジオキシン類、多ハロゲン化ジベンゾフラン類及びコプラナーPCB類の総称であり、そのうち、1分子中に4個以上のハロゲン原子が核置換した多ハロゲン化体が特に人体に対して毒性が強いとされている。
【0029】
具体的には、多ハロゲン化ジベンゾ-p-ジオキシン類としては、例えば、2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ジオキシン、1,2,3,7,8-ペンタクロロジベンゾ-p-ジオキシン、1,2,3,4,7,8-ヘキサクロロジベンゾ-p-ジオキシン、1,2,3,4,6,7,8-ヘプタクロロジベンゾ-p-ジオキシン、1,2,3,4,6,7,8,9-オクタクロロジベンゾ-p-ジオキシン等の化合物を挙げることができ、また、多ハロゲン化ジベンゾフラン類としては、例えば、2,3,7,8-テトラクロロジベンゾフラン、1,2,3,7,8-ペンタクロロジベンゾフラン、2,3,4,7,8-ペンタクロロジベンゾフラン、1,2,3,4,7,8-ヘキサクロロジベンゾフラン、1,2,3,6,7,8-ヘキサクロロジベンゾフラン、1,2,3,7,8,9-ヘキサクロロジベンゾフラン、2,3,4,6,7,8-ヘキサクロロジベンゾフラン、1,2,3,4,6,7,8-ヘプタクロロジベンゾフラン、1,2,3,4,6,7,8,9-オクタクロロジベンゾフラン等の化合物を挙げることができ、更に、コプラナーPCB類としては、例えば、3,3',4,4'-テトラクロロビフェノール、3,4,4',5-テトラクロロビフェニール、3,3',4,4',5-ペンタクロロビフェノール、2,3,4,4',5-ペンタクロロビフェニール、2,3,3',4,4'-ペンタクロロビフェニール、2,3',4,4',5-ペンタクロロビフェニール、2',3,4,4',5-ペンタクロロビフェニール、3,3',4,4',5,5'-ヘキサクロロビフェノール、2,3,3',4,4',5-ヘキサクロロビフェニール、2,3',4,4',5,5'-ヘキサクロロビフェニール、2,3,3',4,4',5,5'-ヘプタクロロビフェノール、2,2',3,3',4,4',5-ヘプタクロロビフェノール等の化合物を挙げることができる。
【0030】
本発明のダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイは、特にPCB77及びPCB81等のテトラクロロビフェニール(TeCB)、PCB105、PCB114、PCB118、PCB123及びPCB126等のペンタクロロビフェニール(PeCB)、PCB156、PCB157、PCB167及びPCB169等のヘキサクロビフェニール(HxCB)、及びPCB189等のヘプタクロロビフェニール(HpCB)等のコプラナーPCB(Co-PCBs)のスクリーニング用として好適に用いることができる。
【0031】
〔ダイオキシン類汚染のスクリーニング方法〕
また、本発明は、このように複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子から調製された発現促進遺伝子由来のDNAプローブ及び/又は発現抑制遺伝子由来のDNAプローブが基板に固定化されたDNAアレイを用いてダイオキシン類汚染のスクリーニングを行う方法であり、先ず、スクリーニング試料を含む培地で例えばオワンクラゲ緑色蛍光タンパク質遺伝子が導入されたシロイヌナズナを所定期間栽培し、次いで、栽培したシロイヌナズナからmRNAを取り出し、この取り出されたmRNAから標識化合物で標識されたcDNAからなる逆転写ターゲットを調製し、得られた逆転写ターゲットをダイオキシン類汚染スクリーニング用のDNAアレイ上のDNAプローブとの間でハイブリダイゼーションさせ、上記逆転写ターゲットの標識強度を測定してどの遺伝子の発現が促進及び/又は抑制されたかの遺伝子発現情報を調べ、この遺伝子発現情報に基づいて上記スクリーニング試料がダイオキシン類を含むか否かを判定するダイオキシン類汚染のスクリーニング方法である。
【0032】
ここで、スクリーニング試料とは、ダイオキシン類により汚染されているか否かの調査を必要とする種々の調査対象から採取された土壌、焼却灰、地下水、排水、河川水、湖沼水等や、これらのものから溶剤抽出、固相抽出等の手段で調製されたものであり、また、このスクリーニング試料を含む培地とは、シロイヌナズナを栽培できるように調製されたシロイヌナズナ栽培用の液体及び/又は固体であって、その組成の一部又は全部として上記スクリーニング試料が添加されたものであり、場合によってはシロイヌナズナが播種される調査対象の土地等そのものであってもよい。また、上記培地を用いて行うシロイヌナズナの栽培期間は、特に制限されるものではないが、通常7日間から30日間、好ましくは7日間から11日間であるのがよい。
【0033】
また、標識されたcDNAからなる逆転写ターゲットを調製するために用いられる標識化合物については、例えば、Cy3-dUTPやCy5-dUTP等の蛍光標識化合物を始め、発色標識化合物や、32P等のラジオアイソトープ標識化合物等を挙げることができ、これらはその1種のみを単独で用いることができるほか、2種以上の化合物を併用することもできる。
【0034】
そして、栽培したシロイヌナズナからmRNAを取り出す方法については、例えば、グアニジンチオシアネートをRNA分解酵素阻害剤として用い、高濃度塩化リチウム(LiCl)で高分子RNAを沈殿させる方法で行われ、また、この取り出されたmRNAから標識化合物で標識されたcDNAからなる逆転写ターゲットを調製する方法については、例えば、蛍光標識化合物としてCy3-dUTP及びCy5-dUTPを用い、マイクロアレイ用蛍光標識cDNA作成キット(アマシャム ファルマシア バイオテク社製)を用いて行われる。
【0035】
また、得られた逆転写ターゲットをダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイとの間でハイブリダイゼーションさせる方法については、例えば、蛍光標識化されたCy3-cDNAとCy5-cDNAを同量加えたものを蛍光標識ターゲットcDNAとしてcDNAマイクロアレイにアプライし、遮光下42℃、16時間の条件でサザンハイブリダイゼーションを行う方法等が挙げられる。
【0036】
そして、上記逆転写ターゲットの標識強度を測定してどの遺伝子の発現が促進及び/又は抑制されたかの遺伝子発現情報を調べる方法については、例えば、サザンハイブリダイゼーション後のマイクロアレイをよく洗浄して未吸着のcDNAを除去した後、マイクロアレイスキャナーを用いて532nm及び635nmの2つの波長でスキャニングし、各スポットの蛍光シグナル強度を測定して数値化し、また、この遺伝子発現情報に基づいて上記スクリーニング試料がダイオキシン類を含むか否かの判定については、例えば、シグナル強度比(SE/SN)が2.0以上(SE/SN≧2.0)である全ての発現促進遺伝子のシグナル強度比を平均化してその数値を求め、また、シグナル強度比(SE/SN)が0.5以下(SE/SN≦0.5)である全ての発現抑制遺伝子のシグナル強度比を平均化してその数値を求め、これらの求められた数値から判定する。
【0037】
〔ダイオキシン類モニター用の遺伝子とプラスミドベクター〕
更に、本発明は、ダイオキシン類に暴露された際にその発現が変動(促進又は抑制)するシロイヌナズナ由来の遺伝子の発現調節部位とレポーター遺伝子とを結合させ、ダイオキシン類に暴露された際にレポーター遺伝子の発現が変動(促進又は抑制)するダイオキシン類モニター用遺伝子である。
【0038】
ここで、ダイオキシン類に暴露された際にその発現が変動(促進又は抑制)するシロイヌナズナ由来の遺伝子の発現調節部位は、好ましくは、遺伝子発現促進が顕著な(比較的強い)遺伝子、At1g10370、At1g17180、At1g59700、At1g78340、At1g78360、At1g78380、At2g05380、At3g03470、At3g26170、At3g49220、At4g13770、At4g23680、At4g34710、At4g34870、At5g14920、At5g38970、At5g39580、At5g51890、At5g64100、At5g64110、及びAt5g64120や、遺伝子発現抑制が顕著な(比較的強い)遺伝子、At1g30720、At2g34420、At2g34430、At2g40000、At2g45990、At3g07180、At3g26510、At3g59940、及びAt5g36710の遺伝子発現調節部位であるのがよく、これらの遺伝子の発現調節部位は、ダイオキシン類モニター用遺伝子が組み込まれた宿主の植物体がダイオキシン類に暴露された際にレポーター遺伝子の発現を顕著に(比較的強く)促進又は抑制し、宿主の植物体がダイオキシン類に暴露されたか否かの判定が容易になる。
【0039】
また、これらの遺伝子発現調節部位に結合されるレポーター遺伝子としては、その遺伝子の発現変動を遺伝子発現情報として容易に測定できるものであればよく、特に制限されるものではないが、例えば緑色蛍光タンパク質遺伝子、β-グルクロニダーゼ遺伝子、抗生物質耐性遺伝子等を挙げることができる。
【0040】
本発明においては、上記のダイオキシン類に暴露された際にその発現が変動(促進又は抑制)するシロイヌナズナ由来の遺伝子の発現調節部位とレポーター遺伝子とを結合させてダイオキシン類モニター用遺伝子を作製する。
【0041】
この遺伝子発現調節部位とレポーター遺伝子との結合は、例えば、次のような方法で行うことができる。すなわち、cDNAマイクロアレイ法及びリアルタイムPCR法で見いだされた上記のダイオキシン類暴露により発現変動(促進又は抑制)する遺伝子の中から、ダイオキシン類汚染のモニタリングに適当な遺伝子を特定する。その遺伝子の発現調節部位の塩基配列をシロイヌナズナ遺伝子のデータベース(The Arabidopsis Information Resource)から入手し、その完全長の配列をPCR法で調製する。バクテリオファージラムダと大腸菌ゲノム間の類似組み換え反応を応用した遺伝子クローニングシステム(Gateway Technology/Invitrogen)を用いて、植物中でのプロモーター発現解析用に開発されたベクター、pBGWFS7中のレポーター遺伝子の上部に完全長発現調節部位をクローニングする。pBGWFS7中にはレポーター遺伝子として、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質遺伝子(GFP)と大腸菌由来のβ-グルクロニダーゼ遺伝子(GUS)が組み込まれている。
【0042】
ここで、PCB126暴露及びTCDD暴露により発現促進が見られるグルタチオン-S-トランスフェラーゼの1つであるAt1g17180遺伝子を例にして、以下に、ダイオキシン類モニター用遺伝子を作製し、次いでこのダイオキシン類モニター用遺伝子を用いて植物形質転換用プラスミドベクターを作製する場合を説明する。
【0043】
先ず、シロイヌナズナ遺伝子のデータベース(The Arabidopsis Information Resource)よりAt1g17180遺伝子の発現調節部位に当たる完全長の1367塩基配列を入手する。次に、Gateway Technology対応のプライマーセットを調製し、このGateway Technologyにより上記の完全長1367塩基配列のPCRを行う。
【0044】
次に、図1に示す相同組換え酵素による反応(BP反応)に従って、上記のPCRされたAt1g17180遺伝子の発現調節部位の完全長配列を導入ベクター(Invitrogen社)にクローニングする。すなわち、図1において、上段に示すように、特定の相同組換え認識配列(attB)を有する遺伝子発現調節部位を含んだDNA断片と、同じく認識配列(attP)を含んだ導入ベクターを混合し、BP反応で下段に示すような遺伝子調節部位を含んだ導入クローンを得る。
【0045】
また、図2に示す相同組換え酵素による反応(LR反応)に従って、上記BP反応で得られた特定の相同組換え認識配列(attL配列)を有する完全長の遺伝子発現調節部位を含んだ導入クローンと、同じく認識配列(attR配列)を含みなおかつ植物細胞内で機能する境界配列に囲まれた領域を持つ発現ベクター(プロモーター発現解析用ベクター:pBGWFS7)とを混合して反応させ、完全長の遺伝子発現調節部位を含んだ発現クローンを作製し、これをシロイヌナズナへの遺伝子導入用プラスミドベクターとして用いる。
【0046】
以上のようにして得られた植物形質転換用プラスミドベクターを用いてダイオキシン類モニター用遺伝子が組み込まれた形質転換植物体を作成し、この形質転換植物体を育成してその種子を採取し、この採取した種子をダイオキシン類汚染土壌等に播種し栽培し、形質転換植物体におけるモニター用遺伝子の発現を観察することによりダイオキシン類による汚染をモニタリングする。この場合、形質転換植物体の栽培期間中継続してダイオキシン類汚染のモニタリングが可能になり、宿主として用いる植物体を選ぶことにより、数ヶ月の短期から数十年の長期に及ぶモニタリングが可能になる。
【0047】
この目的で用いられる宿主の植物体については、特に制限されるものではなく、例えば、生育の速いシロイヌナズナ等のアブラナ科植物体を始めとして、街路樹として好適なポプラ等の落葉高木や、湖、沼等に生息するホテイアオイ等の水生植物等、ダイオキシン類汚染の観測地域や観測必要期間等を考慮して選ぶことができる。
【0048】
このような宿主の植物体に植物形質転換用プラスミドベクターによりダイオキシン類モニター用遺伝子を導入する形質転換法についても、特に制限されるものではないが、例えば、アグロバクテリウム ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)を用いたアグロインフェクション法、ショットガン法等により行うことができる。
【発明の効果】
【0049】
本発明のダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイ及びスクリーニング方法によれば、多数の試料について簡便な方法で容易に「ダイオキシン類で汚染されているか否か」のスクリーニングを行うことができ、このスクリーニングでダイオキシン類の汚染が認められた試料についてのみGC−MS法による定量分析を行えばよく、GC−MS法による定量分析の負荷を大幅に低減することができるほか、気軽にダイオキシン類汚染の有無を調査することが可能になる。
【0050】
また、本発明のダイオキシン類モニター用遺伝子及び植物形質転換用プラスミドベクターによれば、このダイオキシン類モニター用遺伝子を宿主の植物体に導入して得られた形質転換植物体を用いてダイオキシン類の汚染を容易にモニタリングすることができ、環境改善対策結果の追跡やダイオキシン類汚染の有無を経時的に観察することが容易になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0051】
以下、本発明の実施例及び試験例に基づいて、本発明の好適な実施の形態を具体的に説明する。
【0052】
1.ダイオキシン類暴露で発現が変動する遺伝子の検出
1.1 シロイヌナズナのダイオキシン類(PCB126)暴露
ダイオキシン類としてコプラナーPCB(Co-PCBs)の1つである3,3',4,4',5-ペンタクロロビフェニル(PCB126)を用い、また、このPCB126の対照化学物質として塩素化されていないビフェニル(BP)と、PCB126以外のダイオキシン類として2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ジオキサン(TCDD)と、これらPCB126、ビフェニル及びTCDDの溶剤であるジメチルスルホキシド(DMSO)とを用い、DMSO中にPCB126、ビフェニル、又はTCDDがそれぞれ5μg/ml濃度で溶解したPCB126標準液、BP標準液、及びTCDD標準液と、DMSOのみのDMSO標準液とを調製した。
【0053】
一方、MS(ムラシゲ・スクーグ)寒天培地(MP Biomedicals社製)にシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の種子を播種し、26℃16時間明期/8時間暗期の条件で発芽させてから7日間生育させ、次いでMS液体培地(MP Biomedicals社製)に移植して2日間水耕栽培し、合計栽培日数9日目の水耕栽培溶液中にPCB126終濃度、BP終濃度、又はTCDD終濃度が5ng/mlとなるように上記PCB126標準液、BP標準液、又はTCDD標準液を添加し、それぞれ48時間又は2時間の暴露を行った。また、コントロールとして溶剤のDMSOのみのDMSO標準液を上記各標準液に代えて同量添加し、同様に48時間又は2時間の暴露を行った。
【0054】
1.2 ダイオキシン類(PCB126)暴露による発現変動遺伝子の検出
このようにして栽培し、各標準液(PCB126標準液、BP標準液、TCDD標準液及びDMSO標準液)に48時間暴露又は2時間暴露をして得られたシロイヌナズナから定法によりmRNAを取り出し、PCB126暴露のシロイヌナズナから得られたmRNA溶液には青色蛍光標識化合物(アマシャム ファルマシア バイオテク社製商品名:Cy3-dUTP)を添加し、また、コントロールのDMSO暴露、BP暴露、又はTCDD暴露のシロイヌナズナから得られたmRNA溶液には赤色蛍光標識化合物(アマシャム ファルマシア バイオテク社製商品名:Cy5-dUTP)をそれぞれ添加し、それぞれ逆転写酵素反応を行って対応する各Cy3-cDNAとCy5-cDNAを調製した。
【0055】
各Cy3-cDNAとCy5-cDNAとを同量づつ混合して得られた混合物を蛍光標識ターゲットcDNAとし、このターゲットcDNAをシロイヌナズナの約9,000のcDNAが固定化されているcDNAマイクロアレイ(W. M. KECK FOUNDATION社製商品名:AR9.2K)にアプライし、遮光下42℃、16時間の条件でサザンハイブリダイゼーションを行った。
【0056】
このサザンハイブリダイゼーションの後、シロイヌナズナのcDNAマイクロアレイについて、マイクロアレイスキャナーを用いて532nm及び635nmの2つの波長でスキャニングを行い、各スポットのシグナル強度を測定してその数値化を行った。
【0057】
PCB126暴露のシロイヌナズナ由来のmRNAについては、Cy5シグナル強度(DMSOシグナル)SNに対するCy3シグナル強度(PCB126シグナル)SEのシグナル強度比(SE/SN)を算出し、このシグナル強度比(SE/SN)が2.0以上(SE/SN≧2.0)の遺伝子を発現促進遺伝子とし、また、シグナル強度比(SE/SN)が0.5以下(SE/SN≦0.5)の遺伝子を発現抑制遺伝子とし、シグナル強度比(SE/SN)が0.5<SE/SN<2.0の遺伝子を発現無応答遺伝子とした。
【0058】
また、対照化学物質のビフェニル及びTCDDに暴露したBP暴露及びTCDD暴露のシロイヌナズナ由来のmRNAについても、それぞれCy5シグナル強度(BPシグナル又はTCDDシグナル)SNに対するCy3シグナル強度(PCB126シグナル)SEのシグナル強度比(SE/SN)を算出し、それぞれこのシグナル強度比(SE/SN)が2.0以上(SE/SN≧2.0)の遺伝子と、シグナル強度比(SE/SN)が0.5以下(SE/SN≦0.5)の遺伝子とを調べた。
【0059】
48時間暴露又は2時間暴露の場合における発現変動遺伝子(発現促進遺伝子及び発現抑制遺伝子)の結果を表1(48時間暴露)及び表2(2時間暴露)に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
【表2】

【0062】
上記表1及び表2に示す結果から明らかなように、PCB126の48時間暴露により遺伝子発現が促進した発現促進遺伝子が31個で、遺伝子発現が抑制された発現抑制遺伝子が71個見いだされた。また、PCB126の2時間暴露により遺伝子発現が促進した発現促進遺伝子が80個で、遺伝子発現が抑制された発現抑制遺伝子が281個見いだされた。
【0063】
また、PCB126の48時間暴露で遺伝子発現が促進した発現促進遺伝子のうち、機能既知の遺伝子は下記表3の通りであった。
【表3】

【0064】
更に、PCB126の48時間暴露で遺伝子発現が抑制された発現抑制遺伝子のうち、機能既知の遺伝子は下記表4の通りであった。
【表4】

【0065】
1.3 リアルタイムPCR法によるダイオキシン類(PCB126)暴露による発現変
動遺伝子の検出
上記1.2のcDNAマイクロアレイ法による遺伝子解析は定性的に一度に多量の遺伝子解析ができるが、発現変動の定量解析には不向きであるので、上記cDNAマイクロアレイ法により見いだされたPCB126暴露により発現変動する幾つかの遺伝子について、更に発現量の正確な定量解析をリアルタイムPCR法を用いて行った。このリアルタイムPCR法は、定量目的とする遺伝子のある特定のDNA領域を挟む2種のプライマーを用いてPCRを行い、DNAの指数関数的な増幅過程をリアルタイムに測定する方法である。
【0066】
このリアルタイムPCR法において、プライマーの設計は、標的DNA配列に安定してアニーリングできるようにTm値が適切な範囲にあり、プライマー間あるいはプライマー内部に相補的な配列がなくてPCR反応効率がよく、鋳型DNA上にミスプライミングする部位がなくて特異性が高くなるものを選択した。また、このリアルタイムPCR法による定量検出方法は、PCR産物の2本鎖DNAに入り込んで蛍光発光する試薬であるインターカレーター(EUROGENTEC社製商品名:SYBR Green I)を用い、蛍光強度を測定することにより行った。このリアルタイムPCR法による場合においても、DMSO暴露の場合における蛍光シグナル強度(DMSOシグナル)SNに対するPCB126暴露における蛍光シグナル強度(PCB126シグナル)SEの比(SE/SN)を算出し、この遺伝子発現量の比(SE/SN)が2.0以上になったものを発現促進遺伝子とし、また、0.5以下になったものを発現抑制遺伝子とし、遺伝子発現量の比(SE/SN)が0.5<SE/SN<2.0の遺伝子を発現無応答遺伝子とした。
【0067】
上記のリアルタイムPCR法による遺伝子の発現変動の検出において、2時間のPCB126暴露では発現が促進するが、48時間のPCB126暴露では発現の変動が見られない2種類の遺伝子(チトクロームP450及びグルタチオン-S-トランスフェラーゼ)について、その結果を図3に示す。
また、反対に、48時間のPCB126暴露では発現が促進するが、2時間のPCB126暴露では発現の変動が見られない遺伝子(パーオキシダーゼ)について、その結果を図4に示す。
【0068】
上記実施例及び試験例で示したように、ダイオキシン類暴露によりその発現が促進、あるいは、抑制されることが確認された複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子は、それらの遺伝子の塩基配列を基にDNAプローブを調製して容易にダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイを作製することができ、また、このようなスクリーニング用DNAアレイを用いてダイオキシン類汚染のスクリーニングを行うことができ、更に、その遺伝子発現調節部位とレポーター遺伝子とを結合させて調製され、ダイオキシン類暴露の際にそのレポーター遺伝子の発現が変動(促進又は抑制)するダイオキシン類モニター用遺伝子や、このダイオキシン類モニター用遺伝子を宿主の植物体に組み込んだ形質転換植物体を作製するために用いられる植物形質転換用プラスミドベクターとすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明のダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイ及びスクリーニング方法によれば、多数の試料について簡便な方法で容易に「ダイオキシン類で汚染されているか否か」のスクリーニングを行うことができ、このスクリーニングでダイオキシン類の汚染が認められた試料についてのみGC−MS法による定量分析を行えばよく、GC−MS法による定量分析の負荷を大幅に低減することができるほか、気軽にダイオキシン類汚染の有無を調査することが可能になる。
【0070】
また、本発明のダイオキシン類モニター用遺伝子及びこの遺伝子を宿主の植物体に導入するために用いられる植物形質転換用プラスミドベクターによれば、最終的にダイオキシン類モニター用遺伝子を宿主の植物体に導入して形質転換植物体を作製し、この形質転換植物体をダイオキシン類のモニタリングする必要がある地域で栽培することにより、かかる地域のダイオキシン類汚染を長期に亘って容易に観察することができる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】図1は、プラスミドベクターの作製で用いたBP反応を説明するための説明図である。
【0072】
【図2】図2は、プラスミドベクターの作製で用いたLR反応を説明するための説明図である。
【0073】
【図3】図3は、2時間のPCB126暴露で発現が促進し、48時間のPCB126暴露では発現の変動が見られない2種類の遺伝子(チトクロームP450及びグルタチオン-S-トランスフェラーゼ)の結果を示すグラフ図である。
【0074】
【図4】図4は、48時間のPCB126暴露で発現が促進し、2時間のPCB126暴露では発現の変動が見られない遺伝子(パーオキシダーゼ)の結果を示すグラフ図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイオキシン類暴露によりその発現が促進される複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子(発現促進遺伝子)及び/又はダイオキシン類暴露によりその発現が抑制される複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子(発現抑制遺伝子)から調製されたDNAプローブが基板に固定化されていることを特徴とするダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイ。
【請求項2】
シロイヌナズナ由来の発現促進遺伝子が、At1g10370、At1g17180、At1g59700、At1g78340、At1g78360、At1g78380、At2g05380、At3g03470、At3g26170、At3g49220、At4g13770、At4g23680、At4g34710、At4g34870、At5g14920、At5g38970、At5g39580、At5g51890、At5g64100、At5g64110、及びAt5g64120から選ばれたいずれか1つ又は2つ以上の遺伝子である請求項1に記載のダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイ。
【請求項3】
シロイヌナズナ由来の発現抑制遺伝子が、At1g30720、At2g34420、At2g34430、At2g40000、At2g45990、At3g07180、At3g26510、At3g59940、及びAt5g36710から選ばれたいずれか1つ又は2つ以上の遺伝子である請求項1に記載のダイオキシン類汚染のスクリーニング用DNAアレイ。
【請求項4】
スクリーニング試料を含む培地でシロイヌナズナを所定期間栽培し、栽培したシロイヌナズナからmRNAを取り出し、この取り出されたmRNAから標識化合物で標識されたcDNAからなる逆転写ターゲットを調製し、得られた逆転写ターゲットをダイオキシン類汚染スクリーニング用のDNAアレイ上のDNAプローブとの間でハイブリダイゼーションさせ、上記逆転写ターゲットの標識強度を測定してどの遺伝子の発現が促進及び/又は抑制されたかの遺伝子発現情報を調べ、この遺伝子発現情報に基づいて上記スクリーニング試料がダイオキシン類を含むか否かを判定することを特徴とするダイオキシン類汚染のスクリーニング方法。
【請求項5】
ダイオキシン類汚染スクリーニング用のDNAアレイは、その基板に少なくともダイオキシン類暴露によりその発現が促進される複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子(発現促進遺伝子)及び/又はダイオキシン類暴露によりその発現が抑制される複数のシロイヌナズナ由来の遺伝子(発現抑制遺伝子)から調製されたDNAプローブが固定化されている請求項4に記載のダイオキシン類汚染のスクリーニング方法。
【請求項6】
シロイヌナズナ由来の発現促進遺伝子が、At1g10370、At1g17180、At1g59700、At1g78340、At1g78360、At1g78380、At2g05380、At3g03470、At3g26170、At3g49220、At4g13770、At4g23680、At4g34710、At4g34870、At5g14920、At5g38970、At5g39580、At5g51890、At5g64100、At5g64110、及びAt5g64120から選ばれたいずれか1つ又は2つ以上の遺伝子である請求項5に記載のダイオキシン類汚染のスクリーニング方法。
【請求項7】
シロイヌナズナ由来の発現抑制遺伝子が、At1g30720、At2g34420、At2g34430、At2g40000、At2g45990、At3g07180、At3g26510、At3g59940、及びAt5g36710から選ばれたいずれか1つ又は2つ以上の遺伝子である請求項5又は6に記載のダイオキシン類汚染のスクリーニング方法。
【請求項8】
標識化合物が、蛍光標識化合物、発色標識化合物、及びラジオアイソトープ標識化合物から選ばれた1種又は2種以上の化合物である請求項4〜7のいずれかに記載のダイオキシン類汚染のスクリーニング方法。
【請求項9】
ダイオキシン類に暴露された際にその発現が変動(促進又は抑制)するシロイヌナズナ由来の遺伝子の発現調節部位とレポーター遺伝子とを結合させた遺伝子であって、ダイオキシン類に暴露された際にレポーター遺伝子の発現が変動(促進又は抑制)することを特徴とするダイオキシン類モニター用遺伝子。
【請求項10】
遺伝子の発現調節部位が、ダイオキシン類暴露によりその発現が促進されるAt1g10370、At1g17180、At1g59700、At1g78340、At1g78360、At1g78380、At2g05380、At3g03470、At3g26170、At3g49220、At4g13770、At4g23680、At4g34710、At4g34870、At5g14920、At5g38970、At5g39580、At5g51890、At5g64100、At5g64110、及びAt5g64120から選ばれたいずれか1つ又は2つ以上の遺伝子の遺伝子発現調節部位である請求項9に記載のダイオキシン類モニター用遺伝子。
【請求項11】
遺伝子発現調節部位が、ダイオキシン類暴露によりその発現が抑制されるAt1g30720、At2g34420、At2g34430、At2g40000、At2g45990、At3g07180、At3g26510、At3g59940、及びAt5g36710から選ばれたいずれか1つ又は2つ以上の遺伝子の遺伝子発現調節部位である請求項9に記載のダイオキシン類モニター用遺伝子。
【請求項12】
レポーター遺伝子が、緑色蛍光タンパク質遺伝子、β-グルクロニダーゼ遺伝子、及び抗生物質耐性遺伝子から選ばれた遺伝子である請求項9〜11のいずれかに記載のダイオキシン類モニター用遺伝子。
【請求項13】
請求項9〜12のいずれかに記載のダイオキシン類モニター用遺伝子が組み込まれており、当該遺伝子を宿主の植物体に導入するために用いられる植物形質転換用プラスミドベクター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−43950(P2007−43950A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−231551(P2005−231551)
【出願日】平成17年8月10日(2005.8.10)
【出願人】(502341546)学校法人麻布獣医学園 (17)
【Fターム(参考)】